タイトル:【NL】嘘の終わりマスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/11/13 11:15

●オープニング本文


●嘘吐き七人
「――というわけで、ネストリング内に新しいチームを作る事にしました」
 LHの雑居ビルにある小さなネストリングの事務所。クラッカーを鳴らすブラッドの前に数人の傭兵が立って居る。
「チームって‥‥どういう事ですの?」
 腕を組み首を傾げる九頭竜斬子。ブラッドはクラッカーの中身を片付けながら語る。
「ご存知の通りネストリングは初心者支援組織です。しかし同時に裏で色々と動いているわけです」
 それは既に言われるまでもない事だ。故にこの場の共通認識として遠慮なく彼は公表する。
 初心者支援組織を名乗りながら親バグアを狩り、強化人間を狩る組織。それがネストリングのもう一つの顔なのだ。
「そうあっさり認められると困りますわね」
「くず子は細かいですねー。ヒイロはずっと知ってたですよ? ね、ブラッド君」
 斬子の隣、腰に手を当て笑うヒイロ・オオガミ。その視線は以前と違って異質な鋭さを孕んでいる。
「元々初心者支援そのものが優秀な傭兵を引き抜いて共に戦ってもらう為ですからね。そして今ネストリングは人材不足なのです」
「‥‥で、新しい戦力を、か」
 壁に背を預け呟くマクシム・グレーク。ソファに腰掛け、マリス・マリシャが笑う。
「思えばずっと人材不足よね〜。デューイ君にメリーベルちゃんに、ルクスちゃん。優秀な人材が三人もいなくなっちゃったし〜」
 目を瞑るヒイロ。『それをお前達が言うのか?』、そんな言葉は飲み込んだ。
「まあ空いた穴は九頭竜さんとオオガミさんが埋めてくれるでしょう。二人とも十二分に立派になったようですしね」
「このクソメガネ‥‥」
 これまで散々な仕打ちを受けてきた斬子は拳を握り締める。ヒイロはぽてちを食べていた。
「それで、ヒイロたちは何をするですか?」
「実は外部からも戦力を補強しようと思いまして。手が開いていてかつ優秀な能力を持つ傭兵を組織に入れようと思っています。皆さんには彼らと戦い、その戦闘力がオーダーに相応しいかどうかをテストしていただきたい」
「つまり、傭兵達と戦えって事ですの?」
「ええ。ですがライ‥‥ジン‥‥だかなんだか良く分かりませんが、高性能なシミュレーターを借りました。シミュレーターなので大丈夫です」
 口元を歪めるように笑うブラッド。斬子はその様子を一瞥、隣のヒイロを見やる。
「ま、なんでもいいですわ。要するにこれから仲間にする人達と戦えばいいんですね?」
「そう言う事です。八人入れる予定ですので、こちらからは九頭竜さんとオオガミさん、それからマリスとマクシム‥‥そして僕と」
 ブラッドがそこまで言った所で扉が開き、更に二名事務所に入ってくる。一人は大剣を背負った男、もう一人は眼鏡を掛けた少女だ。
「ういーっす。六人目が俺だ」
「朝比奈君だーっ! 朝比奈君ネストリングなの?」
「いやバイトだ。そして馴れ馴れしいなチビ」
 ヒイロの頭をぐりぐり撫でる朝比奈夏流。その隣で少女は周囲をぐるりと眺める。
「初めましての人がいるみたいね。あたし、ドミニカ・オルグレン。クラスはエレクトロリンカーね」
 これで七人。傭兵達はそれぞれ笑みを浮かべるが、その笑顔は偽りである。
 全員が全員、本来の目的を果たす為にこの場を利用している。故に彼らは仲間であり、同時に踏み台でもあった。
「さて、仲良くやりましょうかねぇ?」
 立ち上がったブラッドが肩を竦める。それが嘘の終わり、そして新しい嘘の始まりであった。

●猜疑心
 彼女の人生がおかしくなったのは、あの地下発電所での一戦からだ。
「何でこんなに敵が‥‥!」
 簡単な任務のはずだった。薄暗い施設の通路を少女は傷を庇いながら走っていた。
「それにしてもウザったいわね。蜘蛛みたいなキメラがウジャウジャ」
 その少女の背後、殿を走る赤髪の少女。身の丈程の大剣を引き摺り、後方を警戒している。
「ドミニカ、あんた回復は?」
「一応やった。でも他の子にかけすぎたみたい、錬力が‥‥」
「しょうがないわね。あんた、人の心配する暇があったら自分の心配しなさいよ」
 足を止め振り返る。背後の少女はいつの間にか剣を構えていた。
「追っ手はあたしに任せなさい。あんたは怪我人を連れて脱出して」
「ルクスは? あんた一人でどうするの!」
「あたしを誰だと思ってんのよ。こんなの一人で余裕!」
 彼女との付き合いは長くない。だが、その強い笑顔にはいつも救われていた。
 実際彼女は強かった。ネストリングに新人としてやってきて、直ぐに頭角を現した。ブラッドも彼女をいたく気に入っていた。なのに――。
 闇の中に走り去った彼女は帰らなかった。その笑顔を見る事はもう二度となかった。

