タイトル:【BS】続・空想秘剣録マスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/11/10 20:59

●オープニング本文


●Finishing move
「貴様‥‥何奴だ!」
 雲の隙間、陰りの向こう。月明かりに照らされ背を向け立つ影が一つ。唐傘を回し、声を上げる。
「何奴であるかと訊かれれば、根無しの草だと答えよう。風に吹かれて東へ西へ、浮世を揺蕩う木っ端の一撮み。名乗る程の者じゃあねぇな」
 対するは金色の衣装にチョンマゲ。素人目に見ても『あ、これは殿様だな』っていう殿様である。
 殿様の周囲にはニンジャやらサムライやらがぞろぞろと、素人目に見ても『あ、これはデアエデアエだな』っていう様相である。
「貴様‥‥! わしが越後屋と『御主も悪じゃのう』したり、帯を引っ張ってクルクルしているのを邪魔するつもりか!」
「‥‥帯を引っ張ってクルクルするのは、本当に越後屋でいいのかい? ていうかお代官様ではなく殿様なのかい?」
 塀の上に立っていた影は傘を閉じ殿様の前に降り立つ男。その髪色は金髪、瞳は碧眼である。
「まあいい。手前がしでかした悪逆非道の数々、お天道様が許してもこのおれが許さねぇ。力無き民の恨み辛み、この刃に滴る手前の血で慰めようじゃねえか」
「馬鹿め、このニンジャとサムライの数が目に入らんのか! ニンジャさん、サムライさん、やっておしまいなさい!」
 男に迫る無数の影。闇の中、男は傘を放り腰に携えた刀を抜く。
「――秘剣、抜叉理‥‥!」
 月光に刃が煌き、刹那。目にも留まらぬ剣閃乱舞の後、ニンジャさんとサムライさんは血に伏していた。ちなみにバッサリと読む。
「なん‥‥だと‥‥?」
「さてと。何か言い遺す事はあるかい? おだ‥‥殿様よ」
 刃についた血を払い歩み寄る男。何か言おうとした殿様は刀で切り付けられ、倒れるのであった。

●Inspiration
 薄暗い部屋の中に灯った明かり。
 ディレクターはその下で、ただ只管に筆を走らせていた。
「良いわ、良いわぁ、ゾクゾクしちゃう〜♪」
 呟きながら原稿用紙を捲る彼の顔には、濃いクマと無精髭がある。
 彼を知る強化人間曰く、ここ数日風呂にも入らず、睡眠も取っていないらしいが、それだけ集中していると言う事だろう。

 コンコン。

「失礼します。サプリメントをお持ちしました」
「失礼します。滋養強壮効果のあるハーブティーをお持ちしました」
 ノックと共に現れたのは、ピンクの執事服とメイド服を着た強化人間だ。
 彼らはデスクの上にトレイを置くと、その場を去ろうとした。
 だが‥‥
「出来たわぁ♪」
 上がった声に足が止まった。
 振り返ると、物凄い勢いでサプリメントと紅茶を飲み干す姿が見える。
「さあ、マイクとカメラ、あたしを崇めなさい!」
 カップを置き、オーバーアクションで両手を広げた彼に、瓜二つの顔が見合わせる。そして数度目を瞬いた後、鈍い拍手が響いた。
「わぁ〜」
「ぱちぱちぱち」
 何処をどう聞いても感情は無い。
 しかし彼は、歓声を恍惚の表情で受け止めると、腰をくねらせた。
「今回は豪華2本立ての超大作よん♪ モチーフは地球に伝わる童話と、火の国を舞台にした必殺活劇!」
 洋と和の2本立て! と彼は言うが、実際の所は両方とも捨てがたくて無理をしたに過ぎない。
「マイクとカメラにも配役があるわ。あーたたちにもスポットライトを浴びるチャンスがあるのよ。嬉しいでしょう?」
 素直な感想を述べるなら、マイクやカメラにとってスポットライトは如何でも良い。だが彼が嬉しいかと問う以上、頷く他ない。
 ディレクターは2人の頷きを見ると、笑顔で脚本と地図を差し出した。
「さあ、場所の確保に行くわよ。でもその前に‥‥シャワータイムが、さ・き♪」
 覗いちゃいやよん♪
 そう言って腰をくねらすと、彼はシャワールームに消えて行った。

