‡エンジェル★はーと‡
マスター名:霜月零
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/04/11 04:22



■オープニング本文

 ジルベリア最北領スウィートホワイト。
 その海岸線から今年もエンジェルハートがやってきた。
 大空を海のように気持ち良さそうに泳ぐその大群は、スウィートホワイト領冬の風物詩。
 冬でなくとも時折現れるのだが、寒さの厳しい11月から春先にかけてそれは現れる。
 およそ10cm〜30cmまでの小さなその生き物は、まぁるい頭と、その頭をもうちょっとだけ大きくしたようなころんとした体、頭の天辺と体の先端はやや尖っていて、そう、例えるなら生クリームをぷにっと絞ったような。
 色も生クリームによく似ていて、淡い白。
 胸の辺りにはハートマークがほわんほわんと淡く点滅し、ぷにっとつつけばその感触はマシュマロのよう。
 そしてその背には白鳩を思わせる白い羽までついているのだからもう完敗だ。
 けれどこの愛らしすぎるエンジェルハートは正体不明、一説では精霊らしいのだ。
 らしい、というのはアヤカシでない事は人を食さない事から判っているのだが、どう見ても動物ではなく、精霊と思う以外にこれといって当てはまるものがないからだ。
 海岸沿いの一番よくエンジェルハートの大群を目にするその村では、エンジェルハートを模したぬいぐるみが売られていたり、近々着ぐるみやらお守りやらまで販売する計画があるとかないとか。
 港の側とはいえ、冬の時期は海が凍り、漁業が出来ない。
 夏の間の蓄えがあるとはいっても、村興し的観光スポットが出来ればという思いもあるのだろう。
 ダイヤモンドダストも時折見れるのだが、それは最北領のどこでも割とよく見られる光景で、観光としては少し弱いのだ。
 その点、エンジェルハートはまず他の地域では見かけない。
 ただ一つ問題があるとすれば、その愛らしすぎる容姿だ。
 このエンジェルハート、そのままほうっておけば特に何事もない。
 けれど群れる事を好み、一匹になると酷く凶暴性を増してしまうのだ。
 また仲間を取り戻そうと他のエンジェルハートの群れが襲ってくるのも厄介だ。
 家の庭先で一休みしているのをそっと撫でたり、木陰にたむろしているのを眺めたり。
 見る分や少し触る分には申し分ないのだが、それほど可愛ければ一匹ぐらい飼いたくなるのが人情というもの。
 ましてやそれが子供ならなおの事。
「あれは、精霊だから触れてはだめよ? ぬいぐるみを買ってあげるから」
 大人たちがそう諭していても、それを素直に聞く子供は一体何人いるだろう?
「うん、わかった、撫でるだけー!」
 子供は好奇心に瞳を輝かせ、商店街で買い物をしていた親から離れてエンジェルハートの群れの一つに走ってゆく。
 この時、親が一緒についていってあげていたなら、この後大事件は起きずに済んだのだ。
 けれど親は子供の言葉を素直に信じてしまったし、目の前のお買い物に夢中だった。
 そして気がついた時には子供の叫び声。
「いたぁーーーいっ!」
 エンジェルハートを一匹抱きかかえ、子供は全力で商店街に、親の元へ走ってくる。
 その後ろをエンジェルハートの大群が明らかに怒ってますオーラを出しながら氷の礫を吐き出して、少年に襲い掛かる!
「早く、その子を手放すのよ!」
 親が叫ぶが子供は逃げるのに必死で聞こえていない。
 そしてエンジェルハートの攻撃がこれまたちゃちいのだ。
 たしかに痛いは痛いのだが、ちっこい小石をいっぱいぶつけられたような感覚しかなく、びっくりして逃げはするものの緊迫感がだんだん薄れてくる。
 子供の腕の中のエンジェルハートもふーっと冷たい息を吹きかけてくるのだが、ちょっと寒いだけで我慢できたり。
(これ、もしかしてホントは飼っても大丈夫なんじゃ)
 商店街で逃げ回る子供を見て、そんな感情が他の子供達にまで感染してしまっても仕方のないことだった。
 ちょっとだけ機嫌が悪いと氷の礫をぶつけてくる可愛い生き物。
 機嫌が悪いときに引っかいてくる猫と、何の違いがあるのだろう?
 ましてや目の前のエンジェルハートは精霊。
 猫と違って食事も取らなければお手洗いの世話もない。
 精霊だからといって食事がいらないかどうかは不明だし、時には人そのものを襲う事だってありえるのだが子供にはそんな事はわからなかった。
 判るのは、『可愛い』ただそれだけだ。
 商店街に居合わせた別の子供達は周囲を見回す。
 チャンスだった。
 子供達―― 5人は意を決してそれぞれ自分好みのエンジェルハートを抱きかかえると、フードをかぶせたり強引にバックに押し込めて全力で自分達の家にそれぞれ走ってゆく。
「あっ、君達そんなことをしちゃだめだっ」
 村人の一人が子供達に気づいて叫ぶが時既に遅し。
 最初にエンジェルハートを捕まえた子供は親にこっぴどく叱られながらエンジェルハートを手放したが、逃げた五人は手放さなかった。
 数時間後。
 大量のエンジェルハートが村を多い尽くさんばかりに襲撃!
 冷たいだけだった息も数十匹が一気に吐けば人一人ぐらいは凍りつく勢いだった。
 痛いだけの氷の礫も上空から一気に大量に発射されれば雹よりも威力のある攻撃になる。
 軽い怪我をする程度で済むかもしれないが、これでは誰も外出出来なかった。
「ど、どうにか開拓者ギルドに連絡をっ」
 村長が村人達となんとか協力してエンジェルハート達の気を引いて、使用人を馬に乗せて村の外に送り出した。
 

