タイトル:目覚める翼マスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/07/31 16:08

●オープニング本文


「要するにテメェはこう言いたい訳だ。俺たちを殺したくないから、降参しろってよ」
 廃ビルのワンフロアを丸々使用したアジトの中、ヒイロ・オオガミは強化人間と対峙していた。
 無数の窓からは月明かりが差し込み、紅い『敵』の髪を照らしている。不機嫌そうに煙草を握り潰し、女は言った。
「全く、見下した台詞だ。そういう事は相手より強くなってから言いな、チビ助」
「見下してる訳じゃないのです。戦わなきゃいけない事も分ってるつもりです。でも、だからって行き成り殺し合いなんてしたくないのです」
 少女は真剣な眼差しを向けている。女は腕を組み、改めて少女の姿を眺めた。
 チビだ。男なのか女なのかも良くわからないチビ助だ。その癖随分と寂しい目をしている。いや、或いは覚悟を決めた目なのか。
「そっくりそのまま台詞を返すぜチビ。ガキを殺すのは趣味じゃねェ。とっとと失せな」
「そう言うわけにはいかないのです。だって、ここで君を倒さないと君はヒイロ以外の人を傷つけるでしょ?」
「テメェは無事だろが」
「同じ事だよ」
 素直に面倒だと思った。弱い癖に覚悟が決まっている奴は相手にしたくない。しかしそれも戦争ならば。
「もう一度だけお願いするのです。もう二度と人間を傷つけないで、この戦争が終わるまで姿を見せないで下さい」
「‥‥あのな。百歩譲ってそれが可能だとして。何故そうしなきゃならねェんだ」
「君にだって大切な人はいるでしょ? 悲しい事は少なければそれだけいい」
「それが見下してるってんだ。いいかチビ助、闘争を『悲劇』の一言で括るんじゃねェよ。これはな、こうなってしまった以上はこういうもんなんだ」
 目をすっと細めるヒイロ。女はゆっくりと歩み寄る。
「闘争に理由を求めるな。闘争に救いを求めるな。悲劇も喜劇も場違いだ。意味も過去も関係ねェ。こうなっちまったんだ。だから闘る。生きる為に」
「闘争は畏れて避けなければただの暴力だよ」
「何が悪い? そうだ、暴力だ。いいかチビ助、暴力ってのはな――理不尽な物なんだよ!」
 一瞬、その姿と気配を見失い。振り返り咄嗟に構えを取る。直後、衝撃に弾き飛ばされた。
 蹴りだ。見えなかったがそう感じた。両腕でガード――それでも遥か彼方に吹っ飛ばされ、壁に激突する。
「う‥‥ぶっ」
 胃の中の物を逆流させながら膝を着く。赤髪の女は既に少女の目の前に居た。
「何故暴力が絶えないのか、理由を考えた事はあるか?」
 ヒイロの髪を掴み、身体を持ち上げる。そうして顔を近づけて問う。
「それは何故人間が存在するのかという疑問と同義だ。生命の誕生を宇宙に問うのと同じくらい、途方のない事なんだよ」
 そのまま持ち上げた身体を殴り飛ばす。ボールのように弾んで吹っ飛ぶその身体を先回りした女が掴み上げる。
「敵に情けをかけるな。自分に情けをかけるな。戦場に立ったら全て失う覚悟を決めろ。それが戦士の条件ってもんだ」
 頭を掴み、アスファルトに叩き付ける。強制的に意識の回線を切って余りある衝撃。ヒイロの意識は一瞬で遠のいて行った。

