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■オープニング本文 ● どこか遠くで、友の声が聞こえた。 『鳩羽ーっ! 私達が行くまで、大人しく待っていなさいよー!』 その声が、現実から遠のいていた鳩羽の意識を揺り起こす。 駄目だ、と鳩羽は思う。 来ては、駄目だと。 友たちの顔が、次々と脳裏に浮かび上がる。 鳩羽の為に、命をかけてしまうであろう友人たち。 どれ程の血が流れてしまうのだろう。 愛してやまない大切な人たちが、鳩羽のせいで傷つくのだ。 ぼんやりと霞む視界に映るのは、赤いなにか。 鳩羽の身体を半透明の何かが覆っているようだ。 腕を伸ばす。 思うように動かず、指先がかろうじて覆うものをかすめた。 繭だろうか。 柔らかく、包まれているとずっとまどろんでいたくなる。 意識が纏まらない。 身体の中に埋め込まれた何かが、育つのを感じていた。 背中が、痛む。 けれどその痛みすらも、繭の中では和らいだ。 「どんな蝶に育つだろうね?」 アヤカシの声が聞こえる。 鳩羽を捕らえた、冷たい声が。 (「†逃……†」) 声にならない声で、鳩羽は友の身を想う。 鳩羽の意識は、再び霞み、遠くへと沈んでゆく。 ● 「あなた達のおかげで、手がかりがつかめたわよぅ?」 ジルベリア最北領スウィートホワイト。 その首都ホワイティアの開拓者ギルドで、ギルド受付嬢深緋は報告書を開拓者に見せる。 「あの森、便宜上紅の森とでもしましょうか。どうやら楔が鍵を握っているみたいねぇ」 深緋がめくる報告書には、赤い蝶に守られた多角錐の赤い楔が記されてた。 楔の数は不明。 けれどその楔が何かしらの鍵を握っていることは確かなようだった。 「あなた達が命がけで調べてくれたからねぇ。」 この事件に携わったすべての開拓者が全力を尽くしてくれた。 その中でも、シノビの青年の功績は大きい。 彼が赤い蝶へ放った手裏剣が、楔を見つける道標となったのだから。 「下級アヤカシで溢れてどうにもならなかったあの森も、あなた達のおかげで下級はほぼ殲滅されたわ。あとは中級アヤカシと赤い蝶、そして、あたしの妹を攫ったクソッたれだけだわ」 ふんっと、深緋は鼻を鳴らす。 森のアヤカシに囚われた鳩羽は、深緋の妹だ。 そして寺院に住み込みで働いている巫女で、志体持ち。 精霊砲を放てる高位巫女でもある。 「よもやまさか、あの子をどうこう出来る相手がいるとは思わなかったけれどねぇ? あなた達だけが正直頼りなのよねぇ。さくっと森に行って、中級アヤカシ屠ってきてくれると助かるわ」 ぴらりと、深緋は依頼書を開拓者に提示する。 楔と、中級アヤカシと。 鳩羽が囚われているであろう森の奥へ続く道は、まだまだ険しそうだった。 ◆前回までのあらすじ◆ 前回のシナリオ『†無限蝶々〜紅の蝶〜†』 高位巫女の鳩羽が森に潜むアヤカシに捕らえられました。 森の中は瘴気が濃く、下級アヤカシが蔓延り、中級アヤカシは最低でも3体存在していました。 赤い蝶が舞う森の中央に、鳩羽と、彼女を捕らえた上級アヤカシがいると思われます。 ですが現在森の奥へはなぜか進めない状態です。 開拓者の皆さんのおかげで、中級アヤカシ一体と、下級アヤカシはほぼ殲滅されました。 残るは中級アヤカシ2体と、森の中央に密集する赤い蝶です。 そして、森の奥へ進めない理由として、赤い楔の存在が浮上しました。 楔の数は不明ですが、赤い蝶が護っています。 また、赤い蝶は自身と同じ赤い色を纏った相手への攻撃は躊躇するようです。 但し、明らかに敵対した場合は攻撃対象とみなし、迎撃される可能性もあります。 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
ラシュディア(ib0112)
23歳・男・騎
浅葱 恋華(ib3116)
20歳・女・泰
綺咲・桜狐(ib3118)
16歳・女・陰
