【流星】祭と花火と思い出を
マスター名:霜月零
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 22人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/09/19 02:57



■オープニング本文


 『流星祭』の時期、街中はいつもと違った喧騒に包まれる。西の空が薄紫に染まる頃、祭提燈に次々と火が灯り祭囃子が風に乗り祭の本番を告げた。祭会場となっている広場は大層な賑わいで、ずらりと並んだ屋台からは威勢のいい呼び込みの声が響き、浴衣姿の男女が楽しげに店をひやかしている。時折空を見上げては流れる星を探す人、星に何を願おうかなんて語り合う子供達、様々なざわめきが溢れていた。



「今年は本当に盛大じゃな」
 武神島簪店『神無武』の簪職人である柳煤竹(やなぎすすたけ)は、流星祭の屋台が立ち並ぶ一角で、自身の屋台を広げる。
「柳おじさんっ、幟はこんな感じでいいかなっ」
 その隣では朽黄(くちき)が幟を屋台骨に括りつけている。
「十分じゃ。急な事だったのに、手伝わせてすまんのぅ」
「ううん、うちはいっぱい柳おじさんにお世話になってるもん。うちで出来る事ならなんだって手伝うんだよ」
 言いながら、朽黄は今度は屋台のカウンターに布を敷いて、簪を並べだす。
 普段から遊郭でアルバイトをしている為か、それとも元もとのセンスなのか。
 簪がそれぞれ引き立つように並べられ、色とりどりの美麗な簪がより一層おしゃれに見えた。
「柳おじさんは、毎年流星祭に出展してたの?」
「うむ。やはり神楽の都では、簪の売れ行きが良いからのぅ」
「柳おじさんの簪綺麗だもんね。うちは大好きなんだよ」
「嬉しい事をいってくれるねぇ」
「本心なんだよ? だから、報酬は簪にしてって言ったんだもん♪」
 傍目から見てもご機嫌な朽黄は、平簪を手に取る。
 神無武平簪だ。
 柳煤竹の名入りのそれは、銀色の軸に金色の丸い飾りがあり、緋色の花と白い小華が描かれている。
 朽黄が柳の屋台の手伝いをする事になったのも、簪を買いに武神島までいったからだ。
 柳だけでは大変だろうと、朽黄が手伝いを買って出た。
 店先では、まだ準備中の看板を立ててあるにも拘らず、少女達が目ざとく見つけて集まってくる。
「今日は忙しくなりそうだねぇ」
 柳がそう呟いた瞬間、
「きゃあっ?!」
「えっ」
「なになにっ!?」
 人々が戸惑いの声を上げる。
「どうかしたのかなっ?」
 朽黄が首を傾げる。
「お財布がないんですっ」
「今、ふっと気配がしたと思ったら……」
「おかしいわ、私もないわっ」
 少女達が口々に呟く。
 そしてそんな少女達を見て、道行く通行人たちも自分の財布を確認すると――
「俺もねぇっ!」
「私もないわ、スリよっ」
 そんな叫びがあちらこちらから聞こえてくる。
「大変なんだよ。同心に伝えなくっちゃ」
 慌てて朽黄が祭の警備に当たっている同心に事の次第を伝えるが、しかしそれだけで事件は解決しない。
「うち、犯人なんて見ていないんだよ……」
「わしもじゃ」
 急な事で仕方がなかったのだが、簪を見てくれていた少女達が落ち込んでいるのを見ると、朽黄も柳も顔を見合わせて溜息。
 それでも柳は被害にあった人々に、せめてもの慰めにと簪を贈った。
「うち、出来るだけ警戒しておくんだよ」
 そう朽黄が柳に言った瞬間、見知った声が振ってきた。
「なんやなんや、朽黄やんか」
「青丹おねーちゃん?!」
 朽黄の姉の青丹が屋台の前で立っていた。
「何おどろいてんのや。驚いたんはこっちやで。朽黄も流星祭見にきたん?」
「違うよ。うちは柳おじさんのお手伝いだよ」
「へー。今夜の花火は盛大やから、屋台からでも見えるやろ。流星と共に上がる花火は見ものやで」
「流星祭はうちは初めてなんだよ。夜が楽しみだなぁ♪」
「期待しといて損はないで。ちゃんと願い事も口にするんやで?」
「青丹おねぇちゃんの願い事はやっぱりお金かなっ?」
「ようわかっとるやないけ。金、金、金! これで決まりや」
「あっ、お金で思い出したんだよ! 今ね、スリが出たの!」
「スリ?!」
「そう、スリ! 同心さん達に伝えたけど、うちは犯人見ていなかったんだよ……」
「どうりで祭の警備だけにしちゃ、やけに同心が多いと思ったんや。犯人見つけたらぶちのめしたる!」
「あわわ、お手柔らかにだよ?」
「わかっとるわかっとる。ちゃーんと周囲に被害が出ないようにやるさかい、朽黄は安心してえぇで」
 にこにこと笑顔で去っていく青丹に、朽黄は大きな不安を覚えつつ。
「元気なおねぇさんじゃねぇ」
 ほんのりと呟く柳おじさんのお手伝いを再開するのだった。


