タイトル:ダブル・ミーニングマスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: 不明
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/10/08 23:40

●オープニング本文


●戦友
「普段ぐうたらの癖に、約束だけはキッチリ守る所‥‥変わってねぇのな」
 場末と呼ぶ事に何の躊躇も出来ないような薄汚れたバーのカウンター席、マクシム・グレークは旧友の声にグラスを傾けた。
「灰原‥‥生きていたのか」
「ひでぇ言われようだな。ま、俺達みてえなハイエナはいつ死んでもおかしかねぇ」
 白スーツの男は微かに笑い、酒の注がれたグラスを手に取った。
 二人の邂逅、それはあの戦場での再会にまで理由を遡る。
 あの日、親バグア組織殲滅依頼を受けたマクシムは単独行動中に灰原と遭遇した。驚いたのは、二人が旧友であったという事だ。
 兎に角詳しい事情を知る為、マクシムは立ち去る灰原に日時と場所を指定。そうして無事、互いの打算もあり邂逅は成立した。
「何故バグアについた」
「強いからな。他に理由が要るか?」
「強化人間になったか」
「ああ。強いからな」
 琥珀色の液体を一気に飲み干し、灰原は目を瞑る。
「俺達は所詮ハイエナだ。戦場でしか生きられねぇ。人殺しと呼吸は同義。死肉を求めて強者のケツを追っかけウロつく‥‥そんな運命が関の山だ」
 沈黙で返すマクシム。足を組み、灰原は問う。
「お前は能力者になった。それは力が欲しかったからだろ? 俺と何が違う」
 返す言葉もない。それに彼の言葉は納得出来た。
 戦場で生きる者は戦場でしか生きられない。骨身に染みて理解しているからこそ、反論の言葉は紡げない。
「引き返せないか」
「今更宗旨変えってのは上手くねぇ。俺達は戦争のプロだ。クライアントを裏切ったら最後。お前こそどうだ、バグアにつくってのは。どうせフリーだろ?」
「俺にヨリシロになれと言うのか」
「強くなれるならいいじゃねえか。それに俺は試してみてえ。俺という自我が、ヨリシロになった時どれ程意味を持つのか」
 馬鹿馬鹿しい、というニュアンスで鼻を鳴らすマクシム。灰原は肩を竦め、息を吐く。
「訊きてえ事がある。こっちに裏切り者がいる。お前、知ってるか?」
「答えると思うか?」
「‥‥だろうな。そいつを聞きたかったんだが、それなら仕方ねえ」
 席を立ちサングラスに手を伸ばす灰原。それから去り際に酒代と紙切れをマクシムの前に置いて行く。
「暫くそこに居る。気が変わったら来い。待遇は保証してやらぁ」
「‥‥ああ。気が変わったらな」
 店を後にする灰原。二人は扉一枚越しに同時に思案する。こんなもの、十中八九罠――。
 どちらにしても同じ事。目的を果たす為、互いの身を賭けに使うしかない。ここからはハメるかハメられるか。マクシムはグラスを傾ける。
「ブラッドは頼れない。となると‥‥あのお嬢さんくらいか」
 気は進まないが何かに使えるかもしれない。静かに脳裏で策を練りつつ、男は縮こまって酒を飲むのであった。

●共闘
「動くな」
 隠密行動中に背後から聞こえた声は心臓を強く締め付ける。
 首筋には大きな切っ先。スバル・シュタインはゆっくりと振り返り、影を見た。
「パイロドスか。君は俺と同じフライング組かな?」
 男は爽やかに微笑み大剣を下げた。気配を全く感じられなかったのは自分が未熟だからか、或いは‥‥。
「貴方は?」
「俺は朝比奈。君は?」
「‥‥スバル・シュタイン」
 男は何か逡巡した様子だったが、怪訝な様子で被りを振った。
「で? 依頼の出発日は明日の筈だけど」
 そう、彼女は依頼を受ける筈だった。敵強化人間が潜むかもしれないアジトへ向かい、是を殲滅する事。シンプルな内容だ。
「それは貴方も同じでしょう」
「俺は個人的な要件‥‥ま、下見って所?」
「私も同じです。ですが‥‥」
「近づきすぎても危険だからここでオロオロしてたと」
 認めるのも癪なので黙りこむスバル。朝比奈は剣を木に立て掛けその場に座り込んでいる。
「張り詰めすぎだ。こういう時は休めるだけ休んだ方がいい」
「そんなんで敵の足取りを掴めるんですか?」
「掴めるさ。この場所を掴んだのも俺だからな」
 驚くスバル。しかし朝比奈にすれば通常営業そのものである。
 これまでも一人で敵を追い、時に仲間を利用し戦ってきた。
 先日の戦いで敵を取り逃してからも彼は一人でその痕跡を追っていた。体力もいい加減尽きてきたが、アジトを見つけてからはずっと見張りについている。
「‥‥頭悪そうですね」
「君もだろ。連中があそこに入ったのは事実だ。後は他の連中が来るまで待って合流すればいい」
 確かにその通りと納得しスバルは朝比奈の隣に腰を降ろす。
「君はどうしてフライング? 別に他の連中と一緒に来ればいいのに」
「‥‥逃がしたくないからです。やっと‥‥手掛かりに近づいた気がするから」
 握り締めた銃を見つめ俯くスバル。朝比奈は片目だけ開いてその様子を見ている。
「『刀狩り』か?」
「どうしてその名前を‥‥」
「それは秘密。君こそどうして?」
「それは‥‥」
 僅かに迷う。脳裏を過ぎる凄惨な景色と、自らの所為で失った大切な人‥‥。
 アレに対峙すれば、また同じ事になるかもしれない。恐怖は消えない。能力者になって、強がっても。
「内緒です」
「そうですかい。じゃ、夜明けに仲間が来るまで交代で見張りって事で」
 頷くスバル。あそこに強力な敵がいる。それを倒せば何かわかるかもしれない。
 夜明けが待ち遠しい。けれどずっと来なければいいとも思う。
 自分が怯えているのだと、震える指先が誤魔化しようも無く事実を突きつけていた。

