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■オープニング本文 ●天の川に願いをかけて 「そういえば七夕が近いですね。以前ご一緒した方は覚えていらっしゃるかもしれませんが……私の実家の近くに星を見るための塔がありまして。其処で七夕にちなんだお祭りがあるんですよ」 宮守 瑠李(iz0293)がからりと晴れた夏空を見上げながら傍にいた開拓者たちに話しかけた。 「お祭り、といっても皆で集まって笹に短冊を吊るして一年の健康と家内安全を願ったりしながら星を肴にささやかな宴会をするだけなんですけどね。場所が塔の上ですし星を見る邪魔になるので明かりは最小限、屋台の類も出ません。飲食物は村の人たちが用意するものもありますが基本持参ですね。 ……後は、まぁ……七夕、というか織姫と牽牛が年に一度の逢瀬を許された日、という事から恋人たちがすこし離れた場所で二人きりの世界を繰り広げましたりですとか……ふふ、湖水祭りの時同様一人身には強烈な精神攻撃を与えてくれるお祭りなんですけれど」 この時期実家に近寄ると家族総出で縁談の話を纏めようとするんですよねぇ、と行き遅れ気味の青年は既視感の沸き起こる虚ろな笑みを浮かべた。 「まぁ、今回は一人でもご友人とでも恋人同士でもそれぞれ住み分けがされているのでそれほど居心地は悪くないと思いますが。思い出作りにご同行頂けませんか、というお誘いです。話し相手がいたほうが楽しいのはどんなお祭りでも一緒だと思いますしね」 一人でいるとろくな事にならない、という魂胆も少しはあるのだろうが、日ごろ忙しくしている開拓者たちにのんびり羽を伸ばして欲しいという気遣いもあるのだろう。……あると思いたい。 「短冊はご持参くださいね。ただの紙でも構わないと思いますが……色や柄に趣向を凝らしたもので笹を飾るのも目に楽しいものですよ。村に行けば祭り用の短冊を取り扱っている店も多いですからそこで買い物を楽しむのも一興かと」 では七夕の夜にお会いしましょう、と瑠李は静かに微笑んで言葉を結んだ。 |
■参加者一覧 / 礼野 真夢紀(ia1144) / 和奏(ia8807) / シルフィリア・オーク(ib0350) / 華角 牡丹(ib8144) / 紫ノ宮 蓮(ic0470) / 夕雲(ic0898) |
■リプレイ本文 ●年に一度の星の逢瀬に 七月七日。七夕の今日は朝から青空が広がり夜の祭りでも問題なく星が見られそうないい天気だった。 「七夕って『いちゃいちゃしてやる事やらなかったばかっぷるのお話』でしょ? 一年に一回しか会えないって辺りも、正直恋人のお話には向かないと思うんですよねぇ」 礼野 真夢紀(ia1144)は年齢の割に達観した感想をともに祭りへ向かう予定のシルフィリア・オーク(ib0350)に漏らした。 「年に一度しか逢えない彦星と織姫のようにならないように自分たちは仕事をしっかりこなしつつ愛を大事にしよう、って思え……っていう訓戒として受け取るにはちょっと厳しいかな。 星空ってロマンティックだし、それに昔から伝わる伝承が絡んだら雰囲気はいいからね。 恋人たちにとってはそういうロマンティックさが大事なんじゃない? あたいも恋人が居れば一番なのだろうけど、生憎とまだ居ないしねぇ〜。 せめて素敵な星空とムードくらいは、親しい人と満喫できたらいいね」 真夢紀も祭り自体は楽しいので参加を決めたし、参加するからには楽しい思い出を作りたいのが人情というものだろう。 「お弁当なに?」 シルフィリアに尋ねられ、氷霊結で冷やしてある弁当の中身を答えた。 「鮭と胡瓜の散らし寿司です。生姜と茗荷がしっかり入ってますよ。あとは塩麹漬けの鳥の揚げ物、胡瓜と人参を切って各種ソース類につけて食べれるように準備してます」 「わぁ、美味しそう」 シルフィリアは献立を聞いて嬉しそうに目を細めた。 