「あ! ビラ配りのおじさん、あるいは夏流君!」
「おじさんじゃねえお兄さんだ! それと俺の事は朝比奈君と呼べ。名前で呼ぶな。ていうかお前なんで誰でも名前で呼ぶんだよ馴れ馴れしいな」
 強化人間討伐依頼に同行する事になった男は以前ヒイロが広場で出会った事のある男だった。
「あれからどうだ。少しは答えが見えたか?」
「うーん‥‥朝比奈君は?」
「俺はやっぱり、まだ強化人間を許せないで居るさ。意見は簡単に変わるもんじゃないしな」
 二人が出会ったのは以前強化人間についての議論を交わしていた時の事だ。その救済措置について共に意見を集めた。
「ま、わからないから戦ってるのかもな」
「前もおんなじ事言ってたけど、わからないからやるってどうなの?」
「はは、テキトーに感じるか? ま、実際テキトーかもな。世の中、きちんと理由をつけられる事の方が少ない」
「そうなのですかー」
 共に並んで空を見上げる。男はどこか寂しげな、けれど爽やかな顔をしていた。
「ま、若い内は思うようにやんな。大人になるとな、そういう事が出来なくなる。お前のやりたい事、俺も手伝ってやるからよ」
 ヒイロの頭をわしわしと撫でる男。少女はその間もずっと複雑な表情を浮かべていた。
「敵は倒さなきゃいけないってわかってるけど、出来れば誰も悲しい思いをしてほしくないのです。矛盾してるですか?」
「矛盾してるな」
「そんなはっきり!?」
「いいじゃねえか矛盾してて。俺だって綺麗に直線描いて生きてきた訳じゃねえ。きっとみんなそうさ」
 笑いながらヒイロの背中を強く叩く朝比奈。ヒイロは涙目で振り返った。
「子供はな、大人に甘えていいんだぜ?」
 微笑み、空を見上げながら風を受けるヒイロ。男は腕を組んだまま背後に声を投げかける。
「‥‥本当にやらせるのか?」
「ええ。いい経験になるでしょう」
 いつからそこに居たのか、スーツ姿の男は眼鏡に手をやり応じる。
「あの調子じゃ殺されるぞ。連中は手加減なんかしない」
「その時はその時です」
「ブラッド‥‥!」
 やや怒気を孕んだ声を片手で制し、男は真面目な様子で呟いた。
「あの子は護られすぎていた。だから必要なのです。鳥は飛ばなければその方法を忘れてしまう。翼は使わなければ衰えるのです」
「‥‥俺は好きにするぜ。依頼内容にあの子をイジメる事は入ってねぇからな」
「どうぞお好きに。そこまで込みの人選です」
 舌打ちして立ち去る朝比奈。ブラッドと呼ばれた男はヒイロの背中をただじっと見つめていた。

「どうしても‥‥戦うんだね」
 気絶していたのは一瞬。すぐさま復帰したヒイロは女を蹴り飛ばし、ふらつきながらも立ち上がる。
「立つな。戦える傷じゃねェ」
「いやだ。戦う」
「それは勇気じゃねェよ。ただのバカだ」
 口と鼻から血を垂らしながら拳を構えるヒイロ。女は深々と溜息を一つ。
「本当に殺すぞ、チビ助――」
「いやだ、殺されない! 君をボコボコにして、どっかいってもらう!」
「はっ?」
 思いがけず素っ頓狂な声が出た。僅かに停止、それから盛大に笑い出す。しかしそれが止んだ時、女の表情には強さだけが残っていた。
「来な、チビ助。テメェも戦士として生きるのなら」
 もう手加減はしないと瞳が語っている。少女は血を吐き、雄叫びを上げながら『敵』へと拳を振り上げた――。

●参加者一覧

終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
水雲 紫(gb0709
20歳・♀・GD
奏歌 アルブレヒト(gb9003
17歳・♀・ER
張 天莉(gc3344
20歳・♂・GD
巳沢 涼(gc3648
23歳・♂・HD
犬彦・ハルトゼーカー(gc3817
18歳・♀・GD
ティナ・アブソリュート(gc4189
20歳・♀・PN
茅ヶ崎 ニア(gc6296
17歳・♀・ER

