天空のポアリュア〜稲妻〜
マスター名:霜月零
シナリオ形態: イベント
危険 :相棒
難易度: やや難
参加人数: 13人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/09/11 03:11



■オープニング本文

 暑い日だった。
 ジルベリア最北領スウィートホワイト。
 その南の町ポアリュアも例外ではなく、道行く人々の額には汗がにじんでいた。
「あっついにゃ〜」
 点灯夫として働き出していた仙猫は、陽の落ち始めた空を見上げる。
 夕暮れだというのに、昼の暑さがまだまだ残っている。
「……雲が、おかしいにゃ」
 仙猫が、線目を見開く。
 北の空がおかしいのだ。
 遠くに浮かんでいた瘴気積乱雲が、随分と大きく見える。
 夕日に照らされるその雲は、いつの間にかポアリュアのすぐ側まで接近していたのだ。
「嫌な予感がするにゃ」
 即座に警邏に走る仙猫。
 そうして―― そうして。
 ポアリュアの町が瘴気積乱雲に襲撃されたのは、そのすぐ後の事。
 夕闇に浮かぶ瘴気積乱雲が、多量の電気を纏い始める。
 パリパリと迸る放電音は、真下のポアリュアにまで届くほど。
 瘴気積乱雲に溜まる電流は目に見えて膨れ上がってゆく。
 仙猫と、警邏、そして有志達が避難誘導をする中、それは起こった。

 ズガーーーーーーーーーーーーンッ……!!

 凄まじい音と共に、瘴気積乱雲から青い閃光がポアリュアに向かって放たれる。
 爆発音と破砕音、そして響き渡る悲鳴。
 直撃を受けた街の一部は跡形もなく吹き飛び、爆風と炎が町を包みだす。
「野郎共、急げ!」
 瓦版屋ボスであるジョーゼフは、部下達に消火を指示する。
 瓦礫の山の中、形を保っていた建物に向かってジョーゼフは走る。
 それは、カンだった。
「おい、ねーちゃん、無事か?!」
 瓦礫をかき分け、ジョーゼフは町長秘書のクレイアに手を差し出す。
 クレイアは建物の側の道端に、瓦礫と共に埋まっていた。
「無事、とは言い難いですね……」
「そのようだな。だが命さえありゃどうにでもなるさ」
 包帯を取り出し、ジョーゼフはズタズタに裂けた秘書の腕にきつく巻きつけながら、背後の部下に叫ぶ。
「おい、寺院のやつらはまだか!」
「人手が足りず、道も寸断されててすぐには辿り着けませんっ!」
 部下の答えにジョーゼフは苦虫を噛み締める。
 痛みに顔を歪め、意識を失うクレイア。
「か、彼女は、どうなってしまうんじゃっ……」
 クレイアに守られていた町長が涙目でジョーゼフを見上げる。
 瘴気積乱雲の襲撃から逃げ遅れたのは、町長だけではない。
 建物の中には、親とはぐれて泣きながら抱きしめあう幼い兄妹や、身体の不自由なご老人達が。
 町長が最後の最後まで避難誘導を行い、共にいた秘書のクレイアは頭上の瘴気積乱雲の放電状態から安全地域への避難が間に合わない事を悟り、近場の頑丈そうな建物に皆を避難させた。
 そして、自身は建物の屋根の上に上り、瘴気積乱雲から青い閃光が発動された瞬間、盾を天高く掲げ発動したのだ―― スィエーヴィル・シルトを。
 瓦礫の山と化した周囲に比べ、この建物だけ何とか形を保っていたのは、その為だ。
「無茶しやがって……」
 クレイアを抱きかかえ、ジョーゼフは部下に町長と逃げ遅れた老人達を助けるよう指示する。
「警邏も有志も、とにかく人手が足りねぇ。だが野郎共、一人たりとも見殺しにするな。全員、助けろ」
「「「はい!!!!」」」
 瓦版屋の面々が大きく同意する。
 だがそんな彼等を嘲笑うかのように、空から、瘴気積乱雲から町にいくつもの何かが降り注ぐ。

 ガシャンッ!