◆状況◆
 開拓者ギルドに駆けつけた使用人からの情報で、OPの事件は開拓者皆様の共通認識となっています。
 また、村人の証言からエンジェルハートを捕まえて逃げてしまった子供は合計5人という事も判明しています。
 5人の子供の詳細も村人から聞いた使用人がギルドに伝えています。
 また、馬でギルドに使用人が駆けつけた時点で事件から一日半経過しています。
 緊急依頼と判断したギルドの手配で、開拓者の皆さんには早馬にて村へ向かって頂きます。
 日数はおよそ一日です。


■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067
17歳・女・巫
フェルル=グライフ(ia4572
19歳・女・騎
紺屋雪花(ia9930
16歳・男・シ
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
ライ・ネック(ib5781
27歳・女・シ
ラグナ・グラウシード(ib8459
19歳・男・騎


■リプレイ本文

●エンジェルハートの町
『エンジェルハートの襲撃にあい風前の灯!』
 そんな使用人の言葉を信じてギルドから緊急派遣されたのは柊沢 霞澄(ia0067)、フェルル=グライフ(ia4572)、紺屋雪花(ia9930)、フェンリエッタ(ib0018)、ライ・ネック(ib5781)、ラグナ・グラウシード(ib8459)の6人。
「わ、可愛い! 独り占めしたくなる気持ちはわかります」
 開拓者を見て敵と判断、すぐに向かってきた一匹のエンジェルハートにフェルルは思わず手を伸ばしそうになる。
 エンジェルハートは、これでも一生懸命怒っているのだ。
「一緒に遊べたら素敵なのにって。童話の精霊達に憧れた事もあるから気持ちは解るけど……ね」
 フェンリエッタはいっそほのぼのとした町の様子にそんな事を思う。
 確かに襲撃には遭っているのだが、攻撃手段が本当にちゃっちい。
 可愛い姿で一生懸命冷たい風を吹いてみたり、雹と変わらない氷の礫をぷぷぷっと吐いてみたり。
 自然の大雪のほうがいっそ被害が大きいレベルなのだ。
「く……な、なんと愛らしい……ッ! くそう、私だって出来得ることなら一匹欲しい、欲しいぞ!」
 強面の見た目にそぐわず可愛いい物好きのラグナ、心の声駄々漏れで顔真っ赤。
 可愛すぎるエンジェルハートと目も合わせられなかったり。
「気持ちは俺にもわかるが、やっていい事と悪い事があるって、子供達には理解してもらわなきゃな」
 被害が殆ど無いように思えても、やはりほうって置くわけにはいかないのだ。
 紺屋は白猫の面をつけた顎に手を添える。
 問題はどうやって子供達に理解をしてもらうかなのだが、それはここに来る道すがら仲間達と相談済み。
「まずは五人の子供達を捜すことからですね。双子とセイクリッド家、それとツインテールの少女。みんなで手分けして、頑張って探しましょう」
 ライがキュッと赤い鉢金を締めなおす。
「人と精霊が良い隣人でいられるよう、皆でがんばりましょう……」
 柊沢はそう呟くと、空を見上げて銀の瞳を閉じる。
 ここはジルベリア最北領の中でも比較的暖かく、寒くても−5度程度との事。
 だが天候が崩れれば話はまた変わってくる。
 柊沢の閉じた瞳の奥には、青い空と流れる雲が早送りに映し出されてゆく。
 どうやら当分天気が崩れる事は無いようだ。
 6人は相談通り3手に分かれてエンジェルハートを連れ去ったであろう子供達を探し出す。


