【流星】図書館から星を
マスター名:霜月零
シナリオ形態: ショート
EX :危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 1人
リプレイ完成日時: 2013/07/22 00:24



■オープニング本文

 天儀図書館の一室で、今日も図書館司書ラティーフは資料整備に勤しんでいた。
 長いエルフ耳をふにふにっとゆらして、小首を傾げる。
「皆様のおかげで、本当に整然としているのですよ〜」
 資料室にアヤカシが出現したのはつい先日の事。
 よりにもよって賞金首の資料室が滅茶苦茶になってしまったのだが、幸い、図書館に居合わせた開拓者たちが即座に対応してくれて事無きをえた。
 アヤカシによってボロボロになった本や羊皮紙の資料も、きっちりと直して本棚に整然と並べ替えてくれたのだから、ありがたい事この上ない。
「大事にしませんとね」
 みんなが整理してくれた資料を愛おしそうに撫でながら、ふと、ラティーフが窓から空を見上げた時だった。

 キラッ☆

 キラキラキラッ☆

「流れ星……っ」

 ラティーフはぐぐっと窓辺に身を乗り出して、まるでお星様をつかもうとするように手を伸ばす。
 流れ星はそんな彼女の手をすり抜けて、きらきらと夜空を流れていく。
 ほんの一瞬の出来事だった。
「もっと、見たかったのですよ〜?」
 ほんのり口を尖らして、ラティーフは夜空に呟く。
 けれどもう、夜空はそのままだんまりで、星は遠くに煌めくばかり。
 ずっとみていなければ、見れないのかもしれない。
「……それなら、ずっと見ていればいいのかもしれません〜?」
 何を思ったか、ラティーフは天儀図書館の賞金首資料室、その屋根の上に上りだす。
 賞金首資料室の屋根の上は平らで、横になっても大丈夫なほど。
「ここで寝泊りしたら、流石に怒られるかしら?」
 ころんと横になって、伸びをしてみる。
 視界一杯の夜空が幸せだった。
「天儀星と、簪座と、乙女の指輪と、もふら座かしら〜?」
 うろ覚えの星座を、指で辿ってみる。
 星が流れなくとも、輝くのを見つめるだけでも、十分幸せを感じられて。
「皆様と、見ていたいですよ?」
 ポツリと呟いて。
「そういえば、天儀では浴衣を着るのですよね。頂き物の浴衣が数着あったのです」
 みんなで、浴衣を着て星を眺める、とか。
「去年頂いた線香花火も、一緒に入っているのです」
 じっと、花火と浴衣を思い起こして。 
「わびさび、ですよね、きっと♪」
 ぴょこんと飛び起きて、屋根からするするっと資料室に戻る。
 そして浴衣と花火がちゃんと保管されているのを確認して、ラティーフは善は急げと、そのまま開拓者ギルドに走っていくのでした。
 


■参加者一覧
佐上 久野都(ia0826
24歳・男・陰
琥龍 蒼羅(ib0214
18歳・男・シ
神室 時人(ic0256
28歳・男・巫
鶫 梓(ic0379
20歳・女・弓
徒紫野 獅琅(ic0392
14歳・男・志
ユーディット・ベルク(ic0639
20歳・女・弓


■リプレイ本文


「獅琅君、図書館に行ってみないかい?」
 神室 時人(ic0256)は徒紫野 獅琅(ic0392)に声をかけた。
「いいですよね、図書館。夜に開けられるのはあまりないですし」
「獅琅君、私のお下がりで申し訳無いが……浴衣を準備したんだ」
「俺にですか?」
 驚く獅琅に時人は包みを手渡す。
 そっと獅琅が包みを開くと、とてもお下がりとは思えない浴衣が。
「これ、ほんとに……?」
「よかったら着てみてくれないか」
 寸法はあっていると思うんだがという時人に、獅琅は慌て気味に頷いて、その場でざっくりと浴衣に袖を通す。
「うわ、ぴったりだ……っ」
「うん、丁度いいようだね。とても良く似合っているよ」
 飛び跳ねそうな勢いで喜ぶ獅琅。
(「彼には、いつでもこんな表情でいてもらいたいね」)
 あまり幸福とはいい難かった獅琅の幼少期を知っているのだろう。
 時人は実の兄のように、獅琅をやさしく見守る。

