タイトル:【共鳴】黒騎士の脅威マスター:冬野泉水

シナリオ形態: シリーズ
難易度: やや難
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/07/12 09:53

●オープニング本文


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●ヘラの真実
 数日前、ヘラが街の人々に保護される以前の話である。
 グリーンランド某所の断崖にある街をキメラの集団が襲撃した。先頭を行くのは黒馬に跨った少年と、白い虎に乗った少女であった。
 偶然、街にはUPC軍の一個師団が訓練のため滞在していたため、直ちに彼らは迎撃に向かった。住民を避難させながら必死に戦った彼らのおかげで、何とかキメラを押し返すことに成功しようとしていた。
 だが、少年と少女の突撃力は凄まじく、キメラ達を追い返してなお苦戦を強いられたUPC軍は地雷を設置して撤退し、二人を誘い出す作戦を採った。
 北米軍学校の制服を身を包む少女――ヘラは相棒の白玲に乗り、逃げていく兵士達を追って街の果てにある崖に辿り着いていた。街の中央では兄のシアが制圧行動を始めているだろう。
「どこにいるの? 力の無い人が、無駄なことを‥‥」
 白玲から降りたヘラは背負っていた身の丈以上ある弓を手にして辺りを見回した。人の気配があるのに姿が見えない。視界の端に満月がうるさく輝いている。
「‥‥白玲、一度お兄様の元へ戻りましょう」
 シアの意見を仰いだ方が良い。そう判断して、ヘラが白玲の背中を撫でた瞬間だった。

「――今だっ!!」

 空気を裂く鋭い声とともに、ヘラと白玲の足下が爆発したのである。砕けた足下が眼下の川に落ちていく。
 奇跡的にその場から回避した白玲だったが、ヘラを救出するには時間が足らなかった。
 身を庇うように腕で目を覆った少女の小さな体が飛ばされ、凍てつく水の中に落ちたのである。
 瞠目する白玲の視線の先で、水しぶきを上げた川がうっすらと赤に染まった。


●道中
「怪我は治ったんだな。良かった」
 焚き火で暖を取るシアは最愛の妹を抱き寄せた。川に落ちたのだと分かった瞬間から、体の半分が引き裂かれたような痛みを帯びていたのだ。ようやく帰ってきた妹の美しい銀の髪を撫でる。
「俺達が人間より頑丈なのは分かるが‥‥ヘラ。どうか俺のいない所で傷ついたりしないでくれ」
「‥‥ごめんなさい」
 きゅう、とヘラの小さな手がシアの胸元を掴む。
「お兄様。白玲は?」
「先にキメラを率いて向かった。大丈夫、あいつも無事だ」
 ほっとヘラは息を吐いた。
 彼らは宣言通り、以前襲った街に向けて進んでいた。妹を傷つけられ腸が煮えくり返る思いだったシアにとって、あの街を地図上から消さないかぎり満足できない。
 同時に、妹を守れなかった後悔の念を破壊行動で消し去りたいのであろう。
「この鼓動が共鳴している限り、俺はお前を守る」
 同じ早さで刻まれる心音を確認して、シアはヘラが眠りにつくまで彼女の体をしっかりと抱いていた。


●襲撃情報
 UPC軍は帰還した能力者達から二人の情報を手に入れていた。新たなハーモニウムの存在は、少なからず彼らにとって脅威となることだろう。
 以前、正体不明の二人に襲撃されたという街には、すぐに能力者達が派遣されることになった。辛くも二人を退けたあの街が、最も報復の危険性が高いのだ。
 その予想が的中したのか、数日後には少年の宣言通り街を見下ろせる小高い丘陵地帯にキメラ達が集結していることが判明した。そして、先頭にはあの黒馬と白虎が堂々とその姿を見せているという。また、街からやや離れた位置には小型ではあるが、量産型のヘルメットワーム軍も確認された。
 幸い打撃を受けた街の住民は別の街に避難しているので街中は閑散としている。だが、だからといって敵に蹂躙させて良い理由にはならない。
 UPC軍はすぐに能力者に召集をかけた。
 依頼内容には、敵勢力の纖滅はもちろんのこと、キメラを率いる黒白の化け物を討ち取ったものには報酬を上乗せする、という一文が加えられていた。

