●オープニング本文
前回のリプレイを見る「‥‥ブラッド・ルイス」
ぽつりと零すように呟くヒイロ。その正面、ブラッドは真っ直ぐに少女を見つめ返している。
かつての栄華を物語る朽ち果てた摩天楼の中に聳える電波塔。ブラッドはそこで傭兵達を待っていた。
「やはり貴方達が来ましたか。確かに適任でしょう‥‥しかし、この場合に限っては人選ミスですね。私は貴方達の事を知り尽くしているのですよ」
「甘く見るな。私達は以前の私達じゃない。それに、手の内が読めてるのはこっちだって同じだ」
鋭く睨み返すヒイロ。そう、彼らは互いに互いの力を理解している。故にこれは裏の裏を読む戦い。過去の想定を凌駕しなければ互いに勝利はない。
「でもねヒイロちゃん、私達も強くなったのよ。もう能力者じゃ要られないものね」
額に手をあて笑うマリス。彼らの装備も雰囲気も以前とは違っている。正真正銘、人類の敵に成り果てたのだろう。
「だが、やる事は変わらん‥‥。これまでと同じ。俺達はただ戦うだけだ」
狼男の声にヒイロは拳を握り締める。そして首を横に振った。
「それは違うよ。私達はただ戦っていたわけじゃない。そこには皆の想いがあったんだ。ただ殺しあうだけなんて、無意味だよ」
「ですが、その無意味な行いを人類は止められずに居る。それが現実です」
眼鏡越しに哀しげな眼差しを向けるブラッド。そうして周囲へ視線を巡らす。
「同じ種族だというのに、あれが違う、こうではない、それは怖いと、誰にでも刃を向ける。人は幼すぎる。そしてこの星も世界も、人が大人になるのを待ってはくれない。誰かが守ってやらねばならないのです」
「それが君達だっていうの?」
「いいえ。それはオオガミさん、貴方達の役目です」
戸惑うヒイロ。ブラッドは優しく微笑む。
「この世界にはまだバグアが必要です。そしてこの世界にはどうしても戦争が必要なのです。正義と悪という分かりやすい図式がなければ、人は道に迷ってしまう」
このまま行けば、人類はバグアに勝利するだろう。ブラッドはそう確信している。彼は誰よりも人類の力を信じている。
だからこそ、その先にある未来を信じない。バグアが滅びた後の世界、そこに何が待つのか。
「皆さんはこの戦争の先を考えた事がありますか? 戦争が終わった時、人類は能力者やSES兵器と言ったオーバーテクノロジーをどう処理するのかを。違うという事はそれだけで忌むべき物であり、過ぎたる力は災いを齎す。能力者が次のバグアになるだけです」
ヒイロは否定出来なかった。違うだとか怖いだとか、そんな理由だけで人がどこまで残酷になれるのか、身を以って理解しているからだ。
「バグアが居る限り人類同士の戦争は最小限に抑えられる。そして能力者は英雄であり続けるでしょう。そんな戦争を永遠に繰り返す世界、それが僕の理想なのです」
「でも、戦争は続く。人が死ぬじゃないか」
「それは、俺達のように戦場でしか生きられない奴がやればいい。少なくとも覚悟も無く死ぬ奴は居なくなる」
マクシムの言葉に黙り込むヒイロ。男はそのまま続ける。
「俺には戦争が必要だ。俺は戦争以外何も出来ない。バグアがいなくなったら、もう俺は同じ人間に銃を向けるしかないんだ」
「そんな事‥‥」
「ある。だから俺は妻も娘も守れなかったんだよ」
空を見上げるマクシム。そうして深々と息を吐いた。
「教えてくれヒイロ。違うと言うのなら、俺達はどこへいけばいい? どこで生きていけばいい? こんなバケモノに過ぎない俺達が‥‥」
故に。やるべき事は何も変わらない。
「俺達は人類の敵となった。俺達と戦えヒイロ。お前が正義である為に」
「さっきから聞いてれば、大の大人がグチグチと! あんた達、結局人間を信じられないだけじゃない!」
腕を振るい叫ぶドミニカ。しかしその目には涙が溢れていた。
「何で仲間を信じないのよ。どうして一人で抱え込むのよ! 居場所なんてどこにでもあるよ! 未来は変えられる! 私は人の可能性を信じてる!」
「優しいのね、ドミニカ。でもそれはただのガキの寝言よ。人がどこまで邪悪になれるのか、これから教育してやるわ」
銃を抜いて笑うマリス。以前も凶悪な目をしていたが、今はその比ではない。思わず背筋が凍り、ドミニカは後ずさる。
「どうしても戦うんだね」
「元々そのつもりだったって顔してるわよ、ヒイロ」
構えるヒイロ。その姿をブラッドは懐かしむように見つめていた。
その姿は本当に良く似ている。在りし日の彼女の母に。そして彼が愛した戦場の少女に。
