春の宵
マスター名:秋月雅哉
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 44人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/03/12 15:34



■オープニング本文

●蕾ほころび
「お花見に、行きませんか?」
 開拓者ギルドに依頼の確認にやってきていた開拓者たちに告げられたのはそんな予想外の一言だった。
「近くに梅と桜が同時期に咲く場所があるんですよ。其処の花が、そろそろ身頃で。澄んだ泉もあって中々風情がありますよ」
 いつもお仕事ばかりでは疲れるでしょう、たまには休むのもいいんじゃないですか?
 そんな台詞を穏やかに笑って告げる。
「成人しているのでしたら花見酒と洒落込むのもいいでしょうね。未成年の方は……桜茶などで我慢してくださいね。
 ごみは散らかさずに持ち帰ってくるようにお願いしますよ。
 立つ鳥跡を濁さず、です。
 食事の持ち込みは自由ですがその場で料理は少し難しいかもしれませんね。
 自然を労わり、恵みに感謝しながら新しい季節を迎えましょう」
 雪解けが進み、日差しも柔らかく暖かなものになってきた。
 話に出てきた梅や桜の木だけでなく足元にも小さな春が見付かることだろう。
 一人で新しい出会いを求めて。
 大切な人と絆を深めに。
 昼に賑やかに騒ぐのもいいし夜に夜桜を愛でてもいい。
 束の間の休日、彩り方は貴方次第だ。


■参加者一覧
/ 酒々井 統真(ia0893) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 瀬崎 静乃(ia4468) / フェルル=グライフ(ia4572) / 海神・閃(ia5305) / 夏葵(ia5394) / 和奏(ia8807) / 杉野 九寿重(ib3226) / ローゼリア(ib5674) / 玖雀(ib6816) / オルテンシア(ib7193) / 瀬崎・小狼(ib7348) / 紫ノ宮 莉音(ib9055) / 楠木(ib9224) / 月夜見 空尊(ib9671) / 八咫郎(ib9673) / 秋葉 輝郷(ib9674) / 木葉 咲姫(ib9675) / 草薙 龍姫(ib9676) / 天野 灯瑠女(ib9678) / 別宮 高埜(ib9679) / 啼沢 籠女(ib9684) / 須賀 なだち(ib9686) / 須賀 廣峯(ib9687) / 闇川 ミツハ(ib9693) / 稲杜・空狐(ib9736) / 紛琴 殃(ib9737) / 氷雨月 五月(ib9844) / 宮坂義乃(ib9942) / 宮坂 陽次郎(ic0197) / 神室 時人(ic0256) / 御雷 猛(ic0265) / ビシュタ・ベリー(ic0289) / 州羽 水人(ic0316) / 祀木 愁(ic0346) / アルバ・D・ポートマン(ic0381) / 土岐津 朔(ic0383) / 白鳥(ic0386) / 徒紫野 獅琅(ic0392) / 風見 春奈(ic0404) / 如月 終夜(ic0411) / 祀木 愁葉(ic0420) / ジャミール・ライル(ic0451) / 紫ノ宮 蓮(ic0470


■リプレイ本文


 開拓者ギルドで貰った地図の写しを元に道を歩いていくと情報どおり桜と梅が花開く場所に行き当たった。
 気候もよく、風が温かい。
 早咲きの桜は少し色味が強いようだ。
 地にまだ少し残っている雪が更に風情をかもし出している。

