タイトル:【共鳴】共鳴する鼓動マスター:冬野泉水

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 普通
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/06/15 10:54

●オープニング本文


●シア
 日本語には『しあわせ』という言葉があるのだという。その言葉の一部をとってつけられた名前を、一度も好きだと思ったことがない。
 少年はフードを外して、眼下に広がる広大なグリーンランドの大地を見下ろした。気温はとうの昔にマイナス圏に入っている。さすがに少年もマントがなければ肌寒い思いをしているところだった。
 少年は、彼の跨る黒い愛馬の背を撫でた。黒い鬣に血走った赤い目の狂馬だ。黒馬は少年の声に応えるように蹄で雪を蹴って駆けだした。
 夜の凍える大地だ。走る馬は白い息を吐く。それでも全く速度を落とさずに、彼は主人を乗せて銀の平原を駆け抜けた。
 馬上の少年は、真っ直ぐと正面を見据えて呟いた。
「‥‥待っていろ、ヘラ」
高ぶる心の臓が、一度大きく跳ねた。それはいつも感じる、妹との共鳴によく似ていた。


●ヘラ
 お兄様とはぐれてしまった。しまった、と思った時には、私の体は冷たい水に沈んでいた。
 川に流されたのによく生きていたな、と誰かが言ったけれど、死ぬわけないじゃないと心の中で反論した。口にしなかったのは、お兄様が「言うな」と言ったから。
 ぼんやりとした視界。何だか寒い。それはそうね、だって『白玲(はくれい)』が居ないのだもの。ずっと側にいると言ったのに、どこへ言ってしまったの。
 誰かが「虎だ!」と叫んでいるわ。追い出せ、追い出せ、と怒っている。違う誰かが「こいつはキメラだっ!」と言う。
 違うの、その子は白玲なの。お願い、追い払ったりしないで。私の所へ連れてきて。
 起き上がりたいのに、体に力が入らない。ああ、まだ眠いのかしら‥‥それとも、寂しさで動けなくなったのかしら。
 胸の奥が、とくんと音を立てる。
 お兄様‥‥白玲‥‥。
 ヘラは、今‥‥ひとりぼっちなの。
 お願い、誰でも良いの。ヘラを一人にしないで‥‥。


●思慕
 グリーンランド北部。雪に覆われた街の傍を流れる川で身元不明の少女が発見されてから三日が経過していた。付近の街という街を捜索したにも関わらず、親らしい親は見つかっていない。
 変わった少女だった。十五歳前後だろうか、どこかで見たことがあるような制服らしい衣服に身を包み、流した銀の髪は床に渦を巻くほど長い。ぼんやりとした大きな瞳はルビーのように赤かった。
 彼女を保護した夫婦は、美しい少女をかいがいしく世話していた。長時間身が凍るような水の中にいた少女はひどく弱っているように見え、ただでさえ白い顔が更に白くなっていた。
 ところが、与えられた食事を黙々と食べては眠るという生活が三日続いた頃、少し目を離した隙に眠っていた少女がふらりと消えてしまったのだ。
 驚いた夫婦は街中を探しに探した。最近、街の周辺では白い虎や獣が確認されているから尚更だった。もしかしたら襲われているのではないか、と夫人は手を合わせて少女の無事を祈った。
 やがて夕方になると、少女は地元の猟師に連れられて帰ってきた。街道沿いにある森の中で佇んで、じっと空を見上げていたらしい。
「夜になると森には化け物が増えるから間一髪でしたね。にしても森の化け物ども、糸を吐きかけやがったぜ」
 服に絡みついた糸を力づくで外しながら、猟師は安堵の息を吐いて言ったものである。
「こりゃあ本格的に討伐してもらうしかなさそうですよ。狼は出るわ、鳥は飛ぶわ‥‥まともな猟ができやしない」
「まあ‥‥そんな中で無傷だったのは奇跡ですわね」
 夫人もほっと息を吐いた。
 その後も心配して世話を焼く夫婦に、少女が口を開いたのはそれが初めてだった。
「朝までに‥‥滝に行かなくちゃ」
「滝って、あの森の奥にある滝かい?」
 頷いた少女は、そこに連れと待ち合わせているのだと言った。一体いつ連絡を取ったのだろう、と夫人が首を傾げていると、少女は虚ろな瞳で外を見やった。
「お兄様が、来るの‥‥」
「とはいえ、お嬢ちゃん。あそこは夜になると化け物の巣窟になるのよ。お兄さんの身も危ないだろうし、悪いことは言わないから、お兄さんに言って明日の朝、迎えに来てもらってはどう?」
「いやっ!」
 突然、少女は夫人を突き飛ばした。長い銀髪を逆立てるように彼女を威嚇した少女は、すぐにその怒気を収めて嘆願するように言った。
「行かなきゃ駄目なの‥‥お兄様と白玲が待っているわ‥‥行かなきゃ、行かなきゃ‥‥行かなきゃ」
 その異様な少女に恐怖を感じたのか、それとも哀れと思ったのか、夫人は夫に相談した。大人の判断として間違っているかもしれないが、あれだけ言うのだから滝まで送り届けてやりたい。どうにかならないか、と。
 街の役場に勤める夫は少し考えてから、できなくもないと言った。丁度、森に住み着いた化け物の掃討を街が依頼している関係で、この街に数人規模の派遣部隊が滞在しているのだ。
 一度掛け合ってみようと言って立ち上がった彼は、こちらに歩いてきた少女の頭を撫でた。
「大丈夫だ、お嬢ちゃん。すぐにお兄さんに会わせてやるからな」
「そうと決まれば支度をしなくちゃね。こちらへいらっしゃい」
 夫人は少女を部屋に戻すと、髪を結ったり服を着替えさせたりした。その間、少女は微動だにせず、ただ窓の外の冷たい満月を見上げていた。
 とくん、とまた鼓動の音が聞こえた。少女は口元に僅かに笑みを浮かべて、細く白い指で自身の胸に触れて呟いた。
「‥‥お兄様」
 もうすぐ、会えるのですね。