●子供達を捜そう
「双子の家はこちらね」
 フェンリエッタは商店街から程近い、双子のリリとララの家を訪ねる。
「頼もう! エンジェルハートが一人が仲間を連れ戻しに推参した、我が友を返してもらおうか!」
 一緒に訪れていたラグナが正々堂々とドアの前で叫んで仁王立ち。
 フェンリエッタがびっくりするその目の前で、やはり驚いた双子の母親らしき女性がドアを突き飛ばす勢いで出てくる。
 一言文句でも言いそうだった険しいその顔は、ラグナを見た瞬間ぽかんとしたものに変わった。
 だがラグナはそんな双子の母の様子を気に留める風も無く、
「双子に合わせてもらおうか」
 と一歩も引かない。
 ラグナは自分の姿に一遍の迷いも疑問も無いようだ。
 だが周囲から見てそれはかなり異様な光景だった。
 ラグナは身長180を超える大男で尚且つ筋骨隆々。
 逞しく頼りがいのある彼は、だがしかし今は真っ白なドレス姿に可愛いウサギ帽子という出で立ちだったのだ。
 ふわふわと愛らしくそれでいてゴージャスな衣装に合うように強面の顔にご丁寧に化粧まで施している。
 ちなみに化粧はフェルル作だ。
 自前でラグナが化粧をしていたら一体どうゆう趣味だと一同で問い詰めなくてはならないところだった。
「私達は開拓者ギルドより派遣された開拓者です。あなたのお嬢様方がエンジェルハートを連れ去ったという目撃情報を頂きました。詳しいお話をお聞かせ頂けませんか?」
 隣でフォローをいれるフェンリエッタは男装の麗人風。
 柔らかで透き通るような白地のスーツに身を包み、ミニハットとマントを羽織った彼女はエンジェルハートの騎士が人化したかのようだった。
 フェンリエッタもラグナもエンジェルハートが人化したイメージでコスプレしているのだが、ラグナとフェンリエッタでは何かいろいろと違いがあるような無いような。
 ラグナの言動と見た目で思考がフリーズしてしまっていた双子の母は、フェンリエッタの説明にやっと頷いて、家の中に案内する。
 双子は開拓者―― 特にラグナをみて二人同時に壁際に飛び退った。
「どうしてその子を連れて行こうと思ったの?」
 可愛い双子の少女に飛びのかれてあからさまに凹んでしまったラグナの一歩前に出て、フェンリエッタは優しく尋ねる。
 叱るでも無理やり奪うでもなく問いかけられるその言葉に、双子は顔を見合わせる。
 二人とも両手を背に回しているのは、きっとエンジェルハートを背中に隠しているからだろう。
 相談する二人を優しく見守るフェンリエッタ。
 ラグナも空気を読んでじっとしている。
「「ペット飼っちゃだめって……この子なら大丈夫かなって」」 
 言いながら、双子はそれぞれ背中に回していた腕を前に出し、エンジェルハートをフェンリエッタに見せる。
 双子の腕の中でなんだかエンジェルハートはしょんぼりと元気が無かった。