「おいおいおい、この世には神も精霊もねぇってか?」
 降り注ぐものの正体と目が合い、ジョーゼフは葉巻をきつく噛む。
 目の前に降り立ったモノ。
 それはアーマーによく似た敵だった。
 鋼鉄の身体と、3mを越す巨体。
 それが、ゆらりと剣を抜く。
「……彼女を頼む」
 部下にクレイアも預け、ジョーゼフは銃を構えた。


◆前回までのあらすじ◆
 数ヶ月前。
 ジルベリア最北領南の町ポアリュアに突如として現れた瘴気積乱雲。
 巨大なそれの中から、大量のアヤカシが出現しました。
 空を覆うそれを、その場に居合わせた開拓者達で協力して空戦を行い見事撃退!
 ですが瘴気積乱雲自体はポアリュアの北の空に依然として存在し、今日まで沈黙を守ってきました。
 
◆戦闘系な味方◆
『瓦版屋ジョーゼフ』
 使用スキルは砲術士。
 使用武器は火縄銃「轟龍」
 御歳64歳のマッチョ爺。

『秘書クレイア』
 使用スキルは騎士。
 使用武器は名剣「サンクト・スラッグ」
 片手に盾装備。
 現在重体の為戦闘不能。
 治療された場合、町長だけは守れる程度に回復します。

『仙猫』
 ポアリュアで点灯夫として働く仙猫です。
 使用スキルは仙猫のものならすべてOK。

『ギルド受付レグランス』
 武器は戦杖。
 使用スキルは魔術師。
 性格は基本的には冷静。
 物事を直感より頭で考えてしまうタイプ。

『警邏と瓦版屋部下達』
 初級開拓者程度の戦力です。
 警邏20名、瓦版屋部下8名
 スキルは騎士、魔術師、吟遊詩人。
 治癒系は使えませんが、補助系は使えます。


■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / アーニャ・ベルマン(ia5465) / 菊池 志郎(ia5584) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / ユリア・ソル(ia9996) / アーシャ・エルダー(ib0054) / デニム・ベルマン(ib0113) / ヘスティア・V・D(ib0161) / 无(ib1198) / マルカ・アルフォレスタ(ib4596) / クリスティア・クロイツ(ib5414) / 高崎・朱音(ib5430) / 久郎丸(ic0368


■リプレイ本文

●南
(「アヤカシ、か。あの時の雲が移動してきているが……」)
 久郎丸(ic0368)が見上げる空には、瘴気積乱雲が軽い放電を残しながら浮遊していた。
 闇の中だというのに、その姿は禍々しくもはっきりと映し出されていた。
 思い出されるのは、春の出来事。
 悲鳴にはっとして、久朗丸は視線を地上に戻した。
(「今は先ず、救うべし……か」)
 瘴気積乱雲が気になることはもちろんだが、いまは救助を。
「……瑠玖、行くぞ」
 久朗丸が相棒の瑠玖を呼べば、瑠玖は頷いて久朗丸についてくる。


「住民も避難に慣れてきてるわね。不幸中の幸いだわ」
 こんなにもよく襲われる町に住んでたら、そうなるわよねと、ユリア・ヴァル(ia9996)はからくりのシンに同意を求める。
 相棒銃「テンペスト」を油断なく構えるシンは、「ユリアお嬢様、無駄口をきいている時間は無いようですぞ」と嗜める。
「無駄口? 馬鹿言わないで。住民が避難に慣れているお陰で今のところ被害者を見なくてすんでいるのよ。それと、私はお嬢様じゃないしあなたの主でもありませんからね」
 主となる気はないといっているのに、決してそれを受け入れようとはせず、執事気取りのシンに、ユリアは肩をすくめる。
 そんな軽口をしながらも、その緑の瞳は油断無く周囲を窺う。
「こちらです」
 道案内を頼んだ警邏が、ユリア達を促す。
 ユリアの身体を淡い光が包みこんだ。
 瘴気結界を張り巡らしながら、ユリアは比較的綺麗な舗装の道を行く。
 瓦礫の積もる中で、一般市民が避難するのなら、舗装の壊れていない道を進むはず。
 逃げ遅れた住民はいないか。
 アヤカシはいないか。
 アヤカシ以外は瘴気結界では察せられない。
 けれどユリアはその目で再度確認しながら、先を急ぐ。
(「パールは無事かしらね」)
 そして仙猫のパルス―― パールの事も探していた。
(「仙猫だし、まず無事だとは思うけれど」)
 警邏の話では、パールも避難民と共にいるという。
「もうすぐ、合流できます。……うわっ?!」
「どうしたの? ……避けてっ!」
 ユリアが警邏を引き寄せ、シンの銃口が火を吹いた。
 道の先から、アヤカシアーマーが出現、即座に瘴気砲を放ってきたのだ。
「ユリアお嬢様、お下がりください」
 シンが連射の勢いで銃を撃ち続ける。
 その動作に隙はない。
「お嬢様じゃないっていっているでしょう!」
 反論しながら、ユリアは神槍「グングニル」を空に向かって撃ち放つ。
 不意を衝かれたアヤカシアーマーは、グングニルに貫かれたまま地に墜ちた。
 地に刺さったグングニルを引き抜き、ユリアは笑う。
「奇襲なんてさせはしないわ」
 上空のアヤカシアーマーの存在感知など、瘴気結界を張り続けていたユリアには造作も無かった。

