●リプレイ本文
穏やかな日差しが燦々とふりそそぐ遠浅の海はどこまでも透明に碧く、ひらひらと泳ぐ小魚の、水底に映った影さえもはっきりと見ることが出来た。
白い砂浜の上では蟹や小さないきもの達が波と戯れ、空では海鳥が風に乗り悠々と翼をのばしている。
「沖縄はやはり温暖だな。平時ならば長閑な場所なのだろう」
避難場所として選んだ集会場へと住民を誘導しながら杠葉 凛生(
gb6638)は呟く。
「うん、とても良いところなのにねぃ‥‥」
やるせない、とゼンラー(
gb8572)がため息を零した。
集会場は、赤い琉球瓦を漆喰で固めた屋根や軒下の空間を広くとるなど、沖縄地方独特の様式を持つ建物で、その前には、催し物などに使われるちょっとした広場があり、踏み固められた地面は緩やかに下って海岸へと続いている。
島の中では最も開けており、敵の襲来などの異変を察知しやすい場所であった。
突然やってきた傭兵の内、いかつい男が二人が護衛に当たると言うことで、住民は当初、訝しげに脅えた瞳を向けていたが、ゼンラーの柔和な物腰、凛生の無骨だが行き届いた心配りにやがて警戒心を解いていった。
集会場の内見を済ませ、設備や配置を把握し終えた凛生が外に出ると、ゼンラーがどこからか見つけてきたドラム缶を海岸に運んでいる。強化人間が現れた際の戦闘場所として海岸を選定していた。守るべき住人から離れすぎず、すぐ側でもない、さらには身を隠す物陰のない海岸はもってこいであった。
乾いた廃材や流木を拾い集め錆び付いたドラム缶の中に詰め込む。夜間に灯りがない状況を作らないための準備である。
大々的な篝火を用意しようという案もあったが、凛生は火災の危険性を指摘し、大きさはなくとも一定の光量を確保することに重点を置くこととした。
島には現在、5頭のキメラがおり住民を苦しめているという。
強化人間が現れるその前に速やかにキメラを排除し、住民の安全を確保しなければならない。
傭兵達は住民の護衛に当たる二人の他、更に二手に分かれてキメラの探索と排除を行っていた。
「こんな小さな島にまで出張とは。最近の医者は勤勉ですね」
叢雲(
ga2494)が医療に携わる諸氏が聞いたら憤慨しそうな皮肉を口にする。
同行している藤村 瑠亥(
ga3862)は肩をすくめ、柿原ミズキ(
ga9347)は皮肉に応える余裕がないのか、表情を堅くしたまま無言で周囲を警戒していた。
水源近くの森に差し掛かったその時、草藪が揺れ二頭の山羊型キメラが三人の目の前に飛び出した。
前足の蹄で地面を引っ掻き、首を引いて角を前面に押し出し鼻息を荒げて彼らを威嚇する。
即座に瑠亥とミズキが前衛に立ち、叢雲がそれを援護する。
「後々邪魔になるのでな‥‥今消えていろ」
叢雲のSMG掃射に踊らされたキメラがやぶれかぶれに体当たろうとしたが、瑠亥はそれを易々と避けすれ違い様に斬り捨てる。
もう一頭のキメラもミズキの手によって屠られていた。
「キメラもいなくなり、住民が生きる希望を持てばシザーは引くと思うが‥さて、どうでるか‥‥」
もう一方、ケイ・リヒャルト(
ga0598)らは事前に進めていた準備を活かして、効率的な索敵を行っていた。
キメラの捜索ルートを始め、住民の避難場所、シザーとの交戦場所を決め、自分たちの位置をしっかりと把握しながら進んでいた。不知火真琴(
ga7201)、加賀・忍(
gb7519)も地図を手に相互確認を重ねる。
真琴はキメラに苦しめられている住民達のため、少しでも事態を好転させようと尽力を惜しまないつもりだった。
「‥‥生きる事は、戦いなのです」
