●オープニング本文

●休暇
「イリス君、ちゃんと部屋に帰ってる？」
「いいえ？」
　デスクにかじりついた姿勢のまま首だけ僅かに振り返り少女は即答した。
　ここはとある事件の影響でビルが半壊したビフレストコーポレーションという会社の一室。とあるシステムの開発室である。
　その開発室を取り纏めているのが若干十五歳の小柄な少女、イリス・カレーニイ。諸所の事情により、研究室に一ヶ月近くお泊りしていた。
「いや、駄目だよ帰らないと‥‥君の健康に何かあったらカレーニイ博士に僕が怒られるんだからね」
「どうして誠がお父様に怒られるんですか？」
　まあ色々とそれには込み入った事情があったりする。無精髭に手をやりつつ白衣の男は困ったように笑う。
　彼、羽村誠は元この研究室の室長であり、現室長であるイリスを補佐する立場にある。そんな彼の補佐という言葉は時折彼女のプライベートにも適応されるのだ。
「ジンクス開発室の立て直しもまだまだですからね。まさか研究室の前の通路に大穴が空くとは想定外でしたし」
「警察や軍の事情聴取とかもあったからね‥‥まあそういうのは主に僕が対応したんだけど」
「それに関しては誠に感謝しています。私、知らないおじさんとか苦手なので」
　悪びれもなく眼鏡を外しながら微笑むイリス。その様子は羽村の知る以前の彼女とは大違いだ。
「兎に角ね、ちゃんと部屋に帰って休みなさい。見てご覧、君以外誰も出勤してないじゃないか」
　当然である。このビルは以前バグアの襲撃を受けその騒動で大混乱に陥ったのだ。
　会社自体の存続が危ぶまれるこの状況で真面目に研究に勤しんでいるのはイリスくらいのものである。
「研究室自体が再編されるのか‥‥どうなるのかわからないけど、とりあえず休暇だと思って休んだ方がいい」
「うーん、確かに‥‥機材の運搬やセッティングは力仕事ですから、私が居ても恐らく作業効率は‥‥」
　研究以外の事に関してイリス・カレーニイという人間は恐ろしく不器用であった。付け加えるのならばドジである。
「焦っても仕方がないですからね。わかりました、社宅に帰ります」
「そうしなさい。新しい研究室について決まったら連絡するから」
「ではすみませんが後の事は宜しくお願いします」
　一礼して立ち去っていくイリス。羽村は腕を組んでその背中を見送っていた。
「‥‥そういえばあの子、例の事件の時からずっと研究室に居たけど‥‥前に帰ったのはいつなんだ？」

●混沌
「きゃああああああーっ！？」
　ビフレストコーポの社宅は本社ビルから歩いて十分程度の場所にある。お世辞にも小奇麗とは言えない狭苦しい社宅、そこに少女の絹を裂くような悲鳴が響き渡った。
　自室から飛び出してきたイリスは涙目でがたがたと震えていた。頭を抱えへたりこんでいると、隣室の社員が慌てて飛び出してくる。
「カレーニイ室長、大丈夫ですか！？」
「あ‥‥ああ‥‥っ」
　震えながら自室を指差すイリス。社員は首を擡げつつ扉を開き‥‥絶句した。
「‥‥きたなッ！？」
　単刀直入に表現するとそれはゴミ山であった。
　異様なゴミの数々にちらほらと生活用品がまじり、時折衣類がそれに飲み込まれるように変色して転がっている。
「どうしてこんな事に‥‥」
「どうしてって言われても‥‥僕はてっきりまた室長がバグアに拉致されたのかと思って飛び出してきたのに」
「そんな事より余程の非常事態です！」
　涙目で叫ぶイリス。社員は無言で頭を下げ部屋に帰っていった。
「待ってーーーーっ！！　見捨てないでーーーっ！！」
　ドアを叩くが返事はない。恐る恐る部屋に戻ってみるが、やはり夢ではなくそれは現実である。
「まずは落ち着きましょう」
　冷静に考えてみる。ここは科学者として事の成り行きを想定してみるべきだ。
　まずこの部屋にはシャワーを浴びる為と食事の為にしか帰って来ない。いや、それすらも社内で済ませる事が多い。
　他には‥‥そうだ。デスクに置ききれなくなった要るのか要らないのかわからない物を部屋に捻じ込んだ気がする。
「成程‥‥自業自得。後はわかります」
　思えばこの半年、この部屋にろくに寄り付かなかった。中がこんな事になっているなんて想像もしなかった。
　しかしこれは避けては通れない現実。どんなに辛く悲しい出来事にも諦めず立ち向かうのだと、そう決めたのだから――。
「‥‥もしもし、誠ですか。あの‥‥誠の部屋を使わせて貰っても‥‥駄目って、そこをなんとか‥‥あっ！？」
　肩を落とし無言で携帯電話を降ろす。どうやら自分でなんとかしなければならないらしい。
「掃除なんてカレーニイの家ではメイドがやるものでしたからね‥‥」
　額に手をあて溜息を一つ。そこでふと名案を思いつく。
「使用人扱いするわけではありませんが‥‥背に腹は代えられませんか」
　再び携帯電話を取り出すイリス。以前もそうだった。こうして困った時には――やはり、頼れる正義の味方達に連絡するに限る。
「なんて、ね」
　苦笑気味に空を見上げる。晴れた青空に浮かんだ雲は今日もゆっくりと流れていくのであった。

