タイトル:死線を越えてマスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/09/24 00:04

●オープニング本文


●家族
 砂浜にある岩場に腰を落とし、カソックの少年は自らの奇怪な腕を見つめていた。
 その材質は鉄のようにも木のようにも見える。ただ人の物ではない事だけは確かで、細長く異様な姿形に過去を想い返す。
「ジョン‥‥」
 あの場所での暮らしが別段幸せだったとは思わない。
 けれどあそこでしか保てない幸福や日常があった事も紛れもない事実。
 あの日、あの場所で、あんな事さえ起こらなければ‥‥自分がこうして戦いの日々に身を窶す事もなかっただろう。
『お主はどうしてそう、一人になりたがるのでござるか』
 風が吹き、音も無く。少年の隣に立つ男が一人。同じ様に夜の海を見つめ、同じ様に夜の星を見上げる。
「‥‥別に。ただ、もっと強くなりたいと思ってね」
『何故に力を求める?』
「成すべき事を成す為に‥‥いや、違うな。自分自身のワガママの為にさ。君だって武人だかサムライだかってのに憧れてるんでしょ?」
 少年の声に男は僅かに笑みを零す。その顔は面で隠れて見えないのだが。
『拙者はこの力を時々恐ろしく思う』
「どうして?」
『この力は使い方一つで命を無秩序に命を狩る大悪にもなりかねない。それは承知の上、拙者は殿の為に戦うと決めた。恩義と忠義に報いる為だけに、この力を使うのだと』
 刀を鞘ごと腰から抜き、男は少年の隣に腰を落とす。
『お主の気持ちは分る。拙者も多くの死を見て来た。殿に救われていなければ、この刃を憎しみで振っていただろう』
「‥‥わからないさ。結局そうやって憎しみを捨てたあんたには、わかるわけない」
 あの日、あの場所で、あんな事が起こった日。
 沢山の人が死んで、全てが燃えて、友達も家族も、それを守ってくれた彼らも死んだ日。
「僕の人生はもう、あそこで終わったんだ」
『それは違う。お主はまだ生きている。何も終わってなんていない』
「不必要に干渉されるのは困るな、エンジュ。僕は君の事なんて好きじゃない。ただ強いから利用しているだけだ」
『拙者は‥‥殿や、仲間達を家族の様に思っている! お主の事もだ!』
 いつもは言葉を濁して引き下がる男がいつになく真剣な様子で叫んだので、少年も驚いてしまう。
『死ぬ為に生きるな。それは死者への冒涜に他ならない』
「‥‥ありがと、エンジュ」
 岩場を離れ、背を向けて去っていく少年。男は刀を強く握り締め、じっとそれを見つめる。
「――あの子は相変わらずみたいだねぇ。お守りも大変だねぇ、エンジュ」
 女の声が聞こえた。月光を避けた暗がりにぼんやりと人影が見える。
『子供のあんな目は見たくないのだ。自分の不甲斐なさに腹が立つ』
「気負うのは構わないけどね、役目はちゃんと果たして貰うよ。こっちで獲得済みのデータを反映させたキメラ、あんたに預けるんだからね」
『言われるまでもない』
 腰に手を当て女は失笑を零す。そうして分厚いマントを翻しひらひらと手を振る。
「あんたが死んだらあたしがあの子の面倒を見てやるよ。だから安心して行って来な」
『貴様なんぞに任せられるかッ!』
「くっくっく‥‥じゃあ生きて帰って来るしかないねぇ。そうだろう? エンジュお兄さんよ」
 振り返るエンジュ。女の姿はもうどこにも見えなかった。

●相棒
「わ、わかった俺が悪かった! だから剣を降ろせっつの!」
 カシェル・ミュラーが本部で朝比奈夏流を捕獲したのがつい先程の事。少年は男の腕を掴み本部の外に出ると真っ先に刃を向けた、という経緯である。
「貴方、ドールズの残党が奴らの中に居る事を知っていて僕に声をかけたんですね?」
「おう‥‥いやすいません説明させてください」
 往来でカシェルの前に正座する朝比奈。そうして咳払いを一つ、口を開く。
「単刀直入に言う。俺はあるバグアを追っている。その為にお前を利用させて貰った」
「僕を餌にして向こうの興味を引こうとした、と」
「奴等は表に出てこないし直ぐに逃げちまう。だからあっちから接触してくる理由が必要だったんだよ」
 肩を竦め立ち上がる朝比奈。それから悪びれも無く微笑む。
「お前にとっても良かっただろ? 俺の知るカシェル・ミュラーは、ああいう性質を放っておけない男だ」
「‥‥否定はしませんし貴方を責めるつもりもない。ただ、協力はして貰いますよ」
