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■オープニング本文 その日、ジルベリア最北領の北の町ジュディアでは、今年一番の突風が吹いた。 街の北から、港の村付近まで並んだいくつもの風車が、一斉に大きく羽根を回す。 風車を動力源とした製粉が始まり、石臼の中の小麦粉が勢い良く粉にされてゆく。 「良い風だべ〜」 牧場主が、嬉しそうに頬をほころばす。 従業員達も忙しくはあるものの、気持ちの良い風に自然と笑みがこぼれた。 白いとんがり帽子をかぶり直し、刺繍の入ったエプロンのリボンを縛りなおす。 風車の側を、羊を引き連れた羊飼いが通りかかった。 長閑なのどかな、初夏の風景。 そんな時だ。 嫌な音が周囲に響いたのは。 グキンッ……―― 「いまの音は〜?」 牧場主と従業員が風車を見上げる。 羊たちも何事かと、めぇめぇと騒ぎ出す。 ビキビキビキ、グキンッ……! 皆が見守る中、破滅的な音を響かせて、風車の羽根がぐらりと傾いた。 「きゃーーーっ!」 「そんなっ?!」 ガシャン……ッ―― 風車の羽根が根元からボキリと折れて、地面に激突! しかも一つだけではない。 周囲にあった数十台の風車が一斉にだ。 咄嗟に、転がる羽を押さえようとした従業員に、どこからか小さなカマイタチが迸る。 悲鳴をあげて逃げる従業員。 ひょこん! 「ひっ?!」 何処からともなく、小鬼の様な姿のアヤカシが出現し、風車の羽根を崖まで転がして蹴っ飛ばした。 怪我人が出なかったのは奇跡としか言いようが無い。 風車の側の製粉倉庫からも物音が聞こえ、先ほどのアヤカシと同じ姿のアヤカシが小麦粉の麻袋を破って振り回した。 風車の天辺に、何か影が見える。 『クキキキキキッ!』 小鬼のような黒い身体に、巨大なコウモリの羽。 いま崖まで羽根を転がしていったものと同じ姿のアヤカシが数十匹。 その手に風の刃を出現させ、風車を壊して笑っていた――。 |
■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
白漣(ia8295)
18歳・男・巫
ナキ=シャラーラ(ib7034)
10歳・女・吟
八甲田・獅緒(ib9764)
10歳・女・武
久郎丸(ic0368)
23歳・男・武
黎威 雅白(ic0829)
20歳・男・シ |
■リプレイ本文 ● 「風車、か……ジルベリアの暮らしには、欠かせぬ、もの……だな」 フードを目深に被った久郎丸(ic0368)は、現場の惨状に目を伏せる。 風車を壊したウィングコボルト達は、騒ぎを聞きつけて駆けつけた開拓者達の前で、まだこの地で遊び尽くしていた。 無邪気に、無邪気に。 楽しげに遊んでいるかのようなウィングコボルト達。 (「たかが、遊びで、生活を壊されては……農民が、報われん……」) 悪気はないのかもしれない。 だが、見過ごす事もできない。 「……行けるか、瑠玖」 短く相棒の瑠玖に問う。 からくりの瑠玖は、久朗丸の言葉にこくりこくりと数度首を縦に振った。 駆けつけたのは久朗丸だけではない。 次々と開拓者が集まってくる。 「酷い……絶対許せないんだからなっ!」 天河 ふしぎ(ia1037)は小麦粉袋を投げているウィングコボルトにペリドット色の瞳を怒りに燃やし、即座に背負っていたアーマーケースを取り出した。 手馴れた操作は一瞬で、アーマーのX3『ウィングハート』は起動される。 3mの巨体は頼もしく、乗り込むふしぎは愛用のゴーグルを頭から顔へクイッと下げる。 「X3起動……行くよ、ウィングハート!」 その重さを十分に感じさせる重厚な足音は大地に響き渡り、ウィングコボルト達が一斉にふしぎに振り向いた。 「酷い被害だなあ、出来るだけ元通りにしなきゃ! でもなんか、一斉にこっち向いてるよっ?!」 ふしぎと共に来ていた白漣(ia8295)は、一斉に振り返るウィングゴブリンにびくっとして、みたらし団子をごくりと飲み込んだ。 危うく喉に詰まりそうで、ちょっと喉がひりひりする。 もふらのもふあめも、もふっと白漣の側に寄り添った。 でもきっと、何が起こっているのかはわかっていない。 