 
(「今度も、きっと護りきってみせますわ!」)
 マルカ・アルフォレスタ(ib4596)はアーマー「黒姫」に乗り込む。
 彼女の兄が彼女の為だけに製造したそれは、マルカの手足のようによく馴染む。
 軽やかな疾走は、瓦礫の道も難なく進み、避難民にすぐに追いついた。
(「避難民に追いつけたようですわね」)
 ほっとするマルカ。
 だがそれも一瞬の事。
 空から飛来するアヤカシアーマーが、避難民の前に降り注ぐ!
「我がアルフォレスタ家の銘の誇りにかけて」
 マルカは黒姫と共にクラッシュブレードを掲げてアヤカシアーマーに突進する。
「街の方々に手出しはさせませんわ!」
 アヤカシアーマーの避難民に向けられた剣は、振り下ろされる事なく黒姫と共に吹っ飛んだ。
 ポアリュアの住民達から歓声が沸き起こる。
「いまの内に、早く逃げてください! レグランス様は壁を作ってください!」
 マルカの言葉に、ギルド受付レグランスは即座にストーンウォールを出現させる。
 一つではない。
 いくつもの石壁は正にアヤカシアーマーから避難民を守る壁となり、そして安全な場所への通路となる。
 マルカは石壁通路の入り口で、黒姫の足を地面に固定する。
 両足から突き出されたピックは、まるで最初からその地に存在していた岩のように強固で揺ぎ無い。
 逃げた避難民を決して追う事が出来ぬよう、自らを盾として通路を塞ぎきる。
 アヤカシアーマーの瘴気砲が何度もマルカに降り注ぐが、そこを退きはしない。
 マルカを消す事を困難と悟ったアヤカシアーマーは、その長い両手を左右に広げる。「飛ぶのを許すとお思いですか」
 だがマルカのほうが早かった。
 本来の性能以上の力を発揮し、黒姫はクラッシュブレードでアヤカシアーマーの腕を切断する。
 無理に起動したぶん、激しい痛みがマルカを襲うが、マルカはそこで止まりはしなかった。
「人々を守りきるのがわたくしの使命です!」
 叫び、クラッシュブレードを再び大きく掲げてアヤカシアーマーを叩き斬る。
 分厚い金属を切り崩す音は、マルカへの勝利のファンファーレだった。


「来い……相手を、して、やる」
 久朗丸は精霊の影を身に纏い、アヤカシアーマーに正面から向かい合う。
 ズシリと重そうな巨体が久朗丸に迫る。
 赤く光る瞳は騎士の操るアーマーと違い、なんと冷たい色なのか。
「その剣は……止める……」
 振り下ろされた大剣を、久朗丸は精霊薙刀「花躑躅」で受ける。
 衝撃に久朗丸の足がポアリュアの大地にみしりと沈んだ。
 それでも渾身の力で大剣を弾き返すと、久朗丸は即座に印を結びアヤカシアーマーに切り込む。
 だが今度はアヤカシアーマーがそれを大剣で受け止める。
 アヤカシアーマーの目が、強く光った。
 追撃を入れようとするアヤカシアーマーを、けれど瑠玖がその小さな身体を生かし、懐に飛び込む。
 からくりならではの機敏な動きはアヤカシアーマーを翻弄させるに十分。
 アヤカシの意識が瑠玖にそれたその瞬間を、久朗丸は見逃さなかった。
 薙刀に精霊力を漲らせ、大きく踏み込む。
「でかした、瑠玖」
 久朗丸の剣先はアヤカシアーマーの瞳を貫いた。