「願ったり叶ったり。んじゃ、改めて宜しくな、相棒」
 差し伸べられた手を取るのには時間がかかった。一瞬誰かの事を思い出し、懐かしくなる。
「こちらこそ宜しく。但し貴方が不審な動きを見せたら真っ先に斬りますから、そのつもりで」
「そんなに肩肘張ってると早死にするぜ? お前はいかにも死にそうな顔してるしな」
「余計なお世話です! とりあえず落ち着いて話せる場所に移動しましょう」
 背を向けて歩き出すカシェル。その姿を朝比奈は複雑な表情で見つめている。
「‥‥どうしたんですか? 行きますよ」
「ああ、いや。お前はその歳で随分肝が据わってるというか、子供っぽくないと思ってな」
「まだまだ若輩ですよ」
「その返しがオッサンつーか既にジジイだよな」
 溜息を一つ、歩き出す。朝比奈はそうしてカシェルを追い抜いて足を止めた。
「気負うなよ少年。子供はもっと、大人に甘えていいんだぜ?」
「どの口が言うんですか‥‥まったく」
 笑いながらもカシェルは心の中で覚悟を決めていた。
 復讐する側からされる側になった。それは当然の理、予想していた事だ。
 だから今度こそ、徹底して皆殺しにするしかない。目に付く怨恨全てを片っ端から斬るしかない。
 そうする事でしか生きられないと、過去を肯定出来ないと、誰も助けられないと知ってしまったから。
 悪党になろうと思った。正義なんて要らないし信じない。自分と自分の信じる世界の為だけに殺す。
 握り締めた刃は重く、お前は罪人だと彼に語りかけていた。

●参加者一覧

藤村 瑠亥(ga3862
22歳・♂・PN
六堂源治(ga8154
30歳・♂・AA
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
加賀・忍(gb7519
18歳・♀・AA
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN
空言 凛(gc4106
20歳・♀・AA
月読井草(gc4439
16歳・♀・AA
雨宮 ひまり(gc5274
15歳・♀・JG

●リプレイ本文

●大人と子供
 粗方準備を終え、いよいよ村へと向かう直前。海沿いの道でカシェルは複雑な表情で遠くを眺めていた。
「‥‥結局、終わってなかったって事だ」
 その隣に立ち六堂源治(ga8154)が呟く。カシェルも同じ事を考えていたのか、黙って頷いた。
「幕を引いたはずの人形劇を、まだ続けようって奴が居る。あの戦いに関わった奴の為にも、それだけは止めなくちゃな」
「そうですね‥‥」
 その様子を背後から眺める赤崎羽矢子(gb2140)。顎に手をやり暫し何か考えたかと思うと、こっそり背後から接近していく。
 まず左右の手を組み、人差し指を立てる。羽矢子はカシェルの背後に膝を着き、組み上げたそれを少年の尻に捻じ込んだ。
「ぎゃあっ!? 何やってんですか赤崎さん!?」
「この技だけは、使いたくなかった‥‥!」
「使わなくていいんですけど‥‥」
 今まで見た事のないような表情のカシェル。羽矢子は立ち上がり、その肩を叩く。
「二度と戻らない十六の夏が終わったというのに、そんな顔してるのが忍びなかったんだ‥‥」
 少年は腕を組み凄い目で羽矢子を見ている。冷や汗を流しつつ目を逸らし、女は力強く頷いた。
「何でも一人で背負い込むんじゃないの。ドールズの残党なら、あたしにも関わりのあることでしょ?」
 むしろ結構みんな関わりのある事である。源治は苦笑しつつも頷いた。
「も少し年上を頼ってくれてもいいじゃない。それとも、あたしじゃ頼りにならない?」
「いえ、そういう事では‥‥でも心配をかけてしまいましたね。すみませ‥‥」
 直後、カシェルの背後に迫っていた朝比奈が先の羽矢子と全く同じ事をしてから爽やかに微笑んだ。
「言っただろ? 大人をたよるるぶっ!?」
 少年は覚醒して朝比奈の顔面を殴りつける。無様に倒れた男に歩み寄り、月読井草(gc4439)はその脇腹を突く。
「よう朝比奈久しぶり、元気そうだな!」
「ああ‥‥この間の小学生‥‥」
 起き上がった横面を大剣の側面で叩く井草。
「また小学生とか言ったら張っ倒すんで、そこんとこよろしく」
「もう強打してるじゃねーか!」
 何やらじゃれつつ騒いでいる二名。一応危険な依頼の筈なのだが、先程からあまり緊張感がない。
「全くこの人達は‥‥って、ラナさん大丈夫ですか?」
