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■オープニング本文 それはきっと運が良かった。 美脚バイトは深緋のいない受け付けに嬉々として座る。 自慢の美脚のお手入れにこのカウンターに脚が隠れるこの場所はまさにサボるにはうってつけ。 (鬼の居ぬまになんとやらだよね♪) 薔薇のアロマエキスを手にとり、ゆったりと美脚に。 鬼こと深緋はここ数日受付を休んでいるのだ。 その代理に雑用係の美脚バイトが受け付けも兼任しているのだが、なんだかんだで忙しい。 立ちっぱなしで浮腫んだ足などは、美脚バイトのプライドが許さない。 鼻をくすぐる薔薇の香りに美脚バイトの気分はうっとり。 けれどそんな美脚バイトの至福の時間を邪魔する声が。 「†願†」 深緋の妹・鳩羽だ。 (面倒な奴が来たわね……っ) ちっと舌打ちして、美脚バイトは作り笑顔をこしらえる。 「どの様なご用件でしょうか」 「†頼†」 この一言に、美脚バイトの作り笑顔は一瞬にして消え去った。 「……ナニいいたいかわかんないわよ。つーかあんたまともにしゃべれんでしょ、しゃべりなさいよ」 至福の時間を邪魔された怒りと意味不明の発言に美脚バイトの苛立ちが募る。 みるみるうちに鳩羽の橙色の瞳に涙が浮かんだ。 (ふんっ! 美人だからって泣けばいいと思ってるんじゃないわよ) 美脚バイトは足こそ綺麗だが、顔は十人並み。 そんな並みの顔を化粧で誤魔化しているからか、余計に美人の涙は目障り。 むしろ泣かしたことで優越感すら沸いてくる。 美脚バイトは鳩羽を無視して足のケアを続けようと屈んで ――。 「ぎゃーーーーーーーーーー!!」 「?!」 閃光と、凄まじい叫び声に美脚バイトは飛び起きた。 運悪く美脚バイトの後ろを通りかかった開拓者が、この世の終わりのような顔で悲鳴を上げて床でのたうっている。 「な、なにが……あっ!」 鳩羽。 その名前に美脚バイトは思い出す。 残念美人鳩羽は高位巫女で、泣きながら精霊砲を撃ち放つ危険人物だという事実を!! ゆらり。 精霊砲で仕損じた美脚バイトに鳩羽はゆっくりと向き直る。 「ああっと、ええっと、ねぇ、話し合いって、大事だと思うのよ、うん」 開拓者がこんな状態なのだ。 一般人の自分が精霊砲を受けたら生き残る自信などない。 壁にびたっと張り付いて、命乞い(?)をする美脚バイト。 鳩羽の瞳から涙はまだ消えていない。 その代わり、すうっと細めた橙色の瞳からは慈悲の色は消えうせていた。 (助けて助けてたすけてたすけてっ……っ!) 声にならない叫びを心であげる美脚バイト。 あわや大惨事発生かと思われたその時、猫又・榴遊が現れた。 「†猫†」 鳩羽の瞳から涙がひき、榴遊を抱きしめる。 優しくその背を撫でる姿は正に聖母。 「そ、そうだ、きっと、猫で何か困っているのよね?! ここで何でもいってもらえれば開拓者に依頼としてまわすわっ」 鳩羽の機嫌がいいうちに、全力で依頼内容を聞き出そうとする美脚バイト。 「†食†」 「そうそう、わかるわー」 「†住†」 「うんうん、そうよねー」 「†修†」 「納得!」 「†結†」 「わかってるわ、全部任せてっ」 ……説明するまでもなく、美脚バイトは鳩羽の言葉など理解していない。 もう早くお帰りいただく為に必死だった。 かくして深々と鳩羽がお辞儀をしてギルドを去るときには、意味不明の言葉の欠片だけが残った。 「怖かったーーーーーーーーーーーーー!!!」 命の恩人的榴遊を抱きしめて、美脚バイトは泣きながら依頼書を作成するのだった。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
藍 舞(ia6207)
13歳・女・吟
レグ・フォルワード(ia9526)
29歳・男・砲
浅葱 恋華(ib3116)
20歳・女・泰
綺咲・桜狐(ib3118)
16歳・女・陰
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志 |
