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■オープニング本文 ソレは思う。 瓦礫と腐肉に囲まれた新たな巣の中で、瘴気を迸らせながら。 ソレの手の中から逃げた餌と、餌を奪っていった別の餌達。 餌の分際でありながら逃げ、尚且つソレに傷を負わせた者達の名は『開拓者』 開拓者を思い出す度、ソレ―― アラクネは怒りに身を振るわせる。 太く硬い毛に覆われた蜘蛛の下半身が大きく蠢いた。 ソレがいるとも知らず、開拓者ギルドからの警告も届かず、この廃墟と化した村を通りがかった旅人達はことごとくアラクネの餌と化した。 廃墟だというのに腐肉が散らばるのはソレが喰い散らかした人々の成れの果て。 瘴気の濁りは更に別のアヤカシを生み出し引き寄せる ―― アラクネに付き従うように。 化け蜘蛛、大蜘蛛、土蜘蛛、そして餓鬼蜘蛛。 ありとあらゆる蜘蛛がアラクネを中心として廃墟に溢れる。 廃墟は、いまや魔の森と化す勢いでその瘴気を強めていた。 『ハヤク、コイ‥‥』 ソレは美しい美貌と醜悪な下半身でクツクツと笑みを零した。 |
■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
空(ia1704)
33歳・男・砂
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
水月(ia2566)
10歳・女・吟
ルンルン・パムポップン(ib0234)
17歳・女・シ
燕 一華(ib0718)
16歳・男・志
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎
九蔵 恵緒(ib6416)
20歳・女・志 |
■リプレイ本文 ●廃村―― 向こうから来ぬのなら 「うー‥‥これで何度目よ、蜘蛛退治するの‥‥」 鴇ノ宮 風葉(ia0799)は問題の廃村で思いっきり顔をしかめる。 ただでさえ蜘蛛は生理的嫌悪感を沸き立たせる存在で、アヤカシともなればその大きさは1mを越す場合が多い。 そんな見た目も怖ましい巨大な蜘蛛を鴇ノ宮は依頼で何度も遭遇する羽目になっているらしい。 開拓者とはいえ、いい加減愚痴りたくもなるだろう。 「アラクネってなんか厄介な相手みたいだな。けど負けないぜぃ!!」 そしてそんな鴇ノ宮とは対照的に元気一杯なのはルオウ(ia2445)。 金の瞳が強敵への出会いを求めてきらきら輝いている。 「蜘蛛‥‥蜘蛛ねェ。蟲も無ェ頭動かしてクるんだな、かッたりィ」 蜘蛛の巣だらけの廃村を前に、空(ia1704)は足元の小蟲を草履で踏み潰す。 目障りなら、アヤカシであれなんであれ、その存在許可は空の胸先三寸。 「想像以上に酷い‥‥これ以上の非道は絶対許さないんだからっ!」 リーリアとローラント、そして以前にもこの廃村を訪れてアラクネと対峙した事のある燕 一華(ib0718)にこの廃村の地理的状況を説明してもらいながら、ルンルン・パムポップン(ib0234)は怒り心頭。 まだ廃村の中に足を踏み入れてはいないが、スキルを使わずとも肌で感じる瘴気の強さと腐臭、そしてアヤカシに弄ばれて絶命したのであろう人々の亡骸が蜘蛛の糸に絡め取られて転がっていた。 「ローラント兄ぃは対アラクネさんを、リーリア姉ぇは対その他蜘蛛を中心にお願いしますねっ」 アヤカシにまでさんをつけつつ、一華は顔見知りのローラントとリーリアに指示を出す。 吟遊詩人の二人は予め一華達と相談して自分達の役割を十分に理解していた。 (わたくしもあの時よりは成長している筈‥‥これ以上罪無き命を奪わせない為にも、我が槍にてその命、刈り取らせて頂きますわ) 開拓者になったばかりの頃に別の女郎蜘蛛と戦い、辛酸を舐めたのだろう。 マルカ・アルフォレスタ(ib4596)は痛ましい骸に深く黙祷しながら槍を握り締める。 「糸に絡まれたらどうなるのかしら? 身動きできずに少しずつたべられるのかしら? ‥‥あぁ、楽しみだわ」 うっとりと呟く九蔵 恵緒(ib6416)はどこまで本気なのだろうか。 