貴方の声が聞きたくて
マスター名:霜月零
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/12/16 19:30



■オープニング本文

「ダーーーーリーーーーン、愛してるわああああああああああーーーーーーーっ!」

「俺もだよ、ハーーーーーニーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 ジルベリア最北領のとある村。
 周囲はそろそろ雪に埋もれつつあるというのに、二人の周囲は熱かった。
 直線上250mの範囲の住民が全て耳を塞いで雪に埋もれたくなるほどに。

「今日は5時には帰えれるよ、ハーーーニーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

「美味しい料理を作って待ってるわ、ダーーーーリーーーーンーーーーーーーーーーーー!!」

 結婚ホヤホヤ、一時たりとも離れるのがつらいお年頃。
 でも新妻は家事をしなければならないし、旦那は働きに出なければならない。
 そして何の因果か、二人共に吟遊詩人の志体を持っていたのが運のつき。
 努力と根性とあと話の流れ的に強引に、『貴方の声の届く距離』を取得してしまったのだ。
 開拓者として活躍しつつ、普段は250mの距離ぎりぎりの畑で農作業にいそしむ旦那。
 新居の前に畑がなかったのは一体何の因果だろう?
 村外れにぽつーんとある畑で、旦那は今日も畑仕事にいそしむ。
 愛する新妻に貴方の声の届く距離で常に離しかけながら。
 かくして、開拓者ギルドにはこんな珍妙な依頼が舞い込むことになる。

『求む勇者! バカップルを黙らせてくれ!!』

 


■参加者一覧
紫夾院 麗羽(ia0290
19歳・女・サ
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
エリナ(ia3853
15歳・女・巫
アーニャ・ベルマン(ia5465
22歳・女・弓
デニム・ベルマン(ib0113
19歳・男・騎


■リプレイ本文

●ささやきあう通り越した愛
 依頼を受けた一行が村へたどり着くと、そこは噂に違わぬバカップルが愛をささやきあっていた。

『ダーーーーーリーーーーーーン! 今日のおやつは、ケーキよーーーーーーーーーーーーーーー! ハート型に焼くわああああああ!』
『ハーーーーートーーーーーー! 最高だ、ハーーーーーーニーーーーーーーーーーーーーーーー!』

 ささやきあう、訂正。
 叫びあう、でした。
 問題のバカップル以外の村人たちは、皆窓を閉め切って家に篭っているようだ。
 どうしても外出しなければならないとき以外は、極力外にでないようにしているのだろう。
 理由は言わずもがな。
「自分たちの世界に浸って、周りの迷惑を考えないカップルって痛々しいですよね〜」
 さらさらとした金髪に、赤と緑のメッシュをいれたアーニャ・ベルマン(ia5465)は、ふふんと前髪を払う。
 バカップルになんか屈しない。
 その瞳は雄弁とそう語っている。
 そう、ギルドでこの依頼を見た瞬間、アーニャの青い瞳は釘付けだったのだ。
 彼氏いない歴=年齢。
 正真正銘美少女なのに、何故か良い人との縁のない彼女は、カップル撲滅の為にこの地へやってきた。
(軽い気持ちで受けてしまったこの依頼、命を懸けねばならないかもしれません……!)
 そんなアーニャと一緒にこの依頼を受けてしまったデニム(ib0113)は、アーニャの様子に冷や汗を浮かべる。
 村人達を困らせている新婚夫婦をとめる。
 この依頼は、デニムの記憶が確かならそうゆう内容のはずなのだ。
 間違っても殲滅したり撲滅したり、あまつさえバカップルを弓で射抜いたりする依頼ではなかったはずなのだ。
 だがしかし。
 デニムの横で、「ふふふふふ……」とうつろな青い瞳で笑いながら弓をいじるアーニャをみていると、危険な香りしかしない。
 そしてデニムの悩みに更に輪をかけるのは、アーニャの目の前で愛をささやきあうバカップ……もとい、素敵な恋人同士のルオウ(ia2445)とエリナ(ia3853)だ。
「……ええと……。ど、どうしよう、まさかこんな依頼だなんて……」
 エリナは村の状況を赤面しながらおろおろとしているのだが、ルオウは激しい勘違いを引き起こす。
(おお……すげえなぁ……。本当に愛を叫びあってら。周り中に聞こえてるっての。……でもエリナもああいう事言ったら喜ぶのかな……)
 ハニー、とか。
 呼んでみたい気もするし、ダーリンと呼ばれてみたいような気もするお年頃。
「ルオウ?」
 自分をじっと見つめる愛しいルオウの瞳に気づき、エリナが小首を傾げる。
「え?! な、なんでもねえよ?」
 可愛いエリナに心を見透かされた様な気がして、真っ赤になって横を向くルオウ。
 危険な瞳のアーニャの目の前で、彼らはこの調子。
(命がいくつあっても足りません……っ)
 冷や汗が止まらないデニムとは裏腹に、ルオウとエリナをこの依頼に誘った紫夾院 麗羽(ia0290)はいやに満足げだった。
「上手く騙し……協力を頼んで連れて来た甲斐がありそうだな。目には目を、歯には歯を、天然には天然だ」
 バカップルにはバカップルをとはっきり言い切らなかったのは、麗羽の手心か。
 アーニャの周囲に、いっそ見えそうなぐらいの黒い瘴気が溜まったような気がした。


