タイトル:ハートに火をつけてマスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: 不明
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/07/02 18:03

●オープニング本文


●嘘
「単刀直入に言いましょう。オオガミさん、それは貴女の責任です」
 ネストリングの事務所にてブラッドと対峙するヒイロ。マグカップを置く音が響き、少女は目を伏せる。
「九頭竜さんは貴女に汚れ仕事や危険な仕事をさせない為に率先してそういう物を引き受けていましたから」
 親友と呼べる人の元気が無かった。それに気付くのも遅れた。話を聞くまで理解出来なかった。
 想像力が欠如していたのだろうか。それとも考えないようにしていただけ? ぎゅっと拳を握り締める。
「そうそう、貴女の言っていたシュタインさんにも声をかけましたが、支援は断られましたよ」
「えっ? スバルちゃん‥‥どうして」
「一人でやりたいんだそうです。これは僕の勘ですが、彼女はどうやら訳ありのようですからね」
「‥‥そんな。スバルちゃん、ヒイロにはそんな事一言も‥‥」
「信用されてないんじゃないですか?」
 ブラッドの声にむっとした表情を浮かべるヒイロ。しかし男は真剣な様子で立ち上がる。
「気付いていないとは言わせませんよ。貴女が周りの人間にどれだけ迷惑をかけているか」
「ヒ、ヒイロは迷惑なんか‥‥」
 目を逸らしたのはきっとその自覚があったから。
 自分がのほほんとしている間に世界は目まぐるしく動いている。それぞれがそれぞれの目的や理想、かけがえの無い物を護る為に戦っている。
 何も知らない内に大切な先輩を二人失った。その二人が死んだ時も自分は何も出来ず、その事を知る事すらなかった。
 友達や仲間と呼べる人達は自分を守ってくれる。弱かろうが足を引っ張ろうが、決して邪険には扱わなかった。
 一番大切な人が死んだ時、もうこんな事は沢山だと思った。守れるだけの人を守り、戦おうと覚悟した‥‥つもりだった。
「何故誰もが貴女を蚊帳の外に置きたがるのか。それは貴女が信じられていないからに他ならない。と、いうか」
 腕を伸ばし、ヒイロの手首を掴むブラッド。男は鋭く言い放つ。
「――何故、『手加減』をするのです?」
 驚きに目を丸くするヒイロ。ブラッドは続ける。
「有り得ないんですよ、今の貴女の体たらくは。その思考も、この手も、幼い頃からそうだったはず。そう、ただ敵を倒すという事‥‥命を奪うという事だけを求めていた筈」
「ヒイロは手加減なんてしてないのです! いつも一生懸命に!」
「皆そう信じている。ならそれは裏切りと呼ぶべき物です」
 青ざめた表情で手を振り払うヒイロ。がたがたと身体を震わせ、俯きながら後退する。
「戦場で生まれ八歳まで戦場で育ち、能力者になるまでの間『彼女』に鍛えられた貴女が弱い筈がないでしょう?」
 怯えるヒイロを見下ろすブラッド。その時ヒイロの背後からスーツ姿の女が現れ少女の頭を優しく撫でた。
「言いすぎよ、ブラッド」
「‥‥貴女には関係の無い事です、マリス」
「関係ならあるわよ〜。折角お茶とお茶菓子、買ってきたんだから」
 ドーナツの入った紙袋を掲げるマリス。しかしいつもなら飛びつくはずのヒイロは固まったままだった。
「おばあちゃんが言っていたのです。人を傷つけるのはいけない事だって。力の使い方を知らなきゃいけないって‥‥」
「いつまで他人を言い訳に現実から逃げているつもりですか? 結局貴女はそうなんです。貴女はあの日、大神 紫が死んだ日から一歩も前に進んでいない」
「違う! ヒイロは正しい事の為に!」
「同じ事を死んだ仲間に言えますか? 守れなかった人々に言えますか?」
 と、その時緊迫した空気に手を叩く音が響いた。
「そこまで。ブラッド‥‥大人気ないわよ〜」
 ヒイロを抱き締めながら批判的な視線を向けるマリス。男は眼鏡を中指で押し上げ椅子に腰を下ろした。
「兎に角、貴女が変わらなければ同じ事の繰り返しです。デューイやメリーベルの時のように‥‥」
「ブラッド〜? そろそろ怒るわよ? 気にしなくていいのよヒイロちゃん」
 頭を撫でられながらヒイロは震える手を見つめる。
「‥‥でも、ブラッド君の言う事も一理あるのです。このままでいいわけ、ないよ」
 頷き、神妙な面持ちでブラッドに目を向ける。するとブラッドは引き出しから封筒を取り出し投げ渡した。
「次の仕事です。以前九頭竜さんが受けた物より過酷になるでしょう。その気があるなら乗り越えてみなさい」
 暫し考えた後少女は事務所を去っていく。その背中を見送り寂しげにマリスは呟いた。
「極端な諭し方をしたのね、ユカリ先生は」
「あの人らしいですよ。ただあれでは良くない。ずっと彼女に教えられた事を忠実に守っていく‥‥まるで呪いですよ」
「死者に呪われているのはあの子だけかしら?」
 眉を潜めるブラッド。マリスは首を横に振りドーナツを机に置く。
「貴女にも動いてもらいますよ。あの子にはどうしても強くなってもらう必要があるのですから」
 ブラッドの声に視線を返すマリス。彼女の瞳に宿る気持ちは、きっと彼には届いていなかった。

