●オープニング本文
前回のリプレイを見る ミカ・ユーティライネン、そしてユカ・ユーティライネン。
エミタの適合試験において、遺伝子的に同一である二人で微妙に違う結果が得られた事により、UPCは追加調査を実施。二人は戦闘シミュレーター等でも高い戦闘成績を残し、UPCは更なる研究を決定。両親もこれに同意した。事実、双子のエミタ適合者というだけでも、最高で一万組以下であり、二人の希少性に対するUPCの認識に間違いは無かった。
だが、研究施設への移送前日に二人は行方不明となってしまう。
UPCは、これをバグアによる誘拐と認定。全力を挙げて二人を捜索したものの、遂に発見されなかった。ファームライドのパイロットとして現れた二人は、バグアのヨリシロとなっている可能性が高い。従って早急な殲滅、殺害を要するものである。
これはUPCが公表しているジェミニの情報の一部だ。
だが、今それを見てもジェフリート・レスターには苦笑しか浮かばない。
「誘拐ではなく‥‥家出、か」
ジェフは声を絞り出す。
ハンナ・ハロネンがイーノスに託し、護り、UPC欧州軍へと渡されたデータ。そして報された真実は、やはりという思いと共にやるせなささえあった。
彼等は引き離されるのを恐れた。恐れ、だから手を繋いで――逃げた。
当時、家出の可能性は検討されていたという。しかしふたりを発見することができず、家出として公表することはUPCの――フィンランド軍の威信に傷が付きかねない。そういった判断から、当時は行方不明として処理された。
そして後に「ヨリシロ」だと強調し――。
しかし家出した彼等を迎え入れたバグア。そのバグアに通じていた存在がいた。それは、ジェフたちが過ごしていたという機関の上層部だったらしい。
ユーティライネン兄弟が移送される予定だった研究施設、それとは異なる機関。
バグアの望む素体を用意できず焦り始めた矢先、ユーティライネン兄弟の存在を知った。だが彼等は別の研究施設へと移送されることが決まっていた。どうにかして彼等をバグアに差し出したい、しかしその手段がない。
ひとつ、幸運が舞い込んだ。
ユーティライネン兄弟が家出したらしいという情報だ。
その情報をバグアに伝えたのかどうかは明らかにはなっていない。しかしジェミニ出現と同時期に、機関で研究されていた双子たちの処分が決まっている。
ジェミニをよく知っていたわけではない。気がつけば彼等を追う立場になっていた。
彼等のことは、彼等をずっと追い続けてきた者達のほうがよく知っている。この一年ほど、それを近くで見てきた。
――俺はただの語り部だ。
そう言って、息を引き取ったイーノス。彼同様に自分もまた、語り部でしかないのかもしれない。
あれから四ヶ月。フィンランド軍の一部将校や機関に、欧州軍から何らかの処分が下されたという話を耳にした。
そして撃墜したファームライドの残骸は見つかっているが、ユカはまだ見つかっていない。
生きているのか、死んでいるのか。
生きているのなら、次に出会ったら終わらせてやりたい。
その直後――ユカ発見の報が入る。
――おい、小僧。なんでこんな砂浜で倒れてんだ。ひどい傷じゃないか。
息があるな、待ってろ。今、病院に――え? 病院は、いやだ‥‥?
