明かりを灯して
マスター名:霜月零
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/07/15 21:40



■オープニング本文

 ジルベリア最北領スウィートホワイト。
 その南の町ポアリュアの町長は、薄暗い町に不安を覚えていた。
 手にしていたランタンに火を灯し、町長は周囲を見回す。
「街灯が、すくない気がするのぅ?」
 最北領で、首都の次に大きな町がこのポアリュアである。
 街灯もそれなりに整備されていたはずなのだが、いかんせん、明かりが点いていないのだ。
 オイルが足りないのだろうか?
 明かりの灯っていない街灯の下で、1mにも満たない小さな小さな身体を一生懸命背伸びしてみる。
 街灯の高さは3m程度。
 小さな町長でなくともオイルの量など見えるはずがない。
 手作りの帽子を片手でぎゅっと握り、町長は出来る限り町を見て回る。
 花屋に美容室、薬屋に喫茶店、衣料店や瓦版屋の周囲は、店が営業中であるなら店の明かりでそれなりに光源は確保できている。
 だが一度店から離れると、途端に闇が深まる。
 いつもは昼間ばかり街に来ていたから、街灯の事など全く気づかなかった。
 今日はたまたま、花屋の店主と話しこんでしまってこんな時間になってしまったのだ。
「町長、こんな所で何をしていらっしゃるんですか。もうすぐ完全に日が暮れますよ」
「おぉ、良い所に。街灯が点いていないのじゃよ〜」
 自分を迎えに来たのであろう秘書のクレイアに、町長は街灯を指差す。
「そうですね。近頃、不審な影が目撃されています。鈴の音と共に街灯に現れると。それと共に、街灯のオイルが大量に減っているようです。その為、点灯夫も噂を恐れて何人かが辞めてしまっています。いまは残った数人で街の街灯を何個か点けて回っていますが、全部を回りきるのは困難でしょう」
 ピシッと眼鏡に手を当てて、秘書が即座に答える。
「なんと! それなら、はよぅ解決せねば。臨時開拓者ギルドはまだやっておるかのぅ」
「通常のギルドと同じく24時間年中無休ですね。それと、本日15時にこの事件の解決は依頼しておきましたから、近日中に街の明かりは戻る事でしょう」
 キビキビと答える敏腕秘書に、町長は感嘆の溜息をもらす。
「ほんに、手際がいいのぅ」
「恐れ入ります」
 凛とした表情をほんの少しだけ緩めて、秘書は微笑む。
 町長を守るように隣に並び、歩幅を合わせる。
「そういえば、怪しい影とはどんなんじゃろうなぁ」
「目撃情報に一番近いのは猫又ですね。一匹ではないようですが」
「猫又がオイルをどうするんじゃろうのぅ」
「猫又に似ているだけで、猫又そのものではないのでしょう。尻尾が猫又よりも多く、4本から5本であるといわれています」
「アヤカシ、なのかのぅ……」
「その可能性もないとは言い切れませんが、その場合町民に一切被害が出ていないことが疑問点ですね」
「ふむぅ……。残るのはケモノかのぅ」
「ええ。ですが人が犯人でないとも言い切れません」
「なんと! 目撃情報は猫ではないのかぇ?」
「猫にしては大きな影も目撃されているのです。なので私は先ほど『一匹ではないようです』とご報告させていただきました」
「てっきり、猫が数匹かと思ったのぅ。残念じゃ」
「残念?」
「あ、いやいや、なんでもないのじゃ、うん」
 怪訝そうな顔をした秘書に、町長は慌てて首を振る。
 沢山の猫又がなにかの事情でオイルを集めているとか。
 一生懸命オイルを運ぶ姿を想像してほんのちょっぴり見たい衝動に駆られていたとか。
 そんな事を秘書に知られたら、「貴方は町長としての自覚が足りません!」と怒られてしまうに違いない。
 幸い、秘書はそんな町長の焦りには気づかなかったようだ。
 町長の自宅につくと、「事件が解決するまでは、夜は出歩かないで下さい」と言い置いて去っていった。


