タイトル:【共鳴】逃亡者マスター:望月誠司

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 難しい
参加人数: 12 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/10/25 09:26

●オープニング本文


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 いつもより、空気が少し重くなった。
 いつもより、胸が少し苦しくなった。

 いつもの事なので、感覚を少し薄めてゆく。

 空気が薄く引き延ばされて、いつもの状態に。
 息苦しさが薄まって、いつもと同じ程度に。

 いつもの事だ。

 やがて消えた。

 僕が死んだら悲しいか。

 彼は言った。
 だが、彼が死んだ今でも、解らない。
 ならば、きっと、悲しくないのだ。

「‥‥何故、君は戦ったのだ?」

 よく笑っていた少年の姿を思いだし、呟く。彼はもういない。
 何の為に?
 彼は、何の為に戦ったのだ?
 解らない。

 幸せに生きる為だと言った。
 死んで彼は幸せになったのだろうか。
 解らない。

 何も、見えない。

「殺しに行こう、あいつらを」

 理由は解らない。
 だが、ふと、そう思った。
 ニンゲンどもは殺さなければならない。

「それで憎むのは勝手過ぎる」

 ふとサルヴァドルの声が聞こえた気がした。
 憎む?
 誰が?
 何を?
 解らない。

「解らない。本当に?」

 きっと、解ってはいけない。
 だから、殺しにいく。

「そうか、なら殺しにいこう」

 そうだ、殺しにいこう。
 殺しにいこう。
 殺しにいこう。
 殺しにいこう。
 地上も地下も空も海も、全てを血の色に染め上げよう。

「Agとノアか‥‥」

 こちらは、戦わなければ死ぬしかないのに、戦うなという。それが友情なら、随分友情とはあちらに都合が良く出来ているものらしい。言論と観念で縛り剣すら振るわせず封じ殺す。傍から見ればそう見える。何故か、それを行う事の結果を見れば良い。
 傭兵達は死なないが、Agとノアは確実に死ぬ。不公平ではないか?
 Agとノアはそれで満足なのだろうか。じりじりと命が削られてゆく感覚に脅えながら何も出来ずに死んでゆくのか。彼等は、何故、戦う事を放棄したのだろう? 解らない。何かが傭兵達との間にあったのだろうか。それを成させたのが友情であり絆なのだろうか。彼等は何を見たのか。命を捨てさせるだけのものがそこにあったのか。解らない、が、あったのだろう。そうでなければ、それは――‥‥騙したのか?
 それとも。
 QとJ・Bは死んだらしい。その思いも、塗りつぶされて。
――光あるうちに光の中を進め。
 そう言ったのは果たして誰だったか。自分達の道には既に光が無いように思える。光。
(「光‥‥光、光、光が、見えない。私達の光、私達の、道を照らす光は、何処で消えたの?」)
 そもそも、初めからあったのか?
 笑みがこぼれる。声をあげて、笑った。笑ったのは久しぶりだ。そう、思い出す。これが、笑顔というものだった? 最後の希望、カンパネラの生徒や傭兵達はそう呼ばれる。彼等は光の中を進んでいる。闇の中を進む私達は、きっと最初の絶望。
「あはははははは!」
 サルヴァドルがここに居たら、きっと彼は怒るだろう。「気持ちよく絶望に身を任せてるんじゃないよ」ときっと怒りに瞳を燃やして言うだろう。闇を切り裂く稲光。彼は死ぬまで諦めなかった。いつだって、最初も、あの時も、最期も。だからきっと今も言うだろう。それが解るくらいの、付き合いはあった。今でも彼の声が聞こえる気がする。
「でもお前、もういないじゃないか」
 ディアナは呟いた。逝ってしまったじゃないか、私を突き放して。
 敗者の側には、何も、残らない。
 怨むなとサルヴァドルは言った。
「怨むさ」
 ディアナは呟いた。
「運命を」
 心の中の彼が言うから、人は怨まない。でも世界を怨む。どうして、こんな世界に、なっているんだ?
「バグアか‥‥」
 彼等がやってこなければ、私達は幸せに生きられたのだろうか。それは少し短絡かもしれない。
 だが、生きる事に希望くらいは、抱けたのではないかと少し思う――本当に?
「未来か」
 未来の為に戦うと傭兵が言った。サルヴァドルも似たような事を言っていた気がした。
 走る者達。君達は何故、奔るのだい。何を、その瞳に映して?
 要するに、
「確率だ」
 生き残る為の確率。
 ファルコンは死んだ、サルヴァドルは死んだ、J・Bは死んだ、Qは死んだ。
(「私は負けない」)
 否、きっと負ける。勝ち目が無い。これまでの結果からすると傭兵達に挑むは自殺と同義。挑まなくても。
 Agとノアも、もうじき死ぬだろう――本当に?
「‥‥‥‥なるほど、サルヴァドルは、私がこっちに居たから、こっちで戦ったのか」
 彼はきっと気づいていた筈だ。その可能性、考えない訳はない。それとも勝てると踏んでいたのか――本当に? 夏の火の蟲。逃がしたかったのか。
「上等だ」
 ディアナの為に彼は死んだ。
「そうであっても、そうでなくとも」
 親バグア兵と人は言う。
 裏切りの咎人達。人類の癖に自らの利益の為にバグアに協力する恥知らず。理由は人それぞれ。だが、なるほど、人は個人の事情は見ずに全体を評する。きっとそうなのだろう。
 親人類兵とでも言うのだろうか。
 これもきっとそうなるだろう。
(「悪いな、皆‥‥‥‥私は綺麗には死ねないようだ」)
 そう思ってから、首を振る、謝られて何が嬉しい?
 言葉は残さない。残せる言葉は無い。微笑んで言う。有難う、感謝している、そしてさよなら。殺すならば、その全てを踏みつけて這い登ってゆく。泣く事は許されないし、悲しむ事は許されないし、きっと許されるのは、悪辣に嘲笑う事だけだ。
「爆薬をまず、なんとかしないといけないか」
 ディアナは治療能力のあるキメラを引き連れて出撃し、自らの腹を吹き飛ばすと傷を癒させ、そしてキメラ達を惨殺して逃亡した。


