|
■オープニング本文 因縁の森へ赴くのは、これで何度目か。 「このまま東に突き進む」 黒髪の青年の言葉に、皆頷いた。 赤い森の中心部は、いまだ侵入を拒み続けている。 この森の奥に、目指す大切な存在が囚われているというのに。 進入を拒む、森に埋め込まれた楔は3本壊した。 南、北、西。 残るは東のみ。 落ち葉が腐り、腐葉土となって地面を覆い、湿った大地は踏みしめる開拓者達の足を沈み込ませる。 「滑るわね」 赤髪の美女が苛立たしげに大地を蹴る。 こんなものに足を囚われはしないが、一秒でも早く大切な者の側に行きたい思いを妨害されるのは、彼女の神経を酷く苛立たせた。 「赤い蝶……来たようですね……」 赤髪の美女に寄り添っていた少女が式を放つ。 見る間に赤い蝶は氷の欠片となって散って逝く。 「これ以上、拒ませはしません」 金髪の少女は誓いと共に切り込んでゆく。 「俺の目は誤魔化せないよ」 榛色色の青年は、その小柄な体躯を生かして楔へと一気に距離を縮め、そのまま瞬時に手裏剣を楔に打ち込んだ。 手裏剣に貫かれた部位から楔に亀裂が走り、赤い瘴気が漏れ始める。 「守り抜くために尽くさせて頂きましょう……」 銀髪の巫女の祈りはそのまま力となり、迸る精霊の力は楔を粉々に打ち砕く。 その、瞬間。 「伏せろっ!」 黒髪の青年が銀髪の巫女を横抱きに抱えて飛び退る。 今まさに巫女がいたその場に瘴気の塊が突き刺さり、そして広がる赤い瘴気が開拓者達の周囲を包み込んだ。 突き刺さった赤い瘴気は赤い蝶。 攻撃的な赤髪の少女が間髪要れずに大地を深く重く蹴り上げ、強力な衝撃波を叩き込む。 だが赤い蝶は消える事無くそこに留まった。 そして―――― 「苦しい……」 赤髪の少女にもたれかかるように、狐耳の少女がその場に倒れこむ。 「なにが……まさか……?」 ひらひら、ひらひら。 中心の赤い蝶から燐粉が舞う。 赤い瘴気に包み込まれた空間は、燐粉の濃度を強めていく。 「くっ!」 榛色の瞳の青年が苦無を投げ、瘴気空間の破壊を試みる。 だが一瞬揺らぎを見せるものの、空間は開かない。 『無駄だよ?』 足掻く開拓者達に声が降り注ぐ。 見上げた先に、それはいた。 輝く蝶の翅を纏いしアヤカシ―― 今回の元凶たる存在が。 「鳩羽様!」 「鳩羽……っつ?!」 元凶の側に、赤い瘴気に丸く包まれた女性が浮かんでいた。 囚われた高位巫女の鳩羽に間違いなかった。 すでに意識はない彼女の背には、アヤカシと同じ美しい蝶の翅が生え始めていた。 「そんな……アヤカシに……?」 絶望感が広がってゆく。 「まだだ。まだアヤカシになっているはずがない。もし完成しているのなら、あの繭から出しているはずだ」 黒髪の青年が冷静に状況を判断する。 『そうだね。僕の蝶はまだ生まれていない。君達が邪魔をしたからね』 瘴気の中の燐粉の濃度はどんどん濃さを増してゆく。 それに比例して、開拓者達の体から力が削がれていくのがわかる。 (「早くこの瘴気の膜を破壊しないと……だがどうやって?」) 時間をかければかけるほど、開拓者達に不利な状況だった。 『二度と逆らわないと約束するなら、そこから出してあげてもいい』 『君達を壊すと、蝶の心までも完全に壊れそうだからね。見逃してあげるよ?』 ―― 僕が好きなのは、蝶だけだから。 アヤカシの言葉に頷くものなどいなかった。 ◆前回までのあらすじ◆ 高位巫女鳩羽が、森に潜む上級アヤカシに囚われました。 開拓者達が救出に向かい、森の中心部にいる事はわかっていたのですが、楔による結界が張られていた為に、進入出来ませんでした。 最後の一本の楔を破壊し、中央部へ侵入を試み、今回の状況となりました。 関連シナリオは『†無限蝶々〜紅の森〜†』『†無限蝶々〜楔〜†』 |
