|
■オープニング本文 ●儚く、淡い、光 「そろそろ夏らしい気候になってきましたね」 そういう宮守 瑠李(iz0293)の服装に夏らしさは欠片もなかったが本人は気にする素振りすら見せず話を続けた。 「私の実家のある宿場町の近くに川があるんですけどね。ちょっとした蛍の名所なんですよ。夕涼みがてら、ご一緒しませんか?」 いつも仕事ばかりではお疲れでしょう? と言って場所の説明に移る。 「蛍を眺めるための川辺ですからね、明かりは持ち込む物で、最小限の方がいいでしょう。その場所、ある伝説……といいますか言い伝えのようなものがありましてね。 二人の恋人が身分の差から駆け落ちを考え、夜に蛍の名所であるその川辺で待ち合わせをするはずだった。 けれど先にやってきた女性は追いはぎに命を奪われてしまい、女性の亡骸を見つけた男性は彼女の亡骸を抱いて姿を消した、という悲恋なんですけれど。 次の年から蛍は二人の死を悼むように普通より早い時期に姿を見せるようになったそうですよ」 女性の供養塔が建てられた辺りに、と少し声の調子を落として瑠李は言葉を紡ぐ。 「伝説では二人は蛍になって、蛍としての生を終えた後は天に昇っていった、とされているそうです。約束を果たすために。 そのため地元では恋人同士が将来を誓い合う時この川辺で行う事もあるんですよ。 勿論、恋人同士に限らず蛍を愛でにいらっしゃる方もいますけれどね。 約束の蛍、見に行きませんか?」 きっと綺麗ですから、と。 「あぁ、飲食は騒ぎすぎなければ制限を設けませんがゴミの持ち帰りはしっかりお願いしますね。立つ鳥跡を濁さず、ですよ」 |
■参加者一覧 / 礼野 真夢紀(ia1144) / 叢雲・なりな(ia7729) / 和奏(ia8807) / 尾花 紫乃(ia9951) / ユリア・ソル(ia9996) / フラウ・ノート(ib0009) / ニクス・ソル(ib0444) / 尾花 朔(ib1268) / キャメル(ib9028) / 黒葉(ic0141) / 御堂・雅紀(ic0149) / 神室 時人(ic0256) / 鶫 梓(ic0379) / 徒紫野 獅琅(ic0392) / 紫ノ宮 蓮(ic0470) / 庵治 秀影(ic0738) |
■リプレイ本文 ●儚いからこそ、強く輝く蛍の中で 礼野 真夢紀(ia1144)はギルドで聞いた蛍の名所へと一人で足を運んでいた。 今回は下見。そして一人で蛍見物をするならばじっくり眺めたいから、という理由で食べ物や飲み物は持ってきていない。 蚊取り線香をつけて手燭の明かりを消す。帰りはスキルの火種で再び手燭に明かりをつければ問題ないだろう。 「そういえば蛍の群生は朋友達に見せた記憶がない……」 淡い緑色の神秘的な光が点ったり消えたりするのを眺めながらそっと呟く。 地元に里帰りをした時見かけた記憶はあるのだが……。 「子猫だし、精神子供だし……」 今回の下見は危険がないかがという先行視察の意味合いもある。 だがせっかくの群舞、楽しまなければ損というものだろう。 蚊取り線香からあまり離れないようにしながら一人静かに佇んで蛍の舞う様を眺める。 「……ほぇ。すごい……。何よりも六月に蛍が見れるっていうのが凄いよねぇ……」 伝承に残っている男女の悲恋を悼んで此処の蛍ははやくに姿を見せるようになったといわれているが真偽は果たして。 「綺麗……」 昼間の暑さはなりを潜めて夜の水辺は少し肌寒かったが幻想的な光景を目に焼き付けるように真夢紀はしばらく無言で佇んでいたのだった。 なりな(ia7729)はキャメル(ib9028)から誘われて二人で蛍見物にやってきていた。 「わ! すごいー光ってる……綺麗ー」 なりなは蛍の群舞にはしゃいで点滅を繰り返す蛍たちを追いかける。 「キラキラいっぱーい! あ、なりなちゃん、まってぇ」 その背中を追ってキャメルも駆け足に。 シノビに追いつくのは大変だけれどこうやって一緒に出かけられるのは楽しいものだ。 久々に見る蛍はキャメルに故郷を思い出させた。 