きっと、九蔵を食べようと嗤うアラクネを、更にいたぶり屠る自分をイメージしているのだろう。 (この前みたいな事は、絶対に繰り返さないの‥‥) 綿密な最終打ち合わせをする仲間を見て、水月(ia2566)は誓う。 絶対に、仲間達に怪我を負わせないと。 先日一華とこの地を訪れた時、仲間が二人、大怪我を負ってしまったのだ。 無論それは水月の責任などではない。 彼女に落ち度は何一つ無かった。 敵のとった行動と、仲間の取った行動、そのタイミング。 全てが重なり合った結果だった。 けれども仲間が怪我を負ってしまったという事実は巫女としての彼女の心に深い後悔となって残ってしまったのだ。 「この前居た場所にそのまま居るか分かりませんけれど‥‥その近くで待ち構えてる可能性も高いと思います」 だからその場所をまずは目指してみたいと水月は提案する。 普段、めったにしゃべらない水月だが、彼女が前回得た情報が仲間を負傷から救うかもしれない。 怪我をさせない為にも、水月は普段出さない声を精一杯出してもっている情報を仲間に伝えだす。 ●蜘蛛の群れ―― 餓鬼蜘蛛 「守りはまかせてくれよなっ! だんちょ」 びっと親指を立てて鴇ノ宮にウィンクし、ルオウは廃村の中に駆け込み、叫ぶ。 その叫びは咆哮となって、ありとあらゆる蜘蛛を惹きつける! 「数が多いわね‥‥どうして出てきてくれないかしら? 早く顔を拝んでみたいわ」 ぞろりと溢れ、雑魚とよんで差し支えのない化け蜘蛛を、九蔵は正確な刀裁きでバラしながらアラクネを思う。 高い戦闘力や素早い動きではないものの、流れるような無駄のない九蔵の刀の前に、化け蜘蛛は苦し紛れの当たりもしない糸を吐いて絶命してゆく。 「あたしの邪魔をするなっ! ‥‥あたしだって好きこのんで雑魚退治引き受けたんじゃないぞ、このっ!」 げしげしげしっと、突っ込んできた化け蜘蛛を蹴っ飛ばし、鴇ノ宮はブリザーストーム発動! 化け蜘蛛はもちろんの事、大蜘蛛も凍りつく。 「俺の邪魔をするなや」 目の前の土が盛り上がり、急に空の眼前に姿を現した土蜘蛛に、けれど空は動じない。 雑魚がと言い切り、忍刀「暁」であっさりと切り裂く。 ほんの少しでも開拓者が攻撃を受ければすかさず水月が回復してくれるので、誰一人として後に残る負傷などしない。 廃村に溢れるのは下級とはいえアヤカシの群れだというのに、開拓者達の前ではまるで無力なただの蜘蛛のようだった。 ―― 開拓者に追い詰められた化け蜘蛛が妙な動きをした。 「何かこちらに向かってくる物音がいっぱいです!」 超越聴覚を用いてアラクネの居場所を探ろうと試みていたパムポップンが叫ぶ。 次の瞬間、ただでさえ多かった化け蜘蛛が一気に十匹、ルオウ達を取り囲むように廃村から溢れ出てきた。 絶命寸前の化け蜘蛛が仲間を呼び寄せたのだ! 対アラクネの為に力を温存していた一華、マルカ、空も獲物を構えなおす。 次々と糸を吐き、開拓者を絡めとろうとする化け蜘蛛。 「てめえらの相手はこの俺がしてやんぜぃっ!!」 ルオウが元気良く蜘蛛の糸を避けてその背に飛び乗って、殲刀を突き刺す。 「アラクネの前に消耗させようっていうの? させないわよ、ハハハッ!」 戦闘の心地よい高揚感で笑いながら九蔵も刀を煌かせる。 ―― そして、餓鬼蜘蛛が姿を現した。 その存在感、その圧倒感。 一目で雑魚ではないとわかる瘴気。 アラクネほどではないといわれていても、明らかに異質なそれは開拓者達の肌をざわつかせる。 「こんな蜘蛛、以前は居ませんでしたよっ」 事前情報として伝えられてはいたが、実際にそれを目の前にすると叫びたくなる。 2mもある巨体、巨大な蜘蛛の身体におもちゃのように貼り付けられた歪な人の手や顔、そして背中の巨大な口。 見ているだけで嫌悪感と怖気が走る。 「アラクネに惹かれてやッてくる奴はろくでもねェなァ!」 嫌悪感を打ち払い、空は即座に餓鬼蜘蛛に投擲による連続攻撃を仕掛ける。 