●取引
 時を、僅かに遡る――。
「わざわざ旦那が来るこたなかったんじゃねぇの?」
 トラックを降り、大地に足を着く。巨体が揺れればトラックも揺れ、崩れかけのアスファルトが軋んだ。
 身の丈は三メートル近い。襤褸の布で覆われていてもその巨体が屈強である事は疑いようも無い。
「あんたは黙って荷を渡しゃいいんだよ、灰原。主様、出歩かずに寛いでて頂戴よ? 暇だっていうからつれてきてあげたんだからね」
 巨体に続き、女の声。フードを剥ぎ取り、艶やかな黒髪を靡かせ女は主の隣を行く。
「久しぶりだな、ムクロ。エンジュはどうした?」
「あのお使い男ならこの間くたばったさね。抱え込みすぎて自滅って感じにねぇ」
 女の前に立つ白スーツの男は肩を竦める。巨体は既に建物の中に消え、続いて何体かのキメラが建物へ入っていく。
「荷の積み込みはすぐ終わる。寛ぐ間はねぇぞ」
「‥‥あんた、つけられたね」
 遠く遠く、闇の中を睨む女。灰原には何も見えないが、そこに女は何かを見ていた。
「警戒態勢急ぎな。ネズミにここを捕まれたんなら仕方ない、殺すしかないねぇ」
「こっちの不手際で申し訳ねえ」
 本心なのかどうか、肩を竦めて笑う灰原。ムクロは舌打ちし、隠していた長銃を抜く。
「ヘマはキッチリ返して貰うからね」
「旦那が欲しがってた壷でどうよ?」
 紅い口元をゆっくり持ち上げる女。夜明けを待つ闇の中、乾いた風が吹き抜けていく。
 待ち受ける闘争を、今か今かと急かすかのように。

●参加者一覧

藤村 瑠亥(ga3862
22歳・♂・PN
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
六堂源治(ga8154
30歳・♂・AA
加賀・忍(gb7519
18歳・♀・AA
館山 西土朗(gb8573
34歳・♂・CA
ヨダカ(gc2990
12歳・♀・ER
張 天莉(gc3344
20歳・♂・GD
犬彦・ハルトゼーカー(gc3817
18歳・♀・GD

●リプレイ本文

●夜明け前
「はあ〜‥‥」
 高速艇で現地へ向かった傭兵達。彼らは目的地に向かう道中、先行していた二名の傭兵と合流を果たした。
「いいですか、す〜ちゃん。強化人間を相手に今までみたいに突撃したら一瞬で殺されるですよ?」
 追いつくなり溜息混じりに説教を始めるヨダカ(gc2990)。明らかにヨダカの方が小さいが、スバルはしゅんとして話を聞いている。
「す〜ちゃんはヨダカと違って殺すべき特別な相手がいるのでしょう? ならそいつ以外の為に死んではダメなのです。す〜ちゃんは憎悪が足りません、もっと深く憎むのです」
 覚醒し、金色の瞳でスバルを見つめるヨダカ。その頭をぽんぽんと朝比奈が撫でる。
「心配してくれたのか? 良かったなスバル、友達がいて」
「‥‥で、このおじさんは誰です?」
「おじ‥‥俺はまだお兄さん! 名前は朝比奈君だ! 最近の小学生はみんなこうなのか?」
 鼻息荒く語る朝比奈。小学生呼ばわりされたヨダカはむっとした様子で詰め寄ろうとするが、背後から六堂源治(ga8154)に抑えられてしまう。
「しかし、朝比奈が動いてるって事はこの一件‥‥『刀狩り』絡みか?」
「ああ。ま、この間の続きって感じだな」
 何度か依頼を共にした二人は気さくに情報交換を行なう。その会話中、気になる事があった。
 朝比奈は前々から『刀狩り』を追っていたが、何故ここにスバルがいるのか? それがよくわからない。
 スバルを見やるとまだヨダカに説教されている。以前、彼女の仇について耳にしたが‥‥。
「‥‥ウダウダ考えてても仕方ねぇな」
 頭を振る源治。その背後、首元に手をやりながら張 天莉(gc3344)は決意を固めていた。
「人に優しくするためには、まず勝利‥‥ですか」
 敗北という言葉の意味は嫌と言う程思い知らされた。それは彼の中に強さへの渇望として形を変え今も宿っている。
「まあ、そう気負いすぎず、だね。私達は、共にあるのだから」
 軽く天莉の肩を叩くUNKNOWN(ga4276)。天莉は頷き、微笑を返した。
「夜明けの空‥‥殺し合うにはいい日ね」
 僅かに朱に染まる空の彼方を見つめ、加賀・忍(gb7519)が呟く。やがて日は昇り、この闇に平等に朝を齎すだろう。
「あれが例の天文台か‥‥」
 地図を手に山頂付近に聳える天文台を見つめる館山 西土朗(gb8573)。その地図を朝比奈が覗き込む。
「偵察してたんだろ? 様子はどうだ?」
「んー、敵があそこに入ったのは間違いない。この辺は罠なんかも調べてみたが特に無い。すぐ距離を取って闇に潜んだから見つかってもいないと思うぜ」
「なるほど‥‥。ま、バグアの拠点だからな。油断は禁物って所か」
「‥‥おっさん、見た目に似合わず結構細かいんだな」
 丁寧に地図を畳み、西土朗は『ほっとけ』と言わんばかりに片手を振った。
「さて‥‥行くか。何かしら掴めるといいんだが」
 装備を確認し呟く藤村 瑠亥(ga3862)。その背後で犬彦・ハルトゼーカー(gc3817)は自らの装備した盾を見つめていた。
「こいつをまた使う日が来るとはな‥‥」
 思えばこれまで『攻撃は最大の防御』をモットーに槍を手に強敵に突き進んでいた犬彦。だが‥‥。
「‥‥毎回穴だらけは、な」
 一人こくこく頷く。それで倒れる倒れないは別として、当然それは気持ちの良い事ではないので。
「では行こうか。警戒し、探りつつ‥‥しかし落ち着いて、ね」
 UNKNOWNが帽子を傾けながら微笑む。傭兵達は山道を登り、天文台を目指し始めた。

