●オープニング本文
前回のリプレイを見る「‥‥さて、そろそろ良いでしょう? こんな所まで私を連れ出して何の御用ですか、オルグレンさん」
ブラッド・ルイスと向かい合うドミニカ・オルグレン。ここは以前から何度か彼らが足を運んでいる廃墟の一つだ。
新人教育の為、ドミニカは何度もこの無人地区に足を運んでいた。彼女がこの場所を選んだのは良く知る場所だからか、或いは‥‥」
「貴方を呼び出した理由は一つよ。ネストリング創始者にしてリーダー、ブラッド・ルイス! 貴方を捕らえ、全てを終わらせる為!」
風に髪を靡かせる二人。ブラッドは溜息混じりに肩を竦める。
「急に何を言い出すのですか?」
「ブラッド、貴方のやろうとしている事が何なのかは分らない。でもね、貴方はその為にバグアと通じている。それだけじゃない、貴女は親バグアの人間とも、或いはバグアを倒すUPCとも通じている」
「もしかして因縁をつけられていますか、僕は?」
「すっとぼけんじゃないわよ! こちとらあんたの素性を調べる為に一年半かけてんの! 見なさい、これが証拠の数々よ!」
書類の束、盗聴器で通話を録音したテープ。次から次へと物的証拠を取り出しつきつける。
「当然全部コピーよ。オリジナルは私以外一部の仲間しか知らない場所で保管中! 私が今日帰らなければ即刻UPCに提出する用意がある!」
「ほうほう。いやー、頑張りましたね。まあ、七十点という所ですか」
眉を潜めるドミニカ。ブラッドは資料を眺め、綺麗にそろえて突き返す。
「貴女と貴女のお仲間にはあれだけ情報を流出させてあげたのにこの程度ですか。貴方の頭ではこんなものか」
「‥‥‥‥何?」
「ですから、これはわざと貴女達に流出させた情報ですよ。ちゃんと調べましたか? 本当にちゃんと調べましたか? ここに書いてある事は全部でっちあげの嘘っぱちですよ?」
「な‥‥っ、う、嘘よ! だって、皆で協力して‥‥!」
たじろぐドミニカ。そう、彼女はネストリングの悪行を暴く為に同じ志を持つ仲間と共に行動してきた。
一年半の間、それを引き継いできたのだ。ルクス・ミュラーの死から始まったそのバトンは全て死と共に巡ってきた。だから間違いは許されなかった。
ネストリングに所属する傭兵の中から仲間を探し。人を疑い、信じ、慎重にやってきたつもりだ。今はネストリングの秘密部隊の一員。上手くいっている‥‥筈だった。
「そのお仲間というのは、本当に生きていますか?」
「え?」
「貴女達は必要以上の接触を避ける為、直接顔を合わせず資料の受け渡しや情報伝達をしていましたね。相手が摩り替わっている事に気付かなかったのですか?」
愕然とする。嘘だと思いたいが、ブラッドは哀れむような視線で自分を見ている。それが何よりも正確なリアルだった。
「皆を‥‥どうしたの?」
「どうしたと思いますか?」
失笑を浮かべるブラッド。ドミニカは通信機を手に取り叫ぶ。
「皆、返事して! 無事なんでしょ!? そこにいるんでしょ!?」
周囲を見渡す。しかし応答は無い。
「仲間を潜ませて、いざ僕が実力行使に出たら一斉攻撃する構え、でしたっけ? 確かに全方向から不意打ちで射撃されては僕でも避け切れませんからね」
ゆっくりと歩み寄るブラッド。ドミニカはエネルギーガンを構える。
「筋書きはこうです。ドミニカ・オルグレン‥‥貴女は親バグアを殲滅するネストリングという組織をバグアに売り渡そうとした。貴女は最初から親バグアのスパイで、僕の暗殺を目的に組織に潜り込んでいた」
「何を‥‥言って‥‥」
「しかし僕はその企みを見抜き、逆に貴女を追い詰めた。貴女の死後、貴女の悪行の数々はれっきとした証拠と共に次々に浮き彫りになる。僕はそれをUPCに提出し、ささやかな反乱は幕を下ろす」
震える両手で銃を握るドミニカ。ブラッドの挙動は穏やかだが、逃げられない事は明白であった。その時――。
「‥‥逃げろドミニカ! これは、奴らの罠だ!」
路地裏から飛び出してきた青年が叫ぶ。ライフルを構えブラッドを狙うが、その弾丸は仲介してきた第三者により弾かれる。
「マクシム‥‥どうして」
「どうしてもこうしても、彼は私の有能な片腕ですよ」
続き、先ほどとは異なる銃声。ライフルを手にしていた青年は頭を撃たれ倒れる。
「ごめんなさいブラッド。取り逃しちゃった」
「マリス・マリシャ‥‥」
マリスは青年の死体を踏みつけ笑みを浮かべる。ドミニカはすぐさま反転、逃亡を図るがマリスの銃撃がそれを許さなかった。