この世から憎しみを消したいと、戦場の真ん中で少女は語った。その理想に憧れ、彼女が倒れた後も旗を掲げ続けてきた。
味方を裏切り、敵を騙し、人間らしさ等全て捨て置いた。ブラッド・ルイスはまだ、その夢が終わったとは微塵も考えていない。
そう、ここからでもまたやり直せばいい。これまでも失敗だらけだった。それでも諦めず、もう一度だけと叫び続けたのなら。
それは諦めを超えて成立する力。己に対する究極の厳しさ。砕かれた意志は熱と痛みで打ち直され、今や磐石。あの娘を前にしても揺るぎは無い。
「オオガミさん、残念ですが貴方にはバグアのヨリシロにでもなってもらうとしましょう。一緒に世界を平和にする為に」
「言いたい事はそれだけか、ブラッド・ルイス」
刀を抜き、構える。その言葉に、その所作に、ブラッドは己の師の姿を見た。
「君を信じたかった。君を手伝ってあげたかった。君を守ってあげたかった。だけどそう出来ないのであれば、後始末をするのが私の役目だ」
ヒイロの脳裏に過ぎるこれまでの戦い。二年前から始まり、そしてここまで駆け抜けてきた日々。その一つの決着が、この男を以ってして全うされる。
「君に利用され死んでいった大神の女達に代わって、私が君を裁く」
「ふふふ‥‥やはり戦争家の一族の血は消せませんか。貴女はやはり、立派な人殺しだ」
「殺したいわけじゃないよ。ただ、誰かが責任を取らなければならないのです。だから――行くよ、お父さん」
優しい声と笑顔で語るヒイロ。一瞬その言葉に目を見開き、直ぐに平静を取り戻す。
いつから――それは確かに思うが、今は関係ない。あの子が何であれ、自分が何であれ、もう戦う以外に決着を着ける方法が思いつかない。
「いいでしょう。では最終試験です。貴方達が人類の守護者として相応しいというのであれば、その力を示して見せなさい」
ブラッドが片手を挙げるとどこからとも無く無数の人影が現れる。仮面とマントを着けた、彼の賛同者達だ。
立ち塞がる敵、そのどれもが一筋縄では行かない相手だ。ブラッドを殺すには、どうにかしてこれらを突破する必要がある。
「悪いけど、手加減はしないよ。邪魔をするなら、死ぬつもりで来い」
二刀を構えるヒイロ。降り注ぐ月光の下、ネストリング最後の戦いが始まろうとしていた。
●リプレイ本文
●旅路
「ずっと浮かない顔をしているな」
塔へ向かう最中、ドミニカへ声をかける上杉・浩一(
ga8766)。少女は俯いた顔を上げ、どこか遠くを見つめる。
「なんか、これで終わりかと思ったら‥‥ね」
そう、これで終わり。一口に言い表す事は難しいが、紛れもなくここが旅の終着点である。
「思えば色々な事があったじゃない。涼に撃たれたりとか」
「だ、だからそれは謝っただろ? そろそろ勘弁してくれよ!」
苦笑を浮かべる巳沢 涼(
gc3648)。傭兵達はドミニカの声に感化されるようにこれまでの事を思い出す。
「まさか、この様な結末を迎える事になろうとは‥‥」
重苦しく呟く米本 剛(
gb0843)。一度は同じ道を歩いた仲間と戦わねばならないこの状況は彼にとって憂うべき事態である。
「皆が仲良く居られれば、それが一番なのにね。生きる事って‥‥思い通りにならないものなんだね」
寂しげに笑うヒイロ。その横顔をイスネグ・サエレ(
gc4810)は無言で見つめている。
「所謂‥‥汚名返上と言ったトコなのでしょうね。しかし、自分はこれまでの事が間違いだったとは思っていないのです」
目を細める剛。これまでもずっと、自分なりに正しいと思える判断を下してきたつもりだ。
時には残酷な決断を迫られ、汚れた仕事に身を窶す事もあった。だがそれらを後悔してしまっては、全てが無駄になってしまう気がする。
「ヒイロも、全部間違いだったなんて思ってないのですよ。皆理由は色々あるけど、一生懸命やってきた事に間違いなんてないのです」
「‥‥確かに。ずっと割に合わない仕事ばかりでしたが‥‥不思議ですね。今はそう悪くもなかったと感じています」
走りながら微笑むキア・ブロッサム(
gb1240)。そのまま溜息を漏らし、悪戯っぽく笑う。
「そういえば、ドミニカには鼻水でドレスを台無しにされた事もありましたね」
「だ、だからそれは謝ったでしょ! 根に持つわねー!」
「謝罪で済まされては困ります。ドレス一着クリーニングするのにも、お金というものがかかりますから、ね‥‥」
何と無く空気が和んだりもするが、それまでだ。結局、目の前にある現実からは目を逸らせない。
