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■オープニング本文 その日は、とても良い日だった。 昼間の晴れ渡った空はどこまでも青く澄み渡り、暖かい日差しは春の訪れを告げ、自然、市場の人足も増えていた。 普段以上に賑わう市場での五つ星奇術団の興行はそれはそれは盛況で、収益金はずしりと重たい。 団長は、収益金を大切に懐にしまって足取り軽く帰路を急ぐ。 もうすぐ市場の人ごみを抜けて街道に出る‥‥。 と、その時だ。 どんっ! 「うおっ?!」 思いっきりぶつかられ、団長は尻餅をつく。 相手の青年と仲間達はぶつかった事に気づかなかったのか何も言わずに走り去っていった。 (近頃の若いもんは‥‥) そんな溜息を漏らしつつ、団長はゆっくり立ち上がって服の汚れをはたく―― 「ない?! そんなばかなっ?!」 ぱんぱんとわざと大きく音を立てて団長は服をはたいて確かめる。 だが無い。 今日の収益金の入った金貨袋ごと、お金が無くなっているのだ。 (さっきのっ‥‥!) ぶつかって来た青年を追いかけようと市場の人ごみを振り返るが、もういるはずが無い。 普段ならスられた瞬間に気づけたのだが、今日は少し浮かれていたのだ。 何故もっと用心していなかったのかと悔やまれるが、後の祭り。 (お金はまた稼げる‥‥だがあの金貨袋だけは‥‥っ) 以前の開拓者の協力もあって、日々生活に困らないばかりか少しばかり裕福になりつつあった団長は、一人息子が作ってくれた金貨袋を思う。 布で作られた巾着状のそれには、五つ星奇術団のメンバーの似顔絵を端切れ布を使ってパッチワークしてあった。 決して上手な作りではなく、所々すぐに解れてしまうのだが、その都度解れを直して大切に使ってきた。 お金はいい。 自分の不注意なのだし、また頑張って稼げるものだから。 だがあの金貨袋だけは失えないものなのだ。 団長は力なく開拓者ギルドへと向かうのだった。 |
■参加者一覧
音有・兵真(ia0221)
21歳・男・泰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
リエット・ネーヴ(ia8814)
14歳・女・シ
シータル・ラートリー(ib4533)
13歳・女・サ
セシリア=L=モルゲン(ib5665)
24歳・女・ジ
アーニー・フェイト(ib5822)
15歳・女・シ
ノース・ブラスト(ib6640)
19歳・男・魔 |
■リプレイ本文 ●しょうがないよね、おっさんだもの 「スリだろうがなんだろうが、取ってはまずい物も有るだろうにな」 ギルドから依頼を受けてきてくれた音有・兵真(ia0221)は、うなだれる奇術団団長に心底同情しているようだ。 192cmもある長身を屈めて痩せた団長の背を撫でている。 「大事なもんを盗まれたのかー、悪い奴がいるもんだなー」 ルオウ(ia2445)もかなり同情。 スリが財布をするのは当たり前といえば当たり前なのだが、今回はその財布がちょっと特別。 「ンフフ。人の物を盗むなんていけないわよねェ。特に思い出の品となれば。ンフフ」 ンフフ、と妖艶に微笑んでいるものの、セシリア=L=モルゲン(ib5665)も同情しているのだろう。 何時もより鞭の握り方が柔らかい。 もっとも、スッた犯人には情け容赦ない強力な鞭が飛ぶのだろうけれど。 「スられるヤツが悪ぃって言いてぇけど、おっちゃんの頼みだしね。捕まえて金貨袋取り戻してくるよ」 そしてこちらは同情というより苦笑しているアーニー・フェイト(ib5822)。 団長とはもう何度も会っている顔馴染みだからこそ出る言葉だろう。 「お金を持っている風に、見えますかしら? ボク♪」 シータル・ラートリー(ib4533)はユノードレスでくるりと回る。 上品な絹の光沢もさることながら、ゆったりと上品な口調のシータルはそうした格好をするとお金持ちのお嬢様にしか見えない。 そう、今回彼女が依頼だというのにこんなにもおしゃれな格好をしているのにはわけがある。 