●リプレイ本文
●予感
現地へ向かう傭兵達が二手に別れ山側と海側のルートから件の漁村へ向かったのは、念密な打ち合わせの後であった。
美しい月の光に照らされる漣を臨む海側の道を五名の傭兵が歩いていた。人気のない静寂の中、月読井草(
gc4439)が呟く。
「人が居ない村って不気味だなぁ」
もう村に入っただろうか。明かりの消えた民家がちらほら見える。しかしそれほど遅い時間ではないのに村は異様に静かだ。
「海だよー! 海水浴をしよう!」
「急に君は何を言い出しているんだい‥‥?」
雨宮 ひまり(
gc5274)の声にカシェルは遠い目を浮かべる。そこに更にひまりは言った。
「ほら! カー君のペットの月読さんも抱っこして連れてって良いから。捜索は私に任せて、海辺でモフモフしながらのんびり待っててよ」
「こらー、誰がペットだ誰が!」
ひまりと井草のやり取りに冷や汗を流すカシェル。レインウォーカー(
gc2524)は腕を組み微かに笑う。
「相変わらず賑やかだねぇ‥‥。今回もよろしく頼むよ、カシェル」
「こちらこそ宜しくお願いしま‥‥す?」
そんな四人を置き去りに村へ向かい前進し続けるORT(
gb2988)。漫才地味た会話や挨拶に興味はないと見える。
移動を続ける五人が最初の犠牲者を発見したのは間も無くの事であった。道端で血を流し倒れた男性へと駆け寄るカシェル。
「く‥‥っ、駄目か」
「いきなり人が死んでるとかデンジャラスだな」
目を丸くする井草の背後、ORTは無線機を取り出す。
「村の入り口で殺害された民間人を発見。付近に敵がいると思われる。これより探索、目標を攻撃する」
「あ、ちょっと!」
告げるべき事だけ告げORTはずんずん進んでいく。カシェルは困ったように死体を顧る。
「おーっすこちら海彦、これから村を経由し山側に向かう。中心部で落ち合おう‥‥以上、通信オワリ」
無線機を下ろし振り返る井草。カシェルは死体に手を合わせていた。
「なにしてんだカシェル、行くぞー」
井草に呼ばれ走り出すカシェル。その後姿にレインウォーカーも続く。
「鬼が出るか蛇が出るか、いずれにせよ愉しむとしようかぁ」
最後に死体の傍を立ち、小走りに仲間を追うひまり。
「またカー君は自分から怪しげな依頼に参加して‥‥」
井草をもふもふしていて欲しかったがこうなっては仕方ない。覚悟を決め、少女は村へと向かった。
「嫌な予感が当たってしまったか‥‥」
別働隊からの連絡を受け崔 南斗(
ga4407)は溜息を漏らした。
彼の運転するジーザリオにて海側よりこちらは早く、そしてより村の中心に近い場所に居た。そして車を止めた彼らの前には複数の死体が転がっている。
「こっちだけなら良かったんだけどな‥‥まさかとは思ったけど、やっぱり向こうもか」
痛ましい表情で死体に合掌する石田 陽兵(
gb5628)の脳裏に最悪の可能性が過ぎる。重い空気の中、六堂源治(
ga8154)は言う。
「これだけ時間が経ってるんだ、覚悟しとく必要もある。ま、最初っから諦めるつもりは、更々ねぇけどな」
源治の言葉に頷く陽兵。その時刀を抜きながら加賀・忍(
gb7519)が闇の向こうを睨んだ。
「どうやらお出迎えが来たようね」
鎧武者に似たキメラが四体近づいてくるのが見える。傭兵達はそれぞれ武器を構え、闇の中を走り出した。
●遭遇
キメラ達へ小銃を連射する南斗。攻撃に怯まず緩慢とした動きで迫る鎧武者へ陽兵は銃身にチェーンソーのついた特性のショットガンを向ける。
「喰ってやるぜ!」
引き金を引きながらキメラに迫る陽兵。その脇を高速移動する忍が抜けていく。