「集中集中‥‥よし」
頭を振り、前を見据えるティナ・アブソリュート(
gc4189)。迷いも甘さも消し去る事は出来ないが、自分を律せずに勝てる戦いではない。
「これが最後になるかは私達次第です。彼らの思惑の犠牲になった人達の為に‥‥勝ちます!」
「自分の夢に他人を巻き込んで破滅させる‥‥ふん、悪い男だ」
ぽつりと呟く犬彦・ハルトゼーカー(
gc3817)。しかしその口ぶりとは対照的に、表情はどこか寂しげだ。
「別の場所であいつが戦っている。であれば、こちらも無様な姿は見せられないな」
「‥‥ええ。私達には、応えねばならない義務があります」
藤村 瑠亥(
ga3862)の声に頷き、ちらりとドミニカへ目を向けるキア。
「な、何よ‥‥」
「いえ、別に何も」
「か、金なら今は持ってないわよ?」
真顔で筋違いな事を言われ、思わず笑ってしまう。どうやらここにも一つ、戦う理由という奴があるようだ。
「見えてきたな。そろそろだぞ、皆」
浩一の声に頷く一同。ヒイロは哀しげな瞳を瞑り、それから真っ直ぐに前を見つめる。
「行こう。正義の味方、最後の仕事だ」
●狂風
「――さ、て、と。それじゃ、そろそろ始めましょうか」
長大な銃を二丁ぶら提げ、瓦礫を片足で踏みしめ笑うマリス。静かに佇んでいるだけだが、その殺気は鬼気迫る物があった。
「殺すつもりだから、手加減しない方がいいわよ。私、ブラッドよりも強いから」
にこりと笑うマリス。最初から加減出来るような相手ではない。もう殺す以外、解決策はないだろう。
マクシム、そして他の強化人間も動き出す。別格であるマリスとマクシム以外に関しては、友軍の傭兵が相手をする構えだ。
「外野が邪魔に入らないようにこちらで可能な限り対応します。貴方達はマリスとマクシムを」
「ああ、分かってる。あんたらも気をつけてな」
「貴方も。特にマリスは生半可な強さではありません。強化されている今、どれ程なのか想像出来ないくらいに」
傭兵の声に頷く涼。確かにひしひしと肌で感じる程の脅威だが、引き下がるわけには行かない。
「強いのは百も承知だ。だが、負けてやるわけにはいかねぇな‥‥!」
動き出す傭兵達。同時に敵も走り出す。その最中、涼は剛の背後に立った。
「行くぜ、米本さん!」
「やるのですか‥‥では、お願いします!」
小首を傾げるマリス。涼は剛の背中を押し出し、射出――! 吹っ飛んでくる巨体にマリスは呆気に取られている。
「と、飛んだ!?」
「失礼します!」
勢い良くマリスに刀を叩き付ける剛。これをマリスは二丁銃を交差させて防ぐが、衝撃で足場に亀裂が走り陥没する。
「ま、まさか飛ぶとは思わなかったわ〜」
苦笑するマリス。その隙にティナは素早く回り混み、側面から襲い掛かる。
「確かに凄くびっくりしたけど」
それを殆ど見もせず片手で受け止める。更に反対側、移動しながらキアが銃弾を放つ。。
「でも、それだけね〜」
これに対し同じ数だけ銃弾を放ち、相殺する。二人は驚きながらも連続攻撃を仕掛けるが、マリスはこれを完璧に受け止めていた。
回転しながら左右の腕を振るい、銃弾を放つ。放たれたのは一撃だが、二人を弾き返し余りある威力を持っていた。
反撃が来る事を感じ、一気に走り出す二人。目で追うのも難しい高速移動だが、異形の銃口はぴったりと姿を追ってくる。
銃撃を武器で受ける二人だが、勢い余り吹っ飛んで瓦礫に突っ込んでしまう。瞬く間の攻防に続き刃を振り下ろす剛だが、動作に合わせて腕を蹴られ、続くハイキックで転倒させられる。
「なんという‥‥」
勿論ただの蹴りだが、強化の効果もあり強烈な威力になっている。こうして最初の攻防が終わり、引き伸ばされていた一瞬が動き出す。
「ブラッドと戦う事を考えて温存してると死ぬわよ。ほらほら、どんどん掛かってきなさい」
立ち上がりながら頭を振るティナ。軽く剣を振るい身体の感触を確かめる。
その力を味わうのはこれが始めてではない。あの時は手も足も出なかったが、今度ばかりはそういう訳にはいかないのだ。
「いい顔ね。諦めの悪い子って好きよ」
その声があんまりにも優しいものだから、何とも言えない気分になる。
「‥‥ブラッドと当たるまでは、余力を残しておきたいのだがな」
二刀を構える瑠亥。マリスは手の中で銃を回し、手招きするように揺らすのであった。
一方、マクシムと戦う面々。涼と犬彦はイスネグを守りながら銃で迎撃し、マクシムはそれに左右の爪を構えて突っ込んでいく。