■リプレイ本文 ●美脚受付嬢を叱っとこう? 「……うーん、多分こんなところじゃないかな、って思うけど……。ううっ、できれば依頼は紙に書いてお願いしますなの」 エルレーン(ib7455)はジルベリア開拓者ギルド受付で、美脚バイトから受け取った謎の言葉の羅列に頭を痛める。 7つの言葉だけから依頼内容を把握しろというのは、エルレーンでなくとも難題だろう。 「鳩羽ったら、もう少し解り易く依頼を出さないと大変よ〜」 鳩羽に以前あったことのある浅葱 恋華(ib3116)も苦笑。 独特の会話は印象に残るが理解に苦しむのだ。 「依頼内容に関してだが、一番可能性が高いと思ってるのは『猫への食事提供と住処の修理をお願いしたい』ってとこだな。違ったとしても、現場を見て気付いた問題があればそれを解消すればいいし」 現場で確認すればいいというレグ・フォルワード(ia9526)の考えは、意味不明の文字列とにらめっこしているよりも確実かもしれない。 「きっと依頼人の鳩羽さんが住んでいるか、縁のある場所にいる猫達についてなんでしょうね。ギルドの報告書を先ほど見させて頂いたのですが、鳩羽さんは最近大量の猫の面倒を見る事になったようですね」 菊池 志郎(ia5584)は鳩羽の以前頼んだ依頼内容から今回の依頼について大体の予測を立てている。 鳩羽が住み込みで勤めている寺院では、鳩羽の他にもお坊様も沢山いるのだが、それでも突然大量の猫を養うことになればそれ相応のトラブルは付きものだろう。 「猫さんが困っているのですね。柚乃もお手伝いしますっ」 猫大好き猫又大好きの柚乃(ia0638)はぐぐっと気合を入れて、通りすがりの猫又・榴遊をちゃっかり抱っこ。 本来の受付嬢である深緋は駆け落ちしたとか何とか柚乃は聞いているようで、「そっちも気になってたけど。大丈夫だよねっ?」と榴遊に尋ねている。 「また頼りに来なくてもいいように、しっかりやってしまうわね。受付の美脚さんの為にも」 まだ鳩羽の恐怖が抜けない美脚バイトに藍 舞(ia6207)は苦笑。 一般人でありながら精霊砲の脅威に晒されかけたのだから、怯えるのも無理はないのだが。 「いくら怖くても……ギルドの係員さんも適当にやったらめ、です……」 ほわんとしているようで、意外と言う綺咲・桜狐(ib3118)。 でも美脚バイトが最初からきちんと対応していればこんな風にみんなで頭を悩ませる事もなかったし、依頼内容を勘違いして的外れな失敗をする可能性も減る。 皆の予想から今回は特にアヤカシがらみではなく身の危険もある一定条件さえ犯さなければなさそうだが、依頼内容によってはこんないい加減な受付の仕方をしていては開拓者の命に関わる事もあるのだ。 きっちりと美脚バイトを躾けつつ、一同はとりあえず現場であろうと思われる寺院へ移動してみる。 ●寺院は猫だらけ 「猫さんがたくさんですっ。もふりです♪ でも、猫又さんがツンデレなのが残念です……お話したかった」 寺院を埋め尽くす凄まじい量の猫と、ちゃっかり紛れ込んでいる数匹の猫又に柚乃は喜んだり悲しんだり。 猫たちが足元に懐っこくもふってくれるのは嬉しいのだが、猫又はやっぱりプライドが高すぎて目が合ってもふいっとどこかへいってしまうのだ。 「ねこちゃんのごはん……っていったら、やっぱり思いつくのは鰹節なの」 そういいながら自前で用意したかなりの量の鰹節をエルレーンは死守。 鞄に詰めて来たのに猫達ときたら鼻が良くて、『頂戴にゃー!』といわんばかりにジャンプして鞄ごと取ろうとするのだ。 「請け負ったからには、確りとやってあげないとね〜♪」 寺院に元からいた猫達もそうだが、自分達を遠巻きにみつめている元野良猫達の事も恋華は気づいていた。 元野良猫のなかでも先日の依頼で最初から寺院に雪崩れ込んできた猫達は懐っこかったらしいのだが、街に下りてしまった猫達はそれはそれは凶暴だったと聞く。 