●オープニング本文

●予兆
「ブラッド・ルイス！　これは一体どういう事ですの！？」
　ＬＨの隅っこに存在する雑居ビルの一階、そこにネストリングの事務所は存在している。
　雑多に散らかったその事務所で仕事が無い時は大体日がな一日読書でもして過ごしているブラッド・ルイスだが、今日の珍客には思わずコーヒーを噴出してしまう。
「‥‥九頭竜さんですか。あの、君が今蹴破った扉はとても建てつけが悪くて、僕が最近修理したばかりなのですが」
「そんなことはどうでもいいですわ！」
「そんな事って‥‥」
　苦笑を浮かべるブラッド。しかし部屋に突入してきた九頭竜　斬子はやけに殺気立った様子でブラッドの机へと駆け寄る。
「これはどういう事ですの！」
「それは‥‥オオガミさんの入隊に関する契約書じゃないですか」
「じゃないですか。じゃないですわよ！　貴方、ヒイロさんをどういう条件で酷使するつもりですの！？」
　そこにはヒイロにも読めるようにと考慮されたのか、ひらがなでこんな事が書いてあった。

　ひいろは、いちにちさんしょくひるねつき、ついでにおやつのぽてちをくれたら、ねすとりんぐにきょうりょくします。

「もーどっからツッコめばいいのかわかりませんけどね、とりあえずこれ契約書として成立してないでしょう！？」
「ええ。でもオオガミさんがどうしても契約書にサインしたいっていうので。あと名刺交換したいって」
「意味わかんないんですけど！？　こんなもの無効ですわーっ！」
　ビリリと音を立て引き裂かれる契約書。ブラッドは溜息を一つ。眼鏡を拭きながら小首を傾げた。
「元々ただの紙切れですから破けばヒイロさんが悲しむだけで僕としてはどうでもいいのですが」
「た、確かにそうですわね。でも、わたくしはそんな下らない話をしに来たのではありませんのよ」
　鋭くブラッドを睨む斬子。そう、本題は別にある。このネストリングという組織の危険性について、だ。
　ヒイロは以前この組織の依頼を引き受け、その途中で襲撃に合っている。一度は偶然だとしても、二度続けばそこには必ず理由がある。
「二度ある事は三度ある、と言いたいわけですね」
「ヒイロとわたくしの先輩にしてネストリングに所属していた傭兵、デューイ・グラジオラス‥‥。彼の事も知っていたのでは？」
　一瞬ブラッドの目に何か異質な色が混じり、気圧されつつも斬子は続ける。
「ヒイロさんに何をさせようとしているの？　一体何が目的で‥‥」
「――変わりましたね、九頭竜さん。貴女は少し柔らかくなった」
　席を立ち、ブラッドはポットへ歩み寄る。紙コップにインスタントコーヒーを注ぎ、振り返らずに語る。
「ここに来たばかりの貴女はいつも周りの評価を気にしていた。誰が上だとか、誰が強いとか、自分がどうだとかね」
「‥‥は、はぐらかさないでくださる？」
「君はオオガミさんと共に歩む内に変わったんです。それは喜ばしい事です。そして僕もまた、オオガミさんに同じ事を求めているんですよ」
　斬子に紙コップを手渡し、ブラッドは微笑む。
「僕はね、九頭竜さん。あの子に『英雄』になってもらいたいんです」
　意味のわからない事を満面の笑みで爽やかに語るブラッド。斬子は冷や汗を流し、コーヒーを受け取る。
「あの子の事が心配なら、九頭竜さんもネストリングの一員として行動すれば良いでしょう。仕事内容はどれも簡単ですし、悪い話ではありませんよ」
　コーヒーに口をつけようとして熱くて飲めない猫舌の斬子。少しの間思案し、我慢して再びコーヒーを飲もうと試みるのであった。

