タイトル:英雄の条件2マスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: 不明
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/09/29 23:08

●オープニング本文


●大神
「なあババア、どうして闘争は無くならないんだろうな」
 茜色の太陽を見送りながら縁側に腰掛ける女が一人。軍服の上着を腰に巻き、シャツの胸元を緩めながら問う。
「そうしなければ生きられないから‥‥かしらね」
 隣の腰掛けた老人は微笑みながら言う。女は煙草を取り出し口に咥えた。
 彼方此方の戦場を駆けずり回った。最初はこの仕事に誇りを持っていた。それが正しいと信じていた。
 いつからだろう? 正義と信じて握った銃が守りたかった者を穿ち、胸に抱いた誇りに疑問を抱くようになったのは。
 沢山の血を吸った掌には何の力も無かった。守る事なんて出来なかった。大きな歴史の流動の中、彼女は無力だった。
「それで世は事も無し‥‥か。俺ァいい加減嫌気が差したよ。俺は‥‥俺はこんな事がしたくて軍人になったんじゃない」
 紫煙が舞い上がる。女の濁った瞳を隣で見つめ、老人はその手を握り締める。
「貴女は優しい子だものね。ただ、戦いの才能があっただけ。それだけだもの」
「ババアには感謝してる。俺を拾って、生き方を教えてくれた。あんたが居なきゃ、俺はとっくに野垂れ死んでた」
 軍服の上にコートを羽織った女が差し伸べた手は、あの日の少女にはとても輝いて見えた。
 相手がどこの誰でも構わなかった。ただ生きるために手を取る、それは自然な事だ。
 女は物好きな軍人だった。自分と同じ様な子供達を拾っては育て、戦い方を仕込んだ。
「だからそんな顔すんなよ。殺しても死なないようなあんたにゃ似合わねェ」
 老人は何も言わなかった。すっかり小さくなった背中を撫で、女は優しく笑う。
「そろそろお暇するわ。次の任務が待ってるしな」
 立ち上がる女。その視線の先、庭の隅で膝を抱えている幼い少女の姿があった。
「ヒイロちゃんって言うのよ。あの子も貴女と同じくらい難しい子で‥‥今は少し、時間が必要なの」
 少女は濁った目をしていた。それをあの日の自分と重ね、女は眉を潜める。
「‥‥もう、行くわ」
「嫌な事があったら、逃げてもいいのよ」
 背後からの声に足を止める。女は泣き出しそうな顔で振り返った。
「貴女一人くらい生活させる蓄えはあるんだから。それに、ヒイロちゃんにはお姉ちゃんが必要だわ。優しくて強いお姉ちゃんが」
「‥‥お姉ちゃんねぇ」
 失笑する。自分のガラではないと、誰より自分が分っていた。だが――。
「余計なお世話だっつの、クソババア」
 微笑んだその瞳には少しだけ希望に似た色が戻っているように見えた。
 それが二人の後生の別れ。そしてカイナ・ゲンノウが思い出せる唯一の出来事であった。
 全てが焼け落ちた廃墟に雨が降る。カイナは故郷があったその場所に立ち、煙草を咥え立ち尽くしていた。
「思い出した‥‥。そうか、そう言うことかよ‥‥」
 切欠はあの少女だ。紅く燃え盛る緋のような色で自分を見る少女。恥ずかしげも無く偽善を振りかざす少女。
 顔を合わせる度に何かを感じた。同じ戦い方をする、同じ目をした、あの日の少女――。拳を握り締め、目をきつく瞑る。
「分ったよババア‥‥これが俺の役割なんだろ? あんたがもう居ないっていうなら‥‥確かに俺の役目だ」
 そうして振り返り片手を挙げる。すると物音がして、遅れて二つ人影が現れた。
「カイナ、気付いてたの?」
「あたりめーだボケ。お前ら鍛えたのが俺だって忘れてんのか?」
 現れたのは仲間の強化人間であった。リップス・シザースとネル・コル・ココル‥‥どちらも本当の名前は忘れている。
「カイナ、ここは?」
「俺の元実家」
「カイナ、昔の事思い出したの!?」
 驚くリップスの頭を撫でるカイナ。そうして煙草の火を踏み消した。
「悪いな、ちっとヤボ用を思い出した。お前らは帰れ」
「やだ! 最近のカイナ、ちょっと変だよ? 一緒に帰ろうよ!」
 手を取られ苦笑する。そうしてリップスの身体をそっと抱き締めた。
「楽しかったぜ。ありがとな」
「カイナ‥‥?」
「ネル、後の事は頼む。お前なら大丈夫だ」
 ネルも眉を潜める。カイナは背を向け、軽く手を振って歩き出した。
「運が良けりゃまた会うさ。んじゃーなー」
 立ち去るカイナ。しかし二人は納得出来るはずもなく。
「ネル、ネル! もっとこっそり後つけようよ!」
「隠密行動なら私に分があるけど‥‥」
