●リプレイ本文
●ある意味貸切プール
残暑の厳しい日が続くある日の事だった――。
能力者達が引き受けたその依頼は特に危険度の高い物ではなく、むしろ彼らにとっては簡単な類の物のはずだった。しかし何故だろうか、彼らの表情はあまり優れなかった。
「暑い‥‥。ていうか熱い‥‥でも厚くは無い‥‥」
「地味にイラっとするキメラ作るわね‥‥」
八幡 九重(
gb1574)とシフォン・ノワール(
gb1531)は肩を並べてプール施設を眺めていた。
言葉とは裏腹に涼しげな様子のシフォンとは対照的に九重は暑さは苦手なのか既にぐったりした様子だ。
そう、今回彼女達が相手をしなければならないキメラは、情報が正しければある意味かなりの強敵に違いない。特に九重にとっては。
「うん、嫌がらせとしては中々の敵を投げて来たなと褒めてやるわ」
二人の横に並び宵藍(
gb4961)は腕を組みながら一言。そして拳を握り締めて続けた。
「だが倒す! そして遊ぶ! せっかくのリゾートを満喫出来る機会、逃すものか!」
特に言葉にはしなかったが、k(
ga9027)も彼と同じ心境であった。いやkだけではない。ある意味既にこの時点で傭兵の結束は強かったと言って過言ではないだろう。
「ステラせんせーっ! こんにちはですーっ!」
ステラ・レインウォータ(
ga6643)は側面から猛然と飛びついて来たヒイロに倒されそうになるのを何とか堪えていた。
最早抱擁というよりは攻撃というレベルだったが、無邪気にすりすりと頬を寄せるヒイロにステラは苦笑を浮かべる。
カシェルとは顔見知りの沖田 護(
gc0208)は軽く挨拶をしていたが、二人はステラがぐったりしているのを見て慌てて駆け寄ってくる。これもある意味いつもの風景だ。
「相変わらず大変そうですね‥‥」
遠巻きに微笑むナンナ・オンスロート(
gb5838)の視線の先、引っぺがされたヒイロはずるずると引きずられステラから引き離されて行った。
「カシェル様‥‥ヒイロ様‥‥。よろしく、お願いします‥‥」
「はい、よろしくですっ! 小鳥ちゃん!」
「こちらこそよろしく‥‥って、どうしてヒイロさんはそんなに馴れ馴れしいの?」
ヒイロに手を取られ、それを上下に力強く振り回される安原 小鳥(
gc4826)。戸惑う小鳥を見かね、カシェルがヒイロの後頭部を叩いて止めたのは言うまでも無い。
●太陽が眩しすぎるぜ
プール施設内に入った一行を出迎えてくれたのは屋外気温を遥かに凌駕した熱風であった。
暖めに暖められた室内の空気は最早生温いというレベルではなく、恐るべき事に避暑の世界はサウナと化していた。
「シフォンさん‥‥抱きついて良い? 何か冷たそうだし」
「頭やられちゃったか‥‥」
近づく九重の頭を掴み、片手で押し返しつつシフォンは呟く。
AU−KVを着込んだ護とナンナをヒイロはじっと後ろから見つめていた。二人が同時に振り返るとヒイロはぷるぷると震え出す。
「あの二人は暑さなんか関係ないですか‥‥。がくぷる、がくぷる‥‥」
「では皆さん、予定通りに」
ナンナの一声でそれぞれが移動を開始する。普段の彼らとは異なり、ややダラダラした移動開始だった。
事前にプールの内部構造やキメラの位置等を下調べしていたナンナに続いて移動、一行はついにキメラを発見した‥‥のだが。
25mレーンのプールの傍ら、目的のキメラは三体並んで膝を抱えて座っていた。固まる能力者達にやや遅れ、kの車椅子を押しながらやってきた小鳥が首を傾げる。