「何それ、ホントなの?」
 黒のボディスーツに白衣を羽織った少女が信じられない、といった表情でそう言った。コルデリア=ドラグーン、今はドラグーンではなくサイエンティストだがそんな渾名の士官候補生だ。
 グリーンランドの地下を奔る空洞地帯、その一つをバグア側の強化人間が投降を通信で伝えながら南下しているという。そしてバグア側から追撃を受けているので救援して欲しい、と。
「罠っていう可能性は?」
 ありえないとは言い切れない。
「洗脳をかけられているのでしょう。得られる情報にもきっと制限がある。助ける価値は見合っている?」
 不明との事。
 後の事も考えて投降者は一応は保護しにいく姿勢を取らなければならない。だが、真に捕虜とするか、その場で処理するかは現場で判断しろとの事。
「‥‥‥‥毎度ながら、実に嫌なお仕事ばっかり回してくれるわね」
 コルデリアはそう溜息をついたのだった。

●参加者一覧

白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
M2(ga8024
20歳・♂・AA
鈍名 レイジ(ga8428
24歳・♂・AA
時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
シャーリィ・アッシュ(gb1884
21歳・♀・HD
シン・ブラウ・シュッツ(gb2155
23歳・♂・ER
八葉 白雪(gb2228
20歳・♀・AA
アレックス(gb3735
20歳・♂・HD
夢姫(gb5094
19歳・♀・PN
ヤナギ・エリューナク(gb5107
24歳・♂・PN
館山 西土朗(gb8573
34歳・♂・CA
ムーグ・リード(gc0402
21歳・♂・AA

●リプレイ本文

 何も見えない‥‥と言った彼女。
 同い年くらいに見えたけど、能力者が誕生する前の学園の生徒だから、きっと年上。
 夢姫(gb5094)は思う。
(「わたしが早く生まれていたら‥‥同じ運命を辿っていたかもしれない」)
 ディアナが遅く生まれていたら、傭兵になっていたかもしれない。
「‥‥運命の、皮肉」
 洗脳されて記憶がない者達、人類に見捨てられて戦うしか術がなかった。
(「同情なんてされたくないだろう‥‥それは上からの目線で、同じ環境に身を置かないと本当の共感はできない」)
 夢姫はそう思った。
 美麗に、されど凶に輝く銀色の刃を鞘に納める。
「わたしは‥‥守るために戦うと決めた」
 だから、全力で戦ってきた。感情の読みとれない表情のディアナ。
 彼方を仰ぎ見る。
「投降は‥‥本当なの?」
 地下空洞の闇は静かに佇んでいる。