■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 菊池 志郎(ia5584) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / 白漣(ia8295) / ユリア・ソル(ia9996) / ヘスティア・V・D(ib0161) / リスティア・サヴィン(ib0242) / ニクス・ソル(ib0444) / 高崎・朱音(ib5430) / 叢雲 怜(ib5488) / レト(ib6904) / エルレーン(ib7455) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / 綾瀬 一葉(ic0487) / 天津律(ic0552) / 天津慧(ic0553) / イヴ・V・ディートリヒ(ic0579) / イーダ・ノルトゥ(ic0994) / レオンハルト(ic0999) / シエン(ic1001


■リプレイ本文

「わぁ、美味しそうな物が一杯だ……白漣はどれにする?」
 天河 ふしぎ(ia1037)は隣の白漣(ia8295)に尋ねる。
「花火が始まるまで、食べ放題ですねっ」
 尋ねられた白漣は、美味しければ何でもいいらしい。
 嬉しそうにふしぎの手を引いて、「あの綿飴美味しそうですよっ」なんて言いはじめる。
「確かに美味しそうだよね。色も色々あるんだね。白とピンクと、あ、白漣見てみて!」
 ふしぎがびっくりして指を指す。
「どこどこ? ……あっ」
 白蓮も気づいたらしい。
「「もふら飴だっ」」
 二人、同時に叫んで屋台に駆け寄る。
 天義のお祭りにはつき物の、大人気もふら飴だ。
「かっわいいなぁっ」
 抱きしめそうな勢いでもふら飴を見つめる白漣に、ふしぎがもふら飴を買って差し出す。
「はい、白漣」
「えっ、いいのっ?」 
「もちろん」
「じゃあ、一緒に食べよ?」
 渡されたもふら飴をふにっとちぎって、白漣はふしぎの口へ。
「美味しいね」
「もっともっと、食べちゃいましょうっ」
「あのりんご飴とか、白漣は好きなんじゃない?」
「好き好き、大好きっ♪ りんご飴美味しいですねっ!」
 二人、手を繋いで屋台めぐりを続けだす。


「偶には外に出ようぜ? ラティ」
 そういって、竜哉(ia8037)は図書館司書のラティーフを祭に連れ出した。
「流星祭は見たかったのですよ〜。でも、おかしくはないでしょうか〜?」
「何が?」
「天儀の服は、あんまり着慣れていないのですよ〜」
「大丈夫、良く似合っているよ。専門の店員が選んだんだから間違いない」
 竜哉が苦笑しながら頷く。
 店員が見繕った数種類の中から、最終的にラティーフに合う色合いを選んだのは竜哉だ。
 ラティーフの趣味は、もう分かっている。
「そうそう、祭では食べ物だけじゃなくて小物も多く売ってるんだぜ?」
「そうなんですか?」
「ほら、この簪とかどう?」
 竜哉が簪屋台で足を止める。
「平簪ですね。綺麗ですよね〜」
「付けてあげるよ」
 さっとお会計を済ませ、ラティーフの髪に慣れた手つきで竜哉は簪を飾りつける。
「では、私も。同じものを竜哉さんに」
「俺に簪?!」
「はい〜」
 にこにこ、にこにこ。
 ラティーフが笑顔で差し出す平簪を、竜哉はなんともいえない表情で受け取った。  


