タイトル:安置(アンチテーゼ)マスター:敦賀イコ

シナリオ形態: シリーズ
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/12/02 21:11

●オープニング本文


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   どれだけ想いを燃やしても、どれだけ行動をおこしても
   その全ては幻なのだ
   光と共に消え去るうたかたの夢なのだ



 事件を起こせば、当然、傭兵達が出てくると思った。
 酷い状況に打ち捨てられた人々の姿を彼らに見せられると思った。

 世界で最も安全な場所に住み、侵略者に負けない強力な力と組織を持つ人間なら、この状況を打破しようとしてくれるのではないかと。
 だが、それを目の当たりにしたはずの傭兵達の口から語られる言葉は──‥‥

 自分の命を危険に晒してまで戦場に身を置く傭兵達ならば、上っ面をなぞっただけの表面的な倫理観に基づくものではない、人間への真の愛情、思いやりを持っているだろうと。
 少なくとも期待はしていたのだ。
 能力を得て自らバグアとの戦いに身を投じた傭兵達ならば、救われない人々を死ではない方法で救う、その答えを知っているのだろうと。安易に死という解決策を選んだ自分を間違っている、否定するというのなら、正解を知っているのだろうと。
 少なくとも期待はしていたのだが──

「──他人に答えを求めたオレが馬鹿だった、てコト、だぁね‥‥」
 ゴホ、と血の固まりと共に言葉を吐き出す。
 予め与えられていた細胞活性薬を使い切ってようやく傷口を塞いだが、既に片肺は使い物にならなくなっており、循環器系に深刻なダメージが残されていた。

 強化人間『シザー』ことレイ・ベルギルトは先日、H島で傭兵達との戦い手傷を負い、無人島の鍾乳洞に身を隠していた。
 バグアの基地にさえ辿り着けば、専用の治療装置でほんの数十秒で回復できるのだがレイはそうはしなかった。
「どうして基地に戻らない」
 暗闇の中でそれを咎めるような声が響く。
「‥‥戻ったら、廃棄処分‥それだと、約束守れない‥」
 人間如きに手傷を負うような『不良品』は必要とされない。単純だが厳しい掟がそこにはあった。
「‥‥それに、君には悪いけど‥‥もう、いいかなーって‥‥」
「──そうか。悔やんでいるのか?」
「いや‥‥オレは後悔しちゃいない。やりたいようにやったんだ‥‥もう、いい‥‥」




「罠、かもしれんがな」
 士官は苦々しく呟く。
 UPC沖縄基地に強化人間から自分の位置を知らせる通信が届いた。その内容は『自分はE島にいる。とどめを刺しに来い』といったもので、普通に考えれば罠であるとしか思えないような内容だった。
 だからといって、見過ごすわけには行かない。件の強化人間を退けた傭兵達ならば、と望みをかけて士官はULTに傭兵の派遣を依頼した。



   けれども、最初から何もしなければ良かったとは思わない
   ただ、幻なだけで

●参加者一覧

叢雲(ga2494
25歳・♂・JG
藤村 瑠亥(ga3862
22歳・♂・PN
不知火真琴(ga7201
24歳・♀・GP
瑞姫・イェーガー(ga9347
23歳・♀・AA
雪代 蛍(gb3625
15歳・♀・ER
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG
加賀・忍(gb7519
18歳・♀・AA
ゼンラー(gb8572
27歳・♂・ER

●リプレイ本文

 闇は深く続き、広がり、光を飲み込んで行く。


「『とどめを刺しに来い』か。面白い、お望み通りにしてやるよ」
 杠葉 凛生(gb6638)が感情を抑えた声で低く呟く。
「酒でも飲みながら語りたいとこだったけどねぃ‥‥」
 彼とはもっと早く会えていればねぃ、と坊主頭を撫でながらゼンラー(gb8572)がやるせなさそうに嘆息を零した。
「‥‥自分に何が出来るのか、ですか」
 先日、突きつけられた問いを不知火真琴(ga7201)が反芻し、眉を顰める。
「バグアから説教か。面白くない冗談だな」
「こんなことに、正解なんてものは無いんですよ」
 それに凛生は舌打ち、叢雲(ga2494)は断じる。
「奴は何の答えを求めるのか‥」
 藤村 瑠亥(ga3862)も僅かに苛立ったように靴底で床板をカツリと蹴った。