キメラの手前で身体を捻り斬撃を放つ忍。南斗の援護を受け、至近距離で敵を連続で切り刻む。
「動きが鈍いぜ‥‥砕けろ!」
キメラの刀をかわしながら飛び込みチェーンソーを叩き付ける陽兵。続け頭部へショットガンを撃ち込む。
二人が相手をするキメラとは別の二体が中距離からの斬撃でばたばたと倒れていく。源治は刀を鞘に納めながら笑った。
「俺達を相手にするには、ちょいと力不足だった様ッスね」
キメラを迅速に排除した傭兵達は近くの民家等を調べつつ村の中心部へ進んでいく。
「これは‥‥惨いな」
民家の中を確認した南斗が首を横に振る。先程から死体はあれども生きた人間にはお目にかかれていない。
「詳細の確認は後だ。今は先に進もう」
南斗の提案を受け傭兵達は一先ず探索を切り上げ先へ進んでいく。結果、別働隊よりもかなり早く中心部に辿り着いた。そこで彼らが目にしたのは意外な光景であった。
幾つか民家が密接したその場所には火が放たれ炎と共に黒煙が舞っている。その中心、狐面の男が倒れたキメラに囲まれている。
「む。新手でござるか」
面を被り直し振り返った男は刃に手を伸ばす。と、陽兵はキメラの死体を目に疑問を口にする。
「このキメラ、お前が倒したのか?」
『村の者には申し訳ない事をした。言い訳をするつもりではないが、これは不本意な結果でござる』
「それで始末したってか。一般人を巻き込まないのはバグアにしちゃ見上げた精神だな!」
銃を向ける陽兵の言葉には皮肉な怒気が含まれている。ここに来るまで見た物を思えば当然であった。
「一体何を企んでる。何故、何の為にこんな小さな村を襲った!」
南斗の声に敵は刀を抜いて応じる。炎を背に剣士は鋭く告げた。
『弱者に用は無い。我らの目的は――お主らにある!』
海沿いの道を行く傭兵達の耳に突如聞こえたのは悲鳴であった。何度も聞こえるその声は村に近づく程近くなって行く。
遠く、村の中心地が燃えている。月を背にその人影は倒れた人影を踏みつけているようだった。と、そこへ駆け寄りORTが銃を向ける。
「目標確認、攻撃開始」
即座に放たれた弾丸をカソックの少年は槍で薙ぎ払う。少年は僅かに驚きながら呟いた。
「チッ、結局増援が来たんだね。全く、お前の所為で」
足元の人影を蹴飛ばす少年。傭兵達の足元に転がって来たのは無残な姿になった傭兵の少女であった。
「この子は‥‥先行していた」
たまたま近くに居たレインウォーカーが駆け寄り抱き起こす。両足は切断され体中を槍で貫かれた少女は震える声で言った。
「ごめん‥‥なさ‥‥皆‥‥殺され‥‥守れ、なか‥‥っ」
血と混ざった涙が伝い少女は動かなくなった。その様子を少年は笑いながら眺めている。
「ああ、この村が全滅したのそいつの所為だから。そいつが増援を呼ぼうとか村人を逃がそうとしなきゃ始末する必要なかったんだよ。あ、これも返すね」
放り投げられたのは血に染まった足だった。堪えきれず飛び出そうとするカシェルの肩を叩きレインウォーカーは刃を抜く。
「今回は手加減したり演じる必要がないからねぇ。最初から、本気で行く。別働班への連絡よろしくぅ」
無線機を渡し男は素早く走り出した。少年へ駆け寄り刃を繰り出し、二人は数度得物を激突させる。
「えっと、誰なんだろう‥‥?」
困惑しつつ弓を構えるひまり。カシェルは別働隊に連絡をつけようとするが、向こうも取り込み中で連絡は取れない。その間もレインウォーカーとORTは少年に猛攻を仕掛けるが、向こうには余裕が見て取れる。
「ま、いいけどね。大将の為にお前らの『武器』――奪わせてもらうよ!」
●憎悪
