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■オープニング本文 ●石鏡からの招待状 その日、五行王・架茂天禅(iz0021)は石鏡からの勅使が来たと知らせを受け、隣国とは言えそうあるわけでもない事態を鑑み五行国の警邏隊総指揮官である矢戸田平蔵を伴って面会に赴いた。 ――が、勅使と紹介された『彼女』の顔を見た途端に五行王の眉間の皺が増えた。 平蔵に至っては目を丸くした後で五行王を見遣り、思わず吹き出しそうになってしまって慌てて顔を背けるという状態。 五行王は問う。 「……此方が勅使か」 そう彼に伝えた役人は頭を垂れて「はっ」と肯定の意を示すが、王の様子がおかしい事には気付いていた。何か問題があっただろうかと内心で戦々恐々としていた彼に、王は深い溜息の後で告げた。 「隣国の王の顔ぐらい覚えておけ」 役人、固まる。 再び溜息を吐く五行王に、勅使――そう自ら名乗った女性はとても楽しそうに笑った。 石鏡の双子王が片翼、香香背(iz0020)。その背後では側近であり護衛でもある楠木玄氏が強面に呆れきった表情を浮かべていた。 役人達を下がらせ、五行王と石鏡王、平蔵と玄氏が向かい合って座す応接間。 「王自らのお越しとは火急の用か」と尋ねた五行側に対し、石鏡は「『あの』五行王が可愛らしくなられたと聞いたので直にお目に掛かりたくて」と笑顔。ゆえに場の空気はピリピリしている。……五行王が一人で不機嫌を露わにしているだけなのだが。 おかげで話は彼を除く三人で進められていた。 真面目な話をするならば、石鏡側は先の戦――五行東を支配していた大アヤカシ生成姫との大戦において様々な傷を負った五行の民を、数日後に控えた『三位湖湖水祭り』に招待したいというのだ。 もちろん招待と言うからには石鏡側で飛空船を準備し送迎を行う。 これから開拓者ギルドにも話を通し、当日の送迎警護や現地警備を依頼して来るつもりだ、と。 それ故に五行王の許可を得るため石鏡王は自らやって来たようだ。 「湖水祭と言えば三位湖畔に咲く彩り鮮やかな花の美しさも見どころの一つでしたね」 「ええ。今の時期は、特に鈴蘭の慎ましやかな美しさが湖の青と合わさって……」 平蔵の言葉にそう返した石鏡王は、しかしふと気付いたように意味深な笑みを覗かせた。 「そういえばこんな話を御存知? 鈴蘭は恋人達に幸せを運んでくれる花なのですって。五行王も矢戸田様も意中の方がいらっしゃるのでしたら、是非」 十四と言う幼さで王になった少女もすっかり年頃の娘になったかと思いきや、他人をからかう笑顔は一端の女性である。 平蔵が笑って誤魔化す傍らで、五行王はふんっと鼻を鳴らして一蹴だ。 その後、生成姫の消失によって起きた異変の件で石鏡の貴族、星見家の助力を得た事への感謝や、調査の進捗状況。神代に関しての話題もありつつ、王達の会談は恙なく(?)終了したのだった。 ●三位湖湖水祭り 石鏡を天儀において尤も豊かな国とした最大の恵み――それが国土の約三分の一を占める巨大な湖、三位湖である。 毎年6月の上旬に催される湖水祭りでは、水辺を散策してその恵みに感謝し、特設舞台では音楽隊や踊り手達が楽しい演舞を披露する。 また、首都安雲から安須神宮へと掛かる橋の上、巫女達が舞い踊る中央をもふら牧場の大もふ様をはじめとしたもふら様達が大行進するという。 例年は石鏡の民が楽しむための行事だが、今年は五行の民にも笑顔をという願いを込めた招待状が送られたことで、この警備、警護の依頼が開拓者ギルドに張り出された。 ●恋人に贈る花 『君影草』や『谷間の姫百合』の別名を持つ鈴蘭は一般的に白い可憐な花として知られるが桃色や紅色のものも存在する。 花言葉は「幸福が帰る」「幸福の再来」「意識しない美しさ」「純粋」などがあり、恋人や親しい人に贈るとその人の元に幸福がやってくると考えられている花だ。 