肩と腹を撃ちぬかれ血をぶちまけるドミニカ。負傷しつつ、しかし走り抜ける。路地に飛び込んだその姿を見送りつつマリスは銃を収める。
「言われた通り殺さなかったわよ」
「上出来です。あのくらいのダメージ、回復スキル持ちなら命に別状はないでしょう。彼らは?」
「予定通り呼んであるわ。もうすぐここに到着する筈よ」
眼鏡を外し一息吐くブラッド。そうして首を横に振る。
「最後に仕上げですね。彼らは任務に忠実です。その為ならば一般人だろうが軍人だろうがバグアだろうが関係なく戦える。では、元仲間はどうでしょうね」
「それさえも殺せるのなら、最強の正義の味方‥‥そういう事ね。でもどうするの? 彼らがそうでなかったら」
「またゼロからやり直し、ですかねぇ。難しい事ですから、失敗は付き物ですよ」
「ヒイロちゃんも失敗で済ませるの?」
マリスの問い掛けにブラッドは思案する。ヒイロ・オオガミ――あれを育てる為に随分と苦労してきた。
あらゆる愛を遠ざけ、悲しみを教え、絶望を刻み、それでも彼女は歩みを止めなかった。程よく崩壊した自我は困難を抱擁し、理想を叶えるに足るキャパシティを得たはずだ。
「今のあの子にとっては仲間が全てです。それを殺した時、彼女は自分自身の利害ではなく人類全体に対する奉仕者に進化する‥‥と、思うんですよねぇ」
「そう上手く行くかしら? あの子結構頭もきれるし、凄く優しいわ」
「その時はその時ですよ、マリス。予備は幾らでも用意してあるのだから――」
ゆっくりと歩き出すブラッド。その背中を寂しげに見つめるマリス。
「それが‥‥貴方の夢だものね」
その為のネストリング。その為の自分。
全ては正義の味方を作る為に。人類の守護者を作る為に。戦士の王を作る為に。仕上げの時は、目前に迫っていた。
●リプレイ本文
「さて、裏切り者のドミニカは殺す必要があるわけだが‥‥」
夜の闇に覆われた廃墟の中、雲の切れ間から月光が差し込む。ドミニカは傭兵達に囲まれ、ブラッドの前に跪いていた。
犬彦・ハルトゼーカー(
gc3817)はドミニカの腕を掴み、身体を持ち上げる。そして言った。
「ヒイロよ、ドミニカを殺せ」
「犬彦さん、それは‥‥!」
身を乗り出す米本 剛(
gb0843)を一瞥し、犬彦はヒイロに視線を戻す。
「正義の味方は悪を倒す者だろう?」
長い前髪の合間、鋭い眼差しを向けるヒイロ。ゆっくりとドミニカの傍に立ち、腰から下げた刃に手を伸ばす。
傷だらけのドミニカは俯いていた顔を上げる。汚れた頬に涙の筋がくっきりと見て取れた。
刀を抜く音が響く。ヒイロはドミニカと見つめ合い、刃を振り上げる。
「――ごめんね」
切っ先が月の光を弾いて揺れる。迷い無く降ろされた一撃は、一つの物語の終わりを告げていた。
●追撃
無人の都市を走る傭兵達。その目的はドミニカ・オルグレンの確保である。依頼を受けた彼らはマリス、マクシム両名と合流、追撃に当たっていた。
ジーザリオを走らせる上杉・浩一(
ga8766)。走った方が速い者は自らの足で、そうでない者は浩一の車に乗り、ドミニカの姿を探す。
「‥‥見つけましたね」
複数人の能力者らしき人影と共に怪我を庇いながら走るドミニカの背中を見つけるキア・ブロッサム(
gb1240)。隣を走る藤村 瑠亥(
ga3862)と僅かに言葉を交わし、追撃の足を速める。
「もう追っ手がかかったのか!?」
「よりによってあいつら、か‥‥。逃げなさい、貴方達が敵う相手じゃないわ‥‥私の事はもういいから!」
「そう言うわけにも行かないだろ!」
踵を返し、ドミニカを先行させる能力者達。彼らは共にネストリング、しかし今は対立する運命にあった。
襲い掛かる能力者の攻撃をやり過ごし突破する瑠亥。直ぐにドミニカ達を追い抜き、退路に立ち塞がる。
「ドミニカ‥‥やるだけ無駄なのはわかるだろうと。たかがCOP相手とは、訳が違うぞと」
「そうね‥‥確かにそう。貴方達の力は嫌って程分ってるわ。私じゃ敵わないって事もね‥‥」
傷を庇いながら呟き、それでも銃を向けるドミニカ。その瞳には悲痛な感情が乗っている。
「出来れば貴方達とはやり合いたくなかった‥‥だけど! 私ももう、仲間を失うわけにはいかないのよ!」
ドミニカを下がらせ片手剣と盾を構える女傭兵。冷や汗を流しつつ瑠亥を睨む。
「これが噂に聞いた、ブラッドの秘蔵部隊‥‥。下がりなさいドミニカ、貴女は怪我をしているのですから」