「……エンジェルハートは被害者だ。大切な仲間を拉致されたのだから」
 子供達を探している間にも攻撃を仕掛けてくるエンジェルハートに決して反撃などせず、紺屋はそう呟く。
 ぴしぴしと降り注ぐ氷の礫は痛かったが、我慢出来ないほどでもなかった。
 そして彼もまた、ラグナ達と同じようにエンジェルフェザーを身に纏い、人化エンジェルハートに扮していた。
 標準体型の彼は、けれどシノビ。
 もっとも得意なのは若い女性に変装する事だけあって、ぱっと見彼が男性だなどとは誰も気づかないほど美少女然としていた。
「赤い屋根、きっとこの家です」
 フェルルがケープで礫を防ぎながら、斜め前の家の屋根を指差す。
 積もった雪から覗くその屋根は一際赤く、セイクリッド家の子供達がいるという家に間違いなかった。
「お願い。私達の家族を返して」
 演技たっぷりに、セイクリッド家から現れた少年に紺屋は黒目がちな瞳を潤ます。
 少年よりも年上とはいえ、美少女に頼まれた少年は一瞬エンジェルハートを返しそうになり、鞄にチラッと目を走らす。
 でもすぐ後ろに出てきた少年の弟がキッと紺屋とフェルルを見上げて睨み付ける。
 顔を赤らめる兄のほうはともかく、弟のほうは歳が離れすぎていて紺屋の美少女っぷりにもフェルルの愛らしさにも動揺しなかったようだ。
「やだやだやだっ! こいつらは僕達が捕まえたんだもん! お父様だって狩りで捕まえた獲物は自分達のものしてるんだ。僕達だって渡さないよ!」
 大きな家といい身なりといい、良い家の子達なのは一目でわかる。
「それなら、貴方達に見て貰いたい私達の本当の姿があるの。どうか一緒に来て?」
 茶色い髪を白く染めて、ツインテールに結わった紺屋は本当に美少女。
 潤んだ瞳でもう一度見つめられた少年は駄々をこねる弟の手を引いて、フェルルと紺屋に着いてくる。


「おかしいですね。これだけ走り回っても女の子の情報が無いなんて」
 早駆も超越感覚も駆使して港町を走り回るライだが、ツインテールの少女の情報がない。
 15歳ぐらいでツインテールが出来る髪の長さといえば、この小さな港町でなら直ぐにでも見つかりそうなのに。
 ライは膝に手をついて荒い息を整える。
 と、その時。
 道の向こう側から心配そうに此方を覗いている少年と目が合った。
 柊沢も気づき、疲れているライに代わってそっと声をかける。
 人見知りゆえか、それとも別の理由か。
 口数の少ない柊沢も、子供だと大丈夫なようだ。
「あなたは最初にエンジェルハートを捕まえた少年ね……?」
 声をかけられて驚いて逃げ出そうとする少年を、ライがさっと追いついて捕まえる。
「待って欲しい。どうか話を聞かせてはもらえないか」
「なにか知っているのですか……? それなら、私達に話してください。決して叱ったり虐めたりしないと約束しましょう」
 柊沢に諭されて、少年は困ったように俯きながら、とても重大な情報を口にする。


●どうか返してあげて? エンジェルハートのお話、ここに開幕☆
 人化エンジェルハートに扮した開拓者6人と、エンジェルハートを抱いた子供たち5人は村長の家に集まっていた。
 村長の家で一番広いであろう居間のテーブルや机を左右に寄せてスペースを作り、簡易ステージを用意して開拓者達は打ち合わせ通り演技を始めだす。
「家族が、友だちが攫われました……」
 フェルルが俯いてステージに上がる。
「私たちを好いてくれるその気持ちはうれしい。だが、私達は一人ぼっちが辛いのだ……」
 ラグナがステージに上がる。

『友達になりたくて連れ去ってしまった子達
               仲間想いの精霊は怒って村を襲う……

 悲しげな語りを終えると、フェンリエッタがフルートを奏で出す。
 悲しい音色にあわせて、柊沢が舞を舞う。
 それは自由を奪われ、仲間から引き離されたエンジェルハートを思う舞。
 それを合図にフェルルが子供達にふわりと微笑む。
「あなた達も大切な人が攫われれば、怒ったり哀しむでしょう? 私達も悲しいのです。怒るのです。彼のこの顔は怒りの印」
 そういってフェルルはラグナを振り返る。
 ラグナは決して本当に怒っているわけではないのだが、もう最初っから怖い顔立ち。
 愛らしい人化エンジェルハートに成り切れない彼の為に、ステージに上がった紺屋がもう一声付け足す。
「君達には区別がつかないかもしれないけど私達にも雌雄や容姿の個体差はあるの。例えば君が捕まえたその子人間で言えば50に差し掛かった筋骨隆々のおじさま。ここにいる彼よりも年上なのよ?」
 美少女然としながら、紺屋はセイクリッド家の我侭次男のエンジェルハートを指差す。
 可愛いと思っていたエンジェルハートがおっさんだと思い込み、次男坊はおろおろ。
「その子達のご家族がいま村中を探し回っているんです。親御さんのもとへ返して頂けませんか? それを伝える為に、私達はこうして人と同じ姿になってお願いに来たのです」
 ライ自身もエンジェルハートになりきって、子供達に訴える。
「……君たちとて、親や友人と引き離されてしまっては、怖くて哀しいだろう?」
 さぁ、と手を差し出すラグナに、子供達は一人、また一人と開拓者へエンジェルハートを返してゆく。
 開拓者達を本当にエンジェルハートの化身だと思った子供達は、セイクリッド家の次男坊だけ。
 けれど子供達は皆、本当はこんな事をしてはいけないことをわかっていたのだ。
 精一杯エンジェルハートを演じる開拓者達と、エンジェルハートの身になって紡がれる寂しさ悲しさが子供達の心に届いたのだ。
「ああ! 心配したぞ……さあ、帰ろう!」
 どさくさに紛れてラグナはぎゅうっとエンジェルハートをここぞとばかりに抱きしめる。
 じたじたと暴れるその姿にすらやわらかさと満足感は十分!
「多くの精霊と人が近くにいるこの時を使って、双方の架け橋にっ、精霊が怒りを落ち着けて楽しんでくれるよう、舞を奉納しますっ、さぁフェンリエッタさん、霞澄さん、村長さんもみなさんも一緒に♪」
 
