もう一度、あの空を
マスター名:秋月雅哉
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/06/13 11:52



■オープニング本文

●飛べない鳥は地に堕ちて
 夕暮れ時。日が長くなってきた初夏の庭に落ちる少女の影法師。
「……っく……ひっく……」
 影により暗いしみが出来る。少女の頬を伝った涙が地に落ちたのだ。
 この日の昼、少女が世話をしていたすずめが死んだ。
 名前を呼べば飛んできた温かな小さな命は、今は少女の目の前の手作りの墓の中で冷たく固い亡骸となった。
「折角、懐いたのに……一生懸命、お世話したのに……」
 代わりの小鳥を見つけてあげる。両親はそう言って少女を慰めたけれど。
 愛おしかったのは、あのすずめなのだ。代わりの小鳥が何匹いたってこの心は癒されない。
 穿たれた穴は塞がらない。
 少女は声を押し殺して泣く。しゃがみ込んで着物に涙をしみこませて。
 ――その晩から少女を招く声が聞こえるようになった。

●安らかな眠りを
「事件が起きているようです」
 宮守 瑠李(iz0293)が手元の巻物を広げる。印がつけられているのがアヤカシの情報が寄せられた場所だろう。
「飼っていたすずめを亡くした少女を招く声が聞こえるそうです。すずめの元へ連れて行ってあげる、と」
 眼鏡をかけた瑠李の顔が曇る。
「おそらく夢魔の仕業と思われます。それから、鵺。大きな羽音が聞こえるそうです」
 夢魔の術によって少女が夜間に外へ出ようとしたのに気付いた両親が少女を抑えると障子に巨大な影が写ったという。
 少女は朝起きると「すずめがむかえにきた」と語ったそうだ。
 影は鵺、迎えに来たと言って少女をさらおうとしたのが夢魔だと推測される、と瑠李は言葉を続けた。
「二体のアヤカシの退治をお願いします。少女が抜け出さないように注意してくださいね。ご両親に許可はいただいていますからギルドの関係者だと告げれば家に入れてもらえますよ。
 夢魔たちに存在を悟られると別の手立てを考えてくるかもしれませんので待ち伏せ、罠の類は仕掛けないほうが良いかもしれませんね。
 雀と、少女の、安らかな眠りを取り戻してあげてください」
 お願いします、と瑠李は頭を下げて開拓者たちに頼み込んだのだった。


■参加者一覧
音有・兵真(ia0221
21歳・男・泰
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
一心(ia8409
20歳・男・弓
Kyrie(ib5916
23歳・男・陰
羽紫 アラタ(ib7297
17歳・男・陰
煌星 珊瑚(ib7518
20歳・女・陰
日依朶 美織(ib8043
13歳・男・シ
神宮 光希(ic0770
16歳・女・魔
小野宮 環(ic0908
15歳・女・志