剣を胸の前で構え前進。そして瑠亥へと走り出す。
「能力者同士で争う等と‥‥道を開けなさい! 貴方達は間違っています!」
打ち合う二人。女は腕の立つ能力者だ。生半可な傭兵なら太刀打ち出来ないレベルだが、瑠亥はその例外に該当する。彼がいる限り、退路は完全に封鎖されているのだ。
「ここは我々で対処します。手出しは無用ですよ」
片手でマリスの動きを制するティナ・アブソリュート(
gc4189)。銃に手を伸ばしていたマリスだが、両手を挙げて薄く笑みを浮かべた。
駆け出し、ドミニカを守る能力者へ襲い掛かるティナ。戦闘においては傭兵側が数も実力も上であり、抵抗も虚しくドミニカの仲間は倒されていった。
「巳沢先輩、どうして‥‥あなた達はいい人だって、ドミニカさんが言ってたのに‥‥」
倒れた少年の姿には見覚えがあった。彼だけではない、ドミニカと一緒に居たのは以前依頼で訓練を共にした者達ばかりだ。
銃を下ろし拳を握り締める巳沢 涼(
gc3648)。手馴れの傭兵も元々負傷しており、倒すのにそれほど苦労は要らなかった。
「逃げろドミニカ‥‥お前、だけでも‥‥」
倒れた男に駆け寄るドミニカ。その背後、最後まで戦っていた女傭兵も瑠亥の前に膝を着く。
「それほどの力がありながら、何故‥‥貴方達は‥‥」
全員が倒れ、ドミニカだけが取り残される。少女はアスファルトに爪を立て、ぽつりと呟く。
「みんな‥‥置いてかないでよ。また私、独りぼっちじゃない‥‥」
自嘲染みた笑みを浮かべ、立ち上がる。そうして俯いたまま叫んだ。
「何でよ‥‥何でこうなるのよ! 信じてたのに! 仲間だと思ってたのに! 好きになれるって‥‥一緒に居られるって思ったのにぃいい!」
涙と悲しみで崩れた顔を上げる。笑みを浮かべ、膝を着き、両手で顔を覆った。
「分ってるわよ‥‥私が弱いから、バカだから‥‥みんなを助けられなかった。ごめんね、ルクス‥‥ごめんね、ビリー、グレイ‥‥私、だめだった。また、だめだったよ‥‥」
ドミニカから抵抗の意志は感じられない。歩き出すマリスの歩みを阻止し、ヒイロが振り返り告げる。
「彼女は私が連れて帰る。君達は戻ってブラッド君に報告して」
「うーん、そう言われても〜」
「捕まえて帰るまでが私達の仕事だよ。君達が出しゃばる所じゃない‥‥そうでしょ?」
ドミニカへ歩み寄り、胸倉を掴み上げるヒイロ。その後姿に渋々マリスは後退していくのであった。
「ヒイロ・オオガミ‥‥」
憎しみ、哀しみ、嘆き‥‥様々な負の感情をこめた眼差しを見つめ返すヒイロ。手を離すとキアと涼がドミニカを左右から拘束するのであった。
●尋問
「もう確保完了ですか。皆さんには少々簡単すぎる依頼でしたかね?」
広場にて待つブラッド。その左右にはマリスとマクシムが立つ。傭兵達はドミニカを連れ、ここまで戻って来た所だ。
「ご苦労様でした。後の事は我々に任せ、引き上げてくれて構いませんよ」
背後で手を組んだままゆっくりと歩み寄るブラッド。しかしそこへティナが立ち塞がる。
「その前に、貴方達に確かめたい事があります」
風が吹き抜ける町。ティナの銀色の髪が揺れる。ブラッドは眼鏡の向こう、赤い瞳をゆっくりと細める。
「それは、今必要な事ですか? 依頼中のこの瞬間に?」
「ええ‥‥必要な事です。今‥‥いいえ、今ではもう遅すぎたのかもしれません。私は‥‥」
目を伏せ呟くティナ。そして顔を上げ、マリスと向き合う。
「マリスさん、貴女に質問があります。供給源の依頼での事です」
腕を組み、マリスは黙っている。無言のプレッシャーを跳ね除け、ティナは口を開いた。
「‥‥マリスさん。斬子さんに何をしました?」
「何をって言うと、何の事かしら?」
「斬子さんは例の依頼の後、帰って来ていません。最後に彼女と話をしたのはマリスさん、貴女ではありませんか?」
ティナの背後より米本 剛(
gb0843)の声。眉を潜め、マリスを見つめている。
「彼女は元々ネストリングに強い不信感を持っていました。ドミニカさんや私と同じで‥‥。そして今、ブラッドさん殺害という形でそれを表に出したドミニカさんは消されそうになっている」
目を瞑りながら語り、ゆっくりと開く。ブラッドは相変わらず静かな眼差しを返すだけだ。
「‥‥もう一度訊きます。貴方達は――斬子さんを、殺したのですね?」
沈黙が場を包んだ。その静寂を打ち破ったのはマリスの笑い声だ。肩を揺らし、首を横に振る。
