タイトル:【SC】彼らの願いマスター:紀藤トキ

シナリオ形態: シリーズ
難易度: やや難
参加人数: 12 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/12/06 23:42

●オープニング本文


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『我々バグアは、裏切りを甘受しない。元ゾディアック蠍座、エルリッヒ・マウザー並びにその周囲を無差別に蹂躙する事を、私は宣言する。一切の取引は無い。これは見せしめである』
 老人の背後に映る空は、黒い。人類が奪われた高みを見せびらかすように、カッシングは大気の外から一方的に宣告する。
「‥‥チッ。隕石落しでも仕掛けてくるつもりか?」
 マドリード防衛部隊の指揮官、ベイツ少将はそう吐き捨てた。空軍指揮官のモース少将が片方の眉を上げる。忌々しいが、その手段に及ばれれば打つ手は無い。避難なども不可能なはずだ。しかし、後ろに控えていた諜報部のミノベ大佐が首を振る。
「連中は、必ず直接手を下しに来るでしょう。『彼』が私に告げた、連中の流儀に寄れば、ですがね」
 その言葉を裏付けるように、軌道上の飛行要塞はゆっくりと高度を落とし始めた。人類とバグアの係争地を飛び越し、直接イベリア半島へ。それをモニター越しに見守る3人は、おそらくカッシングと言う男と最も縁の深いUPC将校だった。
「私の予想が外れたとしたら、アレの存在ですね」
 苦笑を一瞬浮かべて、ミノベはそう呟く。彼は、カッシングが単独でマドリードを狙わざるを得ないと踏んでいたのだ。ファームライドを失った今、おそらくは生身で。
「あれを、なんと呼ぶかね?」
「子供向けのアニメに、あったな。ああいうの。‥‥エレンなら知ってそうだが」
 モースと、ベイツが乾いた口調で言葉を交わす。1kmサイズのギガワームの上に、巨大な岩塊が乗った姿は極めてシュールだった。まして、その上に中世から残る古城が乗っているとあっては。
「集結中の部隊が、ルーマニアに攻撃を仕掛ける前で助かった。おそらく、3時間。いや、4時間持てば援軍が間に合う」
「‥‥遠い4時間だな」
 その会話で、2人の上級指揮官の会話は終わった。しかし、立ち上がった少将たちを、ミノベが呼び止める。
「失礼。私に一つ提案があります。私と言うよりは、我々の『友人』からの提案ですが」
 サングラス越しの彼の視線は読めず、口元だけが皮肉気な微笑を湛えていた。

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「おはようございます。アーネスト様」
 起き上がった青年に、ニナが腰を折る。『彼』が目覚めの度に、幾度も見た光景だ。
「いえ、僕は‥‥。まぁ、いいでしょう。無理を聞いてくれたこと、感謝します」
 起き上がり、スーツに身を包んだ彼の片袖が翻る。エレンは、複雑な表情でそれを見ていた。
「‥‥私は、貴方を信用できません。皆が信じているから、私もそうしようと思った、けど‥‥」
 やはりそれは適わなかった、と言うエレンに、かつて蠍のエンブレムと共に彼女達を蹂躙した男は首肯を返す。起き上がり、廊下へ向かう足取りは乱れてはいなかった。
「信用して欲しい、などという贅沢は望みません。ただ、利用する価値があると思って頂ければ、充分です」
「ええ。それはもう。‥‥貴方は充分に役立ってくれました。これは私から手向け、ですよ」
 扉脇に気配もなく立っていたミノベが、サングラスを押さえながら言う。エレンに覚醒作業を依頼したのは彼だった。目の前に敵が来る。そして、防衛の為の戦力は一兵たりとも惜しい状況だ。動けないファームライドを、かつての敵に託す決断を考慮するほどに。
「無論、コクピットに爆薬は設置させて頂きますよ。ジャミングにより無線起爆はおぼつかないでしょうから、時限式の物です」
 戻ってこなければ、死ぬ。そう告げるミノベに、エルリッヒは肩を竦めた。
「結構です。が、どちらにせよ僕が戻る事は無いと思います」
「‥‥」
 それを聞いたエレンが目を伏せる。彼の身体状況は、彼女が良く知っていた。激しい戦闘になど耐えられる状態ではない。それでも、彼は戦いを望んでいる。
「アーネスト様も、それをお望みなのですね」
 ニナの呟きは、質問と言うよりは確認だ。先の実験の後、彼女にこの話をしたのはアーネストだったから。
「僕は、僕たちの事を忘れて貰うべきだと思っていた。けど、忘れないでいてくれる人がいるなら、その人たちの為に残った時間を使いたい」
 そう言った後の微笑は、これまでになく穏やかなものだった。だからこそ、ニナは同意したのだ。‥‥しかし。
「もう一つ、頼んでいた事はしてくれましたか」
「‥‥ええ。皆を、呼んであるわ」
 エレンが頷く。ファームライドの格納庫への扉が、ゆっくりと開いた。エルリッヒ、そしてアーネストに縁の深い傭兵達が、そこにいる。
「では、問いましょう。貴方達が、共に戦う仲間として僕を。‥‥いえ、僕達を受け入れるかどうかを」
 彼らの顔を見る青年の顔は穏やかだった。
「もしも、否といえば?」
 誰かの問いに、笑みはそのままにして。
「押し通るまでです。僕は、自分の願いを形にする方法を、他に知らない」
 肩を竦めて、エルリッヒは言葉を切った。
「‥‥僕は、死ぬのが怖い。‥‥けど、自分に出来る事があるのに黙って待っているのは、もっと嫌だって、気がついた」
 だから、と言ってアーネストは顎を引く。その背中を、壁際からエレンとニナが黙って見つめていた。