●参加者一覧

木花咲耶(ga5139
24歳・♀・FT
旭(ga6764
26歳・♂・AA
百地・悠季(ga8270
20歳・♀・ER
ティル・エーメスト(gb0476
15歳・♂・ST
御沙霧 茉静(gb4448
19歳・♀・FC
小笠原 恋(gb4844
23歳・♀・EP
紅月 風斗(gb9076
18歳・♂・FT
9A(gb9900
30歳・♀・FC
アクセル・ランパード(gc0052
18歳・♂・HD
ペルラン・ロワ(gc3792
17歳・♀・HG

●リプレイ本文

 ランタンを二つ灯しても夜の森は不気味で、虫の声が途切れ途切れに聞こえる。
 森に踏み込んだ9A(gb9900)はコートの合わせを直した。少し肌寒いか。後ろを向くと、件の少女が紅月 風斗(gb9076)に抱きついているのが見えた。怖がっているようにも見えるその様子は、ごく普通の少女に見えなくもない。
(ただ、ねぇ‥‥)
 何人かは漠然と感じていた。
 少女は――ヘラは普通の子ではない、と。


●謎の少女
「‥‥俺の後ろは危ない別の能力者の後ろにつきな」
 街を出た時からひっついているヘラに言った紅月はやや困った顔をして言った。
「ああ、あんた。この子を頼む」
「分かりました」
 少女がとことこと金髪の少年の元へ行く。彼女の手を取ると、彼はにこやかに言った。
「今回、護衛を担当するアクセル・ランパード(gc0052)です。少しの間ですが、よろしくですよ。もし宜しければお名前を伺っても宜しいですか、レディ?」
 穏和な笑みを浮かべたアクセルはヘラをAU−KV――ディランに乗せた。しばらく黙っていた少女はその後、小さな声で「‥‥ヘラ」とだけ言った。
「‥‥少し、聞いても良いかしら?」
 彼女の左側面を歩く御沙霧 茉静(gb4448)が静かに言った。
「お兄さんは、どんな人‥‥?」
 少女は少し首を傾げた。銀色の細い髪が一房流れ落ちる。繻子のような髪を満月に晒しながら、彼女はぽつぽつと言った。
「‥‥お兄様は、ヘラの‥‥大切な、人。私のことを、一人にしない」
「良いお兄さんですね」
 前を行く旭(ga6764)が穏やかに言った。すると、ヘラはこくんと頷いて、何も持っていない白い手を合わせた。
「早く行かなきゃ‥‥お兄様が待ってる‥‥」
「そうねえ‥‥」
 右に陣取る百地・悠季(ga8270)が息を吐いた。虫の泣き声が知らぬ間に消えている。敵襲があるとすればそろそろだ。
「ねえ、その服。お兄さんとお揃いだったりするの?」
 何気なく――そう、何気なくを装った百地の質問に、ヘラは視線を彼女に向けて、ゆっくりと首を横に振った。
「お兄様は、真っ黒よ‥‥私より、ずっと格好良い。どうして?」
「ちょっと知っているのと似ていたのよ。でも、気のせいみたいね」
 満足のいく返答ではなかったが、百地はひとまず微笑を浮かべて話題を変えた。


