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■オープニング本文 ●お盆は終った、彼岸へ還れ 盆が過ぎ、クラゲの出没がそろそろ気にかかる頃合の波打ち際。 夜に海へ入ろうとする人は時期も相まってそうはいないが散歩に訪れる人は少なくない。 夕暮れ時は夕日が、夜は星月夜が美しいからだ。 恋人と、友人と、或いは親子で。 過ぎていく夏を心に刻むために訪れる海辺。 「……あれ、なんだろう?」 「え……うわぁっ!」 ぼんやりと宙に浮かぶ青白い炎。人魂だ。 「に、逃げろっ!!」 ふわふわと漂い、時折近付いてくる人魂に海辺へ夕涼みに来ていた人たちは恐慌状態に陥る。 誰もいなくなった海辺で人魂は揺らめき、やがて沖に近い場所に鎮座する岩から歌声が聞こえ始めた。 「……私の歌を聴いてくれる人は何処にいるのかしら……」 艶めいた声が歌を終え、そっと呟く。 ●真夏の海防衛戦 「……という情報が寄せられまして、調べたところ人魂とセイレーンの存在が確認されました」 歌声で人々を惑わせ、溺れ死なせる海の魔女。 「人魚に似た姿をしているセイレーンと、青白い炎の人魂。今のところ被害は出ていませんが手遅れにならないうちに討伐をお願いします」 宮守 瑠李(iz0293)は地図を開いて場所を示す。 「漁師の方が小船を幾つか貸してくださるそうなのでセイレーンには船に乗って近付くことも可能です。 足場が悪いですが岩礁が続いているので一応徒歩でも行けるようですね。 人魂は砂浜で目撃されています」 入海での怪事に近隣住民は酷く怯えているという。 「一刻も早い退治を、どうかお願いいたします」 |
■参加者一覧
薔薇冠(ib0828)
24歳・女・弓
Kyrie(ib5916)
23歳・男・陰
雁久良 霧依(ib9706)
23歳・女・魔
桃李 泉華(ic0104)
15歳・女・巫
津田とも(ic0154)
15歳・女・砲
黎威 雅白(ic0829)
20歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●響く歌声は何を想って紡がれるのか 「やはり夏場はアヤカシも水辺に出没したくなるのかのぅ」 薔薇冠(ib0828)が盆を過ぎたとはいえまださんさんと太陽光が降り注ぐ海辺に立って呟く。 アヤカシ騒動で人が寄らなくなってしまった海はとても静かで、波が寄せて返す音しか聞こえない。 「夕方から夜にかけて出やすい、とうかがっていましたが……人の匂いにでも釣られましたかね。お出でのようですよ」 Kyrie(ib5916)が他の四人に注意を呼びかける。 実際はもう一人仲間がいるのだが彼女は先にセイレーンを倒す、と小船で岩場のほうに向かっているのだった。 「セイレーンと人魂ね。変な組み合わせねぇ。ま、さっさと倒しちゃいましょう♪」 雁久良 霧依(ib9706)が耳栓をはめて艶やかに笑う。 「傍迷惑なアヤカシやねぇ……歌いたいだけやったら水ん中からでてこやんかったえぇんに……。 それにこの日光……白子には辛いわぁ……日傘必須、やな」 万一人魂が増えた場合や途中でセイレーンが姿を見せた時のために瘴索結界を展開させる桃李 泉華(ic0104)が日傘の下で太陽を恨めしげににらんだ。 「本当に傍迷惑だよな……散歩の邪魔すんなよなー。普通の歌ならいくらでも聞いてやるんだけどな……」 黎威 雅白(ic0829)が気だるげに呟く。 「早く倒してしまいましょう。熱中症も心配ですしあまり遅くなっては計画していたバーベキューが楽しめません」 招かれざる客には早々にお帰り願わなくては、とKyrieが白皙の美貌に冷笑を刻んだ。 