■参加者一覧
劫光(ia9510)
22歳・男・陰
アイリス・M・エゴロフ(ib0247)
20歳・女・吟
浅葱 恋華(ib3116)
20歳・女・泰
綺咲・桜狐(ib3118)
16歳・女・陰
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●瘴気結界 遠くで、声が聞こえた。 鳩羽を呼ぶ、声。 (「†……だ……れ……†」) 瞼が重い。 『蝶は、蝶らしく。僕だけを見ていればいいよ』 鳩羽の心の中に、直接声が響いた。 優しくやさしく。 ずぶずぶと腐らせてゆく甘い囁き。 (「†大切な人……燐蝶祝様……†」) 鳩羽は想い、違う、と直ぐに首を振る。 (「†友†」) 大切な人は燐蝶祝ではなく、友。 燐蝶祝は敵で……けれど大切な……。 鳩羽の意識は、友に向けた想いを蝶に塗り替えられながら、紅の混濁に飲み込まれてゆく。 敵の罠により瘴気結界の中に閉じ込められた開拓者は6人。 劫光(ia9510)、イリス(ib0247)、浅葱 恋華(ib3116)、綺咲・桜狐(ib3118)、マルカ・アルフォレスタ(ib4596)、リィムナ・ピサレット(ib5201)だ。 結界の中の瘴気は時間と共に濃度を増してゆく。 「害虫駆除して、鳩羽さん連れて帰るよっ!」 リィムナは叫び、ぐるぐると顔面に手ぬぐいを巻きつける。 鼻と口を塞ぐそれは、瘴気の燐粉を少しでも吸い込まない為の苦肉の策。 (「友を見捨てるくらいなら、最初からこの場所へ来たりしません。けれどこの結果は少々厄介ですわね……」) マルカは軽く柳眉を顰める。 もっとも、どんな結界であれ状況であれ、屈する気などさらさらない彼女は、艶やかな蝶が描かれた防塵マスクを装備する。 蝶という絵柄に皮肉めいたものを感じながら。 「下らない戯言を聞きに来たんじゃないのよ!」 がんっと強靭な足で結界を蹴り飛ばすのは恋華だ。 無論結界はそんな事で揺らぎはしないのだが、恋華の怒りを止めれるものなど、この世界に存在しえない。 恋華は抱きとめている桜狐の肩に力を込める。 「桜狐、気を確り持ちなさい。此処が正念場よ」 「恋華、ありがとうございます。もう大丈夫です……」 急な瘴気の濃度に軽い眩暈を起こした桜狐だったが、恋華の手を握り締めて気丈に振舞う。 「アヤカシなんかに負けたりはしないし、大事な友達をアヤカシに渡したりはしません……!」 言い切る先にいるのは上級アヤカシ。 蝶の羽根を持ち、この現状を作り出した張本人。 「……アヤカシにとり殺されるなんてのは……御免だ」 呻くように、劫光の唇から言葉が漏れる。 赤い色がいけない。 より一層、劫光の胸に突き刺さるから。 遠い昔、劫光の目の前でアヤカシに食い殺された幼い妹の、流したそれと同じ色……。 「お願い……」 イリスは、額のサークレットに指を伸ばす。 祖母が残したそれは、イリスの歌声を、思いを、呪歌へと変える。 サークレットのムーンストーンが淡く輝き、呪歌は、仲間達へと思いを響かせる。 ―― 結界中央の巨蝶が、低く蠢いた。 ●巨蝶の歪み 巨蝶から、燐粉が溢れ、小蝶が乱れ飛ぶ。 目に見えて空気が赤く濁ってゆくのがわかる。 「邪魔だといっているでしょう! あなた達なんかに私の友を奪わせはしないわ!」 恋華が桜狐から離れ、巨蝶に、そして目障りな小蝶に駆ける。 踏み込んだ足から発するのは凄まじい衝撃波。 散り散りに吹き飛ぶ小蝶に、桜狐の追撃が飛ぶ。 「恋華、激しすぎます……。……大地に眠ってる地霊さん……私の声に目覚めてください、そして形作りし冷たき息吹を敵に与えてください……氷龍さん、がおーー!」 