「ビリーが‥‥死んだ?」
 友を失って暫く経った頃、再びドミニカは友人の死を知った。
 ビリー・ミリガン。新人の頃から一緒にやって来た傭兵だった。気は弱かったが優しく、仲間を何より大事にした。
「‥‥酷い死に様だった。お前は知らない方がいい」
「そんな‥‥どうなってるの‥‥」
 ドミニカの隣に立つ少年は空を見上げる。そうして怒りを湛えた瞳で呟いた。
「この組織は、何かおかしい。ビリーだって、危険の少ない任務だって言ってたんだ。俺は、ネストリングを調べてみる」
「ネストリングをって‥‥グレイ、あんた‥‥」
「同期で生き残ってるのはもう俺とお前だけだ。ただの偶然だと思うか?」
 その問いに答える事は出来なかった。もしその時彼の力になれたなら、結末は変わっただろうか?
 グレイが強化人間にずたずたに引き裂かれ、無残な姿で発見されたのはその暫く後の事だった。

 ――もしも自分がもっと上手くやれていたのなら、運命は違ったのだろうか?

「ブラッド・ルイス‥‥何をするつもりかは知らないけど」
 これまで頑なに外部の人間を拒絶してきたブラッドの心変わり。それが何を意味するのか、ドミニカにはわからない。
「でも、これは好機」
 大人しいフリをしてこれまで素直に付き従ってきた。そうして今回の件に呼ばれるくらい信頼を得られた。
「暴いてやる、あんたの嘘を」
 誰が信じられて誰が信じられないのかはわからない。だから一人でやるしかない。
 まずはあの七人を疑う。そして新たな八人を疑おう。
 疑って疑って、その先に真実を掴んで見せる。その為に自分は今、生きているのだから――。

●参加者一覧

藤村 瑠亥(ga3862
22歳・♂・PN
上杉・浩一(ga8766
40歳・♂・AA
米本 剛(gb0843
29歳・♂・GD
キア・ブロッサム(gb1240
20歳・♀・PN
巳沢 涼(gc3648
23歳・♂・HD
犬彦・ハルトゼーカー(gc3817
18歳・♀・GD
ティナ・アブソリュート(gc4189
20歳・♀・PN
イスネグ・サエレ(gc4810
20歳・♂・ER

●リプレイ本文

●参戦
「皆さんようこそ、ネストリングへ!」
 クラッカーを鳴らし、両腕を広げて歓迎するブラッド。しかし空気はかなり微妙だ。
 一度ネストリングの事務所に通された傭兵達。中には何度かネストリングの依頼を受けている者の顔もある。
「あらら、面白くなかったですかねぇ。これ、身内でもウケが悪くて。初めまして、ネストリング代表、ブラッド・ルイスと申します」
 微妙な空気再び。妙に明るいブラッドの声だけが浮いている。と、上杉・浩一(ga8766)がその挨拶に応じた。
「俺は上杉という。以後、よろしく頼む」
 それを皮切りに一応挨拶が交わされる事になった。それぞれが軽い自己紹介を終え、ブラッドは手を叩く。
「では早速試験会場に移動しましょうか。何でも最新鋭のシミュレーターで、凄い性能らしいですよ。楽しみですねぇ」
 そんなブラッドに続きぞろぞろ歩き出す傭兵達。その背中を見やり、巳沢 涼(gc3648)は面白く無さそうにごちる。
「ったく、相も変わらず胡散くせぇ組織だぜ」
「清く正しくをモットーに他言無用で詮索不可ときたもんだ、矛盾しすぎだろ」
 その隣を歩きつつ、犬彦・ハルトゼーカー(gc3817)が片目を瞑り笑う。浩一もこの組織の異質さには気付いている。
「‥‥やはり、普通ではないらしいな。大丈夫なのだろうか」
 というのは、自分達の事ではなくヒイロや斬子の身を案じた言葉である。
 二人はこれまでに幾つも修羅場を超え、成長してきた。それは傍で見守ってきた彼もよくわかっている事だ。
 しかしそれ以上にこの組織の持つ特殊性には嫌な予感がする。二人にはまだ早いのではないか‥‥それは親心という物だろう。
「というか、何故来てしまったんですの?」
 歩調を傭兵達に合わせ、問いかける斬子。彼女にしてみればこの展開はあまりよろしくない事だ。
「斬子さんは久しぶりに会ったら随分強そうになったね」
 イスネグ・サエレ(gc4810)はのほほんと笑いながらそんな事を言う。斬子はその後頭部を軽く小突いた。
「貴方こそいつになく気合が入ってるんじゃなくって?」
「でも、この中では私の存在はヤムチャっぽいです。少し泣けます」
「ヤムチャって‥‥飲み食いするんですの?」
 そんなやりとりの横、ティナ・アブソリュート(gc4189)は目を細め、眉間に皺を寄せて何かを凝視している。
「‥‥どうした?」
「いえ、何か‥‥あのシルエットに見覚えがあるような気がして」
 浩一の言葉にマリスの背中を指差すティナ。慌てて涼が身を寄せてくる。
「やっぱりそうか? 似てるよな?」
「何がだ‥‥?」
「上杉さんも一緒だったじゃないですか、ほらっ」
「ジーザリオが撃たれてたろっ」
 二人に左右から話しかけられ思い出す浩一。しかし思い出したのは穴の空いた愛車で、ちょっと沈んだ。
 他がそんな話で盛り上がっているのを横目に、キア・ブロッサム(gb1240)は無駄口を叩かず歩いている。
 やけに仲が良さそうにしているが、キアは彼らとつるむつもりはなかった。
 勿論、作戦行動上必要とされる連携というものはある。しかし今は仕事の最中ではないし、輪に加わる必要性も感じなかった。
 すました様子でスタスタ歩いているキア、それを藤村 瑠亥(ga3862)だけが目で追っている。米本 剛(gb0843)はその隣りに並び、声をかけた。
「心配、ですかな?」
「‥‥いや。俺が心配するまでもないだろう」
 目もあわせず並んだまま言葉を交わす二人。剛は頷き、正面を歩いているヒイロの背中を見やる。
 彼もまた、ヒイロの成長を見つめてきた一人だ。そこに思う所はあれ、立派に歩くその背中に加減をしようとは思わない。
 剛の視線に気付いたのか、振り返り手をぶんぶん振るヒイロ。剛は軽く手を振り返し、瑠亥は微かに鼻を鳴らすのであった。
「まあいい、ヒイロちゃんが行くなら俺も行くまでだ」
 後頭部を掻きながら呟く涼。犬彦はその声に頷く。
「ネストリングに入れば、強い相手には事欠かなさそうだ」
 その頷きの意味は、同意とは少し違っていたが。

