23.4℃
マスター名:霜月零
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/06/09 01:28



■オープニング本文

 それは、回り続けていた。
 ジルベリア最北領スウィートホワイト西の町・ペトロシティ近辺。
 雪解けが始まり、大小様々な岩の合間から河が徐々に流れ出す開けた大地。
 少女の様なシルエットの、けれど決して少女ではありえないソレは回り続ける。
 高く澄んだ歌声を響かせ、誘われた旅商人の一人を羽衣のような瘴気で捉えて一瞬にして生気を貪りつくす。
 旅商人の一行は慌ててその場を逃げ出すが間に合わない。   
 少女のようなピンク色のソレが一際大きく回りながら浮き上がると、大地が傾いた。
 激しい傾きではないものの、旅商人達は大きくバランスを崩し、一気に少女の側に転がる者すらも。
 そしてそれでも何とかバランスを崩さずに全力で逃げている旅商人にも、少女の羽衣は情け容赦なく大きく伸び、捕らえた。
 腕に覚えのある者も中にはいて、逃げられぬのならと得物を構える。
 だがとても逃げ腰。
 あたりまえだ。
 開拓者でもない一介の商人が立ち向かえる相手などではない。
 だが少女姿のソレは、得物を遠く構えた旅商人に情け容赦なく攻撃を繰り出した。
 両腕を振り回し、ぐるんと回転するそれはダブルラリアット。
 雪解けの大地に絶望の叫びが響く。
 ―― 一人だけ、一行から遅れて後を辿っていた旅商人の知らせで、ギルドに討伐依頼が出されるのだった。
 


■参加者一覧
川那辺 由愛(ia0068
24歳・女・陰
野乃原・那美(ia5377
15歳・女・シ
リンスガルト・ギーベリ(ib5184
10歳・女・泰
ヴェルナー・ガーランド(ib5424
24歳・男・砲
煌星 珊瑚(ib7518
20歳・女・陰
影雪 冬史朗(ib7739
19歳・男・志


■リプレイ本文

●ピンク髪の少女
 その少女は、踊っていた。
 軽やかに楽しげに、瘴気の羽衣をなびかせてただ一心に。
 岩と岩の点在する開けた大地で、少女の美しい歌声が高らかに響いた。
「金貰えるんなら、人間だろうが関係ないさねー」
 ヴェルナー・ガーランド(ib5424)はそういいながらマスケット「クルマルス」を構える。
 狙うはピンク髪の少女。
 少女は大地からほんの少し浮かんで、くるりくるりと舞っている。
「見た目も大事だが……見た目に呑まれてはどうしようもなかろう……」
 ヴェルナーの呟きに、影雪 冬史朗(ib7739)は顔をしかめる。
 ピンク髪の少女は見た目こそ美しい少女のようだが、その正体はアヤカシ。
 人を食らうバケモノ。
 その歌声に心引かれた旅人を惨たらしく死に至らしめた存在。
「羽衣かぁ……どんな代物なんだろう」
 煌星 珊瑚(ib7518)は少しばかり夢見る少女の瞳で踊る少女を見つめる。
 だが少女の纏うそれは、軽やかに華やかに、麗しくも危険だった。
「ふむ、見事な歌舞じゃな。アヤカシでなければ舞わせておきたいところじゃが是非もない」
 心底残念そうに溜息をつくリンスガルト・ギーベリ(ib5184)は、けれどはっとして首を振る。
「み、見惚れてなどいないぞ、うむ」
 そんな事になったら我が友に後で何をされるか……とブツブツ冷や汗混じりに言い訳をしている所を見ると、かなり少女の容姿に心惹かれていたようだ。
「少女の姿をしている割には、色々と奇抜な相手よねぇ」
 川那辺 由愛(ia0068)は離れた場所で踊るアヤカシを興味深げに観察。
 ギルドからの情報を思い出しているのだろう。
「人型なら斬り心地はいいかな? かな?」
 由愛のとなりでピクニックにでも来たかのようにご機嫌なのは野乃原・那美(ia5377)。
 容姿こそ愛らしいのに言っていることは物騒この上ないのは目の前のアヤカシと同類かもしれない。