「マクシムさん‥‥! 女子供が戦わなくて良い世界の為に、女子供を犠牲にして‥‥おかしいと思わねぇのかよ!」
一撃を盾で受け止め、持ち替えた槍を振るう涼。バック転でそれをかわし、マクシムは鋭い眼光で傭兵達を睨む。
「‥‥全ては今更だ。俺がおかしいのはずっと昔からだよ。この世界も、何もかも‥‥どこかで歯車が狂ったまま動き続けている」
「だからって、おかしいままで良いのかよ! 努力をしないままで良いのかよ!」
AU−KVを唸らせ大地を駆ける涼。接近しながら槍を振るうが、マクシムは身をかわす。
「あんた言ってたじゃねぇか! 大人のツケを子供に支払わせるのは間違いだって! そういう優しい事を言えるあんたが、今何をしてるんだよ!」
走り回るマクシムへ銃を連射する犬彦。ヒイロは先回りし、回転しながら刃を振るう。二人は得物をぶつけ火花を散らすが、やはりマクシムが一枚上手である。
「間違っている事は分かっている。だが、それを是正出来る程俺は強くなかった。俺はもう、死ぬまで戦い続けるしかないんだ」
「そうやってまた、貴方のような人を増やすんですか! 無意味ですよそんなの‥‥終わらないじゃないか!」
「そうだ、終わらない‥‥俺達の戦争は終わらない! 良い奴は皆死んだ! 心の底から仲間だと思える奴等ばかりが死んで、平穏を貪るだけの愚か者が生き残っている! 俺はまだ、あの戦場の中にいるんだ!」
イスネグの叫びに悲痛な声を上げるマクシム。ヒイロを蹴り飛ばし、跳躍する。
「俺はまだ答えを得ていない‥‥! 何も得られていないんだ!」
空中を回転し繰り出される強烈な斬撃。イスネグを庇い、犬彦が槍でそれを受け止める。
「答えを欲して戦い続ける‥‥それが悪い事だと言うつもりはない」
片腕を振るいマクシムを弾き返す犬彦。銃口でその軌跡を追い、目を細める。
「戦う事でしか生きられないのなら、せめて戦いの中で終わらせてやる」
放たれた銃弾を爪で薙ぎ払うマクシム。そこへヒイロと涼が襲い掛かる。
「悲しいのは分かるよ。分かるけど‥‥だからって人を悲しませていいわけじゃない! 怒りも憎しみも嘆きも、誰かが我慢して飲み込まなきゃ終わらないんだよ!」
見た目通り、その男は獣であった。雄叫びを上げながら爪を振るい、二人と刃を交え続ける。しかしその叫びは悲しく、虚しく、どこか弱弱しかった。
「おかしいでしょ‥‥何なのよ、あいつ!」
思わず笑ってしまう。それが恐怖からくる物なのだと、ドミニカは気付いていない。
戦いの実力という意味で、ドミニカはこの中でも最低レベルだ。だからもう、何が起きているのかも良く分からない。
只管回復を施し続けるドミニカだが、それでも回復が間に合わない程。キア、ティナ、剛の三人は傷を負っており、瑠亥ですら迂闊に動けない状況である。
目の前で浩一が攻撃を受けているので未だ無事だが、浩一が居なくなったら一瞬で戦闘不能にされる‥‥そんな不安がドミニカを包み込んでいた。
マリスの攻撃は非常に正確だ。殆ど見ていなくても気配で的中させてくる弾丸、その一撃一撃の威力が重い。
足を止めれば浴びるようにそれを食らう事になるが、走り回っていても傷は増えていく。体力的にも精神的にも傭兵達は厳しい状況にあった。
周囲の移動から一気に加速し襲い掛かる瑠亥。迎撃の銃弾をぎりぎりで回避しながら刃を奔らせるが、マリスもこれを的確に防御。視線だけを交え、二人は入れ違う。
相手を倒す事に注力すれば状況は変わるかもしれないが、お互いそれは避けたいのが本音。結局戦況が動かず、消耗戦が続く。
「マリス・マリシャ‥‥この強さ、本当に」
「‥‥大丈夫か、キア」
肩で息をしながら頷くキア。それを確認し瑠亥はマリスを睨む。
「こっちも伊達に人間辞めてないの。お遊び気分で来られても困るわ」
「強く想う程‥‥残忍にもなれる‥‥。想いの力‥‥強さ。認めたくないもの、ね」
息つくキア。マリスの強さは理解出来る。それはただ積み重ねた経験や技術、強化に寄る物ではない。
その骨子は想い。全身に張り巡らされたその芯を砕く事は容易ではない。
「でも、それは弱さ‥‥失いたく無いが故の、ね」
呆れ返る程の祈りが彼女を嵐足らんとしている。この戦いはそれをどうやって砕くかと、そういう戦いなのだ。
「結局ここなのよ。ここで私を殺せるかどうか。貴方達の戦いも、想いも、理屈も、全部ここで決まる」
優しく歌うように語るその髪を風が梳いて行く。
「私は最後の壁よ。超えられなければ意味がない。ブラッドの夢を邪魔する資格なんて、ない」