「じゃあそうしよう! なんかカイナ変だよ! 一人にしちゃだめだって!」
 二人でこそこそカイナの後を追うのであった。

●運命
「久しぶりだな、ブラッド」
 急な電話に聞き覚えのある声。ブラッド・ルイスは目を見開いた。
「‥‥何故この番号を?」
「しらばっくれんなよ。テメェだったんだろ?」
 無言で思案するブラッド。眼鏡を外し、椅子の上に座り込む。
「それで、何の用ですか?」
「要件は一つ。ブラッド、俺を殺しに来い」
 アジトに戻ったカイナはこれまでは一切装備しなかった防具等の装備を身に纏っていた。
「どちらにせよ思い出した俺を放置は出来ない筈だ。だから俺を殺しに来い。あの子を連れてな」
「願ったり叶ったりですが、良いのですか? 大神緋色は貴女の‥‥」
「だからこそだ。あいつは心を病んでる。それに気付かないまま育っちまった。だからそいつを俺が真っ直ぐにしてやる」
 長い沈黙が訪れた。理由は様々だが、最終的には過去を思い出していた。二人がまだ仲間と呼べた頃の記憶だ。
「ユカリ先生はきっと、彼女を貴女と同じ運命にしたくなかったのでしょうね」
「‥‥だろうな。だから、ああなっちまったのは俺の所為ってワケだ」
「もう貴女を生かしておく理由がありません。次に会う時には確実に殺します」
「出来るモンならやってみな。俺を殺していいのはあの子だけだ。それ以外の奴を寄越しても叩いて潰すぜ?」
 何故か笑い合う二人。恐らくこんな会話ももう二度と出来ないだろう。
「運命が始まった場所で待つ。チビ助によろしくな」
 通話はそれで終了した。そのままブラッドはヒイロへ連絡を取る。
「――例の敵の居場所が判明しました。リターンマッチと行きませんか?」
 通話を終えると電話を机に置く。疲れた様子で溜息を漏らすブラッドの横顔は、何故かとても悲しげであった。
 後日、ブラッドは依頼に出発するヒイロの見送りに来ていた。そうして男は一振りの刀を少女に託す。
「ブラッド君、これは?」
「お守りの様な物です。僕が修練を積んだ道場では、代々弟子に師匠が刀を授けていました。お守りとしてね」
「‥‥でもヒイロ、刀は」
「人を傷つける道具を使いたくないなら、腰から提げていてはどうです?」
 言われた通りヒイロは腰から刀を提げる。そうして笑顔を作って頭を下げた。
「ありがとーブラッド君、いってきます!」
 手を振り走り去る少女、その背中を見送る。これから彼女を待つ運命を思うと少しだけ胸が痛んだ。
 だがこれは避けられない事なのだと確信している。仕方がないのだと、男は自分に言い聞かせるのであった。

●参加者一覧

時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
奏歌 アルブレヒト(gb9003
17歳・♀・ER
レインウォーカー(gc2524
24歳・♂・PN
巳沢 涼(gc3648
23歳・♂・HD
犬彦・ハルトゼーカー(gc3817
18歳・♀・GD
ミリハナク(gc4008
24歳・♀・AA
ティナ・アブソリュート(gc4189
20歳・♀・PN
茅ヶ崎 ニア(gc6296
17歳・♀・ER

●リプレイ本文

●葛藤
 或いは、別の結末もあったのかもしれない。
 しかしそれを願う事は愚かしく、どこまでも身勝手で罪深い行いである。
 人は連続した時間から逃れる事は出来ない。そしてその連続する瞬間の結果にしか立つ事が出来ない。
 だから、別の結末はあったのかもしれない。
 けれどそれを望む事はしない。意味の無い事だから。
 否定と肯定が折り重なった心の隙間、自分なりの結論を出して来た。
 なら、それでいい。その場凌ぎのレースでも、自分の人生の価値を自分自身で見つける事が出来たなら、それは十全。
 一つとして不満なんてない。これが望み、望まれ、選び抜かれた結論なのだから――。



「こんな形でまたここに来る事になるとはな‥‥」
 汚れた土を踏みしめ足を止める巳沢 涼(gc3648)。そこには嘗て一つの村があった。
 小さな村だった。特に何か優れた事も特徴もない。ただ人が生きる為だけにある、最低限の拠り所。
 湿度の高い風は生温く頬を撫でて行く。あの日あった出来事を、彼は鮮明に記憶していた。
「ヒイロちゃんや傭兵を今まで散々撃退し続けてきた強敵と戦えるなんて、とても楽しみですわ♪」
 微妙な空気の中、一人明るい口調でミリハナク(gc4008)が言う。ヒイロはすっかりしょぼくれた様子で肩を落としている。
「‥‥まだ、迷っているのですか‥‥?」
 奏歌 アルブレヒト(gb9003)の声に目を逸らすヒイロ。落ち着かない様子で左右の指を組んでは放し、ヒイロは唇を噛み締めている。