【九尾狐】の女性陣はこの日のために張り切って作ってきたお弁当を広げた。
『姫』と呼ばれる夏葵(ia5394)は昼から夜まで存分に花見を楽しもう、と小隊の皆に声をかけ、朗らかに笑った。
 瀬崎 静乃(ia4468)は無意識の内に恋人である瀬崎・小狼(ib7348)の隣に座るのが常だったので今回も二人は寄り添っている。
 白湯をまるで酒を飲むように湯呑みでゆっくりと飲みながら傍らの恋人に問いかけた。
 淡々とした、気負わない口調はいつもどおりのもの。
「……シャオも、白湯どう?」
「そうだな、貰おうか」
 小狼は笑んで湯呑みに白湯を注いでもらうと風にはらり、と舞った桜の花びらをてのひらで受け止めた。
「静と夏葵以外とはあまり交流がないからこの機会に少し話してみるかな……」
 愛称で呼ばれた静乃はほんのすこし目を細める。
「……たまには、いいと思う。折角の花見だし、ね」
「あぁ。とは言っても大所帯だしな……。話し相手には困らないというか多すぎて逆に困るというか」
「気の合いそうな人を見つければいい」
 そんな話をしていると【九尾狐】の面子が続々と寄ってくる。
 話してみたいなら話そうじゃないか、という心構えのようだ。
「みんな気のいい奴らだから……心配いらない」
 薄っすらと微笑む恋人にそのようだ、と返すのだった。
 祀木 愁(ic0346)は持ってきた荷物が次々と広げられるのを見ながら広げられたお弁当を口にした。
 ぼんやりとしているように見えて自分が食べる分の確保はしっかりしている。
 元から割合食べる方ではあるが今日は拍車がかかっているようだ。
 それは春の心地よい陽気がなせる技か、作られた弁当が美味故か――……。
 食べている最中、ある程度落ち着いたら、オルテンシア(ib7193)に軽く手合わせをしてもらおうと思いながらも懸案事項は妹の祀木 愁葉(ic0420)に悪い虫がつくのではないかという点。
 ぼーっとしながらも警戒は怠らないというある意味器用な真似をしてのけるのだった。
 その愁葉はといえば張り切って早起きをし、みんなの分のお弁当を作るのを手伝ったのと小隊のみんなにたくさん遊んで貰ったことが災いして途中でうとうとし始め、寝入ってしまう。
「お花見……お弁当……頑張って作る……ですの……」
 どうやら夢の中ではお弁当作りの現場に遡ってしまっているようだ。
 桜の木の下ですやすやと寝入る愁葉の身体には誰かがかけてやった掛布代わりの羽織。
 その羽織に、彼女の髪に、桜の花弁はいたずらに降り注ぐ。
 あどけなさとはっとする美しさを備えたその光景に誰もが一瞬微笑んだ後殺意の籠もった視線を感じて(もちろん兄である愁のものだ)を感じ取って目を逸らす。
「こんなに無防備で……しかも外で寝るなんて風邪を引いたらどうするんだ……」
 かといって健やかな寝息を立てる妹を起こしてしまうのもしのびない。
 朝早くから頑張って弁当を作っていた姿を知っているから尚更だ。
 如月 終夜(ic0411)は他の面子より先に会場となる場所に足を運んで桜が綺麗に見える場所を確保していた。
 面子が揃ったので春を寿ぎ宴を始める。
 寝入る前の愁葉に彼女が作った料理が美味しかったと告げると半分夢の中に旅立ちかけていた愁葉は嬉しそうに微笑んだのだった。
「寝ちまったのか。まぁはしゃいでたし……早起きして疲れもあったんだろうな。花見を十分に楽しめないのはもったいないが……ゆっくり休めよ」
 苦笑してその姿を見たあと本人は食事と花見を続けるのだった。
 風見 春奈(ic0404)もお弁当作りに尽力した一人。
「うちの小隊の子は大食いな子が多いので……たくさん作ってはきましたけど、足りるでしょうか?」
 前衛陣は普段良く動くせいかそれとも単なる偶然か、小隊の中でも良く食べる面子が揃っている。
 女性陣の奮闘の結果かなり大量の弁当はできたがそのどれもが美味であったため食欲は加速。
 さらに麗らかな日差し、美しい桜と梅。
 心地よい風も相まって食欲は更に加速。
 誰もが「此処で食べなきゃいつ食べる」に陥っている。
「お花見と言ったら歌や踊りも楽しみませんと、ね?」
 そう言って食事と花見を楽しみながら歌を歌ってその場に彩りを添えるのだった。
「みなさん、お弁当は逃げませんから……いえ、逃げますかね? 他の人のお腹に。……兎に角、食べ過ぎ注意ですよ。
 お腹壊しても知りませんからね」
 オルテンシアは弁当は作れないから、と言って持つのを手伝った。
「みんなが楽しめるようにいっぱい元気に騒ぐんだっぜ!」
 愁に手合わせを頼まれれば周囲に「綺麗な景色を荒らさないで下さいね」と釘を刺されるも、それを含めて了承し桜と梅の舞う中軽い手合わせを。
 花舞う中二人の手合わせは美しく絵になり、場を盛り上げた。
「暖かくなってきたから動くのも楽しいな!」
「確かに」
 元気いっぱいのオルテンシアに対して愁が静かに同意する。
「姫、寝ちゃったみたいだ」
「良く寝るからなぁ……」
「暖かくなってきたとはいえ花冷えとも言うからな。風邪ひかねぇよう気をつけてやらないと。……って、そういえば愁葉も寝てたな。まぁ日差しが心地いいからな」
 寝入ってしまった二人を見て小隊の参加者は苦笑交じりの暖かい笑みを一様に浮かべたのだった。
 海神・閃(ia5305)が周囲の視線を気にしつつ膝枕をして眠りやすくする。
 皆が夏葵のことを好いているのだ。
「ずっと傍にいるよ、お姫様」
 ――皆一緒にね。
 最後の一言は唇の動きだけで。眠っている姫君には決して届かないだろうけれど。
 おそらくその場の全員が胸に抱いている誓いをそっと代弁する。