 ぼんやりした様子で騒ぎから一歩身を引いているラナ・ヴェクサー(gc1748)。カシェルの声に今気付いたという様子で振り返る。
「カシェル君‥‥。今回‥‥何としても、成功を‥‥ね?」
 微笑み、躊躇いがちに手を差し出すラナ。カシェルはその手を握り返し、続けて両手で包み込むようにして上下に振る。
「心配なのは分りますが、大丈夫ですよ。きっと上手く行きますから」
「え、ええ‥‥」
 分っているのか分っていないのか。外れてはいないのだが、そういう事ではない。しかし普段通りのカシェルに内心ほっとしている事にラナは気付いていた。
 そうしてやけに熱く握手を交わす二名を遠巻きに眺める藤村 瑠亥(ga3862)。何か声をかけるわけではないが、ラナの事をじっと見つめていた。
「お喋りもそのくらいにして、そろそろ急いだ方がいいじゃないかしら?」
 朝比奈を無視しつつ加賀・忍(gb7519)が仲間に語りかける。朝比奈は仕方ないので雨宮 ひまり(gc5274)の頭をぐりぐり撫でていた。何かぐらぐらしている。
「んじゃ、一旦別行動だね。しばしお別れだカシェル。体に気を付けろよ、生水飲むなよ、悪い女に引っかかるなよ!」
 手を振り歩き出す井草。傭兵達は予定通り二班に分かれ、別々に生存者と敵を探す流れとなった。

●殲滅と救助
「こいつはまた、ずいぶん面白そうな事になってんな」
 村に差し掛かったA班が見たのは彼方此方をうろつくキメラの姿であった。特に何かをしている様子はないが、こちらを捉えれば襲ってくるだろう。
「あの辺は量産型のザコだ。さっさと片付けて進もうぜ」
 背後から空言 凛(gc4106)の肩を叩いてウィンクする朝比奈。傭兵達は各々武器を手にキメラへと向かっていく。
 雑兵キメラへ一気に接近し刃を振るう忍。続け、飛び込んだ凛がキメラを殴りつける。
「この辺はまだ村の中心部からは遠いっつーのに、もうこんなに配置されてんのか?」
 戦いながら疑問を口にする凛。周囲にはぽつりぽつりと建造物が見えるが、住居という訳ではない。住民が暮らしているのはもっと奥だろう。
「全くフツーの寒村だな、逆にフツー過ぎておかしい。この手口は前と同じ奴かな?」
 キメラに減り込ませた大剣を引き抜きながら呟く井草。
 確かにこの村はバグアが狙うような物は何もない。ならば狙いは別の部分にあるという事だろう。何体かうろついていたキメラを倒し、A班は更に奥へ向かう。



 一方、別ルートで村へ向かっていたB班も何体かのキメラと遭遇、戦闘を終えていた。
「住民の方‥‥いませんね」
 きょろきょろと視線をめぐらせつつひまりが呟く。こちらもやはり村には遠く、遭遇するキメラも雑魚ばかりである。
「まだ日も高いし、人が居てもいいと思うんだけど」
 腕を組み呟く羽矢子。カシェルはその横顔に声をかける。
「住人は中心部に集められているんじゃないでしょうか? 以前は確かそうしていた筈です。それに、彼らは住人が大人しくしていれば手は出さないかと」
「でも、この間はそうじゃなかったし‥‥安易に言い切れないんじゃないかな?」
「‥‥一先ず、住人を襲っている様子はありませんし‥‥異常見つかるまで、進んでみましょう」
 ひまりの声に続きラナが頷く。こうして周囲を軽く探索しつつ村の中心へ進むB班の前、先程までとはデザインの違うキメラが立ち塞がる。
 鎧武者のキメラは見た目に反して素早く走り出すとラナへと襲い掛かる。ラナは刃をかわし爪を突き立てるが、敵は特に怯む様子もない。
「頑丈ですね‥‥」
「この間戦った時は、あんな走り回ったりもしなかったんスけどね」
 駆け寄り刃を振り下ろす源治。するとキメラは源治と良く似た動きで刃を受け、鍔迫り合いの様相となる。
 一瞬驚き、それから強引に敵を突き放し斬り伏せる源治。カシェルも同じく首をかしげている。
「何だ? 今の何か‥‥違和感が」
「とか言ってる間に次来てるよ」
 鎧武者のキメラが三体接近。ひまりは次々に矢を放ち、キメラの足を狙う。
 倒れたキメラの頭を蹴り首を飛ばす源治。ラナは鎧の継ぎ目を狙い爪を繰り出すが刀で防がれてしまう。仕方なく踏み込み、擦れ違い様に鋭く鎧を薙いだ。
「消耗は、抑えたかったのですが‥‥」
 羽矢子が最後の一体を難なく倒し、A班は周囲を警戒しつつ先へ進む。
「さっきのキメラ、結構強くなってませんでしたか?」