■参加者一覧
神町・桜(ia0020
10歳・女・巫
ユリア・ソル(ia9996
21歳・女・泰
フレス(ib6696
11歳・女・ジ
エルレーン(ib7455
18歳・女・志
中書令(ib9408
20歳・男・吟
八坂 陸王(ic0481
22歳・男・サ


■リプレイ本文


「気になるところは多いけれど、まずは事件を解決していかなきゃと思うんだよ」
 フレス(ib6696)は黒い耳をそばだてながらいう。
 彼女達が集まったのは、点灯夫の詰め所。
 明るいこの時間はまだ暇で、点灯夫達は雑談をして過ごしていた。
「なぜ街灯から油を……?」
 首をひねるのは八坂 陸王(ic0481)だ。
 油は無料ではないけれど、街いるならごく普通に購入できる代物だ。
(「魚屋から買えない事情でもあるのだろうか……」)
 こればかりは、犯人に聞かなければ答えはでないだろう。
「油を買うお金がないのかな?」
 エルレーン(ib7455)がいえば、中書令(ib9408)が首を振る。
「そこまで貧窮しているなら、油よりも食料が必要になっているでしょう」
「それもそうだよね。うーん、あやしいなあ……アヤカシじゃなかったらいいんだけど」
 あまりにも奇妙な事態に、エルレーンはアヤカシの危険も視野から外せないようだ。
「話を聞く限りだと、仙猫っぽいのよね」
 ユリア・ヴァル(ia9996)の言葉に、エルレーンの不安げだった黒い瞳がきらきらと輝く。
「ねこ! ねこだったらいいなあ。思いっきり撫でたい!」
「まだ決定じゃないわよ? いま現在得られている情報からの推察だから、油断はしないでね?」
「も、もちろん! あーでも、ねこだったら可愛いだろうなあ」
「そんなに猫が好きなら、今度わしの相棒でも撫でるといいぞぇ」
 今日は留守番させておるがのぅと、神町・桜(ia0020)が提案。
「相棒ねこなの?」
「仙猫じゃな。まぁ、わしのうちのは油を盗る趣味も食べる趣味もないがのぅ」
「いいなあ。私のもふらのもふもふも愛らしいけど、猫大好きなんだあ」
「その猫に会う為にも、点灯夫の方々に仕事の手順を教わりましょうか」
 事件を解決しないと会えませんからと、中書令が軌道修正。
「直接目撃した方はいませんか? それと、もしいたらどのあたりで、どのような状況で目撃しましたか?」
 フレスが点灯夫に尋ね、中書令は今日の点灯順番を確認している。
 その間に、陸王はポアリュアの地図を人数分用意。
 そこに点灯夫に確認して街灯の位置を一枚一枚書き写していく。
「何やら人に直接危害を加える相手ではなさそうじゃが、どちらにせよ迷惑を掛けているわけじゃし、早々に捕まえねばならぬの」
 桜がいえば、ユリアも頷く。
「同意ね。手分けして準備をすれば、そうそう難しくもないと思うわ」
「じゃあ、16時頃に一度みんなでまた集まろう? 場所は、ここでいいと思う」
「俺もあんたと同じことを考えていた。どの街灯を点灯するか分配もしたいし、ここなら無駄もないだろう」
 街灯の位置を記入し終えた陸王が、トントンとテーブルの上で地図を揃える。 
「点灯夫のみなさん。私たちがきっと事件を解決するので、もうちょっとだけ頑張って、この素敵なお仕事を続けてください!」
 フレスがぐぐっと点灯夫の手を握って力説すると、点灯夫達は照れくさそうに笑った。


「野良猫なんかもいなかったのね?」
 魚屋で美味しそうな魚を買いながら、ユリアは確認する。
 近頃魚屋をうろついていた猫が消えたりしていないか。
 不審な野良猫はいないか。
 けれど答えは特になし。
 魚屋は「あんまり言える事が無くてすまんね。早く事件解決してくれる事を期待しているよ」と手を振った。 

「現れたのは、明かりが点いてからだったのか」
 陸王に喫茶店の少女が言うには、店の前の街灯に明かりが灯って、数分経った頃。
 妙な影が映り、見上げた彼女の前にそれはいたのだという。
「つまり、人ぐらいの大きさの影に尻尾が? ふむ……」
 尻尾が生えている獣人なのか、それとも人間大の猫なのか。
 やはり犯人を捕まえてみないと、確定は難しそうだった。