 杉野 九寿重(ib3226)は親友のローゼリア(ib5674)と一緒に花見に来ていた。
 持ち込んだ弁当の中身は筍ご飯、鰯すり身つくね焼きの甘辛たれ浸け、大根とわかめの酢の物。
「差し迫った脅威の気配も感じられますが、春も麗ということで、まずは季節の花を愛でて心を落ち着かせ、それから決意新たに向かえばいいということでローゼを誘ったのですよ」
 適当なところに腰を下ろし弁当を交換する。お互いの弁当を美味しく味わった後目前に迫る合戦に思いを馳せる。
 生成姫にかんしてはローゼリアは思うところがあるだろうから、と気遣いつつ元気付けようと、
「必要な時は手伝いますので、迷って焦らないように、ですね」
 そう言って微笑みかけるのだった。
「……綺麗なものですわね。ジルベリアでは余り見られない光景に思わずため息がもれますわ」
 弁当を突いている間ローゼリアはそう言って梅と桜の花を慈しむように見つめる。
「有難うございます。……かの敵は因縁深い相手。――かのアヤカシの為に失った命と自ら殺めざるを得なかった命、その為にも必ず……」
「でも今は花を楽しみましょう。常に張り詰め続ける糸は切れてしまいます」
「……そうですわね」