■リプレイ本文

●もう聞こえないさえずりに
 小さな体は温かくて、ふわふわしていて。トクトク、トクトク、と心臓が動いていて。
 呼べば近寄ってきて、肩に乗ってさえずっていたあの子。
 もういない、あの子のもとへ、連れて行ってあげると声がする。
 いきたい、けれど。いきたく、ない。
 なんだか、こわい。
「おいで、稚い子供。お前が喪ったもののもとへ連れて行ってあげるから、こちらにおいで……」
 あの声は、なんだかこわい。冷たい。口調は優しいけれど、とても、とても。
 ――こわいの。
 そう小さく呟いて少女は俯いた。
「誰にだって隙はあるもんだ、子供ならなおさらだろ」
 飼っていたすずめを喪った少女を惑わせるのは夢魔と鵺。二体のアヤカシ。
 音有・兵真(ia0221)は軽く少女の頭を撫でて呟いた。
 大きな目が潤み、畳にパタリパタリと雫が落ちる。
「一緒にいて楽しかったか? ……そうだよな。だから悲しいんだよな」
 ルオウ(ia2445)が少女の前で屈んで問いかけ、返ってきた首肯に自分もかつて経験したことのある別離の悲しみを重ねていた。
 鈴木 透子(ia5664)は少女の心の傷に付け込むアヤカシに対してたった一言。
「後悔させたいです」
 短いが故に、揺るがない。
「弱りし心につけ入る者には、退場と願いましょうか」
 戦えない者、特に子供を護る師の背中を見て育ったという一心(ia8409)の決意もまた固い。
 師を尊敬し、理想とする彼にとって子供を護るという今回の任務で迷うことは何もない。
 そこに立ちはだかる者が誰であれ、倒す。
(進むべき道はまだ見えない……ですが、その思いは変わらない…………)
 そっと心に刻んだ誓いを、改めて確認する。
「幼い少女の心の隙間に付け込むとは……ある意味、実にアヤカシらしいと言えますね。美織君、心していきましょう」
 Kyrie(ib5916)は傍らの伴侶、日依朶 美織(ib8043)に声をかけた。
「鵺と夢魔、どちらも厄介な相手です。でも、Kyrie先生と一緒ならどんな相手にも負けません!」
 少女の様に高く澄んだ声と巫女装束のため性別を間違われがちな美織は小さな手をきゅっと握りこんで頷いた。
「ぬしよ、名はなんじゃ? わらわはたまきじゃ。すずめの名も聞いてよいかの?」
「私は、椿。すずめは、小鈴。……鳴き声が、鈴みたいだったから」
「……うん、良い名じゃな」
 顔を上げた少女――椿の答えに小野宮 環(ic0908)はにこりと笑顔を返す。
「ぬしと小鈴の思い出はわらわたちが護るゆえ、安心するが良いぞ。怖い夢は今日で終いじゃ」
「……ほんとう?」
「本当だとも。そのためにわらわたちはいる」
「アヤカシのせいで思い出が辛いものになったら嫌だもんね。大丈夫、貴方も、貴方の思い出も。アヤカシに踏みにじらせたりなんてしない」
 開拓者として初めての仕事ということで少々緊張気味な様子の神宮 光希(ic0770)が少女を挟んで環と反対側に座して励ます。
「日が落ちて結構経ったな。そろそろアヤカシの活動時間か」
「この拳で叩きのめしてやる!」
 羽紫 アラタ(ib7297)が外の様子をうかがいながら呟いた台詞に煌星 珊瑚(ib7518)が声を抑えて応じる。
 ――おいで。
「……どうやらお出ましのようだな」
 声が、響いた。