「いろいろな場所で明かりは消えているんだね」
 エルレーンは、町の人々から話を聞きながら、ふむふむと頷く。
 街灯が消えるのに何か法則や特定の位置があるのかと思っていた彼女だが、どうやらその可能性は少ないようだ。
「じゃあ、別の質問も。最近、急に見かけるようになったものとかあるかな?」 
 エルレーンの質問に、町の人々は首を振るばかり。
「それじゃあ、最後の質問! この町で、町全体を見渡せる高台とか、教えてもらえるかな」
 この質問には、町の人も答えられる事でホッとしたらしい。
 次々と場所を口にした。

「お願いします! 必ず事件を解決しますから、また、点灯夫に戻ってください!」
 みんなが情報収集に町を回っている頃。
 フレスは辞めてしまった点灯夫の家を尋ねていた。
「とっても、怖い思いをされたのだと思います。でも、明かりを灯すって、とっても素敵で、大切なお仕事だと思うんです。どうか、お願いします!」
 フレスは深々と頭を下げる。
 この家でもう5軒目だった。
 みんなアヤカシが怖くて、なかなか応じてはくれなかった。
 気持ちはフレスにも良くわかるから、強引な事は出来ず、こうして必死に頭を下げるばかり。
 けれどそんな一生懸命な気持ちは、ちゃんと伝わるのだ。
「子供に頼まれちゃなぁ」
 苦笑しながら、戻るといってくれた元点灯夫に、フレスは涙目になりながら
「ありがとうございます!」
 と飛び跳ねた。

「さて、まずは相手が好きっぽい油を入手しておくかのぉ」
 桜は点灯夫が油を購入している魚屋で、大量に魚油を購入する。
 熱する前の魚油は固形で、手でつまめる状態だった。
(「これなら、そのまま道端に置けそうじゃの」)
 桜は町を歩きながら、街灯の側の道端に魚油を置いて回りだす。

「明かりが点いてから少し時間が経ってからになりますね」
 中書令は町の人々の言葉に思案し、街灯を見上げる。
 まだ日の高い今、街灯の明かりは当然点いていない。
 中書令は出来るだけ明かりの消えた時間を詳細に記録していく。

「みんな、集まったわね」
 ユリアは採れたての魚などが入ったバスケットをテーブルに置き、集まった皆を見渡す。
「元点灯夫さん、一緒に戻ってきてくれました!」
 一番最後に戻ってきたフレスが、嬉しそうに隣の男性二人をみんなに紹介する。
「あなた辞めた人のところへいってたの? 説得できるなんてすごいんだね」
 エルレーンが目を丸くする。
「はいっ! 皆さんほんとは、点灯夫のお仕事が大好きなんです。だから、早く犯人を見つけてあげませんと!」
 ぐぐっと力説するフレス。
「油を舐めておるのは一体どんなヤツなのかのぉ。アヤカシではないといいのじゃが……」
「現れるのは明かりが点いてからだそうだ。アヤカシなら、わざわざ明かりが点くのを待ちはすまい」
「それもそうじゃが、ほんに謎じゃの」
「油だけ狙うなんて、変わった趣味よね。猫なら理解できるのだけど、人だったら……」
 桜と陸王の疑問に、ユリアは頭に浮かんだ危険な想像を首を振って追い払い、適当な桶を点灯夫に借りると、気を取り直して魚油と何かを混ぜ始めた。
 陸王が鼻をつく不思議な香りにユリアの手元を覗きこむ。
「それは一体?」
「秘密兵器よ、ふふっ」
 茶色がかった粉は、魚油と混ざり合って不思議な香りを発していた。
「私が高台から明かりが消えるのをチェックするんだよ。方角は呼子笛で合図するから、方角を覚えておいてね?」
 エルレーンは懐から呼子笛を取り出すと、軽く吹く。
「ぴーっ、と長いのを1回吹いたら、西のほう。ぴーっ、ぴーっっと、長いのを2回で北のほう。ぴっぴっぴーで南、ぴーぴーぴーで東、だよ?」
 合図の確認に、皆が頷く。 
「そろそろ点灯夫達と共に点灯する場所の振り分けもしたいね」
 中書令が点灯夫達と相談して、開拓者達の点灯範囲をチェックする。
「おう、良かったらこれ、もっていってくんな」
 中書令に、点灯夫が変わった蝋燭を渡す。
「これは?」
「魚油は匂いがきついんさ。その蝋燭は香りが良くてね。この職場じゃ愛用されているんよ。ランプに入れて灯すといい」
「そうですか。ありがとうございます」
 みんなの影が、夕日に長く伸びた。
 日が落ちるのは、もうすぐだ。