 アルバ・D・ポートマン(ic0381)は土岐津 朔(ic0383)と夜まで過ごす予定だった。
「ハハ、中々イイじゃねェか。こういうのを風流、っつーんだろ。なァ?」
 持参のヴォトカは片端から開けるつもりで持ってきている。
「こういう時酒に強いってのはいいな。お、これ全部手作り?」
 十段の重箱に詰められるだけのつまみと道場奥の蔵から出した天儀酒を持ってアルバの同居人である朔も意気揚々とやってきた。
「ほら、酌してやるよ。杯出せ」
「酌もイイけどよ、一緒に呑もうぜ?ほら、たまの休みなんだしよ」
 朔は酒に弱いので酌に徹するつもりだったが時間が経つごとにアルバの絡みが執拗になってくるので面倒くさくなって一言。
「うざい」
 帰りの荷物は絶対全部こいつに持たせよう。
 行きの荷物も持たせればよかった。
 帰りは入れ物がかさばるが中身がなくなったから軽いじゃないか。
 朔はそんなことを考えて痛烈な一言にもめげず絡んでくる同居人を脇へ押しやった。
「……桜、綺麗だな。あとで梅も見に行くか」
 同じ春の花でも微妙に咲く時期がずれるため一緒に見られることはあまりない。
 せっかくだから両方見て気分を落ち着かせよう。
「これで桃が咲いてたら……なんて望むのは高望みが過ぎるかね」
 紅梅、白梅、早咲きの少し色味の強い桜に桃が加わったらきっと今まで以上に壮観な眺めだったことだろう。
「まぁ……今でも十二分に綺麗、か」
 白鳥(ic0386)は二人に誘われて共に花見をしていた。
「わあ……綺麗な桜です。梅の花も綺麗ですし♪ なんだかふわふわウキウキする、素敵な景色です」
「酒も美味いぜ。どうだ、一杯?」
「えっと……お酒、飲めないんです。なので雰囲気を楽しもうかな、って……。
 東房国では修行の日々でしたし、こうしてのんびり出来るのは貴重で素晴らしいことです。
 出来る事なら、この先……アヤカシの脅威が消え、多くの方がこの景色を見て、心穏やかになって頂けたら……そう、思います。
 そうした日を迎えられるよう、私も精一杯頑張らないとっ!」
 意気込みを語った後、断ってしまった詫びと誘ってもらった礼に、と「お耳汚しかもしれませんが……」と言いながら白鳥は楽の音を奏で出す。
 春の麗らかな日差しと桜や梅の花に楽の音は見事に調和し、余韻を残して消えていった。
「お花見♪ でも現地では作れないのね……。お弁当作って行こ、他の人と食べれるよう重箱一杯♪」
 同席者を探していた礼野 真夢紀(ia1144)は聞こえてきた楽の音を辿って三人のところへやってくる。
「お邪魔していい?」
 数々の手料理が詰められた重箱を掲げて見せれば満面の笑みで手招きが返ってきた。
 茹でた菜の花や、ジルベリア風のたれで和えた小さく切った卵。アサリは分葱と一緒に辛し和えに。辛子明太子は蒟蒻と絡ませて春らしく。
 ユキノシタと蓬は天麩羅に。
 卵焼きは菜の花の刻んだのを混ぜて緑が綺麗に見えるように。
 鰆と帆立の貝柱を照り焼きに。
 御飯は……手まり寿司に仕立ててきた。
「どれも自信作だよ♪ 沢山食べて!」
「また、この季節が来たな。春といったらやっぱりコレだな!」
 嬉しそうに桜を見上げる宮坂 玄人(ib9942)の後をついて歩くのは師である宮坂 陽次郎(ic0197)だ。
 携帯汁粉と桜の花湯を持参している。
 陽次郎は重箱に詰めた弁当も持参していた。
「敷物も桜吹雪の茣蓙にしましたよ。玄人は桜が好きですからね」
 今日こそ弟子と愚痴らずに楽しく過ごす、という目的が叶ったかどうか――それはその場に同席した面子のみが知る。


酒々井 統真(ia0893)は恋人のフェルル=グライフ(ia4572)と夜桜を眺めていた。
 結婚を誓い合った二人の髪に数枚の花弁が舞い落ちる。
「桜、か。あっちもこっちも大騒ぎで、あんまりのんびりしてる場合じゃないんだが……それでも、季節は巡る、と。まあ、今はあまり余計な事は考えないでおくか。せっかくゆっくりできる時間だしな。その時間は楽しむようにしないとフェルルに悪ぃしな」
 一番好む花を最愛の人と眺められる幸せにフェルルの顔には自然と笑みが浮かぶ。
「わ、今年も桜が咲く季節になったんですね♪ 梅と一緒なのは、早咲きなのかな?」
 統真に酌をしながらはしゃいだ声を上げる未来の妻に未来の夫は穏やかに笑って夜桜見物を兼ねた散歩へと誘うのだった。
「寒くないか? ほら、上着」
 体温が移って温かさを増した上着を羽織らせると笑顔でありがとう、と礼の言葉が返ってくる。
 笑顔ではいるが最近妻に辛い事があったのを知っている統真は短いような長いような逡巡のあとそっとフェルルの肩を抱いた。
 せめて今だけは、気が安らぐように、と。
 フェルルは少し驚いたような表情を覗かせたが黙って身を寄せ、二人はそのまま夜の桜と桜を照らす月を眺めていた。