ワケありか。そうか。
だがな、今にも死にそうなお前を放っておくことなんてできないんだ。諦めてくれ。
そんな恨めしそうな顔で見るなよ、まったく。
「メシ、また残したのか。最近よく残すようになったな。顔色も悪い」
「‥‥」
「またその写真集見てんのか。綺麗だろ、フィンランド」
「‥‥」
「返事くらいしろよ」
「‥‥うるさい」
「はいはい」
そのおじさんは肩を竦めて部屋から出て行った。
僕はまた、あるページで目を留める。とても綺麗な花畑、これはフィンランドのどこにあるんだろう。
指先が震えてる。もうページをめくるのもしんどくなってきた。
四ヶ月前、僕は死を覚悟した。こんなこと傭兵たちには絶対言いたくないけど。
だけど、生きてた。生きて、ここの浜辺に流れ着いた。ここがどこの国なのかはわからない。
見つけてくれたのはさっきのおじさん。てっきり病院に連れて行かれてアウトだと思ったら、おじさんも医者だから家で治療してやるとか言う。ワケありなら、ここにいてもいいぞって。
僕のエミタが埋め込まれていた部位や、他の身体データ、それらを目の当たりにしてもおじさんは何も言わない。通報する様子もない。
ご飯は美味しい。フィンランドの料理を作ってくれる。でも、もう食べられなくなってきた。
僕はここにいたくない。おじさんを殺してしまおうかと思ったけど、動けない。傷は癒えたけど、それだけ。もう残された時間はない。
ファームライドも、ない。
僕は今、ひとりだ。
ミカがいない。
ミカがいなくなってから、わがままを聞いてくれてた男もいない。
ひとりで、どうすればいいの。
「帰れ、ここにはあんたたちの捜している少年はいない」
おじさんの、声。
――まさか、誰かが僕を捜しにきた?
そっと窓から外を覗くと、そこにはUPCの車とKVがあった。
それから、空にはタロス。
UPCとバグアと、両方が同時に僕を見つけたに違いない。
タロスが着陸態勢に入ると、UPCが警戒態勢に入る。着陸したタロスから見知らぬバグアが降りる。おじさんは、派手な音をさせて扉を閉めて――あ。
「小僧、今すぐここから逃げろ!」
あれから、必死だった。どうしてだかわからないけど、必死だった。
おじさんに言われるままに、逃げた。身体は思うようにならないけど、這いつくばって。
睨み合っている、バグアと人間。その隙に僕はバグアを殺してタロスを奪った。そしてUPCの人間のひとりを人質にした。信じられないくらいの力を振り絞って。
おじさんはあれからどうなったのかな。今、僕はどこに向かって飛んでいるんだろう。
ひとりで飛ぶのは、怖い。このあいだはイーノスを追うのに必死で気付かなかったけど、こんなにも怖いなんて。
「――ミカ」
ミカはスペインの空、怖くなかった?
僕がいない、ひとりの空。
なにを想っていたの?
「‥‥そうだ」
ひとりの空、ミカは今もひとりのはず。
散った空で僕を待っているはず。
「どうして、どうして気付かなかったの、僕」
どうして今まで復讐しようと生きていたの。ミカをひとりにしたまま。
頬を何かが伝っていく。毎日、毎日、伝っていた。でもきっと今日で終わり。
ミカに会ったら、笑えるから。
目が霞む。僕の命が尽きるのが早いかな、傭兵たちに仕留めてもらうのが早いかな。
どっちでも、いい。ミカに会えるなら。
「ねぇ、教えて。スペインは‥‥どっち‥‥?」
手足を裂いて動けなくなった人間は、がくがく震えながら方角を教えてくれる。
待ってて。
待ってて、ミカ。
今‥‥いく、から。
長かった家出も、もうすぐ終わる。
●リプレイ本文