「どうしても‥‥殺さなきゃだめかな?」
「‥‥勝てばバグア人に心身を乗っ取られ、負ければ処分‥‥。強化人間は未来の奪われた存在です。それに彼女はもう‥‥元の身体には戻れないでしょう」
「それは‥‥わかってるですけど‥‥。でも、今はそうでも、これから未来が変わるかもしれない。元に戻す技術が進歩するかも‥‥ね?」
 縋るような視線を奏歌は正面から見つめ返す。ヒイロが視線を逸らしたのは、自分が綺麗事を言っている自覚があったからだろう。
「ねぇ、なんとかならないかな? 敵は本当に殺すしかないのかな‥‥? 争いは‥‥やめられないのかな?」
 一人一人、仲間の顔を覗き込むヒイロ。しかし彼女の望む答えは誰も返してはくれない。
「涼君‥‥涼君は手伝ってくれる?」
「‥‥悪いな、ヒイロちゃん。気持ちは分るが‥‥俺は俺の仲間を守る為に戦う。それだけだ」
「‥‥ニアちゃん! ヒイロ達、ともだちだよね?」
「ヒイロ‥‥」
 茅ヶ崎 ニア(gc6296)の手を取り上下に揺らすヒイロ。しかしニアも何も答えない。
「ティナちゃん! ティナちゃんは!?」
 飛びついてくるヒイロに困った様子のティナ・アブソリュート(gc4189)。その肩をにそっと触れ、優しく語り掛ける。
「ヒイロさんはとても優しいんですね。その優しさを‥‥捨てて欲しいわけじゃない。でも、私は‥‥ヒイロさんに死んで欲しくない。だから‥‥」
 一歩身を引いて俯くヒイロ。見かねたように溜息を一つ、時枝・悠(ga8810)が口を開く。
「守るものを守り、壊すものを壊す。それだけだろ」
 振り返ったヒイロは悲しげな目で悠を見つめる。しかし加減をする気はない。
「正しさって奴は、側面とタイプが多過ぎる。恐らく、生き死にに関わるとなれば尚更な」
「でも! 助けられるなら助けたい! 助けられる方法がないなら、せめて戦いを止めたい‥‥! 一緒に生きていけなくても、今命を救えるなら!」
「‥‥全てを救えるのは英雄じゃない、神様の所業だ。お前は神にでもなるつもりか?」
 犬彦・ハルトゼーカー(gc3817)の言葉で口を止めるヒイロ。血が滲む程拳を握り締め、ゆっくりと歩き出す。そこからはもう何も言おうとはしなかった。
「あの子、何を必死になってるんですの?」
「場所も場所だからな。少し感傷的になってるのかもしれないな」
 きょとんとした様子のミリハナクに涼が答える。そう、ここは彼女の故郷。彼女が救えなかった夢の残骸だ。
 何故そんな場所で戦う事になったのか? ティナはその事がずっと引っ掛かっていた。
「何故カイナさんはこの廃村に来たんでしょう? 何の理由も無しにこんな場所に来るとは思えませんが‥‥」
 ヒイロとカイナ。どこか似ている二人と、この廃墟。答えは彼女の中で出ていたのかもしれない。それを口にするのが恐ろしかっただけで。
「余計な事は考えるなよ、ティナ。目の前に敵に集中しなぁ」
 ティナの肩を叩き微笑むレインウォーカー(gc2524)。はっとした様子でティナは気を取り直し頷き返す。
「何にせよ、ヒイロが決めなければ意味が無い。守ってやるんだろぉ? あの子を」
「‥‥はい!」
 しっかりと答えられた。ヒイロに続いて走り出したその後姿にレインウォーカーは肩を竦めついていく。
 雨が降ったのだろうか。道は少しぬかるんでいた。空もまだ厚い雲に覆われ、太陽の光は遠ざけられたままだ。
 傭兵達は進んでいく。大神家の屋敷があった場所までは一本道。その間特に会話は無かった。
 いつもは鬱陶しいくらいに騒いでいるヒイロも一言も口を開かないまま、邂逅の時は訪れる。
「やっと来たか。何か微妙にどっかで見たようなツラばっかだが‥‥そんなに俺が恋しかったか?」
 紫煙を吐き出しながらガラクタの上に腰掛け女は笑う。深紅の長髪が風に揺れ、煙も倣って揺らいだ。
「カイナ・ゲンノウですわね? うーん‥‥見るからに強そうですわ!」
「おう、強ェえぞ〜。手加減はしてやらねェから頑張んな、巨乳のねーちゃん」
 フランクにミリハナクへ笑いかけるカイナ。瓦礫の山から大きく跳躍し傭兵達の前に着地する。
「死に装束、と言うには少し立派ですね‥‥」
 ティナの言葉にその場でくるりと回るカイナ。肩に槌を乗せ、片手をヒラヒラと振る。
「あんまガッチリ武装するのは好きじゃねェんだけどな!」
「否定‥‥しないんですね」
 きょとんとした様子のカイナ。煙草を片手で握り潰し、優しげな目で笑いかける。
「どうしたお嬢さん? 何でおめーの方が困った顔してんだよ。シャキっとしな、シャキっと」