 玖雀(ib6816)は知人に会うのは面倒だから、と楠木(ib9224)と一緒に人気のない場所で夜桜を愛でていた。
「わっ、夜桜綺麗! 誘ったの私だし、お弁当と先輩が好きな極辛純米酒持ってきましたよ! じゃーん!」
 鮭のお握りや煮物を中心とした弁当に本人が言ったように極辛純米酒。
 同じ酒を飲んでみるが楠木には強すぎたようで咽返ってしまう。
「無理をするな」
 しれっと杯を取り上げて残りを飲み干した玖雀は弁当もつまみ、素直に美味い、と感想を漏らす。
(い、今! 先輩が! 私の! でも先輩気が付いてないし……! こ、こうなったら飲んで忘れよう……!)
 焦りながら奪い返すがそうすることで自分もまた間接的な口づけになることには気付いていない楠木である。
 しまいには酔っ払って眠ってしまったので横抱きにされて連れ帰られるのだった。
「ったく、お前は……」
 言葉とは裏腹に安心しきって眠る楠木の姿に穏やかに微笑するのだった。

 紫ノ宮 莉音(ib9055)は天頂に差し掛かった朧月と月明かりに照らされる花をみて紫ノ宮 蓮(ic0470)に話しかける。
「朧月が、美しい春ですねぇ。桜を見るのも久しぶりですね、蓮兄様。桜茶があるのですよ。兄様も、どう?」
「昼間も良いけど、宵の桜もまた一興……ってね。そうだね。すこし貰おうか」
 小さめの重箱と甘味、桜にあう吟醸は主に振舞うためのもの。
 色々な味のするジャムをお茶請け代わりに、少し異国風の花見が始まる。
 普段着ているマントの代わりに薄絹の単衣を羽織り、シュマーグは被らずに髪飾りと音の鳴る首飾りを着けて。
 舞う花弁と共に簡単なステップを踏みながら、竪琴を一かき、さあ始めよう。
 異国で出会った月夜の調べ。懐かしく思う方もいるだろうか。
「歌って謳わせて、どうぞ踊ってくださいな。
 奏でる方もご一緒に」
「綺麗な花に可愛い女の子。なら、も一つ必要なのは踊りだろ?」
 楽の音に引かれて舞を披露するジャミール・ライル(ic0451)と他にも何人かが集まり舞や楽の音でその場が賑やかになる。
 飛び入り参加はご自由に。自己紹介は舞を舞った後でのお楽しみ。
「やー、さすがにこの辺は可愛い子……じゃねぇや、綺麗な花がいっぱいだよねぇ」
 さて、花を見に来ているのか女の子を見に来ているのか。
「素敵な舞をありがとうございました。僕は紫ノ宮 莉音」
「兄弟子の紫ノ宮 蓮だよ。お兄さん、ちょっとお酒でも一緒飲んで行くと良い。だが家の莉音が一番上手かった!」
「酒? いーいねぇ、是非是非ご相伴ー。おにーさん、ジャミール、ってのよ。よろしくねぇ」
 一度音楽を共にしてしまえば友人のようなもの、というジャミールの気軽さに莉音と蓮も気さくに話しかける。
「莉音、新しい髪飾りとても似合っているよ」
「ありがとう、兄様」
「仲良きことは美しきかなーってねぇ。いつまでも仲のいい兄弟弟子でいるんだよ」
「もちろんですよ」
「おにーさんとも縁を深めていきたいなー、なんてね」
「歓迎、歓迎。大歓迎。人生楽しく生きるのに友達は必要不可欠ってね」
 桜茶を飲む二人と振る舞い酒に楽しげに笑う一人。
 飛び入り参加で楽や舞を楽しんだ面子は陽気に挨拶して他へと移っていく。
「桜にはこの言葉が一番合う……きれいだ」
 隣には大切な弟弟子がいて、たった今できた友人がいて。
 桜はとても美しくて。
「……幸せだな」

【庵【天鳥船】】から参加した十二人は夜桜の下親交を深め合う。
 思い人である木葉 咲姫(ib9675)と語らおうと庵の者たちから離れて咲姫の許へ向かうのは月夜見 空尊(ib9671)だ。
 手の届く距離で立ち止まり、ポツリと問いかける。
「……桜は……ぬしを、辛くさせるか……? …………いや……ぬしを曇らせるのは、我か……」
 咲姫の脳裏をよぎるのは過去、自分のせいで大切な人を失った記憶。
 人の気配に気付き視線だけを向け、相手を確認してもその場を動くことはなく俯く。
「桜花の娘……咲姫……我は、ぬしの事を好いているのだろう……。故に……ぬしが苦しむのは、心痛む……。全て消え去ればいいのだ……桜も……我も……。それが……ぬしの幸せに繋がるのならば……」
 舞い散った花弁を掴んだ後風に流し、無表情から微かに苦しげな笑みへと表情を変えるとそのまま静かに背を向けて立ち去る。
(……私を、好いている? 消え去れば、私の幸せに繋がる……?)
 放たれた言葉を反芻した頃には空尊の姿は闇に溶けて消えている。
「……違うの。あなたは悪くないの。私はあなたの傍に居てはならない。近づいてはいけない。そう、心に刻んでいたのに。……空尊さん。私は、あなたが、――」
 視界が滲み、頬を涙が止め処なく流れる。届かぬ思いを小さく呟いて咲姫は面を伏せた。

