薔薇と紫陽花の祭典
マスター名:秋月雅哉
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/07/31 22:15



■オープニング本文

●彩
 土の成分によって様々な色に色づく紫陽花。
 蔦薔薇の門を潜ってみれば其処は色鮮やかで艶やかな薔薇たちが主役の迷宮だ。
 休憩所では薔薇を使ったお茶や菓子類が供される。
 生命が謳歌する季節、夏。
 花の祭典が幕を開けた――。

●花祭り
「今年の梅雨もそろそろ明けるころでしょうかね。夏は夕立が多いですし気は抜けないことに代わりはないですがじめじめした空気はそろそろ退散願いたいものです」
 資料が湿気るんですよね、と宮守 瑠李(iz0293)は机に置いていた紙を摘み上げた後口を開いた。
「薔薇の迷路と紫陽花畑が名物の場所を見つけたんですよ。紫陽花は梅雨が明けたら見頃が終わってしまいますし、その前に皆さんをお誘いしようと思いまして」
 最近何かと大変そうですし息抜きに花を見に行きませんか、と穏やかに微笑む。
「薔薇の迷路は蔦薔薇が門を飾っていて、中には色も種類も様々な薔薇が植えられているそうですよ。生垣に絡ませるように植えてあったりですとか、こんもり茂らせてあったりですとか。
 紫陽花の方は土壌の成分を長い時間をかけて調整して濃淡を描くようにしてあるそうです。
 休憩所では薔薇の花を使ったお茶やお菓子を頂けるようですから花より団子の方にもお楽しみいただけるかと。
 紫陽花の花言葉は『移り気』が有名ですから贈り物には適さないかもしれませんが、薔薇は色や棘の有無、本数によって花言葉がたくさんありますからね。
 摘み取ることの出来る場所で自分だけの想いをこめた花束を作る、なんていうのも素敵だと思いませんか?
 常に張り詰めた糸は切れるのも早いといいますからね。弛緩することもたまには必要ですよ」
 花は季節を逃したら次の時期まで見られませんしね、そういって青年は花祭りの入園券を開拓者たちの近くに置いた。


■参加者一覧
/ 礼野 真夢紀(ia1144) / 鞍馬 雪斗(ia5470) / ニーナ・サヴィン(ib0168) / リンスガルト・ギーベリ(ib5184) / リィムナ・ピサレット(ib5201


■リプレイ本文

●貴方に花を
 七月の末、そろそろ月が替わり夏も本番になろうかという時節。
 夏薔薇と紫陽花の祭りが開かれていた。
 隣接した敷地に薔薇の迷路と紫陽花畑、花を摘めるコーナー。休憩所では薔薇の花を使ったお茶やお菓子を楽しめる。
 薔薇園の入り口を飾るのはアーチ状の柵に絡ませた白い蔦薔薇だ。
 紫陽花畑は土壌の成分を長い月日をかけて研究し、紫陽花の色が濃淡を描くように調整されている。
 鞍馬 雪斗(ia5470)とニーナ・サヴィン(ib0168)の二人は最初に紫陽花畑を見学することにした。
「紫陽花って綺麗ねぇ。土の成分で色が変わるなんて女性的よね。花言葉は『移り気』それも女っぽいわよね。
 ジルベリアではドライフラワーにするのも人気なのよね。植えたままで乾燥させるのが一番綺麗にできるらしいわ」
「そうなんだ。近くで見ても一輪一輪がはっきりしてて綺麗だけど、濃淡を見るなら遠景でもいいかもしれないね」
「それも一理あるわね。近くで見ると微妙な濃淡って分かりにくいもの」
「紫陽花って結構種類があるんだね。濃淡は遠くで見たほうが分かりやすそうだけど個々をみるならやっぱり近くじゃないと駄目か」
 紫陽花畑の中の小道を二人並んで歩きながらそんな会話を繰り広げる。
「あ、そろそろ紫陽花畑は終わりね。薔薇を摘んでいっていいかしら」
「うん、いいよ。……摘んでいく予定だったし」
「奥さんへの贈り物? いいなぁ♪ 優しい旦那さま♪ ね、ね。結婚っていい?どうして結婚しようと思ったの? ちょっとあっちで休憩しながら根掘り葉掘り聞かせて♪」
 ニーナに引っ張られても抵抗はしない雪斗が引っ張られつつ頬をかく。
「薔薇、摘むんじゃなかったの?」
「じゃあ摘みながら結婚談義を……」
「……いいけど。……結婚観、ってのは多分……違うと思う。ある意味彼女とは、過去と決別する意味もあって。結局別れてしまった人のこと忘れるためだったんだよな……。逃げてるだけかも、自分は」
「ふぅん……」
 雪斗の話を聞きながらニーナは薔薇の花がついていない、葉っぱだけの部分を摘み取る。
「……花、贈るんじゃないの?」
 訝しげに問いかけた雪斗に笑いかけて。
「『愛情』はまだあげないから葉っぱだけ。『頑張って』っていう意味があるのよ」
「『まだ』ってことはいつかあげるのかな」
「ひ・み・つ♪」
 悪戯っぽく笑って誤魔化したニーナに雪斗は敵わないな、と苦笑して肩をすくめたのだった。