五人の視線の先にはぼう、と浮かんだ人魂が三体。 幸いなことに昼間でも視認できる程度の明るさを備えている。 「セイレーンが出てくる前に人魂を倒してしまいたいのぅ」 仲間とコンタクトの取れる位置で霧依同様耳栓をはめた薔薇冠が呟く。 「そうね。あれもこれも、と手を広げるのは敗因に繋がるもの」 耳栓はしているもののこの距離であれば声は聞こえるので霧依も頷きを返した。 「一人セイレーンに向かってる仲間も気になるしさっさと退治しないと」 人魂がふわふわと近寄ってくるところに先手必勝とばかりに黙苦無と双刀で戦う雅白。 その後ろから飛び出した泉華が黒い刀身に赤い波紋が浮かんだ、大型のナイフで切りつける。 大きさに比べて薄い刃を持つその武器は相手の身体を精密に細かく切り刻むのに適している。 「肝試しだってんなら人魂も笑えんだけどなぁ……散歩の邪魔は許せねぇな。さっさと消えな」 「雅白の言うとおりほんま傍迷惑やわ。さっさと消えてぇな」 「大技いくわよー」 霧依が気負わない口調で人魂三体に向けてメテオストライクを放つ。 Kyrieは黒薔薇の形をした斬撃符で人魂を攻撃する。 「黒薔薇よ、我が敵を穿て」 「隙を見せると思うかぇ? 残念な事じゃ」 先即封で敵の攻撃力と命中を下げた攻撃をかわしながら薔薇冠はセイレーンの位置を探る。 今のところ鏡弦に引っかかる敵はこの場以外にはいないようだった。 人魂の攻撃で仲間が負った傷を神風恩寵で泉華が癒し、他の開拓者が怒涛の攻撃を仕掛けるうちに一体、また一体と人魂が消えていく。 残り一体となったところでセイレーンの気配が鏡弦と瘴索結界に引っかかった。 「こっちは引き受けるわ。みんなはセイレーンのほうへ。一人じゃ大変でしょうし。 人魂は思ったより脆いから大丈夫よ」 仲間は暫し逡巡したが確かに一人で戦っている津田とも(ic0154)の安否は気にかかる。 雅白と泉華を残して薔薇冠、雅白、泉華、Kyrieの四人は岩場を駆け抜けてともの援護へ向かった。 「さぁて……お相手願いましょうか?」 霧依は美しくも壮絶な笑みを浮かべてアークブラストを放った。 小船で一人海へ出ていたともは岩場から向かうという他の仲間より先にセイレーンと対峙していた。 「テメーみたいな女を利用したなんか未練たらしい水が滴ってる奴は大嫌れえなんだよおおお!」 怒号と共に発砲するともの攻撃を水の障壁が阻んだ。 「乱暴な人ね」 「うるせぇ!」 セイレーンの力によって揺れが激しくなった船上で呼吸法で手ブレを押さえ、狙いを定めて再度攻撃したところで仲間が駆けつけた。 「お待たせして申し訳ない」 「逃さへんで!」 Kyrieが精霊壁を展開し、泉華がブラッドキラーで斬り付けた際にセイレーンに生まれた隙を縫って「今度こそ当てる!」とともの火縄銃が火を噴いた。 前後からの攻撃にセイレーンの防御は間に合わず白い肌に傷がつく。 「惑わされぬとよいのじゃが」 セイレーンの歌声には人を惑わすものがある、という事前情報を思い出し薔薇冠がわずかに険しい顔つきになる。 「惑わされる前に倒してしまえばよい話かのぅ」 白木に白絹糸を合わせて作られた純白の天儀弓、瑞雲という銘の如く雲のように軽いその弓で薔薇冠はセイレーンを射抜く。 「どうして……私はただ歌いたいだけ……そしてアヤカシとして全うに生きたいだけよ……どうして邪魔をするの……?」 「アヤカシとして全うに生きられたら人間が迷惑するからにきまっとるじゃろ」 セイレーンの歌声による攻撃に備えて薔薇冠が神楽舞「護」を発動しながら律儀に答える。 「だって、仕方がないじゃない! アヤカシに生まれてしまったんだから!!」 