  『……使者が現れ話し合い、仲直りの為祭りの始まり…』

 フェンリエッタの曲調が明るく代わり、フェルルがみんなを誘って踊りだす。
 双子のリリとララ、セイクリッド家の兄弟、そして、最年長の『少年』
 そう、ツインテールの少女は実は男の娘だったのだ。
「道理で、皆知らないわけです」
 とは、最初の少年から事情を聞きだしたときのライの言葉だ。
 普段はきちんと少年姿で過ごしていたから、親しい友人達ぐらいしか事実を知らなかったのだ。
(家庭に問題があるわけじゃなくてよかったな)
 紺屋は狭い町の中でツインテールの少女が誰だかわからない事に特に心配もしていたから、事実を知ったときの安堵感は人一倍。
 女装が得意な紺屋となら、何かあれば少年のいい相談相手になれるだろう。

 『♪
   冬将軍とやって来る
         エンジェルハートは優しい心
                      でもね、ちょっぴり恐がりだから
        仲間と離れ離れにさせないで?
                             だから一緒に歌いましょ
               皆で楽しく踊りましょう
                                   春の便りが届くまで♪』

 フェンリエッタの歌声がフルートの変わりに室内に響き渡る。


●エンジェルハートでハッピーエンド☆
「もしよかったら、この絵本を」
 フェンリエッタが村の入り口まで送りにきてくれた村長に、手作りの絵本を手渡す。
 開拓者みんなで作ったその絵本には、仲間から引き離されたエンジェルハートの悲しさ寂しさ、そして仲直りの為にみんなで歌って踊った今回の事件が描かれていた。
 その本を残した理由は、今後もこういったことが起こらないように。
 子供達にわかりやすく、してはいけないことを理解してもらう為だ。
「言葉だけでなく……今日のように舞と歌で、後世に伝えていただければと……」
 柊沢が控えめに提案する。
 口で叱り続けるより、毎年、今日この日を忘れないようにエンジェルハートに舞を奉納し、一緒に手を取り合って過ごせる日を作ればよいのではないか。
 小さな港町でそれが毎年実現出来るかどうかは不明だが、子供達も喜ぶ事だから村長は乗り気だった。
「舞や音楽、それだけじゃなく、気持ちの篭った行いで精霊に楽しんでもらい、人はその愛らしい姿を愛でる。言葉は通じなくても、お互い楽しく接していければ、どんどん身近になるはず♪ そうやって諍いの起きない、素敵な関係を皆さんで築くんですっ」
 乗り気の村長の後押しとばかりに、フェルルがぐぐっと畳み掛ける。
 そしてラグナはやっぱりエンジェルハートと目をあわせられない。
 可愛すぎてどきどきが止まらないのだ。
 だからエンジェルハートのぬいぐるみを町の入り口の露店で大量に抱きしめたつもりで、その隣に売られていたウサギのぬいぐるみを買ってしまっている事に気づけない。
「何を唖然としておるのだっ……お前達も手に取るのだっ!」
 真っ赤な顔のままみんなにもウサギのぬいぐるみを押し付けるラグナ。
 ふわふわの抱き心地といい、真っ白い愛らしさといい、ラグナの添い寝には大量のウサギのぬいぐるみがきっと任務を全うするだろう。
 仲間が戻り、幸せそうなエンジェルハート達が町を去ってゆくみんなをふわふわと見送るのだった。