●リプレイ本文

●対峙
「緋色‥‥!」
 先行したヒイロを追って隣接するビルから屋上伝いに突入した傭兵達が見たのは血塗れでぐったりした様子のヒイロの姿であった。
 戦闘の物音に引き寄せられ踏み入れた開けたフロアの中終夜・無月(ga3084)はヒイロを見つめる。どうやら意識がないらしい。
「少し遅かったな。今終わったトコだ」
「こーんばんは‥‥私もまぜて頂けます?」
「おー、久しぶりだな。勿論歓迎するぜ?」
 水雲 紫(gb0709)の問いに片手でヒイロの襟首を掴んだまま答えるカイナ。朝比奈は刀を抜きながら冷や汗を流す。
「‥‥あの怪我、拙いな」
「拙いって言うか、殺したぞ」
 あっけらかんとした言葉に場が沈黙する。カイナはそのままヒイロを傭兵達へと放り投げた。
「返してやるよ」
 宙を舞う少女の姿に全員目を奪われる。たまたま近かった無月がその身体を抱き止めたその時、カイナは既に動き出していた。
 一瞬で距離を詰め、奏歌 アルブレヒト(gb9003)へと襲い掛かる。一撃、拳が腹に減り込む。続け回し蹴り――これは朝比奈が割り込み庇う事で防がれた。
 背後に跳ぶカイナ。そのまま紫の傍に立ち蹴りを放つ。それを紫は扇を構えて防御。無月はヒイロを抱いて後退。一呼吸の間にそんなやり取りが行われた。
「相変わらず重い一撃ですねっ。ですが‥‥切り札その1! さぁ、どうしましたっ!」
「へえ、良く防ぐ」
 カイナは紫へ襲い掛かる。その間に無月は顔を挙げ声を上げた。
「緋色は無事です。まだ息があります‥‥!」
 要するに騙まし討ちであった。朝比奈は血を吐き咽ている奏歌を庇いながら刀を構える。
「無月、ヒイロはこっちで預かる! 奏歌ちゃんも俺がフォローする!」
 頷き朝比奈にヒイロを任せる無月。紫とカイナへと走り出す。大剣を大きく振るいカイナを引き剥がすと傭兵達は体勢を整え改めて構え直した。
「何時ぞやのリベンジに参りました。今回は‥‥少々小細工を用意しましたよ」
「リベンジねェ‥‥」
 紫を見つめ、ゆっくりと歩み寄る影。紫は太刀を突きつけながら睨みを効かせる。
「さぁ、始めましょうか。三尾の狐はしつこいですよ!」
 するとカイナは人差し指を立て、唇にあてながら呟いた。
「そいつはいい。けどなお嬢さん、殺し合いの最中にお喋りは良くないぜ。手の内を悟らせるようなのは特にな――」
 静かに、しかし速く影が迫る。その一撃を防ぐ為紫は扇子を開き構えた。

 暗闇の中、得物と得物をぶつける火花だけが瞬く。狭く薄暗い階段脇の通路で張 天莉(gc3344)とティナ・アブソリュート(gc4189)の二名はリップスと対峙していた。
「今回は本気で、命のやり取りに集中させてもらいますよ‥‥リップス!」
「ふん、何それ。仲間先になんか行かせちゃってさ。あたしに勝てるとでも思ってんの?」
 天莉の言葉に不機嫌そうに吐き捨てるリップス。そう、二人は別の班を先に行かせこの場に留まったのだ。
「また会いましたね、えっとラップ・ジーザスさん」
「リップスって言ってんだろーッ!? わざとだー! 絶対わざとだー!」
 ティナの声に涙目で地団駄踏むリップス。その姿に二人は感慨深く構える。その思考の色はそれぞれだったが‥‥。
 なにやら喚くリップスへ閃光手榴弾を投げつけるティナ。眩い光が闇を照らし、二人は同時に動き出す。
「先手必勝、全力で行きますよ!」
 有無を言わせず襲い掛かる二人。今回は最初から問答は捨て置いてきた。
 二人の初手は無防備なリップスに命中するが、直ぐに反応を返し対の刃で二人に対応する。そんなリップスを挟むようにして左右に分れ傭兵は襲い掛かった。
「そんな小細工で‥‥バカにすんなぁっ!」
 回転するように周囲を薙ぐリップス。弾かれた二人が僅かに後退する。
 手榴弾の隙をついて一気に攻め込んだが対応は速かった。とは言え暗から明の勢いもあり敵の視界はまだ万全ではない。要するに、まだそれだけ力量差があるという事。
「やっぱ強い‥‥ですが、いい加減体が覚えてきました」
 それでも二人が食いついているのは経験に寄る所が大きいだろう。生半可な不意打ちは受け付けないし、攻撃への対処もある程度心得ている。
「あんた達に構ってる暇なんかないのに!」
 窓から差し込む淡い光。その蒼さに切っ先を光らせティナは剣を向ける。
「今夜は月夜、眠るにはまだ早いですよ――?」