●悪夢(ユメ)から醒めた後に残るもの
 カタカタと椿の小さな体が震える。
 ――おいで。望むものをみせてあげる。もう一度あわせてあげる。ほら、声が聞こえるでしょう?
 夢魔の誘いにあわせるように鵺が啼く。
 環が椿の身体を抱きしめる。
「……此処はお願いしますね……では……参ります」
 一心の言葉に頷いて光希は環と自分以外の仲間が庭に出たのを確認してストーンウォールを発動させた。
 椿がいないことにアヤカシが気づけば姿を見せない可能性がある。
 両親だけでもアヤカシ討伐の間はギルドに身を寄せてもらっては、という意見もあったが娘の身を案じた両親の希望で彼らも家に残っていた。
 自らの意思に反してアヤカシのもとへ向かおうとする椿と、彼女の両親を環、光希の二名が護り、他八名が夢魔と鵺の討伐を行うことになっている。
「やつの体を凍て尽くせ! 急々如律令 氷龍召喚!」
 アラタが冷気を纏った白銀の龍に似た式を召喚し、一直線に吐き出される凍てついた息によって夢魔を攻撃する。
「こ……すず……」
 ストーンウォール越しに聞こえた椿の呟きにルオウが叫ぶ。
「こいつらはお前の友達なんかじゃねえんだ!」
 友達だったならきっと気付ける、そう信じて。
「俺はさ……こういうやり方がいっちゃん気にくわねえんだよなっっ!!」
 己の身中から発せられる剣気を相手に叩きつけて威圧すると同時に大地を響かせるような大きな雄叫びを上げてアヤカシの注意を引き付ける。
 ストーンウォールに沿わせるように透子が結界呪符「黒」を発動させた。
 護衛とアヤカシ討伐のために椿の家を訪れる前に玩具屋で購入した鳥笛を吹いて小鳥の鳴き声を聞かせ、椿の意識を現実へと引き戻す。
 夢現で聞いた鳥笛の鳴き声を亡くなった雀のものだと思うように、もう一度声を聞くことで穿たれた心の傷が血を流すのを止めるように、と願いを込めて。
 鵺の側面や背面に回りこみながら美織が手裏剣を連続投擲するのにあわせて松明を持って明かり役となったKyrieが精霊武器石板「エヌマ・エリシュ」で攻撃を行う。
 アラタの攻撃で足を凍らせた夢魔の防御姿勢を読み、最も脆弱な部位を一心が射抜く。
「今すぐ割り切ることはない、ただ、哀しむのだけは止めて置けよ。
 呼んでいるのは雀じゃない。雀は、お前さんを連れ去るために死んだわけではないのだからな」
 神槍「グングニル」を操りながら兵真が椿に語りかける。
「かかってきな!」
 呪縛符で鵺を押さえ込みながら珊瑚は眼突鴉を召喚して眼球部分を集中的に攻撃させる。
「やつの目玉を喰ってきな! 行けっ眼突鴉!」
「のう、椿よ。死した者は戻らん。これは動かしようのない真実なんじゃ。
 それにぬしの小鈴は、斯様な化け物では無かったじゃろう?
 ぬしの大切な小鈴は、まさに今ぬしが思い浮かべておる姿じゃぞ。
 空を飛んでおるか? 肩にとまっておるか?
 そうじゃ、死してもぬしが覚えている限り、共に生き続けるのじゃ。わらわもぬしから聞いた。故にわらわの中にも息づいておる」
 腕の中の小さな少女に環は語りかける。
 死は誰にも覆せないものではあるけれど、生者が覚えている限り存在は続いていくのだ、と。
「逃がしません」
 透子が小さく呟き、黒地に赤い獄火が描かれた符を構える。
 罪人の恨みが込められているといわれるその符の周囲にゆらりと黒い霞が立ち込めた後、術の発動によって符を包むように青白い炎が奔る。
 甲高い悲鳴を上げて夢魔が瘴気に変じる。
「これで終わりだ!」
 時を同じくしてルオウが空へ逃げようとした鵺に乾坤尺を投げつけて攻撃すると鵺もまたその姿を保つことができなくなり瘴気へと還った。
「終わりましたね。美織君、怪我はありませんか?」
「大丈夫です。Kyrie先生は?」
「私も無事ですよ。……他の方々も大きな怪我はないようですね」
「すみませーん」
 ストーンウォールの向こうから光希が仲間に呼びかける声がする。
 隙間から覗いた顔は舌を出していた。
「えへへ、壁を壊してくださ〜い」
 作ることはできてもまだ壊すほどの力はなくって、と続けられた言葉に一度武器を収めた開拓者たちが再び武器を構える。
 ほどなくしてストーンウォールは消滅し、親子と環、光希の五人と戦っていた八人は再び顔を合わせた。
「アヤカシは退治した。これで大丈夫だろう」
「ありがとうございます、なんとお礼を言ったらいいか……」
「感謝されるためにやったのではない。わらわは斯様なアヤカシが嫌いなのじゃ。
 ……椿、悪夢は終わったぞ。これからは小鈴との楽しかった記憶を大事に出来るじゃろう?」
「うん。……感謝されるためにやったんじゃない、って言われたばっかりだけど。ありがとう」
 椿の顔に初めて笑顔が宿った。
「お嬢さん、すずめさんは死んでしまったかもしれませんが短い間とは言え、共に過ごせたことは貴方にとっても、すずめさんにとっても幸せだったと思いますよ。その想い出を、大切にして下さい」
「うん」
「日が昇ったらお墓参りを皆でしませんか?」
 美織が仲間を振り返って提案すると反対の声はあがらなかった。
「ではお疲れでしょうから今日は我が家でお休みください。たいしたおもてなしは出来ませんが……」
