タイトル:ヒイロ、海に行く!マスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/09/12 22:49

●オープニング本文


●夏の終わり
「わっふーーーっ! ヒイロは今日、海にやってきたのですよー!」
 砂浜に立ち両腕を広げて叫ぶヒイロ・オオガミ。少々時期を逃した感もあるが、彼女は今海にやってきていた。
 勿論遊びで来たわけではない。これも一応れっきとした仕事である。が、その外見は遊ぶ気満々であった。
「スコップとバケツも持ってきたしー、水中メガネも持ってきたしー、あと浮き輪! ヒイロは全く泳げないので、これが大事なのですよー」
「‥‥あのー、お嬢ちゃん? ちっといいかい?」
 既に水着で浮き輪を腰辺りに装着したヒイロはくるりと振り返る。そこには困惑した様子の漁師のおじさんが立っていた。
「俺らはキメラの討伐を依頼したんだが‥‥今お嬢ちゃん、全く泳げねぇとか言ってなかったか?」
「でぇへへ‥‥てれるのですよー」
「全く褒めてねえぞ!? あのな? キメラってぇのは、水中に出てくるんだ。泳げねぇんじゃ全然討伐なんて無理だぞ」
 きょとーんとした顔のヒイロ。お目目をぱちくりしながら首を傾げる。
「でもヒイロね、足がつくところなら大丈夫なのですよ?」
「いやいや、全然つかねーから。沖の方だから。何か勘違いしてるみてぇだけど沖の方だから。足とかそういうレベルじゃねえから」
「でもヒイロ、浮き輪持ってる‥‥。浮き輪ちゃんと持って来てるから‥‥」
「話聞いてたか? 敵は水中なの。浮き輪は水上なの。いい? 敵は水中! 浮き輪で浮いてるだけじゃやられるだけだろが!」
 漸く状況を飲み込めたのか、小刻みにぷるぷると振動し始めるヒイロ。徐にその場に座り、砂を集め始める。
「何してんだい?」
「お城を作るの。ヒイロはお城を作るためにここに来たといっても過言ではないのですよ‥‥」
「パニクってるのか? それはパニクってるのか? ていうかお嬢ちゃん本当に泳げねぇのか?」
「能力者が何でもできるとおもったら大間違いなのですよ!! ヒイロは五秒で溺死するのです!!」
「逆にそれは大丈夫なのか? 人間の構造として大丈夫なのか? 水溶性なのか? お嬢ちゃん水溶性なのか?」
 そんな感じで漁師のおじさんと暫くどうでもいい問答をした挙句、漁船に乗せてもらうヒイロ。現場まではこの漁船で送ってもらえると言う。
 船の隅っこで浮き輪を装備したまま膝を抱えて震えるヒイロ。必死に涙を堪えつつ、思い出したのはこの夏の日々の事であった。

●呪い
「むしろあれで良かったくらいでしょう? 彼女は圧倒的な力に叩きのめされた事により、本質的に持つ自身の闇に気付き始めた」
 ネストリング事務所では上着を脱いだブラッド・ルイスが以前の依頼の資料を眺めていた。
 エアコンが完全に停止した為、今は首の回らない扇風機が稼働中。しかしそれもマリス・マリシャに独占されていた。
「本気なの〜? 一歩間違えればカイナちゃんに殺されてたわよ?」
「彼女にオオガミさんは殺せませんよ。それなりの理由がちゃんとある。それに死ぬなら所詮そこまでの逸材です」
 涼しい表情で言い退けるブラッド。マリスは風に髪を靡かせながら目を瞑った。
「あの子が可愛そう‥‥沢山の大人の勝手な理想を押し付けられて育ってしまった」
 病室のベッドに座り、傷だらけで悔し涙を堪えていた姿を思い出す。血が滲む程握り込んだ拳はきっと自身への憤りに満ちていた。
「真っ直ぐすぎるわ。その所為で自分が歪んでいる事にすら気付けない」
「彼女が持つ『正義』の概念はユカリ先生に教え込まれた物です。極端な『不殺』と『和平』を求める主義‥‥まずはそれを徹底的に潰します」
「確かに愚かしい事よ。でもそれはあの子の美徳でもあるわ」
「そうですね。しかし勝てない正義に意味等ない。正義とは勝利して初めて貫く事が出来る。彼女は敗北する度、失敗する度、己の甘さを自覚し勝手に壊れるでしょう」
「そんな簡単に行くかしらね? あの子は躓いても立ち上がる‥‥そんな気がするわ」
 眉を潜めるブラッド。そこで初めてマリスへ視線を向けた。
「‥‥やけに肩を持つな。計画に背くような行動は困るぞ、マリス」
「別に。ただ、思い出さない? あの子の目、昔の貴方にそっくりだわ」
 それから僅かな沈黙が訪れた。扇風機のファンが回転する音だけが事務所の中に響く。
「‥‥だからこそだよ。俺はあの子を無駄死にさせない。あの子の命を有意義に使う。その一生を、人生を、無駄だったなんて思わせて堪るか」
 強く握り締めた拳は無自覚な行いだった。マリスはその横顔にあの日の病室の少女を重ねる。
「私じゃ‥‥呪いは解けないものね」
 寂しげに呟いた言葉はいつもの様に誰にも届かなかった。再びの沈黙、それをブラッドの言葉が引き裂く。
「マリス」
「なにかしら〜?」
「いい加減扇風機‥‥こっちに向けてくれませんか?」
 そこにはいつもの涼しげな顔はなかった。マリスはにっこりと微笑み、そのお願いをそっくりそのまま無視するのであった。