●迎撃
「確かに、今の所罠の類は無いみてえだな」
「だから無いって言ったろ」
「おじさんの偵察だけじゃ信用出来ないのですよ」
 横並びに走る西土朗、朝比奈、ヨダカ。道中罠を警戒して移動しているが、今の所それらしい物には遭遇していない。
 朝比奈には行き過ぎた警戒に見えるのか、やや遅い進行速度にやきもきした様子。が、ヨダカの一言で大人気なく睨み合っている。
「賑やかだ、ね」
「いいんじゃないかしら。邪魔にさえならなければね」
 UNKNOWNの呟きに微笑む忍。そうして順調に前進し、天文台に近づいてきた時であった。
「おっと。朝比奈、少し右に、ね」
「あ?」
 立ち止まり振り返る朝比奈。その背中にどこからか飛来した攻撃が着弾する。吹っ飛ぶ朝比奈。
「ああ。右にと言ったのに」
「わっかんねーよ! もっと危機感持って叫べよ!」
「危機と言うか狙撃、と言う事だね」
 遠距離からの連続射撃。各自慌てて身を隠し、一先ず様子を見る。
「思いっきりバレてんなあ」
「これだからおじさんは」
 苦笑する西土朗に続きヨダカが唇を尖らせる。瑠亥は視線を仲間へ向けないまま小さく問う。
「‥‥さて、どうする?」
「まだかなり距離があるッスね。もう少し距離を詰めないと」
「私はもう少しだけ前に出れば、ね。攻撃は届くかな」
 源治の言葉に煙草に火をつけつつ返すUNKNOWN。犬彦は溜息を一つ、身を隠す木を軽く拳で叩く。
「こんなもんその気になったらブチ抜かれるな。仕方ない、うちが行く。壁代わりにするなりなんなり、まあ頑張ってくれ」
「引き受けて貰えるか。有難うな」
 西土朗の言葉に片手を軽く振って応じる犬彦。それから盾を構え一息に駆け出した。
 走る犬彦を遠距離からの弾丸は正確に捉える。片腕でライフルを構える女目掛け、傷を負いながら犬彦は突っ込んでいく。
「すごい‥‥」
「‥‥す〜ちゃん、真似はしないで欲しいのですよ?」
 犬彦に続き走り出す傭兵達。潜んでいる事は敵も理解しているが、正面から走ってくる犬彦を無視も出来ない。
「ちっ、手間をかけさせるねぇ!」
 弾丸は盾で受けきれず犬彦の身体を貫くが、そのまま犬彦は足を止めずムクロへと跳びかかる。
 バックラーで殴りかかる一撃をムクロは銃身で防御。すかさず犬彦が槍を繰り出すが、それを紙一重でかわす。
 体勢を立て直そうとした所へ続けて火炎弾が飛来する。止むを得ず飛び退くムクロ、更に犬彦が距離を詰め押さえ込みにかかる。
「さて。今の内に行きたまえ」
 銃を下ろし仲間に語りかけるUNKNOWN。傭兵達はこの隙に各自ムクロの突破を試みる。
「では、頼む‥‥と」
「‥‥拝承」
 擦れ違い様犬彦に目配せする瑠亥。更に傭兵達はムクロを無視して先へ進んでいく作戦だ。
「このあたしを無視とはねぇ‥‥ナメた真似してくれるじゃないか!」
「ふむ。まあ、酒でも飲まないかね?」
 すかさずの連射から走って逃れるUNKNOWN。ムクロは今にも噛み付いてきそうな様子だ。
「ふられてしまったよ、犬彦」
「‥‥知らん」
 更にムクロはムキになって黒ずくめの男を狙うが、男は踊るように攻撃を回避。しかも鼻歌交じりである。
「ちっくしょー! 何だいあの男!? あんなにイラっとする男は初めてだよ!」
「とかやってるうちに皆行っちまったぜ?」
 西土朗の言葉ではっと振り返るムクロ。傭兵はここに犬彦と西土朗を残すのみで、あの男の姿もここにはない。
「‥‥たったの二人かい? ナメられている事には変わりないようだねぇ」
「そういうつもりはねえが、二人で倒すしかないなら仕方ねえだろ?」
「倒せるつもりかい? だから、それがナメてるって言うんだ」
 構える三人。たった二人相手にここで足止めを食うというのはムクロの行動としては理に適っていない。それでもそうしたのは矜持、或いは大きな勝算に由来する。
「決闘ならば負け知らず。二人相手でもまあ変わらないだろう。『魔弾』のムクロ――餞に覚えて逝きな」
「眼帯に隻腕‥‥そんなんでまともに戦えるんか?」
「試してご覧よ。おチビさん!」
 構える犬彦。ムクロは引き金を引き、無数の弾道が犬彦を襲う――。


