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■オープニング本文 ●人恋しさに付け込んで 夢を見せている間に生命力を奪うアヤカシがいる。 例えばそれは独り身の若者に見せる恋の夢。 例えばそれは子を喪った親に見せる子供と過ごす時間。 例えばそれは親を恋しがる子供に見せる理想の親の体現。 人々は寒さの中でその幻に捕らわれて、やがて冷え切った遺体として発見される。 いくら幸せでも夢は夢に過ぎない。 このアヤカシ――夢魔は特に、恋の夢を見せることを得意としているという情報が開拓者ギルドに入った。 寒い中誰もいない家へ帰ろうとしている時、自分好みの絶世の美女がたおやかに微笑んでいたら――……。 あるいは惑わされてしまう者もいるのではないだろうか。 夢魔は魔の森にある自分の住処へと男たちを誘うのだという。 骨抜きにされ、捕らわれ、精気を吸われ続けたままの男たちが行方不明になったのは数日前。 「まだ間に合うかもしれませんね。人の欲の浅はかさ、と言ってしまえばそれまでですが……死なれては後味も悪いでしょう。夢魔の退治と攫われた男性の救助をお願いできませんか?」 書類によると行方不明になっているのは二十代半ばの男性が三人。 夢魔は一体だが戦う際にこの男たちを盾にするので倒すには何かしら作戦を立てる必要があるだろう。 「死体になってしまった男性は、精気だけでなく肉体もアヤカシの餌食になってしまうようですね。……もともとアヤカシは人の肉を食らいますから。夢を見たまま死ねるのはある意味幸せかもしれませんが……放っておくわけにも、いきませんしね」 幸せな夢を見せられて戦意を喪失しないで下さいね、と釘をさして彼はいつものように開拓者を送り出すのだった。 |
■参加者一覧
アルフィール・レイオス(ib0136)
23歳・女・騎
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
ファムニス・ピサレット(ib5896)
10歳・女・巫
ツツジ・F(ic0110)
18歳・男・砲
加賀 硯(ic0205)
29歳・女・陰
ビシュタ・ベリー(ic0289)
19歳・女・ジ |
■リプレイ本文 ●甘い甘い幻惑の夢を 夢魔に囚われた男性の救出と夢魔の討伐を目的に開拓者の七人は魔の森へ向かっていた。 魔の森は志体持ちといえど瘴気感染し時間の経過と共に死を近付ける。 この依頼は時間との勝負でもあった。 「へえ、男を虜にする女のバケモノ? 面白いじゃない。あたしとどっちが魅力的かねえ」 ビシュタ・ベリー(ic0289)は扇情的な衣装を身に纏い薄っすらと微笑む。 「恋の夢を見せる夢魔ですか、恋は盲目とも言いますし。少々厄介なことになるかもしれませんね」 私が惑わされて夢を見ることになったのなら、亡くなったあの人の夢をやはり見るのでしょうね。むしろ、あの人以外との恋の夢など見たくはありませんが……と加賀 硯(ic0205)は内心で言葉を続ける。 「恋の夢、ね。 興味ねーな、恋だなんて。 誰かに気を遣いながら生きるなら、独りでいた方が十倍マシさ。 ほんの十倍、な」 ツツジ・F(ic0110)は『十倍』という単語を繰り返した。 果たして彼にとってその『十倍』という数字は大きいのか小さいのか。 知るのはきっとツツジ本人だけなのだろう。 「夢魔……以前、一度戦った時は逃げられてしまいました。 今度は逃がしませんよっ。 早く操られた人達を助けないとです! 急いで追い掛けましょう!」 意気込むファムニス・ピサレット(ib5896)の傍らで彼女の双子の姉は軽く頷く。 「ふふっ、あたしもサキュバスとか小悪魔とかよく言われるんだよね〜。 夢魔とはしてはどちらが上か、勝負だっ!」 「勝負しちゃったら今度は姉さんが討伐されちゃうよっ」 リィムナ・ピサレット(ib5201)が頷いた後笑いながら放った言葉を本気にしてファムニスが焦ったように手を上下させる。 「ある意味この季節ならではと言うべきなのでしょうか」 夢魔に操られた人たちの身柄を確保し、根本の理由であるアヤカシを排除。 亡くなった人たちには申し訳ないが事前情報から未だ存命と思われる人を助けることを優先。 まずは――と頭の中で戦略を張り巡らせる杉野 九寿重(ib3226)は「私は正面吶喊で相対して牽制しながら、隙を見て斬り込むしか能が有りませんしね」と謙虚に結んだ。 「ん、恋の夢か。俺には無縁だな、恋など経験してないから惑わされることはまずないだろう」 アルフィール・レイオス(ib0136)は魔の森の道なき道を進みながら小さく呟いた。 