 傭兵達が諸々の手続きや準備、作戦会議等を終え仮想空間に降り立ったのは二時間ほど後の事だ。
 荒涼とした無人の世界。壊れかけた街、それだけがある世界。傭兵達はそこに次々に足を踏み出す。
「ついにブラッドさんの眼鏡を合法で割れる日が‥‥!」
 拳を握り締め笑うティナ。その隣りに並び、剛は眼鏡を光らせる。
「不肖ながら自分がリーダーを務めさせて頂きます。皆さん、自分の代わりに‥‥是非とも『きつい』一撃を!」
「おう、任せてくれ!」
「奴の鼻っ面を圧し折ってやろう」
 武器を掲げて応じる涼と犬彦。浩一は眠そうにしていた。
『皆さん準備は宜しいですか? 不具合があれば直ぐに申し出て下さいね』
 と、突然一行の前に映像の切り抜きが現れる。ブラッドは軽く手を振り笑いかけてくる。
「ブラッドさん、例の録画を頼みます」
『ええ。あ、試験に合格して身内になってくれないとお見せできませんけど』
 頷く浩一。彼はブラッドに今回の試験の様子を記録するよう依頼していた。
『何やってるのヒイロもやる! ヒイロもうつる!』
『ちょっといいですの‥‥ちょ、ヒイロさん邪魔‥‥』
 数秒ばたばたした後、今度は斬子が移りこんだ。
『言っておきますけど、わたくしは貴方達の参加は認めませんから。こんな胡散臭い依頼にホイホイ入ってくるなんて、どうかしてますわ!』
「それは斬子さんにも言える事なんじゃ‥‥すいません」
 凄く睨まれたので、もう何か言われる前にイスネグは黙った。
『兎に角、ボコボコにして不合格にしてあげますわ。覚悟なさい!』
『ヒイロね、勝ったらカレーおごってもらう!』
「先輩‥‥」
 まだ画面の向こうでヒイロが何か言っていたがどこかに連れて行かれてしまった。
「どうした。嬉しそうじゃないか」
 瑠亥の声に振り返る剛。そうしてしみじみした様子で空を見上げた。
「驕る訳ではありませんが、久しく忘れていた挑戦者の立場。少々嬉しく思ってしまいますな」
 そうして画面の向こうを見つめ、声を上げる。
「ただ全力を以て‥‥戦わせて頂きます。宜しく御願しますね?」
『期待していますよ。勿論、全員にね』
 ブラッドの声が響く。傭兵達はそれぞれ得物を手に戦いに備えた。
「シミュレーションか」
 浩一が刃を抜く。
「腰を痛めずに、すみそうだ」
 入隊試験はこうして開始されるのであった。