「マリスさん‥‥」
剣を握り締めるティナ。そう、ここで勝たなければ意味がない。でなければ、何の為にこれまで戦ってきたのか。
勝者には勝利の義務がある。こんな所でのたれ死ぬのなら、敗れて行った者達にあわせる顔が無い。
「多少危険だが、一気に事を決めるしかない。構わないか、ドミニカさん?」
「え、ええ。私の事は気にしないで全力で行って。私を守ってる場合じゃないわ」
頷く浩一。傭兵達は意を決し構え、一気に決着をつける為に集中を高めていく。
「‥‥一瞬だ。その間に、勝負を決める」
「全身全霊で‥‥参ります!」
腰を落とし低く構える瑠亥。剛は刃を手に敵を見据え、一気に走り出した。
目を見開き、笑いながら狙いを定めるマリス。その正確さを前に剛は武器で攻撃を受ける事を捨て、真っ直ぐに突き進む。急所狙いの一撃だけ紋章の光で弾き、前へ。
「おぉおおおおっ!」
振り下ろす一撃を腰を落とし受け止めるマリス。足元が陥没し動きを鈍らせつつも反撃を試みるが、そこへ浩一が飛び込む。
捨て身の突撃。銃弾を受けながら剣に光を宿らせ、渾身の一撃を振り下ろす。その軌跡を受け止めるのは簡単だが、いくら減衰しようと全てを相殺する事は出来ない。
生半可な攻撃は通用しないなら、全力で行くしかない。受け止められながらも強引に刃を叩きつけ、浩一はマリスを押し込む。
「‥‥そこだ!」
地を這う黒い影。力任せの攻撃で怯んだマリスは瑠亥の一撃を受け切れなかった。脇腹を鋭く刃で縫われ、舌打ちする。
瑠亥がの進行方向とは反対側、走りながらティナが銃弾を放つ。マリスはこれを冷静に相殺したが、更に飛び込んでくるキアへの対応は僅かに遅れた。
勝機は一瞬にして一度きり。繰り出される爪の無数の軌跡を受けるマリスだが、全ては殺しきれない。爪がマリスの腕に食い込み血を流すが、キアは片腕で薙ぎ払われる。
「ふふ‥‥あははは!」
狂ったように笑いながら銃を乱射するマリス。猛攻撃に傷つく傭兵達、しかしもう止まるわけには行かない。
回復を施しながら剛の後ろに隠れるドミニカ。浩一は血を流しながら切っ先で大地を抉り、下段からマリスに斬りかかる。
衝撃と共に舞い上がるマリスの身体。キアはそこへ銃弾を放つが、マリスもこれに銃弾で応じる。薬莢が舞う中背後から瑠亥が斬り抜け、二つの刃を構えたティナが飛び込む。
光を帯びた剣を連続で振るうティナ。マリスはこれを片手で防ぎ、空いた銃を突き出す。放たれる弾丸を目で追いながら空に剣を刺し、仰け反るようにして回避するティナ。
回転し、剣を土台に飛ぶ。歯を食いしばり、両手で剣を握り締め、嵐の中へ。考えている暇はなかった。空中を横に駆けたティナは擦れ違い様マリスの身体を切り払う。
全てがいっぱいいっぱいだった。着地出来ず転倒するティナ、その背後で着地したマリスが膝を着く。
「ああ。手元が狂っちゃ‥‥った」
溜息一つ残し倒れるマリス。乾いた大地に広がる血の海を眺め、女は苦笑を浮かべるのであった。
「マリス‥‥?」
ほんの一瞬意識を逸らすマクシム。涼はその隙を見逃さず、襲い掛かる涼。接近し槍を打ちつけながらライトでマクシムを照らす。
視界を覆われたマクシムに狙いを定める犬彦。すぐさま銃弾を放ち、足を穿つ。それに合わせヒイロは駆け抜け、擦れ違い様にマクシムを斬りつける。
「涼君!」
砂を巻き上げ反転し、身体を捻りマクシムを蹴り飛ばすヒイロ。吹っ飛んだ身体は無防備な体勢のまま涼へ向かい、逆に涼は前進しながら槍を突き出す。
「うぉおお‥‥りゃあっ!」
マクシムを突き刺したまま走り、更に深く突き出すと同時に吹っ飛ばす涼。マクシムの身体が空を舞い、塔の柱に激突する。狼男は口から血を吐き、がっくりと項垂れた。
「‥‥そうまでして必要だったのかよ。もっと違う生き方だって、あっただろ」
涼の声にゆっくりと立ち上がる狼男。そうして数歩進み、ばったりと倒れこんだ。
「すまなかった‥‥」
そんな言葉に犬彦は溜息を漏らす。ヒイロは歩み寄り、傍に膝をついた。
「見えないんだ、何処に行けばいいのか‥‥。でも、愛していた。それは本当なんだ。仲間も、家族も‥‥」
「うん」
「世界を変えたかった‥‥戦い続けた戦士達の為にも‥‥未来を生きる子供達の為にも‥‥」
「うん」
どこかで間違えてしまった。願いは純粋だった筈なのに、もう狂った歯車は戻らない。
ゆっくりと瞼を閉じた男の最期がどこか安らかだったのは、未来を信じられたからだろう。少なくとも目の前の若者たちは、自分と同じ過ちは繰り返さない。