 ディアナが投降を希望して南下しているとの報を受けて急遽十三名の傭兵達が地下の戦陣に集められた。夢姫はディアナと通信を取ると現在位置とキメラの種類、数を確認しておく。キメラの数は十五体、うち五体は飛行型でなかなか切羽詰まった様子のようだ。
「投降‥‥仇の相手に、か」
 集まった傭兵のうちの一人、館山 西土朗(gb8573)が呟いた。その表情には懸念が見える。
「本当にあのディアナが‥‥?」
 ヤナギ・エリューナク(gb5107)もまた同様だ。
「‥‥本気なんだろうか?」
 時枝・悠(ga8810)が言った。にわかには信じがたい。
 本気だとしたら、よくこんな面倒な引越しをする気になったな、と時枝は思う。
(「その行動力は見習うべきかも知れない――と、戯言か」)
 自分の考えに首を振る。強化人間投降者の保護。今回はなかなかレアな状況だ。
「事情は良く判らないが打診を受けた以上、見過ごす訳にはいくまい」
 白鐘剣一郎(ga0184)が言った。
「投降を申し出ている以上は受けるのが筋だな」
 館山はその言葉に頷き、
「しかし、仇の相手に投降するってのは疑念が残る‥‥理屈でものを考える大人ならともかく、な」
 何かそれを覆す理由でもあるのだろうか? 相手は学生で少女だ。以前対峙した時、感情を表情には現さなかったが、行動は感情的とも思える。
「真偽、ハ、蓋、を、開ケル、まで、ワカリ、マセン‥‥今、ハ、リターン、ヲ、見ま、ショウ‥‥」
 ムーグ・リード(gc0402)が言った。助けずに後悔するよりは、助けて後悔したいと男は思う。
「可能性を始めから捨てて掛かっては救える者も救えない‥‥だな。罠だと言うなら、その時はその時か」
 と白鐘。
「本気だとしたら、助けてあげたいな‥‥サルヴァドルが命懸けで守った子だし」
 M2(ga8024)が言った。
「そうだな‥‥ここで考えてても仕方ねえ。投降が真実なら良し、虚言なら出来る限り無力化して連れ帰るだけだぜ。出来る限り、な」
 館山はそう言った。後味の悪い展開は好きじゃない。願わくば良い結果で終わらせたい所だ。
「‥‥あの子が来るのね。なら、迎えに行きましょうか」
 八葉 白雪(gb2228)の姉人格である真白はそう言った。
(「バグアを裏切ったと、バグアに思わせてまで、罠を張る‥‥その可能性も、消し切れない‥‥その時は」)
 女は胸中で呟く。ディアナには自身の肉体を持ちかつ命を懸けてまで守ろうとした者が居た。その事に羨望を抱いている。私情が動きに挟まれるのは真白にとって初めての事だった。
 傭兵達は手早く作戦を打ち合わせると白鐘、鈍名 レイジ(ga8428)、時枝、夢姫、ヤナギ、ムーグの六名はSE‐445Rに搭乗し、アレックス、シャーリィ・アッシュ(gb1884)はAU‐KVを単車に変形させてそれに跨った。M2は白鐘、館山はムーグ、シンはアレックス、真白はシャーリィとタンデムする形だ。
「さて。吉と出るか凶と出るか‥‥」
 嘘か真か。確かめてみなければ分からない。ヤナギは呟きつつ単車のエンジンを回す。
(「強化人間とキメラの寿命。それは本当にどうにもならないものなのか――」)
 アレックス(gb3735)はミカエルのライトを点灯しエンジンをかけた。各員もまた発進の準備をする。九台の単車から光が前方へと投げかけられ、排気音が地下にこだましてゆく。
(「俺達は生き延びて、あいつらは死ぬ。もうたくさんなんだ、こんな事は。光は本当に無いのか」)
 戦争だ。それはきっと砂漠から砂の一粒を探して掬い上げるようなもの。誰も彼も簡単に死ぬ。絶望を切り開く可能性が残されているのなら、それはきっと最後の希望。自らの名前の意味を知ってるか。
(「朱のディアナ、と言ったか。もし彼女が自分の為に、ノアやAgの為に、戦うというのなら。俺もそれに命を懸けるくらいはしよう。それが現状では何もしてやれないトモダチへ、唯一出来る事だ」)
 青年はバイクのグリップを握る。
「――それが安い洗脳や、人に害を与える為だけの物ならば、そんなふざけた事を仕向けた連中ごと叩き潰す‥‥必ずだ!」
 エンジンが唸りをあげバイクが次々に地下の暗道へと走り出してゆく。
「ハーモニウム‥‥仲間に強く依存しあう、バグア、少年少女」
 同乗するシン・ブラウ・シュッツ(gb2155)は地下の風に目を細めつつ思う。命には人それぞれ優先順位がある、と。
 シンにとっては、人類にとって無害か有害か、大きく括ればこの二つ。それがどんな考えを持ち、どんな姿をしていようとも、有害であれば排除する。しかしノアの思いを知ってその線引きが変わった。彼らは敵ではあるが、環境は違うが、理解しあえる存在であり、トモダチにだってなれる。
 能力者になると決めた時に全力をかけて護ると誓った子供たちの未来に、彼らの未来だって含んでもいいんだと。
(「救いたい、精神も身体も、生きていて欲しい」)
 死ぬ運命だなんて誰が決めた? まだ希望は残ってる。その希望を見る前に、身体か精神が完全に死んだら意味がない。救う。意見が食い違っても、自分の正しさを信じてエゴを貫く。
「いつか分かってくれると信じる」
 傭兵達は駐屯地より出撃し地下の空洞を北上した。


