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■オープニング本文 「†鐘†」 ジルベリアの開拓者ギルド受付で、独特の口調の美女が呟く。 美女の正体はもちろん、言わずもがなの鳩羽。 ウィンタードレスが余ほど気に入ったのか、似合わないというのにまだ着ている。 「年の瀬の鐘になにかあったの?」 この間この姿を見て免疫がついていたせいか、受付嬢深緋は妹の呟きにも姿にも動じない。 自慢の簪磨を袱紗で磨きながら、妹の言葉を待つ。 「†怪我†」 「……単語なんて珍しいわね。状態はどうなの」 鳩羽が誰が聞いてもきちんと意味のわかる言葉を発するのは珍しく、深緋は柳眉を潜めた。 だが別に鳩羽にとっては余り深い意味はなかったようだ。 事情を聞くと、いつもその年の最後の日に寺院の鐘を鳴らすのだが、大掃除の際に寺院のお坊様が軽い怪我を負ってしまったので、代わりに鳴らす人手が欲しいらしい。 「お坊様も大変よねぇ。あの鐘、かなり大きいしねぇ」 深緋は以前訪れた寺院の鐘を思い浮かべて苦笑。 スウィートホワイト領全域に響き渡るのではと思われる巨大な鐘は、氷のように透き通った水晶で出来ており、鳴らすための撞木は親綱と子綱を合わせてぱっと見で10数人で引いていたように思う。 怪我をしたのは一人なのだろうが、年の瀬には108回鳴らすらしいし、人手は何人いてもよいだろう。 「早く良くなるといいわね」 お坊様の怪我の回復を祈りつつ、深緋はギルドに新しい依頼書を貼り付けるのだった。 |
■参加者一覧 / 礼野 真夢紀(ia1144) / 和奏(ia8807) / 村雨 紫狼(ia9073) / 明王院 浄炎(ib0347) / 明王院 玄牙(ib0357) / 无(ib1198) / マルカ・アルフォレスタ(ib4596) / アル・アレティーノ(ib5404) / 叢雲 怜(ib5488) / 計都・デルタエッジ(ib5504) / フィアールカ(ib7742) |
■リプレイ本文 ●水晶の鐘 「……水晶の……。力のある開拓者が大勢で強く叩くと、割れちゃいそうですね……」 水晶で出来た寺院の釣り鐘を前に、和奏(ia8807)は呟く。 スウィートホワイト領の鉱山で産出される水晶から作り出されたその釣鐘は、何処となく紫がかっていた。 「なにか謂れがあるんだろうか」 无(ib1198)も眼鏡をずらして釣鐘をみつめ、相棒たる尾無し管狐・ナイに語りかける。 話しかけられたナイは不思議な瞳で小首をかしげた。 「おっきい。きれい……。これはかねの王さま?」 水晶の釣鐘をみるのは初めてなのだろう。 フィアールカ(ib7742)はその小さな手でそっと釣鐘に触れる。 ひんやりと透明感をもった釣鐘は、今はまだ沈黙を保っている。 「寒くはないか?」 明王院 浄炎(ib0347)はともにこの寺院を訪れた礼野 真夢紀(ia1144)に尋ねる。 「はい。防寒対策はしっかりとしてきました」 一人暮らしのせいか、育ちのせいか。 歳よりもずっとしっかりとした礼野は、暖かな外套をきゅっと抱きしめる。 「俺もまゆちゃんとおそろい」 礼野とお揃いの外套を羽織った明王院 玄牙(ib0357)も、父の前で嬉しそう。 仕事で訪れたとはいえ、今日はお祭り的な雰囲気がある。 鐘を鳴らすのは深夜な事もあり、昼間は家族でゆっくりと出来そうだ。 ●市場も大賑わい 「お祭、楽しみましょうね〜♪」 いつも笑顔を絶やさない計都・デルタエッジ(ib5504)は、叢雲 怜(ib5488)とアル・アレティーノ(ib5404)と三人でスウィートホワイト領の市場に来ていた。 「お、あのチキン美味しそうだ……どうせだしれーちんに食べさせてあげるかー」 アルは屋台で売られている焼き鳥に目をつけて、即行で三人分買ってくる。 