「茅ヶ崎さん!」
 暗闇の中微かな光に爪先を照らされる茅ヶ崎 ニア(gc6296)。その身体は宙へ僅かに浮いていた。
 巳沢 涼(gc3648)の叫びに僅かに首を擡げるネル。片手でニアの首を締め上げながら闇に輪郭を現す。
 気配を消し先行して様子を見ていたニアとネル、二人が互いの存在に気付いたのはほぼ同時であった。
 お互い隠密行動に長け、同時に相手を捉え、しかしネルの方がニアより素早かった。片手で締め上げこの状況が成立する。
「お約束を理解しねぇ奴は容赦しねえぜ?」
 涼の声には焦りを孕んでいる。ニアの首は軋み、肉に爪が食い込み血が流れ、呼吸の止まった身体は酸素を欲していた。
「リップスはどうしたの? まさか‥‥」
「無視してきただけや。今無事かはわからんがな」
 そうして槍を向けながら犬彦・ハルトゼーカー(gc3817)は笑う。
「なぁに、『一番弱い』のから殺ったろうと思ってな」
 空気が停止する。表情の変化は皆無、しかしネルの様子は明らかに変わった。
 ニアを放り投げネイルガンを発射。そのまま犬彦へと突っ込んでいく。
 槍で受ける犬彦に急接近し殴りかかるネル。そこへ涼がSMGを連射。ネルは飛び退きふわりと着地する。
「一応倒す前に聞いておく。お前達はどうして戦ってるんだ?」
「貴方は?」
 返事がある事も問い返される事も驚きであった。思わず口篭る涼にネルは哀しげな瞳で言う。
「何故戦うの? 醜く弱く穢れ無価値な血を血で洗う‥‥。私は嫌‥‥嫌、嫌、嫌、嫌!!」
 突然ヒステリックな叫びを上げるネル。見開いたその瞳から涙が流れる。
「戦争なんて嫌‥‥怖い、だから‥‥? ‥‥? だから、殺してあげる」
 スイッチが切り替わったように冷静になり薄っすら笑みを浮かべる。狂気を纏い、影は傭兵へと襲い掛かった。

●殲滅
「今日こそケリを付けましょう――リップス!」
 混元傘で鋏の連撃を受ける天莉。くるりと傘を回すように刃を弾き、それを咄嗟に開いた。その影を縫うようにしてティナが刃を振るう。
 守りをすり抜けて刃はリップスの身体を刻む。反撃を空中で舞うようにかわしたティナは背後に回り混み更に一撃加える。
 二人係りという事もあり状況は優勢。しかしリップスを下すには決定打に欠けていた。
「飽きた。決着つかないし、あたしもう行くから」
 階段を上がろうとするリップスに背後から駆け寄る二人。リップスは振り返りながら連続で左右の鋏を投擲するが、不意打ちは天莉が傘を広げ左右に弾いた。
 刃を構えティナが迫る。右の剣で背を切り裂き、左の剣で振り返った脇腹を裂く。その時――。
「お姉ちゃん、つーかまーえた」
 血を流しながらティナに飛びつき首に腕を回すように顔を寄せる少女。吐息がかかる距離、二人は見つめあう。
 そしてリップスは『あーん』と口を大きく開き。ティナの首筋に噛み付いた。
 白い肌に猛獣の様な牙が突き刺さる。見た目に反した獰猛な所作でそのままティナを引き摺り持ち上げ、地に叩き付けた。
 肉の千切れる音に続きティナの首から夥しい量の血が流れ出す。そのまま爪を振り下ろしティナを殺せなかったのは天莉がリップスを蹴り飛ばしたからだ。
「ティナさん!」
 肉を咀嚼しながら立ち上がるリップス。意識朦朧としているティナに駆け寄る天莉へ近づいていく。
「お姉ちゃん柔らかくて美味しいね。あんたはどうかな? お兄ちゃん――」