 高速移動艇の中で傭兵達はそれぞれの想いを消化しきれずにいた。

 先日から覇気を無くし自失したような柿原ミズキ(ga9347)の姿に雪代 蛍(gb3625)は苛立ちを募らせていた。
「何なの? その態度。あたしの事を認めてくれたあの時のミズキはどこに行ったの? まるで抜け殻みたい。ねぇ、そこにいるのは一体誰? 偽物は消えてよ」
 わざとトゲのある言葉をぶつけ発憤を促すが
「蛍判った口聞かないでよ‥‥。ボクのこと何も知らないくせに‥‥」
 ミズキは蛍に心ない言葉をぶつける。
 彼女の心は迷走していた。そしてまた、ミズキを慕う蛍の心も。

 一人、平静であったのは加賀・忍(gb7519)だった。
 忍はシザーの身を引き千切り、粉砕し、己が贄とすることだけを、刃を研ぎ澄ませることだけを考えていた。


 ほぼ未開の洞窟を進むには凛生が用意した洞窟探検用の品が非常に役に立った。さらに、修行の一環として洞窟探検の経験があるというゼンラーの存在もあり、また、個々が慎重な移動を心がけており、たいしたトラブルもなく傭兵達は先に進むことが出来た。
 叢雲と瑠亥が互いに地図を確認し、真琴が周囲の警戒を担当し忍がランタンを掲げ先を照らす。
「‥‥この臭い‥」
「ああ、ガソリンだな‥‥」
 奥へ進むにつれて強まる不自然な臭気に真琴と凛生は顔を顰める。
 罠というにはあまりにも露骨で下策ではあったが、燃焼物質を撒くだけなのだから短期間で準備でき、かつ、効果も高い。
 傭兵達は引火の可能性を考慮しランタンや松明を消して、火を伴わない光源に切り替えた。

 やがて辿り着く場所。
 叢雲、瑠亥、真琴、凛生、ゼンラーらがそれぞれ用意したヘッドランプと懐中電灯の細い光が立ち並ぶ石柱を浮かび上がらせた。
 開けた場所、とは言っても整地されているわけでもなく、鍾乳洞の内部らしく鍾乳石や石柱がいたる所に存在しており、そこここに影を生み出していた。光が強ければ強いほど、影は濃く、深くなる。


 ぽっかりと開けた空洞に注意深く足を踏み入れる傭兵達。だがオープンエリアへの移動には常に大きな危険が伴う。
 そしてその危険は突如として襲いかかってくる。

 上方からの襲撃。

 周辺に注意を払っていた凛生が真っ先に気が付いたが一瞬遅い。
 先日まで一般人だった彼らなのだから、こういったことに慣れていなくても仕方がないことではあった。

 最後尾を歩いていた蛍のAU−KVの装甲の隙間部分に鈍い音を立てて切っ先が深々と突き立つ。冷徹な鋏は金属を絶ち、肉を裂き、骨を穿いていた。
 装甲から滴り落ちる鮮血。
「蛍ッ‥‥!」
 バハムートの装甲を蹴り、地面に着地した低い姿勢のまま、シザーは鋏を振るう。
 片方のハンドルに手をかけ、大きく振るわれた刃は驚くほどの長さと威力を持っていた。
 防御のために咄嗟に構えたミズキの月詠をまっぷたつに折り、さらには喉元を切り裂いていた。月詠がなければ首と胴は完全に泣き別れになっていただろう。
 悩みを抱え、注意力が散漫となっていた二人が倒れる。
 この奇襲に即座に反応した忍は、大振りにされた鋏のその隙を狙って踏み込むが、それよりも早く投擲されたメスが忍の両上腕骨の隙間に突き立った。傷口こそ小さかったが深々と刺さったメスは正確に神経と靱帯を断ち切っており、両腕を使用不能に陥れていた。月詠が忍の手からこぼれ落ち音を立てて転がる。前身が医師であったシザーならではの攻撃だ。
 遭遇した経験を贄と呼ぶならそうだろう。ただ、忍の刃はシザーに一度たりとも届いてはいなかったし、今回もまた同様だった。何故届かないのか、何故アレは己の贄とならないのか。忍は悔しさに唇をきつく噛みしめた。
 返す刀、ならぬ、返す鋏が凛生に襲いかかる。奇襲にいち早く気付き体勢を整えていた凛生だったが、それでも深手を負い膝を突く。
 行動を阻害するため瑠亥と真琴が迫るが、後退するシザーを深追いすることはできなかった。能力的には可能なのだが、ペアを組む仲間と離れすぎることを嫌い足を止める。叢雲は岩場の影に隠れる姿に銃口を向けるが、跳弾はもとより揮発したガソリンへの引火の危険性があまりにも大きく、闇雲に銃を撃つわけにはいかなかった。