そんな鈴蘭の美しさが魅力の一つである湖水祭がもうじき開催される。 「五行の皆さんが生成姫との大戦で受けた傷をお祭りで癒して欲しいと王がお考えのようですね。おそらく護衛や警備の仕事が回ってくるかと思いますが……折角なのでお祭りを楽しみませんか、とお誘いに。お祭りの日にまで仕事をしたくない、というお考えの方はご一緒しませんか? 聞くところによると鈴蘭が湖の青と相まって非常に美しいとか」 宮守 瑠李(iz0293)が眼鏡の奥の目を和ませる。 「仕事も大事ですが息抜きも大切です、というのはある意味建前で……私が行ってみたいだけなんですけどね。ふふ」 瑠李さん、瑠李さん何か性格変わってやいませんか。 「鈴蘭と言えば恋人や親しい人に贈る慣わしがあるそうですね。ご夫婦で、恋人同士で、ご友人とは勿論、意中の方がいらっしゃるのでしたらこれを機会に想いを告げてみるのも情緒があっていいかもしれませんよ。二人で踏み出す一歩がお祭りならいい思い出にもなるでしょうしね」 想いが通じるかどうかはこれまでの行い次第でしょうけれどね、と茶目っ気を含んだ調子で付け加えて。 「一人身の方は……まぁ、一人身でもお祭りは楽しいですよね。私も皆さんにお誘いをかけてる時点でお察しかと思いますが一人ですし。一人で見に行って何が悪い! 位の心積もりで行きましょう」 彼の中で弾けてはいけない何かが弾けてしまったようだ。 「お声がけ頂けたら喜んでお相手させて頂きますよ。えぇ、一人身ですから」 笑顔がちょっと邪悪だったがそれに気付いているのかいないのか瑠李はお祭りの会場でお会いしましょうね、と普段の笑顔に戻って告げた後その場を去っていった。 ……足取りが跳ねていたとかいないとか。 ついでに言うと長い服の裾が邪魔をして盛大に転んで仕事の資料を撒き散らしたとか撒き散らしていないとか。 真相は定かではないが彼が祭りを楽しみにし、日ごろ戦いに身をおく開拓者たちに息抜きをして欲しいと思っているのは確かなようだ。 鈴蘭と湖を眺めに祭りに赴いては如何だろうか。 |
■参加者一覧 / 玖堂 真影(ia0490) / 柚乃(ia0638) / 玖堂 羽郁(ia0862) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 黒葉(ic0141) / 御堂・雅紀(ic0149) |
■リプレイ本文 ●願わくばあなたに幸せが訪れますように 石鏡の三位湖湖水祭りでは鈴蘭の花が湖の青と相まって美しいことで知られる。 今年の祭りは生成姫との戦いで様々な傷を負った五行の民を招待していることもあり常にも増して賑やかだ。 玖堂 真影(ia0490)と玖堂 羽郁(ia0862)の双子の姉弟は六月末にそれぞれが祝言を挙げる予定でお互いが独身最後の思い出作りの一環として祭りに足を運んでいた。 「湖水祭り……子供の頃に行ったきりだったわね」 「俺も彼女と行くまで気付かなかったけど、昔、父上と来た事あったな」 幼いころの思い出にそれぞれが思いを馳せる。 突然、真影が小さく噴出した。 「姉ちゃん? どうかしたのか、いきなり笑い出して」 「うん。ちょっと子供のころに来たときのことを思い出していたんだけど……」 「なんか噴出すような思い出、この祭りにあったっけ?」 首を傾げる羽郁の隣で真影はひとしきり笑ったあとようやく言葉を紡いだ。 「あの頃、鈴蘭を摘もうとしたら父様から『毒があるから気をつけろ』なんて言われたな、って思ったらおかしくて。覚えている?」 姉の問いかけに羽郁も小さな笑みを浮かべた。 「あぁ、そうだった。姉ちゃんと俺の二人で摘もうとした寸前でビビっちまったよな」 記憶の中の互いの姿は今より幼いもので、それが流れた月日を、そしてこうしてまた一緒に同じ祭りを見に来たことが変わらない絆を思い起こさせる。 