餓鬼蜘蛛はその全てをその身体に受け、だが次の瞬間強力な糸を吐き出した! 「ちょっと! 乙女になんてことしてくれんのさっ!?」 糸に絡め取られた鴇ノ宮が叫ぶ。 ゲタゲタと前と後ろの口で嗤いながら餓鬼蜘蛛は次の獲物―― マルカに目をつける。 マルカ目指して連撃を仕掛けた餓鬼蜘蛛は、しかし不意打ちを常に警戒していたマルカの反撃にあう。 「私の敵は貴方ではありません! こんな所で足止めをされるわけにはいかないのです!」 騎士の誓約により自身の回避能力を予め高めていたマルカは餓鬼蜘蛛の攻撃をかろうじて避け、その嘲笑う背中にポイントアタックを叩き込む! だが餓鬼蜘蛛は思いっきり身体を振り切ってマルカを吹っ飛ばした。 飛ばされたマルカはくるりと受身を取り黒蝶が舞うかの如くひらりと地上に着地する。 ぞわりとする体液を飛び散らし、餓鬼蜘蛛はすぐさま次の獲物たるパムポップンに! 下級アヤカシよりは高い知能を持っていそうな餓鬼蜘蛛は、けれど意味を成さない言葉を吐きながらパムポップンに連撃! 「いつだってルンルン忍法、回避!」 かろうじてパムポップンは連撃を避け、避けられた怒りに叫ぶ餓鬼蜘蛛に自身は忍法と呼ぶ影を発動! 「ボスは任せたぜっ!」 ルオウが叫び、止めの一撃を餓鬼蜘蛛に炸裂! もしも群れていたら、他の下級アヤカシと同時にこの場所に現れていたなら危険なそのアヤカシは、その縄張り意識が仇となった。 いくら強くとも、たった一匹で万全を期している開拓者達の強敵とはなりえず、多少の被害をもたらしたものの廃村の瘴気と化した。 ●アラクネ―― 果たして、倒せるのか?! 「いよいよですねっ、アラクネさんが以前居たのはこちらですっ」 家屋の死角に気をつけてと伝えつつ、一華は皆を以前アラクネが居た付近へと案内する。 アラクネが同じ場所に居るとは限らないが、むしろ賢い彼女の事。 居ないであろうと思われる場所に敢えて身を秘めているかもしれない。 もしくは、そこを訪れるであろう開拓者を狙う為に、付近に身を隠している可能性も。 なんにせよ、一度はその場所を確認しておいて無駄はなかった。 (これほどに瘴気が強いと、術では探しきれません‥‥) 濃密な瘴気を感じ、水月は術よりも目視によりアラクネを探る。 「燃え尽きるといいわ!」 九蔵は道を塞ぐ蜘蛛の糸をマルカとともに松明で焼き払う。 その横では鴇ノ宮が乙女の柔肌が荒れたらどうしてくれるのよと呟きながら服に絡まって残っていた蜘蛛の糸を取り除く。 問題の廃屋に近づくにつれ、瘴気はいっそ苦しいほどにその濃度を増してゆく。 (襲われた痕跡‥‥) 水月はつい最近、殺められたと思わしき遺体に目を留める。 大量の蜘蛛の糸を巻かれ、食すよりも弄ぶ事こそを目的としたと思われるその遺体は、まだなくなって日が浅いのだろう。 腐敗もまだそれほど進んでおらず、まだ原形を留めていた。 そっと空の袖を引っ張り、水月はその遺体に目を向けさせる。 「逃げ惑うのを楽しんでやがったな‥‥えげつねェやり口は俺と気が合いそうだねェ」 水月の言いたい事を悟り、空は顎に手を添える。 アラクネは、もうすぐそこに潜んでいる。 「罠の看破はニンジャの十八番‥‥地下から、来ます!」 パムポップンが超越視覚で地下からの振動を伝える。 次の瞬間、土蜘蛛が3体土の中から出現! そしてその後ろについにアラクネがその姿を現した! 『ヤット、キタ‥‥!』 美麗な顔を歪ませ、その瞳が怪しく光る。 「九蔵さんっ‥‥?!」 「キャハハハハハハ、全部切り刻んでやるわっ!」 アラクネの眼光に射抜かれた九蔵が当たり構わず見習い刀を振り回す。 アラクネの魅了にやられたのだ。 ローラントとリーリアの歌で予め皆の抵抗力は上がっていたのだが、相手が強すぎた。 「‥‥っ!」 決して傷つけることの出来ない相手と、土蜘蛛の攻撃、そしてアラクネの糸。 魅了を使われていてもアヤカシにとって九蔵は敵であり餌。 暴れ、襲ってくる彼女を土蜘蛛から守りつつ、その攻撃を避けるのは困難。 水月がすぐさま呪術符を発動させる。 白い子猫が九蔵にまとわり付き、その動きを制限した。 