●挟撃
「敵襲ですっ!」
 叫んだティル・エーメスト(gb0476)の声に全員が身構えた。背後を狙うかのように狼のような姿をしたキメラが息荒く現れる。唸り声を上げて、目の前の集団を睨んでいた。
「‥‥現れた、かなァ?」
 前方では髪を白銀に染めた9Aが背負っていた刀を抜いた。紅月、旭達を加えた三人と対峙するように、ざわざわと木の幹を伝って蜘蛛の集団が降りてくる。
「前後に散開しましょう! ヘラさんに近づけさせてはいけませんっ!」
 剣を構えた小笠原 恋(gb4844)が声を張り上げた刹那、彼らはそれぞれの敵に向かって走り出した。
 最後にちらりとヘラの方を見やったペルラン・ロワ(gc3792)は、敵集団に制圧射撃を放った。対象が密集しているおかげで面白いくらいによく当たる。
「ほらほら、避けないと死んじゃうよ?」
 舌をちろりと出して笑った彼女は攻撃の手を止めた。その瞬間を狙って、木花咲耶(ga5139)と小笠原が獣に詰め寄る。
 最初に獣に突っ込んだ小笠原は身を屈め、刀を平行に並べて脚を薙いだ。前脚を失ったキメラ達がバランスを崩す。
「今です、咲耶さんっ!」
「連携させていただきますわ」
 一足で間合いを詰めた木花が直刀を振り抜いた。目にも留まらぬ速さで獣の脇に回り込み、その胴を二つに斬り飛ばす。
 吹っ飛んだ獣の死骸を見つめていた小笠原だが、ここで異変に気がついた。丁度御沙霧の左側から殺気がするのだ。
「左より敵襲注意です!」
 間髪入れずに茂みを割って飛び出してきた獣が牙を剥いた。二本の剣で応戦した御沙霧の体が僅かに押される。
「御沙霧!」
 叫んだ百地が彼女の後ろから拳銃で援護射撃を開始した。片眼を撃ち抜かれて叫いたキメラが後ろに引き下がる。すかさず攻勢に転じた御沙霧が逆に迫った。
「逃げはしない‥‥のでしょうね」
 淡々と呟いて、剣を振るう。胴を傷つけられた獣は声を上げたが、それでも逃走する様子はない。
 自分がトドメを刺すことはしない、と御沙霧が背後の仲間達に目配せをした。誰が何と言おうと、この姿勢は譲れないのだ。
「僕がやります」
 頷いたティルがエネルギーガンを構えた。一発、正確にキメラの心臓を狙って引き金を引く。起き上がろうとしていたキメラはもう一度後ろに倒れ込んで息絶えた。
「ふぅ‥‥大丈夫そうですか、皆――」
 言いかけたティルの声を遮るように凄まじい咆哮が響いた。安心したのも束の間、今度は百地の横から狼が飛び出してきたのである。
 彼女を巻き込むように突進してきたキメラは、迷わず最も弱い――ヘラを目指して鋭い牙を剥き出しにした。
「させませんっ!」
 咄嗟にヘラを抱きかかえて、アクセルが襲いかかってきたキメラの腹を蹴り飛ばした。ぎゃん、と泣いて獣が後ろに下がる。
 少女をティルに預けて、アクセルは竜斬斧を構えた。不意を突かれた百地も反転して体勢を立て直す。
「行きますよ」
 軽く呼吸を整えて、アクセルは地面を蹴った。殆ど同時に百地がイアリスで獣の後ろ足を斬り落とす。
 体勢の崩れたキメラを倒すことは容易かったが、完全に破壊するためにアクセルは獣の頭蓋目がけて斧を振り下ろした。あまり少女に見せたい光景でもないので、羽織っていたマントをわざと広げて死骸を隠す。
「ティルさん、百地さんの治療をお願いします」
「分かりました!」
 既に活性化で出血を止めてはいたが、念のためなのだろう。百地は走り寄ってきたティルに傷口を見せた。
「あの子に怪我はなかった?」
 尋ねた百地に、ティルは力強く頷いた。
「ちょっと怖がってますけど、傷一つついてませんよ」