「ティナちゃん、それはただの言い掛かりよ。斬子ちゃんが帰ってこないのは心配だけど、それを私達の所為にするのはお門違いでしょう?」
「貴方達は‥‥!」
「何か証拠でもあるの? お話にならないわよ、ティナちゃん。少女の愛らしい妄想は、日記帳の中だけに留めておきなさい」
唇を噛み締めるティナ。確かに証拠は何一つない。鎌をかけたつもりだが、相手が不動なのでは打つ手も無し。
「ですが‥‥貴方達が真実を口にしているという証拠もまた、無いのではありませんか‥‥?」
片手で髪を梳きながら語りかけるキア。前に出てティナと肩を並べる。
「仮に貴方に嘘‥‥おありとしましたら。今度は私達の誰かが彼女と同じになる可能性もある‥‥そう思いませんか?」
ティナの肩を叩き、そのまま抱き寄せる。
「少なくとも、彼女は不信感を抱いている‥‥。誤解だと言うのなら、せめて解いては如何? それが契約の最低条件‥‥ですよ」
「仰る事は分りますが、では何を誤解していると言うのですか? 身に覚えが無い立場としては、何を弁解すべきかも分りませんよ」
微笑と共にそう返すブラッド。暫くの間キアと見詰め合っていたが、溜息と共に歩き出す。
「さあ、悪ふざけはそこまでにしましょう。道を開けてください、お嬢さん」
「‥‥確かに証拠はないわ。だけどね、状況証拠だけなら幾らでもあるのよ」
声は二人の背後、傭兵達に囲まれているドミニカからの物だ。俯いたまま、ゆっくりと語り出す。
「もう二年近く前になるわ。忘れたとは言わせない‥‥ルクス・ミュラーという傭兵が居た事」
無言で立ち止まるブラッド。その名に聞き覚えがある者もここには少なくない。
「彼女が最初だった。難しくない依頼の筈だった。だけどルクスは死んだ。何故か? 予想外の敵が紛れ込んでいたからよ」
その場に同行したドミニカは見た。仮面とマントをつけた敵。あの時はバグアだと思った‥‥だが。
「デューイ・グラジオラス‥‥覚えてるわよね? メリーベル・エヴァンスは?」
「覚えていますよ」
「ビリー・ミリガンは? グレイ・ターナーは?」
「彼らの事は残念でした」
歯軋りするドミニカ。口の端から血が流れる。
「皆ネストリングの傭兵だった。貴方を信じて戦ってた。だけど皆死んだ。わけのわからない理由で、場所で‥‥!」
死んだのは彼らだけではない。疑いを抱いた者は皆死んだ。何より異常なのは、ネストリング出身の強化人間が多すぎる事。
「ネストリングって組織は初心者支援組織じゃない。あんた達はヨリシロや強化人間に相応しい人材を得る為にバグアと通じていた。この組織は! その成り立ちから親バグアそのものなのよ!」
「ですから!」
初めてブラッドが大きな声を出した。そして。
「何の証拠があると言うのですか。誹謗中傷も甚だしい。貴女には失望しましたよ、ドミニカ・オルグレン」
片手を挙げるブラッド。溜息を一つ、銃を抜いてマリスが歩き出す。
「まぁ待て。それじゃ何の意味もないだろうが」
語りかける犬彦。そうして咳払いを一つ、口を開いた。
「さて、裏切り者のドミニカは殺す必要があるわけだが‥‥ヒイロよ、ドミニカを殺せ」
「犬彦さん、それは‥‥!」
「正義の味方は悪を倒す者だろう?」
制する剛の声。ヒイロは差し出されたドミニカの前で刀を抜き、それを振り上げた。
「――ごめんね」
切っ先が光を弾く。きつく目を瞑るドミニカだが、痛みはいつまでもやってこなかった。
刃はアスファルトに突き刺さっている。ヒイロはドミニカを抱き締め、その頭を撫でていた。
「もっと早く気付いてあげられればよかったね。一人でよく頑張ったね。ごめんね‥‥ありがとうね」
「ヒイ、ロ‥‥?」
呆然と呟くドミニカ。その涙を拭い、ヒイロは微笑む。
「オオガミさ」
「説明して」
ブラッドの言葉を遮り呟く。そうして振り返り、男を睨み付けた。
「説明して、ブラッド君」
身体を動かすマリス。それに反応しヒイロは刃を突きつける。
「お前じゃないんだよ。私はブラッド君と話をしている」
「落ち着いてヒイロちゃん。全ては無根拠な妄言よ。貴女がここで暴れても何の意味もないわ」
「友達を殺すよりはいいよ」
互いに一歩も引かず睨み合う二人。その時、一発の銃声が轟いた。
「あぐっ、うぅ‥‥っ」
血が溢れる肩を押さえ悶えるドミニカ。銃を向けているのは涼だ。
「俺がやる」
「涼君‥‥?」
「ヒイロちゃんがやる必要はねぇ。俺がやる。お前らに殺されるくらいなら‥‥俺が」