●通り過ぎてゆく泣き声
「……うううっ、うわ〜〜んっ!!」
 問題の夫婦を止めるべく、意気揚々と村に踏み込んだアーニャは、けれどもう、涙目だった。
 バカップルには負けない。
 そんな強い決意を吹き飛ばすほどに、バカップルの愛の叫びは激しかったのだ。

『ダーリーーン、今日の夜はー、うふふふふーーーーー♪』
『ハーニーーー、抱きしめて、離さないーーーーーー!』

 そしてさらに、ルオウとエリナが追い討ちをかける!
「る、ルオウはどう? ああいうのってどう思う? やっぱりああやって好きって言ってくれる女の人がいいのかな?」
 赤面しつつ、ルオウに尋ねるエリナ。
 そういえば、エリナはあんまり、好き好きといい続けたりはしていなかったり。
 みていれば好意があるかどうかは、見ず知らずの他人でもはっきりとわかるレベルなのだが。
「え? い、いきなりそんな事聞かれると、照れるな……。俺はさ、エリナが居てくれればそれだけでいいし!」
「それだけでいいの? 私も……」
 周囲そっちのけで、バカップル夫妻よりも激しくハートを撒き散らしている二人。
 アーニャの涙にぬれる瞳が、虚ろに光る。
「ととと、とにかくっ! ルオウさん、エリナさんは、こちらへっ!」
 涙が止まらないアーニャの弓が二人に定まらないうちに、デニムは強引に二人を隔離しようと試みる。
 だが、そんな無難で安全な行動を見逃す麗羽ではなかった。
「何を言っているのだデニム。ふふふ、人目もはばからずベタベタするだけがバカップルではないという事を見せてやろうではないか」
 隔離しようとするデニムの手を掴み、にやりと笑う麗羽。
「紫夾院さんには慈悲はないんですかああああああっ!」
 その場で血涙流しそうなデニム。
「えええっと? デニムさん、どうして泣いているのかな。私たちで良ければ力になります。だって一緒の依頼にこれたのもなにかの縁だし!」
「そうだぞ! 俺はエリナさえ居れば何だって出来るんだ!」
 優しくデニムに手を差し伸べるエリナと、ドンと胸を張るルオウ。
 もうデニムにとっては、殺害予告にしか聞こえない!
「わかったかデニム。それにアーニャもだ。悩み事があるならほれ、この二人に相談するがいい」
 デニムが青ざめている理由など100も承知の上で、クツクツと笑いをこらえ、麗羽がアーニャを更に煽る。
「やめてえええええっ! これ以上煽らないでえええええええっ!」
「煽る? 何を言ってる。私は心配しているのだぞ。大切な仲間なのだからな」
 頭を抱えて地面に突っ伏すデニムと、嬉々としていぢる麗羽。
「……相談していいんですか……いいんですね……眩しくて……なんだかよく見えないんだけど……」
 もう何も映さなくなったアーニャが遠い目をする。
 まだ夫妻に対面もしていないというのにこの状況。
 すでにアーニャとデニムのHPは0に等しかった。