●Stage
 遊園地を襲った複数のキメラ。
 その目的は集まった人間を攻撃する事――と思いきや、意外な事にキメラは遊園地から人間を追い出す事に役割を置いて行動していた。
 そしてそのキメラを率いるのは、どぎついピンクの髪をしたバグア――ディレクターだ。
「こらそこっ! ダラダラしないでチャチャっと設営を終わらせなさいっ!」
 妙に甲高い声を上げるディレクター。指差す先ではキメラがぞろぞろと木材を運んでいる。
「まったくもう、ゲストが来るまでに完成しなかったらあたしの素敵な計画がめちゃくちゃじゃない」
「一応、これでもキメラ達はよくやっているかと」
 工具を持って歩いてくる強化人間、通称カメラ。ディレクターの無茶振りに眉一つ動かさず、大工スタイルで頑張っています。
「マイクの方は元々あった物使ってるからいいけどこっちは手作りだもの。時間はないけどクオリティは犠牲にしたくないし‥‥あぁん、悩ましいわ!」
 くねくねするディレクター。カメラはその隣で金槌を取り出している。
「あっ、そうそう。あーた、今回はゲストと一戦交えてもらうわよ。あーた、殿様役だから」
「とのさま?」
 首を傾げるマイク。ディレクターはどこからとも無く衣装を取り出し、ついでにチョンマゲのカツラをマイクに被せた。
「いやぁ〜ん、超キュート! あーたこの時点で本物の殿様に限りなく近い何かよ! はいこれ台本」
 ぺらぺらと台本を捲るマイク。その間もディレクターはくねくねしている。
「今回は結構アドリブ重視っていうか、現場の空気を大事にするみたいな感じにしてみたんだけど、どうかしら?」
「最高です」
 本当に最高だと思っているかは兎も角、そう答えるように仕込まれている。
「しかしこの台本通りだと、最終的に私は殺されるようですが」
「そうね。あ、でももしあたしの脚本を台無しにするような奴らだったら逆に殺し返していいわよん」
 頷くマイク。これから死ぬかもしれないと言われても、別に何も感じる事は無い。
「じゃあこのピンクの着物に着替えて台本覚えてステージの設営もよろしくねん♪」
「今回撮影はどうしましょうか。私が戦うとなると」
「キメラにでもやらせれば?」
「そうですか」

 そんな会話が行われている遊園地。カシェル・ミュラーはその入り口に立っていた。
「僕は何故ここに来てしまったんだろう」
 その手にはハートマークのシールがついた封筒が。入り口付近でキメラに渡された物だ。
「嫌な予感しかしない‥‥」
 中に入っていたのは手紙だ。その文面を眺めていると顔色が悪くなってくる。
「‥‥僕は‥‥『人形師』のミュージアムに行く筈だったのに‥‥どうして‥‥」
 遠い目をしているカシェル。本来の予定がどうとか、敵は考えてくれないのだ。
「また条件付の戦闘、か‥‥何々? 『必殺技で敵を倒せ』‥‥『かっこよく登場しろ』?」
 手紙を元通り綺麗に折り畳み、封筒にすっと収めるカシェル。それから空を仰ぎ見る。
「――――帰りたい、すごく」
 とぼとぼと歩き出す背中は普段より更に情けなく見えたとさ。

●参加者一覧

赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
沖田 護(gc0208
18歳・♂・HD
月読井草(gc4439
16歳・♀・AA
蒼唯 雛菊(gc4693
15歳・♀・AA
雨宮 ひまり(gc5274
15歳・♀・JG
エルレーン(gc8086
17歳・♀・EL