 見つめ合い、答えられないティナ。そこへ犬彦が声をかける。
「いつもの残り二人はどうした?」
「さて、どうしたかねェ? 今頃アジトに帰ったかもしれねェし、その辺で待ち伏せしてるかもしれねェな」
「まあ、正直どうでもいいけどな」
 凛とした眼差しでカイナを見つめる犬彦。こうして対峙するのはこれで何度目か。
 一対一で戦った事もある。お互いの力量は理解している。多くは語らない。ただ、覚悟を決める。
「カイナ、貴方は‥‥死ぬつもりなのですか?」
 風に髪を靡かせながら問う奏歌。カイナは僅かに首を擡げる。
「以前‥‥抗えぬ死を前に、ただ一人の戦士であることを望んだ‥‥強化人間に会いました」
「そいつは幸せ者だな。自分の人生を生きて、死ぬ事が出来たんならよ」
「‥‥貴方も同じですか? それとも‥‥?」
 顎に手を当て僅かに思案するカイナ。それから飄々とした様子で笑った。
「戦士は皆、戦いの中でしか結論を出す事が出来ない。そして答えを得るという事は、死と同義だ」
 奏歌は言った。強化人間になってしまった時点で救いなど無いと。
「死が本当に抗えない物なら、俺はそれでいい。人間はいつか滅びる。問題なのは何を成し、何を得たか。速い遅いの問題じゃあねェ」
 ふっと笑い、小さく丸められた吸殻を放り捨てるとその手で傭兵達を手招きする。
「さて、問答はこんなもんでいいだろ。戦士は戦士らしく、殺し合いの時間と洒落込もうぜ」
「今日があの日先送りにした決着、か?」
「少なくとも俺は逃げねェからな。そっちは逃げてもいいんだぜ?」
 悠の問いに挑発的に笑うカイナ。悠は指先で銃を回し、カイナへ向けて構える。
「狙うは短期決戦だ! 一気に行くぞ!」
「報酬分は働いてみせないとね! 何度傷ついても癒してあげるから安心して!」
 声を上げる涼とニア。奏歌はエネルギーガンを構え、小さく息を吐く。
「‥‥行きましょう。これが‥‥私達の戦いです」
 一斉に動き出す傭兵達。深紅の女は楽しげに笑みを浮かべそれに応じる。曇り空の下、戦いは始まった。

●仲間
「さぁて‥‥まずはボクらから仕掛けさせて貰おうかぁ!」
 駆け出すティナとレインウォーカー。二人は同時に刃を抜き、カイナへと襲い掛かる。
 左右の刃で連続して斬りかかるティナ。カイナは片手で槌を操り器用にそれを防ぐ。すかさずレインウォーカーは擦れ違い様刃を滑らせ守りの内側に一撃加えた。
「‥‥んだけどねぇ」
 鎧の無い部分を斬ったが、まるで鋼鉄を撫でたような感触だ。カイナは大きく槌を振るい、周囲を強烈に薙ぎ払う。
 すぐさま飛び退く二人。空を舞いながら振り返り、背後からティナは左右から衝撃波を繰り出す。カイナはそれを片手で薙ぎ払うが、そこへ悠とヒイロが畳み掛ける。
 銃を連射しつつ走る悠。ヒイロは高速移動でカイナを抜いて背後に回り混み、悠の方へとカイナを殴り飛ばした。
 勢いに合わせカイナを斬りつける悠。その刃は確かにカイナにダメージを与えている。
「相変わらずじゃねェの」
「そっちもな」
 振り下ろされた巨槌の一撃で弾き飛ばされる悠。衝撃で大地が爆ぜる中、泥を被るも気に留めずミリハナクと犬彦が迫る。
「さあ、お手並み拝見ですわ!」
 犬彦は走りながら槍を地面に突き刺し、コートをはためかせながら正面からカイナへ駆ける。
「武器なんていらん、このグローブだけで十分や」
「いや、そんなワケねェだろ!?」
 身体ごと回転し、空を引き裂いて横薙ぎに槌が迫る。犬彦は急な制動で地を滑りつつ、繰り出される一撃に掌を突き出した。
 骨身を砕く一撃だが、砕いたのは犬彦のグローブだけであった。そのまま犬彦は槌を押さえ込みミリハナクに目配せする。
「攻撃は任せた!」
「喜んで!」
 身体を捻り、大斧から衝撃波を繰り出すミリハナク。カイナは槌を手放し回避、そこへミリハナクが軽く跳躍気味に斧を振り上げ襲い掛かる。
 大地を吹き飛ばすミリハナクの一撃。突き刺さった斧の上で逆立ちから斧を引き抜きながら着地、カイナの側面に回り混み踊るように斧を振るう。
 カイナは滑り込むように横薙ぎの暴風を回避。ミリハナクの背後に回り、首と腰に手を、足に足を絡め回る様に投げ飛ばした。
 追撃に踏み出すカイナ。そこへ盾を構えた涼がSMGを連射、更に奏歌がエネルギーガン、ニアが超機械で攻撃する。
「ペアによる断続的な攻撃に隙を潰す遠距離攻撃‥‥更に増援を想定した囲いの陣形か」
 奏歌とニアを睨むカイナ。涼は明らかに支援特化には見えない。どちらかと言えば二人の護衛。
 回復や支援能力のある者から潰すのは定石。前回は一息で潰しに行けたが、今回はそうも行かないだろう。