「ずっと歌ってんのはあんたか。聞いてやりたいのは山々だけどさ、ちょっとうるせぇわ」 水蜘蛛と早駆けを使って海側からセイレーンに近付いた雅白が漸刃を使用しセイレーンの喉を狙い、歌えないようにする。 喉を裂かれ、それでもセイレーンは歌おうとした。 掠れた、喘鳴交じりの歌が響くが開拓者を魅了するには至らない。 「だったらアヤカシとしての生を終わらせてあげるわ」 どうやら人魂を倒して駆けつけてくれたらしい霧依が到着と同時にアークブラストを放つ。 「アヤカシが人を糧とする限り共存は出来ないし、私たち開拓者はアヤカシから人を護るのも仕事なの。だからギルドの耳に入った時点であなたの人生は終わっていたのよ」 「そんなこと……みとめ、な……」 「見苦しいですよ。潔く散りなさい」 先ほどとは違い白薔薇の形をした斬撃符が飛んだ。 「生憎ですが新婚の身でして、貴女の歌は私の心を動かすことは出来ません。さあ、瘴気に還るがいい!」 「もっと……歌いたいだけ……なの、に……」 「くどいんだよ!!」 ともの火縄銃が三度火を噴きセイレーンは瘴気に還った。 「終わりましたね」 「バーベキューをする時間はありそうじゃのぅ」 「郷里の極太長ネギを焼いてご馳走するわね♪」 「わしは茸があると嬉しいのぅ」 時期的に茸は厳しいかのぅ? と首を傾げる薔薇冠。 「俺たちはちょっと海を見てくる」 雅白と泉華が並んで砂浜のほうに戻っていく。 「くらげには気をつけろよ」 「忠告おおきに。砂浜歩くだけやから平気や」 ●戦いを終えて 「雅白っ♪ 雅白っ♪ 海やでぇっ♪ ……ってお陽ぃさん、痛ぁ……」 くらぁっとよろめく泉華を雅白が支える。 「ほら、日傘。ちゃんと差しておけよ」 「お、おおきに……」 戦いが終わった後の海は星と月に照らされていた。 「お星様キラキラっ♪ せやけど、郷で見た星空のほうが綺麗やったなぁ」 「全く星が出ないよりは良いんじゃないか?」 「んー……せやなぁ」 「もうちょっと歩いたらバーベキューに合流するか」 「ん。でももうちょっと今を大切にしたいわ」 二人並んで星空と灯りが少なくなったため黒っぽく見える海を眺める。 ざざ、ざざ。 寄せては引いていく波の音が夜の帳に響いた。 「夕食と親睦会とアヤカシ討伐祝賀会をかねて! かんぱーい♪」 霧依の音頭でバーベキューが始まった。 「茸がないのは残念じゃが他の具もなかなか……」 薔薇冠が霧依お勧めの極太長ネギを食べながら秋になったら思う存分茸を食べよう、と心のうちで決意していた。 「働いたあとは飯が美味いぜ」 「実は妻が肉の下拵えをしてくれまして。後は串に刺して焼くだけなんです。 料理上手な可愛い『男の子』なんですよ♪」 ちゃっかりのろけながら舌鼓を打つKyrieの言葉に反応したのは霧依。 「……Kyrieさんはそっちの趣味の人なのね♪ 耽美的でイイわぁ♪」 「私が愛するのは妻だけですよ」 「ラブラブねぇ」 そこへ散歩から帰ってきた雅白と泉華が合流する。 「まだ残ってるか?」 「大丈夫よ〜ネギも他のお野菜もお肉もたっぷり♪」 「じゃあご相伴に預かろう」 「どうぞ、どうぞ。美味しいですよ」 「ん、美味しいわぁ」 盆が過ぎ、まだ酷暑ではあるが暦の上ではすでに秋。 やがてこの砂浜を散歩する時は秋風が吹くようになり、雪が積もるのだろう。 一つの平穏が守られた記念に開拓者たちは自分たちが守った砂浜でしばらくバーベキューを楽しんだ。 あとは後片付けをしっかりしてギルドに報告すればこの仕事は終わることになるだろう。 仕事が終われば、少しの休息のあと再びアヤカシから人々を護る任務に就く開拓者たちに暫しの平穏あれ。 そう祈るように星々が瞬いていた。 |