「引き離されたくないという子供心と、大人の身勝手な思惑。それが不幸にも絡み合って‥‥双子座という存在が生まれてしまったのですね」
ディスタン『swallow』を駆る九条院つばめ(
ga6530)は、ユカ・ユーティライネンとミカ・ユーティライネンのことを考える。
「腐ってる‥‥」
喉の奥から声を絞り出すのは、スカイセイバー(A1型)『空鏡』の鐘依 透(
ga6282)。
子供を利用して追い詰め、人類の敵に仕立て上げた大人達。
どうして現実はこうも無情で、そして自分は無力で。
「もし、もし‥‥あの世があるなら‥‥」
透は母と亡き友人達を思い、願う。ユカとミカ、あの二人を引き合わせてあげて欲しいと。
そして、教えてあげて欲しいと。
「‥‥人との繋がり‥‥外の世界に目を向ける大切さ‥‥そこにある優しさを‥‥」
世界は二人を苛めるばかりじゃない。もっと温かい筈なのだと。
「これがイーノスが伝えたかったこと、か。事実は小説より奇なり、とはよく言ったものだ。まさか誘拐ではなく家出とはな」
苦笑する黒羽 拓海(
gc7335)。タマモ『Huckebein』はやや先行する。
「それにしても、引き離されるのが怖くて逃げた、か。幼い二人にそんな考えを抱かせるほど追い詰めるとは‥‥一体どんな研究をしていたんだか‥‥。‥‥まあいい、俺もただの語り部だ。奴らの求めた先が、どこに行き着くのか‥‥それを見届ける」
だが願わくば、眠る場所ぐらいは双子で同じにしてやりたい。
何の心配も無く、二人で居られる場所こそが、彼らが求めた楽園だっただろうから。
「‥‥彼は今、どんなセカイを見ているんだろう」
そう言うのは、拓海機に同乗する夢守 ルキア(
gb9436)。
スペインの空に、ユカは何を見ているのか。
つと、視線を後方へ。そこには終夜・無月(
ga3084)のミカガミ『白皇 月牙極式』
「みかがみ君、体、無理しちゃだめだよ?」
無月からは「大丈夫ですよ」と応答がある。
先の依頼で深い傷を負った無月。激痛は鎮痛剤と気力で無理矢理抑え込んでいた。
「イーノスが最期に呼んだ名に、覚えはあるか?」
天野 天魔(
gc4365)はジェフリート・レスターに問う。
「‥‥いや、覚えはないな」
「そうか‥‥」
頷き、ピュアホワイトXmas『オペラグラス』の後方にいる輸送機を見る。ユカの投降などに備え、要請したものだ。
そこに軍医はいるが、ユカを匿っていた男はいない。
――あの子の説得に協力して欲しい。もうあの子の味方は貴方しか残っていないんだ。それにあの子が死を選ぶとしても味方が誰も看取らないのでは哀れだ。だから頼む‥‥。
天魔は、男をそう説得した。だが彼は首肯しなかった。
説得に相応しいのは、ずっと追ってきた君達のはずだ――と。
つばめが軍を介しての通信によってユカを匿っていた時のことを問えば、話すほどのことはないと言う。
ただ、ユカはフィンランドの花畑の写真をいつも眺めていた――そう言っていた。
そして花畑の写真は、ユカが破って持ち去ったらしい。
「花畑‥‥見たいんでしょうね」
つばめが、呟く。
その時、タロスを目視で確認できる距離まで追いついた。
「次で最後と思っていましたが、ユカがあの有様では次なんてあってないようなものになってしまいましたね」
S−01HSCの新居・やすかず(
ga1891)は目を細める。
「ユカの体はもう長くないようです。これが彼と相対する最後の機会となるでしょう」
どのような形であっても、ここで決着を。それが自分にできることだと、つばめは思う。
『やっぱり来たね』
ユカが通信を開いてきた。
「人質を解放してくれませんか。人質を害したり強行策に出るならここで戦うことになります。そうなれば、タロスでは目的地まで到達できませんよ」