「こんな良い風が吹いてんのに、気分悪くなるような事してんじゃねぇよ」 残された風車を回し、草原を吹き抜ける風に目を細めながら、黎威 雅白(ic0829)が舌打ちする。 迅鷹の螺鈿は、そんな黎威の上空をくるくると回っている。 「うー、風車を壊すなんて悪戯にしても酷すぎるのですぅっ、お仕置きしてあげないといけませんですぅ!」 ウィングゴブリンの視線にびくびくしながら、八甲田・獅緒(ib9764)は相棒の獅土の背に隠れる。 「隠れてどうするよ。お仕置きってか、殲滅だけどねぇ?」 土偶ゴーレムの獅土は怯える獅緒を前面に出しつつ、両手に持った双刀をカチャカチャと鳴らす。 そしてみんながウィングゴブリンと真正面から対立した頃。 ナキ=シャラーラ(ib7034)は駿竜のセリム・パシャと共に遥か上空を飛翔していた。 その高さはウィングゴブリンをナキがギリギリ視認出来る距離。 「へっ、数だけは多いな! 纏めてぶっ潰してやんぜ!」 不敵に笑って、ナキはタイミングを見計らう。 ● 「大事な小麦粉があんなに! 食べ物の恨みは恐ろしいですよー!」 白漣が愛らしいほっぺたをぷくっと膨らませて、お団子をぶんぶん振るう。 もふあめが食べたそうに背伸びした。 「これ以上好きにはさせない、お前達の相手は僕とこのウィングハートだ!」 ふしぎがウィングコボルトとの間合いを一気につめる。 ウィングコボルト達が口々に「キキキッ!」と鳴いて迎え撃つ! 羽根のあるもの達は即行で空へ飛び立ち、無いもの達は強靭な足でキックを繰り出す。 だが胸に輝く旗印はそんな事ではビクともしない。 ふしぎの突撃を正面から受けた二匹のウィングコボルトは即座に自分達がした事の愚かさを悟った―― 瘴気に還る事によって。 「こっちには行かせないよ!」 白漣がウィングハートから逃げようとするウィングコボルトに、精霊の小刀とお団子を振り回して逃げ道を塞ぐ。 しかしウィングコボルトも必死だ。 もともと遊んでいただけなのに瘴気に還されたのである。 反撃と脱走と混乱とが入り乱れている。 「あ、あ、危ない……」 「きゃあっ?!」 獅緒に不意をついて飛び掛ったウィングコボルトを、久朗丸の雷槍「ケラノウス」が叩き落し、獅土の双剣が刻み切る。 「ふふん、獅緒に手は出させないんだぞ、と」 むんっと自信満々に胸を張る獅土。 「こ、こわいんですけど、追い込み開始なのですぅ。が、頑張って追い込んでいきますよぉ」 赤い瞳を瞑りそうな勢いで、獅緒は拳でウィングコボルトを迎撃! 怯えながらもふしぎを中心とする追い込み箇所に向けてぶん殴る。 「キキキキッ!」 怒って尻尾をしならせて襲ってくるが、 「おっと、この体で受け止めさせてもらうんだぞ、と」 獅緒に触れる事など獅土が許さない。 獅土がビシッと尻尾鞭をその身で受け止めて、ウィングコボルトが怯んだ隙に獅緒の拳が! 瘴気に還るほどではなくとも、獅緒の一撃でウィングコボルトはじりじりと後退し、予定通り追い込まれていく。 「ま、適度にダメージは与えておくぞ、と」 獅緒にあわせて、獅土も切り刻みながら追い詰めていく。 「そこにいるのはバレバレなんだよ」 耳を研ぎ澄ませていた黎威が、物陰から飛び掛ってきたウィングコボルトを迎撃する。 跳躍で一気に間合いを詰めて来たウィングコボルトだが、黎威に振るった尻尾はそのまま彼の腕に絡めとられた。 「てめぇのやった事、後悔させてやるよ」 フッと嗤って黎威は腕に巻きつけた尻尾をけして離さず、そのまま勢いをつけて地面に振り下ろす。 断末魔の叫びを上げて消えるウィングコボルト。 追い込まなければいけないのでは―― そんな瞳で見つめてくる螺鈿には、「まぁ、仕留めれたんだしいいだろ」と苦笑する。 「行いを……償え。悪鬼、め」 白緑のネライトと、宝珠を連ねた念珠を掲げ、久朗丸はウィングコボルトを祓う。 「こっちに来たら斬っちゃうよ!」 えいっと白漣が精霊の小刀を振るうと、飛び掛ってきたウィングコボルトの尻尾を切り落とす。 僕だって戦えちゃうんだからと、白漣はガッツポーズ。 でもちょっぴり体が震えていたりとか。 羽根のあるウィングコボルト達は次々と空に逃げてゆくものの、地上の敵は逃げれない。 