天空のポアリュア
マスター名:霜月零
シナリオ形態: イベント
危険 :相棒
難易度: やや難
参加人数: 27人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/06/09 03:15



■オープニング本文

「なんや、あれ」
 それは、青丹(あおに)が瓦版を配っている時だった。
 ジルベリア最北領スウィートホワイト。
 その南の町ポアリュアから東の空に、巨大な積乱雲がみえる。
 夏にはまだ早く、青い空にその雲は、青丹の瞳には奇異に映った。
 立ち止まり、じっと見つめる。
(なにがでてきとんのや……)
 何かが、積乱雲の中から出てきている。
 一匹、二匹ではない。
 数匹、数十匹とその数は増している。
 青丹は嫌な予感を押し殺しながら、懐に入れておいたアメトリンの望遠鏡を覗き込む。
 次の瞬間、青丹は叫んだ。
「全員、逃げるんや!」
 街の人々が何事かと振り返る。
 青丹が覗いた望遠鏡には、飛行系アヤカシが集団で出現している姿がはっきりと映し出されていた。
 このままでは、街が危ない。
「そんなに慌てて、どうかしたんかの〜?」
 青丹の焦りを中和するかのように、のんびりとした声があがる。
 町長だ。
 人のよいおばあちゃんは、青丹を心配そうに見上げている。
「えぇところに! いいか、落ち着いて聞いてや。街の人々を今すぐ避難させて欲しいんや」
「ほえ?」
「アヤカシが襲撃してくるんや! もう時間がない。あたいが迎撃に出て時間を稼ぐさかい、ばぁちゃんは頑丈な建てもんの中にみんなを避難させたってや」
「あわわ、アヤカシ……頑丈な建物……」
「ばぁちゃんの館なら、それなりに頑丈やろ? 警備の志体持ちもおったはずや。ばぁちゃんがわからへんかったら、秘書のねーちゃんを頼るんや。臨時開拓者ギルドに助けも求めといて欲しい。あいにくあたいが説明しとる暇はないんや。ばぁちゃん、焦らしてごめん……。こい、金成!」
 最後に駿竜の金成を呼び、青丹は飛び乗る。
「時間、稼ぐで」
 一気に空に舞い上がる。
 青丹一人で止められる量ではない。
 それでも、住民が避難する時間を稼がなくては。
 きりっと唇を噛み、青丹は東の空へと飛び去ってゆく。


◆アヤカシ情報◆
 青丹が確認出来ただけでも、数十体の飛空系アヤカシが存在します。
 積乱雲から随時出現可能性あり。

『白羽根玉』×数十体
 直径30cm程度の球形をしています。
 白く可愛らしい雰囲気とは裏腹に、数が集まれば集まるほど共鳴を起こし、強さが増します。
 吐き気を伴う頭痛や、幻覚を見せてきます。

『クリッター』×数十体
 黒く不定形なアヤカシです。
 50cm〜3mぐらいまで。
 吸血してきますが、防御はあまり強くなく、数が多い事以外はさしたる敵にはなりえないでしょう。

『スケルトンドラゴン』×5体
 竜の骨の姿をしています。
 5m〜7m
 強敵です。
 飛行、無痛覚、瘴気ブレス、小再生。
 5体の内2体が、『麻痺ブレス』使用。
 ブレスを浴びると、2〜数ターン、体が麻痺し、全ての能力値が下がります。
 どの竜が麻痺を使うかは不明。
 また、攻撃力も高いので要注意です。

『スカイホエール』
 真っ白な鯨の姿をしています。
 体長10mの超大型アヤカシです。
 今回最大の敵といえるでしょう。
 超大型、飛行、全周怪音波、回転攻撃、落下攻撃。
 回転攻撃は、その場で体を捻り転がり、落下後も発動させれます。
 落下攻撃は、その全体重で落下してきます。
 防御無視です。
 下敷きになればただでは済まされません。
 雄叫びを3度あげたあと、発動します。
 巨体なだけあって動きは緩慢で、攻撃をよけることは然程難しくはないでしょう。
 また、体のどこかに弱点たるコアがあるようです。
 コア以外への攻撃は、あまり効きません。(全く無意味ではなく、効果が薄い状態です)


■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / アーニャ・ベルマン(ia5465) / 菊池 志郎(ia5584) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / 和奏(ia8807) / アルクトゥルス(ib0016) / エルディン・バウアー(ib0066) / デニム・ベルマン(ib0113) / ヘスティア・V・D(ib0161) / 明王院 千覚(ib0351) / ルヴェル・ノール(ib0363) / 杉野 九寿重(ib3226) / 御鏡 雫(ib3793) / マルカ・アルフォレスタ(ib4596) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / 赤い花のダイリン(ib5471) / アルバルク(ib6635) / レムリア・ミリア(ib6884) / トィミトイ(ib7096) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / ジェーン・ドゥ(ib7955) / 伊波 楓真(ic0010) / 久郎丸(ic0368) / エドガー・バーリルンド(ic0471) / アオ(ic0773


■リプレイ本文

●舞い上がれ、開拓者達!
 空を覆うアヤカシの大群に、次々と開拓者達が迎撃に向かう。
 広大な空を制するのはアヤカシか、開拓者か。
 相棒の力を借りて、開拓者達は空へと昇ってゆく。
 

(「初めての空戦……」)
 空を覆わんばかりにあふれたアヤカシ達に、アオ(ic0773)は不安を隠せない。
 美しい青空も、アオの目には冷たく映る。
 まだ開拓者として依頼をこなし始めて日は浅く、いまアオの命を預ける駿竜には、名前すらない。
(「やっと、懐いてきてくれたのに」)
 深い絆で結ばれているとは言い難く、アオの言葉の全てを理解してもらえるとも思えない。
 そんな状態でアヤカシの元へ駿竜と共に舞い上がる。
 不安ばかりがアオの心にのしかかる。
 やるしかないのだ、それでも。
 アオは、きゅっと口を引き結び、飛んできた黒い不安定な物体に思いっきり拳をぶつける。
 怯えながらもぶつけた拳は、クリッターを空から地上へと落としてゆく。
(「できる……」)
 確かな手ごたえを感じて、アオはもう一度拳を握り締める。
 一気に突っ込んできた白羽根玉は、駿竜がスッとかわしてアオを守り、アオもまた頭を低くしてぶつからないようにする。
 頬に当たる風は、地上より遥かに冷たいけれど、アオも駿竜も怯まず飛び続ける。
 突っ込むことは出来ない。
 でも、はぐれて来た敵を逃さず仕留める事は出来るのだ。
 駿竜がその強力な顎で白羽根玉を砕くと、アオは力強く頷いて、さっきよりももっともっと自信を持った一撃をクリッターに叩き込むのだった。