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ● 「鳩羽さんとは面識がありませんが、皆さんに慕われているのですね……」 柊沢 霞澄(ia0067)は鳩羽の話を聞き、そう呟く。 鳩羽の姉の深緋はギルド職員だから、霞澄とも面識があった。 「何が目的かは知らないが、一刻も早く鳩羽さんを救出しないとまずい事になりそうだ」 前回この森で瀕死の重傷を負ったラシュディア(ib0112)は、けれど少しも怖気づく事無く森へと足を踏み入れる。 (「赤い色と、赤い蝶……森の中であの色は、見落とすはずもないけれど」) 焦る気持ちを抑えながら、その榛色の瞳を油断なく周囲に走らす。 「何処の誰だか知らないけどね。あの娘を傷物にしたら……許さないわ!」 パシッと木の枝をその長い足で払い、浅葱 恋華(ib3116)はラシュディアとは対照的にその苛立ちを隠そうともしない。 そうはいっても、無駄に焦る事も単独行動に走る事もしないのは、怒りに我を忘れる事無くはやる気持ちをきちんと抑えることが出来るからだ。 だがその隣で、恋華とお揃いの赤い髪紐を結び、綺咲・桜狐(ib3118)はかなり動揺していそうだ。 「楔の破壊、急ぎましょう。焦らず確実に、急いで破壊するのです……」 言いたい事はとても良くわかるのだが。 (「ラシュディア様のお陰で判明した赤い楔。鳩羽様救出の鍵になってくれるのでしょうか」) マルカ・アルフォレスタ(ib4596)は深く思案する。 突然の事で、楔の破壊までは出来なかった先日。 蝶は西にもいるのか。 そもそも、楔が本当に救出の鍵になるのか……マルカは、そっと頭を振る。 (「いえ、考えていても始まりません。今はただその破壊に力を注ぐのみですわ!」) 白銀の穂先に赤狐の襟巻を巻きつけ、赤い蝶に備える。 「そろそろ目的地だな」 黒い瞳を細め、竜哉(ia8037)は邪魔な枝を打ち払う。 西の森の奥。 中央へと至るであろうその場所は、もうすぐそこまで迫っていた。 ● ふわり、ふわり。 赤い蝶が漂いだす。 「あの時の蝶だ。みんな、絶対に無闇に手を出さないで」 ラシュディアが皆に警戒を呼びかけ、森の奥を睨む。 奥―― 中央部分には、赤い蝶が無数に舞っているのが解る。 そして、一箇所不自然なまでに密集している事も。 「皆さん、あまり互いが離れ過ぎぬよう、気をつけましょう……」 いつでも皆を治療できるように、霞澄は仲間と蝶の距離に気をつける。 鬱蒼と茂った森の中は、枯葉と枝でとても足場が良いとは言い難い中、距離を一定以内に保つのは大切な事だろう。 「赤い蝶がいる事が、楔がある証拠とも」 カチリと竜哉が逆鉄を上げる。 (「相変らずこの森の瘴気は濃いが、澱みはないのか」) 深すぎる森の瘴気は、神経を研ぎ澄ませてもより一層の澱みを竜哉の目に捉えさせない。 「ん、あれが楔でしょうか……?」 赤い蝶が一際固まるそこへ、桜狐が近付こうとするが恋華が即座に腕を掴んでとめる。 「駄目よ」 「なぜです? この格好なら蝶も攻撃は仕掛けてこないでしょうし、少し近づいて確認したほうが……」 桜狐は自身の姿を恋華に確認する。 赤い、蝶を思わせるモノを身につけた開拓者には、蝶達の攻撃の手が明らかに緩むのだ。 「この距離なら、十分私の射程に入るわ」 恋華が自身の足を皆に見せる。 その足から繰り出される崩震脚が、赤い蝶をことごとく吹き飛ばすのはもう実証済み。 だからこそ、無理に近づく事は無いと恋華は言っているのだ。 「楔自体は、見えませんわね……」 けれどマルカはグラーシーザを構える。 赤い蝶が消えて楔が見えたなら、即座に破壊出来るように。 皆が蝶から逃れやすくする為に、竜哉もデザートウルフを発動させる。 「行くわよ」 恋華が跳躍し、赤い蝶の群れに向かって崩震脚を放つ。 地響きと共に衝撃波が迸る! ぶわりと蝶が吹き飛ばされ、隠されていた楔が姿を現す。 直後、マルカが漆黒のオーラを纏いながら赤い蝶の群れに、そして直線上の楔に突撃する。 次々と槍の餌食となり消えていく蝶。 