振り返るヒイロ。涼は銃口の先、震えているドミニカを見つめる。
「すまねぇ、ドミニカちゃん‥‥」
「待っ」
ヒイロが叫ぶより早く銃声が轟いた。胸を撃たれたドミニカの身体がゆっくりと倒れ、動かなくなる。
瞳を驚愕に見開き、ヒイロは固まっている。アスファルトに広がる血を眺め、イスネグ・サエレ(
gc4810)は口を開いた。
「即死だな‥‥」
重苦しい沈黙が場を支配していた。傭兵達も、ブラッド達も、黙って結末を見届けている。
「死んじゃった」
ぽつりと呟くヒイロ。崩れ落ち、膝を着く。
「ドミニカちゃん、死んじゃった‥‥また、守れなかった‥‥」
「なんと言う事を‥‥」
額を押える剛。乾いた風が吹き、ヒイロの小さな背中に押し寄せる。
「‥‥ご苦労でした、巳沢さん」
「来るんじゃねぇ!」
ブラッドに叫びながらドミニカを抱き上げる涼。そして顔だけで振り返る。
「依頼には連れ戻した後死体を渡せなんてなかった。彼女は俺達で埋葬する‥‥それが仲間としてせめてもの手向けだ」
銃をホルスターに収め肩を竦めるマリス。イスネグと剛が崩れ落ちているヒイロを立たせ、キアとティナはブラッドを一瞥。次々と傭兵達は立ち去っていく。その時。
「――待ちなさい。どこへ行くと言うのですか?」
ブラッドの声に足を止める傭兵達。マリスは口元に手をやり笑っている。
「ドミニカさんの身柄は我々で預かります。能力者が能力者を討ったのです、組織の責任者として相応の手続きが必要ですから」
背を向けたまま黙る傭兵達。ブラッドは歩み寄る。
「どうしました? さあ、渡しなさい。それとも何か、渡すと不都合があるのですか?」
「限界、ですね」
ぽつりと呟くイスネグ。振り返り身構える傭兵達。ブラッドは眉を潜める。
「やはりですか。これはどういう事なのか、説明していただけますね?」
「説明する程の事なんかあるかよ。俺は仲間を裏切らないし見捨てない‥‥それが俺の選んだ道。俺の信じる、俺の正義だ!」
振り返り叫ぶ涼。一斉に動き出す傭兵達。その刹那、彼は道中の事を思い返していた。
●正義
「俺はドミニカさんを殺したくない。ドミニカさんだけじゃない。今回の依頼、誰も死なせはしない」
現地へ向かう高速艇の中、傭兵達は最後の相談を交わしていた。浩一は前のめりに腰掛け、両手を組んで居る。
「ドミニカさんも、彼女を守ろうとする子も、ブラッドさんに付く人も、ネストリングの面子も‥‥。問題の先送りに過ぎないかもしれない。それでも俺は‥‥」
「私も同感です。だってそうでしょう? ドミニカさんがスパイでした、だなんて‥‥いきなり信じられる訳がありません。証拠もブラッドさんなら幾らでも捏造出来るでしょうしね」
微笑むティナ。涼は握り締めた拳を見つめ、目を細める。
「ドミニカちゃんの手紙には、俺達を信じたいと書いてた。だったら俺もあの子を信じるさ」
「先輩はどうですか? ドミニカさんを生かしたいですか?」
「イスネグ君が、ヒイロにそれを訊くのですか?」
柔らかく微笑むヒイロ。イスネグはそれに笑い返す。
「彼女を盲目的に信ずる事は危険でしょう‥‥。だからこそ、両者の話を聞く場が必要になります」
「キアちゃんも手伝ってくれるですか?」
「手伝うというか‥‥確かめたいだけ、ね。彼女がブラッド氏の本性を暴いてくれるなら、と‥‥」
「ありがとーです、キアちゃん!」
ヒイロに抱きつかれるキア。なんとも言えない表情を浮かべ、天上を見つめる。
「話をする事自体は、そう難しくないかと‥‥。即座に始末するのであれば、手元の二人で事足りますし‥‥」
ヒイロをひっぺがしながら語るキア。剛は腕を組み、過去を懐かしむように瞼を閉じる。
「何だかんだで楽しく騒いだネストリングには、もう戻れないのですかねぇ‥‥」
「米本さん‥‥」
寂しげに微笑む剛。ティナの言葉に首を横に振る。
「分っているのです。自分も『覚悟』をして臨みましょう。しかし自分は清濁併せてこの組織の方々を好ましく思っているのです」
剛の語る言葉にこれまでの戦いを思い出す傭兵達。約半年の間、彼らは間違いなくネストリングであり、仲間であった。
「故に自分にとってこれは、友人と友人を天秤にかけるような行いです‥‥では何がしたいか? 自分でも確信は持てていませんが‥‥」
一同を見渡し、そして寂しげに微笑む。
「また皆さんで笑い合えればどんなに素晴らしい事か‥‥しかしそれは、既に過ぎ去った光景なのでしょうね」