 
「まっ、せいぜい楽して稼がせて貰うとしますかねぇ」
 エドガー・バーリルンド(ic0471)は、慣れた手つきで駿竜のサラディナーサの手綱を操る。
 大量のアヤカシ。
 その中にあって、彼はとても冷静だった。
 開拓者としてはまだ半年ほどであっても、ジルベリアの傭兵団隊長としての貫禄は決して失われない。
(「意外と多く集まってるねぇ」)
 彼は戦場を飛び回り、開拓者の数を把握する。
 急な事態ではあったが、エドガーが思うより多くの開拓者がこの空に集結していた。
「おっと、そう不機嫌になりなさんな」
 エドガーは、早く前に出ろというように低く唸るサラディナーサの頭を撫でる。
「悪ぃな、サーラのお嬢さん。傭兵は足で稼ぐのが商売。戦うだけが仕事じゃないんでね」
 不服そうなサラディナーサを諭して、エドガーはもっとも戦力が不足している白羽根玉の集団に向かってゆく。
 マスケット「シルバーバレット」に手をかざし、すれ違いざまにクリッターを撃ち落すと、サラディナーサが満足げに美声を響かせた。
「デカブツなんかたぁ、やりあいたくねぇしな」
 そう呟くエドガーの遠方には、巨大なアヤカシ―― スカイホエールが悠然と弧を描いていて空を泳ぐ。
 サラディナーサが一番手強いであろうそれに向かおうとするのを手綱捌きでいなして、エドガーは再びマスケットを構える。
 狙うのは無論スカイホエールではない。
 うっとうしく纏わりついてくるクリッターだ。
 エドガーの一撃で落ちる弱さなれど、数が膨大だ。
 だがサラディナーサもただ飛行しているわけではない。
 気性の荒い彼女が纏わりついてくる雑魚を許すはずもなく。
「やるねぇ、お嬢さん」
 サラディナーサがその鋭い爪で白羽根玉を切り裂くのを、エドガーはにやりと笑う。
(「この調子なら、案外早く片がつくかもしれないねぇ」)
 手薄な場所を確認し、援護と増援を知らせながら、エドガーは更に戦況を観察し続ける。


(「アヤカシの群れ……多い、な」)
 久郎丸(ic0368)はフードを深く被りなおす。
 駿竜の礼聞号は大空を自由に飛び回る。
 わかっているのだ。
 主人たる久朗丸がこれからなにをしようとしているのかを。
「……行くぞ、礼聞。人々を、助ける」
 短く呟く久朗丸の言葉に、礼聞号は答えるようにより一層速度を増す。
 その時だ。
 久朗丸の頭部に痛みが走ったのは。
 我慢出来る痛みだが、元凶を見つけなくては。
「……春雨に霞む柳の如く。……雨絲煙柳」
 低く呟く呪は、久朗丸の抵抗力をあげ、白羽根玉の見せる幻覚に惑わされなくなる。
 つきつきと痛んでいた頭が軽くなり、黒い瞳が見据える前方には白羽根玉。
 久朗丸は一気に白羽根玉に突っ込む。
 急に動きの良くなった久朗丸に白羽根玉は戸惑いを見せながらもぎりぎりで避け、久朗丸ではなく礼聞号に標的を変える。
「礼聞……もう少しだ、も、もう少し、耐えろ」
 礼聞号は先ほど久朗丸が受けたのと同じ痛みを与えられているのだろう。
 苦しげに身体を曲げ、それでも決して久朗丸を落とさぬよう耐えている。
「落ちろ……! こ、これ以上、礼聞を、く、苦しめさせは、せぬ……っ」
 痛みを押し殺し、体勢を立て直す礼聞号の上から、久朗丸が雷槍「ケラノウス」を白羽根玉目掛けて投げ放つ。
 精霊力を帯びて速度を増したケラノウスは、白羽根玉を瞬時に瘴気へと還す。
「まってろ……今、治す。……すまない……無理をさせた……」
 礼聞号の背を撫でながら、久朗丸は念珠「翡翠連」に祈りを捧げる。
 久朗丸の祈りと念珠が媒介となり、礼聞号の精霊力がその身体を癒してゆく。

 
「おうおう、賑やかだねえ……」
 風読のゴーグルを少しずらし、アルバルク(ib6635)は楽しげに呟く。
 眼前に溢れる大量のアヤカシの群れ―― 白羽根玉とクリッターに狙いを定める。
 彼ほどの開拓者ならスケルトンドラゴンやスカイホエールにも引けは決してとらない。
 だがあえて彼はそれらには向かわず、数を減らすことに専念する。
「数っていうのは、馬鹿にできねえ」
 アルバルクが背を低く保つと、駿竜のサザーがより一層速度を増して白羽根球の集団へ突っ込んでいく。
 数が多いだけで、さしたる防御力を持たない小さなアヤカシの集団は、急接近して貫いてゆくサザーの剣角「白古骨」に次々と消し飛んでゆく。
 何匹も、何十匹も貫こうと、白古骨はその鋭利さを失うことなく、殲滅速度は揺るぎない。
「おう、そこのちいこいの! ちょいとおっさんにつきあいな!」
 アルバルクはサザーにだけ任せずに、鍛え上げたシャムシール「アル・カマル」を腰から引き抜く。
 細く白銀に輝く刀身が和紙を切るかのような容易さで、数十匹単位のクリッターを裂いてゆく。
「……ふっ、数だけはほんとに多いねえ」
 ボリボリとぼさぼさの頭を掻きながら、アルバルクは今自らの腕に張り付いてその血を吸ったクリッターを叩き落とす。
 そう、数の多さ。
 彼が懸念したように、その多さは脅威。
 一体一体はごく僅かの戦力しか持たずとも、数が多ければ多いほど、全て同時に一撃ではしとめれず、仕留めれなければこうやって反撃の機会を与えてしまうのだから。
 もっとも、そんな多少の抵抗に欠片とて怯むアルバルクではない。
「サザー。デカイのをかましてやりな。主砲撃てー!」
 アルバルクが叫ぶと同時に、サザーが鋭い咆哮をあげる。
 その声は風の精霊達から力を得、風の刃を作り出し、この大空に嵐のように吹き荒れて敵を無数に切り刻んで消してゆく。
 最高レベルまで育てあげた駿竜のサザーだからこそ放てる龍旋嵐刃の威力は、疑うべくもない。
 すっきりとした大空を、アルバルクは満足げに飛びゆく。