「あら、わたしの着付けに文句でもあるの?」
 ツンとした口調で、ユリア・ヴァル(ia9996)は最愛の夫であるニクス(ib0444)に言う。
 無論、つんとしているのは口調だけで、その緑の瞳は微笑んでいるのだが。
「いや? ただ、着慣れていないからね」
 ニクスはユリアの見立てと着付けに文句などあるはずがないと、サングラスの奥の瞳を緩める。
 普段はニクスの着付けなどしていないユリアだが、そこはそれ、元来器用なのだろう。
 ニクスもユリアも、見事に浴衣を着こなしている。
 特にユリアなど、銀の髪を結い上げ、紅水晶の枝垂れ簪を飾り、天儀人にも負けず劣らずの色艶を醸し出している。
 リコリスの花が描かれた黒地の浴衣から覗くうなじは、普段ユリアを見慣れているニクスですら、頬が赤らむのを感じる。
「どこか行きたいところはあるかい? ユリア」
「そうね。せっかくだから、買い物でもしましょうか」
 二人で屋台を見ていると、ふと、目をひくものがある。
「これ、お守りになりそうね」
 ユリアが美麗な簪を手に取る。
「アメトリンだね」
 ニクスも手に取る。
 淡い紫色をした水晶の簪は涼しげに輝いた。
「ニクスにあげるわ」
「それはありがとう」
「わたしも買うけどね。ニクスもいろいろ身につけましょう」
「俺は男だよ?」
「男だからって、お洒落に気を使わないのは駄目よ」
「……ダサい、か?」
「どう思う?」
 ふふっといたずらっ子のように笑うユリア。
「……答えは聞かないでおくよ」
「賢明ね」
 その時だ。
 
 ヒュルルルルルル……ドーーーンッ!

 花火が上がり始めた。
「綺麗なものだな」
 ニクスがユリアの肩を抱き、人混みから離れる。
「本当に花が咲いたようね」
 夜空に煌めく花火を、二人は寄り添って見上げる。
(「愛してるわ、二クス」)
 夫の横顔を眺めて、ユリアはそっと、呟いた。   


「おい、怜、あんまりはしゃぎすぎるとはぐれっぞ」
 ヘスティア・ヴォルフ(ib0161)が可愛い義息子の叢雲 怜(ib5488)の襟を掴む。
「大丈夫だよ、ママ。もう子供じゃない〜」
 つかまれてくすぐったそうに、嬉しそうに首をすくめて怜はきゃっきゃとはしゃぐ。
 ヘスティアに着せてもらった浴衣は女の子用なのだが、愛らしい顔立ちの怜には違和感がない。
 それどころか、男物の青い着物を粋に着こなすヘスティアと並ぶと、相性ぴったりだ。
「ママ、肩車して♪」
「おし、乗りな!」
「わーい♪」
 ヘスティアが屈むと、怜はいそいそと背中をよじ登るように肩にまたがる。
「どうよ、よく見えるか?」
「うんうん、いっぱい良く見える」
「なら、このまま進むか」
 ヘスティアは喜ぶ怜の両足をしっかりと掴んで、人混みを難なく歩く。
「あっ、ママ待って!」
「どうした?」
「あれ、綺麗なの」
「おっと!」
 怜がぐぐっと身体を乗り出すので、ヘスティアは慌ててバランスを取り、
「この屋台か?」
 怜が指差す屋台を確認する。
「うんっ。凄くきれいなのだぜ」
 ちっこい指で一生懸命指差すそれは、四葉のアクセサリー。
「これが欲しいのか。買ってやるぜ」
「違うの。ママに!」
「俺にか? 怜のほうが似合うぜ?」
「いいの、ママにつけて欲しいの」
「ふぅん。怜がいうなら、何だって身につけるぜ」
 愛息子に選ばれたアクセサリーを身につけて、ヘスティアはまんざらでもない。
「ついでに、怜の恋人の分も買っていこうぜ」
「わぁい♪」
「二人とも、俺の可愛い子供だしな」
 そういった瞬間、怜が「あっ」と小さな声を上げた。
「どうした? ……うおっ?」
 ぎゅうっ!
 怜が急にヘスティアの目を塞いだ。
 ちっこい手でいきなり塞がれたヘスティアは、「どうしたんだ?」と首を傾げる。
「……べ、別に何でもないもん!!」
 早く別のところに行こうと急かす怜。
 でもヘスティアには、怜が何を焦ったのかちゃんと見えていた。
 怜の可愛いお手手では、ヘスティアの瞳を隠し切る事ができず、そして彼女の目の前には、愛する旦那が見知らぬ少女と歩いている姿がばっちり。
(「旦那はっと、他の人とデート中だな、うん」)
 だが特に何も気にしない。
 たかが別の女と歩いている事に目くじらを立てるような狭い女ではないのだ、ヘスティアは。
 彼女と竜哉は、心できちんと繋がっているのだから。
(「それにしても、怜はほんっとーにかわいいなぁ!」)
 必死に竜哉の事をヘスティアから隠そうとする怜を、ヘスティアは愛しさ全開でぎゅうううっと抱きしめた。   