「そんな事ないよ。これからだよ、全部」
剛の手を取りヒイロは頷く。
「皆で紡いできた物語なら、悲しい終わり方を避ける事だって出来る。もう一度皆で笑う為に、今出来る事をやらなきゃ」
「ドミニカ、ブラッド、うちら‥‥どれかが悪なのではなく、これはお互いの正義のぶつかり合いだ。うちはうちの正義を貫く。ドミニカは死なせ無いし、ブラッドの夢も叶えてやる」
槍を抱き目を瞑る犬彦。ヒイロはその頭をなでなでして蹴られている。
「あんたはどうなんだい?」
一人外れた所で黙っている瑠亥。涼の声にゆっくりと目を開く。
「さて、どうするか‥‥な」
「これから俺達がしようとしている事はいわば裏切りだ。無理強いは出来ないな‥‥」
呟く浩一。ヒイロは首を横に振り、瑠亥へ歩み寄る。
「大丈夫だよ。きっと瑠亥君は助けてくれる。だって、友達だもん」
顔を覗きこみ無邪気に笑うヒイロ。瑠亥はそこから目を逸らし、小さく溜息を零した――。
「ふふ、ふふふ‥‥あははははっ!」
目尻に涙を浮かべ笑うマリス。対照的にブラッドの表情は鋭い怒りを帯びている。
「最後の警告です。引き返しなさい」
「嫌だね!」
冷や汗を浮かべながら笑う涼。次の瞬間動き出そうとしたマリスとマクシムを前にイスネグが声を上げる。
「ちょっと聞いて欲しい事があるんだね。歌スキルって無音でも効果あって、で今の話の最中私は君らに混乱の歌をかけたんだな」
眉を潜めるマリス。イスネグは言葉を続ける。
「信じられない? では、ゴーグル取って髪で口元を隠したのは? さっきまで無言だったのはおかしいと思わなかった? 私を撃ってもいいけど、ブラッドさんが死ぬかもね」
首から提げたゴーグルを指先で持ち上げるイスネグ。一瞬停止した場で彼は語る。
「貴方達が先輩に何か企んでいて、我々は使い捨てなのは以前の任務や斬子の件から薄々感じていたけど‥‥今回で確信したよ。でなければマリスがドミニカを逃がす筈がない。貴方達はドミニカを利用して、先輩が我々を殺せるか検証したんだろう?」
いつに無くシリアスな表情で身を乗り出すイスネグ。そしてブラッドを睨みつける。
「そろそろ頃合でしょ。ブラッドさん、真実を教えて」
ぷるぷると震えるマリス。それから腹を抱えて笑い始めた。
「あはははは! ブラッド、あはは! もういいんじゃないの、あははは!」
「確かに、頃合かもしれんな」
頷くマクシム。ブラッドは眼鏡のブリッジを中指で押し上げる。
「言った筈です。私の目的は正義の味方を作る事だと」
眼鏡越しの瞳は何故か悲しげだ。そして男は問う。
「皆さんはこの世界が‥‥幸せな世界だと思いますか?」
いつぞやと似た質問。浩一は眉を潜める。
「私はそうは思わない。だから理想の世界を作り上げる。悲しみのない世界。理不尽のない世界。人と人とが分かり合える世界を」
「その為に先輩を利用するんですか」
「彼女にはその責務がある。大神の名を継ぐ者として。彼女がそうであったように、彼女達がそうであったように。正しさを振り翳す存在である義務が!」
次の瞬間、イスネグをマリスの銃弾が襲った。間に割り込んだ剛が防いだが、向こうは平然としている。
「私達相手にブラフを仕掛ける度胸は素敵ね。だけど相手が悪すぎよ、イスネグ君。私達は人を騙して殺すのが仕事。呼吸をするみたいに嘘を吐く。頑張ったのは認めてあげるけど、詐欺師としては三流ね」
マリスが動き出した瞬間、傭兵達の背筋を悪寒が走った。殺意を隠そうともせず突っ込んで来るあれとまともにやり合えば犠牲は必至である。
すぐさま動いたのはキアだ。背後の三人、特にマリスに対し重点的に制圧射撃を行なう。更に浩一は刃を振り上げ跳躍し襲い掛かる。
「引くぞ!」
声を上げながら十字撃を放つ。狙いは雑だが互いに距離を分断出来れば構わない。続け閃光手榴弾を投げ、踵を返し走り出す。
「上杉さん!」
同じく閃光手榴弾を投げながら声をかけるティナ。制圧射撃を切り上げたキアと共に走り出すが、その真横に一瞬でブラッドが回りこむ。
目を見開くキア。反応するよりも敵の方が遥かに速い。煌きとしか感じ得ぬ斬撃、それを防いだのは瑠亥であった。
尋常ならざる速度で打ち合う二人は一歩も引かぬ戦いを繰り広げる。その一瞬で何とか離脱したキアは振り返り瑠亥へ声をかける。
「藤村さん‥‥!」
一瞬だけ目配せしブラッドとの戦いに集中する瑠亥。彼でなければブラッドは止められない。