「夜といえば桜、桜といえばぼたん鍋、鍋と言えば勘定奉行、奉行といえば千両役者千両役者と言えば皆様いかがお過ごしでしょうか八咫郎! 皆様の毎日にご奉仕する八咫郎で御座います! 本日はお日柄も良く天候に恵まれこのようにHANAMIと相成りましてお愉しみワクワクドキドキであるかと存じ上げますが、そんな時でも皆様の安心安全をきめ細やかに……」
「八咫郎さん元気ですね〜よっし、僕も何かしようかな〜!」
「というか滑舌のよさと肺活量が凄いよ」
 八咫郎(ib9673)の口上に耳を傾けている者は何人いたことだろう。
【庵【天鳥船】】の面子はそれぞれ気ままに時を過ごしている。
「春宵に桜花白く映ゆ……か。美しいものだ」
 秋葉 輝郷(ib9674)もその一人で仲間から少し離れた場所で桜の木に凭れて酒の肴に花を眺めている。
「夜の桜や梅は綺麗よ。風情がある。……でも月が嫌い。大嫌い。輝郷、桜より梅が見たいわ。連れて行って」
「それが望みなら。共に行こうか」
 立ち上がり近くの仲間に梅を見に行くと声をかけ、先行して梅の咲く方へと歩き出すが声をかけた本人である天野 灯瑠女(ib9678)にどうして手を引いてくれないのか、と問われる。
 笑みを返してその手を取ると己の腕に絡ませ、ふと彼女を見て髪飾りに気付く。
「ここにも咲いているな」
 ぽつり、と呟いてその髪に触れて。
「梅の花言葉は……高潔、上品。当然よ。私に合う花だもの。……咲かせるわ、どこにだって」
(……最初、貴方は桜の木の下に居た。貴方も、私が好きというものや私に似合うもの以外の方が好きだというの? 貴方も、“私”を見てはくれないの?)
 灯瑠女の心のうちでの問いかけは、口にしないが故に届くことはない。

「花見は夜桜が一番美しい……らしーぜ?」
 九頭竜 鱗子(ib9676)は庵の仲間と宴会に興じていたがすぐにふらりといなくなり、ちらりと見つけた酒飲み友達の氷雨月 五月(ib9844)の元で一緒に飲むことにした。
「逢えるならもっと女らしい格好してくるんだった」
 少しばかりむすりとしながら呟き、須賀 なだち(ib9686)に誂えてもらった酒のつまみを口にする。
「あァ? アンタはアンタらしくしてりゃァ、ソレでいいのさ。安心しな。オレが見た限りじゃア、アンタは十分に別嬪サンだぜ?」
 からりと笑う五月だった。
「仲間のところで飲まなくていいのかよ?」
「仲間ァ? 仲間はいい、あたしは好きな奴と好きなように呑みたいんだ」
「そうかい。選んでもらえたなりゃそりゃ光栄だな」
「見事な光景だよなァ。咲いていられる時間が短いからこそ今を精一杯咲き誇る……ってやつかね」
「そうさなァ。短けェ花生に敬意を払って、散るそのトキまで愛で続けるさ」
 五月が静かに同意して杯を空ける。
 杯にはちょうど月が映っていて五月は月を飲み干したようだな、とぼんやり思った。
「なァ。薄紅の別嬪サンよ。アンタは、その命。満足してんのかい?」
 漆の猪口を掲げて、桜に話しかける。
「オレは……」
「五月のあにさん?」
「あァ、なんでもねェよ。桜は今の人生に満足してんのかと、埒もあかねェこと考えちまっただけさ。
 さ、飲み明かそうぜ?」