「逃しませんわ!」 マルカの槍が楔を捕らえる。 だがその一撃だけでは楔は壊れはしなかった。 ビシッと大きな亀裂が走り、目に見えるほどの瘴気が溢れる。 そして明確な敵意を持ち楔に触れるマルカを、赤い蝶達は一瞬の戸惑いの後に敵とみなした。 すぐには迎撃態勢を取れないマルカに群がるかに思えた赤い蝶は、けれど別の敵にくるりと向きを変えた。 「こっちだ!」 一早く赤い蝶達の敵意に気づいたラシュディアが、手裏剣を放ち叫ぶ。 赤い衣裳を纏わない彼に、赤い蝶は惑わない。 風に舞う手裏剣は蝶と、そして楔に突き刺さる。 ぶわりとラシュディアに一気に襲い来る蝶達。 だが前回と違い、蝶達はラシュディアを捕らえる事は出来なかった。 「同じ手をそう何度もくらいはしないよ」 早駆を用い、ラシュディアは蝶の猛攻を狙い通り仲間達から引き離す。 竜哉のデザートウルフで通常よりも高まっていた俊敏さは、足場の悪さもものともしない。 数匹の蝶がそれでもラシュディアに纏わりつくが、掠めた肌をほんの少し爛れさす程度。 「精霊さん……癒しの光りを分けてください……」 霞澄が祈りを捧げれば、ラシュディアの身体は光に包まれ即座に荒れた肌を癒してゆく。 「鳩羽様を思うこの気持ちを、こんなもので止めれると思わない事ですわ!」 渾身の力で、マルカがもう一度楔にグラーシーザを突き立てる。 ビシッ、ビシビシリッ……! 楔に無数の亀裂が入り、バラバラと音を立てて崩れてゆく。 だが喜ぶよりも早く、竜哉の銃口が火を吹いた。 続けざまに三度放たれた銃弾の一つが、マルカのすぐ横を翳める。 「くっ、仕留められたのは一体か……っ!」 悔しげに拳を木に叩きつける竜哉。 「一体何事?!」 「瘴気の塊だ。三体出現した。一体は仕留めれたが、もう二体は森の奥へ抜けていった」 恋華の問いに、竜哉は忌々しげに説明する。 「瘴気の塊は……いったいなんだったのでしょう……?」 桜狐の疑問に竜哉は首を振る。 ただ、罠の類を見張っていたのだと。 楔が壊れた瞬間、赤い蝶達は森の奥へと戻っていく。 「瘴気の塊が何であれ、良いものとは到底思えない。急ごう」 ラシュディアの意見は最もで、皆、先を急いだ。 ● 「今、虫の居所が悪いの。邪魔をするんじゃないわよ!」 森の南で恋華の拳がクイーンアンクに決まる。 出来れば無視したかった中級アヤカシは、けれどそうやすやすと見逃してはくれない。 「ん、あまり動き回らないでください……。その動き、封じさせて貰います……」 鋭い牙で恋華を屠ろうとするクイーンアンクの手足に、桜狐の呪縛符が絡みつく。 巨体の割りに速度のあるクイーンアンクは、邪魔くさそうに身動ぎするが外せない。 「ほんとに、ほんとに! 何でこんなに邪魔ばっかりするのよ! 目の前にさえいなければ殴らないでやるつってんのに!」 ドンッ! 恋華の怒りの拳はクイーンアンクをことごとく許さない。 だがクイーンアンクも縄張りに侵入した彼女達を許すつもりはないらしい。 キンと耳障りな音が恋華と桜狐に響くと、視界が揺らいだ。 クイーンアンクに従いたくなる気持ちが溢れ、恋華は歯を食いしばる。 「ん、恋華、耐えられますか……」 「当然よ! 私が服従するのは、私だけなのよ!」 「流石です……」 瞬脚で一瞬でクイーンアンクとの距離を詰め、恋華は拳をクイーンアンクの腰部分に連打する。 一番細く、装甲の弱かったそこに、恋華の放つ拳がクイーンアンクの体中に衝撃を走らす。 「氷龍、纏めて凍らせちゃってください。がぅー……」 桜狐が細かな下級アヤカシもろともクイーンアンクを凍らせる。 砕け散るクイーンアンクと、残るは森の奥の赤い蝶。 「桜狐、行くわよ!」 「はい……っ」 二人、迷う事無く赤い蝶へ向かっていく。 楔を破壊できたのは、そのすぐ後の事。 そして瘴気の塊が楔から抜けていくのも。 「鳩羽ぁ! もう少しだからね!! 確りするのよーっ!!」 「鳩羽さん、必ず助けますからもう少しだけ……もう少しだけ頑張ってください……」 森の最奥へ、囚われているであろう鳩羽へ向けて、二人の声が響いた。 