「――案外ここで御別れやも、ね」
道中、キアは瑠亥の隣を走っていた。場合によってはネストリングという組織そのものと戦う事になるかもしれない。もし瑠亥がただ任務に従うのであれば、対立も在り得るだろう。
「さてな。長い付き合いになるやもしれんぞと‥‥」
瑠亥を見やるキア。彼もまた、他の傭兵と同じくブラッドについては疑わしく感じていた。前回の依頼の事もあり、信じるか信じないかと言われれば、既に偏り始めてはいる。
「‥‥お前は信じるのか? ドミニカを」
「そう言うつもりは無かったのですが、ね‥‥」
仲間なんて言葉は余りにも安っぽい。信じたつもりはないし、彼らが言う程熱い気持ちを共有出来たとは言えない。だが‥‥。
「安易に持たぬは‥‥信を貴重と知る故に。彼女がそれを示すというのなら‥‥私は」
上手く言葉には出来ないし半信半疑。それでもこうして走っている。
「貴重な物であればこそ、守る物でもある、と‥‥」
「何にせよ馴れ合いは無しです。お互い、信じる物の為に動きましょう‥‥」
瞬く間に何度刃が交わるのか。お互いの攻撃はお互いを捉え切れない。闇の中、数多の斬撃が空を切り裂く。
「言われるまでも無い、と」
「そこを退きなさい、藤村さん!」
「聞けない相談だ」
二人の戦いを抜け、マリスとマクシムは近づいてくる。ブラッドの力は瑠亥でも互角、残り二人は抑え切れない。
「結局こうなってしまったか」
溜息を漏らす犬彦。その隣を剛が走る。
「誰も殺させはしませんよ。ドミニカさんも‥‥マリスさん、貴女も!」
走りながら銃を連射するマリス。その攻撃を犬彦と剛が抑える。一方イスネグは涼が抱えているドミニカを走りながら治療していた。
「こうなった以上仕方ねぇ! 何としても逃げ切るぞ!」
「そう行きたい所ですが、敵はあの三人だけではないみたいなんですよね」
冷や汗を流すイスネグ。彼らの進行方向上、新たな人影が三つ。ティナは思わず息を呑んだ。
「あれは‥‥シルバリーとジライヤ!?」
「バグアじゃねえか! どうなってやがる!?」
叫ぶ涼。浩一とティナは前に出てそれぞれのバグアと刃を交えた。
「全く、ブラッドの不始末に付き合わされるとはな」
「シルバリー・ウェイブ‥‥どうして貴方がここに!」
「ふん。お嬢さんなら薄々感づいていたのではないかね?」
二対の刃でシルバリーと交戦しつつ思い返す。そう、辻褄は合ってしまう。これまで倒してきた敵の事、この状況の事。
「最初から‥‥最初から、貴方達が!」
戦闘を避け突破を試みる涼とイスネグ。その前方、全身を漆黒の鎧で覆った少女が立ち塞がる。
巨大な斧を引き摺り猛然と襲い掛かる影。一撃はアスファルトを粉砕し、瓦礫を飛散させる。
「次から次へと何なんだ!」
「この感じ、まさか‥‥」
「くず子‥‥? くず子、なのですか?」
呆然とするイスネグとヒイロ。涼はもう一度異形を見据える。
「おい、嘘だろ‥‥なんだよ、それ」
獣の様に荒く呼吸を繰り返し、雄叫びを上げ突進する影。ヒイロは刀を手に迎え撃つ。
「くず子、止めて! 私達がわからないの!?」
黒い斬撃を放つ影。ヒイロはそれをかわしながら接近、刃と刃で二人は打ち合う。
状況は圧倒的に切迫していた。ネストリングの傭兵三人と強力なバグア二人、そして九頭竜斬子による挟撃。傭兵達はドミニカを抱えている事もあり、まともに応戦も難しい。
「諦めて大人しく戻ったらどう? 今なら許してくれるかもしれないわよ」
二丁拳銃を手に至近距離で犬彦と戦うマリス。ティナはシルバリーと戦いながら叫ぶ。
「正義の味方とは理想に生きる者‥‥仲間を殺す為に戦う訳じゃない!」
「我々とドミニカさんの安全を保証してくれるのなら話は別ですが」
「それは無理ね〜」
「‥‥ですよね。私の正義は先輩と共にある。ドミニカさんは死なせない」
イスネグの声に肩を竦めるマリス。零距離射撃で犬彦を圧倒し跳躍、剛を蹴り飛ばし強引に突破してくる。
「貴方達が大事にしているその正義って奴、壊したらどんな顔するのかしらね?」
「やらせはしません! 誰も死なせないと、そう誓ったのです!」
「私の命に賭けても、ドミニカさんを守る!」
マリスへ襲い掛かる剛とイスネグ。しかしマリスの強さは圧倒的だ。二人係りでも足止め出来ない。
「巳沢さんだけでも逃げるんだ!」
「それはナンセンス。拙者、誰も逃がすなと命じられてマース」
ジライヤに斬りつけらる浩一。誰も涼をサポート出来ない。きつく目を瞑り、再び走り出す。その進行方向を斬子が塞ぎ、斧を振り上げた。