●参加者一覧

榊 兵衛(ga0388
31歳・♂・PN
木花咲耶(ga5139
24歳・♀・FT
旭(ga6764
26歳・♂・AA
百地・悠季(ga8270
20歳・♀・ER
ティル・エーメスト(gb0476
15歳・♂・ST
シャーリィ・アッシュ(gb1884
21歳・♀・HD
御沙霧 茉静(gb4448
19歳・♀・FC
小笠原 恋(gb4844
23歳・♀・EP
9A(gb9900
30歳・♀・FC
アクセル・ランパード(gc0052
18歳・♂・HD

●リプレイ本文

「黒玲。ヘルメットワーム(HW)が大方墜ちたら、お前はヘラの元へ走れ。絶対にヘラを能力者に会わせるな。俺と白玲はこのまま突っ込む」
 主人を乗せた黒馬は小さく頷いた。その手綱を引いたシアは、遠くに見えるHWの集団を睨んだ。あんな玩具で能力者が墜ちるものか。
 シアは槍を持つ手の震えを左手で無理矢理押さえ込んで、自嘲気味に笑った。
「ヘラを連れて来なくて正解だったな。俺がこんなんじゃ、また機嫌を損ねる」


●少女の見上げる空
『悠季様、準備完了しました。発進をお願い致しますね』
 AI音声を聞き届けると百地・悠季(ga8270)は操縦桿を握った。愛機の名を親しみやすく呼ぶと、奇しくも『ハーモニウム』の少女と同じものになる。
「コンディション・グリーン。ヘラ、行くわよ」
 ライトグリーンの機体がひらりと空に舞い上がった。


「自分たちが思う通りにするのが一番だろうな。HWの始末は任せておけ。託された任務は全うするつもりだ」
 電雷『忠勝』の操縦席から榊 兵衛(ga0388)が言った。HW群を目視できる距離に到達すると『超伝導アクチュエータ』を起動させる。
「久延毘古。よろしくお願いしますね。――HW、キメラの動きは僕が観察します」
 ウーフーに搭乗するティル・エーメスト(gb0476)は『強化型ジャミング集束装置』を起動させて言った。ここで手間取っていればそれだけ消耗してしまう。空を制すれば、次は地上の援護に向かわなくてはならないのだ。
「先行して飛び込んだ後、幻霧で撹乱します。霧から抜け出たHWから片付けてください」
 言うなり翔幻を加速させて敵陣に突っ込んだのはシャーリィ・アッシュ(gb1884)である。無謀に思える行動だが、彼女の機体が持つ『幻霧発生装置』は集団で固まっているHWに絶大な効果を発揮する。
 敵機を確認して迎撃に出たHWの砲撃を躱して、シャーリィは幻霧を機体から放出した。見る間に視界が悪くなったが、その中で予め決めていたHWに彼女はバルカンを乱射した。リロードしながら霧の中を抜ける。
「敵機確認。攻撃を開始するわよ」
 視界を確保しようと霧の中から蛇行するように飛び出したHWを射程ぎりぎりのところから百地が狙撃した。
「右前方よりHWが数機離脱しました。――地上班、キメラの群れを確認しました。真っ直ぐに街へ向かっています」
「HWは俺が行く。後ろは任せた」
 ティルの声に反応した榊が飛び出してK−02で新たに姿を見せたHWの前方部を撃ち抜いた。続いて照準を僅かにずらして霧の中に居るであろう敵機に向けて第二射を放つ。堪らず飛び出したHW群を、その後ろからウーフー――久延毘古がガトリング砲を叩き込んだ。
「‥‥っ! 空はあまり得意ではないが‥‥量産型に後れを取るほどヤワな鍛え方はしていないっ!」
 一撃被弾したシャーリィはすぐさま体勢を立て直し、HWに直接体当たりを仕掛けた。弾かれて後方へ吹き飛んだ敵機に、ピアッシングキャノンを的中させる。
 やがて霧が晴れ、残ったHWがぞろぞろと姿を見せた。
「一気に畳みかけるぞ」
 被弾しているHWから重点的にファランクス・アテナイの集中砲火を食らわせる榊の号令で、残り三機はぱっと機先を翻した。
「特攻など、通用するものかっ!」
 吼えたシャーリィの翔幻――アヴァロンがピアッシングキャノンを放つ。自爆覚悟で飛び込んできたHWはこれを正面から受け、大きな爆発音を立てて地上に墜ちていった。
「北西方向に半壊したHW確認。狙撃します」
 スナイパーライフルの照準を合わせたティルが言う。HWもなけなしの砲撃を始めたが、その程度で揺るがされる機体ではないのだ。一撃でHWは大破して砕け散る。
「『フィールド・コーティング』起動。遠慮無く行かせて貰うわよ」
 サイファー――Heralldia周辺に斥力場が発生する。突撃をかけてきたHWの砲撃を難なくいなして、百地はすれ違い様に多連装機関砲を乱射した。
 粉砕されなかったHWの残骸が地上に散らばっていく。鉄屑の雨が降るのを見下ろしていた彼女は、そこでようやく地上に何か居ることに気がついた。
 じっと空を見上げるのは人間だろうか。その判断を待たずして、彼女は思わずその名を口にしていた。
「ヘラ‥‥」
 二、三回瞬く間に彼女の姿は視界から消えていた。
 だが、一瞬目が合った少女の赤い瞳と微笑みはひどく印象に残った。