 佐上 久野都(ia0826)は一人、夜の図書館へ訪れた。
 藍染めで、白い縞模様の浴衣を羽織った久野都は、図書館司書のラティーフを探していた。
 図書館の中は入り口からそのまま室内までランプが灯され、足元がおぼつくことなく進んでいける。
 久野都が賞金首資料室まで足を進めると、ラティーフが丁度ランプにオイルを足していた。
「こちらにいらしたんですね」
「お早いですね。よくいらしてくださいました〜」
「夜の図書館はまだ閲覧したことがないのですよ。この貴重な機会を設けて頂いたあなたに、感謝を」
 淡い紫色の瞳を優しく細めて、久野都はラティーフに包みを差し出す。
「これは〜?」
「寒天よせですね。ぜひ冷やして食べてください」
「わぁ〜。ありがとうございます〜」
 包みを開いてみると、ぷるんとした涼しげな寒天よせが。
 包み直して、保冷庫へ向かおうとするラティーフを、久野都が呼び止める。
「大変申し訳ないのですが、荷物が少しばかり多いもので、私が図書館を見ている間、預かっていただく事は出来ないでしょうか」
「もちろん大丈夫ですよ〜。ゆっくりと、見ていってください」
 油も足したから大丈夫だとは思うけれどといいながら、ラティーフは久野都に手持ちのランプを手渡す。
「楽しんでくださいね」
「ありがとうございます。ラティーフ嬢も良い夜を」
 久野都はそう言うと夜の図書館へ。

「ふふ、真夜中の図書館って、凄く素敵じゃない」
 ユーディット・ベルク(ic0639)はご機嫌だ。
 ランプと月明かりに照らされた図書館は、昼間とはうって変わって神秘的で、ユーディットの乙女心をくすぐった。
「いろいろな本が置いてあるのね。……え……? れ、恋愛小説?!」
 ふと手にとった本を、ユーディットは取り落としそうになる。
 弓の指南書や足技などの本と共に、一緒にテーブルに持っていくと、ユーディットはきょろきょろと一応周囲を確認。
「べ、べつにね? やましいことは何もしていないのよ、ただちょっと、なんていうか……ほ、ほら……お、お姉さんだってそういうのに憧れるというか……」
 頬を赤らめつつ、誰にともなく言い訳を口にして、彼女はそっと恋愛小説のページをめくる。
 普段余り手に取ることのないその本は、黒髪の志士と、その志士と共に戦う少女の物語だった。
 幸せそうな恋人達のお話で、ユーディットはついつい、時間を忘れて読み耽っていた。


「めったに着ないが、着れたのは良い機会だな」
 琥龍 蒼羅(ib0214)は自身の浴衣の柄を見ながらそんな事を思う。
 紺地に星を散りばめたような絵柄のそれは、天儀の空とはまた違う星座の様だ。
 図書館の屋上で夜風に触れる。
 蒼羅の見上げる夜空は、昼の暑さが嘘のように澄み渡り、凜とした神秘さを醸し出していた。
「ふむ……こうして星を見ていると、修行時代を思い出すな」
 朝から晩まで、精一杯剣を振るい、己を高めて。
 修行時代といっても、それはきっと今でも変わらないのではないだろうか。
 守りたい人を、守りたい事を、大切な全てを守る為に、修練を欠かさないのだから。
「あの頃と比べれば、ずっと前へ進んでいる。だが……まだ足りない、な」
 人が羨むような実力を、蒼羅は確かに手に入れている。
 それでも、蒼羅の目標にはまだ届かない。
 ストイックに、上を目指し続ける蒼羅。
 この夜空に輝く星のように、遥か高み。
「それでも、俺は目指し続けよう」
 流れる星に、蒼羅は誓う。
 ふっと微笑んで、図書館から借りた本を広げてみる。
 そこには、浴衣とも夜空ともまた違った星座達が。
「泰国やジルべりア……、国が変われば星座の解釈も変わるのだろうか」
 見える位置が変われば、見え方もまた変わる。
 そうすれば、同じ星を指し示していても、解釈が変わるのは道理。
 そんな蒼羅に、屋上で寝そべって星を眺めていたユーディットが起き上がって近付いてくる。
 ジルベリアという単語に引かれたのだろう。
「ジルベリアでも、この星空が見えるのかしら……」
「貴方は……?」
「私? 私はユーディット。ジルベリアには家族がいるのよ。よろしくね♪」
「アル=カマルでなく?」
 彼女の耳を見て、蒼羅は少しばかり驚く。
「そう。以前は私達家族は、ジルベリアの山村で過ごしていたわ」
「そうか……」
 過ごしていた。
 その過去形の言葉の指す意味を察して、蒼羅は口をつぐむ。
 けれどユーディットはあぁ、違う違うと首を振る。
「確かに、私の家族はいまは山村とは違う別の村に住んでいるんだけど、全員無事よ。第一の故郷はアヤカシで失ってしまったけれど、家族さえ健在なら私は幸せだわ」
「アヤカシか。俺達が守りきれればよいのだが」
「いつか……、皆がこうして満点の空を笑顔の元に眺められるよう、開拓者の私達が頑張らないとね!」
「そうだな」
 いつの日か、アヤカシのいない世界。
 力がなくとも、夜空を自由に安心して見つめれる世界。
 そんな未来を夢見て、二人、夜空を眺め続ける。
「……?」
 ふと、ユーディットの目線を感じて、蒼羅が首を傾げた。
「う、ううん。なんでもないの」
 黒髪の志士。
(「なんだか、似てる気がする? 彼を助ける少女が私とか……」)
 読んだばかりの恋愛小説が頭を過ぎって、慌ててユーディットは頭を振って妄想を追い払った。
「もしかしてこれが気になるのか?」
 蒼羅はそんな事をユーディットが思っているとは思いもせず、セレナードリュートを取り出す。
「志士の俺が持ち歩くには、少々不似合いかもしれないが」
「綺麗なリュートね。星が散りばめられていて、夜空みたい」
「俺もそう思ってね」
「弾ける?」
「もちろん」
 ふっと笑い、蒼羅はリュートに口をつける。
 澄んだ音色が辺り一帯に響き渡り、夜空に溶け込んだ。


