タイトル:助走をつけてマスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/05/25 14:36

●オープニング本文


「‥‥お、お世話になりましたー」
 苦笑と共に病院を後にするカシェル・ミュラー。まだその体には彼方此方に包帯が巻かれている。
 傷だらけの身体を引き摺って空を見上げる。LHに吹く春の風は暖かく、体の傷が無ければ散歩でも楽しみたいくらいに良い天気だ。
 荷物を片手に歩く帰り道、カシェルの表情はずっと浮かないままだった。考える事はつい先日の激戦の事ばかり。あるいはそれまでの戦いだったろうか。
「乗り越えたって言えるのかな? 姉さん‥‥先輩」
 呟いた言葉は思ったよりずっと軽かった。胸の内に重く溜まった泥の様な感触は消え去り、今はそれを受け入れられる。
「あー! カシェル先輩ー! こっちなのですよー!」
「‥‥何か嫌な予感がする」
 冷や汗を流しゆっくりと顔を上げる。正面ではアホ面丸出しのヒイロ・オオガミが手をぶんぶん振っていた。アホ面だ。晴れやかなアホ面だ。
「カシェル先輩、今回の入院は短かったですねー?」
「あ、うん‥‥。心なしか入院する度に徐々に体が頑丈になってきている気がするんだ‥‥ははは」
 空を仰ぎ遠くを見つめるカシェル。ヒイロも一緒になって空を見上げていた。
「お部屋まで送るのですよ。荷物も持ってあげるのです」
「ありがとう。それじゃあお願いしようかな」
「何か不便があったらなんでもヒイロに言うのですよー。ヒイロはカシェル先輩が元気になるまで傍に居てあげるのです!」
「‥‥何だろう。嫌な予感しかしない」
 こうして無事に退院したカシェルを待っていたのはヒイロの看病という名の地獄であった。
 今回の依頼に関してそれは特に重要な事ではないので、彼がどんな苦行に耐えたのかはご想像にお任せする。
 数日後、すっかりぐったりした様子のカシェルはやたらと散らかった部屋のベッドに横たわっていた。酷く疲れた様子だ。
「終わったんだよな‥‥」
 身体を起こし、枕元の本に手を伸ばす。窓から吹き込んだ風がカーテンを揺らし、カシェルはふと外の世界に目を向ける。
 療養と称してこうして部屋に篭るようになって何日経ったろう。一つの激しい戦いが終わり、久しぶりにやってきた穏やかな時間。何と無くそこに居心地の悪さを覚える。
 あれだけ読みたいと思っていた本を読んでも内容が頭に入らない。本を放り投げ剣を手にしてみる。掌の中の重さが心地良い。
「終わった‥‥いや、始まったんだ。僕は僕の道を歩き始めた。でも‥‥」
 目標としていた事を達成してしまった今、これからどうやって生きていこう?
 自分の無力さは嫌と言う程知っている。一人で出来る事なんてごくごく僅かしかない。何を守り、何を救えるのだろう。こんな小さな力で‥‥。
「思い悩んでいても腹は減る、と‥‥」
 剣を鞘に収め本を片手に部屋を出る。どこかで適当に食事を済ませ、本でも読んで時間を潰そう‥‥そう考えていた時だった。
「カーシェールーせーんーぱーいー」
 背後から声が近づいてくる。嫌な予感がして身をかわすと案の定ヒイロが物凄い勢いで通り過ぎていった。
「何故よけるですか?」
「怪我人だからだよ? それと兵舎の廊下を走るのは感心しないな」
 急ブレーキをかけて戻ってくるヒイロ。ぽかーんとした様子で首を傾げる。
「でもヒイロ、移動の基本が走るだから‥‥」
「そう‥‥。それでどうしたの?」
「わふ! カシェル先輩の部屋に遊びに行ったら留守だったので追っかけてきたのです!」
「そう‥‥。これからお昼食べに行くけど、一緒に来るかい?」
「わふ! お供するのです!」
 こうして二人で肩を並べて歩く事も最近はなくなっていた。それも全ては‥‥いや、考えるだけ無駄なのだ。
 過ぎてしまった事は取り戻せない。時は戻らず大切な人は蘇らないと、あれだけ何度も見せ付けられた。もうくよくよしたりしない。そうは思うのだが――。
「はあ‥‥」
「わふ? どうしたですか?」
「ああ、いや。僕は‥‥強くなれたのかな、って」
 広場のベンチでホットドックを咥えながらヒイロは小首を傾げる。
 自分は強くなれたのだろうか? それはヒイロもぶち当たった問題だった。無力さばかりが胸に押し寄せ、その度大切な物がなくなっていく。
「カシェル先輩‥‥メルちゃんやデューイ先輩の事‥‥後悔してるですか?」
「まさか。そんな失礼な事は出来ないよ。良かったんだって思って前に進まなきゃ、誰も報われない」
「言ってる事はわかるし立派だと思う。でも先輩、無理してもしょうがないのですよ?」
「無理なんかしてないさ! ほら、僕は元気だよ!」
 一気にホットドックを食べきると口元にケチャップをつけたままカシェルは笑みを作る。ヒイロはしょんぼりした様子でその横顔を眺めるのであった。
「ヒイロは、カシェル先輩を元気にしてあげることすら出来ないのです‥‥ヒイロはだめな後輩なのです‥‥」
 カシェルと分かれた後、一人で歩く帰り道。肩を落とし溜息を一つ、少女は顔を上げる。
「何とか‥‥何とか、元気になってもらいたいですが‥‥」
 で、結局困ると傭兵に頼ろうと思ってしまうのはヒイロの悪い癖である。
 とことこと小走りに移動し、依頼をお願いする為に本部へと向かうのであった。