自らに言い聞かせるように真琴は呟く。それは『人々がその戦いに負けてしまわないように』という祈りの言葉だった。
仲間と連絡を取りあいながら彼女らはルートを進み、忍が聞き込んでいた様相と鳴き声によりキメラの存在を注意深く探り、見つけだすと、ケイが後衛から狙撃し、先ず目と脚部を潰す。動きの鈍ったキメラを前衛の真琴と忍が仕留めるといった具合に一頭、また一頭と確実に倒していった。
双方合わせて五頭のキメラを退治したことを確認し合うと、傭兵達は集会所に集まり、夜へと備えた。
やがて日が落る。
練力や体力の消費を最低限に抑えた行動をしているが、日中から絶えず襲撃を警戒している傭兵達の疲労は並大抵のものではなかった。それでも、傭兵達は気力を振り絞る。
朧に霞んだ月が中空に昇る頃、強化人間『シザー』こと、レイ・ベルギルトは現れた。
シザーの経緯と心情に一定の理解を示していたゼンラーは先ず説得を試みる。
「拙僧はお前さんの論理は理解はできる。今、お前さんが殺そうとしている人たちは、キメラに悩まされて疲弊していただけだよねぃ。それが無くなった今、お前さんが彼らを殺すのは果たして彼らのためなのかい?」
その言葉にシザーは意外、といった風な表情を浮かべ、直後、眉尻を下げ困ったかのように笑う。
「うん。今日は君たちが頑張ったーよね。でも、キメラがいないのは今だけ。明日にはまた別のキメラが現れるよ」
バグアにとってヨリシロとすべき人間以外はゴミでしかない。占領地域下の人間など、気にもかけていないどころか、適当なところで全滅してしまえばいいと考えているのだ。キメラを野放図にしているのはその為だ。退治したところで次から次へと現れては人を殺すように出来ている。
「だから死が救いだと。大いに結構だと思いますよ? 私も一時期は死んだ方がマシとか思ってましたし。でも、今は生きてる方が楽しいですから。生きて行くためにあなたを倒しますよ」
「死が救いになる事もあるのは知っています。ですが、あなたの行動は肯定出来ません。生死を選択する権利は本人だけの物です。不平等な世の中で、平等に与えられた数少ない一つです。互いにエゴなのは承知の上で、死ではなく生の為の道を選ばなかったのはあなたの弱さ。だから、ここは引けないのですよ」
叢雲は嘲るかのように、真琴は真摯に言葉を紡ぐ。
「なら、強い君たちは何が出来るの?何をしてきたの?強者の理屈はもうわかったよ。LHで何不自由なく暮らしてて、苦難や貧困の実体について見て見ぬフリしてるだけなのかい?」
人間は一過の重大な生命の危機に直面するより、軽微ながらも持続する不安に苛まれる方がよほど重いストレスとなる。先行きの見えない現状。それはバグアの支配から解放されるまでずっと続くのだ。いつ何時訪れるのかわからない災厄。守ると言っても、襲撃が予想されている間だけのことであり、バグアの戦力に対抗できる能力者はいつまでも留まっているわけではない。
希望を持って生きたい、その為に必死に歯を食いしばって生きてきた末にその力も尽き、絶望をしたというのに、安全な場所にいる人間にはそんな風に弱った人間の心理をなかなか理解できない。前向きな鼓舞や慰めは重荷にしかならないということも。
「‥‥富者と貧者、強者と弱者。その世の矛盾を許せないか。だが、お前自身が矛盾を孕んでいる。確かに死んだらもう苦しまず楽になるかもしれない。しかし死が訪れるその時まで‥狙われる住民は、迫る脅威に不安と恐怖を抱き続ける。今まさに、お前が彼らに苦痛を与えている。罪悪感からの罪滅ぼしか知らんがな。お前がやってる事は自己満足にすぎんよ。自分が苦境の人を救わねば‥‥と思うのは、驕りってもんだ」