南斗と陽兵が銃で攻撃を開始する中、援護を受けて忍は剣士へ斬りかかって行く。
『ま、待つでござる! 拙者女子と戦うつもりは‥‥そもお主、肌を出しすぎでござる! 何たる破廉恥!』
何か言っていたが気にせず攻撃する忍。擦れ違い様に斬撃を放つが攻撃は防がれた。そのまま飛び退く忍に続き遠距離攻撃が飛来する。
剣士は腰を低く構え刃を振り回した。それは目視するのも困難な速度で、正確に、飛来する弾丸を両断して行く。
「おいっ!?」
思わず乾いた笑みと共に声を上げる陽兵。南斗は銃を向けながら問いかける。
「目的が俺達にあるとはどういう事だ!?」
『こ、答える義理はない!』
多分うっかり言っちゃったのを誤魔化そうとしてるんだろうなあと思いつつ戦闘を続ける傭兵達。
忍の一撃離脱に合わせ銃撃を行う南斗と陽兵。女性の忍に対して反撃をしない敵の隙を見て源治は遠距離から斬撃を放つ。
敵は源治の放つ衝撃波を刀で両断。続け接近し刃を振り下ろした源治と鍔迫り合いの様相となる。
「中々腕が立つッスね。腕の良い剣士と戦えるのは、不謹慎だが心が躍る。俺は六堂源治。アンタは?」
『拙者の名はエンジュ‥‥お主も中々の腕前と見える。だが‥‥!』
強引に源治を突き飛ばし構え直すエンジュ。その構えからは先程までは無かった殺意が感じられた。
『女子に襲わせ油断を誘うとは武士の風上にも置けぬ! 貴様ら‥‥それでも男か!』
足の動きは見えなかった。ぬっと、地を滑るように、しかし高速でエンジュが迫る。放たれた斬撃が南斗と陽兵を切り裂き、そのままの勢いで源治へと襲い掛かる。
二人は入れ替わり立ち代わり刃を交えた。力では源治が勝るが、エンジュの剣は正確さで上を行く。
「速ぇ‥‥けどな!」
肩から血を流しつつ振り返り銃を向ける陽兵。エンジュはその銃弾を回避し、同時に脇差を投げつける。
「石田君! くそっ!」
脇差に貫かれ倒れる陽兵。南斗は傷を庇いながら引き金を引き続ける。
刃を打ち鳴らす源治はエンジュの注意が銃撃に向いた隙に蹴りを放った。蹴りという発想が無かったのか、一撃はエンジュに直撃する。
『な‥‥貴様!?』
続け飛び込んだ忍が背を斬りつける。面越しにもはっきりと感じられる濃い怒りはエンジュの刃に乗って傭兵達を襲う。
源治を連撃で弾き距離を置き、舞うように旋回しながら周囲を太刀で凪ぐ。その認識にやや遅れ傭兵達は血を流した。
源治は耐えたが南斗、陽兵にとっては致命的なダメージであった。膝を着く南斗、しかし陽兵はよろよろと前進する。
「逃がさねえ‥‥! お前らとは、覚悟が違うんだ‥‥!」
伸ばした腕はエンジュに届かない。剣士は陽兵を切り伏せ小声で謝ったようにも見えたが、直後接近した忍の剣戟の音がそれを掻き消した。
『またこういう扱いとは心苦しいでござるが‥‥許されよ!』
片手の指と指の間で刃を受け止め、鞘で忍の腹を打つエンジュ。倒れた忍をその場に下ろし源治の攻撃を受け止める。
受け止めるというのはやや語弊があるか。源治の剛剣は容易く受け止められる物ではない。故にエンジュは源治の一撃に対し二撃ないしは三撃で対処していた。素早く正確に剣を放つ事で力を拮抗させているのだ。
「やはりいい腕ッスね」
『悪党に褒められても嬉しくないでござる』
一方、海沿いの道ではカソックの少年との戦闘が続いていた。十字型の槍をかわしつつ様子を見るレインウォーカーに対しORTは積極的に刃を振り下ろす。
「前にこんな服着てる連中の村に行ったっけな。あたしらのせいで燃えちゃったけど」
それまではある程度拮抗していた状況がガラリと変わったのは井草の言葉が切欠であった。