●いつも一緒にバカップル
「こうなったら直接言ってやります! 大丈夫、村人に頼まれたなんて言いませんから。勝手に私が村に来て、たまたま耳にしたってことで!」
 身体から半分魂を出しながら、アーニャはなんとか理性を取り戻して問題の夫婦の元へ向かう。
 でもなんだか身体からはみ出た魂が実体化してそう。
 黒くてふよふよしてて、泣いてる様なー?
「……うぅ、修行中の身ですが、何かが痛みます……」
 よろよろと何とか足を進めるデニムは、アーニャの黒くてふよふよしたそれを撫で撫で。
 実際にはそこには何もないのだが。
「ありがとうございます! デニムさんの善意をびしびし感じます!」
 何もないところを撫でられたのに、なにかを感じ取るアーニャ。
 二人の間になにか良くわからない、共通のものが漂い始めていた。
「お、お弁当作ったの。食べる?」
「え? 弁当? エリナ作ってきてくれたのかー、ありがとなー」
「あ、ち、違うよっ! 変な意味じゃなくてっ!」
「へん? エリナの弁当美味いよ」
「昔簪くれたでしょ? それのお返しっていうか……」
「俺は好きだなー」
「す、すきって、すきってー?!」
「……! あ、いや好きって言うのは弁当の事で、いやもちろんエリナの事は大好きだけど、今のはそういう事じゃなくてって、あるぇ?」
 微妙にかみ合っていない会話をしつつも、ラブラブオーラは決して消えない二人。
「ええい、おのれら少年少女か! まだ蕾の淡い恋心か! 甘酸っぱい想いでいっぱいか!」
 こうなる事がわかっていて、わざと二人を連れてきた麗羽までがブチキレ!
 でもルオウとエリナはぜんぜん解ってない。
 二人してほえ〜? と首を傾げている。
(あぁ……村人の視線が払えません……)
 デニムの胃がきりきりと痛み出す。
 小さな村だ。
 知らない人が訪れればただでさえ目立つ。
 それがとどめに今をときめくバカップルだったりすれば、もうガン見確定。
 村の締め切った窓のあちらこちらからちょこっとだけ隙間が開き、そこから視線がびしばし飛んでくる。
 デニムが頑張って二人を村人たちの視線から隠そうと試みていたのだが、いかんせん、デニムは一人でルオウとエリナは二人。
 一人の身体で二人の楯になどなろうはずもなかった。
「好きな人にお弁当なんて、なにそれ、どこのファンタジー……」
 せっかくバカップル夫婦を殺る気、もとい、説得する気になっていたアーニャが再びクリティカルダメージを食らう。
 もうぼそぼぞと、「異性から好きなんて、お父さん以外に言われたことないもん……彼氏とか幻想だもん……現実なんて全て心の作り出した幻なんだもん……」と、意味不明な呟きを繰り返し始める。
(危ない、もうアーニャさんは限界ですっ……)
 村人達からバカップル二名を隠せずとも、アーニャさんの目からだけは隠さないと!
 デニムはもう、アーニャの目の前に立ちふさがって、ルオウとエリナが見えないように視線シャットダウン!
 アーニャの指先は既に弓を番えているというのにだ。
「まああれだ。アーニャは早く夫妻を止めるんだな」
 麗羽が前方を指差す。
 そこには、バカップル夫妻の家がある。
 視線を防いでも、声は聞こえるわけで。
 バカップル夫妻が、今もなお叫び続けているのはアーニャの形の良い耳にばっちり届いているわけで。
 目の前の家からは、奥様の幸せそうな声が響いてくる。
「あれ? アーニャなんか目に見えて黒くなってね?」
 アーニャの身体に立ち上るどす黒いなにかにやっと気づいたルオウが、命知らずにも指摘する。
 デニムの口から白いなにかが抜けていった。
 きっと魂とかそんなもん。
「……バカップル、増殖しすぎですっ!」
 キッと涙目でルオウを睨むアーニャ。
 でもルオウもエリナもやっぱり解っていない。
「え、バカップルが増殖? どこどこ?」
「あんまりな状況だから、幻覚が見え始めちゃったのかな? アーニャさん、大丈夫ですよ、カップルなんていませんから!」
 きょろきょろと周囲を見回すルオウと寄り添って、ぐぐっと力説するエリナ。
「アハハハハハハアーーーーー!」
「ま、まあ待て、落ち着け! 開拓者たるもの殺害事件はいくない」
 思いっきり弓を番えて錯乱するアーニャ、全力で流石に止める麗羽、意識が既になくなりかけているデニム。
 そしてラブラブバカップルに当てられて倒れる村人達。
 もうあたりは死屍累々。
 そんな時だ。
「こいつぁ一体、どうした事だー?」
 鍬を担ぎ、三時のおやつにバカップル夫のエナイ=キーコが帰宅したのは。
 