 地下道の闇を単車で駆けながら鈍名は耳を澄ませていた。
 エンジンの排気音とタイヤが小石を弾く音の他に冷えた空気の彼方から爆発の音が聞こえて来る。
 予想遭遇地点まであと僅か。空洞に入った。闇の彼方に赤い光が見える。無数の光が爆音を発しながら瞬いている。
 鈍名は声を発するとバイクを停止させて降車した。白鐘、M2、時枝、夢姫、ムーグ、館山もまた停車して降りる。ヤナギも迅雷を使う以上は降車だろうか。アレックス&シン、シャーリィ&真白のAU‐KV組はそのまま向かう模様か。コルデリアもそのまま追走した。単車が駆け、十一名の傭兵が走る。
「昨年以来の再会がこういう形になるとはな」
 白鐘が彼方へと目を眇めつつ言った。
「打ち合わせ通りに。行くぞ!」
 ライトが投げかけられる薄闇の中、赤い光を纏った銀髪の少女が駆けて来て、その周囲を蟻の羽を生やした五体の鎧姿の女が手よりプラズマランスを出現させ、雨あられと投擲して光を爆裂させている。闇の彼方より迫る十匹の虎人が少女を追いつつ淡紅色の光線を猛射して、その背を灼き焦がしていた。
「コルデリア、ディアナを頼む!」
 AU‐KVで急行するアレックス、ディアナの付近まで接近、エウメリュドゥサを倒しにかかる。相対距離三〇、槍は届かない。停車し、リボルバーを引き抜き狙いを定め発砲。轟く銃声と共に五連の弾丸が唸りをあげて飛び、空中の鎧女へと飛び次々に命中してゆく。弾丸は女の鎧を泥のように貫通し、そしてその奥にある物を一瞬で爆砕した。壮絶な破壊力は銃でも健在だ。血飛沫をぶちまけながらエウメリュドゥサの一体が落下し地に激突して動かなくなる。
 シンもまたバイクから降りると、エネルギーガンを宙へと向け、連射を開始する。眩い光を爆裂させ別のエウメリュドゥサの装甲を強烈な破壊力で削り取ってゆく。
「今晩は、ディアナさん。迎えに来たわ」
 降車した真白はシンとターゲットを合わせるとアラスカ454を宙へと向けて猛連射した。轟音と共に放たれた弾丸がエウメリュドゥサを捉え、その身を次々に貫通してゆく。七連の光線と六連の弾丸がエウメリュドゥサを穿ち、粉砕して血飛沫と共に大地に叩き落とした。
「ああ‥‥君達が来るとはな‥‥いや、薄々予感はしていたか‥‥感、謝、する」
 キメラの猛攻を受けていたらしいディアナは随分とボロボロになった様子でそう言った。
「ディアナ、後退だ。ホール入口まで下がる」
 AU‐KVを身に纏い聖剣を抜き放ったシャーリィはディアナの前に立つと虎頭人から連射されている光の幾つかを受けながら言った。虎の光線は相変わらず良い威力だ。装甲が猛烈な勢いで削られてゆく。コルデリアは超機械を翳してシャーリィとディアナへと練成治療を連打している。
 ディアナは「解った」と頷くとシャーリィと共に後退を開始した。
「邪魔をするならば討つ! 天都神影流、虚空閃・裂破っ」
 駆けて来た白鐘が突進の勢いを乗せて月詠で七連の剣閃を巻き起こした。剣の間合いの外、しかし、空が断裂し、逆巻く衝撃波が、圧倒的な破壊力を秘めて宙のエウメリュドゥサへと襲いかかる。音速波が次々と鎧女を捉え、その鎧と四肢を紙屑のようにひしゃげさせ吹き飛ばした。血飛沫をぶちまけながら鎧女が大地に叩きつけられる。こちらも正に桁違いの破壊力。撃破。
「おっと、悪いが投降するなら武器は預けて貰うぜ?」