「汚ネェにも程があるなァ、この‥‥蟲如きがァ!!!」 仲間に手を出せない様を嘲笑うアラクネに、土蜘蛛を踏み台にして空が飛び掛る。 赤い被り布がはためいた。 「腐ッて溶けろ!! 蟲は蟲らしく這いつくばれや!」 片手刀にしては少々長めの忍刀「暁」の藍色の刀身から桃の香りを立ち上らせ、空の刀がアラクネに突き刺さる! 『グギャアアアアアアアアアアアアァアアァァァっ!!!』 左腕を落とされたアラクネは蜘蛛の下半身を激しく上下に揺さぶり、右腕で左腕を押さえる。 美しい顔を歪ませて、アラクネは開拓者達に許しを請う。 『お願イ‥‥もうシないから‥‥許しテ‥‥』 その醜い下半身させなければ妙齢の美女たるアラクネは、その透き通った青白い頬に涙を流す。 だが一華は許さなかった。 「その誘いには乗りませんっ、アラクネさんには痛みなど大したダメージではありません!」 言い放ち、薙刀「巴御前」の構えを決して解かない。 一華が以前あったとき、彼女の仲間がアラクネの首を切り裂いている。 けれどあの時、このアラクネは何事もなかったかのように嗤いながら仲間に重傷を負わせたのだ。 腕を切られたぐらいで命乞いなど有り得ない。 そしてその行動は正解だった。 アラクネはニタリと邪悪に嗤って一華に突っ込んでくる! 「我、ここに誓約す。我がアルフォレスタ家の銘と誇りにかけて、人々に仇なすアヤカシを我が刃にて討ち果たさんことを!」 マルカが再び騎士の誓約をたて、胴の節目にポイントアタック! 「貴方が獲物に罠を張り巡らせるなら、私は時の間を味方に付け、その全てを粉砕するんだからっ‥‥ルンルン忍法トキカゲ、そして時は動き出すのです!」 予め打ち合わせしておいたマルカとパムポップン、連携プレイ発動! パムポップンが一瞬だけ止めた世界をマルカは有効に使ってアラクネと距離をとる。 「貫けぇ!」 世界が動いた瞬間にアラクネの身体にマルカの長槍「羅漢」が深々と突き刺さる。 漆黒のオーラを纏ったその槍は、アラクネに大きなダメージを与えた! 「さっきはよくも惑わしてくれたわね‥‥もっと追い込んで!」 魅了された怒りとともに、正気に戻った九蔵が地にひれ伏し暴れるアラクネの首に刀を突き立てる。 そこは、前回戦った開拓者が残した勝利への布石。 痛みは感じぬかのように見えたアラクネも、決して不死ではない。 一度深く切り裂かれた首は、一見なんともないように見えて、その実弱くなっていたのだ。 「さあさあっ、元・雑技衆『燕』が一の華の演舞をご覧に入れますよっ!」 致命傷を負いながら、それでもなお巣へ逃げようと足掻くアラクネに、一華は桔梗を放つ。 無数のカマイタチがアラクネを切り刻み、その命を絶った。 瘴気と化したアラクネの消えた指先から何かが落ち、九蔵はそれを拾い上げ、指にはめてみる。 赤黒い血が滲んだ様な模様のある緑色の宝石のついた指輪は、九蔵の指にぴたりとあった。 ●安らかに‥‥ 「さーてと、まだ面倒臭い仕事が残ってるわ‥‥ほら、ルオウ。手伝いなさいな?」 強敵を倒したというのに、鴇ノ宮は休むまもなく歩き出す。 その目線には、アラクネ達にその命を奪われた被害者達。 無造作に喰い散らかされ、放置されていた被害者達を、鴇ノ宮は丁寧に抱き起こす。 既に命などない被害者達を、最大限優しく。 口では面倒くさいなどといっているものの、その行動でどれほど被害者達を想っているのかが良く判る。 「心安らかにお眠りくださいませ‥‥」 埋められてゆく被害者達の為に、マルカは哀桜笛で鎮魂歌を奏でる。 桜が舞散るような微かな音色が心に沁みる。 笛の音色に合わせて水月も歌う。 被害者を悼む音色と歌声が、廃墟を優しく包んだ。 「これでこの村も瘴気から解放されたんでしょうかっ? ‥‥復興して、また華を咲かせてくれると良いですねっ」 自身が華の様に笑い、一華はいう。 きっとまた、ここを訪れる事だろう。 その時は、アヤカシではなく人々の笑顔で迎えられる様に。 亡くなった人々に深い黙祷を捧げながら、開拓者達は廃村を後にするのだった。 |