●参加者一覧

崔 南斗(ga4407
36歳・♂・JG
上杉・浩一(ga8766
40歳・♂・AA
籠島 慎一郎(gc4768
20歳・♂・ST
イスネグ・サエレ(gc4810
20歳・♂・ER
三日科 優子(gc4996
17歳・♀・HG
茅ヶ崎 ニア(gc6296
17歳・♀・ER

●リプレイ本文

●真っ白に
「お疲れ様。少しはすっきりしたか?」
 三日科 優子(gc4996)に礼を言ってから飲み物を受け取り、カシェルはそれに口をつけた。
「‥‥確かにしたかもしれません」
「それは良かった。腕は落ちていないようでしたしね」
 同じく優子から飲み物を受け取りイスネグ・サエレ(gc4810)が笑う。それにカシェルは曖昧な笑みを返す。
 イスネグに誘われ広場で模擬戦をしたカシェル。確かに優子の言う通り気分はすっきりしたように思う。だが――。
「時にカシェル様」
 歩み寄り、背後から声をかける籠島 慎一郎(gc4768)。
「私は門外漢ですが、先ほどの戦いどうも惰性で行っている‥‥そんな気が致しましたが。如何されましたか?」
 問いに視線を地面へと落とすカシェル。惰性――その言葉は的を射ていた。部屋から連れ出されたのもここで模擬戦をしたのも、言われるがまま成されるがままの結果だ。
 そうして初めて少年は気付く。自分がろくに汗もかかず、何も考えず、イスネグと戦っていた事に‥‥。

 時を遡る事数十分前。カシェルを除く一行は適当な所で合流し、彼の部屋を目指していた。
「ヒイロが他人の心配をして迷惑かけないように考えている! なんか感慨深いわぁ」
「迷惑かけないようにって所が進歩ですよね」
 しきりに頷く優子の声に茅ヶ崎 ニア(gc6296)が同じく頷きながら応える。ヒイロは意味が分らないのかアホ面だ。
「カシェル先輩、燃え尽きたか‥‥まぁ元気出してもらおう」
 遠い目を浮かべるイスネグ。ヒイロはその横をぴょこぴょこしながら語る。
「燃え尽きたのです‥‥真っ白にな。なのに無理に元気ぶって」
「女の子の前だと『大丈夫だよ』しか言えないもんさ。そっと心配だけしてやるといい。そしたら本当に大丈夫になる」
 しょんぼりした顔のヒイロに笑いかける崔 南斗(ga4407)。その隣で慎一郎が首を擡げる。
「先ほどから上杉様の姿が見えませんが」
「浩一やったらおでんの仕込みがあるんやと」
「前回に引き続きですね」
 慎一郎の疑問に答える優子とニア。その頃上杉・浩一(ga8766)はと言うと‥‥。

 店員に見送られビニール袋を両手に店を出る浩一。中身はビールや牛乳を初めとした飲み物の類だ。
「しかしおでんパーティーに酒とは‥‥カシェルさんはもう飲める歳だったろうか」
 そんな事を一人呟きながら帰路を急ぐ浩一。何と無く一人で準備するのが板についてきた気もする。