●参加者一覧

崔 南斗(ga4407
36歳・♂・JG
上杉・浩一(ga8766
40歳・♂・AA
グロウランス(gb6145
34歳・♂・GP
セラ(gc2672
10歳・♀・GD
巳沢 涼(gc3648
23歳・♂・HD
三日科 優子(gc4996
17歳・♀・HG
茅ヶ崎 ニア(gc6296
17歳・♀・ER
ララ・スティレット(gc6703
16歳・♀・HA

●リプレイ本文

●出航
「今この浜辺で一番夏を満喫してるのは‥‥俺さ」
 埠頭に立ち、片手でカウボーイハットの鍔をくいっと上げる巳沢 涼(gc3648)。ヒイロはその隣で跳ねている。
「何それヒイロもやる! ギターひく!」
「ちなみにギターは弾けない」
「ヒイロひけるよ?」
 二人が肩を並べ潮風を浴びている頃、グロウランス(gb6145)は準備を進めつつ溜息を一つ。
「しかし泳げない人間を寄越してくるとはな、ネストリングめ」
「何か狙いがあるのかもしれんし、警戒だけはした方が良さそうやな」
 遠巻きにヒイロを眺めつつ語る三日科 優子(gc4996)。使い慣れない水中用装備にグロウランスは肩を竦める。
「ま、どうあれベストを尽くすしかない‥‥か」
 一方、どうベストを尽くしたものかと思い悩むララ・スティレット(gc6703)。
「何か‥‥何か出来る事をしないと、このままじゃ‥‥っ!」
 戦闘にはあまり自信がないララ。今回は特に水中戦が想定される事もあり、不安はとても大きい。
「私はあまり戦えないから‥‥この声で、お役に立たなくちゃいけなかったのにっ」
 このままでは足手纏いになってしまう‥‥そう考えていると、崔 南斗(ga4407)が近づいてきた。
「ララさん、これ」
 渡されたのは楽器、トライアングルであった。
「小学校で借りてきたんだ。余計なお世話かも知れないけど、これなら水中でもスキルが使える筈だよ」
「だ、大丈夫ですかね‥‥?」
 トライアングルとララ。異様に似合っているが、南斗は黙っていた。そんな感じでいざ出航という事になる。
「安心してくれおっちゃん、漁に出れない日々は今日で終わりだ」
「頼もしいねぇ〜! いっちょ宜しく頼むよ!」
 涼と漁師のおじさんがすっかり意気投合していた頃。
「久しぶりの水中依頼だしな」
 上杉・浩一(ga8766)は念入りに準備運動をしていた。こうして傭兵達を乗せた船は沖へ向かう。
「海です! イカです! 漁船です!」
 潮風を浴びながら伸びをするセラ(gc2672)。その背中を物陰からヒイロが見ている。
「あ。ヒイロさん、塩気で湿気っちゃうから今日はお菓子はないのです!」
「え‥‥」
 パタパタしていた尻尾がぺったんこになり、無言でヒイロは姿を消した。
「ヒ、ヒイロさーん! でもイカ焼き沢山作れるからっ!」
 ひょっこり戻ってくるヒイロ。セラはほっと胸を撫で下ろす。
「ヒイロー、船酔いとかしとらんかー? 体はもう平気なん?」
「割と元気そのものなのです!」
 ヒイロの頭を撫で、仲間にドリンクを配る優子。南斗は腕を組みつつヒイロに問う。
「ヒイロ、もしかして水が怖くて風呂入るの嫌いなのか?」
「うん、溺死するのです」
「セラも泳げないけどだいじょーぶ! 浮き輪があれば泳げるのです♪」
「いざとなったらこの清水さんを貸したげるのですよー」
 相変わらず和やかな様子を遠巻きに眺める浩一。風を受けつつ沖を見つめる。
「そろそろ漁場だ、準備してくれー」
 漁師が声をかけると傭兵達もいよいよ戦闘体勢に入る。茅ヶ崎 ニア(gc6296)は拳を掲げ空に叫んだ。
「さあ、カリブのジュゴンちゃんと言われた私の泳ぎを見せてあげるわ!」
 しかし掲げているのはビールを握った拳であった。優子が後頭部を叩き、ビールを奪ってから戦いは始まった。