●黒騎士と白虎
 街の入口では地上班がキメラを排除するため、二手に分かれて戦っていた。
 入口に対して西側には、木花咲耶(ga5139)と小笠原 恋(gb4844)、そして9A(gb9900)の三人が迎撃に向かっている。
 覚醒して色の変じた金色の髪を掻いた9Aは、飛び掛かってきた獣を忍刀で斬りつけた。
「ほらほら、ボーッとするな‥‥叩ッ斬るぞッ?」
 被害の度合いを考えて、遮蔽物の多い街の中へ迅雷で攪乱しつつ誘い込んだ9Aは後方待機していた仲間にさっと手を挙げた。
「何匹来ようとも、あなた方の好きにさせませんわ」
 集められた獣を流し斬りで切り伏せた木花の脇を小笠原が駆け抜ける。突進した獣を自身障壁により強化された身で防ぎ、彼女は小銃を空へ向けた。狙うは翼を羽ばたかせる鳥の心臓である。
「皆さんに手は出させませんっ!」
 致命傷を受けた鳥が地面に落ちる。それを9Aが銃で撃ち抜いてトドメを刺した。
「刀と違って‥‥使いづらいっ!」
 慣れない手つきで弾を込めながら言った9Aである。だがそれでも、即座に空でこちらを見つめている鳥を撃ち落とす腕は流石だろう。
「数は多いですが、あわてず一匹ずつ倒していきますわよ」
 刀を構える木花は小笠原と背中合わせに立ち、牙を剥く獣を斬り飛ばした。即座に刃を返して衝撃波を鳥の集団にぶつける。翼をもぎ取られて地面に降下する鳥を小笠原と9Aが端から片付けて行った。
「大切な仲間に傷をつけさせてなるものですか」
 獣の突進を盾で受け止めた木花は反対の手に持つ刀の柄頭で相手の額を殴りつける。
 少しずつ街中から外へキメラ達を押し戻し、丁度入口から全ての敵を外へ押し切った時だった。攻撃せんと身構えた鳥が不意に背後から狙撃されたのである。
 驚く三人を励ますように、聞き慣れた声が溌剌と響いた。
「お待たせしました! お怪我はありませんか?」
 エネルギーガンを携えたティルが少し離れた所から手を振っているのが見えた。