●リプレイ本文

●混沌
「役者を演じろというバグア? なるほど‥‥たまに出てくる変態か」
 片手で手紙を広げながら文面を眺める赤崎羽矢子(gb2140)。傭兵達は遊園地の入り口で顔を見合わせていた。
「ショーを行いながらバグアと戦う、これで三回目か」
「お、沖田さん意外と変態慣れしてるんですね」
「いえ、変態に慣れているわけでは‥‥」
 カシェルの驚いた表情に冷や汗を流す沖田 護(gc0208)。というか慣れる問題なのだろうか。
「下手に逆らっても危険ですし、条件を意識しつつきっちり退治しましょう」
 と、真面目に意気込む護。一方月読井草(gc4439)はヒンズースクワットしている。
「燃えてきたー! やっぱり本格派女優は時代劇もこなせないとね!」
「ディレクターさんの期待に応えられるよう頑張ります!」
 雨宮 ひまり(gc5274)も気合十分で拳を握り締めている。そんな二人に声をかけようとする護の肩をカシェルは無言で叩く。
「カシェルも諦めがいいなあ。それはそれとして、あたしはくのいち役で」
「‥‥貴女も全然諦めいいじゃないですか」
 挙手しながら笑う羽矢子。カシェルは何とも言えない表情を浮かべている。
「諦めてるわけじゃないけど、折角だしやりたい事やった方がいいじゃない。ねぇ?」
「そうですね。流れに乗った方がスムーズですし」
 腕を組んで笑いかける羽矢子と同じく腕を組んで頷く護。微妙に噛みあってない予感はする。
 そんな感じでテンション上がっている人や割り切っている人がいる一方、無茶振りに悩んでいる者もいた。
「条件をつける敵‥‥か」
「か、かっこよく登場かあ‥‥よくわかんないけど、が、がんばるの!」
 蒼唯 雛菊(gc4693)とエルレーン(gc8086)は困った様子で考え込んでいる。
「とりあえず思いつく事をやってみればいいんですの?」
「でも、悩んじゃう‥‥そんな事やった事ないから‥‥」
 まあ、普通ないよな‥‥と、カシェルは頷いた。
「でも、必殺技で倒せなかったらへこみますの‥‥『必殺』なのに‥‥」
「確かに、こっちはマジでやってるのにスルーされたらちょっと恥ずかしいよね」
 雛菊の呟きに苦笑するカシェル。一方エルレーンは一生懸命小銭を積み重ねていた。
「しかし、黒幕がどこにいるのか、それを突き止めないとまたこういう事態が続きかねないね」
 深刻な表情で呟く護。ちなみにこういうというのは、馬鹿げた事態、という意味である。
「それならあたしに考えがあるよ。乗るか反るかは相手次第だけど」
 手紙をくしゃくしゃにしてゴミ箱に投げ込みながら語る羽矢子。こうして傭兵達の混沌とした戦いが幕を開けるのであった。

●出陣
 舞台のセット‥‥ではなく殿様の城。その一室では殿様と着物に着替えたひまりが並んでいる。
「何で!?」
「カシェル君、静かに‥‥」
 無表情で並んでいる二人。殿様はひまりの帯を掴む。
「はいどうぞ。掛け声は『よいではないか』です」
「分かりました。よいではないか、よいではないか」
「あーれーおやめくださいトノサマー」
 くるくる回るひまり。両者共に完全に棒読みである。
 ひとしきりくるくるした後布団に倒れるひまり。何か一仕事やり遂げた顔である。
「そろそろいい頃じゃないですの? 満足した様子ですし」
「ちょっと待って馬が‥‥馬がっ」
「音楽流しちゃうの!」
「何か馬が言う事聞かな‥‥うぉう!?」

 ジャジャジャーン! ジャッジャッジャッジャーン!

 謎のBGMと共に舞台裏から飛び出してくる井草。何故か白馬に跨っている。
「何で全く言う事聞かないのさ!?」
「猫だからじゃ‥‥」
 完全に馬に振り回される井草。呟きつつ、ひまりは殿様に耳打ちする。
「貴様‥‥何奴!」
「愚か者め! 予の顔を見忘れたか‥‥はぅっ」
 落馬して舞台に転がる井草。馬は走り去っていく。
「今なの!」

 ジャーン!