「俺の名はダイリン! 人呼んで赤い花のダイリン様よ!」
 健康的な小麦色の肌をさらして、赤い花のダイリン(ib5471)は名乗りを上げる。
 誰に呼ばれるともなく名乗り続けるその名の通り、この青い空で190cmを越す長身の彼は大輪の華のように良く目立つ。
 そして彼の相棒で炎龍の紅龍登天もまた目立つ。
 赤い色の多い炎龍の中でも一際鮮やかな赤い鱗をまとう紅龍登天は、その激しい色合いとは裏腹に、ゆっくりと優雅に空を舞う。
(「空飛ぶ鯨や骨野郎みてぇな大物には、対処する奴等が向かってるみてぇだな……」)
 スカイホエールとスケルトンドラゴンにチームを作って向かっている開拓者を確認し、ダイリンは魔槍砲「アクケルテ」に練力を込める。
 手の平をかざすと、2m近くに及ぶアクケルテに瞬時に練力が満たされた。
「魔槍砲だ! 当たると痛ぇぞ!!」
 味方を巻き込まず、それでいて大量のアヤカシを範囲に納め、ダイリンは魔槍砲を思いっきり撃ち放つ。
 痛いなどというレベルでなく、アルケルテの宝珠に更に練力を加えて放たれた一撃は、ダイリンから一直線にいる数十匹のアヤカシを消し去り、さらにその余波も周囲のアヤカシ達を巻き込んでゆく。
「こいつは数十匹いけたか?!」
 最低でも十匹は攻撃範囲に収めるつもりでいたダイリンは、さすが俺だぜと胸を叩く。
 次の瞬間、紅龍登天が大きく斜めに避け、その鋭い顎で向かってきたクリッターを噛み砕く。
「おっと! ……サンキュー、トウテツ! 俺の視界の外はお前に任せた!」
 魔槍砲を撃つ為に集中するダイリンの死角は、紅龍登天が補う。
「もう一発、いっとくか!」
 ターゲットスコープを赤い瞳に宿し、はるか遠くの白羽根玉の集団へ再びアクケルケを撃ち放った。


(「まずいな……」)
 ルヴェル・ノール(ib0363)がまず最初に思ったことはそれだった。
 突然のアヤカシの襲撃に咄嗟に迎撃に参戦したものの、普段着に近いいでたちは戦闘に向いているとは思えなかった。
 もっとも、開拓者ゆえか漆黒の皮で作られた軽鎧は装備していた為、まるっきり防御力がないというわけではない。
(「無理はできぬな。とはいえ、数が多い……多少はやむを得ぬか」)
 緊急事態ゆえ、ある程度の覚悟を持って、ルヴェルは敵意を持って向かってくるクリッターに口の中で小さく呪文を唱え、聖なる光を撃ち放つ。
 光の矢は次々とクリッターを貫いてゆくが、数匹がその攻撃から逃れた。
 正確に言えば、光の矢を避けたわけではない。
 ルヴェルが次の光の矢を放つより早く、ルヴェルに接近できただけのこと。
「……っ!」
 首に飛来してきたクリッターは寸ででかわしたものの、足に飛来したクリッターは避けきれずにルヴェルは軽く呻く。
 次々と飛来してくるクリッターの群れを甲龍のラエルが龍尾で叩き落とし、ルヴェルは足から血を奪ってゆくクリッターへ光の矢を放つ。
(「傷は浅いようだな」)
 クリッターを消し去っても痛みを訴える足を、ルヴェルはそのままにして、懐中時計「ド・マリニー」を握り締める。
 黒光りするそれは精霊力を感じ取り、ルヴェルが唱えた吹雪の威力を強化する。
 吹雪に飛ばされるか弱きクリッター達はなすすべもなく瘴気へと消え去った。


「大物狙いの邪魔はさせないよ!」
 叫び、ヘスティア・ヴォルフ(ib0161)は雷槌「ミョルニル」を雑魚の群れに放つ。
 宝珠に走った稲妻は、そのまま威力となって敵を排除する。
 大量の白羽根玉とクリッターは、スカイホエールやスケルトンドラゴンへ向かう仲間達の進路を塞いでいた。
 攻撃が全く届かないわけではなかったが、雑魚の群れを払いながらの大物への接近は時間ばかりが過ぎ、非効率この上なく。
「ネメシス、速度を限界まで上げるんだ。あたしのことは気にするな」
 駿竜のネメシスは純白の身体に力を込め、ヘスティアに言われるままに速度を上げる。
 ヘスティアの長く艶やかな真紅の髪が大気に泳ぐ。
「ほらほら、命が惜しくない奴からかかってきな!」
 真紅の髪に良く映える真紅の魔刀を構え、ヘスティアは進撃する。
 刀を右に払えば数匹の白羽根玉が。
 左に払えばクリッターが。
 払えば払うほど小物が次々と瘴気へ還って逝く。
「たつにー、そしてみんな! 突撃するならいまだ!」
 叫ぶ。
 ヘスティアの切り開いた道は一直線にスケルトンドラゴン達へ伸びる。
 たつにーと呼ばれた竜哉(ia8037)が、そして接近を試みていたエルディン・バウアー(ib0066)、杉野 九寿重(ib3226)、トィミトイ(ib7096)、ケイウス=アルカーム(ib7387)、ジェーン・ドゥ(ib7955)、伊波 楓真(ic0010)、天河 ふしぎ(ia1037)の8名が、一気にスケルトンドラゴンへと突っ込んでゆく。