●裏
「つーわけでェ、次の仕事は三人で行きまーす」
 廃ビルの一室にて赤髪の女がダルそうに宣言する。その前には二人の少女が正座待機していた。
「じゃ出席取りまーす。リップス・シザースくーん」
「はーい!」
「はーい馬鹿そうな返事ですねー。次。ネル・コル・ココルくーん」
「はい」
「はーい声小さいですねー。んで俺、カイナ・ゲンノウで三人でーす。仲良しでーす」
 カイナは何枚かの書類に目を通した後、紙を極限まで小さく丸めてゴミ箱に投げ込む。
「今回は敵に狙われてる組織‥‥連中の言葉で言う親バグア組織だな。そいつを護衛する」
 あからさまに舌打ちするネル。一方リップスは挙手する。
「一箇所に固まってていいの? 守る組織いっぱいあるのに」
「今回は襲ってくる場所が分ってるからな。待ち伏せする」
 納得したのか特に考えてなかったのか頷くリップス。しかしネルはまだ納得が行かない様子だ。
「人間を守ってどうするの‥‥? あんな汚らわしい汚物‥‥○△□☆野郎共」
「女の子が○△□☆とか言うなよ。○△□☆は○△□☆なりに頑張って生きてんの」
「ねーねー、○△□☆ってなに?」
「お前にはまだ早い」
 鋏を振り回し涙目で暴れるリップスを放置しカイナは話を進める。
「ネルの気持ちは分るけどよ。今回は味方殺したりすんなよ?」
「保証はしかねるわ」
「俺達も最近行動が目立ちすぎてる。命令も露骨な活動が増えてきた。俺はテメェらを死なせたくねぇ」
 そっぽ向くネルの肩を叩きカイナはリップスを指差す。
「アレ見ろ。あんなんほっといたら直ぐ死んじまう。お前が守ってやれ、お姉ちゃんだろ?」
 無表情にリップスを見るネル。鋏を振り回していた少女はムスっとした顔で二人に振り返った。
「何見てんのさー!」
「‥‥別に」
「いつまで暴れてるんでちゅかー。出発しまちゅよー」
「子供扱いすんなーっ!」
 鋏から逃れながら楽しげに笑うカイナ。そんな二人の様子をネルはじっと見つめていた。

●参加者一覧

上杉・浩一(ga8766
40歳・♂・AA
乾 才牙(gb1878
20歳・♂・DG
奏歌 アルブレヒト(gb9003
17歳・♀・ER
巳沢 涼(gc3648
23歳・♂・HD
犬彦・ハルトゼーカー(gc3817
18歳・♀・GD
茅ヶ崎 ニア(gc6296
17歳・♀・ER