●北
「ReinSchwert! 緊急起動!」
 アーマー「人狼」を一瞬で起動し、竜哉(ia8037)は瞬時に飛び乗る。
「純剣」の名を持つ駆鎧は、少女と見紛うしなやかさで町を駆け抜ける。
「南だ。北へは決して行くな。全力で南へ走るんだ」
 逃げ遅れた町人に竜哉は叫ぶ。
 自身が目指すのは街の北だ。
 一番被害が大きく、炎がそこまで迫ってきているのが見える。
(「あの中にまだ人がいる可能性は高いな」) 
 アヤカシアーマー達が町へ落ちてくる中、その動きから竜哉は残された町人達がいる事を確信する。
 誰もいないところへ無意味にアヤカシアーマーが向かうはずがないのだから。
(「警邏の詰め所はどこだ? 北ではなかった筈だが」)
 北へ向かう途中に出会う避難民に、竜哉は指示する。
 物陰よりは警邏の詰め所へ向かえと。
「ReinSchwert、全力で走れ」
 竜哉の命令に呼応して、ReinSchwertは速度を上げて北へ向かう。
 そして町の北では、既にアーシャ・エルダー(ib0054)がアヤカシアーマーに対峙していた。
 アーシャは鷲獅鳥のセルムの背から町へ飛び降りると、即座にアーマー「遠雷」改のゴリアテを起動する。
「ここは私に任せて。皆さんは町の消火活動や避難をお願いします!」
 彼女はゴリアテを操り、アヤカシアーマーの大剣をガードし、瓦版屋達に叫ぶ。
「……すまねぇな。任せたぜ!」
 瓦版屋のジョーゼフはアーシャに頷き、部下に指示を出しながら消火に向かう。
 その後をアヤカシアーマーが追わぬよう、アーシャはきっちりと間合いを取る。
「ジルベリアを穢すアヤカシめ、誇り高き帝国騎士が相手です!」
 アーシャは倒す事よりも、時間を稼ぐ事を念頭に置き、アヤカシアーマーの気を引き続ける。
 足元の瓦礫が粉々に砕けていく。
 この瓦礫の中を人々が走るのも、逃げ切るのも、時間を要すだろう。
 その時間をアーシャは稼ぐべく、ゴリアテで立ち向かう。
 アヤカシアーマーの赤い瞳が光った。
「そんな攻撃に屈する気はありません!」
 放たれた瘴気砲を、アーシャはきっちりと受け止める。
 ゴリアテの鋼の体がキシキシと軋んだ。
 避けられなかったわけではない。
 町への被害を考えて、正面から受け止めたのだ。
「この町を、人々を、滅ぼさせはしません!」
 毅然とした彼女の決意。
 それを嘲笑うかのように、もう一体、空からアヤカシアーマーが落ちてくる。
 二体から放たれた瘴気砲。
 けれどそれは、アーシャが受け止める事はなかった。
「間に合ったね」
 竜哉だ。
 アーシャとアヤカシアーマーの前に立ち塞がり、瘴気砲をMURAMASAソードで横薙ぎに裂いて相殺したのだ。
 そしてそのまま止まる事無く、ReinSchwertがオーラを迸らせて駆ける!
 アヤカシアーマーの大剣を避け、ReinSchwertがその懐に飛び込んだ。
 MURAMASAソードがアヤカシアーマーの長い腕を真っ二つに切り落とし、焼けた空気を金属音が振るわせる!
「あなたのお陰で、避難民は皆、南へ向かった。もう思う存分に暴れるといい」
 アーシャに竜哉はにやりと笑う。
 彼女の動きを見て、アヤカシアーマーに対してあえて時間を稼いでいるのがわかったからだ。
 そしてこの場で時間を稼がねばならない理由など、瞬時にわかる。
「お言葉に甘えて、いっきますよー!」
 もう手加減する必要はない。
 そう解ったアーシャの勢いは先ほどまでとは比べ物にならなかった。

 ダンッ……!