「なんで神室さんがいるのかしら……」
 鶫 梓(ic0379)にとって、それは意外すぎる人物だった。
「あ、梓君も来ていたんだね。……久しぶり」
 そして対応する時人も、驚きを隠せない。
 二人が誘ったり誘われたりしたのは獅琅だった。
 獅琅だけのはずだった。
 なのに図書館に来れば、お互い誘った覚えのない梓と時人。
(「そういえば三人で行きましょうって、ちゃんと言ってなかったかも……」)
 梓と時人の間に流れる微妙に気まずい空気を感じ取り、獅琅はちょっと困り顔。
 浴衣をもらえたのが嬉しすぎて、つい、二人に伝えるのを忘れてしまったのだ。
「あ、そうだ! この浴衣、神室先生に頂いたんです」
 場の空気を変えようと、獅琅が慌てて話題を提供する。
 するとどうだろう?
「似合ってるわよ、獅狼君」
 梓がいつものようににこっと微笑んだ。
(「よ、よかった。なんか変な感じしたんだけど、嬉しい」)
 笑顔の梓につられるように、獅琅も笑って図書館へ走っていく。
「あ、梓君」
「なにか?」
 獅琅のあとを追って図書館に走ろうとした梓を、戸惑い気味に時人が呼び止める。
 獅琅も気づいて振り返る。
「そ、その……これを……」
 そっと目をそらし、時人は小袋を梓に差し出す。
「なんだかよくわからないけど……ありがとう、でいいのかしら?」
 リボンを解くと小袋の中に入っていたのは、色鮮やかな有平糖。
 朝顔を模して作られたそれは、美しく、そして高価だ。
「その……」
 もごもごと、そして心なしか時人の頬が赤いのを見て、梓も気づく。
 これは、謝罪だと。
「もう気にしていないわよ?」
 以前、時人と梓は依頼で一緒になった事があるのだ。
 その時、不幸な事故で梓は時人から恥ずかしい思いをさせられていた。
 もちろん、時人が故意でない事は梓には良くわかっていたし、先ほどこの図書館に時人が現れたときも驚きはしたが、嫌悪はしていなかった。
 けれど時人からしてみれば、うら若い乙女に破廉恥とも思えることをしてしまったのは、故意ではなくともずっと心に残っていたのだろう。
 梓に会えたら渡せるようにと、常にお詫びの有平糖を持ち歩いていたのだから。
「そう、ありがとう……」
 梓の言葉で心底ホッとした時人だったが、今度は獅琅が微妙な面持ちに。
「獅琅君、どうかした?」
「あ、いえ……」
 小首を傾げる梓から目を逸らし、獅琅は早く行きましょうと図書館へ促す。
(「こんな事、思っちゃいけないんだけど。二人とも大事な人だし。でも……梓さんと先生が仲が良いと、ちょっとだけ……」)
 胸が、痛い。

 図書館では、花火の用意がされていた。
「折角だから、花火をしないかい?」
「そうね。いいと思うわよ」
「花火は初めてなんです。線香花火っていうんですか?」
 時人に促されて、三人は手持ちのランプを庭に置く。
「これは夜空に咲く花火とは違っていてね。少しの揺れでも散ってしまうんだ」
「儚いのね」
「こんな感じで持っていれば大丈夫かな」
 おっかなびっくり線香花火を持つ獅琅。
 ランプから貰った火は線香花火をぱちぱちと散らせ、花が咲いたように庭を彩る。
「綺麗ですね」
 そっと獅琅が花火の先に手を延ばす。 
「と、動いてはいけないよ。華が散ってしまう」 
 そう時人が注意した瞬間だった。

 ぼとりっ!