「なるほど、上杉様は仕込みがございますか。さぞや素晴らしいものが出来あがるのでしょうね」
 慎一郎が笑顔で頷く頃、一行はカシェルの部屋に到着していた。ヒイロが扉をこじ開け寝ていたカシェルを叩き起こして来る。
「うわっ籠島さん!?」
 それが彼の第一声であった。物陰に隠れながら視線を向けるカシェルに慎一郎は爽やかに歩み寄る。
「この間は柄にもなく危険な所へ赴いたものです。危険な依頼で生き残った者同士、友好を深めませんか?」
「友好って‥‥いや、でも貴方が居ると何か酷い事になるというジンクスがっ」
 じりじりと睨み合う格好の二人。イスネグが仲間に目で合図を送り、傭兵達はがしりとカシェルを拘束する。
「カシェルは初めましてやな」
「あ、初めまして‥‥え? だから、ちょっと!」
 挨拶しながらカシェルを掴む優子。そのまま傭兵達は彼を半ば強引に連れ出したのであった。
 とりあえず今日の予定は皆で銭湯に行き、その後おでんを食べるという流れだ。と、そこでイスネグが提案する。
「少し汗を流そうか。その方がお風呂もご飯もたのしいよ」
「イスネグ君良い事いう! 皆で走る!」
「え、もしかしてあたし達も?」
 ヒイロに手を取られ優子とニアまで走り出す事に。三人が広場外周を走り出すと、イスネグはエアーソフト剣を手にカシェルの前に立つ。
「カシェル先輩、軽く模擬戦なんてどうでしょう。治療あるからドーンとカモン。体動かすと少しは気分晴れるかもよ」
 最初は渋ったカシェルだが、何か思う所があったのか提案を受ける事にした。
 二人して真剣な表情でぷるるんとした剣を構え睨み合う。それを遠巻きに眺める優子とニア。
「男の子はこう言うの好きやね? ウチ怖くてよう出来んわ」
 ヒイロは相変わらず物凄い勢いで走り続けている。移動の基本が走るなので問題ない。
「‥‥ってか、病み上がりに模擬戦は酷ない?」
 イスネグはスキルを発動し急接近から連続攻撃を仕掛けている。ボコボコに叩かれるカシェル。
「まぁ、酷いっちゃ酷いですよね」
 ぽつりと呟くニア。そんな感じで時は過ぎていくのであった。

●休息
「ふむ、そういえば風呂上りか。飲み物はキンキンに冷やしておこう。後一応熱燗を‥‥」
 一人でおでんの仕込みに追われる浩一。寂れた屋台で彼が頑張っている頃‥‥。
「ふぅ‥‥いい湯だな」
 湯船に浸かり呟く南斗。男湯では男子四名が頭の上にタオルを乗せて湯船に並んで浸かっていた。
「イスネグ君は色々と気を回してくれて有難う‥‥御蔭で何とか帰ってこれたよ」
「いえ、あれはニアさんや皆さんで力を合わせた結果ですから」
「おや。そういえばこちらは全員例の作戦の参加者でしたか」
 イスネグに続き呟く慎一郎。カシェルが溜息を漏らすと、何と無く気まずい空気になる。
「カシェル、お前さんがいなかったら俺なんか何回死んでたか分からん。本当に有難うな」
「僕は本当、自分の事で手一杯でしたし。お礼を言うのは僕の方です」
 厳しい戦いを生き抜いた四人。特に南斗とカシェルにとっては忘れられない戦いだった。
「南斗さんと初めて一緒に仕事した時は、こんな事になるなんて思ってもみませんでした」
 思い返す戦いの日々。偽りの町でのシスターとの戦いからここまで、様々な事があった。
 過去を思う南斗の横顔は決して充実した物ではなく、後悔が色濃く滲んでいる。多くを失った記憶は容易に受け入れられる物ではない。
「女の子達はきゃっきゃうふふしてて微笑ましいな。俺達も垢すりでもやるか? いらんか」
 努めて明るく語る南斗。男湯の空気はどうにも明るく弾んでいるとは言い難い。しかし女湯はというと‥‥。
「ヒイロ、何しとん」
 浴室の入り口で体にタオルを巻いたヒイロがぷるぷるしていた。
「ヒイロお風呂こわい」
 首を傾げる優子。そこへ番台からニアの叫び声が聞こえてくる。
「うーんまだまだ‥‥これはなかなか。おぉー、ビッグシティ!」
 男湯を見ているのか女湯を見ているのかでその反応の意味は大分違ってくるだろう。
 ちなみにこの銭湯はニアが経営しているもので、彼女が番台に座っているのは決しておかしい事ではない。
「やっぱりヒイロが渋ってるわね」
 女湯にやってきたニアにヒイロは駆け寄ろうとして転倒。二人は慌ててヒイロを抱き起こした。
「溺れるかもしれない! ヒイロ溺れるかもしれない!」
「大丈夫よ、溺れないように見ててあげるから」
「いや、溺れるん‥‥?」
 そんなわけで何とかヒイロを湯船に移動させる二人。ヒイロはしきりに足場を確認し、浴槽に手を入れ深くない事を確認し、そっと足をつけた。
「あーっ!」
 女湯から聞こえてくるヒイロの悲鳴。男湯にてそれを聞いていたイスネグはすっと立ち上がる。
「では、カシェル先輩の健全な育成の為に覗きを決行します」
「意味が全くわからないよ!?」
「先輩もそろそろそういう年頃だよ。さぁ上に乗るんだ」
 すっと衝立の前で四つんばいになるイスネグ。南斗は呆れた様子で苦笑を浮かべ、慎一郎はカシェルに目を向ける。
「おやおや大胆ですねぇ‥‥お止めした方が宜しいのではカシェル様?」
 しかしカシェルは真顔で沈黙している。
「カシェル様?」
「僕やるよ、イスネグさん!」
 ざばあっと立ち上がるカシェル。そのままイスネグに歩み寄る。
「僕こういう若者っぽいっていうか友達っぽい事してみたかったんだ!」
 カシェルは楽しそうにイスネグの上に乗り、衝立の向こうを覗こうと試みる。慎一郎は湯船から上がると風呂椅子で丁寧に山を作り、頷いて一言。
「あぁ、湯当たりで足元がふらっと‥‥」