●スケルトンドラゴン
 竜哉は甲龍のWKMTを巧みに操り、スケルトンドラゴンのブレスをかわす。
(「瘴気か。濃いな」)
 90度コーン状に吐き出された瘴気は、はっきりと空を濁らす。
 数匹残る白羽根玉が、WKMTの全重量をぶつけながら移動する勢いに、散り散りに砕け散る。
 だがそのままの勢いでWKMTはスケルトンドラゴンに突っ込みはしない。
 十分に力を溜め、機会を窺う。
 スケルトンドラゴンはそのでかさもさることながら、スカイホエールよりも数が多い事と、麻痺を引き起こすブレスが問題だった。
 二体が同時に、その厄介なブレスを吐き散らす。
 見た目だけでは、瘴気なのか麻痺なのか、見分ける事は困難だった。
「その攻撃を、受けるわけにはいかないな」
 竜哉が操るまでもなく、WKMTが即座に身体をブレスの射程から逸らし、自身と竜哉を守りきる。
 だがスケルトンドラゴンの攻撃はブレスだけでは当然ない。
 通常の竜と同じように、体当たりをかましてくる。
「……スィエーヴィル・シルト、発動」
 冷静に呟き、竜哉は腕輪「キニェル」を煌めかす。
 小さな円盤状の飾りが盾の代わりとなり、そこから竜哉の藍色のオーラが溢れてあらゆる攻撃を無効化する障壁を構築する。
 シールドに阻まれたスケルトンドラゴンは、悔しげに呻く。
 竜哉を捕らえるはずだったその牙は、ぎりぎりと歪な軋みをあげる。
 シールドが消えた、その瞬間。
 瘴気を至近距離から吐いたスケルトンドラゴンは、確実に竜哉を捕らえたかに見えた。
「この剣に誓おう。貴様を倒すと。……聖堂騎士剣!」
 斬竜刀「天墜」―― その名の通り、竜を天から落とす刀は、竜哉の誓いと共に瘴気を切り裂き、触れた全ての瘴気を塩へと変えてゆく。
 

 風に乗り、鷲獅鳥のグロリアが飛来する。
 肩から頭にかけて白い体毛を持つグロリアの背には、ジェーン。
「止めて見せます。必ず」
 短く呟く言葉は誓い。
 街を守り抜く強い意志。
 スケルトンドラゴンは瘴気を吐き散らしながら空を汚し続ける。
「その身体にこの弾はいかほどの衝撃を与えるのでしょうか」
 構えるのはとても小さな銃。
 手の平に納まるほどのピストル「アクラブ」に瞬時に練力を込めて弾を放つ。
 二度、三度。
 連撃を放つジェーンに、スケルトンドラゴンは大きく身体を削られる。
 けれど痛みを感じぬ身体はどれほど破損しようと動き続ける。
 スケルトンドラゴンは骨の口を大きく開けて、ジェーンを、グロリアを一飲みにするかのように飛び掛ってくる。
 だがジェーン達もその場に留まりはしない。
 風の流れに乗って、グロリアが自由自在に大空を飛び、スケルトンドラゴンの攻撃をさらりとかわす。
「グロリア、流石です」
 ジェーンの褒め言葉に、グロリアは当然と言いたげにスケルトンドラゴンとの間をぐっと詰める。
「その能力、封じさせて頂きます」
 アクラブから、無銘業物「千一」―― 祖父の打った刀に持ち替えて、ジェーンはスケルトンドラゴンの口から喉を一気に切り裂く。
 悲鳴はない。
 彼等に痛覚はないのだから。
 だが瘴気ももう出ない。
 辛うじて裂かれた口から零れ出るのみ。
 

 滑空艇の星海竜騎兵に、空賊団『夢の翼』の旗が空をはためく。
 星海竜騎兵をふしぎは自身の手足のように操り、スケルトンドラゴンの正面に踊りでる。
「義の空賊として、空を汚すアヤカシ達を放ってはおけないんだからなっ!」
 ふしぎは、少女のような風貌を怒りに染めて、スケルトンドラゴンを挑発する。
 真正面からの登場に、スケルトンドラゴンは躊躇わない。
 ふしぎ目掛け、ブレス―― 麻痺を伴うそれを吐き出した。
 ブレスを避けるようにふしぎは一気に急上昇し、それを追いかけて空を登るスケルトンドラゴン。
 だが次の瞬間、星海竜騎兵はぴたりと動きを止めた。
 登り続けていた空から、一気に急降下を繰り出す。
 木葉落しだ。
 急反転、最適置、高機動、巴戦。
 四つもの技を取得していなければ出来ない動きをやってのけ、スケルトンドラゴンは星海竜騎兵の動きを捉えれない。
「甘いよ」
 スケルトンドラゴンの背後を取ったふしぎは、空に妖刀「血刀」で天の文字を刻む。
「……空を汚しきもの共、落ちろっ!」
 ふしぎの側で、何かが構築される気配がする。
 何も見えない、けれど確かにいるナニカ―― 黄泉より這い出る者。
 それが、スケルトンドラゴンを捕らえた。
 ビクンッと。
 空中で痙攣するスケルトンドラゴン。
 痛みを感じぬ身体で、けれど確実に与えられたダメージ。
「霊剣、妖刀、聖邪の力で今アヤカシを断つ……この大空で好き勝手はさせない、僕らの旗にかけて!」
 叫ぶふしぎの刀から、梅の香りが匂いたつ。
 霊剣「御雷」と、妖刀「血刀」の二刀で、ふしぎは一気にスケルトンドラゴンへ切り込んでゆく。


「久しぶりにジルベリアで避暑を楽しんでいたのに、なんということでしょう」
 エルディンは深いため息をつく。
 天儀も春から夏へと移り変わるこの季節。
 そして梅雨独特のねっとりとした気温から逃れるように、涼しいジルベリアを訪れたのはつい先日の事。
 それなのに――。
「これも、人々を救えとの神の思し召しですか」
 目の前で暴れるスケルトンドラゴンに意識を戻し、エルディンは精霊槍「マルテ」を掲げる。
 駿竜のヨハネはエルディンが術を唱えやすいように位置取りに気をつけている。
 深い絆はそのまま信頼となり、エルディンが何も言わずともその意図を感じ取り、またエルディンもヨハネに絶対の信頼を置けていた。
 ヨハネがエルディンが攻撃するのに邪魔になるクリッターを、ソニックブームの起こす突風と付随する衝撃波で消すと、エルディンが間髪おかずにアイシスケイラルを放つ。
 ソニックブームで邪魔なアヤカシが消え、一直線にスケルトンドラゴンへと開けた道。
 エルディンの精霊槍から放たれた氷の刃は、その道を真っ直ぐに、スケルトンドラゴンを捉えて突き刺さる。
(「顔馴染みが多いこの戦場で、負ける気はしませんね」)
 スケルトンドラゴンが痛みを感じない為、ダメージを与えているのかいないのか、いまひとつ感じが掴み辛い。
 だが無傷であるはずがない。
「我等が信ずる古の神よ、すべての聖霊を統べるその力にて、我等に力を与えたまえ」
 精霊槍をもう一度掲げ、エルディンは再び氷の槍をスケルトンドラゴンに撃ち放つ。
 スケルトンドラゴンを串刺しにするかのように深く突き刺さったそれは、内部で激しい冷気を巻き起こし、骨と骨の間を氷の刃が突き抜ける!
 ヨハネが再び突風を巻き起こすと、スケルトンドラゴンの動きは鈍りに鈍り、ブレスを吐く回数も減ってゆく。