 一瞬の短い助走と、そして武器を掲げた体当たり。
 その勢いを避けられるアヤカシアーマーではなかった。
 ギギッと悲鳴にも似た金属音がアヤカシアーマーから漏れる。
「どうです。これが本物のアーマーの威力です。まやかしのアーマーなんぞに負けてたまるもんですか」
 渾身の力で、アーシャは、そしてゴリアテは、その武器をアヤカシアーマーに叩きつける。
 金属音を断末魔の叫びとして響かせながら、アヤカシアーマーは瘴気に還って逝く。
「んじゃD・Dいくぜ?」
 ヘスティア・ヴォルフ(ib0161)は見知った仲間達が暴れているのを見て、即座に合流する。
 D・Dと呼ばれたからくりは、そんなヘスティアに軽い調子でついていく。
 この惨状で軽いのは元来の性格なのか、笑顔で瓦礫道を走る。
「見つけたぜアヤカシ共。もっとも、探すまでもねーがな、このデカブツが!」
 アヤカシアーマーを視認して、彼女は魔刀「アチャルバルス」を構える。
 周囲の炎よりもなお赤い刀身は、仄かに光りを灯す。
「いいかデカブツ、よく聞いておけ。俺達は手強いぜ?」
 赤いオーラを立ち上らせ、ヘスティアが跳ぶ。
 アヤカシアーマーがそれを狙って瘴気砲を放つが、D・Dが邪魔をする。
 痛みを感じぬその身体は最強の盾となり、主たるヘスティアを守りきる。
「どうしたデカブツ、声も出ねーか?!」
 ヘスティアとD・Dが交互に攻撃を繰り出すせいで、アヤカシアーマーは目標を定められない。
 無意味に放たれる瘴気砲は、けれど町への被害を増加する。
「チッ、デカイだけじゃねーってか? その目障りな目玉を潰してやるぜ!」
 叫び、ヘスティアはアヤカシアーマーに急接近を試みる。
 それを援護するのは無論D・Dだ。
 瓦礫に足を囚われる事無く一気にアヤカシアーマーとの距離を縮めたヘスティアは、魔剣をアヤカシアーマーの赤い瞳に、その頭を潰すべく深々と突き立てる。
 他の部位とは違い、明らかに金属音ではない何かが鳴り響く。
「やっぱりな。そこがてめぇの核だな!」
 不敵に笑うヘスティアに、D・Dも全く同じ表情を真似てみる。
「このまま、消えちまえよデカブツ!」
 魔剣を突きたてられたアヤカシアーマーは、スローモーションのようにゆっくりと後ろに倒れていく。
 アヤカシアーマーに馬乗りになったヘスティア。
 その手にする魔剣は、赤々と明滅し―― アヤカシアーマーが霧散した。


●上空
「まったく、人が楽しんでおった所を無粋な奴じゃの」
 高崎・朱音(ib5430)はフンと鼻を鳴らす。
 せっかくの旅行も台無しだと。
 その隣で、朱音と共にポアリュアを訪れたクリスティア・クロイツ(ib5414)は、現状をいまひとつ把握できていなかった。
「これは……神罰でも下ったのでしょうか……」
 クリスティアは、あまりの惨状にしばし、緑の瞳を瞬かせる事すらも忘れて町を見つめる。
 泣き叫ぶ子供、逃げ遅れる老人。
 必死に祈りを捧げ、助けを請う人々。
 北の空が赤いのは、その真下の町が燃えているからに他ならない。
 クリスティアは、強く頭を振る。
 こんなものが、神の裁きのはずがない。
「朱音様……此れはいったい、何事でございましょう……」
「我にもわからぬのぅ。じゃが、わかる事もある。それは、この元凶を叩き潰すという事じゃ」
 朱音はその手にした銃を高々と天に向ける。
 銃口は真っ直ぐに、瘴気積乱雲を狙う。
「空……敵は……あの雲から……」
「こういう輩はさっさと潰すのが吉じゃて。アヤカシには無粋な輩が多すぎるのぉ」
「主よ。如何か、貴方の子等をお救い下さいませ……」
 クリスティアと朱音はそれぞれの竜に騎乗し、漆黒の空へと舞い上がる。