「あら‥‥? もしかして、キメラも暑かったんでしょうか‥‥?」
そんなバカな‥‥と言いたい所だったが、キメラはこちらに気づいていないのか膝を抱えて座ったままだ。確かに涼みにやってきているように見えない事もない。
更に問題なのは、熱源に近づけば近づく程暑さが増しているという事だ。身体が溶け出しそうな気温の中、あながち冗談では済まされない危険を覚える。
「見るからに暑そう、て言うか熱そう?」
「‥‥このキメラ量産されたらヤバくね? 主にボクが」
「え‥‥。別に平気だけど?」
宵藍と九重は同時に振り返り、信じられない物を見たという様子でシフォンを見つめている。
「ヒイロさん、今回は私と一緒に後ろから皆さんの動きを良く見ていて下さい」
「ヒイロ、また後ろから見てるですか? う?」
小首をかしげるヒイロの腰にステラはせっせと紐を巻きつけていた。一仕事終えた様子で額の汗を拭い、ステラは柔らかく微笑む。
「いざという時の為の、命綱です」
「見ることも経験‥‥だよ?」
護は途中でヒイロに括られた紐に気づく。カシェルは何も言わず、護の肩を叩き首を横に振った。
その騒ぎの中、kは目を伏せて自分の顔をぱたぱたと仰いでいた。間も無く、戦闘が始まった――。
●譲れぬ戦い
戦闘が開始されると能力者達は一斉に布陣を敷く。フォーメーションもキメラへの対処も事前に打ち合わせ済であり行動は迅速だ。
プールを挟んだ位置からそれぞれが銃を構えキメラに攻撃を開始する。これで鈍重な敵キメラは近づいてくるまでに時間をかけなければならないだろう。
「皆かっこいいです! ステラせんせー、ヒイロも! ヒイロも前に出たいですっ!」
「こら、ヒイロっ! ダメですよ?」
手綱を引きつつ前衛に練成強化を発動するステラ。カシェルは暴れるヒイロの頭を叩き、大人しくさせる。
「ヒイロ、思い切り応援頑張れ」
「応援ですか!? わかったです! みんな、がんばれぇーっ!」
やや投げやりな宵藍の言葉を鵜呑みにしてヒイロは両手を振り回して応援する。が、ただうるさいだけのような気もする。
「速攻で、迅速に、さっさと倒してプールで涼むわ‥‥」
シフォンの呟きも銃声の中へ消えていく。遠距離から集中して放たれる弾丸はゴーレムの身体を一方的に削り続けている。
最初の一体を破壊したのはナンナの一撃だった。竜の紋章が紅く輝き、放たれた貫通弾はゴーレムの胸を吹き飛ばした。
続く二体目も同じ展開‥‥むしろkと九重の足への攻撃で更に進行は遅く、一方的に能力者に有利な状況が続く。
しかし足が砕け膝をついたゴーレムの巨体はぐらりと傾きプールへと落ちていく。次の瞬間、大量の蒸気が爆発するように室内を覆い尽くした。
視界は完全に遮られ、蒸気の熱と勢いに一瞬全体が怯んでしまう。そんな中響いたのは護の声だった。
「大丈夫、落ち着いて! 打ち合わせ通り、誤射に気をつけて!」
「しかし、これでは、狙いが‥‥」
「なーんも見えないぜー‥‥。どうなったんだ?」
kと九重の言葉に緊張感が走る。蒸気の向こうに目を凝らすと動いている影が見えるが、狙いを定められる状況にないのは確かだ。
ふと、唐突に傭兵達の前にゴーレムが現れた。プールに落下した直後なのか、赤熱した身体はやや静まっているようだ。
振り上げる拳に反応し、ナンナと護が仲間を庇い前に出る。攻撃を防ぐと同時に二人は竜の咆哮を発動。盾で弾かれたゴーレムは再び水中に落下したが、冷めたのか蒸気はさほどでもない。