生まれる前からの一対の半身。子供のころは姉以外の女性に惹かれるなんて思っていなかった羽郁。 けれどこれから先自分の隣に立つのは姉ではない。 真影にとっても弟と一緒にいることは呼吸をすることのように当たり前のことだった。 心境や環境の変化が寂しくないといったら嘘になる。 けれど二人は示し合わせたように片割れに向けて鈴蘭の小花束と最高の笑顔を向けた。 「姉ちゃん、結婚おめでとう」 「羽郁、結婚おめでとう」 相手への呼びかけを除けば全く同じ動作、同じ台詞。 鈴蘭は贈った相手に幸せを呼ぶ花だという考えがある。 半身の結婚を祝い、これからの幸福な生活を願う真影と羽郁にとっては祭りの名物だから、ということを含まなくても今日贈るのにこれ以上ふさわしい花はないのかもしれない。 「せっかくだから店も見て回りましょうよ。お土産を選びたいし」 「そうだな。どんなお土産がいっかなー」 これから先隣に立つのはそれぞれ違う相手だけれど、それで絆が切れるわけではない。 今までずっと一緒に歩いてきて、それが四人分の足跡に変わるだけだ。 仲のいい姉弟は笑いながら人ごみをすり抜けていく。 黒葉(ic0141)は御堂・雅紀(ic0149)に贈る鈴蘭の押花のしおりを作るため待ち合わせの時間より先に会場に赴いていた。 「押花によさそうな花は何処かにゃー……あ、発見!」 上機嫌で一輪摘むと慎重な手つきでしおりを完成させる。 二藍色のしおりに白い鈴蘭の押花の、この世でたった一つのしおりが完成した。 「そろそろかにゃ」 時間を確認して思わず髪に手をやる黒葉。 待ち合わせをしているのは密かな思いを胸中に抱いた相手。身だしなみを気にするのは乙女として当然といえば当然なのかもしれない。 雅紀のほうでも実は贈り物を用意していた。淡い紅色の鈴蘭だ。 「悪い、待たせたか? 時間通りにきたつもりだったんだが」 「大丈夫ですにゃ。今きたところですにゃ」 「そうか。……次からは待たせないように気をつける」 黒葉の姿を見つけて小走りに近付くと雅紀は頭を下げた。 「気にしないでくださいにゃ。……せっかくのお祭りですから、見て回りましょう?」 「そうだな。偶には、こういう賑やかな場所も悪くないだろう」 「ん、私は元々好きですよー? 御祭り騒ぎっ」 雅紀に誘われたことが黒葉の上機嫌の理由の一つであることは間違いないだろう。 それはまだ口に出しては言えないけれど。祭りの雰囲気より本当は誘ってもらえたことがうれしい。 二人は賑やかな屋台通りを連れ立って歩いた。 猫舌の黒葉が雅紀にねだる。 「……主様、ふーふーして欲しいにゃ」 手の平をあわせて上目遣いに頼む黒葉の要望に雅紀は少し照れつつ応えた。 はふはふと熱そうに、けれど美味しそうに食べる黒葉の姿に微笑が浮かぶ。 黒葉も雅紀を見上げて幸せそうに微笑を返した。 「お、綿あめが売ってるな」 「主様の好物ですね」 「……買うか。祭りでしか食えない類のものだし」 綿あめを雅紀がぱくりと一口。ふわふわとした食べ物なので気をつけていても頬についてしまったようだ。 黒葉がそれに気付いてパクリとキスをしながら啄ばんだ。 「な、ば、人前で何して……!」 動揺する雅紀に黒葉は悪戯っぽく笑う。 「何って、取ってあげただけですよ? ん、甘いにゃー」 「取り方ってもんが……」 「嫌でしたか?」 「…………嫌っつーか。……お前はもっと自分を大事にしろ」 「?」 明後日の方向を見ながらぼそぼそと呟く雅紀を元凶である黒葉は不思議そうに眺める。 心いくまで屋台と祭りの雰囲気と鈴蘭や湖の眺めを堪能した二人は帰路につくことにした。 「「そういえば、渡すものが……」」 綺麗にはもった気恥ずかしさでしばらくお見合い状態の二人。 先にどうぞ、と勧めたいが今口を開いたらまたはもりそうな気がする、と思ってなかなか口が動かないのだ。 