やすかずが言うと、ユカは少しだけ速度を落とす。聞く耳は持っているようだ。
前方に拓海機が回り込んで塞ぎ、同乗するルキアがタロスを見据える。
「無理に生きろとは言わない。殺した命、舐めないで。人質を解放して欲しい、私が代わる」
一般の兵士よりも、強いカード。ルキアは強い口調で言う。
『代わってどうするの』
「交換は私がきみと話したい、って言うワガママ。覚醒はしない」
ユカは何かを考え込むように押し黙る。
「受け入れてくれれば、行きたい場所に着くまで邪魔はしません。‥‥花畑の場所、わかりますか? そこまで連れて行くことだってできます」
次いで、つばめ。
「僕らが必ず連れていく。約束する。‥‥信じて欲しい」
透もまた、真摯に。丸め込むのは得意じゃない。ただ全力で、気持ちを注ぐ。
「この人質交換を呑まずに仕掛けてくるのであれば、不利なのはそちらであることは明白だ。‥‥行きたい場所、あるんだろう?」
拓海は攻撃の意志がないことを示し、照準をタロスから逸らす。
『‥‥わかったよ』
溜息とともにユカは着陸態勢に入った。
そして人質が解放されると、ルキアは救急セットや超機械などをジェフに預けて皆に治療を託してユカの元へと。
――状況を変えるには、命を賭ける覚悟がなきゃ。ジブンのワガママが通るなら、覚悟はある。
ルキアはユカの目を見て笑いかけた。
「度胸あるね」
そう言って、ユカはルキアをタロスに押し込んで自身も乗り込むと、すぐに離陸してしまう。少しでも早く、ミカの空に行きたいという焦りがそこに見えていた。
ルキアはユカの横顔を見つめ、問う。
「マドリード、行くの? 先に、フィンランドを見たくない? 湖も花畑もキレイだし」
しかしユカは答えない。ルキアは構わず続ける。思うがままに、話し続ける。
「サビシイのが悪いのか、って。悪くないよ。私は孤児で、昔、寂しかった。誰もいない、同胞も、祖国も、何も無い」
ユカは何も言わないが、ちらりとルキアを盗み見る。
「私の望みは、きみが最後に湖や花畑を見て、世界のステキさを知って、ミカ君と同じ場所で眠るコト」
――そう、ヒトが嫌いでも、世界は綺麗って知ってほしいから。
今こうして飛んでいる空も、綺麗だ。
「一緒に飛んでるね、空を」
笑う、ルキア。これは自分が望んだことだ。反応はなくてもいい。言葉は届いているはず。
「きみは、何が好き? 私は、世界もヒトの持つセカイも、全部スキ」
「僕には‥‥ミカだけだ」
ユカはようやく呟く。そしてふと何かを思いついてポケットに手を入れた。
「このヘアピン、ミカの」
ポケットからヘアピンを出し、そして自分のも外してルキアに渡す。花畑の写真と共に。
「お前達の手で埋めて。『僕達』を。その花畑に」
「花畑は、きみが自分で行くんだよ」
ルキアは首を振る。
しかし、ユカも首を振る。直後、激しく咳き込んで――コクピットを赤く染めた。
「ユカ君‥‥っ」
ルキアが咄嗟に背をさする。その時、事態を察した天魔の声が響いた。
「投降しろ! 今すぐ治療しないと死ぬぞ!」
「嫌‥‥だ」
「ここで死ぬ気か! 死ねばミカと会えるかもしれない。だがミカと再会して何を言う気だ! 一人で寂しかったと恨み言か? 違うだろう! ミカに話してやるべきは楽しい思い出やミカの知らない事だろう? ならお前はミカに話す為に一秒でも長く生きて美味しい飯や美しい景色に出会うべきだろう! 今死ねばお前が今迄一人で生きてきた事もイーノスの死も全て無駄になる! それでもいいのか!」
天魔は一呼吸つき、今度は諭すように言う。