●策略
 ゴングと同時に傭兵側、ネストリング側同時に動き出す。その初動は事前に打ち合わせされていた通りだ。
 浩一、涼、犬彦の三人はネストリング陣営を目指して走り出す。狙うは敵リーダーであるブラッド。そしてそれが彼らの作戦の主旨でもある。
「さて、ブラッドを殴りに行くか」
「‥‥む? 正面から何か‥‥」
 意気込む犬彦の隣を走る浩一。街の中心を貫くように結ぶ大通り、その向こう側から同じく人影が走ってくるのが見える。
「わふー! 浩一君と涼君とバイトの人だ!」
「ヒイロちゃん‥‥何ぃ!?」
 涼が驚いたのは敵の中の一人、朝比奈の様子にあった。
 相手チームの中でもヒイロ、斬子、朝比奈が突撃してくる事は想定していた事だ。しかし朝比奈の背中にドミニカがくっついていると誰が予想しただろう。
「おらおらー退け退け退けぇー!!」
「ひゃああ!? 朝比奈、もっとゆっくり走ってよ!?」
「わふー! わふふー!」
 何やら酷い騒ぎである。端的に表現すると、朝比奈にドミニカがおんぶされているのだ。大剣を背負うベルトを掴み、足を朝比奈の胴に絡めてドミニカはくっついている。
「どういう状況だ‥‥?」
「構う事はない。目指すはブラッドのみだ」
 犬彦は敵を迂回する。浩一と涼もそれに続いたので、結果全員迂回。そして相手側も全員が戦闘ではなく迂回を選択。結果、双方が素通りする形になる。
「という事は、向こうも狙いは同じ‥‥ですね」
 呟くキア。そう、こちらにもリーダーは設定されている。あちらの四人も剛を叩く魂胆に見える。
「俺が前に出る。後は打ち合わせ通りに」
 仲間達に目配せし、走り出す瑠亥。迫る四人に向かい声を上げた。
「ヒイロ‥‥アホ!」
 一瞬の間。ヒイロはほっぺたを膨らませている。
「ヒイロはアホじゃないのです、狼!」
 しかし途端にスイッチが切り替わったように表情が変わり、落ち着きを取り戻す。瑠亥は次なる一手を放つ。
「勝ったらカレーが貰えると言ったな‥‥! こっちに来たら今やろう!」
「‥‥そんな事で」
「福神漬けもつけよう!」
 目が輝くヒイロ。しかし斬子に叩かれて真顔に戻った。
「邪魔をするな、尻‥‥!」
「貴方さっきからその罵詈雑言どうしたんですの!?」
 冷や汗を流す瑠亥。確かにこれでつれるかどうかは不安だったが、逆に心配されてしまうとは。
 仕方ないので最後の頼みの綱、朝比奈を睨む。
「朝比奈‥‥こっちのチームの方が女性と親しくなれるぞ!」
「何! 藤村‥‥いや、藤村さん‥‥」
 人差し指で鼻先を拭いながら微笑む朝比奈。その顔面に左右から拳が減り込んだ。
「藤村‥‥見損なったぜ。戦闘中に女の話たぁふてぇ野郎だ」
 キリっとした表情で前言撤回する朝比奈。瑠亥は何とも言えない表情を浮かべる。
「流石斬子さん、数少ない真人間」
「ブラッドさんもこれを想定して、あの組み合わせにしたのかもしれませんね」
 遠巻きに様子を見ながらイスネグとティナが呟く。瑠亥は仕方なく三人を二刀の刃を構えた。
 朝比奈に背負われたドミニカが片手で超機械を起動する。発生した紫電を回避しつつ、瑠亥は敵の意図を垣間見た。
 超機械は銃とは違い、多少狙いが大雑把でも攻撃精度は落ちない。AI制御で対象周辺に攻撃する特性は、銃と違い背負われ移動しているという状況でも通常時に近い攻撃が可能だ。
 そして朝比奈は大剣を構え、最も脆いドミニカを守る構え。当然重量過多、行動力や回避性能は落ちるが高レベルかつAAである朝比奈にはあまり問題にならない。
「ヒイロさん!」
 声をかけながらソニックブームを放つ斬子。瑠亥はそれを半歩軽く身をずらす事で回避。
 ヒイロは先のソニックブームに続き素早く飛び込んでくる。小太刀で迎撃する瑠亥、しかしその一撃は空を切る。
 跳躍気味に飛び込んだヒイロは空中に片手を着き、跳び箱の要領で更に跳躍――。勢いをつけ、瑠亥の頭上すれすれを飛び越えていった。
 続け、朝比奈と斬子が迫る。二人は多少タイミングをずらしに瑠亥へ大振りの得物で襲い掛かる。
 横薙ぎの連撃。飛び上がるのが容易いが、それは危険と背後にかわす。タイミングをずらすのはカウンターを警戒した結果だろう。結果、二人にも抜かれてしまう。
 振り返り銃を抜く瑠亥。すると朝比奈は走りながら斬子の背中を塞ぐ。銃撃を背中に構えた大剣で防ぎつつ、通り抜けていく。
「うおぉ、藤村怖すぎだろなにあの挙動」
「剛君、覚悟!」
「来ますか‥‥!」
 身構える剛。ヒイロは拳を振り上げ真っ直ぐに駆け寄る――途中で急に足を止める。
 追いついて来た斬子。ヒイロはその背中に手を着き、思い切り突き飛ばした。
「必殺! くず子ミサイル!」
 加速し勢い良く吹っ飛んでくる斬子。回転しながら斧を振り上げ、それを大地に叩き込んだ。
「あれ? 斬子さん?」
「ちょっと‥‥!?」
 冷や汗を流すイスネグ。ティナは吹っ飛んでくる斬子に身構えた。
 紅い光を伴い叩きつけられた一撃は周囲に衝撃を放つ。十字に炸裂した一撃は土煙と轟音を巻き上げるのであった。