「逝ったか」
「うん。おやすみ、マクシム君」
そっけない犬彦の声に微笑むヒイロ。目を瞑り、その亡骸を抱き締める。
「先輩‥‥大丈夫ですか?」
イスネグの声に立ち上がり振り返るヒイロ。返り血で汚れた頬でにっこりと笑顔を浮かべるのであった。
倒れたマリスに銃口を突きつけるキア。瀕死の女はそれを力ない笑みで見つめる。
「‥‥貴女の事は嫌い‥‥殺したい位に、ね」
「殺せばいいわ。そして繰り返せばいい‥‥」
「貴女は‥‥」
目を細めるキア。マリスから感じる激しい狂気はもう感じられない。いや、そもそもそれはただの張りぼてだった。
本当に狂っているのなら、こんな目をする筈がない。だとすれば、彼女は‥‥。
「貴女から言わせれば、私は甘いし幼稚なのでしょうけどね‥‥」
マリスを見下ろし呟くティナ。意を決したように目を瞑り、言葉を続ける。
「でも本当の所、私は貴女の事、怖くはありましたけど‥‥嫌いではなかったですよ‥‥」
驚いたように目を開くマリス。そこへ歩み寄り、ティナは膝を着く。
「貴女は斬子さんを殺す事も出来た。でもあんな形とはいえ、彼女は生きている‥‥それはただの気まぐれですか?」
苦笑を浮かべるマリス。それが答えだった。
「私も正義の味方に憧れた頃があったわ。目をキラキラさせて、愛や勇気を信じてた‥‥」
息を吐き、ティナの頬に触れる。
「僅かな救いのある物語があってもいいじゃない。最後は、ハッピーエンドでも‥‥ね」
目を瞑り、涙が頬を伝う。マリスは優しく笑い、そして手を放した。
「そんな顔しないの。勝ったのは貴女達なんだから‥‥胸を張って、進みなさい」
「友人を奪われ、今まさに友人を討たねばならないこの状況‥‥自分には痛恨の極みです」
きつく目を瞑る剛。キアはマリスに向けた銃の引き金に指をかける。
銃声が鳴り響いた。その瞬間までキアはずっと考えていた。
きっと彼女は、愛するが故に戦い、愛するが故に死んだのだ。だとすればその想いのなんと崇高な事か。認めざるを得ないほどに、それは美しい。
小さく囁く言葉は誰にも聞こえなかった。只流れる血だけでしか終わりを迎えられない彼らは、また一つの死を乗り越えていく‥‥。
●理想
塔を昇った傭兵達。ブラッド・ルイスは展望室で彼らを待ち受けていた。
暗闇に包まれた展望室に、硝子張りの壁を越えて青い光が差し込んでいる。男はそこから荒廃した街を見下ろしていた。
「ブラッドさん‥‥」
「随分と乱暴な登場ですね。折角こうして静かに話せる場所を用意したというのに」
罠を警戒し飛び込んだ浩一へと振り返るブラッド。道中には何の策も見受けられず、それが逆に不気味であった。
「如何ですか? 一時とは言え、仲間であった人間を殺した感想は」
「最悪に決まってんでしょ‥‥! 何がしたいのよ、あんた!」
「試しているんですよ。運命、とでも言いましょうか。神という物が存在するのであれば、それが僕の存在を許すのかどうかを」
笑いながら語るブラッドにドミニカは眉を潜める。
「この身は常に理想と共にある。数多の戦場で死に損なったこの命、ここで潰える程度なのか‥‥それとも、革命を起こすに足るのか。一度天秤に乗せてみるのも良いでしょう」
「そんなに理想が大事なら、山奥でお人形遊びでもしてりゃいいんだ! 生きてる人間を巻き込むんじゃねぇ!」
「貴方はありもしない未来を描いて怖がってるだけだ。貴方の言う未来なんて、私達とヒイロ先輩で変えて見せる!」
涼に続き声を上げるイスネグ。ブラッドは何故かそれを嬉しそうに見つめていた。
「そう容易くありませんよ、世界は。人は。その愚かしさは本能に染み付いている」
「それは誰もが同じ事。我侭で自分勝手‥‥嫌と言う程分かっている。でも、それこそが人間だから」
はっきりと言い返すキア。犬彦は両手をだらりと下ろしたまま、ブラッドを見据える。
「バグアが人類にとって必要な悪であり、戦争の無い平和な世界なんてのは都合のいい理想‥‥その考えは正しいだろうさ」
業深く、悲劇を好む人間。この状況も、この世界も、全ては確かにブラッドの言う通りだろう。だが‥‥。
「人が人類を‥‥世界を救おうなんてのはな、傲慢なんだよ。うちはこの手が届く距離で誰かを守る為に戦う。それ以上のことは知らん」
「では、そうやって救えるかもしれない物を見殺しにするのですね」
能力者は力を持つ特別な存在だ。本当に心から改変を願うのであれば、世界だって変えられる程に。そしてだからこそ危険な不確定要素でもある。