故郷も清水が湧いていた森で蛍の乱舞が見られたのだ。 「知ってる? なりなちゃん。蛍って幼虫の頃からお尻が光るのよ、空を飛べるのはほんの一時。 蛍さんがお嫁さん見つけられるといいよね」 「そうなんだ……。お嫁さん、見つかったら蛍も幸せだよね、きっと」 「うん。……あれ、ぷーちゃんどうしたの?」 小さな叫び声をあげながら逃げ回る自分の相棒の様子に気付いてキャメルが尋ねるとどうやら虫ということでパニックを起こしていたようだ。 「……それ、蛍なのよ。ぷーちゃんも初めてみるの?」 相棒は気まずげに文献では見たことがある、と答える。 「払ったりしちゃ、メーよ」 その後は落ち着きを取り戻したぷーちゃんも一緒になって賑やかな蛍見物が幕を開けたのだった。 「……ホタル……そういえば、神楽ではあまりお見かけしませんね」 和奏(ia8807)は光を眺めながら水辺を散歩していた。 蛍を眺めることが今晩の目的なので足取りはいたって緩やかだ。 小さい頃はふわふわと飛んでいる光を不思議に思ったことを思い出す。 虫だと知ったのはすこし大きくなってからだった。 「……虫だと分かっていても……幻想的で風流な眺めですね」 夏の中でも短い時間しか見られない光が舞っているような光景。 短い生涯で精一杯光り、伴侶を得て次へと世代を繋いでいく。 世界の縮小図を見ているようだ。そんなことをぼんやり思った。 「もうすぐ、本格的な夏がくるんでしょうねぇ……」 今年の夏は彼にどんな物語を運んでくるのだろうか。 過ぎた日と、いずれ訪れる未来と、今。それぞれに思いを馳せて一度目を閉じたあと和奏は再びゆっくりと歩き出す。 泉宮 紫乃(ia9951)、ユリア・ヴァル(ia9996)、フラウ・ノート(ib0009)、ニクス(ib0444)、尾花朔(ib1268)は談笑しながら蛍を眺めていた。 歩いている途中でそっと朔が紫乃の呼ぶ。 「朔さん?」 「ちょっとだけ抜け出しませんか?」 突然の誘いに驚きながらも少し頬を染めて笑顔で頷く紫乃。 履物の具合を直す振りをして一同から少し距離を取った後二人で逆方向に歩き出す。 朔は灯りの代わりに夜光虫を出現させた。 「足元に気をつけてくださいね?」 灯り代わりの夜光虫やさり気なくエスコートといった気配りに紫乃が礼の言葉を告げると微笑みが返ってくる。 宙へ伸ばした紫乃の指先に蛍が止まった。 逃げないようにゆっくりと指を動かし朔に差し出す。 「私の気持ちです」 『恋に焦がれて鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす』の言葉になぞらえて。 普段は恥ずかしくて言葉に出来ないが朔のことを愛おしく思っている、と伝わるように、精一杯の思いを込めて。 その言葉を受けて朔は紫乃の手をそっと取った。 「すみません、紫乃さんから言わせてしまって。私のそばにずっと一緒にいてください。 結婚していただけますか? 紫乃さん。愛しています」 そう言って差し出したのは花束「薔薇の祝福」だった。 プロポーズの言葉に一瞬きょとんとした後真っ赤になった紫乃は花束で溢れる涙を隠そうとしながら何度も頷きを返した。 嬉しすぎて声が出ないけれど、その嬉しさが少しでも伝わるように、と。 ユリアたちはそんな二人をそっと追いかけて成り行きを見守っていた。 告白が無事成功したのを見て取って二人に近付く。 「紫ちゃん、婚約おめでとう♪ とびきり幸せになるのよ」 ぎゅうと紫乃を抱きしめてユリアが祝福を送る。 そのまま首だけをめぐらせてフラウを見遣った。 「フーちゃんは結婚はどうするの? もう付き合って長いでしょう。お祝い事が続くといいわね♪」 「け、結婚?!! い、いや、どぉーなんだろ話したこともないし」 朔たちを追いかけている間、フラウが蛍を見ながら恋人のことを思っているのを見透かすようなユリアの言葉に全力で否定して温かな笑いが起こったが今回もそうだった。 フラウは照れるあまり無意識に自分の手をもじもじ弄りながら俯く。 