 背後から同時に迫るティナとレインウォーカー。カイナはその刃をノーガードで潜り、二人の頭を掴んで大地に顔面を叩き付ける。
 逆立ちから縦に回転、軽い跳躍から前へ。腰を捻り、全身から繰り出す蹴りは衝撃波となって連続して涼を狙う。
 地を引き裂きながら斬撃の如く迫る攻撃。犬彦は槌を手放し走りながら槍を引き抜き間に割り込む。
 槍を回し、三連続で迫る衝撃を左右に薙ぎ払う。その間に襲い掛かってくるヒイロを捕まえ、カイナは思い切り悠へと投擲する。
 射線軸が塞がれ銃を降ろす悠。吹っ飛んできたヒイロを片手で受け止めている間にカイナは大槌を拾い、後衛の三人へ向かう。
「ほーら、叩いて潰しちまうぞォ!!」
「そうはさせねえ!」
 思い切り振り下ろされる鉄槌。涼は盾を構えその一撃に真っ向から対峙する。
 激震と共に衝撃が涼を襲った。殴られたというよりは爆ぜたという表現が近いだろうか。
「ぐ‥‥おぉおっ!!」
 盾の前に竜の紋章が浮かび、涼はカイナを弾き返す。すぐさま奏歌とニアの回復が入り、涼は持ち直した。
「私を無視しないで下さる!?」
 吹き飛んで帰ってきたカイナに斧を叩き付けるミリハナク。二人は巨大な獲物を何度か衝突させ、その度に鉄を打つ鈍い音が鳴り響いた。
「おぉ‥‥流石にこれはちとシビアだ」
 表情から余裕が消え、鋭い目付きでミリハナクを睨むカイナ。状況は拮抗――と言えば聞こえはいいが、劣勢に陥るのは明白だろう。
 どうしたものかと女が策を巡らせ始めた時、森の中から味方が現れたのは彼女にとっても誤算であった。
「カイナーッ!!」
 叫ぶリップス。暗がりから音も無くネルも姿を現し、カイナを遠巻きに見つめている。
「バカ‥‥帰れっつったろ!」
「だってカイナ負けそうなんだもん!」
「流石に見て見ぬフリというのもね‥‥寝覚め悪そう」
 腕と一体化した装備、ネイルガンを構えるネル。狙うはやはり後衛の二人。放たれた杭を滑り込むようにして涼は受け止める。
「その手はもう読めてんだよ!」
 舌打ちし走り出すネル。リップスもまたカイナの元へと同時に走り出していた。
 ネイルガンを走りながら構えるネル。その行く道を塞ぐのは犬彦だ。ネルはお構いなしに杭を射出するが、犬彦はそれを槍で薙ぎ払う。
「お前の相手はうちや。前回はいらん横槍が入って勝負は流れたが今回はタイマン‥‥。まさか怖気づいて逃げたりしないよな、よわっちいの」
「‥‥お前に構っている時間はない。速やかに‥‥死ね」
 僅かに笑みを浮かべ拳を構えるネル。片手で槍を構える犬彦の背中へニアは声をかけた。
「気をつけなさいよ、犬彦! 葬式代も無いのに死なれちゃ困るってものよ!」
「言われんでも別に死なんわ」
 ニアの練成強化を受け走り出す犬彦。彼女は一人でネルの妨害を引き受ける心積もりだ。
 一方、リップスもまた妨害にあっていた。その行く先を塞ぐのはレインウォーカーとティナの二人である。
「あんた‥‥この間あんな目にあったのにまたあたしの邪魔するの?」
 頬の泥を拭い、剣を構えるティナ。二人は暫し沈黙と共に見つめあう。
「お前の相手はボクらがやらせてもらうよ、泣き虫リップス」
「泣き虫いうなーっ! もう、どうして邪魔ばっかりするの!?」
「通りたいのならボクを殺してからいけ。障害は排除する。とてもシンプルで分かりやすいだろぉ」
 手招きして笑うレインウォーカー。カイナは目と鼻の先に居るのに、傍に駆けつけられない。苛立ちに表情を歪めながらリップスは大鋏を二つに分割する。
「邪魔したのはそっちだからね。食い散らかされても文句言うなよ、人間!」
 リップスと刃を交える二人。その様子を眺めるカイナの肩を悠の放った弾丸が貫いた。
「どうした。集中力が落ちてるぞ」
 カイナの動きは二人が登場した事で鈍くなったように見える。理由は明白。仲間が気になって仕方が無いのだ。
「だから帰れっつったのによ‥‥ったく!」
 ミリハナクと打ち合うカイナ。それが苦戦しているのだという事は明らかで、リップスはティナとレインウォーカーの相手をしながら叫んだ。
「カイナ、あたし達は大丈夫だから! 直ぐこいつらやっつけて、カイナを助けるから! だから気にせず戦ってよ、カイナ!!」
 雲が影を落とす戦場に響き渡る声。カイナは少し驚いたような、安心したような、しかしどこか寂しげな表情で頷いた。
「仕方ねえ。勝手に来たんだ、勝手に死んでも文句は聞かねェからな」
 にっこりと笑うリップス。そうして彼女が睨んだのは自分の行く道を塞ぐ二人だ。
 助走をつけて飛び込むような斬撃をかわしながらティナは複雑な表情を浮かべる。リップスは確かに強力な敵だし、それは身を以って理解している。だが‥‥。