●参加者一覧

●リプレイ本文

●死地
「また会えましたね、イリスさん」
　ビフレストコーポ、社宅前。出迎えにやってきたイリスに望月　美汐（gb6693）はぎゅっとその小さな身体を抱き締める。
「慣れとは恐ろしい物ですね‥‥もう違和感がなくなりました」
　ずれた眼鏡を直しつつそんな事を言うイリス。龍乃　陽一（gc4336）は腕を組み、遠い目のイリスに微笑みかける。
「あはは‥‥イリスさん、お元気そうで」
「戻らない男、龍乃陽一‥‥戻ってきたのですか」
　何の話かは分からないが微妙に会話が成立している気がしないでもない。
「所で、さっきから一つ気になってる事があるんだが」
　おずおずと挙手するヘイル（gc4085）。そのまますっと銀・鏡夜（gb9573）を指差す。
　鏡夜の格好は正解なようで限りなく不正解だった。具体的には体操服、しかも今や絶滅危惧種のブルマである。
　明らかに間違った知識は胸元に集約され、『きょうや』の刺繍がこれでもかと言わんばかりに自己主張を続けていた。
「掃除の時は汚れても良い格好でやるもので、汚れても良い格好と言えば是しかないと言われたよ？」
「騙されている！　それは騙されているぞ！　他にもある！」
「そんな事よりこれを見て」
　体操服の裾を引っ張り前に出る鏡夜。
「縫って貰ったの♪」
「誰にだ‥‥というか何故だ‥‥！」
　拳を握り締め呟くヘイル。それを苦笑を浮かべつつ陽一が『まあまあ』とたしなめた。
「とにかく部屋に行ってみるのダー。こちらの準備は万端、後はやるだけだからな」
　レベッカ・マーエン（gb4204）の一言で移動する傭兵達。エレベータに乗り込み、全員でイリスの部屋に向かう。
「ここがイリスちゃんのお部屋ですかー」
「はい。どうぞゆっくりしていってください」
　橘川　海（gb4179）の言葉にドアノブに手を伸ばすイリス。ヘイルはその様子を優しげな眼差しで見つめていた。
「久しぶりにイリスに会えた事だし、今日は頑張ろうか――」
　過去に色々あった事を思い返しつつうんうんと頷くヘイル。そうして扉が開かれた瞬間彼はそのまま扉を閉じた。
「ぅわ‥‥今ちょっと何か見えましたよっ」
「というかもう、臭いが‥‥」
　目が笑っていない海に続き陽一が目を逸らす。ヘイルは顔に手を当て扉を片手で押し留めている。
「何故邪魔するんですかヘイル。それに凄い汗ですよ」
「すまん、三秒くれ‥‥あとこの汗はお前達のせいだ」
　こうして扉は開かれた。玄関先にまで雪崩れるゴミだかゴミではないのかわからない物体。そして汗と機械油が混じったような謎の悪臭が来客を出迎える。
「これは‥‥想像以上ですね」
「なるほど、中々に厳しい状況‥‥ですね」
「あたしも得意な方ではないが‥‥むしろどうしたらこうなるのだ？」
　美汐、陽一、レベッカが次々に感想を口にする。海はわなわなと震え、高々と掲げた指を振り下ろした。
「イリスちゃん、女の子としてアウトォー！」
「天は二物を与えずと言うが‥‥これはひどい」
「少し照れますね」
「念の為言っておくがこれは褒めてないからな」
　前髪を弄りながら顔を赤らめるイリスに複雑な表情で告げるヘイル。そんな感じで掃除が開始されるのであった。