「やっぱり何か仕掛けてあるですね」
 天文台の入り口を潜った直後、ヨダカは屈んで足元を探る。
「これは‥‥ワイヤートラップ?」
「対人地雷、クレイモアなのです。能力者相手には足止め程度にしかならないでしょうが」
 口元に手を当て思案する天莉。つい最近、全く同じトラップを仕掛けて来る敵と遭遇した事を思い出す。
「‥‥ワイヤーだけですか? 遠隔操作型の爆薬等もあるのでは?」
 きょろきょろ周囲を見渡す天莉。すると監視カメラの一つが目に留まる。ヨダカも遅れそれに気付いた。
「確かに有り得るですね。とりあえず‥‥」
 多目的ツールを取り出すヨダカ。それを見て朝比奈が身を乗り出した。
「ちょっと待て、まさか全部解除するつもりか!? 奴らに逃げる時間を与えるようなもんだろ!」
「確かに一理あるッスね。これまでも敵には結構逃げられてるし」
 腕を組み頷く源治。ヨダカは頬を掻き、振り返る。
「じゃあどうするつもりですか?」
「ヨダカは練成治療使えるか?」
 頷くヨダカ。朝比奈はそれを確認し、大剣を構える。
「こうするに決まってんだろ!」
 雄叫びを上げ走り出す朝比奈。次々にトラップが発動し、爆発やら何やら凄まじい轟音が聞こえてくる。
「うおっ、朝比奈!?」
「無茶苦茶ね‥‥まあ手っ取り早いんじゃない?」
 叫ぶ源治。その隣で忍は冷静に腕を組んで様子を見ている。
「‥‥す〜ちゃんはくれぐれも真似しないで下さいね」
「あの、私も流石にあそこまでは‥‥」
 朝比奈の強行軍を見届ける事無く身を翻す瑠亥。彼はある目的の為、これより単独行動に移る。
「俺はそろそろ行かせて貰う」
「え、どちらへ?」
 事情が分っていないスバルだけ首を傾げたが、他の者は特に気にせずその背を見送った。
「爆発音が収まったッスね」
「そろそろ行きましょうか」
「‥‥朝比奈さん、無事だといいのですが」
 源治、忍に続き傭兵達は前へ。最後に天莉が不安げに呟き、後に続いた。