次第に囲まれてじりじりと一箇所に追い詰められてゆく。 (「今だな!」) 状況をしっかりと確認していたナキが、パシャの高速飛行で一気に上空から地上に急降下! 影の位置まで計算したその急降下は、ウィングコボルト達には察しようが無かった。 「いっけぇええええええ!!」 叫び、精霊の狂想曲、発動! ジャンベ「アースサウンド」を激しく叩き、響き渡る曲はウィングコボルト達を混乱へと誘う。 「僕の踊りで、みんなに力を!」 白漣が袖をなびかせながら舞を舞う。 彼の頑張る舞はみんなの力を沸き立たせ、戦う力を強化する。 「これは、風車を壊された町の人達の分。僕達は、人々を苦しめるものを決して許さない!」 ふしぎが豪剣「リベンジゴッド」を横薙ぎに払う。 追い込まれていたウィングコボルト達の大半は避ける事すらできずに上半身と下半身が別れを告げた。 「螺鈿、止めろ」 黎威が命じた瞬間、螺鈿はウィングコボルトの放つ風の刃を消し去るべく、自身の羽で風斬波を放つ。 鋭い風はウィングコボルトの風の刃を巻き込み消し去り、そして放ったウィングコボルトさえも切り刻んだ。 ● 地上のウィングコボルトが一気に消え去り、脅威が緩んだかに見えた。 だが敵は数が多い。 打ちもらしたウィングコボルトが跳躍、一気にふしぎとの間合いを詰め、強靭な脚力から繰り出すキックが! 「当たらないよ!」 ふしぎは一気に機体を逸らし、キックを避けきる。 避けられたウィングコボルトは憎々しげにふしぎにキキキッーッと叫んだ。 (「身体が軋む……でもこの位。街の人達の苦しみに比べたら」) 強引な機体操作は、そのまま搭乗者へのダメージに繋がる。 全身を襲った痛みに、ふしぎは端正な顔を歪めた。 「ふしぎさん、無理しないで!」 長年の付き合いで、彼の身体にどれ程の苦痛が加わったかを瞬時に悟った白漣が、即座に神風恩寵を唱える。 苦痛に耐えるふしぎを、白漣の優しさが風と共に包み込んだ。 「治療の邪魔はさせねーぜっ!」 ナキが黒い鋼の銅線を放つ。 治療する白漣を狙ったウィングコボルトが羽根を切り落とされて地上に激突した。 「……喝ァッ!」 久朗丸が一喝を放つ。 今まさに小麦袋を投げつけようとしていたウィングコボルトがびくっと反応し、袋を取り落とす。 一喝の効果だったのか、久朗丸の気迫に驚いたのかは不明だが、倉庫から数匹のウィングコボルトがわらわらと出現! その手に持っているのはやはり小麦袋だ。 ウィングコボルト達は枕投げよろしく小麦袋で遊びだす。 「食べ物は粗末にするなと、教わらなかったか?」 黎威が不快感を隠しもせずに瞬時に間合いを詰める。 そして跳躍で逃げようとしたウィングコボルトを、思いっきり低空飛行していた別のウィングコボルトに飛び乗ってそのまま勢いよく蹴り上げた。 足場にされたウィングコボルトは地面に墜落してのた打ち回り、黎威の不意打ちともいえる蹴りをまともに受けたウィングコボルトは叫びながら瘴気へ。 「…そ、空、は……」 地上にいれば、やられる。 そう学習したウィングコボルト達は、背中の羽をはためかせて上空からの攻撃にシフトしてくる。 いくつも放たれる風の刃が久朗丸を切り刻んだ。 「くっ……」 刻まれた身体の痛みに苦痛が漏れる。 白漣が即座に駆け寄って久朗丸の背を擦りながら癒しの風を作り出す。 「なんだあいつ、錯乱が効きすぎたか?」 練力を無視して風の刃を無数に降り注がせるウィングコボルトに、ナキが舌打ちしながらその目の前にパシャを寄せる。 攻撃対象を久朗丸からナキに写したウィングコボルトは、駿竜の素早い動きに追いつくのに必死で、誘導されている事に気づかない。 「私の攻撃が痛くないと思ったら、間違いですよぉ!」 誘導されていつの間にか獅緒の射程距離に入ってしまったウィングコボルトは、獅緒の霊戟破で強化された拳にクリティカル! 思いっきり吹っ飛んで、そのまま消し飛んだ。 「瑠玖、は……ど、どうし、た……?」 無口な瑠玖は、無言で手にした弓を久朗丸に振ってみせる。 「ああ……ならば、弓で……俺を、援護して、貰おう……」 久朗丸は瑠玖の意図に気づき、槍を天に向かって放つ。 狙いは、無論空を飛び交うウィングコボルト。 