●リプレイ本文

●闇夜
 深夜の倉庫街の一角、頼り無いライトに照らされた目的地周辺では銃器で武装した組織の構成員が警戒を行っていた。
 その中でもやや外れ、二人並んで道端に立つ黒服の内一人が突然小さな悲鳴を上げて倒れる。慌てて隣の男が反応するが、息吐く間も無くそちらも倒れる事になった。
「ふう、まずは二人っと」
 遠巻きにその様子を確認し銃を下ろす茅ヶ崎 ニア(gc6296)。彼女の背後、倉庫の角に隠れる様にして傭兵達は待機していた。
「んじゃ、ちょっと先に行って調べてくるわ。直ぐ戻るから待っててね」
 気配を消し闇に吸い込まれていくニア。その背中を見送りヒイロは不安げな様子だ。
「‥‥二人とも、そんな状態じゃ自分すら守れねぇぞ」
 巳沢 涼(gc3648)の声から目を逸らすヒイロ。斬子も同じく複雑な表情である。
「新バグア派は俺達がやる。二人は伏兵を警戒しててくれ」
「大丈夫なのです。ヒイロも頑張るのですよ」
 強がって笑うヒイロの頭を撫でる涼。勿論彼とて全て割り切っているわけではない。だが‥‥。
 ヒイロの頭を撫でた自らの手を見つめ握り締める。誓いを立てたのはこんな日の為。自分に背かぬよう、守らねばならないと思う。
「無理する必要はありません。警戒や索敵も立派な仕事の一つです」
「そう言う訳には行きませんわ。特に貴女の場合、前例もある事ですし」
 気を取り直した様子で奏歌 アルブレヒト(gb9003)を見る斬子。そんな二人の様子に犬彦・ハルトゼーカー(gc3817)は以前受けた依頼の事を思い出していた。
「ネストリングの依頼であれば強化人間が出てくるか‥‥」
 ぽつりと呟く言葉。しかしそれは全員が既に予想して来た事だ。
 それくらいの事は起こる、起こって然るべき、そんな気がする。だからこそ情報交換は念入りにしてきたつもりだ。
「お待たせ。車両と敵の配置、確認してきたよ」
 闇からふっと姿を現すニア。彼女の偵察の結果敵の様子はほぼ把握出来た。傭兵達は情報に従い潜入を開始する。
「そういえば‥‥バグアの姿はありましたか?」
 一丸となって目的地に向かいながら奏歌が問う。ニアは頬を掻きながら首を横に振った。
「もしかしたら倉庫の中とかにいるのかもしれないけど‥‥」
 AU−KVを押しながら進む涼を最後尾に傭兵達は車両のタイヤを撃つ等して逃走経路を奪いつつ周辺を固める警備を黙らせていく。
「なんて安っぽいのかしら‥‥人の命なんて」
 既に何人殺しただろうか? 自ら手を下していないというのに斬子は顔面蒼白で唇を噛み締めていた。
「ふらふらすんなや、しゃきっとせい。死相が出とるで、斬子」
 斬子の額を人差し指で軽く突く犬彦。むすっとした表情で睨む斬子‥‥その頭を抑え、犬彦は片腕で槍を振るう。
 金属を弾くような轟音と共に舞う火花――。傭兵達が振り返るとその視線の先に揺らぐ影が一つ。
 腕の痺れに舌打ちする犬彦。今の攻撃を防げたのは彼女がそれを集中し警戒していたから。残りの部分はただの運である。
「一番弱いのから殺ったと思ったのに」
「ネルの初手を防ぐとはな。隠密潜行はそいつの特技なんだが」
 続け、倉庫の上から声。飛び降りてきた女はネルの反対側、傭兵を囲むように立ち塞がる。
「まあ上手くやった方だろ。ネルが気付かなきゃ俺も棒立ちしてたさ」
「やっぱり罠だったのね!」
「そんなこったろうとは思ってたけどな‥‥!」
 ニアの叫びに続けAU−KVを装着する涼。その完了を待たずネルが釘を射出するが、間に割り込んだ斬子が攻撃を弾いた。
「いやネル、普通変身中は攻撃しないだろ」
「隙だらけ‥‥」
 暢気なやり取りをする敵に装着完了した涼は慌てて構え直す。
「すまねえな、斬子ちゃん」
 涼の声に斬子は応じなかった。先程よりも気迫に満ちたその横顔は恐らく先の『一番弱い』発言に反応したのだろう。
「止むを得ません‥‥予定通り先へ進んで下さい」
「わかった。斬子さん、しっかりな」
 奏歌の声に頷く上杉・浩一(ga8766)。彼に続け乾 才牙(gb1878)とニアの三名が目的の倉庫へと向かおうとする。
「通すと思うか?」
 身構えるカイナ、そこへ犬彦が飛び込み槍を繰り出す。二人は互いの得物を交え視線を交えた。
「うちと頑丈さで勝負せぇへんか? ほぼ裸女」
 道を塞ぐカイナを抑え、追撃してくるネルは涼と奏歌が食い止めにかかる。結果三名は先行、目的地へと姿を消すのであった。
「異星人との戦争なのに‥‥未だ人間同士で殺し合う。愚か‥‥ですね」
 人間を殺したかと思えば今度は異星人を相手にする――。奏歌はやるせない様子で武器を構える。
「ヒイロちゃんは俺の傍からあまり離れるなよ」
 敵と対峙する涼に頷くヒイロ。彼が気付く筈もなかった。その時ヒイロがどんな顔をしていたのか、なんて――。