 暫くぷるぷるしていた井草は立ち上がり、ポーズを取る。
「上様を騙る偽物め、上様がこのような所に――!」
 その時、井草の長話を掻き消すジェットコースターの音が。
「そこまでよ! 遊園地を占拠し、楽しんでいた家族連れの休日を台無しにした挙げ句に勝手な撮影を始めるなんて、マスコットの●●●●マウスが許しても、この謎のくのいちが許さない!!」
 と、羽矢子は叫んでいたがよく聞こえなかった。聞こえちゃいけない事もあった。
「とう!」
 ジェットコースターから勢い良く飛び降りると、無駄な身体能力の高さを活かし華麗に着地を決めた。
「そこまでだ! 江戸の町を騒がす『ばぐあ』共、不埒な悪行三昧もここまで!」
 途中殆ど聞こえなかったが決めポーズを取る井草。殿様は立ち上がり、指を鳴らす。
「曲者め、であえであえ!」
 ぞくぞくとそこら中から出没するキメラ。隠れていたと言うには無理のある数である。
「そこまでだ!」
 その時、突如キメラの集団に投げ込まれる大剣。キメラはしっかり派手に吹っ飛んでいく。
「何奴!」
 セット‥‥ではなく城壁の上に立つ雛菊。風に髪を靡かせ、不敵な笑みで敵を見下ろす‥‥が、名乗りまでは考えていなかった。
 困ったというか面倒だったのでそのまま敵陣に飛び込み刃を振るう。そうして投げつけた大剣を引き抜き構えた。
「こいつはおまけだ! 『襲蒼旋牙』――!!」
 回転するように周囲を薙ぎ払う雛菊。吹っ飛ぶ敵。ちょっと理不尽である。
「バグアに名乗る名前はない‥‥!」
 一応そんな事を言ってみた。その時、チャリーンという甲高い音と共に光を弾くコインが一枚。
「そこまでなの!」
「何奴!」
 見ればそこには着物に着替えたエルレーンの背中。振り返りながらコインに口付けし、ポーズを取る。
「こんな騒ぎを起こすたぁ、ふてぇ野郎どもだ‥‥なの! お前らの悪事は、このエルレーンがお見通しなの! とうっなの!」
 やはり高所から飛び降りるエルレーン。他の傭兵達と合流する。
 暫しの間。これで全員出揃ったかな? 的な間。それにやや遅れ、声が響く。
「そこまでだ!」
「何奴!」
 宙を舞う護のバハムート。その肩の上に乗り、カシェルは髪をオールバックに固め、仮面をつけてポーズを取っている。
「マスク・ド・カシェル参上! 貴様の悪事、月に代わって私が裁く!」
 一瞬しーんとなったのは、割とカシェルの変装とポーズが一番気合入ってるっぽかったからである。
「カシェル、本当はやりたかったのか?」
「違う! っていうかひまりちゃんは何してるの!」
 井草の言葉を否定しつつひまりを指差すカシェル。ひまりは帯を手に首を傾げる。
「カー君もやりたい?」
「いやいや」
「据え膳食わぬは男の恥‥‥だよ」
「いいから早く着替えてきなさい」
 舞台裏に消えるひまり。改めてポーズを取る傭兵達を有象無象が取り囲む。
「貴方達の力‥‥試させて貰います。ニンジャさん、オサムライさん、やっておしまいなさい!」
 殿様に扮したカメラが声をあげる。舞台を埋め尽くさん勢いの忍者達が傭兵に襲い掛かる。
「束になって、かかってくるがいい」
 剣と盾を手に前に出る護。一斉に襲い掛かる忍者の刃を受け、それを強引に剣で纏めて弾き返した。
 次々と攻撃してくる忍者を吹っ飛ばす護。一方井草は四方八方からボコボコに殴られている。
「カットカット! ちょっとディレクター! この子達殺陣が分かってないじゃないの、どうなってるのさ!?」