動きの止まった少年にORTの剣が食い込むが、少年は気にせず井草を見やる。
「何だって?」
続け首を跳ねようと刀を振るうORT。少年はその一撃を異形の腕で阻止する。
「お前、あそこに居たのか? お前がやったのか?」
「別に後悔してないよ? もう一度同じ事をするかって言われたらするだろうね。そーいうもんだからな」
顔が裂ける程笑みを浮かべゲラゲラと笑う少年。急に鋭く、重くなった十字をORTに叩き付けそのまま井草を目指す。
「速い――月読さん!」
超機械で迎撃する井草へダメージも気にせず突っ込んで来る。井草を突き飛ばし庇いに入ったカシェルへ少年は光を纏った槍を突き出した。
「お前‥‥そうか、あいつの弟か!」
カシェルの表情が驚きに変化したのは大きな隙を意味していた。捻じ込まれた槍は回転、竜巻のような衝撃波を起こしカシェルを吹き飛ばす。
「カー君!?」
慌てて矢を放つひまり。少年はそれを槍で薙ぎ払い、続け井草を鋭く槍で打つ。
「死――ねッ」
槍を突き刺し井草の身体を持ち上げる。そうして槍を思い切り大地に叩き付けた。
陥没し隆起する地。舞う土煙の中、少年の背後からレインウォーカーが迫る。
「どんな理由があるのかは知らないけど執着しすぎで視野が狭すぎるな、お前」
背を斬りつけるレインウォーカー。少年は振り返りながら笑う。
「あぁ!? 何か言ったかよ、バァカ!」
異形の腕がレインウォーカーの顔面を掴む。そのまま腕は『射出』された。
ワイヤーで繋がった腕は彼を掴んだまま高速で飛翔、近くの民家の壁をぶち抜く。即座にワイヤーで引き戻し、戻って来たレインウォーカーを反動をつけ反対側の地に叩き付けた。
「ぎゃはは! 死ねよほら! 死ね!」
「見敵、必殺‥‥」
立ち上がり背後から少年に斬りかかるORT。激しく背を斬られながらも振り返り、少年は何度も槍を叩き付ける。
ORT、レインウォーカー、井草が倒れ少年はひまりに迫る。放たれる矢に貫かれながらもひまりに攻撃する少年、その前にカシェルが立ち塞がる。
「やめるんだ‥‥君は‥‥!」
「はあ?」
ひまりを庇い槍を受けるカシェル。少年はカシェルを押し倒し、地に向けて衝撃波を連続で放つ。惨たらしい姿に変わり果てたカシェルに更に執拗に槍を振り下ろす。
「お前みたいに仲間守ってますみたいな奴が一番腹立つんだよォ! お前らも僕と同じただの殺戮者だろうが!!」
そこへひまりの放った矢が更に少年を撃つ。やはり気にしない様子だったが身体は限界なのか意志に反し膝を着いた。
「あ?」
血塗れの少年は振り返る。そうしてひまりを睨み、笑みを浮かべ後退する。
「直ぐには殺さない。そうだ、もっと苦しませてからだ‥‥その方がいい。きっといい」
立ち去った敵を見送りひまりは仲間に駆け寄る。中でも井草とカシェルの傷が酷い。何とか手当てを試みるが焼け石に水だった。
「カー君‥‥月読さん‥‥」
『‥‥お互い、ここらが潮時でござる』
海岸の方から聞こえた轟音を気にかけ刃を収めるエンジュ。源治も倒れた仲間を横目に刃を収めた。
『その方らの負傷は軽い。特にその女子、きちんと手当てして下され』
そう言い残し剣士は闇の中に姿を消した。
源治が応急処置を施すと倒れていた仲間も目を覚ます。そうして車で向かった先、別働隊の状況は凄惨だった。
結局村の生存者は確認出来ないまま傭兵達は負傷者を連れて村を後にする。そうしなければならない程、特にカシェルの負傷は酷かったのだ。
敵を追い払いはしたが、得られた結果はそれだけであった。傭兵達を乗せた車もまた、逃げるように村から遠ざかっていった――。