 スコープで周囲を視認しつつヤナギが駆けて来たディアナへと言った。ディアナはヤナギを見ると無言と小さく頷きハルベルトを横に向けて差し出した。ヤナギはそれを受け取って背に負う。かなり重い。
「自爆装置は?」
「腹にあったが、自分で吹っ飛ばした」
 銀髪の少女はそう言った。吹っ飛ばした後に、治療能力のあるキメラに治療させてからそれを殺して逃げて来たらしい。
(「‥‥ホントか? それが事実なら、かなり思い切った真似だが‥‥でまかせって可能性もあるよな‥‥」)
 ヤナギは胸中で呟きつつ、とりあえず後は任せて戦線に加わる事にした。既に後続のメンバーもキメラ達と戦闘を開始している。
(「コイツ等にも、俺達にも守りたいモノがあって、だから戦う、奪うでなく、守る為に戦う者同士なら、必ずしも相手が憎いワケじゃないのに、だ」)
 鈍名、ディアナの姿を見てそんな事を思った。問題無く行動していた事から闇の中でも見えるのだろうと判断する。
「この連中、何か弱点はあるか?」
 問いかけつつ鈍名は抜き放った照明銃をエウメリュドゥサへと向けて狙いを定める。放つ。火の球が炸裂し、眩い光が空洞を照らした。
「無いな。強いて言うなら同じ破壊力ならタイガーヘッド、エウメリュドゥサ共に物理攻撃の方がよく効く」
 ディアナからはそう返答が返って来た。
「なるほどね」
 鈍名は言いつつ照明銃を捨てると夜光塗料混入のペイント弾を装填しておいたS‐01を構える。サイトから覗く敵の姿。
(「デカい流れに溺れているから、どこかで割り切っちまってる自分が嫌になる。大差ない‥‥いや、同じなんだ。そう感じながらも、結局剣を突き立てるしかない自分の無力を痛感してきた」)
 一瞬の思考。立場の違う誰か。誰かが誰かを助けたいという。
(「――全ては無理でも、俺じゃなくても、誰かの手が届く所に可能性があるのなら、それを甘さだと切り捨てたくはないのさ」)
 引き鉄を絞る。銃声と共に弾丸が勢い良く飛び出し、次々に鎧女へと命中して蛍光の塗料をぶちまけてゆく。
 時枝、半身に文様を輝かせつつスコーピオンを宙へと向ける。塗料で発光しているので比較的狙いやすい。六連射。弾丸が空を貫いて飛び、エウメリュドゥサの身もまた次々に貫通して抜けてゆく。砕け散った女が赤い色をぶちまけながら大地へと落下してゆく。こちらも威力が半端じゃない。撃破。
 M2、ディアナの反応を見ている。
(「投降‥‥本気‥‥っぽい?」)
 正確な判断はつきかねるが、そうであるような気配もする。少し迷うがラグエル拳銃にペイント弾を装填、最後のエウメリュドゥサの目を狙って連射。弾丸が飛び、鎧女が旋回し、三発が外れて一発がその左目に命中して塗料を撒き散らす。
「‥‥本命、ヲ、欺瞞、ガ、狩り、ノ、本領、DEATH」
 ムーグ、閃光手榴弾のピンを抜いて投擲しておく。炸裂まで残り三十秒。左のケルベロス拳銃を構えるとペイント弾を受けたエウメリュドゥサの羽の根元を狙って連射。三連の弾丸が次々に突き刺さり女の羽を散らし、態勢を崩させる。
 館山はエウメリュドゥサの軌道を読むと、その進路の先を予測し一歩先へと発砲し、弾丸を叩き込んでその動きを阻害せんとする。またすれ違う時に探査の眼を発動させてディアナの身をチェックしておく。一見では特に不審な点は見当たらない。
「――どうして急に投降しようと思ったの?」