人懐っこい子はすぐにご飯を食べてくれそうだが、元野良猫達は果たしてどうだろう。 (謎の言葉……最後の「結」ですが、「結ぶ」という意味で猫と町の人達を仲直りさせることを指すのかともおもいましたが、これはもしかしたら元野良猫達と元々いた飼い猫達との仲を結んで欲しいということでしょうか) 恋華と同じように遠巻きにこちらを見ている元野良猫達に気づき、士郎はふとそんな事を思う。 街の人々との仲を修復する事も大事だが、猫同士の縄張り争いやわだかまりもありそうだ。 「お坊様、今回よろしくお願いしますね……。猫さんどれくらいいるんでしょうかね……?」 大量すぎて数えることの出来ない状況に、桜狐はお坊様に数を確認。 恋華と一緒に猫達のご飯を作る予定なのだが、ふさふさの銀の尻尾に既に数匹の猫がぶら下がっていてる。 「まずはお願いがあるんだけど。木材の調達と補修道具の貸し出し、それと専門家を紹介して欲しいのよ。専門家自身がこれそうにないなら知識だけでも欲しいわ。坑道をきっちり修理したいのよね」 シノビの機敏さからか、舞はじゃれて来る猫達をすすっと交わしてお坊様に交渉。 坑道に元々猫又達も猫も住み着いていたのだから、そこを修理すれば全てが解決するはずなのだ。 お坊様も猫にまとわり着かれつつ、舞に技術者への紹介状をしたためる。 ●修理も完璧に 「おいおい、雪で傾いてねーか?」 坑道に木材を担いで仲間と訪れたレグは驚く。 先日に坑道に巣食う巨大鼠姿のアヤカシを退治し、坑道も多少なりとも補強されているはずなのだが、入り口からして既に危険な空気が漂っている。 寒さの厳しいジルベリアの最北領。 幸い今日は快晴で雪に見舞われることはなさそうなのだが、降り積もった雪は溶ける事無く坑道の入り口に降り積もり、木で出来た入り口の支えが傾いでいる。 「本来なら街の方々が除雪をしていそうですが、最近のことがあるからでしょうか」 士郎の言うように、坑道の除雪は定期的に街の人々が行っていたのだが、この間の騒ぎで坑道に近づくことを恐れてしまったのだろう。 「こいつを連れてきて正解ね。ギルドに了承取っといた甲斐があるわ」 舞が獅猩を親指でくいっと指す。 相棒たる土偶ゴーレムの獅猩は「自分は姐さんの頼みなら何なりと」と逞しい胸を叩いた。 力自慢の獅猩は舞の指示に従い、人では到底出来ない速さでぐいぐいと積もった雪をどかしていく。 「合い釘打っといたほうが良さそうだな、こりゃ」 レグは口に尖った釘を咥え、傾いた支えの根元に補強用の木材を重ねる。 「荒木を頂いて置いて良かったですね。中の方も大分傷んでいるようですから」 三角飛びを使い、住み込んでいる猫又達に挨拶しながら士郎は坑道の中へ。 つい見過ごされそうな天井の木材にも注目し、その傷み具合をチェック。 荒木は人目に触れる住処などには使い辛いが、坑道なら問題なし。 屑材扱いで譲ってもらえたのは運が良かった。 舞がお坊様に紹介状を頼んだのが功を奏したのだろう。 「猫さん、喜んでくれたらいいな……」 力仕事は苦手なのに、大好きな猫達の為に柚乃はあったかいお布団を両手にぎゅうっと抱っこして持ってきていたり。 雨風は坑道で凌げるだろうが、寒いものは寒い。 柚乃の吐く息が白いように、猫又達もまた、身を寄せ合って寒さを凌ぎ、開拓者達をみつめている。 「ついでに猫部屋でも作っとくかぁ?」 レグは柚乃の布団を見て、どうせならと猫小屋作成に。 「坑道の奥のほうはうちと獅猩でやっとくわ。暗視ってこうゆうとき楽よね」 レグ達が入り口の補強を終えて小屋作りを始めたのを見て、舞は明りの届き辛い坑道の奥へとすいすい歩いてゆく。 「思っているだけでは考えは伝わらないから、困ったことが起きたらはっきり言うように。その為に言葉があるのですから」 士郎は小屋に布団に喜ぶ猫又達にちょっとだけ助言。 姿だけで既に愛らしく人の好意を得やすい状態なのだから、素直に思いを伝えてくれれば直ぐに手厚い待遇を得られるに違いないのだ。 猫又達は理解してくれたのかくれていないのか。 