「ワインと果実の生ジュースは井戸で冷やさせてもらってるし……蚊取り線香と蚊遣り豚も用意したし。腰を冷やさないように二人分の座布団も持ったから準備万端だね」 生ジュースは同行する少女のために用意したものだ。 「暑いと嫌だからカキ氷作れるように道具用意したんですけど……お水と器と匙、宿で貸してもらえるかな? そしたら他の人にも作れるし」 氷蜜の代わりはジャムと葡萄酒と甘酒だ。 祭りに誘ったギルド職員の宮守 瑠李(iz0293) の実家が宿屋だと事前に聞いていたのでカキ氷を作るために必要な道具を借りられるか尋ねに表口に向かう二人。 引き戸を開けるとなにやら威勢のいい女性の声と途方に暮れたような瑠李の声が奥から聞こえてきた。 「あぁ、騒がしくてすまんね。一番下の息子の身を固めさせようと母さんが頑張ってるんだ。開拓者の人だね? 瑠李から話は聞いてるよ。なにか用かい?」 瑠李の父親らしい人物が帳簿から顔を上げて用向きを聞いてきたので水と器と匙を貸してもらえないだろうか、と問いかける。 「あぁ、構わないよ。瑠李に持って行かせよう。あいつは逃げ出したいだろうから喜んで引き受けるだろうさ」 「でも……」 「人助けと思ってやってくれ」 茶目っ気たっぷりに笑いかけられて結局二人は道具の用意は瑠李に任せることにして夕方の町をすこし散策した後、祭りの会場である塔へと足を運んだのだった。 和奏(ia8807)は人妖の光華を連れて短冊選びをしていた。 「いろいろな柄の短冊がありますね。色も種類が豊富ですし……これは予想以上です」 売り子の示す色も柄も様々な短冊を一つ一つ眺めながら和奏は小さく笑う。 「単に星を眺めるだけなら冬のほうが綺麗に見える気も致しますが、夏の夜は天上も地上も華やかで賑やかそうですね」 自分用に深い藍色の短冊を、光華には彼女の好みそうな淡い桜色に薄く銀で星の柄が入った短冊を選んで購入する。 「寺社での作法では神様への感謝、他の方の幸福、私事の祈願の順番でご祈願するのが通例ですが、このお祭りでは違う作法があるんでしょうか?」 売り子にそう聞いてみると「作法は特にない」と返事が返ってきた。 「笹に短冊を吊るして一年の無事や自分の願いを心のうちで唱えるのが作法っつーならそれが作法だろうけどね。あとは騒ぐなり星を静かに眺めるなりあんたの自由だよ」 「そうですか。ありがとうございます」 実家では短冊には手習いの上達を祈願していたが今年は何を願おうか、と考えながら購入した短冊を懐にしまう。 「いきましょうか、光華姫」 相棒を自分特有の呼称で呼ぶと二人は仲良く連れ立って祭りの会場となる塔のほうへと歩いていった。 華角 牡丹(ib8144)、紫ノ宮 蓮(ic0470)、夕雲(ic0898)の三人は並んで宿場町を歩いていた。 目当ては祭りの際に必要な短冊などだったのだが甘味屋の前で立ち止まる夕雲に牡丹が気付く。 「夕雲、あんさんほんに甘味が好きでありんすなぁ」 苦笑気味に自分も立ち止まると蓮も其処で足を止めた。 「花より団子?」 そう言う連も二人に似合う綺麗な短冊を選ぼうとしていたが甘味に釣られる夕雲の様子に小さく笑った。 「べ、別にあちきは……!?」 言葉では否定しながらも本心では食べたいのを我慢している夕雲の耳と尻尾がぴこぴこしているので牡丹と連には丸分かりだ。 そんな様子に牡丹は口元が笑いそうになるのを袖で上品に隠した。 「買って……いいんでありんす……?」 おずおずと尋ねる夕雲のねだりに押され宴会の肴にと甘味を購入する蓮。 「あ、御代……」 自分の財布を取り出そうとする夕雲を蓮は笑って制した。 「……そういう顔されたら駄目っていえないだろう。俺が払うよ。年下の女の子に買わせるのもなんだし。 ……ただし全員で食べるんだからね?」 独り占めは駄目だよ、と言ってまた淡く笑う。 「独り占めなんてしないでありんすっ……」 「短冊を探そうか。