「あら?」
 ふと、なにかの視線を感じて、柚乃(ia0638)は足を止める。
 その足に、ぽふっと何かが触れた。
「八曜丸、ついてきていたの?」
 すごいもふらの八曜丸が、金色の瞳を輝かせて柚乃を見上げていた。
「お祭りといえば、美味しい食べ物があるもふ」
「それですか」
「おいらの出番もふ」
 呆れる柚乃に、ふふんとやけに生意気に言い切る八曜丸。
 これはもう、目一杯美味しいものを食べさせないと納得しそうにないっぽく?
「屋台のお手伝いをするのよ?」
「わかっているもふ。おいらがいれば100人力もふ」
「つまりお手伝いの報酬に美味しい食べ物を」
「そうもふ」
 どうやっても、諦める気配皆無。
「しかたありませんね。ちゃんとお手伝いをしてくださいね」
「完璧もふ! さあ、買うもふ!」
「あらあら、順番が逆ですよ」
 柚乃をぐいぐいひっぱって、八曜丸はお目当ての屋台に走っていく。
(「お手伝いは、後になってしまいそうですね」)
 柚乃は苦笑しつつ、八曜丸についていく。 
 

「朽黄ちゃんたら、ひっさしぶりー!」
 そう元気に簪屋台に顔を出したのは、リスティア・バルテス(ib0242)だった。
「ほんとだ、久しぶりなんだよ。リスティアお義姉ちゃんもやっぱり流星祭を見にきたのかな?」
「お義姉ちゃんって、あの話本気にしてくれたの? あ、やっぱりって言うってことは、他にも誰かにあったのね」
「青丹おねーちゃんと会ったんだよ」
「あの人力車やってた人か。今はどこへ? お祭り?」
「青丹おねーちゃんは……、あ、いらっしゃいませなんだよ」
 お客様が並びだしたので、朽黄はリスティアにちょっと待っててといいながら、慌ててお客様の対応をしだす。
「忙しそうね」
 そんな朽黄と煤竹をみて、ほうっておけるリスティアではない。
「よーし、ここはおねーさんが一肌脱ぎましょう。朽黄ちゃん、手伝うわよ」
「ほんとっ?!」
「もちろんよ。可愛い義妹のためだしね」
 ぱちんとウィンクして、リスティアはハープ「グレイス」を取り出す。
「綺麗な曲を聴けば人も集まるし、待ち時間も苦にならないものよ」
 ポロン、ポロンとリスティアが弦を爪弾くと、店の前の人々がとたんに耳を傾ける。
 店の前の人たちだけではない。
 リスティアの曲を聞いた人々が、一人、また一人と歩みを止めて、店の前に集まりだす。
 高崎・朱音(ib5430)もその一人だった。
「良い曲がすると思ったら、朽黄ではないか」
「朱音さんっ。今日はいろいろな人に会う日なんだよ」
「こんな処で、何をしておるのじゃ」
「簪屋台のお手伝いなんだよ。柳おじさんの簪、とっても好評なんだよ?」
 朽黄が朱音に簪を取ってみせる。
「ほう。これは良い品じゃな」
「でしょ? 深緋おねーちゃんもお気に入りなんだよ」
「ふむ」
「あ、お祭りを見て回るなら、スリに気をつけてなんだよ」
「スリが出ておるのかぇ?」
「うん。青丹おねーちゃんとか、同心の方達が探してるんだけど、なかなか見つからないみたいなんだよ」
「そうゆうことなら、どれ、我も手伝おうぞ。簪を何本か借りるのじゃ」
 言うが早いか、朱音は数本の簪を自身の髪に飾り付ける。
 豪奢な衣装と相まって、簪がより一層輝いて見えた。
「客引きもかねて、この付近ではせぬよう見張らせて貰うかの」
「気をつけてなんだよ? スリ、凄く素早かったし」
「我の心配には及ばぬ。むしろスリの身を案じるが良い」
 懐から出した短銃にキスをして、朱音は簪屋台の周辺警備に動き出す。 