●覚悟
「鯖! 鯖! 魚偏にブルーと書いて『鯖』ーっ!!」
 組織の密会に突入した三名は一方的な戦いを繰り広げていた。というより最早それは殺戮である。
 一般人がいくら銃弾を放った所で能力者にとっては瑣末な障害だ。敵を次々に撃ち抜きながらニアは叫んだ。
 勿論ふざけているわけではない。むしろ気持ちは重く沈んでいた。こんな酷い仕事、あの二人には任せられないから。
 逃げる敵も居たが、車両は破壊されているので逃げ場も無い。散り散りになる敵を背後から撃つ浩一、その射線を塞ぐようにリップスが顔を覗かせた。
「もぐもぐ‥‥いきなり何してんのさ!」
「出たわね、バカなハサミの娘」
「バカって言うな! 誰だ今バカって言った奴!」
 地団駄踏みながら叫ぶリップス。指についたチョコを舐めながらニアを睨む。
「またあんた? いい加減ウザいんだけど」
 粗方の敵を殺し尽くした倉庫の中は咽るような血の臭いで満ちていた。リップスはうっとりした様子で笑みを浮かべる。
「素敵な殺戮じゃない。あんた達とは仲良くなれそう。あたしもね、人間を滅茶苦茶にするの――大好きなんだ!」
 猛然と襲い来るリップスの攻撃を二刀の刃で受け止める浩一。二刀同士で刃を交え、少女は笑う。
「ロリコンのおじさん、少しは真面目に戦う気になったんだね」
「悪いが、俺はロリコンではなかった。そしてやはり俺はろくでもない人間だったようだ」
「『ろく』なんか無くていいじゃん! もっと楽しもうよ、ねえっ!」
 強烈な攻撃で弾かれる浩一、しかし以前よりは戦えている手応えがあった。
 攻撃を警戒しかなり距離を取って銃撃を行うニア。リップスは片手で防ぎつつ意に介さず浩一に突っ込んでいく。
 そんなリップスに側面から斬りかかる才牙。連続して刃を繰り出すが攻撃は通用しない。
「ならば、これはどうですか」
 何かを持った左手を振るう才牙。警戒し身を引いたリップスの頬にすっと切り傷が刻まれる。
「何それ?」
「馬鹿には見えない剣、と言った所ですかね」
「手品って訳ね。面白いじゃん」
 血を拭った指を舐めて笑う少女。再び鋏を構え傭兵達に向かっていく‥‥。