 これが明確に傭兵達と戦うという意志を持ったシザーだ。

 これまでは傭兵達が武器を構えなければ攻撃の素振りすら見せなかった
 シザーの目的はこれまで、最底辺で苦しみに苛まれている人々を死でもって救うことであり、傭兵達との戦闘は成り行きであった。
 先日については得意とする暗所に傭兵達を引きずり込むことなく、自らの姿を灯りの下にさらしてすらいた。

 だが、今回は違う。
 得意の暗所に持ち込み、さらには、背水の陣でもって傭兵達を殺しにかかっている。

 見捨てられた人々に死の安息を届けること。
 救われない人々の存在に目を向けさせること。
 正義を掲げる傭兵達へ問いを投げかけること。

 その目的を果たしたシザーは最期の目的の成就のため戦いに臨んだ。
 レイ・ベルギルトの絶望や悲しみを否定せずに受け入れ、共感を示し、側に寄り添った年若いバグアとの約束を果たすために。
 廃棄物ではなく、傭兵と戦い死力を尽くしたモノとして、ヨリシロとなるために。

 UPCの基地に届いた挑戦状めいた連絡を受けて傭兵達はこの場に来た。
 ここで死闘が行われることぐらいわかって来ているはずだ。殺すか殺されるか。既にその覚悟は出来ていなければおかしいだろう。

 ゆえに、シザーは手持ちの優位性を最大に活かし、戦闘に於いて手加減もしない。


「お前さんは、本来なら救われない人々を救おうとした。そうだよねぃ!?」
 辛うじて呼吸をしているミズキの治療を行いながらゼンラーが声を張り上げる。
「それは拙僧たちもそうだよ。だからねぃ。シザー、邪魔をするな。救おうとしている、救われようとしている命を横からかっさらわないでくれぃ!!」
「──‥」

 答えはない。

「能力者になっても出来る事なんて結局、ほんの少しの手助けぐらいです。だけど、手助けぐらいは出来る力を手に入れたのも本当ですから、中途半端と言われても、せめて目の前にいる人ぐらいは護りたい、そう言う風に、決めたんです!」
 続けて真琴が自分の意志を宣言する。
 今は少しでも反撃に転じる切欠と時間が必要だった。
「貴方、言いましたよね。『強い君達は何が出来て何をしたのか』と。今答えますよ、『見ず知らずの人の艱難辛苦なぞ、知った事か』 無論、依頼されれば全力で助けますがそうでもないのにそんな事、してる余裕ありませんし私は強くなんてありませんからね。誰かを救うなんて傲慢でしかないでしょう」
 重ねて叢雲は冷徹に断じる。そうする強さが彼にはあった。
 見ず知らずの他人のことなどどうでも良い、身内や恋人の方が大事だ。という考え方もある。大多数はそうだろう。
 だが、他人の命すら大切に出来ない人間が、結局は他人である身内や恋人を大切に出来るものだろうか。
「答えなんて、いくらでもあり、どれも正解であり不正解だ」
 瑠亥が淡々と事実を口にする。
 人が人として世に生きる限り、その事実は変わらない。誰もが一様に同じ思考を持つわけがない。変わりようがないのだ。
「俺はお前さんのような高尚な人間じゃない。人を食い物にして生きてきた低俗な男さ。言い訳はせんよ。そもそも傭兵になったのも、人を救うためじゃなかった。自分の目的を果たすためだ。‥‥お前らバグアを狩るっていう、な」
 傷口を手で押さえながら自嘲気味に凛生が語る。愛する妻をバグアのヨリシロにされ、自ら手をかけねばならなかった。その過去から、血を吐くような思いと慙愧の念を凛生は抱え続けている。だからこそ
「どうあがこうと人は変えられない‥‥。受け入れるしかないんだ」
 絞り出すように声にした。
「拙僧達の力不足故に救えない人々もいる。でも、彼らのことは忘れないよぅ。それは、お前さんの残したもんだ。いつか必ず救われる。だから‥‥っ」