 鷲獅鳥の白虎と共に空を舞う九寿重は、白虎の機嫌の悪さに柳眉を潜めた。
(「……構ってあげれなかったからですか?」)
 もともと鷲獅鳥はとても獰猛なケモノではある。
 それでも相棒となったからには、普段なら手助けをしてくれるものなのだが、今回の白虎は最後まで共に戦ってくれるのかどうかすら怪しい風情だ。
 九寿重はそれでもなんとか白虎をなだめ、スケルトンドラゴンに立ち向かう。
 機嫌は悪くとも、白虎は九寿重を主として認めている為か、命令に逆らうことなくスケルトンドラゴンを止めるべく立ちはだかる。
(「短期決戦ではありますが」)
 九寿重は練力を使い切らぬように注意しながら、冷静に矢を番える。
 黒漆で染められた弓は、青空の中にありながら霞んだ夕日のように滲んで光を帯びる。
 光を目視したであろうスケルトンドラゴンは、その攻撃にキレがなくなった。
 鈍いのだ、動きが。
 きりきりと限界まで引き絞った矢を、放つ。
 弧を描きながらスケルトンドラゴンに向かってゆく矢からは、光り輝く紅葉の葉が幾重にも舞い落ちる。
「ここで止めて見せます」
 九寿重が呟くのと、矢がスケルトンドラゴンを撃ち抜くのと。
 ほぼ同時だった。
 スケルトンドラゴンがブレスを吐き散らす。
「白虎、頼みます」
 不服げな声を漏らす白虎は、それでも即座に空を翔け、瞬時にブレスの範囲外へと飛び退る。
「ありがとう。無事に帰れたら、必ず一緒に過ごす時間を増やしましょう」
 白虎に感謝を述べながら、九寿重は矢を放つ。
 二度、三度。
 スケルトンドラゴンは後退せざるをえなかった。


「何の用だ。アヤカシども」
 トィミトイはケイウス、楓真らと組んでスケルトンドラゴンへ向かう。
「迷惑なアヤカシには、退場してもらわないとね」
 いいながら、ケイウスは麻痺を起こすブレスを吐き散らすスケルトンドラゴンを確認する。
(「尾に傷があるね。骨自体に裂傷だ」)
 スケルトンドラゴンのブレスで麻痺を起こした開拓者を発見し、ケイウスはそのブレスを吐いたドラゴンの尾の傷に注目する。
 通常のドラゴンと違い、スケルトンドラゴンはその名の通り骨の竜。
 鱗の色で見分けることが出来ず、輪郭の骨もほぼ皆同じに見える。
 そんな中で、幸運にも尻尾に入った亀裂を発見できたことは大きい。
「何か凄く強そうなんですけど、大丈夫ですか……」
 ぶるるっと震え、楓真は炎龍のカルバトスの手綱を握る。
 大丈夫でなくともやらねばならないのだが、恐ろしいものは恐ろしい。
「空の俺達は無敵だ。たかだか五匹の骨の化け物に怯えるのは、道理に反する」
「無敵ってあーた……」
「事実だ」
 トィミトイの言葉に苦笑するケイウスに、トィミトイは自信満々に即答する。
 彼にとって、自慢でも見栄でもなんでもなく、当然の事なのだ。
「無敵……ロマン溢れるいい言葉ですがねぇ……」
 前を見据えたまま言い切るトィミトイに、楓真は心魅かれる。
 彼等といれば、大丈夫。
 そんな気持ちになれる。
 ケイウスがゆっくりとした曲を奏で始めると、天使達がふわりと舞い降り、トィミトイと楓真を繋ぐかのようにみえた。
 柔らかで穏やかな曲はケイウスの高い抵抗力を、そのまま仲間達の抵抗力へと変えてゆく。
「おお、安心して戦えますね!」
 ケイウスから借りている抵抗力を感じ取り、強張っていた楓真の顔に笑顔が戻る。
 いくらスケルトンドラゴンが麻痺ブレスを吐こうとも、高い抵抗力さえあればある程度は耐えられるに違いない。
 ケイウスの演奏する天使の影絵踏みは、カルバトスとヴァーユ、そして青き風にも同じようにケイウスの抵抗力を貸してゆく。
「楓真、ケイウス。いくぞ!」
 トィミトイの言葉に、二人は頷く。
 相棒を操り、目指すは骨に傷を持ち、麻痺ブレスを吐き散らすスケルトンドラゴン!
「挟み撃ちだ」
 トィミトイが目で楓真に合図する。
 二人はスケルトンドラゴンの上と下に位置を取る。
 ケイウスは正面だ。
「こいつは痛みで怯みはしない! 機動力を削ぎ落とせ!」
 叫び、トィミトイは青き風と共に一気に急降下、スケルトンドラゴンとすれ違いざまに太刀「獅子王」でその骨の翼を削ぎ落とす。
 楓真はその反対で、一気に上昇、すれ違いざまにトィミトイの落とした翼とは逆の翼を白鞘「終華」で斬りつける。
 振り心地の良いその剣を思い切り良く振りぬいて、楓真はご機嫌に振り返る。
「どうです今の攻撃! 決まってるでしょ!」
「足を止めるな! 飛び続けろ!」
 どや顔の楓真を、トィミトイは舌打ちして叫ぶ。
 滞空する楓真目掛けてスケルトンドラゴンがその巨大な口を開き――。
「やらせない!」
 ケイウスの詩聖の竪琴から放たれた重低音の爆音がスケルトンドラゴンに直撃し、今まさに楓真を飲み込もうとしていたそれは不自然に動きを静止する。
 グギギ……。
 骨をきしませる音が響く。
「ふあっ! すみません調子に乗りましたごめんなさいっ!!」
 ケイウスに救われた楓真は、大慌てて回避しつつ、再びスケルトンドラゴンを斬り付ける。
「そろそろ落ちてもらうよ!」
 ヴァーユと共に急接近し、ケイウスはヴァーユに突風を起こさせる。
 楓真とケイウスの連撃にスケルトンドラゴンが大きく傾いだ。
「終わりだな。風、突撃しろ!
 その大き過ぎる隙を、トィミトイが見逃すはずがなかった。
 青き風を風と呼び、彼は駿竜の速度に自身の力を上乗せし、スケルトンドラゴンを斬りつける。
 ケイウスにその動きを束縛されていたスケルトンドラゴンに逃げる術はない。
 黄金色に煌く豪奢な太刀が、その首を叩き落した。