「出来る者がやらずに誰がやるのです? 貴方達は責任を放棄しているに過ぎない。力を持つ者には、相応の運命という物があるのです」
「己の大事な物が失われていたら‥‥価値などない。そんな運命は‥‥信じない」
「貴方の企みは、この命に代えても止めてみせる!」
首を振るキア、叫ぶイスネグ。仲間達の声に頷き、ヒイロは拳を握る。
「正義とか悪とか、人類とか世界とかどうでもいい。信じる事を成す。決められた結末なんて、何度だって覆してみせる」
「やはり、対話では済みませんか」
指を鳴らすブラッド。すると続々と強化人間が展望室になだれ込んでくる。
「伏兵‥‥まだ戦力を温存していましたか」
「‥‥だが、今更この程度」
銃を構える剛。瑠亥は刃を手に低く構える。襲い掛かる強化人間達、それを元ネストリングの傭兵達が迎撃する。
「有象無象の相手は引き受けます! 貴方達はブラッドを!」
「ごめんセルマ、任せる!」
乱戦の中走り出すドミニカ。ブラッドは展望室から更に上へ続く階段を駆け上がり、傭兵達はそれを追う。
真っ先に追いついたのは瑠亥だ。二対の刃を手にブラッドへと襲い掛かるが、男も同じく二刀を構えそれに応じる。
「似た世界で動けないと‥‥互いに戦えんな、ブラッド」
「それだけの力、ただの暴力で終わらせるつもりですか? 貴方が願うのなら、世界の歪みを正す事も可能だというのに」
爆ぜる火花。二人は高速で互いの刃を交える。剣戟の狭間、戦闘は階段から零れ塔の鉄骨の上へ移り、数十センチの幅しかない森の中で何度も交差する。
互いの実力は互角‥‥否、新たな力を得たブラッドの方が上手である。しかし状況は拮抗、互いの刃は互いを傷つけられずに居る。
「‥‥どこで戦っているんだ、あの二人は」
「流石に無理だぞ。いや、頑張ればいけるか、エル?」
「無理せず結構。追える者が向かえば良いだけの事です‥‥」
「涼君はこっから攻撃して!」
飛び出すキアに続くヒイロ。更にティナが階段から外れる。ブラッド達は戦いながら徐々に塔の上へと向かっているようだ。
「追いかけっこに付き合う必要はない。先回りするぞ」
犬彦の声で階段を登る傭兵達。僅かな足場の上、高速戦闘についていけるのはPNくらいのものだろう。
「貴方のやろうとしている事は、問題の先送りでしかない! 同じ事を繰り返すだけの世界なんて、必ず変化を求める人達が現れます!」
二つの刃を手に跳ぶティナ。ブラッドへ襲い掛かり、正面から打ち合う。
「人は! 変わらずには居られないんです! 誰も皆‥‥立ち止まり続ける事なんて出来ない!」
舞い踊るように剣を交える二人。背後からヒイロが攻撃に参加するが、ブラッドはそれを受け流しながら跳躍する。
鉄骨の上を走りながら銃を連射するキア。更に瑠亥が輝く二刀でブラッドへ襲い掛かる。それは目には見えない無数のやり取りとなって火花を散らす。
目まぐるしく飛び交う攻防を抜け、展望室の更に上へと抜ける。申し訳程度の作業スペースだけが広がる頂点に先行した傭兵達が待ち構えていた。
「何という速度‥‥やはり普通の攻撃は当たりませんな」
「兎に角攻撃するしかない。少しでも隙を作るんだ」
銃を連射し迎撃する剛と浩一。尋常ならざる速度で舞うブラッドは二人の頭上を抜け、後衛のイスネグへ迫る。
襲い掛かるブラッドの斬撃を庇う犬彦。一瞬で体中を斬り付けられたが、倒れる犬彦ではない。
「涼、後ろ後ろ!」
ドミニカの声に反応しSMGを連射する涼。ブラッドは重力を感じさせない高速移動で縦横無尽に駆け回る。
「私にとって巳沢さんの様な方は、理想的な英雄だったのですが」
「英雄も世界平和も結構な事だ! だがな、その為に俺の友達を巻き込んだのは我慢ならねぇ! あんたみたいなのが英雄なら、俺は願い下げだ!」
回転しながら飛び込むブラッド。一瞬で涼、浩一、剛が薙ぎ払われる。更にヒイロ、ティナ、キアが襲い掛かるが、全て回避されると同時に斬撃を叩き込まれた。
月を背に舞う瑠亥。真上から襲い掛かり、目を見開く。渾身の力を込め、刃を加速させる。ブラッドとの攻防は、光の瞬きへと足を踏み入れていた。
「皆さん、回復します!」
傷ついた仲間を治療するイスネグ。瑠亥はその間にブラッドの刃をあえて受け、代わりに自分の刃を食い込ませる。
「互いに当たらないなら、こうするしかないだろうと‥‥締まらない話ではあるがな‥‥と」
互いに血飛沫が舞う。瑠亥が飛び退いた瞬間、傭兵達は一斉に銃撃を加える。先の攻撃で足を切り裂かれたブラッドは回避を捨て、二対の刃を奔らせる。