 やはり答えはない。

 正確には答えられないと言った方が正しかった。
 シザーは一呼吸、血の一巡りすらもギリギリの段階にあり、ゼンラーの言葉に暗闇の中でかすかに笑うのが精一杯だった。

 理解を示し、その上で自分を否定した人間がいる。
 否定とは、理解の上に成り立つものだ。理解のない言葉は非難でしかない。

『忘れない』

 それだけでよかったのだ。
 苦難の中にある人々を、その無念さを忘れないでいるだけで。
 何もできないと言うのなら、せめて、思いやるだけでもよかったのだ。
 優位な場所にあって、自己の正義と如何ともし難い状況に胡座をかき正当化するのではなく、同じ目線に立ち、思いを尊重すること、分け合うこと。
『もう結構だ』
 シザーはままならない呼吸を整え、こみ上げてくる血の固まりを飲み下し、地を蹴った。


 ヘッドランプが照らし出す丸い光の中を影が横切る。

 空を切り迫るメスを瑠亥がたたき落とす。その動作の間に距離を詰めていたシザーが鋏を振るう。真琴が太刀でその刃を受け流すが衝撃の重さに蹌踉めいた。叢雲がそれを支え、すかさず反撃に移る。機甲の一撃をシザーは身体を逸らしてかわし、そのまま後方に飛び退く。体勢を立て直す暇を与えまい、と瑠亥が迫る。
 最早、フォースフィールドすら維持できない程に衰弱していたシザーは二刀小太刀をまともに受け、続いた真琴、叢雲の攻撃も回避がかなわず、為す術もなくその身に受けた。

 決定的な致命傷を負い、夥しい量の血を流しながら力無くよろめき後退する。
「──‥‥」
 柱石に背中をぶつけ、倒れることをようやく防いだシザーは袖口からジッポライターを取り出し、蓋をはじいた。

 それがこの場でどうい意味を持つことなのか、わからない人間はいない。
「走れっ!」
 警戒を続けていた凛生の一喝に弾かれるようにして傭兵達は走り出す。
 易々と自分で終わらせるなどという結末にはさせない、瑠亥はそう考えていたが、心中するつもりも更々なく。シザーから背を向け出口を目指す。

 傭兵達が消えていったのを見計らい、シザーは火を付けたライターを手から落とした。

 大量に撒かれていたガソリンに引火した炎が地表をなめるように一気に走る。
 酸素を求め、炎は細い出口へと向かって進む。走る傭兵達の背後から強烈な光と熱が襲いかかってくる。
 最後尾、蛍を支えた瑠亥が入口から離れ、下草の上に倒れ込むのと、炎が紅蓮の舌先をのばすのとはほぼ同時だった。

 真っ黒な煤をあげながら炎が昇る。


「結局、こうですか‥‥嫌なことに、付き合わされました」
 叢雲はそう吐き捨て、苛立たしげに髪を掻き上げた。
「自分で答えを出せず、相手に求めた時点で終わりだったんだ」
 責めるような口調で瑠亥は切り捨てる。
 叢雲は同意を示すように頷き
「ええ、ですから私たちは『自分の正義』だけは見失わないようにしたいものですね」
 例えそれが世の条理から外れていても、と続けた。
「全てを救えるヒーローなんて居ないんですから、ね」
 真琴は叢雲と背を向け合い、それぞれの命をあずけあった。


 仲間達が清冽な海岸で迎えを待つ間、ゼンラーは洞窟前で合掌し、頭を垂れていた。
 手段はどうあれ、信念に従って戦い、血を流し、死んでいった一人の人間に敬意を表して。
「せめて‥‥安らかに逝くんだよぅ」
 その近くの倒木に腰を下ろした凛生は傷を庇いながら空を見上げ、ぽつりと呟いた。
「‥‥現実を生きるには純粋すぎた、か」




 こうして強化人間『シザー』は死んだ。
 アンチテーゼを置いて。

 アウフヘーベンを見つけるのは生き残ったものの役目だろう。