久朗丸の槍を追うように、瑠玖の弓が弧を描いてウィングコボルトに突き刺さる。 一本、二本。 そして、槍。 二人の連携した攻撃は一体、また一体と確実に息の根を止めてゆく。 「僕だって、心に翼を持ってるんだからなっ!」 ふしぎの放つ弓も、また一体のウィングコボルトを撃ち落す。 「子供の悪戯にしちゃぁ、やり過ぎだろ」 黎威が最後の一匹にダガーを放つ。 ● 「大丈夫ですか? お疲れさまです、あと少しですよっ」 ウィングコボルトが消えたその場所で、白漣はみんなを集めてもう一度神風恩寵を唱える。 「助かりますぅ」 「元気になれるな、っと」 「れ、礼を、言う……」 皆口々に白漣に礼を言いながら、最後の仕上げに取り掛かる。 そう、風車の修理だ。 「白漣、材木運びは任せたよ。よろしくね」 ふしぎは、準備よく用意してきたチェーンソーで、森の木の伐採を始める。 もちろん、街の人達に切って良い木を確認してからだ。 アーマーの巨体は戦闘に主に使われるが、こんな使い方もあるのかと感心させられる。 「はーい、ちゃんと木材受け取りましたっ」 ぺこりっと小首を傾げて笑って、白漣はもふあめを探す。 木材を運ぶのを手伝ってもらいたいのだが……寝てる。 森の片隅の丁度良い石を背に、すやすやと眠っている。 木漏れ日があったかそうで、羨ましいレベル。 「もふあめ、出番ですよー。後でお饅頭あげるから頑張って!」 「もふっ?」 こそっと居眠りしていたもふあめだが、お饅頭の言葉に飛び起きてもっふりもっふり白漣に擦り寄った。 (「まったく、食べ物で釣らないと動いてくれないんだから……」) そんな事を思いつつ、白漣はもふあめの背にふしぎの切ってくれた木材を積んでいく。 「後はこれを出来る限り直してしますのですよぉ。このままじゃ可哀想ですぅ」 風車を直すために腕まくりする獅緒に、獅土は思いっきり不満の声を漏らす。 「え、俺は力仕事か? 面倒さいんだぞ……」 「なにか、いいましたかぁ?」 にこにこにこ。 獅緒が笑顔で獅土を問い詰める。 もちろん、目は笑ってない。 「……文句なんてありません。はい、頑張りますヨ? ええ、全力でいくヨ?」 こくこくと頷く獅土に、獅緒は満足げに機嫌を直す。 「な、俺も風車治すの手伝いてぇんだけど、どれからやったら良い? やっぱり肝心なのは木材?」 黎威は口調こそキツイものの、中身は心優しい青年なのだろう。 率先して木材運びからカンナによる加工まで、丁寧に作業していく。 「おーし、結構形が残ってるじゃん!」 パジャと共に崖下に確認に行ったナキは、ご機嫌に口笛を吹く。 そこには、完全に壊れてしまったものももちろんあるが、多少の修理で十分使えるレベルの風車の羽根が残っていたのだ。 「わりぃ、久朗丸! おまえロープ引っ張るの手伝ってくんね?」 「お、俺で、よ、よいなら……」 水着姿が普段着のナキに、久朗丸はいつもに輪をかけてしどろもどろ。 戦闘中は一切気にならなかったのだが、こうして落ち着くと目のやり場に困りまくる。 「大丈夫か? 熱でもあるんなら白漣に治療してもらうか?」 ナキが怪訝な顔をして久朗丸を覗き込む。 「だ、大丈夫、だいじょうぶ、だっ……」 青白い頬に赤みを刺して、久朗丸は必至にロープの端を握る。 (「お、俺は、ロープを引っ張る、引っ張るだけだ、み、みていない……」) 呪文のように心の中で唱えて、久朗丸は瑠玖とナキと共に風車の羽根を引き上げる。 難題だった風車の羽根の取り付けも、意外と素早く終わった。 「僕が支えてるから、今のうちに」 アーマーでしっかりと支えてもらっている隙に取り付ければ、無駄な足場が少なくてすむし、何より安全だった。 風が吹く。 からからと音をたて、風車が一斉に回りだす。 壊された風車は、皆、元通りになっていた。 町の人に笑顔が戻り、羊飼いもまた、草原に姿を現した。 みんなが風車に笑顔になる中、羊の一匹に、ナキがこっそりと忍び寄る。 ぎゅうっ。 おもいっきり羊を抱きしめて、草原に横たわるナキ。 「一度、やってみたかったんだ♪」 もふもふの羊を抱きしめて、風車を眺めて。 いつまでもいつまでも優しい時間が流れていった。 |