 カッコーン!

 慎一郎に崩された風呂椅子が崩れ盛大に音が鳴り響く。それに驚きイスネグとカシェルはつるりと滑って転倒した。
 しかもその後何故か頭上から金だらいが落ちてきてカシェルの頭を打った。
「何故ッ!?」
 男湯から聞こえてくるドタバタした音にヒイロは湯船に縮こまって首を傾げていた。
「そうそうヒイロ、人のために何かしよう思うのは素晴らしい事やと思う。ただ、もう少し落ち着こうな?」
 溺れないようにという理由で手を繋がされたまま優子は語る。
「もしどうしていいか判らないなら本人に聞けばいい。それでも判らないなら、今回みたいにウチらに聞けばええんよ」
 ヒイロの頭を撫でて笑う優子。べたべたしたその髪にとりあえず洗わなければと強く思うのであった。

●屋台
「いらっしゃい。準備は出来ている‥‥好きなものを注文してくれ」
 銭湯を後にした一行は浩一の屋台へとやってきていた。傭兵達が湯船に浸かっている間におでんも湯船に浸かっていたようだ。とても良いにおいが空腹を誘う。
「親父さん、ビールと卵、糸こん、つみれ!」
 早速注文しまくるニア。キンキンに冷えたビールを一気に呷り、目尻に涙を浮かべて唸る。
「プハーッ! この一杯のために生きてるなー!」
 直ぐに一杯空になったので追加注文するニア。一応元シスターである。
「なんかこの前上げた株が下がった予感だな」
「い、いや、僕は楽しかったですよ?」
 お肉お肉と騒いでいるヒイロの脇、イスネグとカシェルが哀愁漂う感じで肩を並べている。南斗は慎一郎に酒を勧められ、酒を注いで貰いながら会釈していた。
「大根旨いですよ、上杉さん。ヒイロ君は少し持ち帰ったらどうだ? 年頃の娘はちゃんと食わないと」
「わふ! でも南斗君もちゃんと食べるですよ? あんまり顔色良くないのです」
 心配げな様子のヒイロになんともいえない苦々しい表情を返す南斗。彼女の言葉は図星だった。
「前衛職への転職とか考えたんだがな。守られた事を負い目に感じてる‥‥そう気付いたら、また後衛職を選んでいたよ」
 焼酎を呷りながら呟く南斗。カシェルはその言葉に先の戦いの結末を思い出していた。
「あれは南斗さんの所為じゃありませんよ。僕にも出来る事があったはずです」
「ウチはすぐに元通りにする必要はないと思う。元々すぐに元通りになるほど小さい事でもないやろ?」
 牛筋を摘みながら語る優子。ヒイロの頭を撫でながら笑う。
「カシェルはええ後輩持ったね。まぁ、空回り激しいが‥‥心配してくれる友達がおる」
 ヒイロはおでんを物凄い勢いで食べながらきょとんと南斗とカシェルへ目を向ける。
「一杯落ち込んで、一杯泣いて、一杯後悔して、一杯友達に迷惑をかける。それでええねん。その為に友達がおんねんよ」
「三日科さん‥‥」
 照れくさそうに頬を掻きながら笑う優子。南斗は杯をじっと見つめ、静かに呟く。
「彼女の守りたかった物が俺にも守れるとは限らない。だが少しでも‥‥ほんの少しでも、自分に出来る事があるなら‥‥諦めたくはないんだ」
 彼女は最期笑っていた。分かり合う事が出来た。手を取り合う事が出来た。
 結末は覆らない。過去に戻る事も出来ない。悲しみを消す事は難しい。だがそれでも‥‥出来る事を探していく。結局はそれしかないのだ。
「君に‥‥いや、俺達に出来る事は忘れずに前に進む事だけだ」