●駆逐
「掃除、頑張る」
　握り拳を作る鏡夜。傭兵達はまず、兎に角物を捨てまくる事にした。
　掃除道具やら必要な物は持参した物を使う。イリスが用意していたのは何故か竹箒だったので、全員で見て見ぬフリをした。
「一先ず資料は外に出しておくか」
「あ、僕が運びますよ。この辺の段ボールでいいんですよね」
　ヘイルの言葉に応じ陽一がダンボールの箱を外に運び始める。一先ず明らかに必要そうなものは隔離しておいて‥‥。
「まず徹底的に捨てる！」
　袖を捲くり叫ぶ海。ゴミの大半はカップ麺やらレトルト食品やらコンビニ弁当やらの残骸である。もう見た端から捨てる。
　捨てまくっていると段々床が見えてくる。すかさずそこに可愛らしいデザインのゴミ箱を設置していく。
「少なくとも、まずいらない物はゴミ箱に捨てるようにしてください。その辺に投げないっ！」
「ゴミ箱多すぎませんか？」
「そもそも何故その辺に捨てるんですかっ！？　というか元々この部屋にゴミ箱一つも無かったんですけどっ！？」
「もういいかなって‥‥」
　海の笑顔に気圧されいそいそとゴミを捨てるイリス。もうその挙動が既にトロい。
「物の置き方一つにしても、綺麗に置くだけで不思議と片付くんですっ。物は大事に扱って下さいね？」
「海！　チェスのクイーンが出てきました！」
　ぱあっと笑顔で振り返るイリス。直ぐにしょんぼりして掃除を続ける事になったのは言うまでもない。
「えっと‥‥あれだ、ダン・チャーリー？　とか言うやつだ」
「急にどうしたんですか、レベッカ」
「いや、どこか違う気がするが思い出したので言ってみた」
「そうですか‥‥そういえばレベッカは掃除出来るんですか？」
「それ以前の問題だと思うが」
　部屋の中に無秩序に散乱した物を眺め、レベッカは頷く。
「ゴミはゴミ箱に。服は脱衣籠に‥‥と、場所を決めてそれを徹底すればそもそも散乱しないのダー」
「なん‥‥だと？」
　今気付いたような顔で驚愕するイリス。その背中を眺め海は溜息を一つ。
「アヤメさんもこういうの、無頓着だったのかなぁ‥‥」
　多分そうだろう。きっとそうだ。そんな気がする‥‥とか考えていると、大きな物音が聞こえた。
　振り返る一同。部屋の隅に纏められた大量のゴミ袋に何故か鏡夜が埋まっていた。付け加えるとゴミも飛び出していた。
「えーと‥‥大丈夫ですか？」
　ずるずると美汐に引っ張り出される鏡夜。そのまま立ち上がり、気合を入れ直し踏み出した一歩が資料の詰まった段ボールに躓く。
「やっと半分くらい‥‥って、うわっ！？」
　そして躓いた段ボールの中身をひっくり返しただけでなく、その回収に来ていた陽一の背中に飛び付く。結果、両名転倒。
「だ、大丈夫ですか？」
　むしろ大丈夫じゃないのは自分なのに倒れながらも荷物を落とさず掲げた状態で問う陽一。その背中で鏡夜は言った。
「是は何ですか？」
　未知の物体と言わんばかりに陽一に差し出したのは所謂パンツであった。
「あはは、反応に困ってしまいますね‥‥ヘイルさん、助けてください」
「その状況を俺にどう助けろと言うんだ――？」
　と、その時。陽一が倒れながら掲げていた段ボールが裂け、中身が流出した。それは夥しい量のパンツであった。
　沈黙――。頭からパンツを被った陽一は遠い目をしている。鏡夜が『是は？』とか言っているがそれどころではない。
「わっ、わっ！　なんでこんなの落ちてるんですかっていうか多っ！」
「いえこれは‥‥箱には精密機器ってシール張ってあって‥‥」
「それはこちらに渡していただけますね？」
　海と美汐に回収されるパンツ達。疲れた様子の陽一の方をヘイルがそっと叩くのであった。
　こうしてゴミが片付けられると部屋は一気に広くなった。元々物のない部屋だ、後はそう難しい事も無い。
「イリスさん、乾く前に踏んじゃあ駄目ですよ？」
　フローリングに清掃用のスプレーをかけた後拭き掃除を始める美汐。その手際は中々の物だ。
「美汐、もしかして本当にメイド‥‥」
　その頃ヘイルは台所の片付けを開始。とは言え調理器具も食器も全く無いので気楽なものだ。
　そして鏡夜は風呂場の掃除をしていた。こちらは実際に使用していた事もありそれなりに生活感もある。
「名誉挽回」
　シャワーを片手に彼方此方を掃除して周る鏡夜。今の所やる気は空回りしてむしろ散らかす側になっているが、ここらで活躍したい所。
　そんな彼女の前を何かが横切った。妙に素早く壁を移動する黒い物体。
「虫？」
　それが顔面目掛けて飛んで来た事に驚き派手に転倒する。その物音は全員に聞こえた。
「凄い音がしましたけど、大丈夫‥‥」
　駆けつけた海が固まる。そのまま猛然と戻ってきて玄関付近に居た陽一に飛びついた。
「っとと、どうしました？」
「ご、ご‥‥」
「午後？」
　と、そこにまるで追ってきましたといわんばかりに近づく黒い虫。海は声にならない声を上げ陽一を押し倒す。
「何の騒ぎなのダー？」
「龍乃さん、また‥‥」
　レベッカに続き美汐が振り返る。そこに黒い虫は飛翔してくる。が、それは横から繰り出されたヘイルの一撃で破砕された。
「AS起動！」
「ヘイル‥‥虫相手にASを使うなんて」
　悲しげな目でヘイルを見るイリス。それから逃れるように陽一と海の所へ向かう。
「安心しろ、奴はもう倒した」
「うぅー、ゴキブリさんは苦手です‥‥」
　とか言ってる三人の所に戻ってくる鏡夜。シャワーを頭から被ったのかずぶ濡れである。男性二人は目を逸らし、すぐさま海の手で彼女は浴室に押し戻された。
「そういえば、下着の事知らなかったみたいですしね‥‥」
「ああ‥‥」
　二人して遠くを眺める。皮肉なくらい、今日はいい天気だった。