やがて顔を上げて紫乃と視線を合わせるとまだ赤みの残る顔で笑いかけた。 「おめでとう、紫乃ん。幸せにね」 「まったく」 そんな様子をユリアと腕を組んだニクスは少し呆れたように眺めていた。 朔と紫乃の二人なら問題ないと分かっているだろうに、と言わんばかりの様子。 「……ユリアさん、フラウさん、そしてニクスさんまで、でば亀ですか?」 朔がくすりと笑いながら指摘するがニクスは軽く肩をすくめただけだった。 その後隙を見てユリアと二人きりになる。 「悲恋の伝承が残ってるんですって」 ユリアがギルドで聞いた話をニクスに聞かせるとニクスは彼女を強くかき抱いた。 隣の温もりを決して手放さないと心で誓う。 「温かいわね」 「……そうだな」 二人の恋人が身分の差から駆け落ちを考え、夜に蛍の名所であるその川辺で待ち合わせをするはずだった。 けれど先にやってきた女性は追いはぎに命を奪われてしまい、女性の亡骸を見つけた男性は彼女の亡骸を抱いて姿を消した、という悲恋。 次の年から蛍は二人の死を悼むように普通より早い時期に姿を見せるようになったという伝承を思い出して御堂・雅紀(ic0149)は立ち止まる。 「なぁ、黒葉。 お前、やり残したことってあるか…? …………俺は……。 一つだけでっかい忘れ物してきちゃってな。 だから、この言い伝えの男の気持ち、なんとなくわかんだよ。 ……お前は、俺みたいになるなよ」 彼の脳裏を過ぎったのは幼少の頃、初恋を伝えられずに別れた少女のこと。 胸を締め付ける、思いを伝えられなかったあの日の後悔。 苦さをかみ締めて、それでも。 戻らない時間の中、気持ちを伝えられる時間はそう長くないはずだから、と呟く。 黒葉は雅紀の独白を聞いた後思考の海に自身を沈めた。 (伝承の二人、時期を逸した為に起きた悲劇……ですか。 ……他人事ではない、かも知れませんね。 雅紀様は、必ず守ります……けれど、本当の事を伝えられない侭、私に何かが有ったなら――?) 言い出せない、約束。 「私は、如何すれば――……」 「黒葉?」 思わず漏れた言葉に雅紀が怪訝そうに名前を呼んだのをきっかけに黒葉は我に返った。 「……ったく、柄にもなく変なこと言ったな。まだ夜風は毒だから、少ししたら帰るぞ」 「ん、心に留めて置きますにゃ」 かけてもらった上着が落ちないように気をつけながら雅紀の腕にしがみ付く。 ――事実を語れない、そのことをそっと心の中で謝りながら。 神室 時人(ic0256)は弟分の徒紫野 獅琅 (ic0392)を誘い、友人の庵治 秀影(ic0738)と共に蛍が見られる場所へ向かった。 現地で同じく友人の紫ノ宮 蓮(ic0470)と蓮に誘われた鶫 梓(ic0379)に出会ったので一緒に蛍を眺めながら杯を交わそう、という流れになった。 時人が手土産に、と用意したのは前日に準備した手作りの焼き菓子などの甘味。 川縁にござを敷いて場所を確保する。 「肴になるか分からないけれど……」 そういいながら甘味を一同に勧めた。 「こんなにも明々と輝いているのに、あと数日で命を散らすことを考えると切ないね。生ある者には必ず死があり、特に開拓者である我々にとって死は身近なものだ」 そう言って感傷に浸る。 「こうして気にかけてくださるのは本当に嬉しいな。 でも俺なんか誘わずに、どなたかいい人といらっしゃればいいのに。 約束の蛍なんでしょう? あれ? 梓さんも来てたんですね。 そうか、紫ノ宮さんと……。 他の姉さん方には内緒にしておきますね♪」 微妙な喪失感のようなものを胸に抱きながらも自覚には至らず獅琅は梓に笑いかける。 ひょんなことから獅琅と顔を合わせるのが恥ずかしくなった梓は蓮を蛍見物に誘ったが結果的に獅琅と顔を合わせることになり内心で慌てていた。 最終的には覚悟を決めていつもどおりの対応をするが気恥ずかしさが残る。 その恥ずかしさを紛らわせるために豪快に飲み続けた結果、呂律が怪しくなっていた。 酒には強いはずの梓がここまで酔うのも珍しい。 