「青天の霹靂……にしてはちょいと派手すぎだねぇ」
 青い稲妻を離れた場所から目撃した无(ib1198)は、尾無し狐のナイを懐から取り出す。
「ナイはここで待っていてくれるかい?」
 頭を撫でてやると、ナイは素直に頷いて无から離れた。
 離れたこの地でも、ポアリュアの緊迫感が伝わってきているのだろう。
「風天、行こう」
 聞き分けのよいナイに見送られながら、无は空龍の風天と共にポアリュアに飛び立つ。
 ポアリュアへ向かう空気の流れを読み取って、全力で飛翔する風天は、瞬時にポアリュアの上空へと辿り着く。
 炎に熱せられた空気が、无と風天の皮膚をなぶった。
(「あれは、クレイアさんでは」)
 眼下に広がる炎の海で、无の瞳は見知った顔を捉えた。
 ポアリュア町長秘書のクレイアだ。
 周囲にいるのは誰だろう?
 无に解るのはクレイアだけだったが、恐らく逃げ遅れた避難民達、そして彼等彼女等を守るように数人の志体持ちがいる。
 无は一気に滑空して、クレイアを背負う青年の下に降り立った。
 急に上空から飛来してきた无に咄嗟に戦闘体制をとりそうになった青年は、けれど无の風天を見て安堵の溜息を漏らす。
「開拓者さん……っ」
「怪我を見させてもらうよ」
 詳しい説明は後回しに、无は意識のないクレイアに治癒符を貼り付ける。
 クレイアは特に損傷の激しい部位は腕だが、ほぼ全身に大きな傷を負っていた。
 だが、次々に呪を唱え、治癒符を使い続ける无の治療に、クレイアは薄っすらと意識を取り戻す。
「動けそうかい?」
「……借りを作りましたね」
「模擬戦の縁だしね」
 青年の背から降りるクレイアに手を貸して、无は眼鏡をかけなおす。
 本調子ではないものの、クレイアはすっと背を伸ばし、サンクストスラッグを掲げる。
(「気丈だね」)
 その様子を見て、无は周囲の消火を開始する。
 白銀の龍が符から出現し、周囲の気温を一気に下げきると、その口から冷気を吐き出した。
 吹き荒ぶ冷気は一直線に町の炎を飲み込んで、炎が南に向かうのを塞き止める。
 だが、炎の勢いを完全には止めきれない。
 燃える物が多すぎるのだ。
(「損傷は出来るだけ避けたい所でしたが、致し方ありません」)
 无は風天に合図する。
 風天は察してふわりと軽く浮遊すると大きく翼をはためかす。
 その力強い羽ばたきは周囲の空気を巻き上げうねらせ、竜巻と化して周囲の建物を吹き飛ばす。
 完全な瓦礫と化したその場には、もう燃える物は何もない。
 无は完全に火を消し止めたのだ。


「時間がないか」
 羅喉丸(ia0347)は鋼龍の頑鉄の背に乗り、瘴気積乱雲を目指す。
 本来なら、陽が昇るのを待ったほうが視界が確保できて良い。
 だが、いまはそれを待つ時間がない。
 暗い夜空でも、眼下に広がる火の海と、そして瘴気積乱雲の発する静電気が周囲を怪しく照らしていた。
「くっ、邪魔をするな!」
 羅喉丸に気づき、急速に周囲に増えてゆくアヤカシアーマーに、羅喉丸はすれ違いざまに拳を叩き込む。
 硬い金属を思わせる装甲が、羅喉丸の拳に鈍い痛みを走らせた。
 鋼龍の頑鉄にも当然の事ながら敵の攻撃が浴びせられる。
 アヤカシアーマーの手にする大剣が頑鉄の硬い鱗を捉え、そのまま振り切ろうとする。
 だが頑鉄は逃げない。
 強く唸り、その瞳は痛みになど決して屈しない強い光りを宿し、羅喉丸の為に敵の中央へ―― 瘴気積乱雲を目指して突き抜ける。
「すまん、頑鉄。いや、頼むぞ頑鉄。このまま突っ込む!」
 アヤカシアーマーが群れを成すそこへ、羅喉丸と頑鉄は一体となって突き進む。
 彼等の進撃がアヤカシアーマーの群れを乱し、瘴気積乱雲への道を切り開く。