 走りながら問うカシェルに頷くひまり。あのタイプを散々倒した源治もそれには気付いていた。
 進む一行の前、再びキメラが待ち受ける。武者のキメラに加え、銃を持ったキメラが複数体――。
「ま、とりあえず倒して進むしかないんじゃない?」
「‥‥そうですね」
 銃を構える羽矢子に頷くラナ。銃を持つキメラは手先でライフルを回し、並んで傭兵達へ照準を合わせる。



 三体の砲兵キメラが放つ弾丸を走りながら避ける忍。弾丸は銃弾と言うよりは砲弾が近く、着弾点を中心に小さく炎を撒き散らす。
「上等な歓迎サービス付きじゃねーか。折角だし、楽しませて貰うぜ!」
「凛ちゃん、こいつらはさっきまでの奴らとは違う、気をつけろ!」
「わーってるよ!」
 砲弾を大剣で薙ぎ払いながら朝比奈が叫ぶ。凛は近くにあった木造の小さな小屋に飛び乗り、跳躍し上から砲兵キメラを襲う。
 銃身で拳を受け、小刀で反撃するキメラ。何度かの攻防の後動きが拮抗した所、キメラを背後から井草が薙ぎ払う。
「意外と接近戦も頑張ってるね、こいつ」
「どこほっつき歩いてたんだ?」
「そこを匍匐前進してた」
 草むらを指差す井草。直後凛と同時に左右へ跳躍、砲弾の爆発から身をかわす。
 井草をつれて物陰に飛び込む凛。二人を狙うキメラへ忍は駆け寄り、刃を突き刺した後敵の内側より刃を振り抜いた。
 振り返る忍。視線の先では更に現れた武者キメラが瑠亥へと向かっていた。黒衣の男は二刀の小太刀を抜き、キメラの攻撃をかわしながら次々に薙ぎ払っていく。
「余裕そうだな、藤村」
 朝比奈の軽口に刃を収める瑠亥。一頻り敵を殲滅し、A班は再び村の中心へと走り出した。
 何体かの雑兵を蹴散らしつつ進軍していると景色が変わってくる。何件か集まった民家を捉え、傭兵達は住民を探す。
「おーい、誰か返事しろー」
 声をかけながら歩く井草。ふと、民家の中から窓越しに此方を見ている子供と目があった。
「お? おーい、人がいるぞー」
「おー、こんな状況で良く生きてたな。大丈夫、取って食いやしねーから」
 駆け寄り子供に話しかける凛。窓を開け、子供は傭兵達を眺めている。
「もしかして助けに来てくれたの?」
「ああ。他の住人はどうした?」
「皆自分の家に居ると思う‥‥家から出なければ何もしないって言ってたけど、何人か大人が連れてかれてて‥‥」
 子供の話によるとバグアは村を制圧後、住人達を家の中に押し込め、何人かを村の中心に連れて行ったという。
 しかし外に出たり勝手に助けを呼んだりしなければ安全は保証すると言われ、それぞれ家の中で待機しているようだ。
「なるほどな。周りは敵さんだらけだし、確かにもーすこし家ン中に居たほうがいいぜ? 終わったら助けに来てやるからよ」
 子供と話を追え引き返す凛。一先ず家に隠れている住人に関してはこのまま放っておいても大丈夫だろう。
「でも結局村の中心に大人が捕まってるんだろー?」
「そうだな。ま、行ってみるしかねーか」
 井草の言葉に頷く朝比奈。村の中心はもう直ぐだし、道順や構造も大体子供から聞き出せた。傭兵達は迷う事なく村の中心へと向かう。

●復讐と再戦
「了解、じゃあ住人が捕まっていそうな場所を見つけたら確認してみるッスよ」
 通信機に応答し、頷く源治。A班掴んだ住人についての情報はB班にも伝わっていた。
 A班とほぼ同時に村の中心部に辿り着いたB班。こちらもやはり住人を探していたが、その手は一度止めても構わないだろう。
「危険そうなら村から逃がそうかとも思ったけど、一先ずは大丈夫みたいね」
「住人の心配なんて‥‥意外と下らない事気にしてたんだね」
 羽矢子の言葉に続いて聞こえた声を辿る。視線を上げると、民家の屋根の上にカソックの少年が腰掛けていた。
「住人が居ようが居まいが巻き込まれて死のうが、あんた達は気にしない物だと思っていたよ」
 風に吹かれ靡く髪の合間、鋭くしかし深い諦めにもにた色合いで瞳が揺れる。少年は屋根から飛び降り、槍を手に笑う。
「建造物も壊れて無いし、住人も基本的に無事‥‥。あなた達、何のためにここを襲ったの?」
 羽矢子の問いに少年は小首を傾げる。槍で肩を軽く叩きつつ言った。
「別に? ただ前回と同じような状況だし、狙ってる奴が来やすいかと思っただけさ」
「集めた人間はどうしたの?」
「さあ? 僕もエンジュもそんな事してないけど」
 頭を振り、それから槍を向ける。
「そんな事どうでもいいんだよ。僕はお前達を殺せればそれで満足なんだから」
