タイトル:ファースト・ステップ!マスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/08/28 11:49

●オープニング本文


「それでどうしたんですか、急に呼び出したりして」
 LH某所にあるオープンカフェにてテーブル越しに向かい合う二人の男の姿があった。
 片方は線の細い少年、もう片方は顎鬚を蓄えた筋肉質の大男である。疲れた様子の少年は取り合えず注文したコーヒーを一口、溜息を漏らす。
「あのー、僕‥‥たった今依頼から戻ってきたばかりで疲れてるんですけど。出来れば要件は手短に‥‥」
「なんだ、そうだったのか? なら前置きはナシ、単刀直入に話そう。実はカシェル‥‥お前に頼みたい事があってな」
 黒い液体を啜りつつ、既にカシェル・ミュラーは嫌な予感に青ざめていた。この先輩傭兵からの頼み事は大抵ろくでもないのだ。
「カシェル、お前最近急激に強くなっただろ。その成長の目覚しさには俺も一目置いてんだぜ」
「そ、それはどうも‥‥」
「まあ、お前も色々あったからなあ。ハイペースで依頼受けまくって、自主トレも欠かせないんだから実に立派なもんだ」
「‥‥‥‥先輩やめてください、本当に嫌な予感しかしなくなりました。というかそれ前置きでは」
 がっくりと肩を落とすカシェル少年。髭男は豪快に笑い飛ばすと、テーブルの上に一枚のチラシを置いた。
「話ってのは単純だ。カシェルお前、俺の代わりに依頼を受けてくれ」
「今帰ってきたばっかりだって話しませんでしたっけ‥‥。あれ、おかしいな‥‥」
「まあ聞けって。別にそう難しい依頼じゃねえんだ。なんつーか、そう‥‥慈善事業? ボランティア? みたいなもんでよ」
 煙草に火をつける先輩の前、カシェルはチラシを手に取った。そこには『新人傭兵向け実戦研修開催のお知らせ』と書いてある。
「新人向けの研修‥‥ですか?」
「ああ。一部の傭兵が有志で開催する事になったらしい。今回はその第一回目で、人集めにも苦労してるってワケよ」
「企画自体は良いと思います。傭兵は‥‥その、駆け出しの頃が一番危険ですから」
 どこか寂しげな目でそう呟くカシェル。髭男は身を乗り出し、その頭をワシワシと撫でた。
「おいおい、もう駆け出しから一端になったつもりか? ん?」
「いや、そういう事じゃないですけど‥‥いてて」
「ま、そんなわけでだ‥‥。お前、俺の代わりに現地で新人の補佐をやってくれ。お前も腕を上げたし問題ないだろ。俺には遠く及ばないがな」
「‥‥そりゃあそうでしょうけど。まあ、わかりましたよ。どうせ断れないんでしょう?」
 諦めたように息をつき、カシェルはチラシを改めて眺める。そういえば冷静に確認すると、他の参加者に関する情報が一切記入されていない。
「それで、誰が他に参加するんですか?」
「ああー、それな。実はまだ未定なんだよ。特に教える側が不足しているから人材集めが大変でな」
「そうなんですか。それは大変ですね」
「何を他人事みたいに言ってるんだ? お前が集めるんだぞ?」
 チラシから視線を上げたカシェルは一瞬言葉の意味が飲み込めなかった様子で、やや遅れてから身を乗り出した。
「僕が集めるんですか!?」
「当たり前だろ。まあそんなわけで、そのへんもシクヨロ」
「あ、ちょ‥‥先輩!? めんどくさいから僕に押し付けただけじゃないですか! そう言う事でしょ、これ!?」
 しかし男は既に紫煙を吐き出しながら立ち去った後であった。カシェルは深々と溜息を一つ、頭を抱えて項垂れる。
「あの、お客様‥‥お支払いの方は?」
「しかもコーヒー僕の支払いかよ――!」
 伝票を片手に追いかけてきた店員へと振り返り、カシェルは泣き出しそうな顔でキャッシュカードを差し出すのであった。

●参加者一覧

ステラ・レインウォータ(ga6643
19歳・♀・SF
夜十字・信人(ga8235
25歳・♂・GD
ナンナ・オンスロート(gb5838
21歳・♀・HD
沖田 護(gc0208
18歳・♂・HD
ユーリア・パヴロヴナ(gc0484
18歳・♀・HG
守 鹿苑(gc1937
37歳・♂・EP
ダンテ・トスターナ(gc4409
18歳・♂・GP
リック・オルコット(gc4548
20歳・♂・HD