「あ〜、もう、せっかくデートしてたのにまたこれ?」
 アーニャ・ベルマン(ia5465)が怒りを露わに空を見上げる。
 隣にいるのは最愛のデニム(ib0113)だ。
 春先にこの町を訪れた二人は、やはり瘴気積乱雲からの襲撃によりデートを邪魔されていた。
 二度目ともなれば、アーニャが切れるのも無理はない。
 デートの続きをするつもりだったのにと、青い瞳はアヤカシをやる気満々。
「またしても……」
 デニムは呟く。
 彼の瞳には、怒りよりも町の人々を守るという強い決意が漲っていた。
「行こうよ、デニム。私たちのデートの邪魔をするヤツは許せないよ」
「……デート中にごめん、今度こそ、後で必ず埋め合わせはするからね、アーニャ」
 二人、頷いてそれぞれの相棒と共に元凶の空へと飛翔してゆく。

 
「しばらく何事もなかったからこのまま漂い続けているかと思っていましたが」
 やはりそんなことはありませんでしたねと、菊池 志郎(ia5584)は滑空艇の天狼に乗り飛翔する。
(「警邏に出会えたのは幸運でした」)
 上空を目指しながら、志郎は思う。
『消火をお願いします。俺達が必ずアヤカシを止めてみせますから』
 そう強く約束して、彼等と別れたのはつい先ほどの事。
(「あれは、羅喉丸さん?」)
 飛翔する志郎の目が、瘴気積乱雲への道を切り開く羅喉丸と无の姿を捉えた。
(「彼らが道を切り開いてくれるなら、俺は、瘴気積乱雲を取り除かせてもらいましょう」)
 志郎は天狼の方向を大きく変え、羅喉丸と无を避けるように位置を取る。
「皆さん、近付かないで下さい!」
 周囲に人がいないのを確認し、もしもの場合の注意も促し、志郎は詠唱を開始する。
「この地を守る氷の精霊と風の精霊に願います……貴方方のお力を、この身に貸し与え下さい。この地を、この空を守る為に……トルネード・キリク!」
 瞬間、志郎の周囲に真空の刃を交えた竜巻が発生する。
 竜巻は志郎の意を汲み取り、瘴気積乱雲へと蠢いて巻き込んでそれを飲み込む。
「さあ、姿を見せていただきましょうか。アヤカシアーマーを送り出す主を」
 志郎は、大きく削れた瘴気積乱雲へと天狼と共に向かってゆく。
 

「……くっ。瘴気砲が……邪魔ですわ……」
 甲龍のクロスディアが敵の攻撃を避けきれずに、苦しげな声を漏らす。
 装甲の厚い甲龍でなければ、撃墜されていたかもしれない。
「クリスに手を出すでないわ!」
 朱音がすかさず迎撃し、クロスディアを、そしてクリスティアを狙うアヤカシアーマーの腕を撃ち抜く。
 だが直ぐには撃墜できない。
 長い幅広の腕の一部が朱音の銃弾で消し飛んでも、バランスが崩れた程度。
 飛行能力そのものを消すには至らない。
「朱音様。……やりましょう……!!」
 クロスディアの負傷度と、周りの状況を鑑みたクリスティアが叫ぶ。
 その手に握られているのは魔槍砲「死十字」だ。
「千響衆の我らの力を見せる、いい機会じゃて」
 クリスティアの意を察して、朱音も魔槍砲「アブス」に練力を込める。
 朱音は飛来するアヤカシアーマーを駿龍の俊敏な動きで避けきり、クリスティアにふっと笑って合図する。
「今じゃ! クリスティア、我に合わせるのじゃ!」
「此れは……これこそが……神罰ですわ……!!」
 二人の銃口が練力を漲らせ、放たれた魔砲「メガブラスター」はアヤカシアーマーの群れを、そしてその奥にそびえる瘴気積乱雲を破壊する。
 

「きみ、無茶をするね」
 无が羅喉丸の開いた道に続き、治癒符を放つ。
 放つ先は頑鉄の傷だ。
 治癒符は引き裂かれた岩のような皮膚に張り付き、その傷を塞いでゆく。
「助かるよ」
 アヤカシアーマーの剣を拳で叩き割り、羅喉丸が无に礼を述べる。
「礼を述べるのはこちらかもしれませんね。地上への攻撃がとまりました」
「じゃあ、地上は」
「はい。皆無事です」
「そうか。やったな、頑鉄!」
 血に濡れながら、それでも決して怯える事無く突き進んでくれた頑鉄を、羅喉丸は強く抱きしめる。
「後は、あの元凶とこの周囲の敵だけですね」
 无はくいっと眼鏡を戻すと、短く呪を唱える。
 指先から放たれる符は羅喉丸の身体に次々と張り付き、ボロボロだった身体を癒しきる。
「存分に暴れてください。傷は、わたしが癒します」
「わかった。頑鉄、もうひと踏ん張りだ!」
 羅喉丸が力を込めると、頑鉄も嬉しそうに吼える。
「風天、わたし達も続きますよ」
 无が風天の背を撫でる。
 次の瞬間だった。
 无と、羅喉丸を避けるように絶妙な位置を魔砲が迸る。
 直線上のそれは瘴気積乱雲を大きく削り取り、消し去った。
 そして同時に竜巻が巻き起こる。
 竜巻もまた、二人をきっちりと避けて瘴気積乱雲を取り除く。