 別宮 高埜(ib9679)は昼の内に食事や甘味を用意していた。
 一押しは灯瑠女の好きな甘さ控えめの桜餅と苺大福、それに稲杜・空狐(ib9736)の好きないなり寿司だ。
 中には梅を入れた特製品だ。
「喜んで頂けると良いのですが。姉様が舞を舞うとお聞きしておりますが、久方ぶりに拝見しますので楽しみですね」
「それじゃあ、踊りましょうか」
 乱れ桜の符を片手に夜光虫を使い光を生み出しながら扇子をひらめかせて舞う。
 普段の幼さは見えず、小さいながらも落ち着いた雰囲気で、神秘的とさえ言える舞に皆が魅入った。
 幽玄。まさにその言葉がふさわしい。
「どうでした? クーコの舞」
 舞終わり少し上気した顔で尋ねれば満面の笑顔と拍手が返ってくる。
 それに満足して笑顔を返すと「クーコの作ったお菓子も食べてくださいねー!」と皆に勧めるのだった。
 それまでの怖いほどの神秘的な空気は薄れ、華やいだ夜の空気ににぎやかさが戻って来る。
「ひーさま、傘を差してあげなくて大丈夫でしょうか」
「先ほど輝郷様と梅のほうへ行かれるのをみましたよ」
「そうなの? じゃあ大丈夫かなぁ。ひーさま、月が嫌いだから……」
 心配げに呟くが邪魔をしてもいけない、と後は追わない空狐だった。
 なだちは一足先に来て夫と準備をしていたがその準備もとうに終わり、花見を楽しんでいる。
「ふふっ、今年もこうして一緒に花見が出来るのが嬉しくて、つい張り切り過ぎちゃったみたいです」
 夫である須賀廣峯(ib9687)はほろ酔いでなだちに膝枕をしてもらっていた。
「……桜、綺麗ですね」
(……桜より……)
 妻の方が綺麗だと思ってしまった自分が恥ずかしくなって桜と妻から目をそらし、寝たふりをするのだった。
「……寝ちゃいました?」
 妻の言葉を無視するのは気が引ける。
 だが顔が火照って、気恥ずかしくて、どうしても目を合わせる事が出来ないのでそのまま寝たふりを続行する廣峯。
「……いつもありがとうございます。これからもよろしくお願いいたしますね」
(……礼を言いたいのは……こっちの方だ……)
 過酷な戦いの中で彼女の存在がどれだけ支えになっているか、彼女自身はきっと知らないのだろう。
 それと同じだけ――身も心も支える事が出来たらいい。
 自分は彼女の生涯の伴侶なのだから。
(……恥ずかしい事考えちまうのは……夜桜のせいか……?)
 結果的に顔の火照りは度合いを増しますます妻の顔が見れなくなる。
「あら? それほどでもないと思っていたけれど……たくさんお酒を飲んだのかしら。耳まで赤くなるほど酔っ払っていらしたのね。……今日の事を、覚えていてくれると嬉しいのだけれど」
 忘れるわけがない、と言いたかったが言ってしまえば寝たふりをしていた理由を問われるかもしれない。
(……いっそ本当に寝てしまいたい……)

 州羽 水人(ic0316)は庵の面子とだけでなく他の人々とも酒を酌み交わしていた。
「お酒は立派な自白剤になるって言うしね」
 魔法の話や、それに順ずるものは良く聞いておいて、必要なら許可を貰って書き留めておく。
 何故そんなことを? と聞かれればにこりと笑って。
「そうだねぇ……溢れんばかりの知識欲と好奇心を満たす為、じゃ駄目かい?」
 相手を煙に巻くような、真実を言っているような。
 絶妙な真剣さと胡散臭さにその場にいた全員が追求を止める。
 代わりに知識を持っている者は「参考になるかは分からないが」と前置きして語り始めるのだった。