「その、腕‥‥」
 槍を握る白い腕にラナは見覚えがあった。胸のざわめきに手を触れ、唇を噛み締める。
「ジョンと‥‥同じ!」
「何あんた‥‥あんたもそうなの?」
「その腕に用があるのはラナだけじゃないッスよ。そいつを殺したのは、俺だからな」
 源治の言葉に目を見開く少年。その表情は明らかに先程とは異なる。
「俺は、手前が望むんなら、殺されてやっても構わない」
 驚き、源治を見る一行。その目は冗談を言っているようには見えない。そして勿論冗談ではなかった。
 嘗てそれと対峙した時、彼は彼のエゴで刃を振り下ろした。それで何かが解決するわけではないが、そうする事で『ケジメ』が着くと思ったのだ。
 あれでケリをつけられなかった物がこうして目の前にあるのなら、それはあの時と同じ事。あの時の自分と同じというだけ。
「だが俺にはまだやる事が残っている。今すぐ殺されてはやれねぇな」
「‥‥‥‥大人しく待ってろって言うわけ?」
 源治は何も言わない。俯く少年の前に踏み出し、カシェルも口を開く。
「僕も六堂さんと同じ気持ちです。君には僕に復讐する権利がある」
「ちょっと、カシェルまで‥‥」
 困った様子で呟く羽矢子。しかしカシェルは笑いながら首を横に振る。
「でも、僕にもやる事がまだ残ってる。それに僕の命は仲間達に貰った物だ。無責任に放棄は出来ない」
 そんなやりとりをひまりは後ろから見ている事しか出来ない。これは他人が簡単に口出し出来る事ではないと知っているから。
「それに君はそれでは止まれない。君の憎しみは復讐を終えたからって止まらない。いや、復讐に終わりなんてないんだ。そんな君を野放しには出来ない」
 剣を抜くカシェル。少年は暫く黙っていたが、やがて思い出したように笑い出した。
「待てるわけないだろ‥‥? 止めるわけないだろ!? 先に殺したのはあんたらだろ! 死んでいった奴らに同じ言い訳すんのかよ!!」
 十字の槍を構え、衝撃波を繰り出す。大地に放たれたそれは傭兵達を狙った物ではなく、ただの八つ当たりに見えた。
「あんたらさぁ、綺麗事ばっか言うけど結局殺すんだろ? その調子でテキトーな事言ってどんだけ殺してきたんだ? あぁっ!?」
 猛然と源治へ襲い掛かる少年。暴風を纏った突きを繰り出し、激しく槍を打ちつける。
「あんたらはバグア側ってだけで何でも殺すんだろ!? ちゃんと理解しようとした事あんのかよ! それ以外に道がなかった奴の事を考えた事はあんのかよ!!」
 源治と少年の攻防を迂回し背後から襲い掛かるラナ。少年は槍の持ち手を変え、白い腕でラナの攻撃を受ける。
「味方ならば‥‥指し示す事、出来ました‥‥が」
 この腕と戦った事は覚えている。そして少年の激情に理解も出来る。
 しかしそれでも敵同士、戦うしかない。カシェルも言っていた通り、怨嗟を終わらせる為にこれは放置出来ないのだ。
 源治、ラナの攻撃に加え、カシェル、羽矢子が断続的に攻撃を加える。更にひまりの矢も飛んでくる為、少年は明らかに劣勢だった。
「‥‥行ける。ここで、倒せる‥‥!」
 鋭く振り下ろす源治の一撃が少年を切り付ける。続けラナが背中に突き刺さり、血を流しながら少年は後退する。
「悪いけど、この間は油断しただけだ。君は、君が思う程強くない」
 カシェルの言葉に凄まじい形相で睨み返すカソックの少年。傷は浅くないはずだが、それでも戦意は全く衰えない。
「ふざけるな‥‥僕は強くなったんだ。復讐を、成し遂げる為に‥‥っ!」
「なんて執念‥‥でも」
 爪を構えるラナ。と、そこに側面から斬撃が連続して飛来する。
 身をかわすラナそフォローし盾で受けるカシェル。視線の先には仮面の剣士が立って居る。
『間に合ったか‥‥!』
「エンジュ、邪魔するな‥‥僕の復讐だ!」
『そういうわけにも行かぬで御座るよ』
 更に周囲にぞろぞろとキメラが出現、傭兵達を取り囲む。更にエンジュが攻撃を仕掛けようとした時、別の方向から斬撃が襲う。
 正体は朝比奈が放ったソニックブーム。更にそれに続き対の刃を構えた瑠亥がエンジュと刃を交える。
「‥‥お前の相手は俺だ、狐面」
『お主‥‥出来るな』
 一呼吸、瞬きの間に刃の煌きが散る。二人は高速で刃をやり取りし、一度距離を置いた。
「ひまりー、カシェルー、無事だったか」
 駆け寄り傷ついた仲間に治療を施す井草。その井草を襲うキメラを切り払い、忍が刃を構える。
「気をつけなさい月読。これだけの数、お互い死角を守らないと」