「――おや? これは予想外の人選ですねぇ」
 犬彦、浩一、涼の三名の姿にブラッドはそう語る。
 相手側のリーダー、ブラッド・ルイス。彼はスタート地点と思しき場所に一人で何をするでもなく立って居る。
 ブラッドの話を聞き流しながら涼は周囲を確認する。気懸かりなのは未だ確認出来ないマリス、マクシム両名の事だ。
 無数のビルが並ぶこの場所には隠れる場所など幾らでもある。走りながらその気配を探ってみたが、まだ発見には至っていない。
「気にしすぎても仕方ない。今はブラッドだけに集中しろ」
「そうだな。今は味方を信じるしかない」
 犬彦、浩一の言葉に頷く涼。しかし警戒は怠らず、ブラッドを見やる。
「良い判断です。過ぎたるは及ばざるが如し。僕の首を取りに来たのであれば、警戒のしすぎは時間の無駄ですから」
 口元に手をやり笑うブラッド。その飄々とした様子に涼は眉を潜める。
「単身で待ち伏せ‥‥余程自信があると見える。助けは必要ないってか?」
 銃を構える犬彦。ブラッドは微かに笑うだけだ。
「唯の真面目なインテリ君ではないだろ? 本性を見せたらどうだ」
 ブラッド発見を意味する照明弾を打ち上げる犬彦。両腕を広げ、ブラッドは目を見開く。
「そうですね。では、お言葉に甘えて――お見せしましょう、僕の力を!」
 身構える傭兵達。しかし次にブラッドが取った行動、それは。
「何ぃっ!? 逃げたぁ!?」
 逃亡。背を見せ、猛然と走り出す。涼が閃光手榴弾を投げるより早く犬彦がその背中に向かい引き金を引くが、ブラッドは細い路地へ滑り込んでいく。
「思い切りのいい逃げっぷりだな‥‥」
「そんな事言ってる場合か!? 追いかけるぞ!」
 頭をぽりぽり掻く浩一に涼が声を上げる。三人はブラッドを追いかけて走り出した。
 角を曲がるとブラッドの姿を確認出来る。すぐさま銃で攻撃するが、直ぐにまた角を曲がって隠れてしまう。
 走っても走っても、一行に追いつける気配が無い。そこになって三人はこの状況の危険性に気付いた。
「犬彦さんの言う通り、基本的にこの状況なら僕一人で十分だと思いませんか?」
 声が聞こえる方に走る。後少しで追いつけそうだが、ブラッドは姿を見せても直ぐに走り去る。
「倒す事に拘らなければ、ただ逃げていれば良い。幾ら僕でも三対一は厳しいですし」
 路地の壁を蹴りあがり、窓を破ってビルに飛び込むブラッド。三人はその足の速さに追いつく事が出来ない。
「くそっ、単純に足が滅茶苦茶速ぇ‥‥!」
「ビルに入った。出入り口を固めて回り込むぞ。二人はそっち」
 舌打ちする涼に犬彦は裏に回りながら声をかける。浩一、涼も別の入り口からビルを駆け上がっていく。
「単純に足の速さの問題で捉えるのは困難。そしてそこに人数差はあまり関係ありません。藤村さんか追って来ると警戒していましたが、人選を誤ったのではありませんか?」
 声はどこからか聞こえてくる。丁度聞こえる程度の距離を保ちながら、余裕を持って移動しているのだ。
 三人はブラッドを追い、階段を駆け上がりやがて屋上へ。そこでブラッドは大通りに面した壁際で三人を待っていた。
「僕は戦うつもりはありませんよ。こちらに三人来ているなら向こうは五人。さて、このまま追いかけっこを続けるとどちらが有利でしょうか?」
 微笑みブラッドは空を舞う。移動スキルを使用した跳躍だ。大通りを挟んで向かいのビルまでギリギリ辿り着けるかどうか、という所か。
 考えている時間はあまりない。そも、この状況が成立してしまった時点で行くも戻るもデメリットの山。
 ここにマリスとマクシムが居ない可能性は、そのままブラッド以外が全員リーダーである剛を狙ってきている可能性でもある。
 向こうのビルに渡られた場合、ブラッドを見失う可能性もある。見失った場合、あの脚力なら再び補足するのは容易ではない。
 ならば戻って味方に加勢するか? 作戦に大きく反する行動だ。もし最悪の可能性を想定するのなら、今更走って戻った所でそれがどれほど有意義か。
 急げば間に合うかもしれない。追えば追いつけるかもしれない。戦えば倒せるかもしれない。様々な可能性が三人の脳裏を過ぎる。結果――。
「向こうが上手く行ってようがいまいが関係ない。奴を討つ」
 銃を構える犬彦。そう、そういう結論だった。続け、涼も移動スキルを用いて跳躍。ブラッドを追う。
 ブラッドもまだ空中を移動中。今から飛んで向こうに着けば抑えられる可能性もある。それに敵は滞空中。
「ジャンプ中なら好機だ」
「狙ってみるか」
 犬彦が銃で、浩一がソニックブームで追撃の構え。涼は槍を手にブラッドへ襲い掛かる――が。
 ブラッドは空中にナイフを刺し。逆立ちで涼の一撃をかわし。身を翻し涼を大地へ蹴り落とした。
 一瞬の出来事。涼の落下を確認するより早く二人は攻撃。それをブラッドは空中に刺したナイフを足場に再び移動スキルによる跳躍で回避。移動方向は、二人が居るビルの方。
「戻って来‥‥!」
 着地と同時に浩一を刀で斬り付ける。そうして犬彦の銃弾を刀で払い、刃を鞘に収めた。
「すいませんねぇ。戦うつもりはないって、あれ嘘です」
 そうして拳を構え、先ほどと同じ様に笑うのであった。
「やっぱり三人とも、ここで倒れて下さい」