「はいはーい! みんなお酒ですよ〜! 皆にお酒配り配り〜お、空になってますよ? ほらほら〜ドンドン飲みましょ〜!」
 そういいつつ自身は余り飲まないのは紛琴 殃(ib9737)は元気に酌をしていたが躓いて酒をこぼしてしまう。
 慌てて謝るがこれも一興、と場には笑いが満ちたのでほっと胸をなでおろすのだった。
 彼はお詫びに、と神風恩寵を使用し風で桜を舞わせる。
「綺麗で風も気持ちいいでしょ? その中で踊れたら気持ちいいかな♪ あ、風でこぼしたお酒も乾きますかね?」

「桜、風。なんとも風情があるね……」
 御雷 猛(ic0265)に「みかちゃん」とあだ名をつけ連呼するのは啼沢 籠女(ib9684)だ。
「御雷です」
 冷静に訂正を返す御雷にまた「みかちゃん?」と呼びかける籠女。
 何度か攻防の末妥協してついたあだ名はタケだった。
 疲れ果てた様子の御雷に籠女がにやりと笑って告げる。
「しょうがないね、君は我儘だね。じゃあ、タケでいいよ」
 譲歩という名の偉そうな態度に疲労が増した気のするタケこと御雷である。
 因みにその後籠女は桜を愛でて酒に口をつけるが口付け魔と化し、女性の髪や頬に口付けては機嫌よさそうに歩き去っていく。
「大好きな君達へ、僕からのささやかな祝福だよ」
 そう言って妖艶に微笑むのだった。

徒紫野 獅琅(ic0392)を弟のように思っている神室 時人(ic0256)は美しい景色に酒が進んで困る、と苦笑。
「まだまだ沢山ありますから今日くらいは羽目外して飲みましょうよ。……折角ですからリュートでも弾きますか。結構かさばったのを持って来ておいてただ持ち帰るんじゃ芸もないし」
「それは琵琶かい?」
「似たようなものですかね」
 獅琅はリュートを奏でて夜の宴に花を添えた。
 獅琅の土産のチョコレートに瞳を輝かせ、意外な特技に驚きながらもリュートの奏でる音に耳を傾ける。
 梅と桜の花びらを拾って帰って獅琅と妹のために押し花を作ろう、と思いつくと自然と笑みが浮かんだ。

他の面子と話を楽しみながら沈んだ様子の主に気付いた闇川 ミツハは花見が終わったら彼にとびきり濃いお茶を淹れてあげよう、と思いながら今は彼の心を察して一人にしておくのだった。
(……彼は昔から理解され難いが、君なら大丈夫だと彼女に言ったことがあった。今も考えは同じ。俺は幼少期の彼を知ってるから、彼女に会ってからの彼の変化を嬉しく思ってるんだ)
 胸の内で咲姫に語りかけた後空を仰ぐ。
 叶うことならば二人の心のすれ違いが解消されますように。
 どちらにも、笑っていて欲しいからそう願う。
「早咲きの桜……か。美しいものですね。暖かくなって過ごしやすくなってきましたし春が来たのだと実感します」
 憂愁か感嘆か、自分でも判別しかねる溜息をつくとどうしたのか、と声をかけられた。
「桜が、見事だと思いまして」
 静かに笑って答える。

ビシュタ・ベリー(ic0289)は程良く酔った男達に乞われるまま踊り、さり気なくおひねりを求め、納得のいく額に達すると満足して純粋に花見を楽しんでいた。
「稼げて、酒をおごってもらえて、食べ物ももらえて、花も楽しめる。春ってのはいいねぇ」
 そんなことを、周りに聞こえないようにこっそり呟いて。
 女友達が何人かできたらいいな、と思うビシュタなのだった。


 昼から続いた宴も終わり、開拓者たちは束の間の休息を終えてそれぞれの住処へと戻るのだった。
 春の日差しや月の下、英気を養った彼らは或いは旧知の絆を深め、また或いは新しい絆を見出してこれからの戦いに望んでいくのだろう。
 誰もいなくなった花見会場ではらり、と桜の花びらが鏡面のような水面に落ちてその表面を揺らした。
 朧な満月が梅と桜を密やかに照らす。
 それまでの活気が嘘のように静まり返った花見会場は、まるでこの世ではないような美しさを秘めていて。
 それは誰かの目に留まった瞬間呆気なく崩れていく類の美しさであるが故、誰にも知られる事がないまま花の終わりまでの短い間この世界に存在するのだった。