「しま――っ!?」
ドミニカを抱き締める涼。しかし一撃は阻止されていた。
「ギリギリセーフ」
赤い槍で斧を受け止める女の背中。続け駆け抜けた風がジライヤを斬り付ける。
「全く、どういう状況だこれは。説明はあるのだろうな?」
「天笠さん‥‥?」
ぽつりと呟くイスネグ。天笠隊より私服の天笠と高峰が参戦、傭兵達の援護を開始する。
「来てくれたか‥‥ありがとう」
「礼を言うのは終わってからだ。貴様らをたっぷり尋問してやる‥‥覚悟しておけ」
小さく息を吐く上杉。彼はいざという時に備え、天笠隊に連絡を入れていたのだ。実際にここまで来たのは二名だけだが、十分な援軍となった。
「状況はわかりませんが、貴方達がドミニカを守ろうとしている事は理解しました。我々も加勢します」
「お前らに殴られた所為でクラクラしてるが、寝てる場合じゃないな」
更に先に倒したドミニカの仲間が合流。彼らにも死者は居らず気絶していただけなので、戦う余力は残っている。
「巳沢先輩、こっちです! 皆さんも早く!」
少年が手を振っている方へ走り出す傭兵達。彼らの背中には天笠隊とネストリングの戦士達が立ち塞がる。
「隊長に休暇潰され連れて来られたのよね。どう責任取ってくれんの?」
「この数‥‥厄介だな」
槍を回す高峰に舌打ちするシルバリー。一方、ブラッドと戦う瑠亥の元にも助勢が現れていた。
「よお藤村さん。一人で頑張ってんね」
ブラッドから距離を取り振り返る。瑠亥はそこで小首をかしげた。
「朝比奈‥‥何故いると」
「まぁなんつーか、責任取りに? そう言うわけだから、こいつ引き受けるわ」
刀を抜き構える朝比奈。ブラッドは不愉快さを隠そうともしない。
「朝比奈‥‥僕を裏切るつもりですか」
「悪いなブラッド。刀狩り倒しちまったからよ。もうお前からの情報、いらねーわ!」
刃を交える二人。朝比奈は戦いながら声を上げる。
「向こうもヤバい事になってる! こっちは何とか逃げおおせるから、行ってやんな!」
刃を収める瑠亥。何も言わず背を向け、一気に走り出すのであった。
騒動は急加速し、乱戦へと発展した。多数の援軍を得た傭兵達は何とか敵を振り切り街からの離脱に成功する。そして――。
「うぁああん! 皆ごめんなさいぃい! 助けてくれてありがどぉおお!」
目を覚ましたドミニカは号泣していた。夜の草原に敵の姿は見えず、どうやら何とか乗り切ったらしい。
「涼に殺されるかと思ったぁあ! うわーん!」
「いや、あれは演技‥‥ドミニカちゃーん?」
「というか離れてください、鼻水が‥‥」
キアにすがり付いて泣くドミニカ。涼は後ろの方で小さくなっている。
「しかしまさか全部出てくるとはな‥‥ブラッドめ」
額に手を当てる犬彦。ティナは草原に座り込み、難しい表情で沈黙を保っている。
「それにしても、あれは本当に斬子さんだったのですか?」
「間違いないと思います。先輩もそう言ってますし」
困惑する剛。イスネグは振り返り、遠巻きにヒイロの背中を見つめる。
「ヒイロさん‥‥」
背中に呟く浩一。離脱してからヒイロはずっと一人で空を見上げている。とても声をかけられる様子ではなかった。
「正義の皆さんお疲れ様です」
そこへボロボロの高峰が歩いてくる。彼方此方から血を流したまま一同を眺め。
「悪いんだけど、話を聞かせて貰える? ネストリングについて、そして君達がして来た事について。隊長とその他大勢は向こうで待ってるわ」
全員疲れきっていたが、まだやるべき事が残っている。その為にそれぞれ先の話を記録する工夫をしてきたのだから。
その後、傭兵達はUPCにて取調べを受ける事になった。
ネストリングと呼ばれた組織は一夜にして消滅。事件の首謀者であると目されるブラッド・ルイスも行方不明。それがこの依頼の結末であった。そして――。
「我々はブラッド・ルイスを追撃する。事件の責任全てがお前達にあるとは言わないが、その一端を担ったのも事実。悪いが最後まで付き合ってもらうぞ」
取調室で俯くヒイロ。天笠は腕を組み語りかける。
「ネストリング、そしてブラッドは危険すぎる。お前達にはその討伐の先陣を切ってもらう。我々はネストリングを殲滅する」
「それが‥‥責任を取るって事なんだね」
「そうだ。それで漸くお前達の容疑は晴れる。逃れられるとは思わない事だな」
ゆっくりと顔を上げるヒイロ。そうして寂しげに微笑むのであった。