「と、言いますと?」
「こういうのは一人ずつなの! 後こんなにうじゃうじゃいたら動けないでしょ! 減らしてよ!」
 ぶーぶー文句を言う井草。結果、キメラは整列し数も半分舞台の外で待機になった。
「そうそう、これでいいんだよ‥‥ずえりゃっ!」
 並んだキメラを一体ずつ切り裂く井草。そこへ着替えてきたひまりが登場、ガトリングガンでキメラを右から左へ薙ぎ払っていく。
「銃器はどうなのかな‥‥」
「これぞ火の国に古くから伝わる伝統的射撃スタイルです」
 苦笑するカシェルの隣り、ひまりは容赦なく薬莢を滝のように排出しまくっている。
「雑魚はあたし達に任せて、今の内に殿様を!」
 剣を抜き走る羽矢子。一瞬で敵の間をすり抜けながら次々にその身体を斬り付けて行く。
「秘剣、蜂鳥の太刀!」
 ばたばたと倒れるキメラ。そこをエルレーン、雛菊、井草が抜けていく。目指すは殿様ただ一人。
「神妙にしろぅ‥‥なの!」
「その首貰った!」
「雛菊、目がマジだぞ」
 刀を抜きカツラを放って構えるカメラ。そこへ傭兵達は襲い掛かる。
「行くぞー! 猫柳流――秘剣、猫車!」
 カメラの足元で前転し、その勢いで斬り付ける井草。本人曰く、防御の難しさと腕力の補助を兼ね備える技らしい。
「成敗いたす!」
 続け、コインを投げつけるエルレーン。白く輝く刃を高々と振り上げ、カメラに襲い掛かる。
「これぞ必殺‥‥ファイナル銭投げスラーッシュ!」
 光の軌跡がカメラを切り裂く。最後に二人が退いた所へ雛菊が大剣を構えて加速する。
「終わりだ! 瞬蒼襲牙――『貫』!!」
 鋭く繰り出す一撃。大剣は冗談ではなくカメラの胸に突き刺さり、鮮血を撒き散らした。
「ぐふ‥‥っ。や、やられ‥‥た」
 大剣を引き抜く雛菊。カメラは口から血を吐き、ばたりとその場に倒れこんだ。
「お、終わった‥‥の?」
 思わず呟くエルレーン。キメラ達も沈黙し、既に戦闘を止めている。奇妙な沈黙を引き裂いたのはひまりの声だ。
「殿様なら影武者の一人や二人用意して当然。つまりこのちょんまげカツラさんは偽者」
「な、なんだってー!?」
 振り返り叫ぶ井草。ひまりはそのままある人物を指差す。
「あそこで撮影しているキメラ‥‥もといカメラさんこそ本物のカメラさんなのです!」
 蚊帳の外でカメラを回していた忍者が一人。視線が集中すると、無言で首を横に振った。
「間違いなの!?」
「ノーガードで突き刺さったし、手応えは確かだったですの」
 刃を収めながら振り返る雛菊。カメラは確かに死んだのだ――しかし。
「いいえ、まだ戦いは終わってないわ!」
 声を上げたのは羽矢子だ。どこで見ているか分からぬ者へ、空へと叫ぶ。
「今倒したトノサマは操られているだけの小物。黒幕は別にいる。今もあたし達のことを見ているんでしょう?  いい加減出て来たらどう!?」
 声が響き渡り、静まり返る空。そうして暫くした頃だ。男の奇妙な笑い声が聞こえて来たのは。
「ほほほ‥‥おーっほっほっほ! 良くぞ見抜いたわね! そう! あたしこそが真の黒幕!」
 どこからとも無く舞い降りる影。背が高く、細く、しかし肉付きの良い洗礼された肉体。そしてそのピンクの髪はきっちり角刈りに揃えられている。
「あたしはディレクター! あーたの言う真の黒幕よ。よろしくねん♪」
 投げキッスと共に送られる悪寒はただの不気味さだけではなく、相手が強力なバグアである事を意味していた。