「AU−KVは、こういう時も使えるよ。カシェル君、お願い!」
護の合図でカシェルは背後の守りを発動する。
「小鳥、攻めるぞ!」
「はい、お供します」
宵藍と小鳥は声を掛け合い、迅雷を発動する。一瞬で蒸気の壁を突き抜けた二人は、ゆっくりと進行していた三体目のゴーレムを捉える。
ゴーレムを挟み、二人は武器を構えて目配せする。迷いも乱れも無い。打ち合わせ通り、後は敵を倒すのみ――。
「大鎌の威力――充分にご堪能くださいませっ!」
風を切り、二人は交錯する。小鳥のディオメデスが岩を砕き、宵藍の二対の刃が煌いた。足を砕かれ倒れるゴーレム、そこへ振り返り宵藍はエアスマッシュを放つ。
「そんなトロい攻撃、当たるかよ!」
反撃の余地もなくゴーレムを衝撃波が切り裂き、それは霧さえも晴らしていく。倒れたゴーレムの前、鎌を振り上げた小鳥が小さく微笑んでいた。
「暑いんだから、さっさと、倒れ、なさい‥‥っ!」
プールに落ちたゴーレムはスナイパー三名の集中砲火を受け、成す術無く壊れていく。やや哀れな幕引きにそれぞれが額の汗を拭い思うのであった。
『暑い』――と。
●さよなら残暑
戦闘終了後、ゴーレムの残骸の片付け等をしている間に空調が復活し、一行は適温の中思い思いプールで涼しさを満喫していた。
子供っぽいワンピースが妙に似合うのは九重だ。傭兵達の中を歩きつつ、視線はとある一点へ収束している。
ナンナやステラを見ていると言葉に出来ない感情がメラメラと湧き上がってくるのだが、ヒイロを見ているとどこか安心した。
気になるのは小鳥なのだが、彼女は水着に着替えていなかったので何とも言えない。そうして九重は目標を発見し、隠密潜行まで使用してこっそりと近づいていく。
「額の傷、大丈夫?」
「え? うん、もう大丈夫‥‥っていうか、この間はごめんね。あれは完全に僕の不注意だった‥‥ははは」
こそこそ移動する九重の背後、護とカシェルはプールサイドで話しこんでいた。
内容は前回の依頼の事や、トレーニングについて等‥‥。傷を気にした護にカシェルは額を見せ、笑いあったりしていた。
「あ、そういえばナンナさんなら、向こうにいるよ」
「ごふっ!? ど、どうしてここでナンナさんの名前が出てくるの‥‥」
思い切りジュースを吹き出すカシェルの背中を押しつつ、護はその様子に自分の姿を重ねていた。護はカシェルを見送り、それからヒイロに目を向ける。
「ふおおおーっ! ステラせんせー、ステラせんせー! プールです! 冷たくてきもちいーです!」
「そうですね‥‥って、そんなに走ると転びますよ? ヒイロ」
と言っている傍から躓き、プールに転倒するヒイロ。やれやれという様子で眺めるステラと護だったが、ヒイロはいつまで経っても浮かんで来ない。
「‥‥ぷはあ! た、たすけて! ヒイロ泳げないですっ! うわぁん!」
「え、泳げないんですか!?」
たまたま通りかかった宵藍がヒイロを回収すると、ヒイロは泣きながらステラの足に縋り付いていた。
「ぐすん‥‥。ありがとうです、宵藍君‥‥」
「宵藍君って‥‥。俺はこう見えてもヒイロよりかなり年上なんだけどな」
その言葉に更に驚くステラと護。ウォータースライダーに向かった宵藍を見送り、護はヒイロに訊ねた。
「ヒイロちゃん、能力者の修行は厳しい?」
「厳しく険しい道のりなのです‥‥。でも、ヒイロは楽しいですよ? ヒイロは毎日頑張ってるのです! しゅっしゅ!」