色んな種類があるみたいだから悩んじゃいそうだな」 「そうでありんすね」 お互いにこれが似合いそうだと言う短冊を吟味して自分でも気に入ったものを購入する。 「そろそろ時間じゃないかな」 そして一行は星を眺めるために作られたと言う塔に向かって歩き出した。 ●星見の祭りは華やかに 塔には片隅に立派な笹が飾られていた。 地元の住民のものだと思われる短冊がすでに幾つも吊られている。 宴会で牡丹の手伝いをしたあと夕雲は笹に短冊を吊るそうと近付いた。 牡丹と蓮も同行する。 『姐さんみたいになりたい』と書いた短冊を必死で隠す夕雲の短冊をライールを使用して見る牡丹。 「ふふ、必ずなれんすよ。姐のわっちが保障致しんす」 「あ、姐さんはあちきの憧れでありんすから……」 もじもじしながらそう告げる夕雲に短冊を返しながら微笑む牡丹が蓮は何と書いたのか、と問いかける。 蓮の願いは二人の願いが叶うように。 けれど願い事を書く質でもないので短冊は白紙。 「白紙……でありんすか?」 「これは星にでも願おうかと思って」 代わりに笹を飾る紙細工を吊るす蓮がふと思い立ったように二人に提案した。 「高いところに括ると願いが叶うというし……俺が吊るすよ」 見ないから! と言いつつ二人の短冊を括る蓮。 だがお願いはこっそり拝見していた。 「じゃあ後は宴会を楽しもうか」 牡丹が先に行っていてくれ、と言うので夕雲と蓮は首を傾げながら確保しておいた席のほうに戻っていった。 牡丹が用意した短冊は、実はもう一枚。 「こっそり括らせてもらいんすな」 風になびいた短冊に書かれた願い事は【大事な妹の幸せを】だった。 着流しを着崩し、楽な姿勢でゆったり、優雅にワインを片手に真夢紀と語らうシルフィリア。 「綺麗な星空だねぇ、まゆちゃん」 「そうですね。晴れてよかったです」 「星空の下で飲むワインも美味しいし。まゆちゃんのお弁当も絶品だし」 「褒めすぎですよ」 「失礼します。お待たせしてしまって申し訳ありません。お水と器と匙、お持ちしました」 不意に割って入った男性の声に二人が星空から背後へ視線を移すとどこかよれよれになった印象を受ける瑠李の姿があった。 「お祭りが始まる前までにはお届けにあがりたかったのですが母の追撃が激しかったもので……どうぞ」 大きな竹筒に入っているらしい水とガラス製の器、匙を包んでいた風呂敷を広げる。 「ありがとうございます」 「いえ、こちらこそ……この用向きがなければ一晩中縁談の話をする羽目になっていたでしょうから」 使い終わったら声をかけてください、と言って瑠李が風呂敷をたたむ。 「お祭り、楽しんでくださいね」 そう言って立ち去っていった背中には哀愁が漂っていた。 「なんだか大変そうでしたね……」 「縁談ねぇ……まだ若そうなのに」 祭りの参加者にも配れるよう多めにカキ氷を作りながらシルフィリアと真夢紀は顔を見合わせるのだった。 「七夕飾りも星空も艶やかですねぇ」 和奏と光華も祭り会場の一角で星を愛でる祭りを満喫していた。 「光華姫、短冊を吊るしてあげましょうか? 高いところに吊るしたほうが織姫と彦星に見てもらえそうです」 二人分の短冊を吊るした後は静かに星見を。 「いい夜ですね……これからまた暑くなりそうですが今日は風通しがいい場所に居るお陰かすこしは過ごしやすいですし」 地上で思い思いに祭りの一夜を過ごす人々を天上の星々がきらきらと照らしていた。 織姫と彦星も年に一度の逢瀬を楽しんでいるのだろうか。 星の川の、ほとりで。 【小さな幸せが、たくさんの人たちに訪れますように】 誰かの書いた短冊が風に揺られる。 他にも短冊にはそれぞれの願いが託されていた。 願わくばその願いが一つでも多く叶いますように、と星に願いをかけて夜は更けていく。 優しい星明かりの下、それぞれの記憶にはどのような思い出が描かれているのだろうか――……。 |