●間食
「ふーん‥‥？　要するに、そのくず‥‥なんちゃらっていうのを殺せばいーのね？」
　薄暗い闇の中、咽るような血の臭いの中心で少女は通信機を手に小首を傾げる。
「でもさー、最近あんたら尻尾出しすぎじゃない？　この間のグレイって奴もさ、結構強かったしさー。イイ線行ってたと思うな」
　足元に出来た赤い水溜りを何度か踏みしめ刎ねる水音に満足気に笑う。通信機の向こうからは落ち着いた男性の声が聞こえてくる。
「ま、いーよ。ビジネスだもんねー‥‥えっ？　食べちゃったよ？　グレイってやつでしょ？　うん、美味しかったー」
　血塗れの巨大な鋏を足元の肉塊に突き刺し、手の中で小さな球のようなものを転がし、あどけない笑顔で少女は言う。
「手と足をちょん斬ってー、おなかを開いてー‥‥。ずるーって中の物出しちゃって、どくどくイってる心臓が動かなくなっちゃうのを掌で感じてからー、ちゃんと手を合わせて食べたよ？」
　振り返り、足元の非常灯に照らされる少女。掌で転がしていた白くて丸い球体を自らの瞳に近づけ、『見詰め合って』みる。
「悪趣味じゃないよー、あったかくてドロっとしてて、血とか生肉とか好きなんだもん、しょうがないじゃんかよー‥‥え？　従業員は全部殺したってかバラしたよ。残ったのはキメラのエサかな」
　男の溜息を耳元で聞き少女は無邪気に笑う。そうしてポケットから板チョコを取り出し、角を齧りながら言った。
「いいトコ指定してくれてうれしーよ。ここならお菓子いっぱいあるし‥‥くずなんちゃら以外殺しちゃだめなの？　っていわれても特徴ないとわかんない‥‥」
　通信を終え、足元に転がした通信機に大鋏を突き刺し破壊する少女。それから困ったように首を傾げて呟いた。
「‥‥ロールパンみたいな髪形の女‥‥って、どんなの‥‥？」

●参加者一覧

●リプレイ本文

●予感
「ネストリングからの依頼を斬子さんと一緒に受けるのって初めてですよね？」
　目的の工場にやって来た傭兵達。ティナ・アブソリュート（gc4189）は斬子に疑問を投げかける。
「同じ依頼を受けてる私が言うのも何ですが‥‥何で受けたんです？」
　その言い草は確かに『何ですが』という具合である。しかしそれはこの場に立つ傭兵達共通の意識でもある。
　引き受けはしたが、誰もがこの依頼の『裏』を予感していた。ティナの疑問に斬子は斧を肩にかけ答える。
「別に、ただ傭兵として戦いに来ただけですわ」
「もしかして‥‥ヒイロさん？　ブラッドさんと何か‥‥むぐっ」
　ティナの口を塞ぐ斬子。周囲を見渡し小声で言う。
「何かあるかもしれないから、こうして出張ってるんですわ」
　要するに身を挺した探り‥‥いやこの場合は囮だろうか。自覚があるからこそ、斬子は奏歌 アルブレヒト（gb9003）の事が心配だった。
「それ、わたくしの真似のつもりですの？」
「いえ‥‥前から少々、興味あったのですよ」
　斬子の横には髪形を所謂縦ロールに変えた奏歌が立って居る。一方斬子は普段と違いただのポニーテールだ。
「ロールパン‥‥ふん、いやすまん。似合ってると思うぞ」
「奏歌さん、白斬子状態ですね♪」
　呟く犬彦・ハルトゼーカー（gc3817）と張 天莉（gc3344）を睨み、咳払いする斬子。
「言い訳は結構。涼さんもごちゃごちゃ言わず大人しく頷けばいい物を‥‥全く」
　唇を尖らせる斬子の背後、巳沢　涼（gc3648）は苦笑を浮かべている。
「でもお姉さんも斬子ちゃんも、ポニーが似合ってるってのは本当だぜ？」
　訝しげな斬子の視線を受けながら冷や汗を流す涼。気を取り直し、周囲に呼びかける。
「道中説明したが、曰く付きの依頼だ。襲撃には十分気をつけてくれ」
　こうして傭兵達は三つの班に分かれ、予定通り工場へと歩みを進める事になった。
　工場は広く、幾つかの施設に分かれている。傭兵達はそれぞれ別の施設へ進み、キメラ討伐を開始するのであった。