「お、さんきゅー‥‥ん? んー、そのけったいな腕には見覚えがある気がするぞ。確かジョン・ドゥとかいうマネキンみたいな奴だ」
「月読さん、あんまり余計な事言わないで! すいません加賀さん‥‥!」
 前回を思い出し青ざめるカシェル。忍は軽く片手を振って応じた。
「随分と荒んだ目ぇしてんな。ついでにボロボロ」
 雑兵を次々に殴り飛ばしながら振り返る凛。その視線の先で傷を負ったカソックの少年が槍を構える。
「死んだ身内の復讐とかそんなとこか? 甘ちゃんだねぇ。どーせ悲劇のヒロインでも気取って楽しい事やってきたんだろ?」
『一度下がれ、分が悪い!』
「藤村ー! いや藤村さん! そいつ逃がすんじゃねえっ!」
 叫ぶエンジュに襲い掛かる朝比奈。更に瑠亥が回り込み斬りかかる。
「‥‥言われるまでもない」
 敵味方の戦力が合流した事により完全な乱戦状態に陥る戦場。それぞれがそれぞれの目的を果たす為、獲物を手に戦いを挑む――。

●忠義と矜持
「さーてと‥‥とりあえず雑魚を片付けっかね」
 キメラの集団の中を走る凛。時折攻撃を加えつつ、敵を引きつけて行く。
「ほーら、こっちおいで〜‥‥。ノーミソ無い奴らは引っ掛け甲斐もねぇな」
 ぞろぞろ群がる敵、それを側面からの矢が射抜く。ひまりは次々にキメラを射抜き、薙ぎ倒す。
「七面鳥撃ちだな‥‥っと!」
 砲弾の爆風を飛んで回避する凛。カシェルは雑兵を斬りつつ振り返り、ひまりの足元に盾を差し出す。
「ひまりちゃん、上!」
 盾に足をかけたひまりをスキルで跳ばすカシェル。跳躍しつつ矢を射るひまりは民家の屋根に着地、砲兵キメラを射抜いていく。
 カソックの少年の前に立ち塞がる武者キメラを切り払い突き進む源治。少年は跳躍、真上で槍を振るい烈風を大地に叩き付ける。
「どいつもこいつも‥‥死ねよ!」
「ラナ!」
 防御姿勢に構える源治の声でラナはその影に飛び込む。衝撃を防ぐ源治、そこへ腕を飛ばし軌道を変えた少年が飛来する。
 衝突、すぐさまラナは源治の影から飛び出し腕のワイヤーに爪をかける。切断は出来ないが、そのまま押し込むようにして軌道を変えた。
 止む無く着地後、少年や槍を地に刺す。吹き飛ぶ岩に大剣を横に構える井草へ少年は走り出す。
「月読!」
 井草の前に立ち塞がり、刃を手に走る忍。少年は槍を大きく振るい、忍を弾き飛ばした。
 槍を繰り出そうとする少年、その側面から羽矢子が迫り刃を振るう。反撃をかわし隙が出来た所で井草は忍を回復。忍は背後から少年を攻撃する。
「『復讐』に気を取られすぎよ。貴方の瞳は、曇っている」
「だ‥‥まれェ!」
 出鱈目に槍を振るう少年。その場から忍と羽矢子が離れた直後、源治の放った斬撃が少年を襲う。
 血を撒き散らしながら派手に吹き飛び倒れる少年。立ち上がろうとするが、既に身体は言う事を聞かない。
『言わん事ではない‥‥!』
 瑠亥と刃を交えつつ状況に焦るエンジュ。二人の目にも留まらぬ攻防は拮抗し、互いに互いの刃が届かない状況が続いている。
「なるほど‥‥大した刀捌きだ。では、これならどうだ‥‥!」
 刃を構え直し、更に加速する瑠亥。繰り出される刃が無数の軌跡を描きエンジュを襲う。しかしエンジュは冷静のその斬撃を刃で弾き返す。
 打ち合う刀と刀、切っ先の煌きが無数に交差する。時を圧縮したような刹那の連続の中、二人は互いの力量を知る。
『‥‥素晴らしい腕だ。こんな時でなければ、得心行くまで楽しみたいが』
 視線は倒れた少年に向いている。音もなく地を滑るように高速で移動すると少年へと駆け寄った。
『‥‥立つ事も出来ぬ、か』
 意識のない少年を背にエンジュは刃を構える。既にキメラも全滅し、もうこの場に『敵』は彼しかいない。
「今日は逃げねぇのか?」
 普段と違い威圧的な目で呟く朝比奈。エンジュは小さく息を付き、頷く。
『我が剣は忠義と矜持の為に在り。それを貫く為ならば、死するも止む無し』
「‥‥エンジュさん、貴方は」
 呟くカシェル。しかしそれ以上何も言わずに剣を握り締める。
 待ち構えるエンジュに一斉に攻撃する傭兵達。しかしその悉くを高速の剣で弾き返していく。
 刃を振るい、周囲を衝撃波で薙ぎ払うエンジュ。それを超えられたのは羽矢子と瑠亥の二名のみ。
 羽矢子は刃でエンジュの身体を弾き飛ばす。地を擦り下がるエンジュの背後、回りこんだ瑠亥が斬りかかる。