 避けられる。それはきっと彼女の注意力が散漫だからだ。彼女もまた仲間が気になって仕方が無い。今すぐ駆けつけて助けたい‥‥そう願っている。
「なんて‥‥」
 そこから先の言葉は飲み込んだ。この隙に付け入る事は可能ならばしたくない。だがこちらにも、引けない理由がある――。
「ティナ!」
「わかってます!」
 戦闘技術ではなく強化人間の力に任せた乱暴な刃。二人はその軌跡を潜り、リップスへと斬りかかる。
「出てきたら殺さなきゃならないってのに、何でわかんないかなぁ!!」
 空を引き裂く暴力的な剣。ティナは空中に静止した刃の上に逆立ちするように一撃を回避、更に空を舞う。
 リップスの視線がやや上を向いた瞬間、懐に飛び込んだレインウォーカーが蹴りを放つ。高速の打撃はリップスの顎を捉え、衝撃で小柄な少女は僅かに浮き上がる。
「続け、ティナ!」
 空中を旋回しつつ斬撃を放つティナ。レインウォーカーは刃を翻し、翼の紋章を輝かせる。
 無数の剣閃がリップスの身体を刻んだ。後方に倒れこむリップスは地に手を着き、片手で地に刺した刃を軸にレインウォーカーの頭部を蹴りつけ、手にした刃でティナを襲う。
 着地済みのティナは左右の刃を十字に構え防御。それを強引に弾き返し、更にレインウォーカーの身体も斬り付けた。
「いふぁい‥‥」
 顎を押さえながら涙目のリップス。二人も傷を負ったが、そこへニアと奏歌が同時に二人を回復する。
「ガンガン回復するからね!」
「助かるねぇ。これでまた万全だぁ」
「うわ、ヒキョー‥‥」
「戦術と言って欲しいねぇ?」
 微かに笑うレインウォーカー。リップスは仏頂面で刃を構えるのであった。
 一方、犬彦とネルの戦いは見事に拮抗していた。遠距離では全く攻防が進展せず、業を煮やしたネルは一息に地を駆け犬彦へ迫る。
 槍で防御を狙う犬彦だが、ネルの拳はそれを擦り抜けて余りある速度と正確さを持つ。思い切り顔面を殴られる犬彦だが、よろける気配もない。
 反撃で繰り出された槍をバック転でかわすネル。ネイルガンを撃ち込むと胴体に突き刺さるのだが、犬彦はやはり怯まない。
「‥‥本当に人間?」
「そんな軽いパンチじゃ何百発打っても無駄だな。なんなら試してみるか?」
「そうするわ」
 深呼吸の後急加速するネル。完全に犬彦の視界を外れ、仲間を狙いに行ったのかと銃を構える。しかしネルはその後方で拳を構えていた。
 背後から一撃、犬彦が振り返るより早く更に連打が入る。反撃は完全に空振り、的が消えてから遥かに遅く振っているような物。
 周囲から高速でラッシュを受け、一方的に殴り続けられる犬彦。首に側面から杭が突き刺さった事で漸くよろけるが、一歩後退しただけで倒れる事は無い。
 一度飛び退いたネルは肩で息をしながら犬彦を睨む。首に刺さった杭を引き抜きながら平然と立つ犬彦の姿がそこにはあった。
「‥‥‥‥」
 喉に血が詰まって話せない犬彦。そこにニアの回復が入り、続け奏歌の放った光の弾丸がネルを狙う。
 僅かに身を捩り回避するネル。犬彦は血の塊を吐き出し、首を鳴らしながら手招きする。
「付き合いきれないわ‥‥」
「まあそう言うなよ、よわっちいの」
 互いに構え直す二人。ネルが完全に犬彦との戦いに集中しているのを確認し、涼は奏歌とニアの傍を離れる。
「こっちは大丈夫そうだな。俺も加勢してくる!」
「‥‥わかりました。奏歌とニアは‥‥引き続き支援を行ないます」
「巳沢さん、気をつけて!」
 走り出す涼。その視界の向こう、カイナの前に対峙しているのはヒイロだ。
「カイナ‥‥もう、もう止めようよ。こんな戦い、何の意味もないよ」
 思い詰めた様子で俯くヒイロ。その指先は小刻みに震えている。
「カイナにも大切な人たちが居るじゃない。ねえ、どうして戦うの? どうして命を粗末に――」
 と、言えたのはそこまでだった。カイナがヒイロに駆け寄り顔面に拳を減り込ませる動作は早すぎて、会話の途中と言う事もあり誰にも止められなかった。
 盛大に吹っ飛び瓦礫の山を撒き散らしながら貫通し、更に向こうの木に激突して倒れるヒイロ。口と鼻からぼたぼたと血を流し、しかし僅かに上体を起こす余力はあった。
「うわっ、ヒイロ!?」
 慌てて駆け寄るニア。カイナの表情からは気安さの類が一切消え、鋭い怒りや敵意に満ち満ちている。
 軽く拳を振り、血の付いたそれを握り締めるカイナ。決着をつけようという決意や覚悟、傭兵達が感じ取れたのはそれだけであった。

●偽善
「ヒイロ! ちょっと、大丈夫‥‥うわっ、これはひどい」
 顔を血塗れにして倒れるヒイロに駆け寄るニア。すぐさま練成治療を施しつつヒイロの体を支える。