森に足を踏み入れて数分。 まだそれほど瘴気の濃くない場所にそれはあった。 「洞窟だ……話し声のようなものが聞こえるが、どうする?」 他のアヤカシである可能性もあるが話し声がする、ということは目的である夢魔と夢魔にさらわれた男性たちである可能性も捨てきれないということになる。 アヤカシたちが数多く生息する魔の森で目的以外の戦闘をしていてはキリがないので一同は少し話し合いの末少しだけ様子を見ることにした。 幸いというかなんというかこちらの声が届いたのかビシュタに負けず劣らずの扇情的な衣装に身を包んだ美女の姿のアヤカシが顔を覗かせる。 その背にはコウモリに似た翼があった。 彼女を守るように虚ろな目で取り囲んでいる三人の男性が恐らく今回の救出対象だろう。 「精根尽きそうな感じだね。……打ち合わせどおり、速攻で行くよ」 リィムナの言葉に全員が頷くと隠れていた茂みから飛び出す。 「あら……活きのよさそうな人間ね。お姉さんと遊ばない?」 少し低めの、艶を含んだ声でアヤカシが誘いをかける。 赤い唇がゆっくりと弧を描いた。 「命がけの勝負なら、遊んであげてもいいよ」 「あらあら怖いこと。……可愛い私の僕たち。私を傷つけるこの子たちから私を守ってちょうだいな。ご褒美にもっともっと甘い夢を見せてあげるわよ」 アヤカシに洗脳されている三人は農民なのか農具を構えてふらふらと近付いてくる。 あぁ、とかうぅ、とか意味を成さない呻き声がその唇からこぼれ落ちた。 「……哀れなものだな」 盾にされるのは厄介だがみすみす野垂れ死にさせるわけにも行かないのでなんとか救助せねば、とアルフィールは隙がありすぎてかえって手を出しにくい状態にある三人の男性を見やる。 魔の森に囚われ、ずっと食事を与えられていなかったのであろう、その上精気を奪われた身体はパッと見ただけでもかなり弱っていることが分かる。 「マモ……ル……」 「人間は貴方の僕でも、盾でも、道具でもないのですよ。きつくお灸を据えなくてはいけませんね」 「色香に迷って命落とすなんてなさけねぇなぁ。まぁ……夢を見せてくれるってぇことなら、試しに見るのもアリ、か」 そう簡単にはかからないけどな、とツツジが挑発すればアヤカシは彼の両頬を手で包み込んで視線を合わせた。 「見たいのなら見せてあげるわ。覚めない夢を、ね」 目の前にいたアヤカシの輪郭がぼやけて消える。 徐々に再形成された輪郭が示す人の面影を見てツツジは無意識に息をつめた。 長い黒髪に物静かな印象を受ける穏やかな笑み。人を柔らかく包み込むようなその笑みは姉のものに似ている。 しっかり者で、ちょっと勝気で。普段は優しいけれど叱るべきところはバッチリ叱る。 そんな姉にそっくりの姿が目の前にいる。 「どうしたの? ツツジ」 声すら、姉のものそのもので。 あくまで夢と理解しながら敢えてツツジは距離を詰めた。 それは恋心というより人恋しさからだったかもしれない。 「とりあえず男性たちを確保してしまいましょうか……」 ツツジの行動に目を見張ったのも一瞬、すぐに攻撃対象を味方に変えるわけでもなかったので盾となり得る数を減らしてしまおうと硯は三人の男性に向かって呪縛符を放つ。 志体というわけでもなく、増して弱っていたので拘束は容易だった。 「ほら男共、いい女っていっても要するにこれだけなんだろ? バケモノにとらわれずあたしの所においでよ」 バイラオーラと笑顔を使って肉体でより強く誘惑し、催眠が覚めないかと試すビシュタ。 一度洗脳が解けてしまえばかけ直す間隙が出来るだろうし、そうすればアヤカシの撃破は容易になるだろう。 「う……あ……?」 「ここ……は……」 「俺は……なんでこんなところに……?」 アヤカシがツツジを取り込むことに集中していたこともあってか男性三人は徐々に意識をはっきりさせ始める。 「帰るときに説明します。今は下がって。危険ですから」 九寿重が礼儀正しくも緊張を秘めた声で指示すると見慣れない景色に戸惑っていた男性たちは大人しく開拓者たちの影に隠れる。 今まで自分を魅了していたアヤカシの、翼を持つ、人ではありえない姿を見て竦んだのかもしれない。 ファムニスに神楽舞「心」と神楽舞「護」をかけてくれるように頼んだ後、自身は天使の影絵踏みを発動させたリィムナ。 「夢を望んで受け入れたツツジには悪いけど速攻で片付けるって作戦だからね! ……食らえ、ジェノサイドシンフォニー!」 魂よ原初に還れを一ターンに二連続演奏する必殺技を唱えると甲高い悲鳴が上がった。 「乾かず飢えずに無に還れっ!」 姉の姿をしたアヤカシが苦しんでいるのをツツジは妙に冷静に見つめていた。 本心では姉自身ではなく、姉を模倣したアヤカシだと分かっていたからかもしれない。 