「ふむ……使えて一度、といったところか。だが今使わずに温存する意味はないな」
 ルヴェルは四角い眼鏡のフレームをくいっと抑える。
 深く、静かに。
 呪を唱える。
 白でなく黒でなく。
 世界を灰色に染め上げて、ルヴェルの練力を全て吸い上げるかのごとく、何もなかった空の空間に灰色の球体が出現する。
「骨は灰塵となり、瘴気へ還り……そして無へ……」
 灰色の球体はルヴェルが狙ったスケルトンドラゴンを瞬時に捉え、その骨の身体を灰へ、そして瘴気へと還して逝く。


●スカイホエール
 その姿は雄大にして偉大―― ポアリュアの天空を悠然と泳ぐ姿は、いっそ神々しいほどの白さを放っていた。
 太陽の光を浴びて輝く姿は、まるで神の使いのよう。
「もうっ、こんなときにあんなのと出会うなんて。デートの邪魔するアヤカシは万死に価します!」
 アーニャ・ベルマン(ia5465)は激怒していた。
 スカイホエールの大きさに怯む隙もないほどに。
 その傍らにはデニム(ib0113)。
「これは……街の人たちを護らないと!」
 アーニャと違い、こちらはかなり冷静。
「ね、デニム。ちゃっちゃとやっつけちゃおうよ」
 冷静な恋人を見て、ほんのちょっぴり怒りを抑えたらしいアーニャの頭を、デニムがぽふぽふと撫でる。
 一気にご機嫌になったアーニャは、駿竜のアリョーシャと共にスカイホエールへ。
 デニムは鷲獅鳥のワールウィンドに飛び乗ってあとを追う。
「倒しきったら、デートの続きしようね〜」
「あ、え、ええ、デートはその後でまた」
 アヤカシよりも、最愛のデニム。
 そんなアーニャの一途な思いに赤面しつつ、デニムはスカイホエールに接近する。
 狙うのはその首でなく、仲間達の援護。
 両刃の魔剣「ストームレイン」を煌めかせ、デニムはクリッターの群れに突っ込む。
 ワールウィンドはその名の通りつむじ風のように敵を突き抜け、デニムの剣が次々とクリッターを消してゆく。
「僕は、こちらです」
 スカイホエールに向かう仲間達から、デニムはクリッターと白羽根玉を引き離しにかかる。
 右に、左に。
 仲間達から引き離す方向を選び飛び、デニムは小物達の気を引き続ける。
(「デニムとちょっと、離れちゃったな」)
 そんな事を思いながら、アーニャは弓を射る。
 スカイホエールの巨大な身体なら、どこを狙わずとも矢は当たり続けるほど。
 けれどアーニャは目を、背中にある鼻の穴、そして大きな口の中を狙い打つ。
(「スライムホエールみたいに、核がきっとあると思うんだけど」)
 矢を射りながら、アーニャは感覚の違う箇所を探そうとする。
 そんな時だ。
 スカイホエールが大きく口を開け、二回、吼えたのは。
 ピンときた。
「アリョーシャ、全力で接近して!」
 叫ぶ。
 三回目を吼えようとしたスカイホエールの大きく開かれた口に、急接近したアーニャが矢を射る。
 矢は口を、そしてその奥へ衝撃波を迸しらせながらスカイホエールの上半身へ激しいダメージを与え突き抜ける。
「よし! ……っ?!」
 アリョーシャが即座に回避行動を行ない、アーニャ共々スカイホエールから離れたが、間に合わなかった。
 スカイホエールから放たれた強烈な音波がアーニャの全身を貫き、そして――。
 ぐらりと、アーニャの身体がアリョーシャから崩れる。
 両手に弓を持っていたのだから、咄嗟にアリョーシャに掴まる事も出来なかった。
 身体が宙を浮く開放感、そして襲う重力。
「きゃあぁあああっ!」
「ワールウィンド、彼女を!!」
 一気に地上へ落下する彼女を、デニムがワールウィンドの駿速で即座に追いつき、その両手でしかと抱き止めて。
「デニム……っ」
「怖い思いをさせてしまいましたね……すみません」
 震えるアーニャを、抱きしめるデニム。
「ううん、いいの。こうして助けてくれたんだから」
 ぎゅっと。
 アーニャはデニムの背に回した両腕に力をこめる。
 赤面するデニムに、甘えんぼで寂しがりやのアリョーシャが「アーニャを返して〜!」というように、ワールウィンドの周囲を飛び回った。


(「町に近付かれないようにしないと」)
 羅喉丸(ia0347)はスカイホエールの巨大さに、町への落下を一番に危惧していた。
 きゅっと拳に布を巻く。
 特殊な呪文がびっしりと描かれたその布は、羅喉丸の攻撃力を大幅に強化する。
 甲龍の頑鉄と共に、彼は街を背にしないようにスカイホエールに向かう。
 そしてその巨体に、彼は迷うことなく全力の拳を叩き込んだ。
 一撃。
 スカイホエールの横っ面に。
 二撃。
 更にその場所に。
 三撃。
 同じ場所に繰り出された目にも留まらぬ拳は、スカイホエールが軌道を変えるほど。
(「こいつのコアは、どこにある?」)
 殴り続ける羅喉丸の拳は、スカイホエールに確かなダメージを与えているにも拘らず、その動きを止めるには至らない。
 核を叩く必要があるのだ。
(「あれは……」)
 そんな羅喉丸の目の端に、青丹と菊池 志郎(ia5584)が映る。
 志郎はスカイホエールの核を特定すべく、印を結ぶが、青丹だけでは志郎に群がる白羽根玉を押さえきれず、志郎がその力を発揮できずにいた。
 白羽根玉の集団が与える精神攻撃に、志郎は軽くない頭痛を覚える。
 それはきっと、志郎の目の前で戦う青丹も同じだろう。
「青丹さん、無茶はしないでくださいね!」
 自身に群がる白羽根玉を払いながら、志郎が叫ぶ。
 青丹が向かっていくのを止めはしない。
 共に戦えばいいことだから。
 だが彼女だけが犠牲になることだけは避けようと、志郎は頭痛に耐えながら印を結ぶことを試みる。
「俺達も手を貸そう」
 羅喉丸が頑鉄と共に志郎の側につく。
 青丹だけでは到底抑え切れなかった白羽根玉は、羅喉丸の手によって瞬時に瘴気と化す。
 頭痛の取れた志郎は、即座に印を結ぶ。
 志郎の身体が一瞬光り、彼の周囲に結界が張り巡らされる。
「……スカイホエールの核は、尾の付け根です!」
 心臓でなく瞳でなく。
 一番強い瘴気は、スカイホエールの尾びれの付け根から発せられていた。
 志郎は特定できたそれを周囲の皆に知らせると共に、鷲獅鳥の虹色が高速で飛行しながら、風をまとってスカイホエールに突進する。
 色とりどりの羽が舞い散り、志郎は懐から墨汁を取り出し、蓋を開けてスカイホエールの核目掛けて投げつける。
 虹色が急接近していたお陰で至近距離から投げる事になったそれは、狙い違わず核の位置を黒く染め上げる。