 リィムナ・ピサレット(ib5201)はジルベリアで仕立てられた男性用の黒い豪華な礼服を身にまとって待ち合わせより早く会場に足を運び、花摘みのコーナーで花束を作っていた。
 作るのは赤い薔薇の花束。本数は九十九本。
「愛するリンスちゃんとずっと一緒にいたいからね♪」
 大きな花束を抱えて待ち合わせ場所へ行くとリィムナを待ちわびている少女の姿が。
 浴衣とジルベリア風のスカートを合わせたようなデザインの浴衣ドレスは裾が優美に広がり、落ち着いた黒の地に裾や襟元の白レースが映えるデザインだ。
「リィムナ、遅いのぅ」
 リンスガルト・ギーベリ(ib5184)が襟元を弄りながら呟いている間にリィムナはそっと背後に立つ。
「しかし……すーすーするのう……」
「お待たせ、僕の愛しい姫君、貴女に永遠の愛を込めて……」
 正面に回って跪き、花束をリンスガルトに捧げるリィムナ。
 少年口調と男装、甘い台詞と微笑に顔を真っ赤にしながらリンスガルトは花束を受け取った。
「あっ、ありがとうなのじゃ」
「今日は一日僕が姫をエスコートして良いかな?」
「も、もちろんじゃ……楽しみにしておるぞ」
「任せて」
 自然に腰に手を回して抱き寄せ、リンスガルトをエスコートしながら会場を回る。
「姫、あの茂みを越えれば近道だ。足を傷つけてはいけないな……ちょっと失礼」
 そんな口実をもうけてリンスガルトをお姫様抱っこするとリンスガルトは恋人の腕の中で身じろぎした。
「えっ、待てリィムナ! だだ抱っこは……」
 浴衣ドレスの裾を押さえて口ごもるリンスガルトをリィムナが優しく促すと真っ赤になったままぼそぼそと答えが返ってきた。
「ゆ、浴衣を着るときは下着をはかぬものと聞いた。じゃから……」
「えっ……。大丈夫、僕以外には見せないよ……」
 と降ろすことなく逆にしっかりと抱きなおして園内を巡るリィムナ。
「うむ……リィムナになら良いのじゃ」
 お姫様抱っこにうっとりするリンスガルトを人気のない場所へ誘ったリィムナは一際美しい景色の中で彼女の唇を奪ったのだった。
 恋人たちの甘い時間を薔薇が花と香りで彩る。
 蝶々が一匹、羽を休めていた赤い薔薇から別の薔薇へと移っていった。

 礼野 真夢紀(ia1144)は薔薇の迷路を探索していた。
「紫陽花も終わりの時期ですし、今年はそろそろ見納めかな」
 薔薇の花の迷路は朋友を連れてきたいので今回は偵察を兼ねた参加だった。
 生垣に絡ませた蔦薔薇。
 情熱的な赤い薔薇。
 気高さを感じさせる白い薔薇。
 神秘的に視線を引き付ける紫の薔薇。
 可愛らしいピンクの薔薇。
 元気いっぱいに弾けるようなオレンジの薔薇。
 品種も色も様々な薔薇で作られた迷宮は下見だとしても十分、目に楽しい。
「せっかくだからお花を摘んで帰ろうかな……」
 芳しい香りと色彩の中から抜け出したあと摘むのは紫陽花の花。
「紫陽花は確かに『移り気』が有名ですけど花の咲き方から『家族の結びつき』という意味もありますのでお世話になってる大家族の皆様に贈りましょうか」
 淡い色彩の紫陽花を集めて小さな花束を大家族の人数分作る。
「薔薇の花は……食用に育ててるのもあるのかな? あるんだったら持って帰って薔薇の花弁の砂糖漬け作りたいな」
 下宿所の玄関に飾る薔薇は色を取り混ぜて。
 下宿で一番仲良しのお姉さんは踊り子さんだから、赤が一番お似合いだろうか。
「……こんな感じで良いかな」
 花束を作り上げると真夢紀は身軽に立ち上がって土ぼこりを落とし、休憩所へ足を運ぶ。
 料理人としては色気より食い気、ある意味本命がこの休憩所だった。
「薔薇の花を使ったお茶は飲んだことないですし、あ……紅茶に入れる薔薇のジャムないかなぁ」
 休憩所の中はふんわりと甘い香りが漂っている。
 飲食コーナーのほかに食用の薔薇や薔薇の加工食品が量は少ないが販売物として取り扱われているようだった。
「薔薇のお茶と……薔薇水を使ったアイスと……あとはなんにしようかな。スコーンに薔薇のジャムをつけて食べようかな」
 サラダも彩り鮮やかで気にはなるけれどそれは次の機会に、と選んだ三品を注文する。
 薔薇のお茶は甘い香りがするものだった。
 ガラス製の茶器の中で薔薇が花開く様を見ながら抽出時間を待つのも楽しい。
「ん……スコーンもアイスも美味しい……甘みのバランスが取れてるなぁ」
 舌が肥えている真夢紀も満足の三品を平らげたあとはジャムと砂糖漬けにする花弁を買い求める。
「下見だけのつもりだったけど結構しっかり見て回っちゃったかも。今度は朋友連れて遊びに来たいな」
 会計を済ませて休憩所を出た真夢紀は家路を辿りながら空を仰いだ。
 まだそれほど離れていない薔薇園から薔薇の香りが名残を惜しむように漂ってくる。

 遠景では濃淡を、近景では品種の違いを楽しめる紫陽花畑。
 甘い香りで貴方を閉じ込める薔薇の迷宮。
 一夏の、思い出作りに。
 花を移り飛ぶ蝶のように、蜂のように。
 艶やかに咲き誇る花々と戯れてみては、いかが?
 薔薇を摘んで 小瓶に詰めて。
 閉じ込められたのは花か、それとも貴方自身の記憶なのか。
 迷路が招く、日常の中の非日常に、一時身を沈めてみるのも一興かもしれない。
 花は咲き、季節は移ろい、巡る。その中で鮮やかに写る――夏の思い出を追いかけて。