自分からかかりにいった分魅了の威力は浅かったのかアヤカシを何が何でも助けなければ、という意思も湧かなかった。 かといって苦しんでいるのは姿だけは姉のもの。気分のいいものではない。 「……終わらせてやるよ」 短銃「ワトワート」の小さな発射音が女の悲鳴にかき消される。 リィムナの攻撃で弱ったアヤカシには威力の低い銃撃一発でも十分だった。 「苦しまずに……逝け」 瘴気に還る寸前、伸ばされた手を取ると姉の姿は消えてアヤカシ本来の容姿に戻る。 「…………あっけないもの、ね……。魅了しきれずに倒されるなんて夢魔の恥だわ」 その言葉を残してアヤカシは瘴気に還った。 ●追憶を胸に明日へと歩き出す 救出すべき対象を救出したのなら、とにかく森の外へ。 開拓者達は三人の男達を背負うなどして急ぎ来た道を戻った。 そうして森の外――明らかに心地よい風を感じながら全員が一息ついた頃。 「さっき倒した女性はアヤカシで貴方たちを操っていたんです。私たちはギルドに持ち込まれた依頼を受けて貴方たちの救出とアヤカシの討伐に来た開拓者ですよ」 ファムニスから治療を受け、幾許かの食料を受け取って少しだけ体力を回復させた男性達は九寿重に自分たちが置かれていた状況を説明される。 瘴気に汚染された体はしっかりと浄化しなければならないため、今度は浄化出来る場所までの移動だ。 力に自信のある者達は手分けをして洞窟に残されていた犠牲者の遺品も運ぶ。 「そうだったのか……面倒をかけてしまったようだ。申し訳ない」 「あれは……アヤカシが自分の欲を満たすためにみせた幻、だったんだな……」 「でも……不思議だ」 「何がだ?」 同じくアヤカシの幻影を見せられた――というか望んで幻術にかかったツツジが問いかけると男性たちは揃って首を傾げる。 「死ぬのはそりゃあ確かに嫌だが……幻術の名残なのかな。あのアヤカシが哀れに思えるんだ。上手く言えないんだが」 「夢の中、なのかな。アヤカシと二人きりでいるとき感じたのは幸せと……あのアヤカシの寂しさ、みたいな感情で。俺はそれを埋めたいって思ってた気がする。身も心も食い尽くすための戦略だったのかもしれないが、その寂しさが魚の小骨みたいに引っかかって何となく憎みきれないんだ。……こんなにボロボロになったのに」 「甘ちゃんだねぇ。そういうところがあるから、アヤカシに狙われたのかもしれないよ? 次も命があるときに助けがくるとは限らないんだ。あんまり感情移入しないほうがいい。アヤカシと人は共存できないって言うのが現状の常識なんだからね」 「……そうだな」 ビシュタに諭されまだ納得し切れていない様子ながらも男性たちは頷く。 「ツツジは後遺症とかないのか?」 アルフィールが問いかけるとツツジは薄く笑って頷いた。 「こっちはそちらさん方と違って自分から突っ込んだ分、幻だって分かってたからな。別に大したことはないさ。止めをさせたし、魅了は不十分だったんだろ。 それに正直……夢に堕ちて、そのまま帰れなかったら、その時はその時、って思ったしな。 戦いの中で傷つきもがきながら死ぬより、飢えて苦しみながら死ぬより、百倍マシだ」 恋の幻影を見て、焦がれて逝けるなら、と。 「この面子なら俺が堕ちても戦えるだろうと思ったからな」 アヤカシの注意を引き付けられればそれでよし、と思ったとツツジが語る。 「俺が恋をするならどういう恋をするのか、興味がないわけでもなかったしな」 「……そうか。恋をしている自分が想像できないというのは同意だな」 「おまえもかかってみりゃ分かったかもしれないな」 「遠慮しておこう。向いていない」 「そろそろ魔の森、抜けられそうですよ」 ファムニスの言葉に一同が会話を切り上げて前方を見る。 雪がちらつく自分たちの世界が、確かにすぐ其処まで迫っていた。 「結論から言えば幻は幻だったな。種が分かってれば楽しみも薄れちまう」 「そういうものか」 騎士と砲術士はそれきり口を閉ざした。 リィムナが自分とアヤカシ、どちらが夢魔として魅力的か、と誤解を招きそうな質問を男性に浴びせて、案の定男性たちは自分たちを助けてくれたこの少女も実はアヤカシなのかと誤解するのを妹のファムニスがおどおどとした口調で否定する。 硯と九寿重は困ったように微笑みながらその光景を見ていて、ビシュタはどこか楽しげだ。 夢魔が残した恋の幻影を、男たちは暫く胸に刻んで生きるのだろうか。 住居に帰れば山ほどの心配の言葉や小言が降ってきて、幻影は遠くなるのだろうか。 「幻影は幻影のまま。……それでいい」 雪がちらつく空は花曇。 雪解けの季節がやってきて花が舞い散るのは、もう少し先になりそうだった。 |