「戦が終わったら、酒が飲みたいね」
 羅喉丸達スカイホエール迎撃主力部隊を横目に、アルクトゥルス(ib0016)は白羽根玉を斧槍「ヴィルヘルム」で叩き潰す。
 自身の身長よりも遥かに大振りなその斧槍を自在に操り、次々と白羽根玉を屠りながら、アルクトゥルスは巨大積乱雲に目を向ける。
 クリッカーと白羽根玉は、今もなお巨大積乱雲の中から湧き出てきている。
(「終わりはあるのか」)
 敵の練力も無限ではないのだろうが、あの巨大積乱雲の中に何があるのか。
 アルクトゥルスは嫌な予感にとらわれる。
 甲龍のアスピディスケも同じなのだろう。
 切なそうに鳴き、アルクトゥルスの指示を待っている。
(「行くか」)
 あの中を調べに。
 飛来するクリッターの群れを、精霊力によって作り上げた鎧をまとうアスピディスケと共に斬り抜け、積乱雲に接近。
 その周囲をぐるりと飛行する。
 どこから湧いて出てきているのか。
 その元凶を特定できれば――。
(「……これは、ただの雲ではないのか?」)
 アルクトゥルスは、雲を吸い込んだ瞬間、苦痛に顔を歪ませる。
 アスピディスケも同じなのだろう。
 苦しげに呻き、主人たるアルクトゥルスを守ろうと、積乱雲から距離をとる。
 その時だ。
 眩い閃光が二人を包み込んだ。
「恐らく瘴気です。ここを早く離れましょう」
 治癒に飛び回っていた礼野 真夢紀(ia1144)が異変に気づき、駿竜の鈴麗と共に積乱雲とアルクトゥルスの間に割って入って苦しむ彼等に閃癒を放ったのだ。
 積乱雲―― 瘴気積乱雲が意思を持つかのように真夢紀に広がってくる。
 真夢紀は、スッと意識を研ぎ澄ます。
 鈴麗が瘴気積乱雲からぎりぎりの距離まで下がったその瞬間、真夢紀は渾身の思いで精霊力を撃ち放つ。
 真夢紀が伸ばした両の手の平から巨大な光弾が瘴気積乱雲目掛けて飛んでゆく。
 光弾は瘴気積乱雲を消し飛ばし、その奥に潜むなにかに当たる手ごたえ。
(「やはり、中は空洞ではないのですね。瘴気の雲……いま全てを消すのは困難なのです」)
 真夢紀は、対象を瘴気積乱雲からスカイホエールに移し、鈴麗と共に瘴気積乱雲から離れてゆく。
 元凶はわかっても、いま手を出すことは躊躇われた。
「礼野殿、礼を言う。アスピディスケ、私達も行くぞ」
 真夢紀に礼を言いながら、アルクトゥルスは治療に当たる真夢紀を守るようについてゆく。


 リィムナ・ピサレット(ib5201)が楽しげにフルートを奏でる。
 泥まみれの聖人達を奏でる彼女の周囲の仲間達へ、高い攻撃力と知覚が加わった。
 遠くまでよく響く軽快なリズムは、音色の届く仲間達への支援にもなり、また、演奏する彼女自身の知覚を強化した。
「これでいいね♪ みんな、思う存分戦ってね!」
 リィムナがウィンクしていく。
「皆さんの頑張りは……私達が支えてみせます。怪我を恐れずに、自分に出来る事に専念して下さい」
 明王院 千覚(ib0351)が歌を歌う。
 小隊【アルボル】のレムリア・ミリア(ib6884)、御鏡 雫(ib3793)がこれに続く。
 精霊の鈴をシャラシャラと響かせ、千覚の歌声は畏怖と恐怖と激しい負傷を抱える開拓者達の傷を優しく癒してゆく。
「医師として、出来る事をするだけだよ」
 隊長不在のこの時に、咄嗟に臨時小隊を組んだのは雫だった。
 駿竜の涙に積み込んだのは数十個に及ぶ大量の包帯と止血剤、そして薬草。
 巫女ではない彼女に出来るのは、術でなく応急手当。
(「円滑な治療こそが役目だけど……この急場ではそうも言って居られない……」) 
 薙刀「静御前」を構え、雫は千覚に飛来するクリッターを薙ぎ払う。
「緊急出動でも連携が取れるって言うのは、助かるね」
 言いながら、レムリアは白霊弾を飛ばす。
 手の平から放たれた小さな光りは、治療に当たる千覚を狙う白羽根玉を撃ちぬいた。
 常日頃から小隊として動き、個々の動きを知り尽くしている中だからこそ、互いを信頼し、各々の役割をきっちり果たすことが出来ている。
 小隊アルボルの絆の強さが活きていた。
「隊長代理……今はそう呼ばせて貰うけど、こっちは任せて治療に専念しなよ」
 レムリアが、千覚を促す。
 どうしても周囲のアヤカシに気をとられる千覚は、レムリアにこくりと頷いて、負傷者へと急行する。
「涙、あなたは回避に専念してね」
 相棒の、まるで涙を流すかのように光りの軌跡を残す鱗を撫で、雫は薙刀を振るい続ける。
 長さのある武器ながら、宝珠の力で均等を保っており、雫は手足のように自由自在に操る。
 そんな三人の連携治癒部隊は、スカイホエールの怪音波に苦しむ開拓者達を瞬時に癒していき、戦況に大きく貢献を残す。