「君たちが来て報せさえしなければ、オレは彼らに恐怖を抱かせる暇も与えなかったんだけどね。 自己満だろうと驕りだろうと、苦しみ続ける人らの前で何もできないなんてホンット、ゴメンだね。やらぬ善よりやる偽善、っていうじゃなーいか」
傭兵達とシザーの会話は平行線を辿る。
事情があろうとなかろうとシザーはバグアに与した人類の敵、裏切り者であり、傭兵達はそれと戦う立場にあるのだから当然なのだが。
「現実を直視し折れたか‥‥」
(人を救うことに命を燃やしてた男が、命の軽さに絶望したか)
酷く不条理な弱肉強食の環境に置かれ、厳しい過去を持つ瑠亥は、命の平等さというもにに幻想を抱いてはいなかった。
「死んだ後もどうせ録なとこにいけない俺には関係ない。勝手に自分一人で逝け」
「結局──そうなるのかねーぇ」
シザーは困ったように笑う。
「ボクは謝らないといけない事がある。キミのことを独善とか言ったけどさボクも馬鹿な偽善者だったよ」
そう、ただ口先だけの自己満足だった。とミズキは自嘲の笑みを浮かべる。
(それを突きつけられて、自分を見失うほど無力で無知だった。己のために片目を失わせてしまった従姉妹にも、病弱な弟にも何も出来ずにいたのだ。だからこそ、命を救ってくれた傭兵に感謝の気持ちを伝えたいと強く思う。その為には逃げたり、目を背けたりはしない)
ミズキは顔を上げてシザーを鋭い瞳で見据える。
「判って貰えないだろうけどボクは、のうのうと生きてきた訳じゃない」
「それを、今、オレに伝えてどーうするの?」
シザーは眠たげな貌をして首を傾げる。
「‥‥自虐して罰を受けたつもりになって、それで償ったつもりになっている以上、いつまでたっても『何が悪かったのか』を理解しないし、理解してないから改善も出来ない。いくらわかったかのようなことを言っていても、それは無意味だーよ。自分を美化し求め、それが思い通りにならなければ憎んで貶める。君は少し見識を広げた方がいい」
手厳しい言葉だったが、ミズキを批判すると言うよりは気付きを促そうとしているようにゼンラーには思えた。
先ほどからシザーの言動に不可思議なものを感じていた彼はあることに気が付く。
シザーは問いを投げかけているのではないか?
シザーは道を誤り歪んだ殺人者であり、驕り高ぶった強化人間であることは間違いないだろう。だが、そうだと断じる前に、それに相対した自分たちはどうなのだろうかと、自らに問わねばならない。自分たちが生きて行く影で消費されてゆく生命を、犠牲になっている人々の心を、蔑ろにしていないだろうかと。
ともすれば自己の正義について思考を停止し、その影で踏みにじられたものの事を省みない。考えも及ばない。
そんな人間が『人を救う』ことなどできるのだろうか。
自らの生き方とシザーの方法論とが真逆であり、また、自らの信教に従い、その教えを広めようとしているゼンラーだからこそ、その点に気づけたと言って良い。
そんなやりとりを聞いていた忍はぽつりを呟く。
「無駄なことを」
敵の心情も経歴もどうでも良い。推察するのは無駄に過ぎないと彼女は考えていた。目の前の敵は自分を傷つけた、それを許せないからここにいるのだ、と。
「貴様に報復し、行いを後悔させ、跪かせて我が力の贄とするのみ!」
「その自己中、いっそ清々しいよ」
忍が刀の鯉口を切る。その音を合図として戦闘が開始された。
真っ先に動いたのは凛生だった。挨拶代わり、とばかりに拳銃「ラグエル」で銃撃する。それに重ねて真琴がペイント弾を込めた小銃「S−01」を発砲。暗所での目印を付けようとシザーを狙う。