「死ねばミカには会えるんだ。なら少しでも長く生きろユカ。花畑、見たいんだろ?」
「‥‥見たいよ」
ユカの、掠れる声。
透は「ユカ」と言い聞かせるようにその名を呼ぶ。
「まずは‥‥人質を解放してくれて、ありがとう」
最初に、心からの礼を。そして一度だけと決めて、言葉を紡ぐ。
「投降、してくれないか。‥‥ユカは‥‥ミカに会う前にやり残したことはないのかな」
残りの時間で何かできること。投降してくれさえすれば、深く手を貸すことだってできる。時間を稼ぐ治療もできる。
――人を傷つけない我侭なら、叶えてやりたい。
「‥‥やり残した、こと」
ユカはハッとする。
「そうだ、ふたりでクリスマスを過ごすはずだ‥‥った‥‥」
ぽろぽろと、零れる涙。
「‥‥でも、僕は投降しない。するくらいなら、お前達と決着をつけるほうがいい」
ユカは涙を拭うと、勝手に着陸態勢に入る。皆もまたそれに続く。
ルキアを伴って降りたユカは、「それに」と空を見る。
「ばぐあ星人もきっと僕を追ってくる。花畑に行くまでにお前達がやられたら嫌だ。だって、お前達を殺すのは僕なんだから」
そしてルキアを解放して踵を返し、タロスに駆け乗り離陸。KVも次々にそれを追う。
ルキアはジェフ機に乗り込み、ヘアピンと写真を渡して空を見た。
「‥‥ユカ君のセカイを、全部キロクする」
そこは、確かにミカが散った空。
つばめとやすかずには見覚えのある景色。
ユカも知っていた。来たことはないはずなのに、ここがその場所であると。
「‥‥これで幕か。救われん。いや俺を含めて殆どの者がユカを敵か道具としか見ていなかった。なら当然の結果か」
天魔に、ユカが答える。
「お前達は僕をちゃんと見てくれてたよ」
少なくとも僕は今、そう思ってる――囁くように言う。
「ミカに、会わせて。僕達を‥‥楽園に連れて行って」
「連れて行く、連れて行く。必ず‥‥!」
透がたまらずに言う。
ユカの望む地へ。何が救いなのかは、彼が一番よく知っているのだから。
彼が望むなら、自分は憎まれた敵のひとりでいい。その憎しみを受け止めて、結末に決着を。
「‥‥ならば、ミカが墜ちたマドリードの空をその場所に」
つばめが空を見渡す。離れ離れになっていた二人が、また出会うためにも‥‥そこが一番だと思うから。
(私は貴方の最後を看取る。それが、双子座に関わってきた者として‥‥彼が一人ぼっちになってしまった原因を作った者の一人としての責任だと思うから)
操縦桿を握る手に力が入り、ミカと対峙したあの日を思い出す。
「此処こそが、終局を迎えるに相応しい場所です。ユカと出会ったあの街での表明通り、ミカと同じ所に送ってあげましょうか」
やすかずが告げる。ミカの死を契機として始まった関係を、今度はユカの死によって終わらせるのだ。
「来いよ。‥‥今の僕は弱い。でも、命の限りお前達と戦う。全力で、ぶつかるから!」
フェザー砲が迫る。やすかずは回避、そのままユカの進路を塞ぎにかかる。しかし向こうからも距離を詰めてきた。
脇から、つばめ機のスナイパーライフルによる牽制射撃、ユカはやすかず機から距離を取る。
「――受け止めます」
やすかずはユカに頷く。
敵意と殺意のぶつけ合い、力の限りを尽くして敵を打ち破る。結局、そんな展開とは縁がなかったのか――そう思っていたが、今、ユカがぶつけてくる力は紛れもなく彼の全力だ。
「望みのままに‥‥」
無月機によるレーザーライフル、ユカはその軌道を逆に撫でるように砲撃を。一瞬ののち、着弾。無月機が揺らぐ。
「‥‥響きますね」
若干、傷に響く。爆炎の向こう、タロスは損傷したハルバードを「放る」。