 前方では、前衛の三人が小さな蜘蛛の集団相手に奮闘していた。
「ちっ‥‥この、鬱陶しい!」
 絶え間なく四方から吹きかけられる糸に悪態をついた紅月は紅い剣で一気に糸を断った。スカイブルーに変じた目で足元の蜘蛛を見下ろす。次いで、衝撃波を地面に向けて叩きつけた。
 糸を吐きながら宙を舞った蜘蛛が落ちてくるのを狙って、彼は魔剣を構えた。
「紅蓮の炎に焼かれるといい」
 淡い赤の光に包まれた剣を振るって、何匹かまとめて仕留める。取り逃がしたキメラは、またかさかさと音を立てて地面を這った。
「いただきィ!」
 絶えず動き回っていた9Aが糸の切れた蜘蛛に詰め寄った。瞬間移動したかのような速さに敵が怯む間に、アーミーナイフで敵の体切り刻む。
 一方、盾を囮に敵から離れていた旭が徐にガトリングを構えた。白い糸でぐるぐる巻きにされ、元の大きさより一回り大きくなっている盾の近くに照準を合わせる。上手く残りの蜘蛛を誘導していた二人は、旭の合図に合わせてその場から飛び退いた。
「こいつで――!」
 言うや否や引き金を引く。激しい乱射音に合わせて、抉れた土と共に蜘蛛が何匹も叩き上げられる。
「奇跡的に残ったキメラはお任せします」
 弾切れになるまで撃ち切った旭は言った。撃ち損ねたつもりはないが、荒っぽく攻撃したので残っていても不思議ではない。
「こっちはなさそうだねェ」
 辺りを窺っていた9Aは微かに動く蜘蛛を刀で刺して言った。反対方向を見ていた紅月も手を上げる。
 時同じくして、後方で獣と戦っていた仲間も決着がついたようだった。
 気がついた頃にはまた、静かに虫の声が森に蘇っていた。


●白玲
 周辺の安全を確認して、彼らは一度休憩を取ることにした。ヘラの体力の関係もあるのだが、先の戦闘でティルの持っていたランタンが一つ壊れてしまっていたので、代わりの明かりを灯す意味も含まれていた。
「食べる?」
 百地が渡したチョコレートがヘラの手の中で転がる。
「これも飲む‥‥?」
 御沙霧が出したリンゴジュースを受け取ったヘラは地面に座って口を付けた。結っていた髪が、少し乱れていて地面に渦を巻いていた。
「髪、直してあげますね」
 立ち上がった小笠原が髪を持ち上げる。細い髪は生まれつき、というよりは不健康そうにさえ思えた。
「それにしても白玲さんが見当たりませんね」
 百地が皆にもと差し出したお茶を飲みながらアクセルが言った。少女は少し顔を上げて、冷たく輝く満月を木の葉の合間に見つめながらぽつりと言う。
「‥‥いない。白玲はここに、いない」
「分かるのですか?」
「‥‥」
 頷いたような首を振ったような微妙な仕草をした少女である。確信はないが、と言ったところか。代わりに、傍に落ちていた枝を持って地面に動物の絵らしきものを描いた。
「白玲。白くて、きれいで‥‥温かいの」
「ヘラさんは、白玲が好きなんですね」
 髪を結い直した小笠原が笑いかけた。
 ヘラはランタンを両手にそっと持って頷いた。その整った顔に、今まで見せたことのない優しい微笑が浮かんでいる。
 ああ、笑えるじゃないか、と少女を見守っていた彼らは、なぜかほっとして胸を撫で下ろした。


●滝にて
 満月は雲に隠れてしまった。
 深い闇に包まれた森を進むうちに、水が水を打つ音が聞こえてきた。ヘラの指差す方向に歩いていた彼らの視界にも、徐々に滝が見えてくる。
 同時に異様な数の羽ばたきが聞こえた。滝の周辺に生息しているという鳥型キメラだ。前後左右から止めどなく風を切る音が響いている。
「囲まれましたようですわ」
 得物を銃に持ち替えた木花が言った。
「もうすぐで滝だ。一気に切り抜けるぞ」
 小銃を器用に手の内で回した紅月は殺気を強めた。
 羽ばたきが一層大きくなる。そして、一羽が高く鳴くと四方から黒い鳥が急降下してきたのである。