●休息
「やれやれ‥‥やっと終わったか」
　幾つか不要なイベントと手間を経て部屋は美しさを取り戻した。何度か手を叩きレベッカはそれを腰にやる。
「じゃ、あとは風呂だな」
「はい？」
「部屋が綺麗になったんだ、イリスも綺麗にならないと」
　ずるずると引き摺られていくイリス。確かに暫く風呂等入っていないので、それは英断であった。
「さて、買出しに行くか」
「せめて全自動洗濯機とアイロン、掃除機、他にも必要そうな物は沢山ありそうですね」
「それならお付き合いしますよ。力には自信ありますしね」
　こうしてヘイル、美汐、陽一が部屋を後にする。三人を見送り、海はくるりと振り返った。
「あのー、そろそろ元気出して下さいねっ？」
　もう失敗しかなかったので部屋の隅で膝を抱える鏡夜。その肩を天使の幻影が慰めていたとかなんとか。
「しかし、自分自身を掃除されるとは予想外でした」
　その頃風呂場ではイリスの泡だらけの頭をレベッカがわしわし洗っていた。
「さっき言った事を忘れるなよ。あたしが母に指導されたことなのダー。それさえ守れば一応普通にやっていける筈なのダー」
「正直自信はありませんが‥‥」
「最悪ロボット掃除機でも導入したらどうだ？」
「そんな手が‥‥！？」
　ざぱーっと泡が流れる。イリスは鏡に映った自分を見ながら呟いた。
「こんなに穏やかな時間を過ごすのは久しぶりな気がします」
「急ぐだけが道ではない。ゆっくり進むのも楽しい事なのダー」
「‥‥そうですね。所でレベッカは髪がさらさらで羨ましいです。私なんか癖が凄くて」
　そんなこんなで入浴時間は続いた。イリスの髪がドライヤーでぶわっとなったりして乾く頃には買出し班が帰宅する。
「それでは早速使い方をレクチャーしましょうか♪　あ、龍乃さんこっちです」
　手招きしつつ微笑む美汐。こうしてこの部屋に初めて家電が降臨した。
「基本はイリスさんの仕事と同じですよ。問題の物をタグに書かれた条件で処理プログラムに投入、クリンナップしたらパッケージして所定の場所に収納。ね、簡単でしょ？」
「そう言われると急に出来る気がしてきました」
　ちなみに洗濯物の話である。流石に機械には強いのか洗濯機はあっさり習得したのだが、アイロンがけが上手く行かない。
「アイロンは最初は襟元と手首の所だけにしましょうか、それだけでも大分着心地が変わりますよ」
「お、重い‥‥」
　既に腕がぷるぷるし始めている上、凄まじく不器用である。背後から手を取り教えつつ美汐は苦笑する。
「うーん、何日か泊り込んで教えてあげたいですねぇ」
「もうここに住みませんか？」
「そ、それはいいんですか？　色々な意味で‥‥」
　次にイリスが連れて行かれたのは台所であった。初心者向けの料理本を片手にヘイルは目を見開く。
「自炊は一人暮らしの基本だ。今日中に簡単な物は出来るようになってもらうぞ」
「もう体力が限界なのですが‥‥」
「弱音を吐くな。一人暮らしは自炊に始まり自炊に終わる！　さあやるぞ！」
　というわけで、切る、炒める、だけで終わる野菜炒めを作ってみる事になった。
「ふんっ」
　気合を入れて振り下ろした包丁が思い切り指に突き刺さる。
「まず振り上げるなというか野菜を狙えというかレベッカ来てくれ！」