 ―― 全員、様子を覗いながらそれぞれの配置へと散ってゆく。


●羽衣には触れないで
「那美〜、余り楽しみ過ぎたら駄目よ。怪我したら元も子もないから。……って、言ってるそばから那美はっ!」
 由愛が声を掛けるとほぼ同時に、那美は敵に突っ込んでいく。
 身を隠す岩も足元の小石も、全て無視。
 彼女の目に映るのは、ピンクの髪の美少女、アヤカシのみ!
「人に近い斬り心地だといいんだけどなー。それじゃあ行くのだ♪」
 大地を強く駆ける彼女は少女に天狗礫を放つ。
 ひし形に削られた小石は回る少女に吸い込まれるように飛んでゆく。
 那美は突っ込みながらも急接近は避け、隙を覗うようだ。
 アヤカシの瘴気の羽衣が天狗礫を振り払い、那美に、そして少女は開拓者達の存在に気付いた。
 けれどそれでも回ることをやめはしない。
 歌い、大地を削る勢いで回る少女は、羽衣を振り回す!
「ちゃっちゃとけりをつけるよ!」
 意気込む珊瑚の符から出現した小さな式が少女を絡めとる。
 ほんの少し、少女の回る速度が緩んだ。
 だが少女も黙ってはいない。
 目の前の開拓者達は、アヤカシたる少女の瞳にはとてもおいしそうに、魅力的に写った。
 瘴気の羽衣が一番手近の珊瑚に向かってひらめく。
「どこを見ている……こっちだ……」
 冬史朗が即座に少女の気を引いて羽衣の軌道をずらした。
「まあ、相手が一体だけならまだ楽な仕事か。一体だけなら」
 ヴェルガーはどこか含みがある口調で岩陰からマスケットの引き金を引く。
 周囲を警戒しつつも狙い違う事無く弾丸は少女の胸に吸い込まれた。
 衝撃に仰け反り、少女は歌うのを止める。
「と、とにかくまじめにやるのじゃ!」
 気合一発、リンスガルトは魔槍「ゲイ・ボー」を投げる。
 黄金色のそれは一直線に少女の足を狙い打つ!
 回り踊るその爪先に、魔槍は深々と突き刺さる。 
 濡れた大地は柔らかく、魔槍は少女を大地に縫い止めた。
「動きが止まった……今だね♪ 君の斬り心地……どんな感じかな♪」
 その瞬間を逃さず、那美が二本の忍刀で少女を切り刻みながら走りきる!
 切り刻まれたその白い肌からは紫の瘴気が次々と溢れ出す。
 だが那美は不服そうだ。
「むー。つまらない切れ味なのだ」
 予想に反して人を斬る時の感触は得られなかったようだ。
 白い柔肌は人ならば薄い肌の下に赤々とした肉が顔を見せ、那美をさぞかし喜ばせただろう。
 だが少女から立ち上るのは鮮血からは程遠い、旨みのない瘴気ばかり。
「派手に踊られると困るのよね、大人しくしていなさい」
 脹れる那美の横を、由愛の式が次々と通り過ぎ、刻まれ、瘴気の溢れる少女の身体を蝕んだ。
 蠢く多足の蟲の式のおぞましさは、どちらがアヤカシなのか解らないほど。
 もっともソレが視えているのは術に囚われたアヤカシのみだが。
 幻覚に苦しむアヤカシは、羽衣を大きく振りまわす。
 那美、由愛、回避!
 リンスガルト、ヴェルナー回避!
 珊瑚、冬史朗……被弾!
「全く、便利な羽衣じゃないか」
 羽衣に捉えられた珊瑚は生気を吸収され、苦しげに、それでも負けじと口の端を歪めて笑う。
 強気の彼女はアヤカシになど屈しない。
「狙えそうなら狙ってくれ……っ」
 自分にかまわず、羽衣が仕えなくなっている今が狙い目だと、冬史朗は皆に叫ぶ。
「今助けるのじゃ!」
 リンスガルトがシミターで珊瑚を捕らえる羽衣を叩ききる。
 範囲こそ広いものの強度自体はそれほどでもない羽衣は珊瑚を締め上げる力を緩め、
「近づかれると厄介だな」
 ヴェルナーの弾丸が冬史朗を捕らえる羽衣を打ち抜き消し去った。