●因縁
 道端に転がる朝比奈を回収し天文台の施設内を進む一行。その道に二体の武者キメラが立ち塞がる。
「源治、こいつら‥‥」
「ああ。また見た目が変わってるッスね」
 刃を手に言葉を交わす忍と源治。二人はこのキメラと何度も対峙してきたが、その装いは毎回変化している。そして――。
 キメラが動き出した。その初動の速さは前回までとは比べ物にならない程だ。前回までは所詮刀を持ったキメラだったが、この敵の動きからは剣術の心得さえ感じる。
 突撃してくるキメラと刃を交える忍。闇雲ではなく正確な殺意を以って繰り出される斬撃は鋭く、気付けば忍は押し込まれていた。
「く‥‥っ!」
「コイツぁ‥‥結構骨が折れるかもな」
 同じくキメラと切り結ぶ源治。以前は容易く組み伏せられたが今回はそうも行かない。
 身を引き構え直すキメラ。その背後、靴音を鳴らし通路を歩く男の姿が見える。
「そいつら結構強ぇだろ? 普通のキメラとはちょっと違うからな。ま、簡易強化人間って所か」
 低く笑う声。人の感覚を逆撫でするようなその声に天莉は覚えがあった。
「え‥‥? アレは‥‥白スーツ?」
 派手なサングラスの向こう、鋭い眼光が微かに笑う。天莉は無意識に首の傷跡に触れ、男を睨み返す。
「何だ、いつぞやのぼうやじゃねえか。生きてたのか。良かったなぁ?」
「天莉、知り合いなのですか?」
「‥‥ええ」
 ヨダカの問いに答えるも視線は敵を見つめている。男はわざとらしく腕時計を確認し、両手を挙げて笑う。
「おっと、時間がねえな。今日はVIPもいる事だし、さっさと逃げの準備を進めねーと。ま、精々キメラと遊んでな」
「待てっ!」
 ひらひらと手を振って走り去る灰原。天莉はその後を追おうと一歩身を乗り出す。
「ふむ。誘われている、ね?」
「うおおいつ合流したんだ!? さっきまであの女と戦ってたろ!?」
 いつの間にか背後に立っていたUNKNOWNから飛び退く朝比奈。黒ずくめの男は紫煙を吐き出し微笑んでいるだけだ。
「あからさまな罠なのですよ、天莉」
 ヨダカはバイブレーションセンサーを発動。周囲の様子を探る。
 正面の通路はT字路になっており、灰原の走り去った方向とは別にいくつか動いている反応を検出する事が出来る。
「あの男は左‥‥でもキメラが配置されているのは右なのです。戦力を分散させるのが狙いですか‥‥?」
「だとしても‥‥すみません。アレの相手、任せて貰えませんか?」
 天莉の言葉に視線が集中する。天莉は強く拳を握り締め、顔を上げた。
「このままだと私、ガーディアンなんて名乗れないんですよね。だから‥‥」
「いいんじゃねえの? ワケアリなんだろ? 行けよ、男の子なら」
 軽い口調で肩を叩く朝比奈。続き、UNKNOWNが隣に並ぶ。
「では、私も同行しよう。あちらを放置と言う訳にもいかないしね」
「UNKNOWNさん‥‥すみません」
「言っただろう? 私達は共にある、と」
 目を瞑り、煙草に火をつけるUNKNOWN。話も纏まった所で傭兵達は突破を試みる。
 仲間達がキメラを押さえ込んでいる間にUNKNOWNと天莉は通路を突破。T字路を左に曲がる。
 その途中、壁にかけてある案内図が目に留まった。この道を進めば――その先は。
「望遠鏡観測室、天体ギャラリー‥‥と」
 二人が突破したのを確認し、残りの傭兵は本格的にキメラの撃退に移る。
「突破した先にもキメラがいるのです! ここで倒しておいた方が後々楽そうなのですよ!」
「確かに、これに後ろから追われたら面倒ッスね」
 拳銃をキメラに向け引き金を引くスバル。キメラは銃弾を剣で次々に弾き、襲いかかってくる。
「スバル!」
 その側面から跳びかかりキメラを斬り付ける忍。そのまま走り抜け、通路の壁を蹴って背後に跳ぶ。
「忍ちゃん、合わせるぞ!」
 大剣をキメラに叩き付ける朝比奈。そちらの攻撃を防御した隙に背後から忍が斬り付ける。
「朝比奈!」
 怯んだ所へ同時攻撃。更にスバルの銃撃が命中、キメラは血を流して倒れこんだ。
 一方源治はもう一体のキメラと切り結んでいた。鍔迫り合いから強く押し返し、飛び退いたキメラに衝撃波を放つ。
 蹴りから繰り出された低い位置の衝撃でキメラは転倒。すかさず駆け寄りその身を両断する。
「相変わらずのお手並みね」
 刃の血を掃い鞘に収める源治。そこへヨダカが練成治療を施す。
「傷はヨダカが回復するのです。さあ、まだ先は長いのですよ!」

 一方その頃、灰原を追って進んだ二人は広いスペースに出ていた。
 現在は使用されなくなって久しい旧型の望遠鏡が中央に展示されたギャラリースペース。周囲には天体に関する様々な資料が散乱している。
「ちっ、連れたのは二匹だけか」
 足元に転がる額縁を踏み、灰原は頭を掻いている。それから溜息を一つ、短刀を手に取った。
「しっかし、あんな目に遭って良くまた戦場に出て来れたなぁ‥‥ん〜?」
 しかし灰原の話をまともに聞かず天莉は周囲を警戒していた。罠の類は設置されていて当然の相手だ。
 だが今の所罠らしき物は見えない。施設自体古いのか、壁は所々崩壊している。毒ガスという可能性も薄いだろう。
 考え方を変えれば、準備出来たのは先のエリアだけという事も有り得る。敵がこちらに気付いていたのはムクロの迎撃で明らかだが、時間が十二分にあったかどうかはまた別の話。
 故に、考えすぎても墓穴を掘るだけ。意識を切り替え、警戒を緩めず、しかし灰原に集中する。
「何だ、甘ちゃんがちったぁマシな顔になったじゃねえか。来な、痛めつけてやるぜ?」
 駆け出す天莉。灰原は舌を出して笑い、風の如き身の軽さでそれを迎え撃つ――。