 突撃をけしかけるキメラの群れには、独特の異様な緊張感が満ちていた。それは他でもなく、先頭にあの白い虎が居たからだろう。
 街の入口に残った旭(ga6764)と御沙霧 茉静(gb4448)、アクセル・ランパード(gc0052)の三人にも、KVを降りた仲間達が合流していた。消耗戦に違いは無かったが、それでも人数は多い方が良い。
「これ以上、一体たりとも街に踏み込ませるわけにはいきません‥‥いきましょう」
 真っ先に合流したシャーリィが向かって来る獣を竜の咆哮で吹き飛ばした。体勢が崩れたキメラに詰め寄り剣でその身を貫く。
「鳥も獣も結構な数ね」
 続いて加勢した百地はデヴァステイターの照準を上空の鳥に合わせた。方向を変えようと鳥の動きが鈍る一瞬を狙って翼を撃ち抜く。
「だが、この人数なら問題はない‥‥!」
 死角からの攻撃を狙う獣と向かい合った榊は、相手の関節部分を狙って槍を突き出した。矛先が刺さるのを確認して、そのまま水平に薙ぐ。
 以前、『ハーモニウム』の少年は言った。力があるというのならば、迎え撃ってみろ、と。
 ならば、それに応えなければならない。
「――“力”を見せましょう!」
 アクセルはAU−KVを装着し、竜の翼で向かって来ていた獣の懐に潜り込むと斧で斬りつけた。剥き出しの牙は柄に噛ませて、一度胴体を蹴り飛ばし距離を取る。間合いに入れば、斧を横にして深々と斬り込んだ。
「白玲を今は倒すべきでは‥‥でも、街は守なければ‥‥」
 刀を持つ御沙霧は戸惑いを含んだ声で言って、地面を蹴った。決して命を奪わないように、急所を微かに外して渾身の一撃を獣に叩き込む。
「数は多いけれど‥‥止めてみせるっ!」
 獣の体当たりを盾で弾き返した旭は銃口を猛禽に向けて銃爪を弾いた。正確に狙っていられるような数ではないから、翼ではなく直接胴体を撃ちに行く。
 たった六人の能力者に倒されていくキメラ達の不甲斐なさに苛立ちを募らせたのか、または埒が明かないと思ったのか、それまで待機していた白玲がゆっくりと前進したのはそんな時だった。
「な‥‥っ!?」
 トドメを刺そうと竜斬斧を振り上げたアクセルは思わず声を上げた。地面に倒れていた獣が、傷だらけの体を引き摺ってその場から退いたからである。
 まるで、そこにいれば白玲の邪魔になるとでも言わんばかりにだ。
「――――――!!」
 キメラ達が空けた道を見据えた白玲は大音声の咆哮を上げた。傍に居た獣が萎縮してその場に平伏す。翼を広げていた鳥型キメラの残党は、衝撃波に負けて残らず地面に叩きつけられた。
 一瞬で場を掌握した白玲は、泰然自若として能力者達を睨んでいる。
 刀の構えを解いた御沙霧は、相手を脅えさせないように言葉を選びながら口を開いた。
「白玲さん‥‥、貴方のしている事は、いずれヘラさんを不幸にさせる‥‥。彼女を想うのなら、ここは引いて‥‥」
 彼女が言い終えるのと、白玲が地面を蹴るのはほぼ同時だった。
「御沙霧さんっ!」
 間にアクセルが割り込まなければ、彼女は重傷では済まなかったかもしれない。
 強烈な体当たりを食らったアクセルは大きく後退った。
「つ‥‥ぅ」
 咄嗟に使用した竜の鱗のおかげで何とか直撃は避けたものの、彼は堪らず地面に膝を突いた。
 再び唸り声を上げた白玲は鋭い爪を地面に食い込ませて、再突撃の構えを取った。
 次の一撃に誰もが備えた、その瞬間である。