 刃を衝突させ、続くエンジュの刃を跳躍でかわす瑠亥。宙を舞い、更に刃を打ち鳴らす。そこへひまりの矢が襲い掛かる。
 矢を薙ぎ払うのに一手、二手、三手‥‥刃を囚われる。瑠亥の一閃がエンジュに届く。反撃を屈んでやり過ごす瑠亥。その頭上を源治と朝比奈が放った衝撃波が通過する。
『なんの――!』
 刀で受けるが衝撃は身体を引き裂く。そこから更に瑠亥へ反撃――しかし刃は空を裂いた。
「――遅い」
 擦れ違う二名。瑠亥が刃を収めるとエンジュの仮面が割れ、男は血を流し膝を着いた。
「面の下はそんなのか‥‥」
 傷を負い血に染まった顔を片手で押さえつつ、男はゆっくりと振り返る。その首筋に朝比奈は大剣を突きつけた。
「悪いがこいつは俺にやらせてくれ。色々聞き出したい事があるんでな」
「‥‥何も、語るつもりはない」
「それならこっちを殺すまでだぜ?」
 刃を倒れたカソックの少年に向ける朝比奈。その横顔は笑みを作っているが、目は笑っていない。
「『刀狩り』はどこだ? 能力者から奪った物‥‥どこに保管している?」
 朝比奈が静かに、しかし有無を言わさぬ口調で問いかけたその時。手にしていた大剣が跳ね、民家の壁に突き刺さった。
「‥‥手出しをするつもりは無かったんだけどねぇ。存外に窮地なもんだから、つい撃っちまったよ」
 どこに隠れていたのか、全身をすっぽりと黒い布で覆った人影が笑う。煙を吹く長銃を片手で回し、肩を軽く叩く。
「助け等、不要だ‥‥!」
「別にあんたを助けてやりたいんじゃあない。ただ、あんたが捕まっておしゃべりが過ぎるんじゃあ困るってだけさね」
 エンジュと気安く言葉を交わす女。要するに――敵の増援である。恐らくは最初からどこかに潜んでいたのだろう。しかし今そんな事はどうでもいい。
 女と同じく身を隠した陰が一つ、気付けば傭兵達を取り囲むように布陣している。銃を手にした女、それから身の丈ほどの大刀を担いだ大男。どちらも動かないが、迂闊に攻められるほど気安くも見えない。
「すっかり囲まれちゃったねー。ごめん、気配は探ってたんだけど‥‥」
 大剣を構え背後の敵と対峙する井草が呟く。その頭を撫で、朝比奈は首を横に振る。
「仕方ねぇ。余程警戒してなきゃ気付けない連中だ。コソコソしやがって」
「どうしたね。さっさとそのガキ連れて逃げな」
 女の声に目を背けるエンジュ。その足元には夥しい量の血が広がっている。
「‥‥どこまで走れるか、分らぬ‥‥。少し‥‥手間をかけさせる」
 女は一瞬息を呑んだが、それだけだった。エンジュは剣を捨て少年を抱きかかえる。
「まだ立ち上がるか‥‥。とてもそんな手応えではなかったがな」
 瑠亥の言葉に顔を逸らしながらエンジュは小さく息を吐く。
「お主らには恐れ入った。拙者は‥‥未熟であったな。願わくば、もう一度‥‥刃を交えたかった」
「‥‥待て、エンジュ‥‥僕は、まだ‥‥っ」
 瀕死の状態の少年はエンジュの腕の中で首だけを動かす。その目だけはまだ成すべき事を果たそうと熱を帯びていた。
「‥‥六堂源治だ」
 一歩前に出る源治。続け、もう一度名乗りを上げる。
「俺の名は六堂源治。お前は?」
 少年は歯軋りし、血を垂らしながら舌を回す。
「名前なんて、無い‥‥あの時、死んだ僕は‥‥もう、誰でもない」
 それから笑みを作り、ぼたぼたと血を吐きながら叫んだ。
「待ってろ‥‥! お前達はどこの誰だかもわからない、名前もない僕に‥‥殺される! お前が殺したジョン・ドゥが‥‥お前を、殺すんだ‥‥!」
「待ちなさい‥‥っ!」
 身を翻し走り去るエンジュ。その背を追いかけようとしたラナの前に銃弾が着弾する。
「悪いねぇ。もうちょっとだけ、ここであたしらと遊んで貰うよ」
 爪を構え女を睨むラナ。大刀を担いだ男も溜息を一つ、刃を構える。
「俺ぁ別に興味はねぇんだが‥‥仕方ねぇ。お兄さん方、もう一暴れ付き合って下せぇ――!」
 大刀を地に叩き付ける大男。地が抉れ土と砂が巻き上がる。衝撃から逃れるように身をかわす傭兵達は病むを得ず応戦へ。
「あと少し‥‥あと少しだったのに」
「‥‥落ち着け、ラナ。あの男はそう長くない。今は目の前の事に集中しろ」
 瑠亥の言葉に震える腕を押さえながら頷くラナ。そこへ砂塵を突き抜け大男が刃を横薙ぎに振るう。
 身をかわす瑠亥とラナ。源治は大刀を刃で受け、力強く打ち合わせる。
「いいねぇ。兄さん俺と同じタイプでさぁな」
「そうらしいッスね」