 最初に迎撃したのは御沙霧とペルランだった。これ以上退くと少女に危害が加わるため、ここは全力で食い止めなくてはならない。
「はあっ!」
 空中から落ちるように飛んできたキメラに向かって御沙霧は衝撃波をぶつけた。丁度畳んだ翼を抉るように衝撃波が飛ぶ。僅かに降下体勢のぐらついた鳥に照準を合わせ、ペルランは小銃で胴を撃った。
「飛べなくしてくれたらあたしが殺すよ。きみは空から引きずり下ろすのに専念して」
「ありがとう‥‥お願いします」
 軽く頭を下げた御沙霧は、翼を広げて威嚇する鳥の両翼を斬り落とした。虚しく地に落ちたキメラは、藻掻く間も与えずにペルランが仕留める。
 彼らの後ろでは、奇襲した鳥型キメラの攻撃をアクセルが躱していた。
「アデプトッ!」
 叫んだアクセルはAU−KVを装着し、そのまま低空で留まるキメラ集団に向けて竜の咆哮を叩きつけた。AU−KV全体にピシッとスパークが走る。豪力で飛ばされたキメラ達は堪らず仰向けにひっくり返った。
「ヘラさん。僕から離れないで下さいね」
 既に腰にしがみつかれているティルは苦笑しながら、その場で銃を構えた。死角からの強襲を懸念して、少女を庇うように立った彼は、射程ギリギリの位置から弱ったキメラを撃ち落とした。攻撃が外れても、至近距離で待機するアクセルが仕留めてくれる。
 彼らの右では、百地を最後尾に小笠原と木花が鳥型キメラを殲滅していた。小銃で小笠原が隙を作り、その中に木花が突入する。
「小笠原様。援護、感謝いたします」
 呟いて、木花は刀を振り上げた。淡く輝いた刀は翼を撃たれたキメラを正確に捉え、その体を一刀両断した。
「深追いはしなくて良い。あたしも居るんだからさ」
 二人が取りこぼした鳥は、一直線にこちらに飛んでくる。それらを愛銃で悉く撃ち落とした百地が前方の二人に言った。素早く弾を込め直してまた照準を合わせる。
 最前列では、水しぶきに邪魔されながらも三人が鳥型キメラと戦っていた。
「まだまだ行くよォッ!」
 近くの木を蹴って飛び上がった9Aがキメラとのすれ違い様に刀を振るう。翼を失った鳥を上空で蹴り落として、それを足がかりに別のキメラに斬りかかる。電光石火の早業である。
「綺麗な滝だが‥‥こいつらが居なければもっと綺麗だな」
 二丁の銃を構えた紅月は落ちてくるキメラを片っ端から撃っている。対象物が垂直降下しかしないのだから、殆ど照準を合わせる必要はない。
 反対側で援護する旭は盾を地面に突き立て、その上にガトリングを置いて連射している。
「止めは任せて下さい!」
 夜に映える曳光弾を使用しているので、暗闇の中を幾筋もの光が走る。
 何度か弾を装填し直す頃には、羽ばたきがぱったりと止んでいた。
 殆ど全員が遠距離用の武器を用意していたのが功を奏したのか、比較的労力を使うことなく、彼らは鳥型キメラの殲滅に成功したのである。


●Black Knight
「――やっと見つけた、ヘラッ!」
 目的の人はしばらくして現れた。
 雲が裂け満月が顔を覗かせる頃、滝の頂に黒馬が姿を見せたのである。馬上には、黒い外套に全身を包んだ人がいる。
 声の方を向いたヘラが初めて大声を上げた。
「お兄様っ!!」
 ぱっと立ち上がって走り出したヘラである。黒衣の人は滝から突き出た岩を伝って少女の元に降りてくる。その様子を見ていた彼らは全員目を丸くした。
 滝は高さ二十メートル以上あるのだ。いくら岩を伝っているからといって、一般人には到底出来る芸当ではない。
 言葉を失った彼らを余所に、ヘラはその人に抱きついた。勢いでフードが外れ、銀髪の少年が顔を見せた。
 妹を強く抱きしめた少年は、そうして初めて彼らの存在に気がついたようだった。露骨に警戒心を顕わにして後退る。
 誰か何か言う前に、9Aが前に進み出た。
「‥‥さて、だ。君は誰だい? キメラからその子を守り抜いたボク達には、一応、訊く権利はあると思うけれど?」
「‥‥」
 少年は何かヘラと小声で会話した後、9Aに向き直った。
「とりあえず、お前達に感謝する」
 妹と違い不遜な物言いの少年である。
 少年はヘラを抱えると、また同じように跳躍して滝の頂へ戻った。異常な身のこなしに、彼らは思わず身構える。
 狂気を孕んだ赤い目の黒馬に跨った少年は、黒い外套を手で払い除けた。満月に、誰の目にも明らかな北米軍学校の制服が照らされる。
「聞け。俺は『ハーモニウム』所属のシア。能力者に借りを作るのは癇に障るから、一つだけ情報をやる」
 夜の森によく響く声でシアは言った。
「俺達は三日後、キメラの集団を率いてグリーンランド西部の街を襲う。力があるというのならば、迎え撃ってみろ」
 まるで宣戦布告をする黒騎士のようであった。
 それだけ言うと、さっと手綱を引いてシアはヘラと共に夜の闇に消えていったのである。

To Be Continued...