「シータルねーの事は絶対守るからね」 リエット・ネーヴ(ia8814)がシータルの隣でぐぐっと気合を入れる。 「できれば俺が代わりたいぐらいなんだけどなー」 そんな二人を見て、どう見ても俺は金持ちには見えないもんなあと残念がるルオウ。 シータルは今回スリを捕まえる為に囮になるつもりなのだ。 お金持ちのお嬢様がほんわかと問題の市場を歩いていれば、向こうから狙ってきてくれるかもしれない。 団長が相手の顔をよく見れておらず、こちらから探そうにも手がかりが少なすぎる。 囮に引っかかって相手から来てくれれば話は早いのだが、その分いつ相手が現れるかわからないのだからシータルはかなり危険な役だ。 「依頼内容の確認も含めてだが、後から思い出すことも有るものだ」 音有は、涙目の団長に優しく問いかける。 「若い男性が数人との事だが、背格好程度は似通っていたとかないか?」 ゆっくりと団長の記憶を掘り起こさせる。 そして言われてみればとスられた時の状況を思い出す団長は、はっとする。 一人は、腕に刺青があったと。 興行の終わった後のことだったからスられた時辺りは薄暗く、はっきり何の柄かまでは思い出せないけれど、捲ったシャツから出ていた手首から肘にかけて大きな刺青があったと。 「それはかなり大きな手がかりだな‥‥。左右どちらの腕だ?」 無言であたりの様子を伺っていたノース・ブラスト(ib6640)が大きく頷く。 団長はぶつかられたのが右側だから、見たのは恐らく左腕だろうという。 確実ではないが、当初の数人の若い男という情報からしたら遥かに大きな情報だった。 ●アジトはどこだ?! 羽振りのよくなった奴も要注意! 「つまり、ガラシャという奴は今まではツケばかりだったのだな?」 市場の近くの居酒屋で、ノースはほろ酔い加減の客に尋ねる。 もちろん、さりげなく隣に座ってさんざん愚痴を聞いてやり、一杯奢ってやりながらだ。 気持ち良く酔っているその客が言うには、つい先日、ツケがかさんでこの居酒屋を出入り禁止になった若造・ガラシャが、変わった金貨袋から金貨をどっさりと取り出してツケを全部払った挙句に、仲間と思わしき青年達にも豪快に奢っていたというのだ。 居酒屋のマスターも不審がってあれこれ聞いていたのだが、ガラシャは博打で一山当てたと言い張り、仲間達も頷くし、なにより、溜まりに溜まったツケが支払われたのだからとそれ以上は詮索しなかったらしい。 「変わった金貨袋といえば、武神島の緋色の金貨袋だろうか」 わざと確信とは違う事をノースはいい、客の答えを促す。 客が言うには、緋色なんてとんでもない、ボロボロで端切れがいっぱいくっついたみすぼらしい金貨袋だったと。 古い金貨袋に大金という珍しい組み合わせは他の客の目にも留まっていたらしい。 隣の席の酔っ払いが「ありゃー、なんかの顔に見えなくも無かったなぁ」とゲラゲラ笑う。 (確定だな‥‥) 確かな手ごたえを感じて、ノースは店を後にする。 「ここに売られたりはしていないだろうか」 市場の中で衣類や雑貨の中古品を販売している古道具屋を見つけ、音有は立ち止まる。 今回取り返さなければならないのはお金ではなく金貨袋。 だがスリ達にとって大切なのは金貨袋より中身の大金。 それなら、金貨袋は不要になって売り捌いてたりはしないだろうか? 正直、団長の話を聞く限りでは他人には価値のない金貨袋なのだが‥‥。 音有はそれでもわずかな可能性をかけて店のアイテムを一品一品、丁寧にチェックしていく。 「他にも被害に遭ってる人もおそらくいるとは思うのよネェ」 相変わらずセクシーな微笑を絶やさずに、セシリアは市場の地図をチェック。 市場の片隅とはいえ、魅力溢れるセシリアに道行く男性客がちらちらと視線を送っている。 彼女連れの男性までもそれだから、セシリアの魅力は計り知れない。 これでは、もしもその魅惑的な肢体を隠したとしても隠密行動は無理そうだ。 