弧を描き、落下するそれは拓海機の上空、死角となるポイントに。ルキアがそれを告げると、拓海は機首を上げ、アサルトライフルで撃ち砕く。そのまま転回、FETマニューバAを発動、照準をタロスの脚へと。
そこに迷いはない。タロスは破壊する。そう、完膚無きまでに。もう、誰もユカ達を引き離さないように。
片脚を砕かれたタロスが重力に任せて降下する。後方からは透機のガトリング。
雨のように背に降り注ぐ衝撃がユカにも伝わる。激しく咳き込む音が全機に伝わる。そんな状態にあっても照準に天魔機を入れるユカ。
レーザーガンで交差するように応戦する天魔、逆にユカによる狙撃は狙いが外れていく。
「きみのセカイ、確かにキロクする」
必死に空を舞うユカ、それを一瞬たりと見逃すまいと瞬きさえ惜しむルキア。ジェフはルキアの視界にユカが収まるように飛行する。
「覚えてて、僕達のこと。他の誰が忘れても、お前達だけは‥‥」
詰将棋のように追い詰められ、もうほとんど戦う力はない。それでも、ユカは皆を真っ直ぐに見つめる。
「忘れない、絶対に」
透はユカを見つめ返す。空中変形を遂げ、ベズワルを構える。
前に出て、囮となるのはつばめ。
残弾も燃料もほとんどない、最後の一発と思われる咆哮。
それを、つばめがしっかりと抱き留める。
下方から無月のプラズマライフル、天魔のレーザーガン、そして拓海の二挺のライフルがユカを空へと押し上げる。
そこに飛びかかる猫はやすかずのもの。視界を遮り、発射に併せてブースト、そしてアグレッシヴ・ファング。
透がベズワルをユカへと薙ぎ入れる。離脱したところにやすかずのリニア砲が吸い込まれていく。
次々に降り注ぐ攻撃に、ユカは操縦桿から手を離した。
「やっと帰れるんだ。ミカと、一緒に」
楽園は、家は、ばぐあ星人がくれるんじゃない。
本当は僕達が自分で見つけなきゃいけなかったんだ。
そして僕は今、見つけたんだ。
帰り道は彼等が教えてくれるはず。
ユカは、穏やかな笑みを浮かべる。
そして、隣には――ミカの気配。
「待たせてごめんね、ミカ」
瞼を閉じ、次の瞬間を待つ。もう、痛みも感じない。
ただ両腕で、大切な半身の温もりだけを感じていた。
双子が消えた空、そこを飛行するKV達。
「もう誰も、彼等の邪魔はできない。双子に触れることはできない」
「今頃は、ミカと手を繋いでいることだろう」
拓海と天魔が周囲を見渡した。
もしバグアの追っ手が来ても、ユカの搭乗したタロスは空に散っている。もう、「何も」ない。
彼等も安心して家路についたはずだ。
「安らかに‥‥」
無月が瞼を伏せ、深く息を吐く。
「キロクしたよ、きみ達のセカイ」
ルキアは自らの胸に手を添え、双子の存在を抱き締める。
「ミカの死を契機として始まった関係‥‥。‥‥そう、関係。戦いでは、なかったんですよね」
やすかずが確かめるように言う。そこに込めた意味は、ユカ達に伝わるはずだ。
「頑張った、ね‥‥。ユカもミカも‥‥本当に良く頑張ったよ‥‥。世界の誰が二人を悪く言っても、僕は忘れない」
ジェミニの痛みを‥‥そして、叫びを――。
長い家出が、これで終わる。ちゃんと家に帰ることができるよねと、透は空に問いかける。
「――もう、誰も二人を引き離さない。世界全てが敵だと抗い続ける必要もない。お疲れ様、そして、お休みなさい、ユカ‥‥」
静かに、静かに、つばめ。
そしてもう誰も何も言わない。
ゆるりとKVを旋回させ、その空に背を向ける。
誰もが、示し合わせたように耳にそっと手を当てた。
散りゆくタロス、その爆音の向こうに、はっきりと聞こえた言葉があった。
――ただいま
それは確かに双子の、ユカとミカの声だった。