 駆け寄るネル、それを涼の放つ大量の銃弾が牽制する。それは前回の戦闘から彼が学んだ事であった。
 ネルは速い。まともに攻撃した所で当てるのは難しい。だからその動きを限定する。
 狭い直進通路という事も涼の戦略の背を押していた。ネルはより直線的に犬彦へ向かう事になる。
 正面から殴りあう犬彦とネル。が、犬彦の槍は悉くかわされ、ネルの拳は犬彦に効いていない。仕方なく飛び退きネイルガンを構えるネル、そこへ復帰したニアと涼が同時に射撃を行う。
 兎に角ネイルガンに杭を装填させてはならない。弾幕に動きが止まるネルへ犬彦が駆ける。ネルは銃撃を受けながら杭を装填、犬彦に放つ。
 轟音と共に打ち出される銀色に犬彦はナイフを振るう。小気味いい音で杭は両断され、同時に長年愛用したナイフも砕け散った。
「うちだけの力じゃこの槍はお前の死まで至らない。だが一人でなければ必ず――!」
 両手で繰り出す槍がネルを貫く。同時にネルも犬彦に腕を押し当て零距離で杭を放った。
 互いに血を撒きながら衝撃で距離を置く二名。そこへ涼が素早く飛び込んでいく。
 素早く擦れ違い様に槍でネルの足を薙ぐ。胸を穿たれ足を裂かれ血を流しながらもネルの戦意は衰えていなかった。
「血が‥‥私の血が!」
「そんな顔して怒ることも出来るんじゃないの。いつもそんな風にしてたら良いのに」
 ニアの声に眉を潜めるネル。涼は槍をくるりと回し構える。
「その傷は浅くない筈だ。いい加減ご退場願おうか‥‥!」

 決して軽くない初手のダメージを奏歌が回復した頃には既に戦闘はヒートアップしていた。無月と紫が二人で戦っているが、手は多いに越した事はない。
「ヒイロは俺が面倒見ておく。奏歌ちゃんも援護してやってくれ」
「‥‥わかりました。そちらはお願いします」
 救急セットで応急手当をする朝比奈を残し紫を治療する奏歌。その間も無月はカイナに攻撃を続ける。
 連続で鋭く繰り出される大剣だがしかしカイナに届かない。大きすぎる得物は床や天井を削りながら暴風のように敵を追うが‥‥。
「流石に不利だろ、その得物はよ」
 攻撃をかわし切った後、剣に手を添える。そうしてカイナは無月の大剣を床に押し付け切っ先を床に突き刺した。続け蹴り――無月は剣を手放し片手でそれを受ける。
 連続した格闘の応酬の後二人は同時に蹴りを放つ。賞賛を込める様なカイナの口笛、直後彼女は無月の剣を引き抜き構える。
 まるで槍投げのように投擲された剣は紫を襲う。迫る殺意の暴風に命の危険を感じ冷や汗が流れる。
「これは‥‥まともに貰うと拙いですねぇ」
 扇子を薙ぐようにして大剣を弾く紫。その手から扇子だったものが砕け散る残骸と共にその傍を通り抜けるカイナを目で見送った。
 狙われたのは奏歌だ。繰り出された刀を片手で払い退けその腕を掴み、カイナは奏歌の身体を思い切り蹴り飛ばす。
 声を上げる間も無かった。壁に激突し、血を流し意識を失う奏歌。蹴りの後片足立ちで立っていたカイナは振り返り軽く足で床を叩く。
「回復役はもっとバッチリ守った方がいいぞ」
 無月は大剣を構え一息に距離を詰める。敵は次に朝比奈とヒイロを狙っていたからだ。
「まあ良く頑張ったのは分るけどよ。認めちまったらどうだ?」
 大剣を交わし片足を高々と振り上げて言う。
「テメェらの作戦、失敗だってよ」
 踵は無月ではなく地を叩いた。渾身の一撃は激しい衝撃を伴い床を破壊する。床の崩落に身を任せ姿を消すカイナ。その姿を無月は見送る事しか出来なかった。