「聞こえたっ! 鳩羽さんは、まだ無事だよ!」 北の森へ来ていたラシュディアが叫ぶ。 超越聴覚で研ぎ澄まされた耳は、恋華と桜狐が鳩羽に呼びかける声と、そしてそれに呼応して幽かに聞こえた声。 「本当ですか? 皆さん、どれ程喜ぶか……」 「間違いない。一度聞いたきりだけど、彼女の声は独特だからね」 「鳩羽様……っ」 無事の知らせに、マルカの赤い瞳に涙が滲む。 「他には、何か聞こえたかい?」 「あぁ。舌打ちする音がね」 竜哉の問いに、ラシュディアは森の奥を睨む。 かすかな舌打ちの音は、恐らく鳩羽を捕らえたものの音だ。 (「つまり、こちらの進入は当然気づかれているわけか」) 鳩羽に聞こえるほどの声ならば、側にいるであろう敵にも当然聞こえるのは道理。 竜哉は先ほど逃した瘴気の塊を思う。 (「楔の周囲には特にこれといったものを感知出来なかった。だが、あの瘴気の塊が無意味であるとは思い難い」) 竜哉の懸念は払拭し難く、けれど今は確認する術がない。 森の奥から死蝶と、粉蝶が現れたのだから。 「来ましたわね。鳩羽様のために、消えて頂きますわ!」 マルカが叫び、死蝶に立ち向かう。 「思う存分、戦ってください……皆さんの傷は、私が癒します……」 霞澄が精霊に祈りを捧げ続け、死蝶毒に侵される皆を藍色の光りで包み癒していく。 降り注ぐ燐粉を多量に浴びながら、マルカは決して退かない。 (「流石にすべての燐粉を避けるのは困難か」) デザートウルフを再び活性化させる竜哉は、宝珠銃「皇帝」と短銃「黒牙」の二丁拳銃で応戦する。 主に死蝶への牽制と、邪魔な粉蝶、そして飛来する赤い蝶への牽制だ。 宝珠を輝かせながら撃たれる弾丸は、的の小さな蝶達を狙い違わず次々と撃ち抜いていく。 「早く、速く、もっと迅く。何も追いつけぬ程に加速せよ!」 竜哉自身が蝶のように軽やかに、森を駆け抜け敵を味方から引き離す。 「後ろががら空きだよ」 竜哉に気を取られていた死蝶の背後を取ったラシュディアは、忍刀「鈴家宗直」でその羽を切り裂く。 片羽を削ぎ落とされた死蝶は、奇怪な声を上げて地を這った。 「無様ですわね。消して差し上げますわ!」 白銀の穂先が死蝶の頭部を貫いた。 ● 「よーし、吹っ飛ばすわよーーーー!」 合流した恋華が、崩震脚を赤い蝶達に放つ。 衝撃波に吹き飛ばされた蝶達の中央にあるのは、もちろん赤い楔だ。 「一気に倒しちゃいましょう……がおー」 桜狐の氷龍は、次々と赤い蝶を凍らせてゆく。 森に充満する瘴気を十分に吸収した桜狐の練力に限りはない。 「銃で撃ち抜かせて貰うよ」 皆に下がってくれと合図して、竜哉が楔に弾丸を撃ち込む。 二度、三度。 楔に撃ち込まれる弾丸は確実に楔に亀裂を入れ、これを破壊する。 けれど竜哉はそのまま構えを解かない。 最初の楔と同じく、楔の中から瘴気の塊が出現したのだ。 (「大きくなっていないか? むしろ、蝶……?」) 銃で撃ち抜くが、消しきらない。 瘴気の塊の一部を吹き飛ばすのみに留まり、瘴気の塊は東へと飛び去っていく。 ―― 赤い軌跡を残しながら。 「鳩羽様!」 マルカが森の奥へと走ろうとする。 楔はもう破壊したのだからと。 だがその思いは空しく、空を掴む。 「なぜですか。なぜ森はまだ拒むのですか!」 入れない。 中央部に鳩羽がいるというのに、マルカは先に進めないのだ。 「必ず、入れるようになります。私も尽力します……だから、どうか気を確かに……」 涙に濡れるマルカの肩を、霞澄が抱きしめて支える。 「楔がまだあるということか」 竜哉の言葉にラシュディアも頷く。 「残るは東かな」 恋華が拳をパシッと合わせる。 「何本でもぶち抜いてやるわよ!」 「恋華についていきます……」 調べていないのは東だけ。 ならばそこに楔があると見るのが妥当だろう。 「鳩羽様! 帰ったらたっぷりお説教ですからね! その為にも必ず救い出して見せますわ!」 霞澄の手を握り、大切な友に向かって、マルカは叫ぶのだった。 |