「ここは‥‥プラネタリウム、ですか?」
 呟くヨダカ。連絡通路に配置されたキメラを撃破し、先へ進む傭兵達。別館にある大きなプラネタリウム、その扉が待ち構えている。
「罠の類は無さそうですね」
 互いに目配せし、周囲を警戒。息を合わせ、両開きの扉を開いた。
 プラネタリウムはまだ生きていた。所々虫に食われた星空の下、大きな影が背を向けている。
「間違いねえ‥‥あいつだ」
 拳を震わせながら瞳に怒りを湛える朝比奈。傭兵達の中から一人飛び出し、それに襲い掛かる。
「――見つけたぞ! 『刀狩り』ぃいいっ!」
 振り返る巨影。振り下ろされる大剣。結果吹き飛んだのは‥‥朝比奈であった。
 そのまま飛んで戻ってきた朝比奈は壁をぶち抜き退場。影は地を軋ませ、自らを覆う襤褸布へと手をかけた。

●『刀狩り』
 ムクロの放つ弾丸は正確無比かつ疾風怒濤。一撃の威力は他の強化人間に比べれば軽いが、その精度と連射速度は比較にならない程の力を持つ。
 天文台入り口前にて対峙する犬彦と西土朗は完全に攻めあぐねていた。今は西土朗が犬彦を壁にする形で何とか持ち堪えているが、攻めに転じようとすればすぐさま狙い撃ちにされるだろう。
「こいつはうまくねえな‥‥」
「攻撃の軌道が見切れん」
 彼方此方から血を流しながらけろりとした様子で呟く犬彦。急所は盾で守っているが、攻撃されると思ってから防いだのでは防御は間に合わない。
「犬彦さん、気付いたか」
「ああ。あの銃、リロードがない」
 と、言うより、恐らく厳密には銃ではないのだ。マスケット銃の様な外見をした、人類側で言う所の超機械。エネルギーガンと呼ばれる武器がそれに近いだろう。
 故に、息つく間も無い。遠距離から一方的に弄り続けられそれでも耐えているのは犬彦の頑丈さ、そしてダメージをすぐさま西土朗が回復しているからである。
 しかしそれにも限界はある。そしてそれははもう近い。薄く延びた不快な時間の中、二人はただ耐えるしかない。今は――ただ。
「お話にならないねぇ。さっきまでの威勢はどうしたんだい? これなら本気を出すまでもないねぇ!」
 精一杯苦しげな表情でムクロを睨む西土朗。それは本心でもあるが、しかし同時に策でもあった。
 本来ならば、攻め続けて十全。だがムクロの注意は今二人に釘付けになっているし、苦しい状況に耐えようと必死な姿には確かな説得力があった。
「すまねえな。辛い役目を任せちまった」
「‥‥別に。それより」
 目配せすらしなかったが、それで西土朗には通じた。息を合わせ、犬彦は一気に走り出す。
「はっ! 苦し紛れの特攻かい!?」
 盾を構えて走る犬彦の身体を光の弾丸が抉っていく。西土朗はエネルギーガンを構え、犬彦の接近を援護するように攻撃。しかしムクロの羽織ったマントが光を悉く弾いてしまう。
「残念だねぇ! 終わりだよ!」
「‥‥お前がな」
 二人の決死の反撃は、結果としてこの上ない『陽動』として成立した。
 先行したと見せかけて建物の上に移動。身を隠し好機を窺っていた瑠亥の存在にムクロが気付く事は無く。
 夜明けの空を舞い降りて繰り出された彼の刃が背を引き裂く痛みを以ってして、彼女は漸く己の油断を自覚する。
「な‥‥!?」
 警戒、探査の能力に優れた強化人間であるムクロ。それがたかだか背後からの攻撃に反応出来なかったのは慢心による所が大きい。が、それを引き出したのは目の前の二人。
 西土朗は小型超機械を使用。ムクロの手元に向かい電磁波を発生させる。狙いは武器の損傷、或いはその取り落とし。それは成功しなかったが――。
 接近し、盾でムクロの腕を打つ犬彦。先の攻撃の事もあり、銃は空を舞った。
 怒りの言葉を口にするより早く犬彦の槍と瑠亥の刃がムクロの身を貫いた。血を撒き散らしながら女はマントを翻す。
「やって‥‥くれたねぇ!」
 腰には刀の鞘――否、銃のホルスター。グリップを握り、振りぬくと同時に周囲を薙ぐ挙動はさながら居合いの一刀。犬彦は盾で防ぎ、瑠亥は身をかわす。
「こちらの距離だ‥‥逃がさん!」
 瑠亥の連撃。剣は僅かに光の軌跡を描き目にも留まらぬ速さでムクロを襲う。が、ムクロも同等の速度で銃を動かし致命傷を防ぐ。
「‥‥仕方ないねぇ。これは使いたくなかったが‥‥!」
 片手で左目の眼帯をずらすムクロ。その挙動に何か異様な気配を感じ、犬彦は即座に飛び退く。
「瑠亥、下がれ! 何かやばい!」
 しかし瑠亥は距離を離そうとはしなかった。実際彼はこの距離ならムクロを圧倒できる手応えがあり、それは間違いではない。そう、この時点までは。
 銃を構えるムクロ。瑠亥は回避動作を取る。至近距離、銃口から逸れるだけでいい。が――。
「‥‥何っ?」
 銃撃は瑠亥の身体を貫いていた。ムクロの外れた眼帯が地に落ち、覆われていた蒼く輝く瞳が見える。
 銃を片手で回すムクロ。その度に銃身は紫電を帯び、淡い光は銃口に収束される。
 放たれた一撃は連射ではない。一撃に収束した光の弾丸は爆ぜ、容易に瑠亥の身体を遥か後方に吹き飛ばした。
「藤村さん! 何だ‥‥何をされた!?」
 倒れた瑠亥を治療しようと走る西土朗。その身体を蒼い光が覆い、途端に身動きが取れなくなってしまう。
「銃じゃなくて、こっちが『魔弾』ってね。眼球と融合した武装。焦点を合わせ、特定の対象の四肢の動きを奪う」
 再びチャージショット。動けない西土朗をに光弾が炸裂、爆発で西土朗の身体も吹き飛んでいく。
「さて、お次は――」
 犬彦も同様、体の動きが硬直する。しかし犬彦は光に覆われても辛うじて防御の姿勢を取れていた。
「驚いたねえ。こいつに抗えるのかい?」
 返事はない。犬彦は真っ直ぐにムクロを見据えている。女は溜息を一つ、晴れやかな表情で告げる。
「いい根性だよ、あんたら。また相手になってやる。いつでもおいで」
 引き金を、引く。光が――爆ぜた。