「獅琅君はあいかわらずかわいいわねー」 「からかわないでくださいよ……酔ってますね?」 「酔ってないわよー」 「それは酔っ払いが必ず言うといわれている台詞ですよ」 「蛍ってぇのは幻想的だねぇ。妙な街に迷い込んだみてぇで楽しくなっちまう。こういう酒もうめぇもんだ」 そういう秀影の杯に蓮が酒を注ぐ。 月光と星明かり、蛍の光を酒が淡く弾いていた。 ござの周りに気付けば結構な数の光が集まっていた。 「おぉっ? 蛍に囲まれちまったなぁ。なんだかこんなに囲まれちまうと蓮君がアヤカシに突っ込んでたのを思い出すねぇ」 秀影と蓮は蓮がアヤカシに襲われていたのを秀影が助けたことがきっかけで交流を深めるようになった間柄だ。 「あの時の話は少し気恥ずかしい。……あの頃の秀兄さんと丁度同じくらいの歳だ。……少しは近づけたかな」 「ぁん? まぁ、あの頃の俺には追いついてるかもなぁ。くくくっ、まぁ、俺ぁもっと先に行っちまってるけどなぁ?」 煙に巻くような秀影の言葉に蓮は子供のように膨れ、そして笑った。 きっと一生追い越せないのだろうと、本当は思っている。 師以外で尊敬している秀影のように自分も誰かを護れるだろうか、と蓮は心の中で自分に問いかけた。 今は、無理でも。いつかは、と自答する。 羽織に止まっていた蛍をみて想うのは大切な弟のこと。 心配ばかりかけて、守られているのは自分のほうかもしれない、と小さく苦笑する。 「甘ぇもんで酒を飲みながら蛍と友人に囲まれる……くぅ、実に酒がうめぇなぁ」 「そうだね」 時人の作った菓子を摘みながら杯を重ねる。 「獅瑯君、髪に蛍が一匹止まっているよ?」 時人がその光景に思わず微笑を浮かべた。 「まるで髪飾りのようだね。綺麗なものだ」 ――この子のためにも、友人たちのためにも。まだまだくたばるわけにはいかないな。 心に刻んだ誓いは見せず、梓に絡まれる獅瑯の様子に笑みを深める時人。 「また、どこか連れてってください。絶対ですよ」 本当に本当の願いを約束したいといったら怒られそうだから、と獅琅がねだると時人は機嫌のいい猫のように目を細めた。 「私より梓君を誘ったらどうなんだい?」 「え、えぇと、それは……」 もごもごと口ごもる獅琅を見て目はさらに細くなる。 「一般的な時期より少し早いですが此処の蛍は今が見頃のようだね。幻想的で美しい眺めだ」 「そう、ですね。先生と一緒にみられて嬉しいです」 「『先生』だけ特別なの? 獅琅君?」 梓が本気とも冗談とも取れる口調で問いかけると獅琅はわずかに狼狽した後「皆さんとこれて嬉しいですよ、もちろん」と返した。 「ほんとにー?」 「本当ですって」 「青い春だなぁ」 「そうだね」 「そうですねぇ」 「酒の肴にゃちょっと空気が熱いかね」 「冷やかしたら悪いだろう、秀影君」 「ちょっと、皆さん、からかわないでください!!」 理由が分からないまま焦る獅琅の反応を見て男達は笑みを浮かべる。 「そういう初心な反応をするから青い、といわれるんだよ」 「先生!!」 「ほらほら、あんまり騒ぐと蛍がびっくりして逃げてしまうよ?」 「〜っ!!」 それぞれに思い思いの時間を過ごして初夏の一夜は過ぎていく。 約束の蛍は交わされた約束を、紡がれた物語を静かに見守っていた。 かつて果たされなかった約束を交わした一組の男女も、どこか遠い場所で見守っているのかもしれない。 世界は、続いていく。喜びも哀しみも抱きながら。 多くの約束の中で果たされたものもあれば果たされなかったものもあるだろう。 生命の営みの中人々は一歩一歩歩いていく。 未来へと。それがこの世界と、この世界に生きる命が交わした、最初の約束だから。 この世界が終わるまで。この世界に生きる命が残らず消えるまで。 ずっと昔に交わされた命の約束は、続いていくのだ。これまでも、これからも。 蛍の群舞は誰もいなくなっても終わることはなかった。 淡く、仄かな光。けれど確かな光。 今を精一杯生きている、蛍が見せるその輝きは、儚いが故に何よりも強いものなのかもしれない。 |