●参加者一覧

柚井 ソラ(ga0187
18歳・♂・JG
霞澄 セラフィエル(ga0495
17歳・♀・JG
アルヴァイム(ga5051
28歳・♂・ER
空閑 ハバキ(ga5172
25歳・♂・HA
緋沼 京夜(ga6138
33歳・♂・AA
フォル=アヴィン(ga6258
31歳・♂・AA
ソード(ga6675
20歳・♂・JG
暁・N・リトヴァク(ga6931
24歳・♂・SN
ルクレツィア(ga9000
17歳・♀・EP
ラウラ・ブレイク(gb1395
20歳・♀・DF
二条 更紗(gb1862
17歳・♀・HD
夢姫(gb5094
19歳・♀・PN

●リプレイ本文

●決意への答え
 まどろみと目覚めを繰り返すうち、僕達の区別はどんどん曖昧になっていく。それは、僕が弱って死に掛けているからだ。どちらの僕がかは判らないけれど。今では意識しなければ、どちらの僕が喋っているのか自分でも判らなくなる。彼らが僕達を僕として扱ってくれるのが、ありがたい。前に立つ彼らへ、僕は一歩を踏み出した。
「『彼ら』の決意は今聞いた通り。それにカッシングの犠牲者でもあるんだし、一緒に戦う理由としては十分じゃない?」
 ラウラ・ブレイク(gb1395)が居並ぶ面々へ尋ねる。それを僕達が望むのなら止められない、と夢姫(gb5094)はまっすぐな目で頷いた。
「彼を友と呼ぶのは偽善と言われるかもしれません。それでも、私は彼を『友人』と呼びたいと思います」
 静かに、霞澄 セラフィエル(ga0495)が言う。友人として、僕の願いを叶えたく思う、と。
「彼らの願いと意志を‥‥尊重します」
 そう言葉に出してから、ルクレツィア(ga9000)は一歩横へ避けた。最初から脇で見守っていた空閑 ハバキ(ga5172)の顔が、視野の隅に入る。そして、僕の前にいるのは緋沼 京夜(ga6138)だけになった。正面から交わす視線は、思いのほか静かで。
「お前の意志は聞いた‥‥一匹でも多く殺し、道連れにして逝け」
 だが、それは贖罪にはならない。死者に対して償う手段など無い。できるのは、彼らが憎悪や怨嗟を、僕という死者へ向けるのではなく前を向いて歩けるような切欠を、けじめをつけることだけだと彼は言った。
「俺は絶望に抗う意志で守り、憎悪で殺す。立ち上がり、歩き続ける」
 立ち上がり、歩き続ける、と僕は口の中で繰り返す。もう歩き続けるのは無理だけど、あの日、燃える機内で僕は立ち上がった。それは‥‥。
「仮初の空しい命であれど、僕は自ら捨てる事が出来なかった。死にたくないというのは、僕の声でもある」
 意識して、エルリッヒであろうとする。彼が望む話し相手は、彼だから。それに、まだ言っていない事もあった。
「僕は妬ましかったんですよ。僕が羨む生を送りながら、それを捨てても構わない何かを持っている。自分が生きる、あるいは生きた証を知っている貴方が、ね」
 あの戦いで僕は多くを奪い、そして知らぬうちに多くを貰っていた。喜び、楽しさ、怒り、妬み。だから、それを返そう。
「‥‥バグアが滅んだ時、お前の名前も忘れるだろう」
「そうですか。先は長そうですが、安心しました。貴方はやはり、先を考えられる人のようだ」
 僕の言葉が、彼を縛るとは思わない。でも、僕は、彼にはあの日のように生きて欲しかった。僕が、戦いの中で羨ましく思った彼に。