 周囲ではまだそれぞれの戦いが続いている。ヒイロは虚ろな目でその様子を他人事のように眺めていた。
「ノーガードで受けるから‥‥全く、あんたねぇ‥‥」
「だって‥‥こっちが構えてたら‥‥警戒、する‥‥」
 その口から出た日酔った言葉にニアは眉間に皺を寄せる。そうしてヒイロに顔を近づけて言った。
「‥‥ヒイロ、良く聞いて。あんた、あいつらと友達になりたいって、そう言ってたでしょ?」
 弱弱しく頷くヒイロ。その頬に触れ、ニアは首を横に振る。
「いい? 命の遣り取りをする相手と友達になるには戦うしかないんだよ! 傭兵という職業を選び取ったその日にそう決められたの。あんただけじゃない、みんなも、あいつらも、それは同じ事なのよ!」
 少なくとも。その瞳はいつでも真っ直ぐに自分を見ていた筈なのに。
 ヒイロは目を逸らした。ニアにはその様子が、まるで現実を受け入れたくないと駄々をこねる子供のように見えた。
「でも‥‥だって‥‥おばあちゃんが、駄目だってゆった‥‥」
「ヒイロ‥‥」
「人殺しは良くないって。暴力は、よくないって‥‥」
 ヒイロとの付き合いは長いニアだが、この子のそんな目を見るのは初めてだった。
 いや、恐らくはずっとこんな目をしていたのだ。都合の悪い事を拒絶して、遮断して、それが現実になってしまう事を恐れている、脅えた眼差し。
「みんな仲良く‥‥ね? お友達になって‥‥その方がいいよ。その方が良いって、言ってたもん」
 ぞっとするような笑顔だった。こんな状況なのに、何故こうも笑えるのか。
「ねえ、ニアちゃんもそう思うでしょ? お友達だもんね? ねぇ‥‥ヒイロ、間違ってないよね? ヒイロ、正しい事言ってるよね――!?」
 錆びた鉄の様な空が堪えきれず涙を零すように、無数の雫が降り注ぐ。
 泥と雨と血に塗れながらもミリハナクは果敢にカイナへ襲い掛かる。怪力から繰り出す大斧の一撃は全てを薙ぎ払い吹き飛ばすが、カイナには届いていない。
「出鱈目なお嬢さんだよ」
「細かい事は眼中にありませんわ! 今私の瞳に映っているのは――貴方ただ一人ッ!!」
 強力な斬撃を飛ばすミリハナク。槌でそれを薙ぎ払ったカイナへ駆け寄る涼。槍を手に、首筋を狙い突きを放つ。
 僅かに身体を反らして突きをかわすカイナ。連続して回避の後大槌を振り上げるが、そこへ悠が引き金を引きつつ接近。背後から身体を斜めに滑らせ、下段から刃を繰り出す。
 雨の雫を吹き飛ばし刃はカイナを打ちつけ、その身体を宙に浮かせる。涼がSMGで追い討ちをかけると、駆け戻ってきたミリハナクが跳躍し勢いのままに斧を叩き付けた。
 轟音と共に周囲の瓦礫が吹き飛んでいく。雨と泥と炎上の残滓が舞う中、傷を負ったカイナは槌を手放しミリハナクを蹴り飛ばす。
 吹っ飛びながら斧を手放し苦無を投擲するミリハナク。片腕を一振り、全てを弾いたカイナへ涼が迫る。
 繰り出される槍を片手で反らすように受け反転、AU−KVの胴体に肘を減り込ませる。装甲が拉げ倒れる涼、その影を越えて悠が襲い掛かる。
「研ぎ澄ませ。斬って斬れない物じゃないだろ、鎧だって――」
 刃は重く。紅の刃は雫に光を宿しながらゆっくりと。ゆっくりとカイナへ迫る。
 時を圧縮しなければ感じ取れない攻防。カイナはその光を防がず、右の拳をぎゅっと握り締める。結果――。
 斬撃はカイナの身体を切り裂き。拳は悠の顔面を捉える。互いに血をばら撒きながら吹っ飛び、出鱈目に着地して構え直す。
 雨の中低く笑うカイナ。悠は血の混じった唾を吐き、鼻血を拭いながら首を鳴らした。
 遠距離から、奏歌の放ったエネルギーガンの一撃がカイナへ迫る。飛び退きかわしている間に奏歌は仲間へ練成治療を施す。
「‥‥キリがねェな」
 風を受け、銀の髪から雫を滴らせながら奏歌はカイナを見つめる。静かな眼差し――カイナは微笑み、地を爆ぜながら突撃する。
「もう! カイナが危ないのにぃいいっ!!」
 叫びながら刃を振るうリップス。レインウォーカーはワイヤーのフックをリップス後方の木に投げかけ、自身も移動する事でリップスをワイヤーに絡める。
「もう少しだからねぇ。付き合ってもらうよぉ」
「こんなもん!」
 腕力で拘束をあっさり破るリップス。しかしその一呼吸の間に突っ込んできたティナが二対の刃を横に揃え、擦れ違い様リップスの首を切り裂いた。
 夥しい量の血を撒き散らしながら倒れるリップス。真っ青な表情で、それでも戦おうとする。
「‥‥もういいでしょう」
 冷たく肩を濡らす雨に目を細め、切っ先から滴る血を見つめるティナ。
「あなたを討つ理由は今回ありません。引くならその背中‥‥追う事はしませんよ」