●いつかきっとバカップル?
 自宅の前で錯乱しているアーニャに、目を丸くするキーコ。
 そして愛する旦那との会話に夢中で、外の騒ぎに気づいていなかったアーア=キーコも旦那の声に気づいて家から出てくる。
「とんでもなく大音響出してるのはお宅らですか! もう大迷惑なんですけど。しかもあのノロケっぷりはどんだけ〜!」
 叫びながら、血涙流してビシッと矢を放つアーニャ。
「お前にも未来はある! いつかきっと万が一にも奇跡的な出逢いがあるかもしれなくも……いやいやだから落ち着け」
 麗羽が夫妻の腕を引いて矢の進路から避けさせ、
「アーニャさん、気持ちはわかりますが、兎に角ご自重をっ! 穏便に、丸く治める努力を一緒にしましょう〜〜!!」
 咄嗟にデニムがアーニャにタックルかます。
 矢は夫妻をそれたがもう、やばい!
「ありえないし、あれで雪崩起きても、村の家畜の気が狂ってもおかしくないし!」
「それでも! 矢で射抜いちゃいけませんって!」
 じたじた暴れるアーニャを羽交い絞めにして止めるデニム。
 あっけに取られるバカップル夫妻。
「なんで止めるんですかっ、じゃあデニムさんが付き合ってくれるっていうんですか?!」
「えぇぇっ!?」
 突然の無茶振りに、完璧に思考が止まるデニム。
 固唾を呑んでみ見守る周囲。
「え、僕がお付き合いを、ですか?! あ、その、貴女のような素敵な女性とであれば大変光栄でありますが、、修行中の未熟者でありますし、その……」
 もごもご、もごもご。
 真っ赤になってアーニャを抱きしめたままのデニム。
 見ている周囲までまっかっか。
「わかったか、お主等。これが健全なる『若人達の純愛』だ! はしたなく愛を叫べばいいというものではない! 目と目で通じ合う! そういう仲になりたいわ! そうは思わぬか?!」
 予定とちょっと違ったが、これはこれで使えるとふんだ麗羽が、畳み掛けるように夫婦に詰め寄る。
 夫婦の顔からお惚気風味が一気に落ちてゆく。
「ダーリン、私の目を見て」
「ハニー、俺の目を」
「「あんなカップルに私たちもなろう」」
 世界は二人の為に、二人は世界の為に。
 そしてもう一方でルオウとエリナも見詰め合う。
「一件落着かな?」
「だな♪」
 にこっと微笑みあうルオウとエリナ。
 こちらはもう、既に目と目で通じ合ってる。
「……まて。まさか連れがいないのは私だけか?!」
 はっとして気づいてしまった麗羽。
 親密な仲間は多々いれど、恋人は……。
「こんなオチかーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
 バカップルにこれから発展するかもしれないデニムとアーニャ、既にバカップルのルオウとエリナを背に、麗羽は思いっきり叫ぶのだった。