 繰り出される槌の一撃を受け、後退しながらも銃を連射する犬彦。カイナは銃弾を気にせず正面から突撃する。
 雄叫びと共に振り下ろされた鉄槌を両手で構えた槍で受ける犬彦。衝撃で足元のコンクリに亀裂が走り、大気が震える。
「大したもんだ。よく立ってられるねェ」
 横薙ぎに繰り出した槌に叩かれながらも堪える犬彦。助けに入ろうとする斬子に目配せしながら叫ぶ。
「来るな! お前じゃどうにもならん!」
 何度も互いの得物を激突させる犬彦。パワーは明らかに劣っているが、耐え凌ぐだけならば分は犬彦にある。
 だがそれも一対一で戦っているからこそ。カイナの攻撃は誰かを守りながら防げる程生易しくはなかった。
「で、でも!」
「いいから下がってろ!」
 二人の激しい攻防に怖気付く斬子。このままでいいとは思っていない。だが、自分に出来る事があるのだろうか‥‥。
 一方涼は盾を構えネイルガンを防いでいた。盾に角度をつけ受け流すように弾くが、それでも鈍い衝撃が体を貫く。
 と、一瞬ネルの姿を見失う涼。その小柄な体躯が屈みつつ眼前に迫っていると気付いた時には彼の身体に膝が減り込んでいた。
「くっ、速い‥‥!」
 槍を回すようにして石突を繰り出す涼。ネルは身をかわすと同時にアッパーを繰り出し続けてネイルガンを突きつけ釘を射出する。
 脇腹に突き刺さった釘に吹っ飛ばされる涼。更に追撃しようを構えるネルに奏歌が超機械を振るう。
 連続して爆ぜる光をショートダッシュの連続で回避し、体を捻りながら釘を撃ち反撃するネル。そこにヒイロが奏歌へと飛びついた。
「奏歌ちゃん危ないのです!」
 突き飛ばされるように回避に成功。涼が駆けつけ槍を繰り出すが近距離攻撃は見事に避けられてしまう。
「なんつー動きしやがるっ」
 距離を取りながら釘を撃つネル。味方を守りつつ盾でそれを弾く涼だが、動きに放浪されている感は否めない。
「せめて‥‥脚を封じられれば」
 涼を治療しつつ呟く奏歌。機動力を削ぐ事が出来れば少しは楽になるだろうが‥‥。
「構わねぇさ。別に勝たなくてもいい。これは‥‥生き残る為の戦いなんだからな」
 装甲に刺さった釘を抜きながら涼が応じる。ヒイロはその背中をじっと見つめていた。
 依頼開始前、浩一が言っていた言葉を思い出す。それはヒイロにとっても他人事ではなかった。
「あの時に言ったな。傭兵に戻ればあの時以上の困難が君に降りかかる、と」
 覚悟した筈だ。傭兵として戦う事も、その為にあるどんな困難も。
 斬子は乗り越えようと努力している。だからこの依頼にもついて来た。壁を越えようと今、戦っている。
「脚を止められたら、勝てるですか?」
 呟きに二人が振り返る。ヒイロは妙に落ち着いた様子で前に出る。
「皆はいつも一生懸命、現実に立ち向かってるよね」
 自分を守ろうとしてくれる。辛い事を遠ざけようとしてくれる。優しくしてくれる‥‥でも。
「そんな皆が傷つくのは見たくない。だから――逃げずに戦うよ」
「ヒイロ‥‥?」
 二人に小声で話しかけるヒイロ。ネルが再び猛攻を開始したのは丁度その話が終わる頃であった。
 射出される釘を盾で弾く涼。その影に隠れたヒイロは片手を涼の背中に沿え、頃合を見て思い切り押し出した。
 無挙動で弾き出された涼は盾を構えたまま高速でネルへ迫る。繰り出された槍を回避するネル、その背後に高速移動したヒイロが回り込む。
「ごめんね‥‥。これから君を、傷つけるね――」
 涼の回す槍の連撃を回避するネル。が、背後からその腕をヒイロは掴み、脇腹に拳を減り込ませる。
 衝撃が走り吹っ飛ぶネル。その進行方向に刀を構えた奏歌が待つ。
 擦れ違い様刃を瞬かせる奏歌。血を撒きながら転倒したネルは脚を庇いながらゆっくり立ち上がる。
「ネルッ!」
 余所見したカイナに槍を突き刺す犬彦。大した傷にはならないが、続け脚に槍を打ち付ける。
「犬彦さん!」
 飛び退く犬彦の後方、斬子が全力で斧を振るう。赤い衝撃波が動けないカイナに直撃し、その隙に二人は涼達と合流する。
「‥‥頃合ですね。引き上げましょう‥‥」
 奏歌の合図で閃光手榴弾のピンを抜く涼と犬彦。同時に投擲されたそれは夜の闇を眩く照らし出す――。