 首を押さえながら顔を上げるリップス。真っ赤に染まる頬と前髪の合間、深い怒りと憎しみの瞳がティナを睨んでいた。
「バカに‥‥するな! 家族を‥‥仲間を!」
 置いて逃げられる筈が無い。彼女がそう言うと、ティナは知っていた。
 雄叫びが聞こえた。カイナは真っ直ぐに奏歌へ向かっている。素早く間に割り込み涼が盾を構えた。
 カイナは盾を片手で強引に退け、空いたボディに蹴りを入れる。続け身体を捻り回し蹴り、これを側頭部に受け涼は頭から地に激突する。
「何の為に私が居ると思ってんだよ」
 更に奏歌の前に立ち塞がったのは悠だ。互いの一撃が互いに直撃、続け悠は至近距離で銃弾を撃ち込み、カイナはよろけて僅かに後退。
 血を流しすぎた。意識が一瞬霞むカイナ。背後から駆け寄り、体当たり気味に剣を突き立てるミリハナク。その一撃に気付いたのは刺された後だった。
 刺した刃を横に振りぬくミリハナク。胴体の半分を切断され、倒れかけながら腕を伸ばすカイナ。その指先が届くより早く、身体の自由は失われていった。
「カイナ‥‥?」
 遠くで倒れる影。少女は小さく呟く。
 レインウォーカーの脇を抜け、黒い影がリップスへ近づく。傷だらけの影はリップスを抱え、傭兵達を一瞥する。
「何!? ネル、何するの!?」
 ネルは答えない。傭兵達へ背を向けず後ろ向きに跳躍する。
「やだ! カイナが死んじゃう! カイナ! カイナーッ!! やだああああっ!!!!」
 悲痛な叫びが森の中へ消えていく。口元の血を拭い、犬彦はその影を目で追う。
 カイナは倒れ、周囲には血が広がっていく。それぞれの戦いにケリをつけ、傭兵達は傍に歩み寄る。
「お前が終わらせろ、ヒイロ・オオガミ。殺らなければコイツの覚悟が無駄になる」
 レインウォーカーの声に唖然とするヒイロ。涼は堪らず声をあげる。
「お、おい! それは‥‥!」
「巳沢さん」
 首を横に振るニア。ヒイロは逃げ出そうとするが、ニアに腕を捕まれてしまう。
「あんた、正義の味方になるんでしょ? 狼なんでしょ?」
「や、やだ‥‥」
「あんたが狼だって言うのなら、その牙で証明してみせなさい」
 酷く脅えた様子のヒイロ。それを横目に奏歌は片膝を着き、問いかける。
「貴方の本当の名前‥‥思い出せませんか?」
 ぼんやりした目で奏歌を見やるカイナ。ティナも語りかける。
「覚えておきたいだけです。妹分思いの‥‥優しいお姉さんの名前を」
 溜息を一つ。それからカイナはゆっくりと唇を動かす。
「‥‥あかね、だ」
 そっと、ヒイロを見つめ。
「大神、赤祢‥‥それが、俺の‥‥」
 目を見開くヒイロ。その脳裏を幾つかの記憶が過ぎる。それは絶望的な現実を指し示していた。
「お前‥‥ちゃんと、生きてっか?」
 優しい声で女は言う。
「良い子ちゃんでいる事は、時に大事だ‥‥けどな、言われたままの‥‥他人の言葉に縋った人生に‥‥意味、あんのか?」
 結局それは思考停止。あの日寄る辺をここで無くした瞬間から、とっくにヒイロの心は壊れていた。
 信じられる物が他にないから、死者の言葉に縋った。言う通りにしていれば皆仲良くしてくれた。自分に優しくしてくれた。でも――。
「テメエの人生、だろ。テメエ、の‥‥足で。テメエの頭で考えて‥‥テメエで責任背負って、死ね。それが‥‥っ」
 咽て血を吐くカイナ。ヒイロはその傍らに腰を下ろし血塗れの手を握り締める。
「本当に正義を貫く、なら‥‥。十字架を背負って‥‥行け。自分を、信じない者には‥‥ただ、偽善だけが‥‥残る」
 腰から下げた刀に手を伸ばすヒイロ。がたがたと、みっともなく震える両手。
 両手で確り握り締めて、振り上げた刃。涙がただただ流れ、少女はきつく目を瞑る。
「うあぁぁああぅぅぅううぅ‥‥ぅううっ!!」
 振り下ろした刃は女の身体に届いていなかった。
 届かないまま、その前に女は死に絶えていた。眠るように沈黙する死体、ヒイロは刃を零してその胸に縋る。
「貴方はこの戦場を、ちゃんと楽しめたかしら?」
 小さく問いかけるミリハナク。その答えは安らかな死に顔が物語っているように見えた。
 雨が降りしきる。泣きじゃくる悲痛な声に涼はかける言葉を失っていた。
 ここであの日誓った。守ると。傷つけさせないと。けれどその誓いをどれだけ守れていたのだろう?
 今なら分る。小さな背中はあの日からずっとそのままで、強がりと嘘で塗り固められていたのだと。
 伸ばしかけた手を下ろし、目を瞑る。それがこの戦いの結末だった。



 何もかもが終わってしまった世界の中。血と泥に塗れた世界の中。ヒイロの零した刀だけが綺麗なまま、黙して雨粒を弾いていた――。