「瘴気は感じられぬ……かの? ふむ、犯人がおらぬのかそれとも瘴気を感知せぬ相手なのか。どっちなのじゃろうのぉ」
 瘴気結界を発動させても何も感知できず、桜は首を傾げる。
 昼間道端に置いた魚油は、今もまだ道端に転がっていた。
 隣の中書令は、懐中時計を見ながら時間を確認している。
 黒光りする本体に白で刻まれた文字は、薄暗い中でも良く見えた。
「灯してから、約20分程度で明かりが消える事が多いそうです」
 中書令が目の前の街灯を灯してから、凡そ15分ほど経っている。
 ただ待つのも時間の無駄だから、既に別の街灯にも明かりを灯し戻ってきたのだ。
「来るとしたら、そろそろかの」
 中書令と二人、物陰に潜む。
「……残念ながら、現れないようですね」
 中書令が溜息をつく。
「場所が決まっておらぬからの」
 二人、地図を見ながら次の場所へ向かっていく。 

 ユリアは魚と、とあるものを混ぜた秘密兵器の匂いに、苦笑する。
「その香りを嗅いでいると、ちょっとふわふわした気持ちになるね」
 黒い耳をぴくぴくっとさせて、フレスが足取り軽やかに街灯に登る。
 ユリアの用意した特別な魚油を街灯に補充して、ランタンから火を分ける。
 ほわっと灯る街灯は、何度見ても美しかった。
「猫のアヌビスだったら、ふわっとなるどころじゃなかったかもね」
 秘密兵器の確かな威力を感じ取り、ユリアは勝利を確信していた。

(「ここには、何もなさそうか」)
 陸王は明かりの届かない路地裏を覗き込む。
 地図をランタンで照らし、現在地を確認する。
 陸王は街灯を灯すだけでなく、見過ごされがちな路地裏も丁寧に見回っていた。
 怪しい影があれば、すぐに見つけれそうだった。
 陸王は虱潰しのように、丁寧に丁寧に町を歩き、地図を埋めていく。

「本当に、綺麗だよねえ」
 高台から町を見ろしていたエルレーンは、その光景に感嘆の溜息を漏らす。
 一つ、また一つ。
 暗闇の中に灯っていく街灯は、まさに幻想的。
 けれどその幸せな時間は長くは続かなかった。
「……あれ?」
 南の街灯が一つ、消えたのだ。
 エルレーンがはっとして地図を見る。
「南の街灯は、もう点いていたはずだよ?!」
 灯った場所をきちんとチェックしていたのだ。
 間違いない。
 エルレーンは呼子笛を思いっきり吹いた。