●筋肉
「最後には見る者をも巻き込む演出‥‥あーた、中々イイじゃない♪」
 以下、ディレクターは常時くねくねしている。
「これが今回の黒幕‥‥」
 ごくりと生唾を飲み込む護。逃がしたくはない。しかし、見た目によらず全く隙がない。
「ディレクター、どうだったあたしの演技!? 今度こそ映画賞間違いなしでしょ?」
「あーた前から思ってたけど、あんまり才能ないんじゃないかしらん?」
 ショックを受けて膝を着く井草。ひまりがその背を撫でた。
「バグア‥‥!」
「道は時には曲がりもするけど、人の道は曲げちゃならないの‥‥!」
 憎しみに切っ先を揺らす雛菊。エルレーンもじっと大男を見つめている。
「あたし達もこんな事に何度も付き合ってられるほど暇じゃないんだ。茶番は終わらせてもらうよ!」
 刃を構え襲い掛かる羽矢子。鋭く斬り付ける一撃はディレクターの脇腹に食い込んだ。しかし、そのまま動かなくなる。
「茶番というのは聞き捨てならないわね、あーた」
 剣を手放し回避を優先した羽矢子の判断は正しい。ディレクターが繰り出した蹴りは空振りの衝撃でセットを破壊する威力だ。
「あたしの完璧、超絶、美的筋肉! 魅せてあげるわ‥‥真の美しさって奴を!」
 拳を握り締め、振り上げる。鍛え抜かれた筋肉が軋み、唸りを上げる。
「お、沖田さん!」
 叫ぶカシェル。二人が他の傭兵を庇うように構えたのとディレクターの拳が地を穿つのはほぼ同時であった。
「ビューティフルゥウウ! インパクトォオオッ!!」
 一撃でセットが崩壊し、更に真っ直ぐに地を這うように衝撃波が飛んでくる。カシェルと護はそれを同時に盾で受けるが、二人とも左右に吹き飛ばされてしまった。
「あー、カー君がまた‥‥」
「こいつ‥‥強い」
 歯軋りする雛菊。大男は腰をくねらせウィンクを一つ。
「あらん、ステージが壊れちゃった。やっぱりあたしが舞い踊るには造りがヤワだったみたいねぇ」
 背後に大きく飛び退き、ジェットコースターのレーンに飛び乗るディレクター。腰に手を当て、傭兵達へ告げる。
「でもあたし自ら出演って言うのも悪くないわね。いいわ、次はあーた達と遊んだげる。楽しみに待ってて頂戴ねん♪」
 投げキッスを残し姿を消すディレクター。護は瓦礫の中からカシェルを起こしながらその背中を忌々しく睨んでいた。
「逃げられたか‥‥カシェル君、大丈夫?」
「なんとか‥‥」
 頭から血を流しながら立ち上がるカシェル。羽矢子は剣を拾い、小さく溜息を漏らした。
「あぁーっ!?」
 そんな時だ。エルレーンが上げた叫び声に視線が集中する。
「どうしたんですの?」
「お金‥‥お金が‥‥」
 振り返り足元を見やる雛菊。エルレーンは自分が投げたコインを探しているようだ。
「だ、だって、お金を粗末にしたらおししょーさまに怒られるんだもん‥‥どうしよう〜っ」
 先のディレクターの一撃でセットは完全に崩壊。コインもどこにいってしまったやら、である。
「‥‥命懸けで生まれるドラマは素敵だけど、長続きしないよ」
 ディレクターの消えた空を見つめ呟くひまり。こうして終始緊張感に欠如したまま、依頼は終了となるのであった。



「最後はサンバのリズムで皆一緒に踊るよ!」
「な、何で‥‥?」
 荒廃した景色を背に踊る井草。オーレーオーレー。月読サーンーバー。
「うぅ‥‥コイン‥‥」
「‥‥一緒に探してあげるから、泣かないんですの」