「っあっつ!」
 思いっきり時人の足に線香花火が塊で落ちた。
「先生っ!」
「だ、大丈夫だよ、すぐに冷やすからね」
 慌てる紫狼に、足の甲に落ちた火の塊を払い、時人は水場に向かう。
(「結構、そそっかしいのね」)
 梓は時人の意外な一面にくすっと笑みが零れた。
 もちろん、時人には聞こえないように口元を押さえて。
「今日は有難うございます」
「こちらこそ誘ってくれてありがとうね」
 なでなで。
 愛しい獅琅を、梓はなでる。
 顔が赤くなるのを感じて、獅琅は慌てて梓から顔を逸らした。
「獅狼君大丈夫? 具合悪いのかしら?」
「あ、いえっ、花火で、ほてっちゃってっ」
「そう?」
「あっ」
 こつん。
 梓が、獅琅のおでこに自分のおでこをくっつける。
「あ、あのあのっ!」
「うん、大丈夫。熱はないみたいね」
 にこっと笑って自分を気遣う梓に、獅琅は真っ赤になりなって俯いた。
「一緒にここに来たかったから……えっと……幸せです」
「私も幸せよ」 
 二人、ふふっと笑いあうと、時人が丁度戻ってくる。
「大丈夫でしたか?」
「もちろんだよ」
「よかった」
「このように火傷をしてしまうから、二人とも気をつけるんだよ?」
 大丈夫だという時人に、獅琅はほんの少しだけ歯がゆい気持ちになる。
(「……先生は、いつも大丈夫って笑う……もっと、お役に立てる事があればいいのに……」)
 その為には、きっともっと行動しなくてはならないのだろう。
 考えるより、先に。
 獅琅は三人で花火をしながら、そんなことを思う。


「すこし、届きませんね」
 久野都はランプを本棚の上にかざす。
 けれど光が届かず、本棚の上部に収められた背表紙のタイトルが見え辛い。
 久野都がふっと符を吹くと、指先から光りの玉がふわりと空を舞った。
 夜光虫だ。
 久野都の意思を反映して、夜光虫が本棚の上部へ登ると、ランプでは見えなかった背表紙がはっきりと映し出される。
「天儀の星座は……うん、いいですね」
 子供向けの星座の本はとり易い低位置に並べられていたのだが、詳しく、そしてその分ぶ厚くなっていた専門書は本棚の上部に収められていた。
「台は、あぁ、そこでしたね」
 すぐ側に脚立を見つけると、久野都は登って星座の本を手に取った。
(「陽媛が喜んでくれればいいのですが」)
 そろそろ可愛い義妹との待ち合わせ時間だ。
 久野都は数冊の星座の本を借りると、少し急ぎ気味に待ち合わせ場所に向かう。
 途中でラティーフに預けておいた荷物を受け取って久野都が待ち合わせ場所に着くと、既に陽媛が待っていた。
「さて、陽媛待たなかったかい?」
「もちろんです、兄さん」
 ふわりと微笑む陽媛は、淡いピンクの紫陽花柄の浴衣を身にまとっていた。
 そんな陽媛に久野都はハーフケープをかける。
「冷えるといけないからね。とてもよく似合っているよ」
 夏とはいえ、夜風はまだ肌寒い。
 あまり身体が丈夫なほうではない義妹を、久野都は心より大切に思っているのが伝わってくる。
 そんな兄の気遣いに陽媛はほんのり頬を染めて、久野都に手を引かれながら屋上へ。
 満天の星空に、陽媛は大きな黒い瞳をより一層見開いた。
「ここでいいかな。本を借りてきたから、星座を探してみようか」
 久野都が敷いた茣蓙の上に、二人、寄り添って腰を下ろす。
「兄さん、はい」
「お茶を持ってきてくれていたんだね。ありがとう、頂くよ。私も菓子を用意したから、丁度いいね」
「星型なのですね。夜空の星が、ここに落ちてきてくれたみたいです」
 陽媛は、久野都が用意した菓子にも目を輝かす。
 そんな嬉しげな陽媛を見つめる久野都も、嬉しそうだ。
 久野都は陽媛に見せるように、星座の本を開く。
「絵もついているのですね」
「あの辺りの星が、この星座かもしれないね」
「指輪のような形もあるのですね……あっ」
 陽媛が声を上げる。
 すーっと。
 輝きながら星が流れた。
(「何時までも、兄さんと一緒にいられます様に」)
 陽媛は咄嗟に願い事を思う。
 ずっと、兄妹のままでも良いからと。
 そして久野都も、大切な義妹二人が幸せになれるようにと祈る。
 流星祭が近いせいだろうか。
 流れ星がいくつもいくつも流れていく。
 人々の願いを乗せて、夜空を輝かせながら。
 皆、幸せでありますように……。