 灰原の刃には毒があり、攻撃に耐えたとしても体力は明確に減っていく。
 風を裂いて繰り出される剣の乱舞を天莉は良く絶えていた。防御に全身全霊を注ぎ、己の全てを以ってこれを御する。難しい事はない。今回は油断も無い――。
 舞い散る火花を言の葉に代え二人は語り合う。余計な音は不要。寡黙さをして、天莉は覚悟を体現する。
 傘を振るい攻撃を受けるが、毒は身体を蝕む。次第に息は切れ動きも鈍る。苦しげな表情の天莉、その後ろから乗り出しUNKNOWNが灰原へ迫る。
 天莉の傷を癒し、漆黒の影は前へ。片手で帽子を押さえ、片手で爪を薙ぐ。その挙動は優雅、しかし放たれる威圧感は隠せる物ではない。
「少し、後ろに」
 火花が散る。灰原の刃は彼には届かない。火花が散る。彼の刃もまた灰原に届かない。
 位置を入れ替えながら交わる白と黒。その側面から天莉は飛びかかる。大振りの蹴り、身をかわす灰原へUNKNOWNは銃を向ける。
 火炎の弾丸が地を弾く。限定された逃走路へ傘を開き、天莉は前進。それを蹴り払う灰原へ、傘に隠れ黒い陰が刃を滑らせる。
「ち‥‥っ!」
 大きく飛び退く灰原。胸の浅い傷を抑え、眉を潜める。
「負けはしねえが、勝てもしねえな。回復を潰そうにも、なんだテメェその動き。毒効かねーしよ」
「何とは。貧弱な回復役以外に見える、と?」
 何本目かの煙草に火をつけるUNKNOWN。灰原は不機嫌そうに舌打ちする。そうして動き出そうとした直後。
 銃声が響いた。遠距離からの狙撃。足を撃たれた灰原がそれを自覚するより早く天井に空いた穴より人影が降る。
「天莉さん、どうしてここに!?」
「斬子さんこそ‥‥!?」
 突如現れた斬子は空中で大斧を振るう。一瞬戸惑った天莉だが、そこは顔見知り。事情は察するに余りある。
 襲い来る衝撃波を辛うじてかわす灰原、その背中に火炎弾が命中する。
「がっ!」
「天莉、今だね」
 懐に飛び込み、灰原の顎を蹴り飛ばす。打撃は芯を捕らえ、白い男は仰け反り吹っ飛んだ。
 乗り越えるべき壁を越える為に。借りを返す為に。渾身の一撃で、追撃を加える。
「テ‥‥メェエ! 雑魚が調子に乗ってんじゃねえぞ!」
 完全に頭に血が上っている灰原。斬子は移動し、天莉と肩を並べる。そんな斬子の尻を見つめる男が一人。
「――あの尻の形に覚えが。もしかしてグズの親族かね?」
「貴女この状況で一体どういう会話ですの!?」
「シカトしてんじゃねえぞコラァア!」
 猛然と襲い掛かる灰原に構える傭兵達。振り下ろされた刃がまた火花を散らした。