 カシェルにおでんを差し出しながら手を拭き浩一が頷く。
「‥‥まだ、老け込むには早い。俺ですらこの歳でまだ新しい出来事に出会い、ぶつかり、砕かれかけてすらいるんだ」
「老け込んでますかね、僕‥‥」
「カンパネラ学園に入るとかどうかな。能力者の友達増えるし恋人も‥‥ってもういるか」
 浩一の言葉を真剣に考えるカシェルの横顔に言葉を投げかけるイスネグ。暫しの間の後、カシェルは不思議そうに言った。
「恋人‥‥居ませんよ?」
「え?」
 そんな感じで何か曖昧にこの話は終わるのであった。
「メリーベル様と同じく貴方も独りではない。よかったですねぇ‥‥」
 イスネグが肉ばかり食べているヒイロに注意している頃、慎一郎は南斗の空いた杯に酒を注ぎながら言った。
 先ほどから南斗が酒を飲み終わる度に直ぐ慎一郎が酒を注いでしまう為、彼はかなり急ピッチで焼酎を呑んでいる事になる。
 そんな時であった。徐に南斗は立ち上がり、何かを取り出し慎一郎に迫る。
「その綺麗なデコに仔猫柄の絆創膏を貼ってやるー!」
 ぺたりと額に張られた絆創膏。意味はわからない。多分、ない。そんなカオスな状況を浩一は熱燗を片手に見守っていた。
 冷や汗を流し状況を眺めるカシェル。そこへ背後から花輪を首にかけ、ニアがニヒルに笑う。
「War is Over! 君の戦争は終わったんだよ」
 何かどこかで聞いたような言葉だがカシェルには分らなかったようだ。
「君は最期にお姉さんを救うことが出来た。人形師は死んだし、施設は破壊された。もう君達姉弟やドールズみたいな悲劇は起こらない」
 めでたしめでたしと、ニアは両手を叩く。
「もう傭兵を続ける理由は無いんじゃない?」
 その言葉が余程以外だったのか、カシェルは目を丸くして振り返る。
「君は自由なんだ! 違うことをして生きても良いんだよ。ぼーっと戦ってたら死んじゃうよ?」
 全てはニアの言う通りだった。
 一つの戦いが終わった。身体と心を雁字搦めにしていた糸はもうないのだ。自由‥‥今はその言葉がとても重く聞こえた。
「君はこれからどう生きる?」



「他者の希望を挫き掴み取った『生』、もっと嬉しそうにしたらどうです?」
 結局ニアの問いには答えられなかった。屋台から少し離れ風に当たる彼に慎一郎は言う。
「貴方の言う通りですよね」
 気付けば日は落ち、夕闇が世界を包みつつある。少年は振り返り、笑顔を作る。
「僕達に迷う資格なんてない。生き残った以上、前に進む‥‥それが義務なのだから」
 その目は真っ直ぐだった。二の句を考える慎一郎に歩み寄りその額の絆創膏を剥がしてカシェルは屋台に戻っていく。
「ありがとう、籠島さん」
 それは慎一郎の想像とは違う言葉だった。風に吹かれ、額を軽く摩りながら彼は空を見上げた。
「気の抜けた顔をしていてはヒイロさんの襲撃に耐え切れなくなってしまうぞ」
 戻ってきたカシェルに飲み物を差し出しながら浩一は言う。ヒイロとカシェルの頭を纏めて撫でて彼は続けた。
「二人共‥‥がんばったな。よくやったぞ」
 二人は顔を見合わせそれから笑顔を浮かべた。
 これでよかったのだろうか? そう思う気持ちを隠す事は出来ない。
 それでも探していかなければならない。どう生きるのか。どう戦うのか。それは生き残った者の義務なのだから‥‥。