 呼子笛の音色に、全員はっとする。
 一番最初に現場に駆けつけたのは、中書令と桜だった。
 消えた街灯の前で、中書令が時の蜃気楼を使う。
 するとどうだろう?
 次々と集まってくる開拓者の目の前で、蜃気楼が今ここで何が起こっていたかを再現した。
 美味しそうに、灯る街灯の油を舐める仙猫。
「仙猫ですねっ」
「次の場所はこっちだ!」
 犯人―― 四本の尾を揺らして仙猫が去っていった方向に開拓者達は走る。
 仙猫が次の街灯によじ登った時、開拓者達は追いついた。
 気づいた仙猫が即座に逃げようとするが、桜が叫ぶ。
「おっと、逃げる前に話しを聞くのじゃ。お主が聞くのであれば、ここに残ったものはあげてもよいぞ?」
 たっぷりと買っておいた魚油の袋を、桜は高々と掲げる。
 仙猫は鼻をひくつかせ、その中身が何かを察したようだ。
「そうそう、美味しい魚も用意したわよ?」
 そういいながら、ユリアはバケットから笑顔で魚を取り出してみせる。
 笑顔でありながら、しっかりと仙猫の退路を絶つ位置にいるのは流石だ。
(「仙猫だとみやぶられちゃうかな?」)
 ナハトミラージュを発動させ、自身を蜃気楼のように隠したフレスは、そうっと仙猫の街灯に近付き、身軽さを生かして登っていく。
「あなたはなぜ街灯の油を欲するのですか。油ならそんな事をせずとも手に入るでしょう」
 中書令の質問に、仙猫はふるふると首を振る。
『あったかいのがいいにゃー。街灯の油は、火が点くと、程よく溶けてあったかくて、美味しいにゃー』
「ね、猫舌はどうなっているのかな?」
 エルレーンが目を丸くする。
『吾輩は猫じゃないにゃー。美味しいのにゃぁ』
 ぺろり。
 幸せそうに街灯の油を舐める仙猫の言葉に、嘘はないようだ。
「あんたが舐めて街灯を消してしまうから、町の人々は本当に困っているんだ。辞めてくれないか」
『むむーん? 吾輩から油を奪う気かにゃ?』
 直球な陸王にむっとする仙猫。
 軽く攻撃態勢に入って――
『にゃ? にゃんにゃか、目が、回るにゃ……』
 ぐらりと体が傾いた。
「危ないんだよっ」
 街灯に登っていたフレスが仙猫を抱きしめるが、崩れたバランスは戻らない。
「わわわわっ?」
『にゃにゃにゃっ!』
 一人と一匹、街灯から真っ逆さまに落下!
 だがしかし、地面に激突する事はなかった。
「気をつけないと危険だぞ。こうゆう事もあるんだ、外灯から油を舐めるなんて無茶はしないほうがいい」
 フレスと仙猫をしっかりとキャッチした陸王が、仙猫を嗜める。
(「ふらついちゃったのは、秘密兵器のせいなんだけど。ここは一つ、黙っておきましょうか」)
 秘密兵器の絶大な効果にご機嫌なユリア。
 ユリアは、魚油にマタタビを混ぜ込んでいたのだ。
「オイルをとらないでもらえるなら、こちらの司空家の糠秋刀魚を差し上げましょう」
 フレスの腕の中の仙猫に、中書令が秋刀魚を差し出す。
『司空家の糠秋刀魚! それは絶品にゃ!』
「魚屋から油をもらえるようにお願いするから、明かりを消しちゃうのはやめてもらえるかな? 今この町では明かりが消えるのを怖がって点灯夫が辞めちゃったりしてるの。明かりが消えるって些細なことかもしれないけど、意外と大変なんだからね?」   
 叱りつつ、ちゃっかり仙猫を撫で撫でしているのはエルレーンだ。
「脚立も必要とせずに街灯に登れるあんたなら、点灯夫として雇ってもらう事も出来るだろう。そこの報酬に温かい油というのを提示すればいい」
 陸王も就職先を提案してみる。
「美味しいお魚も報酬にどう? 街もいざという時に協力してくれるあなたがいれば歓迎すると思うわ」
 仙猫は本来ならアヤカシと戦えるほどに手強い相手なのだ。
 ユリアの秘密兵器でほわほわに酔っている今だからこそ、こんなにも大人しく、猫のように抱きしめていられるが。
『わかったにゃ。こんなに美味しい思いを出来るなら、点灯夫になるにゃ!』
 美味しい魚と暖かい油。
 その二つを絶対条件に頷く仙猫。
 こうして、点灯夫として就職することになった仙猫は、点灯夫達にも深く詫びて、一緒に明かりを灯す事になった。
 辞めてしまった点灯夫達も、犯人が愛らしい仙猫だったとわかれば、きっとみんな戻ってきてくれるだろう。
 一つ、また一つ。
 街灯が灯ってゆく。
 暗闇だったポアリュアの夜に、明かりが戻ってきたのだった。