 夢姫は後退して来たディアナに問いかけていた。
「あなたは戦う理由が解らないと言った。戦うのをやめた理由は‥‥? 強化人間はみんな長生きできないって。この前、一緒に戦っていた男の子、彼を殺した、わたしたちを憎いと‥‥思わないの?」
 その言葉にディアナは夢姫を見た。
「ニクイ? なんだそれは?」
 そして、口元に薄く笑みを引いた。笑った。
「私には解らないし、きっと解ったとしても、他人が一人死んだだけだ」
 夢姫はディアナを見つめた。冷たい瞳の奥、小さな火が、燃えている。
(「ああ」)
 夢姫は胸中で呟き、そして思った。この前に対峙した時とは違う。
(「感情が無い? 閉ざされている? 消えている?」)
 そんな訳は、無いのだ。人間なのだから。少なくとも今回の彼女は違う。ディアナの瞳は既に無機質な人形のそれではない。
『お前を殺したい』
 そう、叫んでいるように見えた。
 ディアナは薄く笑いながら言う。
「投降理由は保身だな。私自身が生き延びる為だ。失敗続きでは処分されるが、サルヴァドル亡き今、私一人でキメラを率いて君達と戦っても勝てる気がしない。援軍は当てにならない。だから、立ち位置を変える。確かに、調整を受けられなければ私も長くは生きられないだろう。でも明日すぐ死ぬという訳じゃない。君達と戦えばそこで終わりだが、投降すればそうじゃないかもしれない。一日でも長く生き延びれば、未来は変わるかもしれないだろう?」
「‥‥それでハーモニウムの仲間を裏切ると? 見捨てるというのか?」
 絶句している夢姫に変わってシャーリィが問いかけた。
「そうなるな」
 銀髪の少女はそう言った。分が悪すぎる賭けだ、とシャーリィは思った。しかし任務に失敗すれば死で、戦えば死ぬなら、生き延びる為の手段は確かにそう多くない。だからその理屈はシャーリィにも解った。
 だが、
(「だとしても、そんなにあっさりやれるものなのか‥‥?」)
 シャーリィの立場で例えるなら我が身の為にカンパネラの学友――この場でいえばアレックスやコルデリアなど――を裏切って見捨ててバグア側へ寝返るようなものだ。学園外のもっと多くの戦友達、白鐘、M2、鈍名、時枝、シン、八葉、夢姫、ヤナギ、館山、ムーグ等も皆、裏切って。このディアナという少女はそれを是とするような女だったのだろうか。解らない。ただ一つシャーリィに解るのは、
(「‥‥憎悪が、洩れてるじゃないか」)
 シャーリィもまた、ディアナの瞳の奥に渦巻く念を感じていた。表情自体は相変わらずポーカーフェイスだが、眼光からどろどろと洩れだすモノを隠すのは苦手らしい。それでは直感力に長けるシャーリィや夢姫は騙せない。
(「しかし‥‥これは、どうなんだ?」)
 感情だけでは人は動かない。嘘か、本当か、投降か、見せかけの罠か、判断が容易にはつきかねる。だからシャーリィはさらに問いかけた。
「確認したいことがある、正直に答えて欲しい‥‥追っ手の戦力は?」
「タイガーヘッドはまだ沢山来るだろうな。エウメリュドゥサは打ち止めだ」
「そうか。これは個人的な質問だが‥‥自分が戦う理由はわかったのか‥‥?」
 バイザーを下げながらシャーリィは問う。
「‥‥‥‥戦ってきた理由はよく解らない。でも、今、走る理由なら出来た」
 銀髪の少女は赤眼に複雑な色を宿らせながらそう答えた。