「……それじゃ一緒に出します?」 「そ、そうだな」 せーの、と声が合わさったが驚きが気恥ずかしさを打ち負かした。 鈴蘭のしおりと、鈴蘭の花。 目を丸くした黒葉とやはり驚きを隠せない様子の雅紀の視線がかちあう。 「……か、帰るぞ」 「ん、ありがとーですにゃっ」 「……あぁ。こっちこそ、ありがとうな」 腕に寄り添ってくる黒葉の方を見れずにまた明後日の方向を向いて雅紀は答えた。 今はまだ、想いを告げられないけれど。叶うなら、いつか。 『恋人に贈る花』でもある鈴蘭を改めて贈りたいと心に秘めて。 ●祭りの時間は和やかに 柚乃(ia0638)は一人気ままに湖水祭りを楽しむために歩いていたが同じく一人で歩いていた長身の男性が視界に入ったので声をかけてみることにした。 「初めまして、宮守さん。よかったらお祭りご一緒しませんか?」 「こんにちは。私でよければ喜んでご一緒させていただきますよ」 光栄です、と穏やかに笑ったのは開拓者ギルドでこの祭りに開拓者たちを誘った張本人の宮守 瑠李(iz0293) だ。 あの時は若干おかしなテンションだったが今日は一見普段どおりに見える。 「これもご縁かなと……でも、他に約束があったりなら、無理には……」 「約束はないので大丈夫ですよ。……これは怪我の功名というものですかね。皆さん意中の方とご一緒のようで。独り身には世知辛いお祭りだったんですね、湖水祭り」 ……やっぱり頭のねじが緩んでいるようです。 「鈴蘭は恋人に贈る花、っていう風習とジューンブライド、でしたっけ。その影響でしょうかね……」 「それもありましたね。……今の時期は特に実家に帰れません」 「どうしてですか?」 「家族総出で見合い写真の山を押し付けてくるので……」 因みに十四歳で成人とみなされる天儀。瑠李は今年二十五歳。 浮いた話もないらしくいわゆる行き遅れの部類にそろそろ分類されてもおかしくない年ごろである。 「た、大変なんですね……」 虚ろな目でハミングでもしそうな瑠李の様子に柚乃は少し驚きつつ応じる。 「……失礼。今の時期はどうにも箍が外れがちで」 「いえ、お気になさらず」 気を取り直すように眼鏡の位置を直すと瑠李は鈴蘭と湖を眺めた。 「湖水祭りには初めて来ましたが……鈴蘭と湖の調和が美しいですね」 「そうですね。鈴蘭って白い花を連想する人が多いと思うんですけど桃色や紅色のものもありますし、綺麗ですね」 「幸福が訪れることを願って贈られる花、でしたか。……可憐な外見だけをみると花言葉もしっくりくるのですが……毒があるのですよね。鈴蘭を生けた水を誤飲して中毒を起こす、ということもあるようですし」 綺麗なだけじゃないんですねぇ、とのほほんとする瑠李。 その残念な思考回路が彼が行き遅れている理由の一つなのかもしれない。 「……来年も皆さんをお誘いしたいものですね」 その時には世の中がもう少し平和になっているといいのですが、と鈴蘭を眺めたまま瑠李が独り言のように呟く。 「あぁ、随分長い間お引止めしてしまいましたね。申し訳ございません」 「いえ、こちらこそ。ご一緒できて楽しかったです」 「……思い返すと随分妙な言動を取ったような気が致しますが……仕事中は多分普通の人間ですので、今日の奇行はあまり気にしないで頂けると……」 「分かりました」 気まずそうな瑠李の様子に柚乃は笑みと会釈を返して散策を再開したのだった。 「お祭り、誰かと来ても楽しいものですけれど現場で知り合いに会うのも楽しいものですね」 満開になった鈴蘭を眺めるのも、三位湖の青さに心を打たれるのも。 一人と連れがいるのとではまた違った景色として写るのだと実感する。 「……宮守さん、あんまりナーバスにならないといいんですけれど」 この時期が過ぎたら大丈夫、でしょうか。と仄かに苦笑して柚乃は空を仰いだ。 六月の空は青く高い。本格的な夏も、近いようだった。 |