「せっかく祭りだしね」
 レト(ib6904)は一軒一軒、屋台を見て回っていた。
 簪屋台に綿飴屋、浴衣の貸し出しにりんごと杏の飴屋台。
 雑貨の屋台まであるとくれば、掘り出し物を探したくなるのは人情だ。
 レトはモイライを使ってみる。
 幸運の女神が微笑んでいるような気がしてきた。
 ふと目にとまったのは、ガラクタ市の様な古めかしい屋台だった。
 特にレトの気を引いたのは、ワゴンの中に山になっている雑貨。
「オヤジさん、ここにあるのはどんな品?」
「ほう、いい目してるねぇ」
「やっぱり、掘り出しもん?」
「まぁ、そいつは良く見てくんな。価値があるかどうかは、お嬢ちゃん次第さね」
 含みを感じる店のオヤジさんに、レトは軽く肩をすくめて雑貨の山を漁りだす。
(「ないかな、どうかな」)
 レトはなにやら探しものがあるようだ。
(「あ、もしかして?!」)
 雑貨の山の中から、手に触れたものをそっと引き出す。
「靴、ではあるな」
 少し無骨な感じのするその靴は、実用性はありそうだった。
「掘り出しもんは見つかったかい?」 
「あたしにとっての掘り出しもんになるかは、使ってみてからだな」
「いい出会いになる事を祈ってるよ」
 レトから代金を受け取ると、店のオヤジさんは靴紐を丁寧に結びなおしてレトに手渡す。
「ありがとさん」
 オヤジさんに手を振って、レトは別の屋台へと足を延ばした。 


「お祭りだね、けいちゃん♪」
 自分にそっくりの天津慧(ic0553)と、天津律(ic0552)は幸せそうに手を繋ぐ。
「ふわぁ。都会はすごいねっ、りっちゃん♪」
 慧も幸せいっぱいと驚き目一杯で周囲をきょろきょろと見渡す。
 天儀のお祭りはどうやら初めてらしい。
「水着も売っているんだね」
「可愛いねっ」
 可愛い水着が並ぶ屋台に立ち寄ってみる。
「この水着とか、けいちゃんに似合いそう」
「どれどれっ?」
「レースがいっぱいの、これ!」
「わぁ、かわいいっ♪」
「買ってあげる」
「いいのっ?」
「うん。今年はもう着れないかもだけど、来年用に」
「わぁい、ありがとうっ。りっちゃんにも何か選んであげるっ。向こうのお店もいってみよっ」
 ラッピングしてもらった水着を抱きしめて、慧は律をぐいぐい引っ張っていく。
「お星様とか可愛いよねっ」
「けいちゃんが選んでくれるなら、何でも嬉しいよ」
「んとね、これとかどうかな? さらさら音がして、綺麗なのっ」
「星の砂?」
「うんうん、お星様を閉じ込めたみたい」
「ありがとう」
「うんっ!」
 小瓶に詰められた星の砂を受け取って、律は大事に懐にしまう。
 壊れちゃわないかなと、心配していると、やけに人の多い店が目に付いた。
「あれ? 随分混んでいるお店があるね」
「いってみようよ、りっちゃん」
「そんなに走っちゃ危ないって。ほら、転んじゃうよ?」
「大丈夫大丈夫、ちゃんと尻尾でバランス取ってるもん」
 ちっこい二人はするすると人ごみをくぐって盛況な屋台の目の前に。
「わぁ! もふらさまが踊ってるよ!」
「綺麗な曲だね」
 リスティアの曲に合わせて、柚乃の八曜丸がくるくると踊っていた。
「もふらさまって、踊れるんだねっ」
「都会は違うよね」
「あ、簪売ってるお店なんだねっ」
「一つ買って……あ、えっと」
 懐を考えて、律は口をつぐむ。
 天儀に出てきてまだ間もない二人には、蓄えもまだあまりない。
 加えて開拓者にもなりたてで、お仕事も少なくて。
(「……そうだ!」)
 簪屋台を見ていて、律はふと気づいて売り子の朽黄に駆け寄る。
「だいじょうぶ、ですか? 私でよければ、手伝いたいです」
「手伝ってくれるの? 助かるんだよ」
「りっちゃんが手伝うなら、私も手伝う!」
 もふらに見惚れていた慧が気づいて、かけてくる。
 