キュッと括れた腰はもちろんの事、ハリ艶のある魔乳は分厚いローブでも着ない限りまず隠せないし、今の時期ジルベリアとはいえそんなローブを着ていては目立ちすぎてしまうし。 セシリアも自分の魅力は良く理解しているようで、隠すなどということはせず、むしろ印象的且つ威力的なそのスタイルで道行く男性を誘惑しては知りたい情報をあっさりと聞き出している。 「ンフフ、わかっちゃったのよねェン♪」 ペンを片手に、キュキュッと地図にマーキング。 逃げやすい退路の確保、市場の出口。 人込みにすぐに紛れられる場所。 スリ達は市場のあらゆる所で活動していそうに見えて、その実、一定の箇所でしか活動していないことがこうしてチェックしてみると良くわかる。 「‥‥もし私がスリをやるならぁ‥‥アジトに近い場所とか、隠れる場所が多い所でやるわねェ」 そう、例えばこことか。 セシリアは目星をつけた地図の場所に口付ける。 赤いキスマークが地図に艶やかに輝いた。 「よーよーにーちゃん、随分イかした格好してんじゃん。そこまで派手な刺青はまずお目にかかれないぜ?」 薄暗くなった市場で、アーニーは思いっきりやばそうな若者グループに声をかける。 普通なら女の子が絶対声をかけないどころか逃げ出しそうなその集団に、ストリートチルドレンさながらなボロ臭い格好のアーニーは難なく紛れ込む。 こっそり夜春を使って相手の高感度を上げているとはいえ、一人で随分危ないことをするものだ。 側で誰かが見ていたら心配で胃炎を起こしそうだが、幸い、仲間達は見ていなかった。 「へー? じゃあそのラッシュって奴はにーちゃんみてーな腕の刺青が自慢なのか」 他愛のない話から確信へと。 アーニーの赤い瞳がキラリと光る。 そもそもアーニーがこの危険そうな集団に声をかけたのも、肩まで腕を捲っているリーダー格の青年の右腕に大きな刺青があったからだ。 残念ながら間近でみるとその刺青は二の腕から肘の少し先までしかなく、しかも右腕。 刺青が繋がって見えたのは手首にあった複数のミサンガ。 左右の見間違えはありえるものの、流石に手首と肘は間違えないだろう。 リーダー格の青年が言うには、ラッシュという青年は手首から肩にかけて大きな蔦状の刺青をしているらしい。 団長が見たのは肘までだから、肩まで刺青があっても不思議ではない。 アーニーは情報料を支払って、また次の場所へと情報収集に歩き出す。 もちろん、情報料として支払った代金はギルドへ請求だ。 ●囮作戦! 「お夕食、何が良いかしら。一品は辛い物が欲しいですわ♪」 皆の得た情報を元に日を改めて、ドレスを身に纏ったシータルは市場を歩く。 ぽかぽかと暖かい日差しはこれが囮作戦であることを忘れてしまいそうな長閑さだ。 だがもちろん、これはただの散歩などではなく危険の伴う囮作戦。 ぱっと見、シータルだけがほんわかと一人でいるように見えて、その肩にはセシリアの作り出した人魂が紫色の艶やかな蝶として飾りのように止まっている。 そして物陰には仲間達にすら気づかれぬようにノースが、シータルの進む少し前にはアーニーが先行し、その隣にはさりげなく音有が。 「なーなー。おっちゃーん。これまけてくれよー」 シータルが通り過ぎる丁度その横では、満更でもなく本気でまけて貰いそうなルオウ。 そしてシータルの少し後ろにはリネット。 リネットはその小さい身体を生かして、人込みを魚のようにすいすいと泳いで抜けて、シータルから決して離れてしまわないように動いている。 市場の出口に近づく頃、セシリアの蝶がシータルの肩の上でふわりと揺らがす。 それはセシリアからの合図。 セシリアがチェックしたスリ集団テリトリーの一番危険地帯に差し掛かった合図だ。 シータルを護衛していた全員の身体に緊張が走る。 「喉が渇いたかしら」 見張りの皆が見えやすい位置、人の流れから少しだけ外れて、シータルは近くの出店を見る振りをする。 そして、その時はきた。 ―― ! 物陰からノースの銃口が狙いを定める。 腕に刺青のある青年とその仲間と思われる男性三人が、徐々にシータルとの距離を詰めてきている。 