●漁獲
「ほな、行ってくるで」
 船から海に飛び込んだのは優子だ。彼女が単身囮となり、水中のキメラを探す作戦である。
「だ、大丈夫でしょうか?」
「それにしてもこの絵面は何というか‥‥トローリング? というより丸っきりイカ釣り船かな。しかも人間を生餌にしてるし」
 水中を覗き込みながら話すララとニア。その隣では浩一と涼がやはり水中を覗いている。
「イカか‥‥パニック映画を思い出すな」
「水中警戒も出来てキメラも引き寄せられる、一石二鳥たぁこの事だな。で、ヒイロちゃんどうする? 一緒に来るか?」
「ヒイロも行くー!」
 瞳を輝かせるヒイロ。ニアはその肩をがしりと掴む。
「良いヒイロ? 私達に何があっても絶対海に飛び込むんじゃないわよ! もう一度言うけど、絶対飛び込むなよ!」
「それは飛び込めって事?」
「コントか! そうじゃなくて、泳げないんでしょ?」
 しょんぼりするヒイロ。南斗はその手に水中用の銃を握らせる。
「片がついたら合図するから、船で迎えに来てくれないか」
 というわけでヒイロはお留守番する事になった。
「とか言っている間に合図が来たようだ」
「あ、セラちゃんの中の人だ」
「‥‥中の人ではない、アイリスだ」
 恒例の人格交代を済ませたセラもといアイリス。水中では優子がサインを送っている。
「でっかいイカ焼き作ってくるから船の方は頼んだぞ」
「イカそうめんも作ってやるよ。スイカもあるぞ」
 南斗に続き涼が。続け傭兵達が次々に飛び込んでいく。ヒイロは遠ざかる船の上で尻尾を振っていた。
 一方水中。優子は海面に浮かせたブイに繋げたワイヤーを巻き取るスイッチを押す。
 巨大なイカキメラは猛然と迫ってくるが、ワイヤーの巻き取り速度と距離から辛うじて追いつかれる事無く海面へ浮上出来た。
 優子に遅れイカは水面を突き破るようにして浮上。飛沫を巻き上げながら腕を伸ばす。
「さあ、こっちやで!」
 雷遁の巻物を広げイカを攻撃する優子。出鼻を挫かれたイカはゆっくりと沈んでいく。
「優子グッジョブ! さあ、追うわよ!」
「ここからが本番だな」
 ニアとグロウランスが練成強化を施し、傭兵達も水中へ向かう。
 優子の攻撃に合わせ仕掛けるつもりだった浩一。しかしイカの移動速度は早く、射程から一瞬で離れてしまう。
「負けられない‥‥この声にかけて、負ける訳にはっ」
 立ち泳ぎで水面に顔を出すララ。しかし遠ざかるイカが中々射程に入らない。
 イカは一旦遠ざかった後、猛然と突進してくる。腕を回転させながらの一撃で傭兵達は蹴散らされてしまう。
 狙いを定めるグロウランス。水中用の銃には弾数制限がある。当たるかどうか分らぬ位置で撃つわけにはいかない。
 槍を手にイカを追う涼。その目の前をアイリスが沈んでいくのが見える。
 常時移動するイカに慣れない水中戦、傭兵達は中々攻めに入れずに居た。