　練成治療。

「ヘイル‥‥フライパンが重くて手が‥‥」
「頑張れもう少しだ！　泣くな！」
　そんな訳で一応不恰好ながら野菜炒めが完成した。その他の料理は時間の都合でヘイルがなんとかしました。
　その頃には家電の設置も完了し、ついでに購入してきたテーブル等も設置。全員で料理を食べる運びとなった。
「うん、美味しいですよイリスさん」
「いける」
　微笑む美汐に続き無表情にサムズアップする鏡夜。まあ切って焼いただけなので不味い筈がないのだが。
「人に自分が作ったものを食べてもらうのは良い物だろう？　――まだまだ要精進、だがな」
　本当に要精進である。そもそもフライパンが持ち上がらないとか、包丁を振り上げるとか、そういうのは料理以前の問題だ。
　目頭を押さえながら頷くヘイル。さて食べるかと思ったところ、どうにも自分の分が見当たらない。
「腹がへっては戦が出来ぬと言いますからね、食事は大切なのですよ食事は」
「‥‥陽一、それは俺のだ」
「え！？　すみません、気付かなくてつい‥‥」
　もりもり食べまくる陽一。気付けば料理の殆どは彼が平らげてしまっていた。
「良かったなイリス、二回戦だ」
「え！？　恨みますよ、陽一！！」
　ヘイルに首根っこ捕まれ引き摺られていくイリス。その様子を苦笑しつつ陽一は見送る。
「大事な時にお傍にはいられませんでしたが、イリスさんがお元気そうで安心しました‥‥それに」
　お茶を飲みつつ微笑む陽一。イリスは以前に比べ少し明るくなった気がする。
　同じく海もイリスとヘイルが並んで立つ台所に目を向けていた。最愛の姉を失ったイリスだが、その表情に陰りは無いように見える。それはきっと自分達が傍にいるからだと思うのは、決して思い上がり等ではない。
「レベッカ、来てくれ！」
「忙しいな‥‥」
　茶を飲む間もなく呼び出され立ち上がるレベッカ。泣いているイリスに少し慌てた様子のヘイル。
　何と無くそんな感じで上手く周っている。不思議とドタバタしたようで、落ち着いた時間‥‥。
　騒ぎはそうして日が落ちても続く。依頼と言うよりは友人同士のプライベートに近いその時間。楽しい時間はもう少しだけ続くのであった。
「レベッカ！」
「‥‥いい加減にするのダー」