 アレックスはAU‐KVを装着すると動きを鈍らせているエウメリュドゥサへとアラスカをリロードしつつ猛射する。リボルバーが焔を吹き四連の弾丸が最後の鎧女をぶち抜いて大地へと叩き落とした。同時、彼方より光線を連射しながら三体の虎頭人がアレックスへと突っ込んで来る。九連の爆光が鎧姿の青年へと迫り来てその身を呑みこみ装甲を削り飛ばしてゆく。弾丸の如く迫って来た三匹の虎人が左右の爪を振りかざし、突進の勢いのまま猛ラッシュを駆けて来る。アレックスは左の虎が振り降ろす爪を穂先で払い、右の虎の爪を槍を回転させて石突きを当てて弾き飛ばし、正面の虎の三撃目を後退しながら柄で受け止める。しかし左右の虎はさらに踏み込んで肉薄し、アレックスの左脇腹と右肩に爪を差し込み、正面の虎がその頭部へと爪を振り降ろして直撃させた。鈍い音と共に火花が散り、猛烈な衝撃と痛みが身を貫いてゆく。負傷率五割九分。爪に対しては頑強だが光線が痛い。
「ここから先へは通さん!」
 他方、白鐘。唸りをあげて迫り来る九連の赤光に対し盾を翳して凌ぎつつ、突っ込んで来た三匹の虎頭に対し猛撃と急所突きを発動、光の中で太刀を構える。
「天都神影流、斬鋼閃・裂破!」
 赤光を突き破って踏み込むと、右手の虎へと踏み込み、四連の剣閃を巻き起こし一瞬で滅多斬りにして血河に沈める。その間に入った二匹の虎が爪を突き出し、装甲の隙間に差し込まれて熱さが身を貫いてゆく。が、構わずに、太刀と盾をふるって打ち払うと、正面の虎へとさらに四連斬を巻き起こして吹き飛ばす。
 シンもまた二匹の虎頭から六連の光線を受けている。猛烈な衝撃を与えて来る光に耐えつつ、突っ込んで来る虎人の一匹へと狙いを定めエネルギーガンを構えた。引き鉄を絞る。七連射。爆光が次々と虎頭へと襲いかかり命中して痛打を与える。だがまだ倒れない。
 ヤナギ、シンの光線を受けている虎頭へ突撃しながら小銃を連射する。弾丸を追いかけるように迅雷で加速して飛び込んだ。銃弾が炸裂して虎の身が揺らぐ、ヤマギは突進の勢いを乗せて爪を一閃させた。刃光が走り抜けた後、虎頭が血飛沫を吹き上げて倒れ、その間に間合いを詰めた別の虎頭がシンに肉薄して左右の爪を振るって切り刻む。
 真白へも二匹の虎頭人が光線を放ちながら左右から突っ込んで来ている。六連の光が女を呑みこみ、されど真白は血桜を抜刀して光を突き破ると飛びかかって来た右の虎頭人の一匹へと太刀を振り下ろした。赤い刃が直撃して血飛沫が吹き上がり、左の虎頭人が踏み込んで爪を振るい、女は太刀を切り返すと後退しながら爪を受け流す。
 そこへ鈍名が大剣を抜刀し疾風の如くに踏み込みんだ。真白が斬りつけた虎へと低く入って爆熱の輝きを宿した刃を一閃させて斬り裂くと、急所突きを乗せた連斬を浴びせて一気に斬り倒す。
 時枝は猛撃を発動させるとアレックスへと爪を振るっている虎頭へと飛び込んだ。左の虎頭を狙い刃を振るって四連の剣閃を巻き起こして木っ端の如くに吹き飛ばし、素早く切り返すと中央の虎へと二連斬を叩き込み、さらに両断剣・絶を発動させた一撃を落雷の如く打ち込んで両断して撃破する。桁違いクラスの二倍、KVでも簡単には出ない破壊力。
「狙イ、撃つ‥‥」
 ムーグは瞬天速で加速するとシンへと斬りつけている虎頭の生き残りの一匹へとケルベロスと番天印で五連の銃弾を叩きこんだ。すかさずM2が練力を解放しながら突っ込み、ブレイクロッドで鳩尾へと突きこんで屈ませた。M2は流れるような動きで棒先を後頭部へと振り降ろして痛打を叩き込み、態勢を崩させた所へ足を払うように薙ぎ払う。棒が直撃して虎が転倒した所へ、館山が入ってその顔面へとメイスを振り降ろした。痛烈な一撃が入って、虎の鼻が割れ目が白目を剥く。仕留めた。
 コルデリアはアレックスへと練成治療を連打している。アレックスはエクスプロードを構えると四段突きを繰り出して虎頭人を超爆発と共に消し飛ばした。白鐘が一匹を斬り捨て、真白が凌いでいる所へ、夢姫とシャーリィが加勢して黒刀と聖剣を振るって斬り倒した。しかし、
「‥‥わらわらと来てやがるぜ」
「これ、ちょっと、不味くない?」
 暗視スコープを装着しているヤナギとM2が空洞の彼方を見やって言った。大量の虎頭人が駆けて来ている。
「長いは無用だ。退こう」
 白鐘が言った。傭兵達はそれに頷き後退を開始する。ムーグが先に投擲していた閃光手榴弾が炸裂して空洞内に爆音を響かせ眩い光を炸裂させた。傭兵達はその間にホール入口まで戻ると、それぞれ再び単車へと搭乗し、エンジンを回転させると音をあげながら南へと向けて走り出す。
 ヤナギ、サイドミラーで後方を確認する。闇だ。敵の姿は見えない。が、光も飛んでこない。虎の全力移動よりもバイクの方が速いようだった。