●決着
 刃と刃が交わり、火花を散らす。
 一方は漆黒。二対の刃を構え、烈風の如き猛攻を仕掛ける。一方は異形。大剣を器用に振るうその背には少女が乗っている。
 瑠亥と朝比奈、この二名が対峙する事になったのはある意味必然であった。状況は不思議な推移を見せたが、この部分は先から変わっていない。
 朝比奈は進軍を止め、瑠亥と本隊の間に立ち塞がる。それは足止め。積極的な攻めは無くとも、抜けようとすれば必殺の一撃を打ち込む腹積もりだろう。
 本来瑠亥の狙いは初手にて三人を誘導し、可能であればヒイロを潰す事にあった。しかしその策がはまらず、ああいった奇襲を受けた時点で彼の役割は既に瓦解している。
 故に、この現状で難敵を阻止すべく動くのは双方の利害として一致。瑠亥も朝比奈も、相手を進ませるのは上策ではないのだ。
「相変わらず恐ろしい挙動だぜ。ったく、絶対に敵にしたくないね」
 苦笑する朝比奈は徹底した待ちの構え。その一撃はどう足掻いた所で瑠亥にかすりもしない事は百も承知。
 故に待ち。徹底的なサンドバック状態。瑠亥はこれを神速の連撃で捻じ伏せれば良いだけの話――だが。
「そういう事か」
 朝比奈は防御すらおざなりだ。その防御能力の大半は、背中のドミニカを守る事に費やす。
 しかしその傷はドミニカが回復する。ドミニカの役割は回復と強化。朝比奈はドミニカを守る。突破しようとすればこれを斬る。
 瑠亥の刃が朝比奈を斬る。朝比奈は最低限だけ攻撃を防ぎ、ドミニカへの警戒を怠らない。一対一の状況なら、攻撃予測は比較的容易。
 迅雷を以ってすればドミニカへの攻撃範囲に入る事は可能だが。角度的問題から攻撃位置が限定される。
 位置が限定されれば後は野球の要領。飛んでくると見えたら、フルスイングでの迎撃が可能だ。
 負けはしないが、勝てもしない。そんな状況で戦う瑠亥を物陰からキアが見つめている。
「‥‥マトモにやりあう気は無い、かな」
 初動で『行き過ぎた』為に戻ってきて構えるタイムラグで状況に遅れたが、十分に予定を遂行する事は可能。
 路地の合間から銃を構え朝比奈を狙うキア。気配は消している。瑠亥に集中している朝比奈が気付く筈も無い。
「それは、お互い様だけど――」
 引き金を引く。銃弾の連射は朝比奈に命中、動きが鈍った所へ瑠亥が襲い掛かる。
 振り返ったドミニカと目が合うキア。すぐさまスカートを翻し、瞬天速で壁を蹴りビルの非常階段口から中へ飛び込む。
 廃墟の通路を走りながらキアが懸念していたのはマリス、マクシム両名の事だ。
 先に進んだ三名がブラッドと接触した事は照明弾で確認済み。しかし二人を見つけたという連絡はまだない。
 道に面して崩れた壁際に滑り込み、壁を背に銃を手に取る。
 ここは彼女が目星をつけておいた狙撃ポイントの一つだ。場所を変えながらの狙撃は基本中の基本。再びここから朝比奈を狙う。
 好機を作れば瑠亥は朝比奈を落とせるだろう。同時にドミニカも沈む。であれば、勝ち点2。状況は十分逆転可能。
「面白い策でしたが‥‥これまでです」
 引き金を引こうとした際、『それ』に気付いたのは偏に警戒の賜物である。
 敵は藤村の妨害に出てくる。そういう前提の警戒があったから気付き、かわす事が出来た。
 道向かいのビル、窓からガトリング砲を突き出して立つマリスの姿。女が引き金を引くと同時、キアは跳んだ。
 廊下を駆けるキアを追うように銃撃が着いて来る。弾丸は壁をぶち抜き異常な火力で迫る。
 辛うじて逃げ切り階段を駆け下りる。その頭に過ぎるのは疑問だった。
「どうして位置が‥‥」
 気配は消している。確かにドミニカには見られたが、それだけだ。
「でもねぇ、大体の方角と位置さえ分かれば、分かるものでしょう? 同じ狙撃手だもの」
 向かいのビルで微笑むマリス。その頭にはドミニカの情報伝達で伝わった大雑把な情報が響いていた。
 戦闘中する事の無いドミニカは周囲の警戒を担当。それでもキアが見つからなかったのは警戒と気配の対処が完璧だったからだ。しかし一度見つければドミニカの役割は終わる。