●探索
「鬼が出るか蛇が出るか、なんてねぇ」
　遊撃担当の第三班。レインウォーカー（gc2524）は周囲を見渡しながら呟く。
　色々と話は聞いているが、元々彼も違和感を持っていた。とは言えそれは彼の場合あまり関係ないのだが。
「意外と広いんですね」
　地図を片手に眉を潜めるティナ。屋内だけでなく、敷地内には彼方此方にキメラがいそうだ。
「おーい、誰か生きてるかー」
　大声で呼びかけてみる犬彦。それに応じたのは従業員ではなく、チョコレート型のキメラであった。
　面倒臭そうな様子の犬彦に代わりレインウォーカーが刀を手に前に出る。凝固したチョコのキメラを両断し、刃を鞘に収める。
「んー、手応え無いねぇ」
　キメラに突き刺しや槍を引き抜き犬彦も同じ感想を抱いていた。しかし二人は同時に背後に跳ぶ。
　倒したキメラが溶け出し、ドロドロとした液体になって這ってくるのが見えたからである。
　犬彦が拳銃で攻撃を加えてみるがやはり手応えは薄い。が、属性のお陰かある程度通用している様子。
　波打ち形を変えながら襲い掛かってくるキメラ。そこへ駆け寄り、ティナが二対の刃を繰り出した。
　機械剣と炎剣による攻撃に怯むチョコ。そこへ機械剣を突き刺し、出力を振り絞る。ぶくぶくと沸騰するように悶え、チョコキメラは弾けて動かなくなるのであった。
「そういう事かぁ。仕方ないから止めは任せようかな」
「右に同じ。ヒイロが食べてくれたら楽なんやけどな」
　レインウォーカーと犬彦が固形のキメラをバラし、溶けた所をティナが焼き払う‥‥と、そんな具合で三人は遊撃を続ける。

　一方、お菓子の製造ライン付近で戦闘する第一斑。終夜・無月（ga3084）は缶詰型のキメラを次々に二丁拳銃で撃ち抜いていた。
　缶詰キメラの形はまちまちで、小さい物からドラム缶サイズまで様々。涼、斬子と共に三人は順調にキメラを撃退する。
「それにしても酷い臭いですわ！」
　斧をフルスイングして缶詰を両断する斬子。倒された缶詰からは血と内蔵の様なものがデロリと流出してくる。
　涼は盾で缶詰を弾き飛ばし小銃を連射。恐らくそれが一番効率的な戦い方である。
「こいつは酷いな‥‥」
　工場の床を染める赤はキメラの物だけではない。明らかな虐殺の痕跡は散らばる肉片の元が何だったのか、嫌でも想像出来てしまう。
「大丈夫。君は必ず俺が護るよ‥‥」
　近づくキメラに弾丸を叩き込みながら微笑む無月。放たれた弾丸はキメラを穿ち、破裂させるようにして沈黙させてしまう。
「それにしても‥‥これをこのキメラがやったとは考え辛いね」
　鋭い刃物で引き裂かれ細切れになった人間の死体。緩慢で大雑把な挙動のキメラの仕業には思えなかった。そんな三人を物陰から遠巻きに眺める人影が一つ。
「ロールパンじゃない、っと」
　三人の姿を確認し、踵を返す。その小さな影が向かう先――。

「気配がします‥‥そこです」
　超機械を振るい、溶けたチョコを始末する奏歌。上杉・浩一（ga8766）と天莉が砕いたチョコキメラも今ので最後の様だ。
「このキメラ共食べれたりするんだろうか」
　溶けて動かなくなったチョコを指先でつんつんする浩一。周囲の気配を探りながら歩く奏歌の隣、彼女の髪を気にしながら天莉は微笑む。
「綺麗な髪にチョコとか付くと大変ですよ？」
　揺れる奏歌の縦ロール。その見事な仕上がりは正にロールパンそのものであった。
「見ーつけたぁ」
　天莉がそれに逸早く気付けたのは単純に運の問題であった。
「貴女はわん湖の時の――ぐぅッ！？」
「邪ぁー魔ぁっ！」
　接近し鋏を叩き付ける少女。奏歌を背後に押し込め混元傘で攻撃を弾く天莉だが、少女は身体を捻り蹴りを繰り出す。
　同じく蹴りで対応する天莉。少女は鋏を手放し倒れこむようにして地に手をつき、更に鋭く蹴りを放つ。脇腹に踵が減り込み、天莉は壁に叩き付けられる。
「鋏？　まさか前の‥‥」
　敵は明らかに奏歌を狙っている。側面から斬りかかる浩一に対し少女は鋏を拾いながらバック転。得物を分割し両手で構える。
「ロリコンのおじさんだー。元気ぃ？」
「鋏の子、言っておくがそんな趣味はない‥‥鋏の子では言いづらいな。君の名前は？」
「あは！　何それナンパぁ！？」
　低い姿勢から接近し二対の刃を連続して放つ少女。嵐の様な猛攻に刀が弾き飛ばされ、直後両肩に刃が叩き付けられる。
「浩一‥‥！」
　袈裟に受けた傷は深い。血を流し倒れる浩一に駆け寄る奏歌だが、その前に敵は立ち塞がる。
「ごめんねロールパン。これも仕事だからさ」
「あ‥‥」
　組み上げられ鋏になった獲物は鋏の役割を全うしようとしていた。奏歌の首の両側面から、恐ろしい速さと力で刃が迫っていた。