「それにしても、大物が釣れたものですねぇ‥‥。さすが、餌が良いと違う、って事ですか」
 ミノベに向かって、フォル=アヴィン(ga6258)が皮肉っぽく言っている。彼は僕をどうするかの意思決定を放棄した側だ。いや、他に委ねた、という事か。委ねられる相手がいるというのも、羨むべきことかもしれない。
「個人的な意見ですが。爆弾は良いんですが、時間前に片付かず爆散とかで戦力落ちとかいやだぁ〜と思う訳ですが、その辺どうなんだろ」
 二条 更紗(gb1862)の声は、聞こえているとは思っていないのかもしれない。僕の耳は、死を間近にして前よりも良く聞こえるようになった気がする。地獄耳、というのだったっけ。
「行って来ます」
 医療士官のエレーナに、柚井 ソラ(ga0187)が挨拶をしているのも、耳に入った。姉弟かと思っていたが、違うようだ。僕とニナのような関係、なのだろう。
「後で一緒に出撃する国谷さんは‥‥俺が絶対守ります」
 嘆息した。ここにも、自分以外を守るために戦う者がいる。
「帰ってきたら‥‥美味しいケーキを食べに行きましょうね。ゆっくり、いろいろお話しましょうね」
 少年の隣で言う夢姫も、そうなのだろう。彼女が守っているのは、人の心なのかもしれない。視線があった瞬間、軽く目礼する。次があったら、とあの日に彼女が言わなければ、今はなかったから。

●心の場所
「赤い悪魔と言われたんでしたっけ? あやふやですがその機体の性能を拝見できるのですか」
 更紗が言う。FRの事を赤い悪魔と呼ぶのはある意味妥当で、ある意味では間違っている。この機体が悪魔なのではないから。しかし、僕が口にしたのはそれとは別の事だった。
「バグアは、彼らなりの流儀で僕達に敬意を払っているんだと思う」
 天秤座のマーキングを見ながら、僕は言った。この機体の形状も、ロックオン警報も、甲高いエンジン音すらオリジナルの模倣に過ぎないと、僕は知っている。
「今度は一緒に戦う事になるのか。不思議な気分だな」
 暁・N・リトヴァク(ga6931)が、茫とした表情でその真紅を見上げていた。
「‥‥私達と飛ぶ、これがFR本来の姿なのよね」
 遠くのラウラの囁きが耳を撫でる。あるべき未来をFRから奪ったのは、僕だ。時計の針は戻らないけど、もしも戻るなら、この機体にも違う生き方があっただろう。そう思いながら、僕はまた別の事を言った。
「オデットは欲しがられなかった辺り、浪漫は理解しないんだろうなぁ」
 そう苦笑した僕の肩を、後ろからニナが叩く。
「先ほどから、ルクレツィア様がこちらを見ていますよ。‥‥全く」
 呆れたような顔をしているのは、振り向かずとも判った。夢姫が、ニナを慰めるように声を掛けるのが聞こえた。ニナは、僕の前では弱音を吐けないだろう。小さい友人が出来た事は、嬉しい。

 僕の中には2人いる。そして、心には2人の女性がいる。今の僕には、どちらも大切。2人を愛するのは許されない、と言うのは半分だけの僕の戒律だ。
(今更1つ罪を犯したくらいで、僕達の行き先は変わりませんよ)
 皮肉っぽく、僕が僕を後押しする。
「‥‥僕が心をここにおいて行く事を、許してくれるかな?」
 自分の胸に当てていた握り拳を、そっとルカの胸に当てた。ルカの体が固くなったのは、男性に触れられる事によるものではなく。自惚れてもよければきっと、その相手が僕だから。手の甲に、早い鼓動が伝わる。トクントクン、トクントクンと。僕の感覚は愛を語るには鋭敏すぎる。
「‥‥後で、取りに戻るよ」
 これ以上、触れていると未練が湧きそうだから。これ以上、聞いていると抱きしめたくなるから。これ以上、見ていると救いが欲しくなるから。僕はそう言って背を向けた。嫌ってくれれば、どれだけ楽だったろう。奥で、もう1人の僕が笑っている。