「マリスさん、あんな堂々と‥‥!」
 隠れる気配無く銃声を巻き上げるマリスにティナが気付く。しかし彼女には斬子が襲い掛かっている。
 斬子が繰り出す大振りな一撃はティナならば容易に防ぐ事が可能。二対の刃で一撃を弾くが、それでも重さは身体に痛みを蓄積する。
 先の十字撃をかわしたティナは斬子の対応に追われていた。斧の一撃を身を引いてかわすが、白銀の前髪を微かに持っていかれる。
「貴女と戦う事になるとは思いませんでしたが‥‥仕方ありませんわね」
 振り上げる斧。その一撃をティナの代わりに剛が防ぎにかかる。
「米本さん!」
「ティナさんはあちらの対処を! ここは自分が堪えます! なぁに、自分とて早々‥‥殺られる気はありません!」
 唸りと共にインフェルノを振るい斬子を弾き返す剛。二人が戦えば、やはり剛が格上。一対一ならば負ける事はないだろう。
 そも斬子は既に先の一撃で消耗が激しい。普通にやり合えばここで剛が白星をあげる事ができる算段。
 ティナはこの場を剛に預け走り出す。ここまで来れば剛も自分が狙われていない事には気付いている。
「強くなりましたね、九頭竜さん。同じ武人として、手加減はなしです」
「奇遇ですわね。斧使いの先輩、胸を借りるつもりで挑ませて頂きますわ」
 微かに笑みを浮かべる二人。次の瞬間、巨大な得物同士が激突する。
 打ち合いは拮抗しているように見えるが、剛の防御を貫けない斬子に対し、剛は斬子に順調にダメージを蓄積させていく。つまり、一方的な試合展開。
 一つ問題があるとすれば、剛もまた斬子を瞬時に圧倒する決定力に欠ける事。勝敗は何れ決するが、その瞬間はまだ遠い。そして――。
「‥‥? イスネグさんは、どちらへ?」
 この場に居たはずのイスネグの姿が無い。加えればヒイロの姿もだ。
 最後にその姿を剛が確認したのは斬子が派手に十字撃を決める直前の事だ。その後、斬子が只管攻撃を仕掛けて来るのに注意が向いてしまった。
「と、今頃気付かれていると思うですが」
 呟くヒイロ。イスネグはと言うと、剛達とは少し離れたビルのフロアでヒイロと対峙していた。
「まさか先輩に拉致されるとは思いもしませんでした」
 斬子の派手な攻撃を目くらましに回り込んだヒイロ。そのままイスネグをスキルで突き飛ばし、更にその身体を掴んでこのビルに飛び込んだのだ。
「私がブラッド君に頼まれたのはくず子ミサイルとイスネグ君の分断。イスネグ君に護衛が居たら難しかったけどね」
 否、護衛は居たのだ。万全とは言えずとも、ティナは側面からの奇襲を警戒していた。
 しかし彼女の注意は専らマリスやマクシムにあり、ヒイロではなかった。同時に斬子が狙っていたのは剛ではなくティナ。正面から猛攻を受けている間に余所見をしている余裕はない。
「ごめんねイスネグ君。でも真剣勝負だから」
 刀を抜き、歩み寄るヒイロ。
「君と私で決闘、だね」
「そうなってしまいますか」
 素早く襲い掛かるヒイロ。イスネグは盾を構え応じるが、速さはヒイロに圧倒的な分がある。
 盾を抜けられ斬り付けられる身体。身を引きながら閃光手榴弾を投じるが、ヒイロはそれを容易に刀で両断する。
 一挙一動を観察される決闘において、この手の道具は余り効果的とは言えない。
 光を背に飛び込むヒイロ。イスネグは杖の超機械を振るうが、ヒイロは捉えられない。
 再びの斬撃。深く斬り付けられ血を吐くイスネグ。盾を構え、体当たり気味にヒイロと距離を取る。
 勿論有効な手段ではないが、この場合はこれで良い。イスネグの身体が白く輝き、呪歌が発動する。
 ヒイロの抵抗は低い。これにより麻痺するが、完全に行動を阻害は出来ない。ゆっくり歩み寄るヒイロとイスネグは睨み合いの格好になる。
「それで、どうするのかな?」
「そこまでは、考えていませんが」
 口元から血を流しながら笑うイスネグ。兎に角、状況を拮抗させるしかない。それがただの時間稼ぎだと分かっていても――。