●敗北
「な、何だ!?」
 槍を下ろし困惑しつつ周囲を見渡す涼。元々オンボロなビルだが、まさか崩れるような事があるとは思って居なかった。
 振動は直ぐに止んだ。上で何があったのかはわからないが今は目の前の戦闘に集中すべき‥‥そう思い直した時。
「悪いな、邪魔するぜ」
 背後からカイナに蹴飛ばされ吹き飛ぶ涼。傷だらけのネルに駆け寄りその身体を抱きかかえる。振り返ったカイナは一瞬犬彦と視線を合わせたが、何も言わず窓から去って行った。
「あ‥‥ちょっと!?」
「くそ‥‥あと少しだったのに!」
 悔しげに呟く涼。実際にあのままネルを倒せたかどうかは兎も角、痛手を与える事には成功していたのだが‥‥。
 肩に刺さった杭を引き抜く犬彦。その瞳には複雑な感情が宿っていた――。

「だからさ、二人で勝てるわけないんだってば」
 傷だらけで膝を着く天莉を見下ろし血に染まった爪を舐めるリップス。ティナが倒れた後は一方的な展開にならざるを得なかった。
 大量の失血とダメージで気絶しているティナも庇う必要がある天莉が一対一でリップスに敵う道理は無い。それでも彼の目はまだ死んでいなかった。
「最期にもう一度だけ‥‥後援組織、教えてくれませんか?」
「前にもそれ言ってたね。何がそんなに気になるんだか」
 鋏を拾い上げ微笑む。そうして膝を着き天莉と目線を合わせて語る。
「あたしにもそれはわかんない。ただ誰かの命令に従ってるだけ。でもカイナやネルとの暮らしは大事なんだ。それ以外の事は、あたしはどうでもいい」
 そうして天莉を蹴り飛ばし小さく『ばいばい』と言って走り去る。天莉は何とか立ち上がろうと試みる。
「ヒイロさん、無事だと良いのですが‥‥。ティナさん、行きましょう‥‥みんなの所へ‥‥」
 何とか担ぎ上げ歩き出そうとするが足が崩れてしまう。そのままティナと重なるように倒れ、天莉の意識は薄れて行った‥‥。

 目を覚ましたヒイロが見たのは口元から血を流した奏歌の顔だった。
 負傷した傭兵達は集められ応急処置が進められている。最も重傷だったヒイロはその状況に全てを理解した。
「護れなかったんだね‥‥」
「全て護る覚悟‥‥最初から諦め戦う様では勝てませんよ」
 横たわるヒイロの手を握り無月は言う。しかしヒイロは落ち込んだ様子だ。
「ヒイロが未熟だったから‥‥戦士として、何もかも」
「主義、思想‥‥人それぞれの信念がある。だからこそ面白い」
 面を被った紫が月を見ながら呟く。決着はつかなかった為、その言葉は不満そうではあったが。
「争いを絶やす事が出来ずとも‥‥減らす事は出来ます。人が求めるは‥‥争いだけではありません」
「ありがとう‥‥奏歌ちゃん」
 そう言って目を瞑るヒイロ。それが戦いの結果であった。
 月は傷ついた傭兵達に何も言ってはくれない。手当てを終えたニアは空を見上げ、歌を口ずさむ。
「あぁビールが飲みたい‥‥な」



 その後、瀕死の重傷であったヒイロは直ぐに病院に担ぎ込まれた。敵強化人間の逃亡先は、目下不明である――。