その間に瑠亥は注意を引きつけるべく前衛に躍り出、叢雲は隠密潜行を用いて、光源の死角に身を顰めた。息を潜めチャンスを窺う。メスの投擲を警戒してケイがシザーの動きを注視している中、忍が果敢に攻撃を加えて行く。
月詠を鋏で受けたため、シザーの動きがほんの一瞬であるがブレる。忍はその隙に抜刀・瞬でクロックギアソードに持ち替え、遠心力を利用して威力を増した刃を思い切り振り抜く。最低でも腕一本を飛ばしておく、という気概を込めた一撃だった。
が、響いたのは肉を切り裂く鈍い音ではなく、金属を打つ甲高い音だった。受け止めるために使った鋏を地面に垂直に突き立て、その上にシザーはいた。
片側のハンドル部分に手をかけ、重心を後ろに倒せば刃は自然と跳ね上がる。刃は身構えようとしていた忍を瞬時に切り裂いていた。即死しなかったのが不思議なほどの深手を負って忍は倒れる。
強化人間を屈服させるには忍一人の力では絶望的なまでに足りない。
連携を心がけていようとも仲間の動きを把握し切れていない。連携は綿密な打ち合わせとお互いの行動把握があってこそだ。
経験を多く積んでいる真琴やケイが、味方同士の攻撃の手が休まらないように、また、シザーの注意を分散させようと仲間に合わせて動いていたが、それにも限界がある。上手く作用させるには準備が足りなすぎた。キメラ程度であるなら、行き当たりばったりでも通用しただろう。だが、今目前にいる相手は、今までに能力者を退けてきた強化人間である。付け焼き刃の連携は通用しなかった。
血の飛沫を引きずりながら反動で大きく跳ねた鋏。
着地間際を狙ってミズキが閃光手榴弾を投擲、炸裂する前に小銃「フォーリングスター」で銃撃を重ねてから接近し、側面に回り込んで月詠を振るうがシザーの姿はそこに無く
「中途半端だ」
投擲ではなく直接、ミズキの身体にメスが突き刺さる。激痛による反射で一瞬怯んだその間に鋏の刃が振り下ろされる。
閃光手榴弾が遅れて炸裂する。
仲間の負傷に色を失った真琴がシザーの目の前に走り込み、忍とミズキを庇うように無防備な背を晒す。過去に経験した“大切な人を失うかも知れない恐怖”からの行動だったが、何の感慨もなくシザーはその背中に鋏を振り下ろす。
「──中途半端だ。もうちょっとしっかりしてもらわないと困るんだーよね」
『大事な人』である真琴の負傷に叢雲は激しく動揺し、潜んでいた光源の死角から飛び出し駆け出す。
凛生は咄嗟に照明銃を上空ではなくシザーに向けて発砲した。化学反応によって作り出された光球がシザーの目の前に広がり、飛び散った火の粉は顔半分を焼いていた。
「‥‥っ!」
思いも寄らない反撃に視界を奪われたシザーは後方に飛び退こうとしたが、瑠亥がそれに追いすがり二刀小太刀「疾風迅雷」を突き立てる。
「ほんとうに、悪い子ね‥‥腕の1本位、いえ、その命をお土産に置いて行って貰うわよ!」
ケイのアラスカ454が火を噴く。
身体に突き立てられた小太刀を引き抜こうと動きを止めたシザーの胸部を弾丸が貫いた。
「出来るんなら、最初からやりなーよ‥‥」
血を吐きながら皮肉げに笑い、ぐらりと蹌踉めくシザーの服の袖口から球体が転がり落ちる。
瑠亥がそれをはじき飛ばそうとしたが、それは即座に炸裂して強烈な光と音で傭兵達の感覚をほんの一瞬だけ奪った。
炎の灯りを受けてぼんやりと白く輝く海岸に血痕を残しシザーは姿を消した。それが海へと続いていることから、海中へと逃げたものだと知れる。
「絶望しても、立ち上がれるのが人間なのに‥‥ねぃ」
負傷した仲間に錬成治療を施しながら呟いたゼンラーの声は波の音に紛れて消えていった。