 以前少しだけ垣間見えた瘴気積乱雲の遺跡。
 それがほぼ露わになる。
 廃墟をそのまま浮遊させたかのような外見。
 中央に位置するのは城だ。
 城を中心に廃墟が広がり、大きな湖にはスカイホエールが泳いでいるのが見える。
 どうやら湖の脇から出入りが可能のようだ。
 遺跡の東側には小さな森が見える。
 魔の森ではない事を祈るばかりだ。
 西側には一際大きく無骨な建物がある。
 歯車を幾重にも重ねた様なそれから、アヤカシアーマーが溢れ出していた。
「アーニャ、行きますよ」
「わかってる。絶対、倒そうね」
 アーニャとデニムの二人が歯車の遺跡に攻撃を仕掛ける。
 それを援護するのは志郎だ。
「お二人に近づけさせはしません」
 志郎のかざす手の平から、次々と氷の矢が放たれる。
 羅喉丸と无も遺跡に気づいて急行する。
 デニムは魔剣「ストームレイン」を構える。
(「この一閃で、止めてみせる……!」)
 強い精霊力を帯びたその剣で、デニムは迷う事無く歯車に突っ込む。
「この矢を防ぐことは不可能なんだから。デニムに近付こうなんて、無理無理〜」
 不敵に笑って、アーニャはアヤカシアーマーを狙い撃つ。
 無論、デニムに反応するすべてのアヤカシに対してだ。
 志郎の氷の矢も、デニムにアヤカシアーマーが近付くのを許しはしない。
 デニムの纏うオーラは揺らぐ事無くその力を高め、最大の一撃は回る歯車を塞き止める。
 
 ゴウン……ギ、ギ、ギ……キィーーーーー…………

 周囲に機械音が響き渡り、アヤカシアーマーが出現しなくなる。
「殲滅するぞ」
 羅喉丸が拳を歯車に叩き付けると、粉々に砕け散り、頑鉄の大きく振った尻尾は遺跡を叩き壊す。
「清々しいですね」 
 いつでも治癒符を放てるように、无は周囲の開拓者達の状況に目を配る。
 だがもう、大きな怪我をするものはいないだろう。
 アヤカシアーマーの出現口は完全に破壊した。
 残るアヤカシアーマーも既に疎らで、敵と開拓者の数は開戦前と逆転しているのだから。


●残ったものは……
「薬と包帯はいくらでもある。惜しみなく使ってくれ」
 竜哉が、やっと駆けつける事のできた寺院の青年達に声をかける。
 負傷者はどうしても多く出ていたが、死亡者は誰一人としていない。
「痛かったら言ってくれ。手馴れているとは言いがたいからね」
 言いながら、竜哉自身も救助に加わる。
 寺院の巫女達とは違っていても、そこは百戦錬磨の開拓者。
 包帯の使い道は慣れたもの。
「秘書はなんだかんだでしぶといな」
 扉を担架代わりに秘書を運ぼうとしていたヘスティアは、凜と立つクレイアに苦笑する。
 そして「おうおう、担架的に運ばれたい奴は俺にいいな! D・Dと一緒に運んでやるぜ」と避難民にウィンク。
「ねえ、このまま空のデートでもしようか」
 陽が昇り始めた空の上で、アーニャはデニムを見つめる。
「喜んで」
 絶妙の位置にワールウィンドを寄せて、デニムはアーニャの額にキスをする。
「……っ?!」
「ふふっ」
 突然の出来事に真っ赤になって声も出ないアーニャに、ふふっと笑うデニム。
 これで少しは埋め合わせが出来たかなと思いながら。