ぷりぷりとした肉付きと、こんがりと狐色に焼けた皮、滴る肉汁。 「美味しそうなのだ♪」 「ほらほら、お口をあけて」 「えっ?」 「食べさせてあげる」 熱々の焼き鳥に息を吹きかけて冷まし、アルは驚く怜の口元へ。 「じゃ、じゃぁ♪」 真っ赤になって照れつつも、怜は口を開けてアルのくれた焼き鳥を頬張る。 「あらあら、良いですわね〜。私も食べさせてあげますわ、あ〜ん♪」 アルから受け取った焼き鳥を、計都も怜の口元へ。 「あ〜ん♪」 アルで慣れたのか、怜はもう嬉しそうに焼き鳥を再び頬張った。 もきゅもきゅと嬉しそうに食べる怜を見ていると、アルは「こうやってるとなんか餌付けしてるみたいだねー」といい、計都も同意見のようだ。 「お菓子も売っているようですわね〜。色々みていきましょう〜♪」 計都と怜、アルの三人は仲良く腕を組んで、年末で賑わう市場を歩いてゆく。 「こちらに来るのは初めてですわね」 ジルベリア出身のマルカ・アルフォレスタ(ib4596)は黒い扇子をぱちりと鳴らす。 スウィートホワイト領は最北な為か、マルカは初めて訪れたようだ。 最北ならではだろうか? 流氷を象ったクリスタルの置物や、スノーボール、ダイヤモンドダストを思わせる砂糖菓子など。 あまり他の街では見かけない品物を手に取り、マルカは兄へのお土産を選び出す。 「ハットバ、ハトバハートーバー!!」 なにやら陽気な歌を歌う村雨 紫狼(ia9073)は、鳩羽の手をとり市場を巡る。 自分の名前で歌を歌われた鳩羽は小首を傾げるが、楽しげだ。 「おっ、このコインは!」 そんな村雨が目をつけたのは、割れたコイン。 玩具だろうか? ジルベリアの通貨とも天儀の通貨とも違うそれは赤く、そして欠けていた。 「コンドルの絵柄といい、こいつは伝説のコアメダルだぜ、ひゃっほー♪」 小躍りしそうな勢いで喜ぶ村雨。 欠けた片割れを見つけて元通りに戻せたら、欲望が叶うのかもしれない。 「ではあの水晶の鐘は、この寺院が出来た時には既にあったのですね?」 釣鐘の存在がどうしても気になる无は、寺院のお坊様達に聞き込み調査。 先に市場にも行っていたのだが、市場は人の出入りもそうだが店の入れ替わりも激しいようで、余り有益な情報は得られなかったのだ。 そもそも、あれ程大きな水晶をどうやって鐘の形に作り上げたのか。 疑問は増すばかりである。 解った事といえば、あの鐘は水晶の中でもアメトリンと呼ばれているもので、紫水晶と黄水晶が合わさったものなのだとか。 「†望†」 市場から戻った鳩羽が、无に声をかける。 「それは、あの鐘の事ですか?」 意味不明な鳩羽の言葉にめげず、无は何とか解ろうと言葉を重ねる。 恐らくあの鐘にはみんなの希望が詰まっているのだと理解する頃、日は西の山へと沈み始めていた。 ●煩悩は何処? 鳴り響け除夜の鐘! 「手伝いに来てくれる方々に、暖かい甘酒出せたら良いかなと思いまして」 そういう礼野の隣では浄炎が大鍋を抱えている。 中には礼野が昼間の内に寺院に許可を貰って作った甘酒が。 「寒いからね。みんなに配ろう」 玄牙は沢山のお椀を抱えている。 開拓者の分もだが、お坊様の分、そして鐘の音を聞きに来る街人の分。 お椀はいくつあっても足りないだろう。 「どんな音なのかな。とっても大きな音なら。悪いのもびっくりしてにげちゃうんだね」 フィアールカは、これから鳴らす鐘の音に心を躍らす。 水晶の鐘の奏でる音は、どんな音なのだろう。 「良い音が出ますように……」 祈りを捧げ、和奏は子綱を手に取る。 撞木も水晶で出来たそれは、意外と重く、そして固い。 一般人より遥かに力のある開拓者が鳴らしても、ヒビ等ははいらなそうだ。 少しほっとしつつ、和奏はマルカの指示に合わせて鐘を突く。 天儀とはまた違う、高音でありながら深みのある音色が辺り一面に響き渡る。 (来るべき年が、みなさまにとって実り多い年になりますように) 鐘の音色に祈りを乗せて、和奏は深々と頭を下げる。 「鳩羽様、お久しぶりですわね」 お忘れかもしれませんがと言いつつ、マルカは鳩羽に声をかける。 「†久†」 長く艶やかだった金髪をばっさりと切ったマルカに、鳩羽は一瞬記憶が一致しなかったようだが、すぐに思い出したようだ。 すすっとマルカの側に寄る。 「その後、鴨達は如何でしょうか」 「†暮†」 「そうですか。無事に新しい土地に馴染み、幸せに暮らせているようですね。嬉しい限りですわ」 鳩羽の言葉をいつの間にかマルカは理解出来てしまっているようだ。 「?! ぐう……! なにこの痛みはああっ?!」 急に苦しみ出した村雨に、フィアールカはとてとてと駆け寄る。 「どっかいたいの?」 心配そうに村雨を覗き込むフィアールカに、村雨はさらに苦しげに頭を抑えてその場に片膝を着く。 「俺の煩悩が、ロリっ子が、ニューいやああああああっ!!!」 鐘が鳴り響くたびに、村雨はかはっと血反吐を吐く勢いでのたうつ。 どうやら村雨の強力過ぎる煩悩が聖なる鐘の音に刺激され、村雨の頭を痛めているようだ。 「いたいの、いたいの、とんでって!」 フィアールカはそんな村雨を撫で撫で。 村雨の煩悩がさらに膨らみ、鼻血を吹いてぶっ飛んだ。 「より良い年を迎えられますように……皆様に幸せが訪れますように……」 マルカの合図に合わせ、玄牙と浄炎、そして礼野が鐘を撞く。 「良い音を響かせたいものだ……な」 浄炎の提案で、礼野、玄牙、浄炎の順に並び、鐘を撞く。 背の順に並べば視界の確保が容易になり、タイミングも合わせやすいだろうという配慮からだ。 浄炎の前の玄牙は、勢い余ってよろけた礼野をさり気無く支えてフォローする。 「鐘はうまくタイミング合わせるのが難しそうだねー。まぁ腐っても砲術師、その辺はきっちり合わせれば大丈夫かなー」 力だけでなく、上手く鳴らすにはタイミングも大事そうな鐘を前に、アルは眼鏡に指をかけて余裕の笑みを浮かべる。 「ちょっぴり眠いけど、頑張るのだぜ♪」 アルと計都に手を引かれたままの怜は、寒さより何より睡魔に襲われているようだ。 「ちゃんと撞き終えたら、また美味しいものを食べさせてあげますわ〜♪」 だから頑張りましょうねと、計都は怜とアルと共に鐘の前に。 「せ〜の〜……ど〜んっ♪」 「参、弐、壱、撞け〜♪」 なにやら掛け声がばらばらだが、そこはそれ、仲良し三人組砲術士。 掛け声よりも何よりも、心で繋がっているのだろう。 一糸乱れぬタイミングで見事に鐘を鳴らし続ける。 「煩悩の数って108じゃ足りないような。いや、そうでもないのか」 根っからの学者気質なのだろう。 108つと定められた煩悩の数に、无は疑問を口にする。 鐘の横でフィアールカに看病されて幸せそうに苦しんでいる村雨を見れば、確かに108つでは足りなさそうだ。 鳴らす回数を増やしたほうが良いだろうかと、无は鳴らしながら数を数える。 「なにこの、聖なる波動的な俺の煩悩にジャストミートおおおっ!!」 叫び、フィアールカと共に村雨は渾身の一撃ともいえる勢いで鐘を撞く。 もっとも、脳を貫く鐘の音の痛みでそれほどの力は出ていない。 ロリっ子と一緒に鐘を撞く事によってぎりぎり起き上がっていられる状態なのだ。 「てがじーんとしちゃうかな」 村雨と一緒に鐘を鳴らしたフィアールカは、その背の羽と尻尾も疲れてくったり。 「みなさま、甘酒をご用意しました」 鐘を鳴らし終わり、一休みをするみんなの下へ、礼野が声をかける。 あらかじめ準備しておいた甘酒は、ほっとする香りを周囲に振りまいた。 「ヴォドカもいいが、甘酒も捨てがたいね」 自前のヴォドカをしまい、无も玄牙から甘酒を受け取る。 新しい年に、幸あれ! |