士郎をじっとみつめている。 ●お料理は美味しく、仲直りは楽しく♪ 士郎達が坑道の修理に励む頃、恋華、桜狐、エルレーンは寺院の猫達に大量のご飯を用意していた。 「ご飯をおひつに入れたから……炊き上がるまで撫で放題さわり放題……し、しあわせ」 沢山の猫に懐かれまくって、エルレーンは嬉し泣き。 竈の火はお坊様が見てくれているので安心安全。 「みんな意外とぽっちゃりしてるわね♪」 自前の料理人スタイルで恋華は猫達の体型チェック。 もともとの野良猫達もそうとは思えないほどにふっくりふくよか。 「恋華、私も料理手伝います……」 まだまだ尻尾に数匹の猫にぶら下がられたままの桜狐はよろよろと恋華へ。 桜狐の尻尾は猫達の愛らしさに無意識に振ってしまうから、格好の猫じゃらし状態なのだろう。 「尻尾があったら……よかったなの」 動き辛そうなのだが、沢山の猫にぶら下がられている状態はエルレーンにとっては至福状態らしい。 ぽっちゃりな猫の一匹を顔の前まで持ち上げて、「おなか、もっふもふさわらせてっ」と顔を埋めている。 お料理より猫達の柔らかさ可愛さ愛らしさに今にも倒れそう。 「ほぉら、桜狐、エルレーン。此れは後で使ってあげるから」 そういって桜狐の大好物の油揚げと、エルレーンが先ほど持参した鰹節を見せて恋華はにこっと笑う。 猫と戯れまくりたいのは山々だが、みんなお腹を空かして待っているのだ。 「猫ちゃん達だって、美味しいものが食べたいわよね〜♪」 恋華は猫達の体重がこれ以上増えないようにと、ヘルシーな野菜と皮の部分を取り除いた鶏肉のささみをさっと茹で、薄味で仕上げていく。 このおかずにエルレーンが思いついた一般的な猫まんま、つまり炊き立てご飯に鰹節というベタだけれど美味しいご飯をあわせれば、もう完璧。 「ん、猫さん達の為に私の油揚げも上げます……。辛いですけど涙を飲んで全部……」 「いやぁねぇ、油揚げは猫ちゃん達にはあげないわよ? カロリーオーバーしちゃうもの。その美味しい油揚げはみんなで食べるわ。さっと仕上げちゃうからまっていてね?」 「ん、恋華……大好き」 桜狐は料理中の恋華に抱きついて、あわや恋華はお料理を落っことしそうになった。 「ちょっとこの手料理最高じゃない?」 坑道の修理を終えた柚乃、レグ、士郎、舞が寺院に戻ってくると、恋華たちの作った美味しい手料理をぱくつく。 労働の後の食事はまた格別の上手さだ。 「マジ旨いなこれ。猫共も先争って食いついてるし、こりゃ今のうちに屋根の修理しちまったほうがいいかぁ?」 自身も美味しそうに炊き立てご飯を頬張りながら、レグは豪快に笑う。 「猫さん達、猫舌なのにおいしそうです」 焚き立てご飯は火傷するほどではないにしても、柚乃が驚く程度にはあったかい。 それでも美味しさに負けて猫達は尻尾を振りながらぱくついている。 当初恋華が心配した元野良猫達ですら、美味しい物の前には無抵抗。 「さぁさぁ、食後は躾の時間よ。きっちりマナーを身に着けてもらうわ」 ぱんぱんと手をはたいて、舞は猫達に声をかける。 寺院に元々いた猫達はもちろんの事、警戒心の強い元野良猫達にも夜春をつかってバッチリ警戒心を下げた上での行動だ。 せっかく懐っこくとも、人と共存する上での最低限のマナーは覚えてもらわないと、また事件になりかねない。 (まあ、これが一番時間かかりそうだけどね。なんとかなるでしょ) 舞は苦笑して、根気良く猫達をしつけていく。 「あ、れ……?」 士郎は、足元の猫又に驚く。 てっきり猫だと思っていたのだが、良く見ると尻尾が二股に割れているのだ。 そしてその身体の模様は坑道にいた猫又と同じ。 いつの間にかこっそりついてきていたようだ。 猫又は、やはりしゃべらないもののその二本の尻尾をくるっと士郎の足首に巻きつけて身を寄せている。 (これは、お礼のつもりですか。まったく、やっぱり素直じゃないですね) 士郎は苦笑しつつ、屈んで猫又の背をそっと撫でる。 猫又はまるで普通の猫の振りをして、幸せそうにひと声鳴いた。 |