いま正にシータルにぶつかろうとしたその瞬間、 「そんなことはさせないんだよっ!」 リネットが即座に影縛りで刺青の男・ラッシュの動きを封じ、 「顔洗って、出直してこい‥‥」 ノースの銃弾がガラシャと思われる男の足元を打ち抜く。 余りの事にガラシャも錯乱気味に全力で人込みに紛れて逃げようとするが、 「さーいーふーーーーーーかーえーせーーーーーーー!!」 咆哮交じりに叫ぶルオウに背中に思いっきり乗っかられて地面に激突! そして残りの小柄なのに音有が旋蹴落を仕掛けかけて寸での所で思い留まる。 開拓者でもない一般人にそんなもの使ったら眩暈だけじゃすまないかもしれない。 やってみなければわからないが、やってみてやっぱり駄目でしたでは遅すぎる。 金貨袋さえ返してもらえればいいのだから、音有は瞬脚を使って追いかける方にシフト。 小柄なその少年はあっさりと捕獲! 「スリってのもやり方は色々あんだよ。サギとおんなじでさ?」 逃げようとした最後の一人もアーニーの早駆けにあっさりと捕まった。 ●今度は気をつけようね? 「ンフフ‥‥! 悪いコにはおしおきが必要よォ! ンフフ!」 捕まえた四人をそのまま団長の前に連れて行き、セシリアは鞭を握り締めて高笑い。 もちろん、相手はいくらスリの犯罪者とはいえ一般人。 思いっきり手加減して当たらないように足元にびしびし鞭を入れているだけなのだが、ガラシャ、ラッシュ、そして背だけは大きいものの実は結構幼かったルーチェ、そして正真正銘まだ少年のウェインはもう顔面蒼白だ。 目の前でお仕置きを目の当たりにしている団長もおろおろとどうしていいかわからなくなっている。 「あの財布は変えられないものなんだ、お前達にも有るだろうそう言うものは」 四人を諭すように、音有は説明する。 ここにいる団長の一人息子が精一杯作った手作りの金貨袋を返して欲しいと。 「大切にしてたアノ品物は、もちろんあるわヨねェン?」 びしっ! セシリアの鞭がそっぽを向くガラシャの足元に飛ぶ。 ひっと四人の口から悲鳴が上がる。 「もしかして、捨ててしまったのかしら?」 これほど脅かしているのに金貨袋を取り出さない四人に、シータルは思いつく。 そして予想通り、四人はこくこくと頷く。 邪魔だから古道具屋に売り捌こうとしたものの、値がつかず、捨ててしまったのだと。 「市場の古道具屋なら、あそこだな」 音有がピンときて、セシリアの地図にその位置を指差す。 「捨てた場所さえ判れば私が見つけてくるんだよ。伊達にシノビじゃないんだじぇ♪」 ピースサイン出して力強く頷くリネットに、団長はお願いしますとまたもや涙目。 物陰から聞いていたノースも素早く行動に移す。 そうして。 なぜか奪われた時よりも綺麗な金貨袋が見つかるのにそう時間はかからなかった。 「あー‥‥こっちはおっちゃん達に交渉なんだけど」 リネットが見つけて来た金貨袋を受け取って、アーニーがちょっと言いづらそうに頭をかく。 歯に衣着せぬ物言いのアーニーにしては珍しい。 どうしたのだろうと、皆、アーニーの言葉に耳を傾ける。 「出来ればでいーからさ、こいつらスリじゃねぇと生活できねーヤツらだから。奇術団の手伝いとか、前の商人のコネ使ってシゴト回してやってくんねーかな?」 アヤカシに親を奪われたり、親が借金を残して行方不明になってしまったり。 学歴がなく、コネもなく、働きたくとも働けない。 そんな四人を、被害者たる団長に面倒を見てくれとアーニーは言うのだ。 聞いていた加害者四人ですら唖然とするその内容は、けれど団長によって承諾された。 アーニー自身も昔はスリで生業を立てていても今はこうして更正出来た。 団長もそうだ。 事情があったとはいえ、元々は詐欺集団の団長だったのだから。 開拓者の皆に救われていまの自分がある団長に、働く当てのない若者達を責めて見捨てることなどありえない。 「‥‥ありがとよっ」 風邪のキャスケードを目深に被って、アーニーはにかっと笑う。 その頬は、夕焼けに照らされて真っ赤だった。 |