飛び交う銃撃。これを全て刃で捉え薙ぎ払う。刃の残像が瞬き、鋭さは尚も増していく。
更に接近し斬りかかるティナ。反対側からキアがクローを振るい、頭上からヒイロが襲う。三人の連続同時攻撃、これもブラッドは左右の武器で薙ぎ払っていく。
「その程度ですか。僕の様な小悪党一人倒せない貴方達に、他人の理想を否定する権利があるのですか!」
傍から見ているドミニカにはもう完全についていけない世界だ。物凄い勢いでブラッドの剣が動き、三人がそれに圧倒されている事だけわかる。わかるが。
「そんな奴に負けんな! 正義の味方は‥‥どんな悪党にも勝たなきゃいけないんだよー!」
泣きそうな顔で叫ぶドミニカ。その声を受け、ヒイロは目を瞑り手にしていた武器を左右に放り投げた。腕を広げ、真っ直ぐに叫ぶ。
「――お父さんっ!」
刃が鈍り、ヒイロの首筋でぴたりと止まった。その瞬間イスネグがブラッド目掛け照明銃を放った。
光でヒイロの顔が見えなくなる。ブラッドは娘の渾身の卑劣な策に思わず笑みを浮かべた。
黒い風が吹きぬけ、身体がぐらつく。駆け抜けると同時にブラッドの片足を瑠亥が切断したのだ。キアとティナが前後から深く刃を突き立て、四方から銃撃が全身を貫く。
倒れると同時、血染め刃が零れ落ち甲高い音を立てた。金網の床から血が零れ、闇に消えていく。決着がついたのだ。
瀕死のブラッドを端目に刃を収める瑠亥。そしてヒイロに目を向ける。
「ブラッドはまだ生きている。ヒイロ‥‥後はお前の好きにしろ、と」
「そんな‥‥先輩、父親なんだよね‥‥? ダメだよ!」
刀を拾うヒイロへ叫ぶイスネグ。少女は背を向けたまま頷く。
「ありがとう、イスネグ君。でも‥‥これが私の役目だから」
倒れたブラッドの前に立ち、刃を握り締める。そうしてそれを突きつけて口を開いた。
「‥‥誓う。必ずこの世界を平和にしてみせる。争いのない世界を作ってみせる。君や、君達や、命を散らした全ての戦士達の為に、この命を燃やすと約束する。君の理想は、確かにここに叶ったよ」
長い時間がかかるだろう。気の遠くなるほど、膨大な時間が。
それでも諦めない限り夢は終わらない。一つ命が尽きても、次の世代に受け継げばいい。呪いの様に、愛の様に、それを伝える事が出来る。
にっこりと微笑むヒイロ。ブラッドは呆れたように笑い、目を閉じた。それが彼が最期に見た景色であった。
胸に深々と突き刺した刃から血が滴る。両手を伝う血の温もり。頬を寄せた父の傍で、最後の血の繋がりが事切れるのを感じていた。
「おやすみ、ブラッド・ルイス‥‥お父さん」
「先輩‥‥こんなのって」
悲しげに呟くイスネグの肩を叩く浩一。剛は目を瞑り、唇を噛み締める。
「これが結末なのだとしたら、なんと無様な事でしょう。こんな終わり、下の下と言わざるを得ません‥‥」
「男ってのは馬鹿なんだよ。どいつもこいつも‥‥大馬鹿野郎だ」
ぽつりと呟く犬彦。ティナは気が抜けたのかその場にへたり込み、深く息を吐く。
「終わった‥‥終わった‥‥のでしょうか」
「何よ、勝ったんだから喜びなさいよ。私達、勝ったんだから!」
大粒の涙を零しながら語るドミニカ。キアがそこへ声をかけようとした――その時。
「ヒイロさん、危ない!」
飛来したクナイを弾く剛。呆然としているヒイロを抱き締め後退する。襲い掛かる敵の刃を浩一が受け止め、弾き返す。
「ほう、我々の気配に気付くとはな」
「シルバリー?」
眉を潜める犬彦。ジライヤを壁にシルバリーは降り立ち、ブラッドの死体を担ぎ上げる。
「まさか、ブラッドの死体を‥‥」
「本当はそちらの小娘が良かったのだがな。まあ仕方あるまい。引くぞジライヤ」
銃を連射するキア。シルバリーは塔から飛び降り、ジライヤが周囲に霧を展開する。
「くそっ、何も見えねぇ!」
「シルバリーッ!!」
戸惑う涼。ティナは叫びながら剣を振るが、攻撃は虚しく空を切る。
「お父、さん‥‥」
「ヒイロさん? しっかりして下さい、ヒイロさん!」
抱きとめた身体を揺さぶる剛。ヒイロは緊張の糸が切れたのか、ぐったりとして意識も朦朧としている。
傭兵達も強敵との連戦で既に満身創痍である。ここから更にバグア二体を相手取る余力は残されていない。
「状況は想定していながら、阻止出来ないとは‥‥」
悔しげに呟くキア。瑠亥はそれを横目に空を見上げる。
青く輝く月に照らされる塔。一つの戦いが終わり、しかし不穏な陰りが立ち込めようとしていた――。