白い冷気を纏う竜が、小蝶を次々と薙ぎ払い、巨蝶に絡みつく。 キィキィ……! 金属が擦れ合うような嫌な音を響かせて、巨蝶は羽ばたく。 燐粉がより一層溢れ、巨蝶に絡む氷龍は粉々に砕け散った。 「嫌な声っ! そんな声は、あたしの歌声で出せなくしてあげるっ。瘴気に穢れきった魂よ、いま無に還りなさいっ!」 リィムナがその小さな身体から想像も付かない迫力で、歌を奏る。 紡がれた歌声はリィムナの身体を淡い緑の光りで包みながら、その敵を、巨蝶を、中から壊してゆく。 巨蝶は再び耳障りな声を口から漏らし、ゆらりと舞い上がる。 その目が狙うのは、皆の背後のリィムナだ。 「もう、目の前でくりかえさせるものかよ!」 劫光が叫び、符を放つ。 放たれた符からは、白い竜。 銀光する首には、劫光の使役を表すリングが輝く。 劫光は霊剣「御雷」を構え、白竜に命ずる。 敵を、消し去れと。 白竜はその獰猛な攻撃性を惜しげもなく披露し、鋭い爪は巨蝶の翅を引き千切る。 耳障りな音を響かせながら、巨蝶が大きく舞い上がる! 空に飛んだ巨蝶は瘴気を噴出しながら、一気に開拓者達に舞い降りる。 広げた翼は毒を孕みながら、6人を一気に死へと誘う。 (「この想い、毒などに負けるはずがありません!」) マルカの全身から、漆黒のオーラが漲り溢れ、振るう大剣は瘴気の大気を、巨蝶を、そのまま空へと押し返す。 だが巨蝶はより一層、激しく翅を羽ばたかす。 (「ほうっておくことなんて、出来ない」) イリスは、ここにくるまでに聞いた、皆と鳩羽との思い出を想う。 彼女自身が鳩羽との思い出を持っていなくとも、大切な人を失いたくないという気持ちがわからない筈もなく。 イリスは、リィムナの歌声が巨蝶に向かっているのを補佐するように、仲間達の支援に回る。 巨蝶の瘴気と小蝶の幻覚。 そんなものに皆が屈することの無い様、リィムナの歌とはまた別の音域を使い、ハーモニーとなって皆の抵抗力を底上げしてゆく。 だが激しく咳き込みだすものがいた。 恋華だ。 「私は、屈しないわよ……っ! 好い加減煩わしいのよ、此の害虫がっ!」 大量の瘴気と、死毒が恋華の身体を蝕み始める。 そんなものに屈するほど気力の劣る恋華ではなかったし、イリスの歌が届かなかったわけではない。 毒は毒、そして運。 咽込みながら放つ蹴りは、明らかに先ほどよりも威力が落ちている。 「倒れるな! 前にすすめ。進むための力は俺が守りきる!」 劫光の指先から放たれた符が小さな炎となり、その炎はあろう事か恋華に触れた瞬間、彼女の全身を焼き尽くす。 だが誰も驚くことはない。 その炎は浄化の炎。 恋華を蝕む毒を消し去る癒しの炎だ。 「皆さん、気をつけて! 今までとは明らかに違う音が漏れています」 聴覚を極限まで研ぎ澄ませていたイリスが警戒を促す。 咄嗟に、皆、巨蝶から距離をとる。 その、直後。 ……キィイイイイイインッ……ッ! いままでとは明らかに異なる、高音で耳障りな鳴声を巨蝶があげた。 鳴声は開拓者達の耳をつんざき、巨蝶を中心に結界の中に衝撃波が放たれた。 恋華が桜狐を抱えてさらに後方へ飛び、劫光はイリスを背に庇い、マルカはリィムナの前に躍り出る。 「わたくしから、離れないで!」 地面に伏したリィムナの小さな身体を、マルカは全身で庇う。 衝撃波は恋華と劫光、そしてマルカに少なくないダメージを刻みこんだ。 細かな傷はもちろんの事、柔らかな肌は衝撃波で裂け、赤い雫を惜しみなく零す。 それでも、イリスの警告のお陰で誰一人致命傷には至らなかった。 瘴気の増す結界の中、諸悪の根源は足掻く開拓者達を口の端を歪めて嘲笑う。 ●届いて……この声を、この想いを。 「怪我ならいくらでもしていいんだよっ。ぜんぶぜんぶ、あたしが治すから!」 リィムナがすっくと立ち上がり、その小さな身体が光り輝く。 溢れる光は、仲間の傷を即座に癒し、癒しきれぬ傷もリィムナの身体が再び輝くと消え去った。 幼い身でありながらアヤカシの天敵とうたわれし彼女に、癒せぬ傷などあろうはずもない。 「アヤカシなんかに負けたりはしないし、大事な友達をアヤカシに渡したりはしません……!」 桜狐が結界の中に満ちる瘴気を、己の練力へと変換する。 本来であれば地に指先を付けて、漂うわずかな瘴気を練力へと回収するそれは、この瘴気の満ちる中では無限ともいえる練力を桜狐にもたらす。 そしてそれは、何も手を打てなければ濃度を増すばかりだった結界の中を、一定の濃度に押し留める。 結界の中から、リィムナは意識のない鳩羽に目を向ける。 (「たしか、鳩羽さんは恐怖の黒光りするアレが苦手だったはずっ」) 小さくて、素早くて、いきなり飛んで。 最悪の場合集団で現れる黒い物体―― G。 すぅっと息を吸い込み、リィムナは叫んだ。 「Gが出たっ! 大変だよ、早く起きて!」 びくんっと、鳩羽の身体が本能的に反応したのが見えた。 リィムナはさらに畳み掛けるように叫び歌う。 「鳩羽さん、Gに覆われちゃうよっ! 真っ黒クロくろ、あたり一面Gの海! 早く起きないと飲み込まれちゃうっ。 そうなるまえに、友達みんなと仲良く帰ろうっ。猫又ちゃん達も待ってるよ!」 鳩羽の眉根が寄り、瞼がぴくりと痙攣する。 だがまだ、意識は戻らない。 「鳩羽様、覚えておられますか。あの鴨さん達や猫又さん達を共に救った事」 マルカが、巨蝶のはばたきを避けながら鳩羽に語りかける。 「わたくしは、貴方のその優しい心根が大好きですわ。でも貴方がアヤカシになってしまったら、今度は貴方が彼らを傷つけてしまうのですわよ!」 バンッと、一際大きく剣を振るう。 「貴方が大切にしている全ての命を、貴方ご自身の手で。どうか、目を開けて! 一緒に帰りましょう!」 邪魔な小蝶など、マルカの眼中にない。 あるのは、大切な友人のみ。 「鴨さん達も、猫又さん達も、貴方を待っていますわ!」 節分豆を何度も何粒も噛み砕き、マルカは全力の剣技を振るい続ける。 繭の中で、鳩羽がゆらりと身を起こした。 その瞳は閉じたまま。 「届いていますか? 私の声。皆さんの想い……必ずいくから、負けないで」 イリスも祈りを捧げる。 劫光は、仲間達が鳩羽に集中出来るよう、巨蝶対応に狙いを定める。 「食らい尽せ、白銀の絶竜! 俺の力を全て敵に叩き込め!」 劫光の符から、三体の竜が召喚される。 長い尾をもつ竜達は、巨蝶をぐるりと囲い込み、そのまま巨蝶を締め上げ、鋭い牙は巨蝶の翅を食らう。 空を舞っていた巨蝶の翅は既に飛ぶ力を有さない。 辛うじて数十センチを浮遊するのみ。 だがその姿を見ていた劫光は、軽い視界の揺らぎと共に、視てはいけないもの、決して二度と視たくはないものに目を奪われた。 (「なぜいま、彼女が……くそっ!」) ぎりっと唇を噛み、劫光はその幻覚を振り払おうと頭を振る。 地を這うように飛ぶ巨蝶が、劫光に手を差し伸べ助けを請う。 ―― ……お……にぃ……助けて…… 幻覚だと理解している。 そこにいるのは巨蝶であり、劫光の悔やんでも悔やみきれない、救えなかった妹では決してないのだと。 「……竜達よ、敵を屠れ!」 瞳を閉じても脳裏に浮かぶ妹の幻覚を振り切り、劫光は竜達に命ずる。 「鳩羽ぁ! 私の声を忘れたとは言わせないわ!」 ダンッ! 恋華が再び大きく足を踏み込む。 