「面白かったけどもう飽きちゃった。手品じゃあたしは殺せないよ」
 見えない刃を見切られた才牙は浩一と共にリップスに斬りかかる。二人を左右の刃で相手するリップスへニアが銃弾を放つと、リップスは不機嫌そうに刃を掲げる。
「邪魔すんなって!」
 思い切り鋏の片割れを投擲する。飛来する刃をニアは前転気味に回避、銃を構える。
「鋏は人に向けちゃいけないって知らないの?」
 片方刃を失った隙に突っ込む浩一。迎撃を片方の刃で受けるが防ぎきれず肩に食い込む。しかしそれを気にせず側面をすり抜け、刃を放った。
「‥‥ッ、おじさんの癖に!」
 反撃を制圧射撃で押さえ込むニア。ギリギリの攻防だが、格上の敵相手に彼らは健闘していた。
「あーもーむかつくっ! 絶対皆殺しにしてやるんだから!!」
「それはごめんこうむるな」
 閃光手榴弾を投げつける浩一。既に別働隊が離脱を開始した連絡は来ていた。
 光が倉庫内を覆うと同時に制圧射撃を試みるニア。そのまま三人は倉庫から離脱。ニアは倉庫周辺を照らしていた照明の送電線を撃ち抜き灯りを落としつつ撤退する。
「眩しいと思ったら暗っ! うぐぐ‥‥どこ行ったーっ!!」
 闇の中で吼えるリップス。その声を背に受けながらニアは深く安堵の息を吐くのであった。

●約束
「今日は堪えたなぁ、たはは‥‥」
 戦場から十分に距離を置いた海沿いの道を歩きながらニアが溜息混じりに言った。
 逃走手段を奪い突入し、相手は一般人だったとは言えその全てを抹殺出来たかは微妙な所だ。しかし強敵三人に襲われたにしては上々な結果だろう。
「犬彦さんには驚きましたわ。良くあれを一人で‥‥」
 傷は既に奏歌に治療された犬彦は恐ろしい威力の鉄槌に叩きのめされたにしてはピンピンしている。
「わたくしも強く‥‥もっと強くならなくては」
 拳を握り締め頷く斬子。完全とは行かないだろうが少しは吹っ切れた様子だ。
「辛いのは‥‥皆同じですものね」
 それから浩一の前で振り返り、足を止めて言う。
「後悔はしていませんわ。きっと貴方達の様に‥‥誰かを守れる戦士になります」
 割り切るのは難しい。完全な正義もきっと無い。けれど敵の血で手を染めた彼らが悪だなんて言える筈もない。
 理由や意味を見繕うより、彼らを信じようと思った。そんな理由でまた歩き出していく。少しずつ、ゆっくりと。
「涼君、覚えてる? あの日もこんな星空だったよね」
 ポケットに手を入れ空を仰ぐヒイロ。振り返り、笑顔を作る。
「守ってくれてありがとうね。でもね、ヒイロも君を守りたいんだよ。だからこれからは、いっしょ」
 握手を求め差し出す手。涼はその小さな手を見つめる。
「辛い事も悲しい事も、嬉しい事も‥‥皆いっしょなのです。きっと哀しみはちびっとに、幸せは一杯になるのですよ!」
 全員に呼びかけるように笑うヒイロ。その笑顔にどんな心境の変化があるのかはわからない。だが涼は一先ずその手を――。



 微かな月明かりだけを頼りに彼らは歩いていく。身を寄り添うように、闇の中を。手探りで一歩ずつ。帰るべき場所へ――。