 浴衣「酒酔」を着込んだ羅喉丸(ia0347)は、どこか少年っぽさを残した瞳で、屋台をゆっくりと眺める。
 戦闘時とは違った優しい目が留まったのは、簪屋台。
 ご老人と、少女が簪を売っている。
 元気に簪を売る少女の声を聞いていると、なぜか知り合いの顔が頭に思い浮かんだ。
(「そういえば、青丹さんはいかにも祭好きそうだったな」)
 そう思った瞬間だった。
「青丹さん?」
「お? 羅喉丸やん! 元気しとった?」
 噂をすれば影。
 脳裏に思い浮かべた少女が、人混みを避けて目の前に駆け寄ってくる。
「元気だ。そっちも変わりなさそうだな」
「あたいはいつでも元気やで♪」
「何か探していたようだけど?」
「あ、そやそや! スリ探しとんねん」
「どんな容貌?」
「いまいちようわからんのや」
「それじゃ探しようがないんじゃないか」
「せやけど、そのままにしとけへんやろ」
「それはそうだな」
「同心達も見回ってるさかい、スリもそうそう派手なことは出来へんと思うけどな」
「手伝うよ。人手は多いほうがいいだろ」
「ええの? 祭見にきたんやろ」
「確かに、星と花火を見にきたんだがな。それよりも大事な事ができた以上、しょうがないな」
 酒酔の袖をまくり、羅喉丸は青丹と行動を共にする。


「こういうのは、手が多い方がいいでしょう。被害が増えないうちに捕まえましょう」
 青丹と羅喉丸に遭遇し、事態を把握した菊池 志郎(ia5584)は即座に手伝いを申し出る。
「お互い、妙に縁があるよな」
「開拓者たる所以でしょうか」
 待ち合わせをしたわけでもないのに、良く知った顔に出会うと妙にホッとした空気が流れる。
「なんやなんや、羅喉丸と志郎はそうゆう仲なん?」
 青丹がすかさずそんな二人ににんまりと笑う。
「……青丹さん、なんでメモ取り出しているんですか」
「むしろ青丹さんがそうゆうことを言い出すなんて」
 羅喉丸と志郎、青丹の意外な一面にちょっと退いてみたり。
「冗談や冗談。ちーっと乗って見ただけやん。そんな目であたいをみんなし!」
 ばしばしばしっ!
 二人の背中をおもいっきし叩く青丹。
「ちょっ、青丹さん痛い痛いっ」
「手加減してくださいっ」
 苦笑しつつ、志郎は青丹さんがスリをボコる前に止めなければと冷や汗。
 この青丹がスリを見つけたら、間違いなく周囲を巻き込んで大惨事が目に見えているから。
 豪奢な衣装と、美麗な簪を沢山身につけた朱音が通りかかったのは丁度その時。
 屋台を見て回る振りをする朱音に、着かず離れず距離を保つ男がいる。
「……きたかな」
 羅喉丸、志郎、青丹の気配がスッと引き締まる。
 ピリッとした空気だ。
 表向きは祭りを楽しむ振りをしながら、三人は目配せをして目的の男の周囲に忍び寄る。
 その男は、何の変哲もない男だった。
 ただ、握った左手から一瞬、光るものが見えた事以外は。
(「刃物でしょうか。小型のナイフか何かで、切れ目をいれていますね」)
 志郎が注意深く観察する。
 男は浴衣の帯や袖に入れられた財布はもちろんの事、手提げなどのすり辛い品物は、側面に切れ目をいれてスリとっていた。
 スリの手が、朱音の簪に伸びる。
 志郎が羅喉丸と青丹に目で合図する。
 青丹が男を締め上げるより早く、羅喉丸が瞬脚で一気に間合いをつめた。
「ここで騒ぎにする気はない。こっちにくるんだ」
 逃げようとしたスリは、志郎に空間を歪められて腕をとられ、バランスを崩してあっさりと転倒した。
「我の物に手を出そうとはいい度胸じゃの。地獄を見るがよい」
 朱音が倒れた男を蹴飛ばし仰向けにすると、すかさずその口に銃口をねじ込んだ。
「半殺しにしたるさかい、覚悟しぃや!」
 そしてバキバキと拳を鳴らしてスリの正面に立つ青丹を、けれど志郎がすかさず止める。
「青丹さん、ここは流星祭です。流血祭ではありません」
「子供達も見てるしね」
 羅喉丸もくいっと周囲を親指で示す。
 青丹はしぶしぶ、本当にしぶしぶ同心にスリを引き渡す事に頷いた。
「優しい二人に感謝するがよい」
 朱音が銃口をスリの口から外す。
 スリはもう、恐怖で逃げる気力など全くなかった。
「何かおごって上げますから。ね?」
 不完全燃焼な青丹に志郎が提案すると、現金なもので青丹の機嫌は一気に急上昇!
「おっしゃ、食いだおれるでーーーー!」
 色気より、食い気。
 そんな青丹に志郎と羅喉丸は呆れながら、朱音も一緒になって平和になった屋台巡りを再開しだす。
 