●リプレイ本文

●出発進行
「よう、ダンテ。今回はお互い生徒側だな」
「オルコットさん、どうもッス!」
 挨拶を交わす二人の新人、リック・オルコット(gc4548)とダンテ・トスターナ(gc4409)。一言二言やりとりする二人の背後、ユーリア・パヴロヴナ(gc0484)はやや緊張した様子だ。
「日本ではヒトって字を掌に三回書いて飲むと、緊張がほぐれるって話があると聞いたんだけど‥‥ヒトってどう書くのかしらね。Heat、で良いのかしら?」
 緊張の所為だろうか、随分と熱そうな言葉を掌に繰り返し刻んでいる。そんなユーリアの背後、守 鹿苑(gc1937)は荷物の最終チェック中だ。
 元軍人だけあり、山岳地行動への準備は万端である。淡々と、しかしテキパキと装備を確認して行く。
 研究所でガーディアンになったその足でやってきた男、夜十字・信人(ga8235)は色々な意味で過酷な少年時代へ思いを馳せていた。
「教官か‥‥。うん、あの人たちだけは参考にしちゃ駄目だな」
 一人で腕を回し何かに納得している信人の正面、有り余る元気を発散するかのようにヒイロが走り回っている。
 小石に躓いて転んだヒイロへステラ・レインウォータ(ga6643)が慌てて駆け寄る様子を眺め、信人は一人で頷いた。
「皆さんお忙しいのに参加して頂いてありがとうございます。えーと、有意義な時間になるように皆で頑張りましょう」
 慣れない様子で声をかけるカシェルにダンテとヒイロが『はーい』と元気良く答える。
「今回はそれぞれの過去の経歴の差等を踏まえ、『能力者として』の訓練を主軸とします。各自そのつもりで。では、まずは班分けと教官のローテーションについて――」
 ナンナ・オンスロート(gb5838)がカシェルの代わりにビシリと指示を出すと、山岳地帯での訓練が幕を開けるのであった。

●青空教室
「教官の沖田護です。今日は誠心誠意務めます」
 能力者の教官が将来の夢である沖田 護(gc0208)は緊張しつつもハキハキと声を上げる。
 ちょっとした岩場のスペースで、キメラを発見するまでの訓練の開始である。錬力について説明する護の前にはダンテ、リック、ヒイロの三人が座っている。
「エミタから錬力を起こし、それを武器に伝える‥‥」
「エミタから、錬力を‥‥起こし」
「武器に‥‥伝えるですか! ふおおおお!」
「ヒイロ、気合入りすぎじゃないッスか!?」
 暴れるヒイロにやや引いた様子のリックとダンテ。暴走するヒイロに注意しつつ、護は手を叩く。
「ぼくの覚醒変化は見やすいので、見本にしてください。要は集中力と爆発力です」
「‥‥まあ、爆発力だけはありそうだな、こいつは」
「そうッスね‥‥」
 腕を振り回すヒイロに呆れつつも笑う二人。ヒイロに一生懸命に護が錬力について講義している頃――。
「能力者は五感が優れているからな。神経を張り巡らせれば、些細な違和感を感じることが出来る」
 一人で索敵に勤しもうとしていた信人に鹿苑が同行を申し出てそれにユーリアもついてくる事になり、三人は他のメンバーから少し離れた岩場で索敵を行っていた。
 様々な手段でキメラを探す信人の行動は勉強になるのか、鹿苑は興味深い様子だ。一方ユーリアは真顔で木登りしたりする信人に親近感が沸いた様子。
「なんか、たいちょーって結構おちゃめさんかも‥‥?」
「夜十字教官、敵を発見しました。どうしますか?」
「グレイト!」
 一瞬の間――。それが信人の発言だと二人は暫く気づかなかった。
「発見時は、方角と目測での距離を通信機で仲間に伝える。ユーリア、出来るか?」
「え、あ、はい!」
「ブリリアント!」
 背筋を振るわせるユーリアは笑いを堪えつつ鹿苑と共に仲間へ連絡するのであった。