「絶対、戦場へ送り届けます。だから‥‥帰ってきてください」
 今まで、少し離れた所から、いつも戸惑うような目で僕を見ていたソラが言う。更紗が、怪訝そうな顔をした。多分、戻ってきてどうするのか、と思っているのだろう。
「一緒に戦ってくれるなら、あなたは『仲間』です」
「今は仲間。この、僕がですか」
 すぐに心を切り替えられる少年が眩しい。まだ、身を焦がすような憤怒も絶望も知らないのだろう。それを知って許せる者はこんなに優しくは無い。
「‥‥いや、そうでもないか」
 太陽のような友を思い、僕は微笑んだ。
「戻ったらクリスマスパーティの計画を立てよう。ツリーにケーキに招待状‥‥忙しくなるよ」
「あ、去年のクリスマスも今年の誕生日もお祝いしてませんよね? 今度纏めて一緒にお祝いしましょう‥‥。嫌じゃなかったらですけど‥‥」
 その友、ハバキが明るく笑う。続けたルカの笑顔は無理をしているのが判ったけれど。今の僕には、2人の笑顔が何よりありがたい。笑顔の陰で僕に見えないように、悲しんでくれる人。
「‥‥ありがとう」
 ん? と首を傾げたハバキには頭は下げないけれど。ここにも、僕の心の置き場所がある。

 そして、さっき僕の事を友と呼んでくれた霞澄。会釈した僕に、彼女は微笑を返す。そういえば彼女はいつも微笑んでいる印象だ。その裏の強さも、僕は知っているけれど。
「自分に何が出来るか、何がしたいか考えたのですね。とてもよい顔をしていますよ」
 友人にも見せたかった、と霞澄は微笑む。
「覚えています。何故でしょうね。あの人とは戦いたくなかった」
 あの少女の事を、僕は2人分の記憶として知っていた。空で戦った記憶と、夕餉を共にした記憶。あの時、交わしたかったのは剣ではなく。
「‥‥ああ、そうか。夢を語りたかったんだ。僕が」
 笑ったのは、空に夢を見た僕だ。あの子は、その甘い夢を抱いたまま、まだ飛んでいるのだろうか。
「私も自分の想いの為に戦って来ました。ならば共に戦いましょう、そして勝ち取りましょう‥‥想いを未来に繋げる為にも」
 未来に繋ぐ。そう、それに手を貸す事が僕に許されるなら。

「正直なところ俺は、元ゾディアックである貴方に対して特に何の感慨も持っていません」
 フォルは、静かにそういう。そういえば、霞澄とは別の意味で、彼も穏やかな顔をいつも見せていた。
「バグアに『怨み』って感情があるか分りませんが、俺も多くを殺めている訳ですからね」
 戦争なんてそんなものだ、と付け足す彼。真実そう思っているのが半分、後は僕に聞かせるためだろう。お人善しだと僕が言ったら、否定しそうな気がするけれど。
「俺の力は護る為にある。俺はそう考えてます。全ては無理でも、手の届くものくらいは。そして、今は貴方を護りましょう。貴方の為ではなく、貴方が死ぬと悲しむ人の為に、ね」
 善であり、強い。そういえば、そういった相手を今1人僕は覚えていた。見回したが、アルヴァイム(ga5051)の姿は見えない。
「貴方達の飛行計画とか、タイミングの打ち合わせに行ってるわよ」
 尋ねてみたら、エレーナはそう答えた。最初から、僕が飛べないとは思っていなかったのだろうか。彼やエレーナ、ニナ。多くの人が敷いてくれた道を、僕は歩く。FRと共に地上へのエレベーターを上がりながら、僕はこれまでを思い返していた。