「――如何にも。我が名はイスルギ。『刀狩り』を継ぐ者だ」
 身体は結晶で出来ている。
 その巨躯はさながら動く岩。下半身に袴、身体に布を巻く、防具はそれだけ。
 四つの腕に二つの足。竜にもにた異形の顎に太い尾。異形のバグア――それが刀狩りと呼ばれる者の正体。
「おじさん‥‥一撃ですか?」
 呆然とするヨダカ。朝比奈は吹っ飛んだきり戻ってこない。
「俺の名は六堂源治。手前ぇに訊きたい事がある。手前ぇんとこの、カソックのガキについてだ」
「ふぅむ? 良い、わしは今日機嫌が良い。答えてやろうぞ。とはいえ、わしも詳しくは知らんがな」
「どういう意味だ」
「事情が複雑なのだ。奴は盟友ウルカヌスの部下が連れて来たのでな。ただ匿っているに過ぎぬ。あれがやんちゃでもしたか? であれば、一応親代わりとして謝るのも吝かではないぞ?」
 豪快に笑う刀狩り。その様子や口調に源治は人形師とは違う物を感じていた。
 復讐を演出し暗躍する悪役――そんな様子には見えない。それが彼に戸惑いを与える。
「刀狩り‥‥お前さえ居なければ、父さんはっ!」
「す〜ちゃん、駄目なのですっ!」
 堪えきれなくなったかのように飛び出すスバル。至近距離で銃を連射するが、石の身体には傷一つつかない。
「先の坊主もだが、中々やんちゃだのう」
 大きな手でスバルの胴体を掴み、そのまま地に叩き付ける。床は大きく陥没し、拉げたスバルのAU−KVから血が溢れた。
「す〜ちゃん! 今治療するのです!」
「源治!」
「‥‥分ってる!」
 駆け出すヨダカと忍。源治は走りながら太刀を振り上げ、強烈な斬撃を跳ばす。
 座席を吹き飛ばしながら迫る刃の撃。刀狩りはそれに片手を伸ばし受け止め、一息に握り潰した。
「どうした小僧! もっと力を見せんか!」
 座席の上を数回跳び、背後から素早く斬りかかる忍。しかし刃は刀狩りの背に当たり、火花を散らすに留まる。
 刀狩りは尾を振るい忍を吹き飛ばす。その隙に前に進んだヨダカは瀕死のスバルに治療を試みる。
「す〜ちゃん、死んでは駄目なのです! まだやる事が残ってるんでしょう!」
 直後、刀狩りが雄叫びを上げた。壁が崩れ、天井が落ちてくる。大気がびりびりとしびれ、ヨダカの動きは固まっていた。
「女子供が戦場に出て来るとはな‥‥哀れだが容赦はせぬ。それが戦士の心意気よ!」
 大口を開き、風を吐き出す。暴風を浴びたヨダカの身体は凍結し、雪崩れた客席に縫い付けられていた。
「刀狩り‥‥手前ぇはっ!」
「来い小僧! 正々堂々わしに立ち向かって見せよ! 貴様も、戦士ならばっ!!」
 接近し、源治は刃に渾身の力を込める。全ての力を注いだ、今の彼に出せるありったけの一撃だ。
 剣の紋章を突き抜け、光を帯びた源治は雄叫びと共に刃を振り上げる。刀狩りはそれに応じ、拳の一つを繰り出した。
 激突――。結果、源治が吹き飛んだのは単純な質量差故。力に関して言えば、彼の方が勝っていた程だ。
 その証拠に刀狩りの拳には大きな亀裂が走っていた。その傷を認めるや否や、巨像は笑う。
「がはははは! 良い、良い! 欲しくなったぞ、貴様のその刀!」
 口元の血を拭い直ぐに立ち上がる源治。巨像は二本の腕を組み、残りの腕を顎に当てる。
「だが些か決戦の地とするのにここは相応しくないな。何より狭い。小僧、機会は次としようぞ。それまでその得物、存分に育てておく事よ!」
 屈み、後に跳躍。天井を突き破り、外見からは想像も出来ない勢いで飛び出した刀狩り。その姿はもう見えなくなっていた。
「灰原ぁああ! わしは帰るぞおお!」
 天井を突き抜け何かが落ちてきた時、咄嗟に傭兵達は距離を取った。訳が分らないまま呆然となる天莉の目の前で刀狩りは灰原を掴み、跳躍する。
「失礼したな。わーははは!」
「待て旦那! 俺はまだ‥‥クソがあああ! テメェら絶対ぇぶっ殺す! 雑魚の分際で俺様を追い詰めやがってクソクソクソがああ!」
 汚い叫び声は遠ざかっていった。恐らく着地したのだろう、施設が微かに軋む。
「な‥‥んですの、あれ」
「‥‥灰原」
 その名を小さく呟く天莉。こうして優勢だった戦いは半端な所で中断を余儀なくされるのであった。



 その後、残った傭兵達は各地で生じた負傷者を回収、治療する事になった。
 表で戦っていた三名は三名とも深い傷を負い、ムクロは逃走。
 UNKNOWNはその膨大な錬力で負傷者に治療を施しまくり、その間天莉は斬子と共に施設の調査を進めた。
 その結果、地下に作られた巨大な倉庫を発見。武器弾薬日用雑貨だけではなく、骨董品や人間の書物、SESを搭載しない刀剣等が多く発見された。
 すっかり日が昇り、丁度朝日が綺麗な時間は見過ごしてしまった。建物の外、芝生に寝転がり傷だらけの忍は空を仰ぐ。
「源治。あいつ、強かったわね」
「‥‥そうッスね」
 同じく芝生に胡坐で座る源治も空を見上げる。二人は別の理由で空に思慮を浮かべていた。
 空に手を翳し、拳を握り締める忍。手も足も出なかったからこそ、より強くなりたいと切に願う。
「刀狩り、か――」
 深い傷を負った者もいる事から、傭兵達はここで引き上げ残りの調査をUPCに引き継ぐ事にした。
 この戦いにより得られた成果が今後どのように戦局に影響するのか。それもまた、誰にもわからない‥‥。