「花火だ。おいでラティ」
「はうっ?」
 竜哉は言うが早いか、ラティーフをひょいっと抱きかかえ、一瞬で木の上に。
「空がとても近いですよ〜」
「特等席だからね」
 次々と打ち上がる花火を、二人は木の上で見つめ続ける。 


「祭……」
 イーダ・ノルトゥ(ic0994)は、レオンハルト(ic0999)の誘いになんとなくついてきた。
 賑やかな祭の空気は、幼い時から流浪の民と化したイーダには、いまここにいるというのに遠い世界の出来事のよう。
「どう? 少しきついかな」
 レオンハルトが、イーダを覗きこむ。
 イーダは、普段とは違う天儀の浴衣にも馴染めないでいるよう。
「ん……」
 もぞもぞと居心地悪そうな彼。
 レオンハルトは「少しぐらい着崩れてもいいよ」といいながら、きつそうな首元を少しだけ緩めてあげる。
「うん。和装は少し、動き辛い」
 自身もそう感じているからか、レオンハルトは男物の浴衣を着ていた。
 女性物よりは余裕があるものの、洋装に比べるとやはり動きが制限される。
 それでも祭といえば浴衣だし、いつもと違う服装は、より一層祭の雰囲気を盛り上げてくれるのもまた事実。
 とてとてと歩いていたイーダが、ふと立ち止まる。
 レオンハルトがその目線を辿ると、綿飴屋さんが。
「気になるなら、口に入れてみれば……良い」
 一つ買って、イーダに手渡すレオンハルト。
(「本当に、イーは分かりやすい」)
 きらきらと黒い瞳を輝かせて、美味しそうに綿飴を頬張るイーダ。
 レオンハルトはついつい、その頭を撫でた。
 小さな頭はレオンハルトの手にすっぽりと収まって、愛しさがこみ上げる。 
「ん? また何か見つけたのかい?」
 イーダが、屋台の前でまた立ち止まる。
 そこは、様々なものが売られている雑貨屋のようだ。
 一生懸命何かを探すイーダ。
(「装飾品に興味が出る年頃になったのか」)
 イーダの成長をレオンハルトは微笑ましく見守っていると、イーダが手招きをしてきた。
「レオの瞳。レオの色。イーダとは違う、海の色」
「これは……」
 イーダからレオンハルトに渡されたもの。
 それは、青い服。
 異国情緒に溢れ、深い海を思わせる鮮やかなその色は、レオンハルトの瞳そのもの。
(「全く……小さい君から目が離せないよ」)
 満足げなイーダに、レオンハルトはお礼を言って抱きしめた。