●戦いの空へ
 滑走路にあるソード(ga6675)のフレイアは、一目見ればその特性を把握できた。あの装備が何なのかは僕が、そして使い方も僕が知っている。最前線を飛ぶミサイルキャリアー。かつて蠍座の紋章をつけた機体が、要所に放っていた殲滅攻撃に特化した作りだ。
「貴方は1人ではないのですね。フフフ、そこが僕との違い、か」
 僕は1人で全てを対処していた。彼には、ミサイルを撃つ前にも撃ち終えてからも頼れる戦友がいる。それが故の偏ったセッティングなのだろう。
「‥‥勝てぬ訳です」
 灰色の見慣れた無骨な機体が、そして白い優美な機体が視野に入る。アルと霞澄の機体は、やはり僕には思い出深い。
「現地で『彼女』がお待ちかねでしたよ」
 見透かしたように、アルが言った。思い出すのは、割れた仮面。僕の人生に今という余禄があるのは、彼女に会えたお陰だ。運命の女性、と僕は言った。僕を闇から救ってくれる人などいるはずがないと思いつつ、焦がれていた存在。僕の心を捕えたままの彼女が。
「そうですか。‥‥楽しみです」
 アルは、短く応えた僕より先に、空へ向かう。視界の一角を占める飛行要塞からは、無数の敵機が雲の如く湧いていた。冷静に眺める戦士の僕の裏側で、身震いする僕がいる。
「大丈夫です、私達がいますから」
 霞澄の声で、僕の震えは納まった。コクピットをルカが覗き込む。
「行きましょう、貴方が焦がれた空へ‥‥」
 差し出されたジャケットを、僕は受け取った。代わりになるような物を渡したい、と思うのは弱さだろうか。
「僕の物で申し訳ありませんが」
 差し出したスーツの上着を、ルカは抱きしめる。少し気恥ずかしく、嬉しい。
「無茶をしないでとは言いません。でも死を前提とした戦い方はしないで欲しいです‥‥」
 その声に、手を止めた。もしも僕が死んだら、軍を恨むと彼女は言う。
「‥‥僕を思い出してくれるなら、できれば笑顔で覚えていてください」
 顔を上げずに言うのは、目を見られる自信が無いから。僕は――。
「死ぬ為に戦っちゃダメよ」
 見透かしたように、ラウラが言った。強くて、優しく、揺ぎ無い女性だ。彼女の目を見ながらなら、頷ける。そう、僕は死ぬ為に飛ぶわけじゃない。僕が飛ぶ目的は、別にある。
「アイツの事、良く見てて。今の、アイツを」
 京夜の気配のすぐ脇から、ハバキの声が聞こえた。

『裏切り者』
『ウラギリモノ』

 前線に展開されたCWの向こうから、敵意が肌を刺す。やはり、この機体の場所は敵に筒抜けのようだ。それは逆も言える事。HWが編隊を組んで、青いCWの壁の向こうから上昇してくるのが判った。中型3、小型は12。
「この動きは‥‥、指揮をとってるのは、どれ?」
「おそらく中型は有人機です。注意を」
 ラウラが編隊を睨んだ。動きを見て取ったアルが全機へそう告げる。
「さて、久々にひと暴れと行きますか」
 軽く言ったフォルと、京夜が前へ。視界を圧する爆発光を抜けてきた敵は、気圧されたようにプロトン砲を放った。‥‥この距離で、とは甘く見られたものだ。前衛各機が敵を阻害するように動き出す。
「騎兵隊よろしくで道をひらいてやる」
 砲を放ちながらの、暁の声。回避しようと、左右に敵が分かれる。いや、纏めたのか。
「エルリッヒの前でかっこ悪い所は見せられませんね」
 そんなソードの独り言に、口元をあげた。後ろから見ていれば、判る。自分が見たタイミングと寸分違わず、青い機体のミサイルハッチが開いた。
「兵装1、2、3発射準備完了。PRMをAモードで起動。マルチロックオン開始、ブースト作動」
 ‥‥あれは。
「ロックオン、全て完了!」
 十枚の翼が、生き物のように動くのを見た僕の目から、涙が溢れた。あれは、オデットの魂を継いでいる。僕の心の置き場は、ここにもあった。
「『レギオンバスター』、――――発射ッ!!」
 先に倍するミサイルの雨が広がり、そして収束する。あの破壊の嵐を抜けてこれたのは、4機か。2機は有人機だ。斜め前にいた霞澄が僅かに位置取りを変えた。傷の深かった方の中型が沈む。
「御免なさい、装備が貧弱なので大したことできませんが、引きつけぐらいは任せてください」
 更紗が、敵機の側面を取った。ソラが対空ミサイルを撃ち、ルカが無言で正面を押える。‥‥その全てを、最後の中型は掻い潜った。あの前衛を抜けてくるのだから、そうだろう。まだ動くな、というハバキを制して、僕は。
「お陰で、敵の動きが読みやすくなった。‥‥それで、十分だ」
 自機の倍はありそうな赤い光線を滑るように避けて、かくんと角度を変える。傷ついていたHWがフェザー砲を展開する隙間を縫って、剣翼が一閃した。
「‥‥動く」
 自分の手足のように。それが判って、僕は頷いた。

●終幕へ
「さ、ここからがあなた達の出番よ。横槍は入れさせないから、思う存分戦って」
 ラウラの声が背中を押す。悔いを残さぬように飛ぼう。この武器の無い機体で飛べる限り。