「ポアリュアの町の方々、子供達。絶対守りきって見せますわ!」
 マルカ・アルフォレスタ(ib4596)の脳裏には、先日のお祭りがまざまざと思い起こされていた。
 手作りの星型クッキーを集め、美味しそうに食べていた子供たち。
 人の良い町長。
 お祭に一緒に協力していた仲間たち。
 みんな、大切な人達だった。
「我がアルフォレスタ家の銘と誇りにかけて、貴方を倒します!」
 高らかにグラーシーザーを掲げ、騎士の誓いを口にするマルカ。
 漆黒の柄を強く握り締め、マルカは志郎が墨汁を付けたスカイホエールのコアに狙いを定める。
 甲龍のヘカトンケイルが、勢いをつけて移動し、その135kgもある全重量をスカイホエールに叩きつけると同時に、マルカがオーラをグラーシーザーに集中させる。
 白銀に輝く槍の切っ先が、ヘカトンケイルの体当たりで抉れたコアを更に深く抉り、鋭い一撃はコアの内側から一気にマルカのオーラが放出された。
 マルカの漆黒のオーラはコアの中で炸裂し、激しいダメージをスカイホエールに与える。
 コアを守っていたスカイホエールの分厚い皮膚と脂肪は剥がれ落ち、不気味な丸いコアが剥き出しに光った。
 スカイホエールが、吼える。
(「あと二回ですわね」)
 スカイホエールの雄叫びの数を、マルカは数える。
 もう一撃なら撃つ余裕があるだろう。
 そう判断し、ヘカトンケイルとの連携技をもう一度だけ発動させると、ヘカトンケイルも命令されるより早く感じ取り、その場を回避する。


「飛翔白鯨……相手にとって不足はないね♪ 無に還してあげるっ!」
 リィムナが楽しげにフルートを奏でる。 
 軽快で明るい雰囲気はそのままに、けれどその威力は凶悪だった。
 高レベルに鍛え上げたフルート「ヒーリングミスト」から流れ出る音色は、柔らかく優しいというのに、スカイホエールの周囲を飛来していた白羽根玉とクリッターが瞬時に瘴気へと還って逝く。
 スカイホエールにも当然その音色は届いていたが、コアを直撃しているわけではない為か、目立った効果は得られない。
 二度目の咆哮をスカイホエールがあげた。
「ふふん♪ 一発じゃやっぱり駄目だよね。でも何度でも奏でるよっ」
 リィムナは同じ曲を何度も奏で続ける。
 究極に研ぎ澄まされた『魂よ原初に還れ』は、リィムナの練力を殆どつかわずに発動できた。
 連曲されるそれに、スカイホエールも無視できるものではなく、コアではなくとも少なくないダメージがその身体に蓄積されてゆく。
 三度目の咆哮が響いた。
「コアが見えなくても、魂を直接砕いてやるっ!」
 機体全体を紅に塗装した滑空艇のマッキScarlet Impactを操り、リィムナはフルートの音色が届く限界まで退避する。
 スカイホエールの身体が大きくそり、一気に落下!
 その体の真下にいた開拓者は誰一人としていなかった。
 三度目の咆哮をあげたとき、皆回避を行なったからだ。
 だが10mにも及ぶ身体自体を武器とした落下攻撃は、周囲に激しい衝撃波を発動させ、突風は開拓者達を大きく弾いた。
 街とは遥かに離れた地面に激突したスカイホエールは、何事もなかったかのように即座に空に戻ってくる。
「くっ……引けぬ理由が、あってな」
 全周怪音波を発したスカイホエールに、羅喉丸は呻く。
「なんでよ、超越聴覚で音が拾えないなんて!」
 全周怪音波の予備動作を拾えなかったリィムナが悔しげに叫ぶ。
「二人とも、治療を!」
 千覚が雫とレムリアに守られながら、スカイホエールに隣接する羅喉丸とリィムナを癒す。
 淡い白色が羅喉丸とリィムナを順番に包み込んだ。
「邪魔ですよ」
 白羽根玉が再び幻覚で頭痛を引き起こしてくるのを、レムリアが白霊弾で即座に撃ち落す。
「頑鉄、いけるか?」
 千覚に治療された頑鉄に、羅喉丸が語りかける。
 任せておけと言いたげに、頑鉄は強力な龍戈衛装―― 精霊力の鎧をまとって意思を示す。
 ならばと、羅喉丸は再びスカイホエールに向かってゆく。
 羅喉丸の邪魔をするクリッターは、雫が落とした。
 頑鉄の体当たりに上乗せして、目にも留まらぬ三連撃を羅喉丸はコアに叩き込む。
 激しく暴れ、苦痛に呻くスカイホエール。
 その横に、スケルトンドラゴンを仕留めた竜哉がつく。
「その身体、捌ききる!」
 スカイホエールの喉から、尾にかけて。
 竜哉はWKMTの勢いを借りて、一気に突き抜け切り裂いた。
 スカイホエールの体中から瘴気があふれ出る。
「これで、終わりだっ!」
 最後の一撃を、羅喉丸が叩き込む。
 びくんと大きく身体を逸らすスカイホエール。
 そして、地上へと力なく落ちてゆきながらその身体を瘴気へと還して逝く。 


●天空の遺跡
「一番に飛び出した元気な姉ぇちゃん」
 瘴気積乱雲を残し、アヤカシの消え去った空で、エドガーが青丹を呼び止める。
 なんやと振り返る彼女に、にやりと笑う。
「どうだい、今回のことを記事にでもすりゃ売れんじゃないかい?」
「せやな。こんな事件そうそうあらへん」
「瓦版が売れて、それで信頼得られりゃ、俺達開拓者の仕事も増えて万々歳なんだがな」
 二人、顔を見合わせてくすくすと笑う。
「町、守りきれたね」
 アオが呟けば、駿竜が呼応して嘶く。
 きっと二人の絆は、これからどんどん深まってゆくのだろう。
「やりましたわね」
 ヘカトンケイルをぎゅっと抱きしめて、マルカも満面の笑みを浮かべる。


 空に浮かび続ける瘴気積乱雲。
 その瘴気が、ほんの少し揺らいだ。
 激しい開拓者達の攻撃が、瘴気を削ったのだろう。
 瘴気に守られたその場所には、廃墟のような崩れた町並みと、古城が浮かんでいた。