 南斗は一旦海面に上がり、優子を繋いでいたブイを抱える。彼が動き出すを優子は銃を構えた。
 どうにもならず一旦全員上がる。すると優子は先程と同じ要領でイカを引き付け、南斗が移動させたブイへワイヤーで高速移動。
 放つ銃はろくに当たらない上に今度はイカの足に捕まってしまう。そこへ浩一が合わせ、ソニックブームを放った。
 優子は攻撃し抵抗するが逃れられない。その時海底からセラが、更に潜りながらララが呪歌を使用する。
 鍵盤とトライアングルから放たれる音でイカの動きが停止。浩一は優子を捕らえる足を両断し救出する。
 南斗とグロウランスは停止した敵へありったけの攻撃を放つ。これによりキメラの目を潰す事に成功した。
 しかしキメラは暴れ出し、周囲に電撃を放つ。これにより呪歌の効果が中断。放電のダメージも大きく体勢が崩れてしまう。
「もががもがもががっ!」
 何か言っているララ。淡い光に包まれると、周囲の傭兵達の傷が癒えていく。更に痺れも取れて一石二鳥である。
 せっせと練成治療をするニア。涼は目が潰れたキメラの出鱈目な攻撃をかわし、槍を眉間に突き刺した‥‥が。
「もががーっ!」
 終わってなかった。目が見えず大暴れで放電しまくるキメラ。更に墨を大量に噴出し、視界が閉ざされてしまう。
 ひやりと嫌な予感が脳裏を過ぎった。もう訳が分らないまま放電の餌食になる傭兵達。
 グロウランス、ニアが練成治療。セラは蘇生術、ララはひまわりの歌でダメージを回復。活性化しつつ闇を逃れた浩一にキメラが突っ込んで来る。
 まぐれ当たりだがダメージは大きい。南斗は弾切れの銃を放って予備を取り出し攻撃。グロンランスも引き金を引く。
 更に逃れるイカを再びララとセラが歌で縛る。ニアの強化を受けた浩一、優子がイカを切りつけ、再び涼が槍を突き刺した。
 暴れまわるイカ。しかし徐々に勢いを無くし、ぐったりと沈んでいく。こうして水中の激闘は終わるのであった。
「み、みんな大丈夫ですか?」
 漁船で港に戻る傭兵達。その横顔は妙に疲れていた。
「やばいやばいわ、あの百万ボルトの電撃‥‥」
「まさかあんなに暴れるとはな‥‥やれやれ」
 倒れているニアに続きグロウランスが深々と溜息を漏らす。アイリスは壁に背を預けたまま腕を組み、余裕の様子だ。
「そうかい? 私は元々ダメージ上等だからな。傷も大した事はないようだ」
「頑丈なお嬢さんだな‥‥」
 肩を竦めるグロウランス。するとララが小さくくしゃみをした。
「へくちっ! うぅ‥‥でもやっぱり疲れましたね‥‥」
「KVのようには‥‥まあ、いかんな」
 さりげなくララに毛布をかけつつ浩一が頷く。涼は苦笑しつつ振り返り言った。
「ま、無事大漁なんだ。一先ずは良しとするか」
 ロープで牽引される巨大なイカ。イカ焼きでもイカそうめんでも、何をするにも不自由はしなそうだった。