●傾く大地、危機一髪!
 纏う羽衣を壊された少女は、再び羽衣を生成し、いつの間にかリンスガルトの魔槍を引き抜いていた。
 くるり……くるり……。
 少女は斜めに揺らめく。
 先ほどまでの垂直な回り具合と打って変わってゆらゆらぐらぐらと回りだす。
「くるぞ……みんな、散れ!!!」
 事前情報で得ていた大地傾斜を察知し、冬史朗が叫ぶ!
 直後、少女は大きく跳躍し、開拓者達六人の立つ大地が大きく傾いた!
「あん、地面傾けるなんてやっぱり面倒な相手なんだぞっ。でもそっちに行ってはあげないのだ。よっと♪」
 那美は地面に忍刀を突き立てて倒れるのを堪える。
「那美、助かるわ」
 那美の横に滑ってきた由愛をさらりと片手で抱き留めるのもお手の物。
「人の振りをしようと汝は所詮アヤカシよ。瘴気臭くて吐き気がするわ! 醜女が」
 毒舌を吐きながら、リンスガルトはシミターで身体を支えて岩陰に隠れる。
「頼むから近接戦闘なんか俺にさせるなよ?」
 元々岩陰に潜んでいたヴェルナーは余裕だ。
 大地が傾こうと岩が身体を支えて倒れる事はない。
「あんたにばっかり注目浴びられてんのもおもしろくないねぇ……」
 そして珊瑚は先ほど捕らえられた恨みか、荒縄で岩と自分を繋ぎとめ、大地に着地した少女に霊青打で威力の増した侠剣を突き立てた。
 人と違い手ごたえの薄い瘴気の身体は不意打ちに大きく傾いだ。
「だいぶ慣れた気はするが……まだまだ、だな……」
 傾く大地によろけながら、冬史朗は少女に向かってヴォトカを投げつけた。
 無論、そんなものはアヤカシには効かない。
 少女は怯みさえもしない。
 だが、炎を纏った武器ならどうだろう?
「燃え尽きろ!」
 冬史朗の黒い刀身が炎を纏い、羽衣を切り裂き、炎はヴォトカに火をつける。
 炎に巻かれた少女は苦しげに顔を歪めるが、開拓者達は攻撃の手を緩めはしない。
 どんなに美しくとも、少女然としていても、ソレはアヤカシ。
 人の天敵。
「那美。任せたわ! 徹底的に切り刻みなさい……!!」
 大地傾斜を耐え切った由愛の目に見えぬ式が少女を追撃し、
「斬り心地悪いけど、由愛さんからの指示なら頑張っちゃうのだ♪」
 那美は嬉々として忍刀を振り回して再び少女を切り刻んだ。
「まあ、報酬の上乗せは期待するだけ無駄かね」
 ヴェルナーの銃は常に狙いを違える事無く目標を貫く。
 そしてついに少女は最後の反撃に出た。
 綺麗な瞳を見開き、高らかに最後の歌を歌いながら、大きく腕を振り回す!
「すまぬの。後ろがほれ、がら空きじゃ」
 少女の最後の必殺技・ダブルラリアットをあっさりと屈んで避けたリンスガルトが少女の背に、少女が引き抜いた魔槍でカミエテッドチャージを発動、自身と少女が大きく吹き飛んだ。


●側にいてください
 少女型アヤカシが瘴気とともに消え去ったその場所は、傾いた大地も何もかも元通りに戻っていた。
「貴方達の恨み、あたしが貰っていくわ。安らかに眠りなさい」
 アヤカシに命を奪われた者達へ祈りを捧げ、由愛は符をかざす。
 由愛の気持ちを察してか、大地に強く深く染込んでいた想いが由愛に集まってゆく。
「うむ、歌は悪くなかった。後で譜に起こし、遺してやるとしよう」
 少女の歌声を反芻しつつ、リンスガルトは満足げに黒い翼をはためかす。
「さて、仕事も終わったし……あとで飲みにでも行くかね?」
 一応周囲に仲間のアヤカシが潜んでいないかを目視しつつ、ヴェルナーは皆を誘う。
「酒は命の水だからね」
 上等な酒を常に持ち歩いている冬史朗は必ずいくだろう。
「世の中鬱憤晴らしも必要ってもんだろ?」
 珊瑚も異論はないようだ。
「那美〜、報酬貰ったら飲みに行くわよ。奢ったげるから」
「うんっ。お仕事も終わったし、早く報告してお酒飲みに行こうなのだ♪」
 常に飲み歩いている酒豪の由愛と那美も合流。
 リンスガルトが飲めるかどうかは不明だが、この流れで参加しないはずもない。
 きっと、六人で朝まで飲み明かすのだろう。