迸る衝撃波は、瀕死の巨蝶を吹き飛ばし、そしてその背後の結界を揺らがす。 「あの時のように、私が、私達が守るから……!」 自分を見ろと。 喉が裂けんばかりに、恋華は叫んだ。 ―― 鳩羽の、硬く閉じられていた瞼が、ゆっくりと開いてゆく。 ●膿まれて、産まれて 鳩羽の瞳が開かれた瞬間、彼女を捕らえていた赤い繭が飛び散った。 ふわり。 蝶が舞うように、地に降り立つ。 その背には、抜け落ちない蝶の翅。 伸びきりはしていないものの、依然として彼女の背にあるそれは、いまだ彼女がアヤカシの支配下に置かれている事の証。 鳩羽の橙色の瞳は、どこか虚ろだ。 「鳩羽さん、あなたをアヤカシなんかにしません。そんなアヤカシは、いつもみたいに精霊砲を撃って倒してしまってください……!」 桜狐が自分達を取り巻く結界に氷龍を放つ。 結界が大きく揺らいだ。 結界を作り上げ、補強し続けていた巨蝶はもういない。 あとはその残骸たる結界を消し去ればいいだけだ。 そして、いままでずっと皆の支援に回っていたイリスが攻撃に転じる。 「鳩羽さん、自分を保って!」 雷槍「ケラノウス」を揺らいだ結界に向かって放つ。 稲妻のような閃光が迸り、結界に突き刺さる! ケラノウスはそのまま、結界を破壊してイリスの手に。 もう開拓者達を隔てるものは何もない。 ―― その瞬間。 「させるもんかぁっ!」 リィムナが叫び、燐蝶祝がイリスに放った何かを手で止める。 皆、鳩羽に気をとられていた。 状況次第で上級アヤカシが手出ししてくることを、ずっと警戒していたリィムナだけが反応できた。 リィムナの左手に、蝶の羽が蠢きだす。 激痛が彼女を襲い、その場に膝をつく。 閃癒を彼女自身が使える状況では無かった。 右手で左手を押さえても、リィムナの青い瞳には涙が滲む。 劫光が即座に解毒符を使用するが、リィムナの痛みは消えはしない。 そしてリィムナのとった行動は、誰もが目を見張るものだった。 「こんな、ものっ……!」 あろう事か、彼女は自分の左手の中に蠢く蝶を、右手で引き抜いた。 彼女の左手の中に這い出していた、蝶の根とも言うべきそれごとだ。 激痛などという言葉ですら生ぬるい衝撃に、意識を失うリィムナ。 彼女の手から落ちた蝶の翅を、恋華が即座に踏み殺す。 「よくも仲間に手を出してくれたわね! その首落しきってやるわ!」 恋華の両の拳が炎に包まれた。 紅蓮の炎を纏いし彼女は、鳳凰のように気高く激しく、一瞬で間合いをつめた燐蝶祝の顔面に叩き込む。 けれど燐蝶祝は口の端を歪めて嗤うのみ。 『君も、綺麗な蝶だね』 はっとして、虚ろな鳩羽を抱えて飛び退る恋華。 鳩羽の瞳が赤く染まり、燐蝶祝を見つめる。 「†……燐蝶祝様……大切な方……†」 恋華の腕の中から、燐蝶祝を癒す鳩羽。 「鳩羽っ、気をしっかり持って! 目を合わせて!」 恋華が鳩羽の頬を両手で包み込み、恋華だけが映るように。 鳩羽の瞳が橙色に戻る。 「†友†」 だが、瞳の色は直ぐに赤く戻ったり、橙色に灯ったり、安定しない。 「引き抜くことは出来ずとも、切り裂くことは出来ますわ!」 マルカが鳩羽の背に生える蝶の翅を、精霊力を宿らせた自らの剣で切り裂く。 リィムナのように引き抜ければ、きっと鳩羽は正気に戻るに違いない。 だが成人女性の背を覆うばかりに伸びた翅を引き抜くのは、そう簡単ではない。 マルカに切り裂かれた鳩羽の翅は、瘴気に還って逝く。 鳩羽の身体の中にその根を残したまま。 「†……燐蝶祝様……友……†」 瞳の色を交互に変えながら、苦しげな鳩羽。 『綺麗な翅だったのに。お仕置きが必要かな』 そう呟く敵―― 燐蝶祝。 彼がもう、開拓者達を生きてこの場から逃す気が無い事は、明らかだった。 |