 急ぎ、マリスへと向かうティナ。彼女が取り出したのは照明銃だ。
 マリスは既に瑠亥を狙っている。しかし照明弾の光が眼前を過ぎり、視界が閉ざされ攻撃に至らなかった。
 迅雷で一息にマリスの居るビルまで跳躍するティナ。そのまま壁が崩れた部分から進入、マリスへ襲い掛かる。
 繰り出す剣撃。マリスはそれをガトリングで防ぐ。そのままガトリングを正面に突き出し連射するが、ティナは壁を蹴り立体的軌道で背後へ回り込んだ。
「あらあら?」
 舞うように繰り出す対の刃の連撃。これをマリスは二丁拳銃を抜き受け止める。
「貴女みたいに若くて可愛い女の子と戦うなんて〜」
 剣を止めたまま、マリスはぬっと顔を近づける。
「――ぞくぞくしちゃう」
 舌なめずりと同時に腕力で強引にティナを退け拳銃を向ける。出鱈目な連射――否、兆弾。ティナはそれを目で追ったが、身体が追いつかない。
 駆け寄り、マリスは銃底でティナの頬を殴りつける。そのまま胸に銃口を押し付け、引き金を引きまくった。
 血を吐きよろけながら立て直しを図るティナの足を銃弾が撃ちぬく。マリスの射撃は恐ろしく正確で、ティナの力では避けきれない。
 引き金を引く度にティナの身体を銃弾が貫く。そういう玩具であるかのように、ティナの身体は血塗れに踊った。
 ティナは決して突出してはいない。が、瑠亥は朝比奈に足止めされ、キアもまた別の敵と交戦状態にあった。
 ビルのフロアを走り、柱の影に飛び込み呼吸を整えるキア。同じフロアには銃を手にしたドミニカに呼ばれたマクシムの姿がある。
 キアは物陰から銃を出し連射。素早く走り出す。
 追っ手とまともに戦う気は無い。引き付け、逃げの一手を選ぶ。
 恐らくマリスであれば移動スキル有無の差で逃げ切る事も可能だっただろう。しかしマクシムの移動速度は早く、一瞬で追いついて仕掛けて来る。
「また女か。最近は戦場に女が多すぎるな」
「女だからと‥‥甘く見るのはいかがでしょうか?」
 脚爪で襲うマクシム。キアはそれをかわしながら銃を連射する。
 彼女が装備する爪は専ら攻防の道具ではなく身体能力を補助する物だ。追いつかれた際、防御するには向いていない。
「俺達は似た者同士、か」
 互いに銃口を向けあう二人。狼男はキアの瞳を見つめる。
「どちらが上か、試すのも良いだろう」
 駆け出す二人。位置を入れ替えながらの激しい銃撃戦を繰り広げる。
 しかし単純な一対一の戦いになれば、マクシムに勝算があるように見える。マクシムはキアを仲間と合流させないようにしつつ、追い詰めるだけだ。

 一方、ブラッドと戦う三人。涼はビルから落とされ屋上に姿が無く、浩一と犬彦がブラッドと刃を交える。
 犬彦はブラッドへ斬りかかる浩一の背後に続く。浩一の攻撃を避けるブラッド。その回避方向に勘で槍を繰り出す。
 が、三分の一の確率は外れ。ブラッドは槍を掴み犬彦を引き寄せ、身体に拳を減り込ませた。
「いい槍ですね。借りますよ」
 犬彦を蹴倒すと同時に槍を奪い片手で回すブラッド。そのまま浩一へと襲い掛かる。
 浩一は振り返ると同時に渾身の一撃で応じる。剣の紋章を輝かせ繰り出される斬撃――が、そこにブラッドの姿はない。
「速‥‥」
 振り返る浩一、その胸に槍が突き刺さっている。更に拳の連打を受け、浩一の身体が僅かに浮かぶ。
「ブラッド・ルイス!」
「おや? 巳沢さん、お早い戻りで」
 戻って来た涼が銃を構えたその瞬間、ブラッドはAU−KVを槍で貫いていた。
「凄い威力ですねこの槍」
 膝を着き倒れこむ涼。ブラッドは槍を地に刺し、ネクタイを緩めて微笑んだ。
「というか頑丈ですね巳沢さん。普通死にますよ、あの高さ」
 ――試合終了を告げる合図が鳴り響く。
 イスネグ、ティナ、キア、浩一、涼。それぞれが倒れている映像が各々に送られる。
「お疲れ様でした。結果は後程発表しますので、今日の所はお開きにしましょう♪」
 戦っていた者達がそれぞれ武器を下ろす。戦いはこうして幕を下ろした。
 傭兵達はそれぞれの反応で仮想世界から退出していく。ブラッドはその様子を楽しげに眺めていた。



「ようこそネストリングへ。歓迎しますよ、皆さん」



 後日、傭兵達へ書類が送付されて来た。そこには契約書と、試験に合格した旨、そして次の作戦の概要が記されていた。
 もしネストリングと共に戦う意思が揺らぎないのであれば、サインをして事務所まで提出に訪れる事。
 依頼に参加する者は、その上で知り得た情報を部外者に口外しない事。
 過酷かつ危険な依頼で命を落としたとしても文句を言わない事。
 そして最後はこう締めくくられている。

 清く正しくをモットーに活動するネストリングは、貴方様の参戦を心待ちにしております――と。