と言いつつステラに膝枕してもらったままゴロゴロと甘えているヒイロ。護は少しだけ嬉しそうに、そして困ったように微笑んだ。
シフォンは一人、プールサイドで自らの成長具合を確認していた。やや水着の胸元がきつくなった気がしないでもない。
そんな時、唐突に背後から九重が飛びついて来たのである。そのままなにやら体をまさぐり、したり顔で九重は言う。
「ぺた仲間だと思ってたのに‥‥ルラギリモノめ」
「にゃ、何するのよっ!?」
プールに蹴落とされる九重はどこか満足気な表情だった。ぷかーっと浮かんでくる彼女を見下ろし、シフォンは一言。
「‥‥馬鹿じゃないの?」
今度はこんなバタバタした感じではなくゆっくりと来たいものだと思う。今度はそう、片思いの相手と一緒に――。
ナンナはパラソルの下、リクライニングチェアに腰掛けリラックスした様子だ。遊具に興味はないが、こうしてのんびりするのは悪くない。
ふと視界に護に背中を押されやってくるカシェルが見えて顔を上げた。カシェルはロボットのようなガチガチの動作で歩み寄ると、引き攣った笑みを浮かべる。
「お、お疲れ様でしたナンナさん」
「はい、お疲れ様です」
その後、かなりの沈黙が続く。カシェルが滝のように汗をかいている理由、それはナンナには暑さの所為なのだろうとしか思えなかった。
「ぼ、僕何か飲み物でも取ってきます! ちょっと待ってて下さい!」
「え? はい‥‥あ、走ると危ないですよ」
直後、カシェルは盛大に転倒した。ナンナの黒ビキニは彼にとっては刺激が強すぎたのだろう。
ナンナは彼を気遣い近づいたが、カシェルは逃げるようにして這いながら走り去っていった。
ただでさえ着替えの時、kにからかわれてカシェルの中の桃色ゲージが上昇していたのだ。彼は頑張った。頑張った方なのだ。
「‥‥みなさん、元気ですね」
ぷかぷかとプールの上に浮き輪で浮かぶk。表情は一切変わっていないが、それなりに彼女は楽しんでいた。
そこへぷかぷかとヒイロが浮かんだ浮き輪が流れてくる。ヒイロはkとは違う理由で浮かぶ事しか出来なかったらしい。
「ぷかぷか‥‥。kちゃん、一緒にぷかぷかしていいですか?」
「では一緒に、ぷかぷか、しましょう」
「ぷかぷか‥‥! ぷかぷか‥‥!」
だがそこへ九重が蹴落とされ、波でヒイロが転覆してしまう。足だけを水面から出してもがくヒイロにkは戸惑うばかりだった。
「kもヒイロも浮いてるだけじゃなくて、ウォータースライダーとかどうだ? 結構面白かったぞ」
「でも、kは、足が‥‥」
「大きいゴムボートで滑るやつもあるし、何かあったら俺達が助けるさ」
「そうですよ! kちゃんも一緒に行くですっ!」
宵藍がkを引き上げ、ヒイロも漂流しつつ何とか陸に辿り着く。皆でスライダーに行く事になり、ヒイロはナンナとカシェルの所にも駆け寄ってきた。
「二人とも、スライダーに‥‥。何してるですか?」
「何、してるんだろう‥‥」
カシェルはナンナの隣に正座し、水着を見ないように遠くを見てジュースを飲んでいた。
「小鳥ちゃーん! 遠くで見てないで一緒に来るですようっ!」
ぼんやりと空想に浸っていた小鳥にヒイロが手を振っている。小鳥は水着に着替えなかったのでスライダーは無理そうだが、楽しげな仲間を眺めるだけで楽しかった。
仲間達が手を振って自分を呼んでいる。夏が終われば、今日の事もきっといい思い出になるだろう。穏やかな予感と共に小鳥はゆっくりと立ち上がり、仲間に小さく手を振って応じながら歩き出すのであった――。