 椿の両親が強く勧めたため開拓者たちは日が昇るまでの間そのまま仮眠を取ることになった。
 椿と両親も念のため同じ部屋で休ませる。
 日が昇った後、庭の片隅に作られた小鈴の墓の前でそれぞれが手を合わせる。
 Kyrieから学んだ鎮魂の舞を美織が舞い、Kyrie自身は祝詞を捧げる。
 彼が鵺の雷撃や乱戦時の飛び火によって起こるかもしれないと用意した桶の水を少し使って小さな墓石は清められていた。
「怪我がなくてよかったな。小さいのによく頑張ったよ」
 アラタが椿の頭をぽんぽんと撫でた。
 昨日笑顔を見せた椿だったが墓を前にするとやはりまだ気持ちが沈むらしく俯きがちだ。
 そんな椿と向き合って珊瑚が語りかける。
「あんたの雀はきっとそばにいる。あんたがここで思っている限り、あんたの雀はきっと……見えていないだけで、きっとあんたの傍にいる。だから、いつまでも泣いてちゃ、雀も心配で雀も落ち込んでると思うけど?
 でなきゃ、あんたの父上も母上もみんな心配したままだよ」
「……うん」
 指された自分の胸を押さえて椿が小さく頷く。
「今はただただ悲しさが勝るでしょう。それを消し去るすべを自分は持ち得ません。ならばせめてもの手向けに。
 すずめがせめて、安らかに眠れるように。すずめがせめて、迷わぬように。
 貴方がせめて、安心して見送れるように。
 奏でましょう……御霊送りの調べを」
 一心が横笛を奏でるのを一同は無言で聞いていた。
「これをどうぞ。……少しでも、心が安らぐように」
 お香「新緑」と安眠オルゴールを笛を奏で終えた一心が椿に渡す。
「きっとここまで思ってくれるなんて、その雀さんも幸せだろうね。きっと今泣いてることだって心配してるんじゃないかな、見えないところで……。新しい出会いも、なかなかいいものだと思うけどな♪」
「……うん。でも【代わり】として向き合うのはその子に対して失礼だし、小鈴が可哀想だから、今はいい」
「そっか」
「いずれ痛みを伴わずに優しい記憶を思い起こせるようになりますように……」
 透子が誰にも聞こえないほど小さな声でそっと願う。
「いなくなったら悲しい。けどさ、友達なら泣いてるよりも笑ってる顔が見たいもんだろ? そいつだって同じだよ。そんだけ思ってんだきっと伝わってるぜ」
 だからサヨナラしてやれよ、とルオウが話しかけるとそれを合図にしたように椿が庭で摘んだ花で作った花束を墓前に供えた。
「……小鈴、空の国で元気に飛んでるよね」
「お前が笑っていれば、小鈴も安心するさ、きっと」
「ゆっくり歩き出せばいい。一歩ずつでも、先へな」
 兵真の言葉に椿が頷きを返す。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。アヤカシを退治してくれてありがとう。小鈴がいないのは寂しいけど……怖い夢のせいで小鈴を嫌いになる前にお兄ちゃんたちがきてくれてよかった」
 涙の跡の残る顔でそれでも精一杯に笑って見せる椿に握手や挨拶を済ませて十人は少女の家を後にする。
 ギルドに報告を済ませたら今回の任務は達成となるので早朝の街中をギルドへ向かって歩き出した。
 時間は早いが街はすでに活気を見せ始めている。
「今日もいい天気になりそうですね」
 行き交う人々はそれぞれに忙しそうだ。
 弱気を知らない初夏の陽光が燦々と降り注ぐ中、小鳥が地面に影を落とす。
「いい天気を通り越して暑くなりそうじゃの……」
「夏も近いしな」
 誰ともなく足を止め、空を見上げる一同。
 ほぼ徹夜の目に陽光はあまり優しくなかったので揃って目を細める。
「空の国も今日はいいお天気でしょうね、きっと」
 空の国はとても遠くて、とても近い。死者と生者は隣り合いながらも永遠に隔てられている。
 ――それでも。
 その存在を喪っても、思い出は残る。
 人は二度死ぬ、という言葉があるがそれは人だけに留まらない。
 一度目は肉体の死。二度目は生者の記憶から消える精神の死。
 一度目の死は生がある以上避けられないものだ。
 けれど、思い出を遺して逝けるなら。二度目の死はもしかしたら訪れずに済むのかもしれない。
 出会い、別れ、時に再会し、絆を紡ぎ、縁を結ぶ。
 そうして世界は続いていくのだから。
 これまでも、そしておそらくこれからも。優しさも苦難も哀哭も全てを包んで、時は流れていく。
 明けない朝がないように。止まない雨がないように。惜別の悲しみもいつかは時が癒してくれる。
 一羽の小鳥がさえずりながら木の枝から空へと飛び立つのを見届けて、一行は再び歩き出した。
 理不尽な死を一つでも減らすため、泣き顔を笑顔に変えるため。
 護りたい、という意思の元。歩みはまだ、止まらない。

 空の向こうで雀が鳴いたのを、少女は聞いた気がして顔を上げる。
「……優しい思い出を、楽しい時間を、ありがとう、小鈴。大好きだよ」
 たとえもう触れられなくても、温もりはこの手が覚えているから。
 ずっと、ずっと。
「今度は楽しい夢の中で会おうね」
 そしていつの日か再会できたら。もう一度あの空を羽ばたく姿を、見せて欲しいと。