 傭兵達はやがてUPCの戦陣へと辿りつき、無事に敵の追撃を振り切って帰還した。その時に、ムーグはディアナへと言った。
「貴女ハ、命を賭ケテ、ソノ先に何カを見テ、ココにイル‥‥理由ガ、貴女ニハ、在ルノデショウ‥‥私ニハ、ソレガトテモ、キレイなコトだト思エルのデス」
 ディアナはムーグの言葉に微かに目を見開き、固まった。
「キレイだと‥‥今の私がか?」
「ハイ」
 男は頷く。少女はそのまま表情を変える事なく、無造作に両目の頭を指でつまむと、橙色の灯りがつけられている天井を見上げた。
「‥‥同情なんて、いらない。覚えておけよ君――いや、ああ、もう君は知っているのか? 暗黒大陸の人。力が無いというのは、嫌なものだな‥‥それでも、這ってでも、生き残らなければならないとなると、誇りも信義も信念も、全て圧し折って持っていってしまう」
 シャーリィはディアナへと問いかけた。
「何故投降する気になったのか‥‥聞いてもいいか?」
「本当は君達を殺したい‥‥戦って死にたい‥‥でも、私が命を放り投げたら、あいつは、なんの為に死んだんだ?」
 少女は一筋、涙を流してそう言った。きっと悔しいのだ。それでも彼女は無表情で首をあげていて、だからこそ、とても惨めな姿に見えた。敗者の姿だ。大きな流れを突き破れず、それでも足掻いて、ねじ曲がっている姿だ。
「そう‥‥」
 真白はそう呟いた。
(「‥‥死ねば何も残らない‥‥私は生まれる事すらなかった‥‥」)
 真白はそう思う。しかし、本人には残らなくても、時として死は、その周囲で生きている者に、良きにしろ悪きにしろ、何がしか影響を与えるらしい。真白が今ここに在るように。
(「殺したい、ね‥‥落ちついてから後ろからグサ、は勘弁だぜ?」)
 頭を掻きながらヤナギ。腑には落ちたが、わざわざ口に出して言うあたり、ディアナは若くてそういう性格なのだろう。警戒は必要か? ヤナギの勘で言うなら必要ない気がしたが、所詮は勘だ。わざわざ公言したからこそ、それは行わないとも考えられるが、裏の裏という事もある。注意を促しておく事は必要だろう。今は良いとしても後々まで信用出来るか、といえば、信用できない。
(「僕だったら命を賭して救った仲間に自棄になって欲しくはない‥‥」)
 シンはそう思った。サルヴァドルもきっとそうだったのだろう。そして、その意志は伝わっていたのだ。
「この選択で良かったと思えるように、全力を尽くします」
 シンは赤い眼の女にそう言った。ディアナはシンを見ると、
「‥‥君は‥‥意外と人が良いんだな‥‥」
 そう言った。
「‥‥意外、ですか?」
「報告は受けている。君の光線は恐ろしかったよ」
 ファルコンを仕留めたのは真白と別の戦士だが退路を刈り取ったのはシンの射撃だ。背中が言葉を語るなら、シンの動きは無言で、しかし非常に強く必殺の意志を叫んでいるように見えていたらしい。敵からすると大抵嫌な位置にいる。
「‥‥今の貴女には何が見えるの?」
 最後に真白が問いかけた。ディアナは真白を見て、少し迷ったようだったが、言った。
「‥‥‥‥非常に多くの物が。でも、渦を巻いていて、結局、解らない」
「そう」
 それでも飛び込んでみようと決めたらしい。ならばきっと、何か彼女なりの標を見つけたのだろう。
 真白はそう思ったのだった。


 かくて朱のディアナは投降し、グリーンランドのUPC軍へと引き渡され、その管理下に置かれる事になった。ハーモニウム等の情報の幾つかが引き出されて軍の知る所となるだろう。

 了