●戦闘開始
 鹿苑達が発見したのは岩場を移動するゴーレム型のキメラだった。巨体だが動きは酷く緩慢だ。
 のろのろと迫ってくる敵を前にナンナが新人達を背後に指示を出す。
「まずは隊列を意識して下さい。各人が動きやすい陣形を整える事が重要です」
 と言っている傍からヒイロが走り出し、ゴーレムに蹴飛ばされて即戻ってくる。ずざーっと地面を転がり足元に停止したヒイロを拾い上げ、ナンナは溜息を一つ。
「‥‥一人で先行するとこういう事になります。大丈夫ですかヒイロさん?」
「うぐぐ‥‥ナンナ教官、奴は強敵です! 強敵と書いて『とも』と読む感じです!」
「仲間と息を合わせて行動しないと、他の仲間を危険に晒す事にもなりかねません。わかりますね?」
 ナンナの口調は穏やかだったが、有無を言わせぬ迫力があった。涙目になったヒイロは縦に激しく首を振る。
 すごすご撤退して来たヒイロの傷を手当しつつ、ステラは優しく言い聞かせる。
「練成治療は負傷を回復する便利なスキルです。けれど、効果範囲は無限ではありません。さっきみたいに一人で突っ込むと、肝心な時に支援を受けられませんので‥‥って」
 と、治療しながら説明している間に既に走り出そうとするヒイロ。首根っこを掴んで制止すると、ヒイロはきょとんと振り返る。
「えっと、ヒイロさんは少しここから見てた方がいいかもしれませんね」
「がーん!? ヒイロ、いらない子ですか!?」
「いえ、そういう事ではなくて‥‥」
 泣き出したヒイロをあやすステラを背後に新人達はそれぞれ武器を取る。
「お互いに命を預ける事になるね。私も最善を尽くすよ、互いに頑張ろう」
「お互い無茶しない様に気をつけようぜ? 怪我しちまってもしょうがないしな」
「うし! 気合入れて行くッスか!」
 鹿苑、リック、ダンテの三人が銃を構えるその隣、同じく武器を構えようとするユーリアの肩を叩く信人の姿があった。
「そいつは零距離射撃の時に使うんだ」
 部隊の仲間に愛銃マヨールーを渡し、クールに立ち去っていく信人。ユーリアはそれを見送り自分の手に余る武器に思い悩んだ。
 新人達の戦いは(ヒイロは除く)ナンナの指示もあり、鹿苑のカバー、リックの急所攻撃、ユーリアの弾幕攻撃とコンビネーション良く戦っていく。
 ダンテは銃器の扱いに慣れない様子だったが、仲間と明るく声を交わし戦意を盛り上げた。その甲斐あってか戦闘中だというのに真剣に、しかしリラックスした空気でいる事が出来た‥‥のだが。
「ヒイロ・オオガミ、いきまーす! ふおおお!」
 他の仲間が全員銃で攻撃している中へヒイロが飛び込むと完全に場が混乱してしまう。
 再び振り下ろされたゴーレムの一撃からヒイロを庇い、ナンナは問答無用でゴーレムをスノードロップで撃ち抜いた。
 銃声と共に巨体が倒れると、助けられたはずのヒイロはぷるぷると震え出す。無言のナンナに泣きながら何度も頭を下げ、逃げ出すのであった。
 ユーリアが笑いながら振り返ると、戦域警戒をしていた信人が銃を撃つジェスチャーをしてきた。やや考えた後、ユーリアは両手で×印を作って首を横に振るのであった。

●訓練継続
 その後も索敵を行いつつ、ローテーションにてそれぞれの教官の訓練が繰り返されていた。
「僕が集めておきながら殆ど何もしてないような‥‥。なんか、申し訳ないですね」
 疲れた様子で苦笑するカシェル。どうもぐったりした様子のカシェルを気遣い、休んでいるように言ったのは護だった。二人は肩を並べ、休憩している新人達を眺めている。
 実は護とカシェルは自主トレ仲間だったらしく、護はカシェルに見覚えがあった。彼の過去を知ったのは最近の事だが、疲れた様子を見て心配だったのだろう。
「疲労から致命的なミスが生じる事もある。分かる、よね?」
「‥‥ありがとう、沖田さん。周りの人に助けられて、守られて‥‥。まだまだだな、僕は」
 その視線の先、リックとAU−KVの話をしているナンナの姿があった。彼女はカシェルの視線には気づかない。少年は溜息を一つ。
「疲れが取れたら、剣で模擬戦をしようか。レベルの近い相手と訓練したいし」
「それじゃ、少しだけ。色々気を使ってくれてありがとう、沖田さん」
 護が差し出す手を取り、カシェルもゆっくりと立ち上がった。二人に友情が芽生えている頃、ダンテは何故かヒイロに手品を披露していた。
「ふおおお!? ダンテ君の色々な所からハトとか色々な物がっ!?」
「ヒイロの反応面白いッスねー」
「というか、ダンテさんはどうしてバッチリ手品を仕込んでいるんですか‥‥?」
 思わずツッコミを入れてしまうステラ。ダンテは目を輝かせるヒイロに満足げな様子だ。
「ステラ教官、ヒイロもハトとか色々出したいです! どうやるですか!?」
「え、えぇ‥‥? そ、それはちょっと‥‥うーん」
「そういえば、さっきの戦い方どうだったッスか?」
 ハトとか色々を片付けながら訊ねるダンテ、その肩を叩いて信人が頷く。
「エクセレント!」
「エクセレントッスか!?」
「えくせれんとぉ!」
 今度はヒイロが信人を真似て声を上げる。最早ツッコミが追いつかず、ステラはただ笑う事しか出来なかった。
「――オンスロート教官、この場において私は貴方の部下です。その様な気遣いは不要ですよ」
「いえ、あなたの軍人としてのキャリアを思えば‥‥それに同じ能力者である以上、今回は教官を引き受けたとは言え部下というのは‥‥あら?」
 鹿苑と雑談していたナンナが何となく視線を動かすと、ばっちりカシェルと目が合ってしまった。
 次の瞬間、軽く剣の稽古をしていただけのはずのカシェルの手から剣がすっぽ抜け、護の刃がカシェルの頭に当たってしまう。
「‥‥おい、流血してるぞ」
「やはり訓練中とは言え、気は抜けないね」
 リックと鹿苑が呟くより早く、ステラが慌ててカシェルに駆け寄っていく。護も全く当てるつもりは無かったのに命中してしまった為うろたえていた。
 まさかナンナに見惚れていて、目が合ったらドキっとして固まってしまった等と言えるはずもなく、カシェルは流血する額を押さえ苦笑いするのであった。