●大漁
「セラに任せておけばもう安心‥‥え? もうおわったの?」
「うん。イカ食べるですか?」
 はっとした様子で周囲を眺めるセラにヒイロは串に刺したイカを手渡した。
 無事に港に帰った傭兵達は本日の戦果を調理していた。地元漁師の厚意もあり、網の上では様々な海の幸が踊っている。
「ぷっはー! この瞬間の為に生きてるーっ! いやー取れたての魚は最高ですね!」
「お嬢ちゃんいい飲みっぷりだな。遠慮しないでどんどんやってくれよ!」
「特に肝醤油で食べるカワハギなんかもうたまらないですよ。また何か困ったことがあったら何時でも呼んでください、すぐ来ますから!」
 ビールを片手に漁師の男と談笑するニア。その脇で優子は苦笑を浮かべている。
「優子、何つれない顔してんの? ほら、折角なんだから食べなよ」
 差し出される皿に頷く優子。一方、ララは何故か目隠しをされ棒を手にスイカを探していた。
「な、なんでスイカ割りなんですかーっ?」
「普通に切り分けるより楽しいだろ?」
 あらぬ方向へ向かい転倒するララ。そんな様子を南斗はイカを焼きながら微笑んで見守っている。
「っと、そういえばグロウランスさんは?」
「そういえばさっきさっさと帰ってしまったな」
 同じくイカを焼く浩一が答える。グロウランスはどうやら先にLHに戻ったらしい。
「そうか‥‥。色々と情報交換したい事があったんだが」
「ふむ」
「ネストリングについてね。上杉さんも気付いていると思いますが‥‥」
 イカを焼きながら真顔で肩を並べる男二人。そこにヒイロが笑顔で走ってくる。
「あのねー、おかわりなのです!」
 空の皿を受け取り浩一はヒイロを見つめる。それからイカを乗せつつ呟いた。
「ヒイロさん、君は自分に出来る事をやればいい。やりたい事が手に余るならどうすれば出来るかを考えればいい」
「わふ? 何の事ですか?」
 けろりとした様子のヒイロ。浩一は更にイカを乗せて返してやった。
「イカうまうま‥‥っ」
「おーいヒイロちゃん、泳ぎの特訓するぞー」
「!? それはきいてない‥‥」
 駆け寄ってきた涼に捕まるヒイロ。涼は砂浜に向かいがてらセラにも声をかける。
「折角だから一緒に泳ぎの練習するか?」
「えっ!? いや、セラは今それどころじゃないっていうかっ!」
 気が付いたらキーボードがびしょ濡れになっていた。別人格が水中で使用した事を覚えていないセラはこれが無事なのかどうか気が気ではなかった。
「セラちゃんも道連れなのです‥‥カラバのジェガンも来るのです!」
「‥‥カリブのジュゴンだってば」
 ビールを飲みつつ眉を潜めるニア。と、その隣を抜け優子はヒイロに歩み寄る。
「‥‥なあヒイロ、今度スバルに会ったってくれんか?」
「わふ?」
「あの子に必要なんはきっとヒイロみたいな友達やから。ウチじゃちょっと足らんねん」
 尻尾を振りつつ首を傾げるヒイロ。優子は苦笑を浮かべその頭を撫でるのであった。
「何だか良くわかんないけど、優子ちゃんはスバルちゃんの友達ではないのですか?」
 そうしてとてとて砂浜に走っていくヒイロ。見送る優子の髪を潮風が揺らしていた。
「これ、ありがとうございました!」
「ああ、お役に立ったなら何よりだよ」
「‥‥あれ、何かあったんですかね?」
「かもしれないなぁ」
 ララに返却されたトライアングルを手に苦笑する南斗。
「そうだな‥‥ララさんにも話しておいた方がいいかもしれないな」
 イカを焼く手を止めて顔を上げる南斗。それぞれの懸念や悩みもひっくるめ、青い海はどこまでも広がっている。
 そんな海の向こう、LHの某所にあるネストリングの事務所。その扉をグロウランスは叩いていた。
「次からは派遣する傭兵のスキルを把握して現場に寄越してくれ。戦士でありながら戦場に立てないのは、あの子も悔しいだろう」
 溜息混じりに語るグロウランス。ブラッドは微笑みながらコーヒーを注いだカップをグロウランスに差し出した。
「それはご迷惑をおかけしてしまいましたねぇ。次からは気をつけますよ」
「結構、俺からはそれだけだ」
 コーヒーを断り踵を返すグロウランス。ブラッドはその背中に肩を竦める。
「‥‥ではな。鮮血のルイス、悪意のマリシャ」
 扉が閉まり足音が遠ざかっていく。マリスはぽかんと呆けた後、遅れて笑い出した。
「あらあら〜、宣戦布告かしらね〜?」
 眼鏡を外し目を瞑るブラッド。その横顔からは何の意図も読み取る事は出来ない。
 街を歩くグロウランスは足を掌に視線を落とす。ボイスレコーダーに録音したそれが何の役に立つのか、それは彼にもまだわからない――。



「本当なのですよう〜! 本当にウラン君、ハムみたいなの持ってたんだもん! ハムのにおいがしたんだもん!」
 砂浜で泣きべそかくヒイロ。ニアは呆れた様子で腕を組みながら問う。
「流石ヒイロ‥‥肉には敏感ね」
「後でくれると思ってたのに‥‥後でくれると思ってたのにーっ!!」
 じたばたするヒイロ。しかしお肉は帰って来ない。少女は涙目で海に向かい男の名を叫ぶのであった。