「祭に行くぞ!」
 シエン(ic1001)がそういって首根っこを引っ張ったのは、綾瀬 一葉(ic0487)だ。
 ぐいっと引っ張られた一葉は、面倒くさそうにシエンを見る。
「なんだい、その覇気のない目は。祭と聞いて心浮かぬか?」
「流星祭ですか。盛大だそうですけど……いってらっしゃい」
 今すぐ走っていきそうなシエンとは正反対に、全く興味がなさそうな一葉。
 だがそんな彼の対応を許すシエンではない。
「……ちょっ、襟はなしてくださいよっ」
「離したらここに残ってしまうではないか」
「そうですよ、俺はいきません、いきませんっ……っ!」
 じたじたじたっ。
 抵抗しても無駄だというのに、一葉は必死の抵抗を試みる。
 だが気がつけば、もう祭り会場の真っ只中。
「おーおー、賑やかやの!」
 一葉をしっかり掴んだシエンは、賑やかな祭にどんどん機嫌が良くなっていく。
 貸し浴衣の艶やかさもまた、彼女の機嫌に一役買っていた。
 一葉も抵抗を諦めたというよりは逆らうのも面倒になって、祭りの空気を楽しみ始めた。
「花があった方が団子もうまかろう? ほれ、花火をもっとよく見ようぞ」
「食べ物の味なんて早々変わりませんよー」
 ずーるずーると引っ張られるように、一葉はシエンに連れられていく。
「そう拗ねるでないわ。ほれ、これでも食べてみるがよい。なかなかにかわっておるぞ」
「……なんですか、この食べ物」
「さて? わしも食べた事がないからの。祭ならではだろ」
 かかかっと笑う彼女に、一葉は与えられた食べ物をもきゅもきゅと齧りだす。
「ん?」
「わぶっ! 急に止まらないで下さい」
 シエンが不意に立ち止まり、一葉はその背に思いっきりぶつかった。
 けれどシエンは気にもせず、目に付いた美女―― イヴ・V・ディートリヒ(ic0579)に歩いて行く。
 誰もが振り向くレベルの美女だというのに、イブは男性と見紛うような格好で、ぼんやりと空を眺めていた。
(「妹と、きたっけ……」)
 遠い昔に、大切な妹ときた祭に思いを馳せる。
(「こんな風に、また妹と……」)
 そっと右手を撫でると、妹がくれた指輪に触れた。
 思い出に深く浸っていたから、イブは隣にシエンが来たことにもすぐには気づかなかった。
「こんな所に美人が一人では、不埒者に勾引されるわ」
「えっ」
 シエンが何のためらいもなく、イブの手を引く。
「……あの、僕は……」
 祭を少し見にきただけだからと、シエンの誘いを断ろうとするイブ。
 けれど一葉が首を振る。
「この人には何をいっても無駄ですよー」
「え、えと……」
「一葉、きっちり番犬よろしくなあ」
「俺弱いので、番犬にはなりませんよ」
 一葉の抵抗などはなから聞いていないシエンは、イブの手をしっかり握って花火が見やすい場所へと移動していく。
 ね? いったとおりでしょうとばかりに、一葉がイブに目配せ。
 イブは途方にくれそうになるものの、手は決して離してもらえないわけで。
 つまり一緒に行くしかないわけで。
「あれもこれも、祭りは美味いもんが多くて食い切れんわ」
「そんなに食べると太りますよ」
「働いておるからの。問題ないわ。ほれ、イブといったか? おぬしも食うがいい」
 三人分買おうとしたシエンを、イブは慌てて首を振る。
「……御代は、僕が」
「ん? ワシに遠慮するでないぞ」
「僕も食べたかったから」
 財布を出すイブの目の前で、一葉が力尽きた。
「すいません、俺はもう疲れました」
「大丈夫?」
「だめですー……」
「ふむ、仕方ない、ここら辺でみるかの」
 くったりとしている一葉をずーるずーると引きずって、シエンは座れそうな場所に移動する。
「軟弱じゃの。すこしはイブを見習うべきか」
「一生こうして横になってたいなぁ」
 豪快なシエンと、自由気ままな一葉に、イブは自然と頬がほころぶのを感じる。
 ドーンドーンと、盛大な音を立てて花火が上がる。
「……楽しい時間を、ありがとう」
 きっと、花火の音で二人には届かないけれど。
 イブは心からそう思った。