●帰宅準備
 その後も訓練は順調に続き、気づけば日も暮れ始めていた。そろそろ撤収の時間が近づいてきたようだ。
「ちぇー、もう撤収ッスか。せっかく怪談話を用意してきたんスけどねー」
「お前、泊り込むつもりだったのかよ」
「あ、オルコットさんには個人的に後で聞かせてあげるッス」
「それは意味あるのか?」
 やや不毛なやり取りをするダンテとリック。そこへ泣きじゃくったヒイロが突っ込んでくると更に場が混沌とする。
「びえーん! ダンテ君、リック君ーっ! ヒイロはまだ帰りたくないですようぅ!」
「ダンテ、お前服に鼻水ついてるぞ」
「マジッスか!?」
 ジャケットの裾を摘み、ヒイロの鼻水に愕然とするダンテ。ヒイロは次にステラにくっつき――他の仲間にもくっつく予定だったが、ステラの抱き心地が良かったのでそこに居座った。
「しかし、実戦は心身ともに疲れるわね。甘いケーキと、珈琲の気分、かな?」
「いいですね、甘いケーキ! ヒイロちゃんほら、ケーキだそうですよ?」
 ユーリアの呟きに同調するステラ。しかしヒイロはステラにくっついたまま離れようとしない。
「ぐすん‥‥! ステラせんせぇ‥‥っ!」
 見かねたリックが苦笑を浮かべ、ヒイロに声をかける。
「帰ったら一杯やるか? 行きつけのスポーツバーがあるんだが。未成年にはノンアルコールもあるぞ」
「いいッスね! ヒイロほら、一緒に行くッスよ!」
 ステラにひっついたヒイロをひっぺがすダンテの傍ら、護も頷いていた。
「カシェル君も行くよね? せっかくだし、友達になろうよ」
「皆さんが行くならご一緒しますよ。沖田さんとはもう少し話したいですし」
「たいちょーも行きますよね? せっかくですし」
 ユーリアに手を引かれ、信人も頷いた。なにやら賑やかな雰囲気をナンナは少し遠巻きに微笑みながら眺めていた。
「よい勉強になったよ、有難う。ところで、オンスロート教官は‥‥」
「もう訓練は終わりですから。そうですね‥‥せっかくですし、私達も行きましょうか」
 最後まで警戒を怠らなかった鹿苑とナンナが頷き合うと、ヒイロが手を振って二人を待っていた。
「ナンナせんせー! 鹿苑君! 一緒に行くですよーう!」
「ナンナさんも来るんですか!?」
「カシェル君、何でそんなに驚いてるの?」
「いや、これには色々と深いワケが‥‥!」
 慌てるカシェルとそれに首を傾げる護。何はともあれ訓練は無事に終了し、一行は仲良く『二次会』‥‥と称するに相応しい場所へ向かうのであった。
「ていうかヒイロ、鹿苑君って‥‥。あたしなんか最初は教官と間違えたくらいなのに」
「別に気にはしないさ。ヒイロ君はフレンドリーに接しようとしてくれているんだろう」
「実にブリリアントだな」
「‥‥なんだか、色々な意味でこれで良かったんでしょうか」
「終わりよければ全て良しですよう、ステラせんせーっ!」
 明るい笑い声と共に夕日を背に傭兵達は去っていく。この日の思い出は、きっと彼らの心に深く刻まれた事だろう。
 めでたし、めでたし――。