 二人が打ち合っている横で朝比奈はエンジュを追いかけようと視線を巡らせる。それから井草を見つけ、小脇に抱えるように持ち上げた。
「わあっ!? 急に何するんだ!?」
「すまん、月読借りるぞ! あいつらを追いたいんだ、付き合ってくれ!」
「だからって抱える事ないだろー!」
 抱えられたままエンジュの血痕を辿り指差す井草。走り去ろうとする朝比奈を背後から女が銃で狙う。
 銃を持った女を狙うのはひまりの矢だ。走り去る朝比奈と井草に注意が向いた瞬間に矢を連射する。しかし女は片手で銃を回し、同じく連射でそれに応じる。
「いい腕だねぇ。将来有望なお嬢ちゃんだよ」
 むっとした表情で再び弓を構えるひまり。同時に放たれた四つの閃光、女は同じくほぼ同時の四連射で応じる。
 空中で炸裂する弾道。女はそのままひまりを狙い引き金を引く。
 慌てて避けようとするひまりの身体を抱え、飛び退いたのは羽矢子だ。そのまま連射される弾丸を連続して回避、一度後方へ大きく飛び退いた。
「ラナ、左から!」
「退いて‥‥貰います!」
 左右から高速移動で女へ迫る忍とラナ。女は急接近する二人の移動先の大地を射撃で吹き飛ばし足を止めてしまう。
「ったく、図体ばかりでけーからって調子乗ンなよ!」
 高速移動から跳躍し、大男の顔面を殴りつける凛。続け着地後連続して左右の拳を叩き込むが、男は特に気にしていない様子。
「かってぇ‥‥!?」
「元気いいねぇ。俺ぁ結構元気のいいお嬢ちゃんは嫌いじゃねぇな」
 片手で凛の頭を掴み、放り投げる大男。凛は回転しながら吹っ飛び、民家を突き抜けて姿を消す。
「空言さん!」
「連戦だからね、流石に余裕ないか。あたしはまだいけるけどさ」
 ひまりを安全な所に下ろしつつカシェルに語りかける羽矢子。瑠亥も銃弾を交わしつつ、反撃に距離をつめている所だ。
「タフだねぇ。こりゃエンジュと坊ちゃんだけじゃ負けるわけでさぁな」
「義理と役目は果たした。そろそろ引くよ!」
 迫る瑠亥の足元に撃ち込んだ弾丸が光と共に煙を巻き上げる。空ぶった刃に舌打ちし、周囲を探る瑠亥だが敵の姿は見えない。
「逃げられたわね‥‥」
 刃を収めて溜息を一つ。しかしそんな忍も体力の限界。あのままやり合っていればどうなっていたか、分らない筈もない。
 空を見上げる忍。その続く空の下、エンジュを追っていた朝比奈と井草が立ち止まっている。
 二人の前、砂浜には血溜まりが出来ていた。その中心で倒れているのはエンジュだけ、そこに少年の姿はない。
「‥‥死んでるね」
 井草の呟き。刃を収めた朝比奈は何も言わずに目を逸らし、踵を返すのであった。



「あのノーミソ筋肉‥‥人を野球球みたいに投げやがって」
「ま、まあ傷も大した事なかったし‥‥良かったじゃないですか」
 額の血を拭いながら呟く凛。カシェルはその傷を手当している。
 結局エンジュは死に、少年は何処かへ姿を消した。そして村人は殆どが無事に発見されたが、数名が行方不明のままであった。
「ちゃんと埋葬してあげるなんて、優しいのね」
 村からやや離れた森の中、忍が声をかける先でラナが首を横に振る。
 何故エンジュの死体を埋葬したのか。そこには命に対するラナの心境の変化があったのかもしれない。しかし忍はそれに言及せず、腕を組んで木に背を預けた。
「今日は良く乗り切ったな」
 振り返るとそこには瑠亥の姿がある。男はラナの肩を叩き、ただ頷いてみせる。ラナは目を瞑り、倒すべき敵を闇に描くのであった。
「それにしても、二人とも急にあんな事言うから驚いたよ」
 羽矢子の声にぼんやりしていた源治が顔を向ける。色々思うところはあるが、結局答えは一つだ。
「終わってなかったんスね」
 肩を竦める羽矢子。尤も、命のやり取りに終わりは無いのかもしれないが。
「‥‥こちとら、アンコールした覚えはねぇ。今度はキッチリ幕引かせて貰うぞ」
「それがお互いあの件に携わった大人としての責任かしらね。でも、あなたが一人で抱え込まなくてもいいんだからね?」
 苦笑し頷く源治。そんな二人のやり取りをひまりは横で見つめていた。
 拳を握り、胸に手を当てる。この戦いを止める事は出来ないだろう。だが‥‥。
「私は‥‥終わらせたい。ただ‥‥私の我侭で」
 冷たい潮風はそれぞれの覚悟を促して空へ抜けていく。
 自分自身の行いに答えが出せないままでも、彼らは前に進むしかない。
 これまでそうして来たように。これからもうそうしていく他に道はないのだから――。