「――やめろ、白玲」

 いつの間にそこに居たのか、黒衣を纏い、身の丈以上ある黒い槍を手にしたシアが白玲の背を撫でていた。白い獣は数秒抗っていたが、徐々に殺気を収めていく。
「冷静さを失って突っ込むな。引っ込んでろ」
 白玲の額を叩いたシアは、自分達を取り囲む能力者達を一瞥した。
「見た顔が多いな。今度は俺を殺しに来たのか?」
 何でもないことのように言う。だが、その身から放たれる殺気は人一人簡単に殺せそうだ。
 シアの雰囲気に飲まれまいと、旭が一歩前に出た。
「シアさん。‥‥まずはありがとう。おかげで住民の避難とか、準備が出来ました。‥‥そして、ヘラさんを助けた街の人に免じて、大人しく退いてはくれないかな?」
 唸った白玲を手で制して、シアは無言で旭を見つめ返した。血のように赤い瞳には、何の感情も見えない。
「貴方は俺達以外にも借りのある人達が居るはずです。ヘラさんを助けたグリーンランドの人達がね。前回が“俺達への借り”であるなら、今回はその人達の顔を立て、退いてはくれませんか?」
 代わって言ったアクセルの方を見たシアは息を吐いて小声で言った。
「お前達は‥‥俺達を何だと思ってるんだ? あいつも俺も、そんなに優しくて良い子じゃない」
 黒い槍を構えたシアにその場の緊張感が一気に増す。僅かに苦渋の滲む表情に、一体その場の何人が気づいたことか。
 向こうが動きを見せる前に、御沙霧が語調を強めて言った。
「憎しみの連鎖は、いずれ取り返しのつかない悲劇を貴方達にもたらしてしまう‥‥。ヘラさんの為にも、貴方達がすべきことは何か、よく考えて‥‥!」
「‥‥どうして」
 靴の踵で土を抉ったシアがぽつりと呟いた。
「どうして人間を憎んじゃ駄目なんだ? お前達だってバグアを憎んでるんだろう? その憎しみも、最後には悲劇を生むんじゃないのか?」
 理解できない、とシアは付け加えた。戸惑う御沙霧の肩に手を置いて、9Aが彼と対峙する。
 これ以上の説得は効果が無いだろう。
「‥‥とりあえず退かないか? そっちが背中を向けて帰ってくれるなら、ボク達だってそうするサ」
「‥‥分かった。こっちも戦力の大半を失っているから、今回は引き上げる」
 白玲の背に跨ったシアに、木花に武器を全て預けた小笠原が駆け寄ったのはそんな時だった。警戒心を顕わにして牙を剥く虎を宥めて、シアは彼女を見上げた。
「お久しぶりですシアさん。そう言えば自己紹介がまだでしたね。私は小笠原 恋です。あの‥‥ヘラさんに渡して欲しい物があるので受け取ってもらえませんか」
 そう言って彼女はシアの掌にコサージュを乗せた。怪訝そうに見返した彼に小笠原は出来るだけ温かい笑みを浮かべる。
「とっても似合うと思うんで、これをヘラさんの髪に付けてあげて下さい」
「‥‥‥‥」
「ヘラさんも年頃の女の子なんですから髪の手入れもしてお洒落もさせてあげてくださいね」
 コサージュに視線を落としたシアの表情が僅かに揺らいだ。だが、それも一瞬で、すぐに表情を消して小笠原に矛先を向けた。
「お前、死にたいのか? 無防備で俺に近づくな」
「大丈夫です」
 自信に満ちて言った小笠原に、きょとんとしたシアである。恐れることなく、彼女は彼の肩にそっと手を添えて微笑んだ。
「ヘラさんはあんなにも良い子で、シアさんはこんなにも優しい人なんですから」
「‥‥‥‥」
 怒っているのか呆れているのか判別できない微妙な表情になったシアは、小笠原から視線を外して殆ど聞き取れない声で返した。
「‥‥それは勘違いだよ。俺のことも、ヘラのことも、勘違いしてる」
 手を振り解いたシアは白玲の頭を撫でる。指示に応じた白い虎が自分達を取り囲んだ能力者達に背を向けた。
「シアさんっ!」
 不意に去ろうとする黒騎士の背中に旭が声をかけた。振り返った彼に袋を投げる。叩き落とされるかと思ったが、反射的にシアはそれを受け取った。
「ヘラさんによろしく。その飴はお土産にでも」
 再び妙な表情になったシアに旭はにっこりと笑って見せた。
「僕は旭。覚えてくれたらうれしいな」
「‥‥覚えておく」
 ぽつりと呟いて、シアを乗せた白玲はゆっくりと彼らの間をすり抜けて行った。


 UPC軍支部に事の次第を報告した彼らの表情は晴れなかった。いつか倒す――殺さなければならない敵を逃したからなのか、それとも他に糸口があるのか、今の彼らに答えは出せない。
「‥‥強化人間の悲しさは知っています‥‥。だからこそ、何度でも止めてみせる」
 ふと、シャーリィがそんなことを言った。
 救えないのなら、彼らが救われるまで止めればいい。
 グリーンランドの冷たい大地を見つめていた小笠原は、彼女にしか見えなかったシアの表情を思い出す。
 もしどこかでまた会えたら、あの時――『優しい』と言われた時に見せたシアの表情が、もう一度見られれば良いと思う。


―END―