●口紅
　それは簡単に阻止出来る一撃ではなく。故に奏歌は自分の首がまだ胴体と接続されている事が不思議でならなかった。
　左右から繰る斬首の刃は奏歌の背後に立つ無月の二丁拳銃により阻止されていた。彼は拳銃で刃を押し広げると奏歌を抱えて後退する。
「大丈夫ですか‥‥？」
「後少しだったのに‥‥」
「言ったろ、好きにはさせねぇってな！」
　少女の背後、盾を構えて涼が駆け寄る。少女は鋏を分割、その片方を涼へと投擲する。
「うおっと！？」
　何とか盾で弾き、銃を放つ。弾はペイント弾で、それを受けた少女の鋏は薄暗闇の中僅かな光で輝いて見える。
　更に涼はアンカーを射出するが、少女はそれを空いた手で握り強烈な力で一気に涼を手繰り寄せた。
「涼さ‥‥ちょっ！？」
「どわあ！？」
　そんな涼は敵に攻撃しようと回りこんでいた斬子に衝突。二人仲良く無月の足元に転がり込むのであった。
「皆一応、無事みたいだね‥‥」
　仲間の様子を確認し呟く無月。口元の血を拭い立ち上がる天莉。奏歌も首を切っているが出血は自分で抑えられそうだ。
　問題は浩一。意識を保ち自らもスキルで傷を塞いでいるが直ぐに動けるような傷ではない。
「だから危ないって言ったんですわ！　もう、心配かけて！」
　奏歌の顔をぺたぺた触りながら安堵の息を吐く斬子。襲撃者は舌打ちし、後退する。
「めんどくさいなー。バーカバーカ！」
　悪態をつきながら施設から飛び出し‥‥そこへ第三班が駆けつける。
　レインウォーカーとティナが同時に斬りかかると少女は地に鋏を刺すようにして逆立ち。身の丈よりも高い位置で攻撃を交わし、着地後周囲を薙ぐ。
　二人は後退し各自回避。そこへ犬彦が拳銃を撃ちながら接近する。
「げ、こないだの」
「お前の相手はうちがするって言うとるやろ」
　手元で槍を回し、鋭く繰り出す犬彦。少女はそれに鋏で応じ、二人は数回刃を交える。しかし素早く複雑な挙動に犬彦は押され気味だ。
　分割した鋏を犬彦の左右に付き立て退路を断ち蹴りが繰り出される。少女はそのまま犬彦の額を掴み、大地へと叩き付けたが‥‥。
「うわ！？　頑丈だねー」
　陥没した地面から頭を引き抜き反撃する犬彦。額を伝う血を舌で舐めて笑う。
「イレギュラーか。ホントに嫌な感じだな」
「見た目はちっこい子供やけど相当強い‥‥頭と体がバイバイしないよう精々気をつけや」
「ご忠告どうもぉ」
　犬彦の言葉に肩を竦めるレインウォーカー。ティナは刃を構えながら問う。
「あなたに彼女の殺害を指示したのは誰ですか？」
　通信を聞いた限り狙いは奏歌だ。しかし本当に狙っているのは恐らく――。
「私の知る限り、彼女の死を望む様な方は１人しか知りません。ブラッドさんですね？」
　ならば鎌をかけてみる。しかし意外な事に少女は不思議そうに言った。
「誰それ？」
「お前の名前はぁ？　殺すか殺されるかする相手の名前は知っておきたいんだけどねぇ」
　戸惑うティナに代わり問うレインウォーカー。少女は胸を張って応える。
「あたしはリップス。リップス・シザース。よろしくね、イケメン♪」
　挨拶しながらレインウォーカーへと襲い掛かるリップス。その間に犬彦が割り込む。
「従業員はどうしたんや」
「見なかったの？　ぜーんぶ殺したよ！」
　高速で繰り出される斬撃の嵐を犬彦は何とか堪えていた。拮抗状態は望まぬ所、リップスは苛立たしげに顔を歪める。
「マジで邪魔ぁ！」
　全力で叩き付けられる刃。犬彦はそれを槍で受け止める。足元が陥没するが犬彦に傷はない。
　そこへ迅雷で接近、リップスの足を切りつけるティナ。が、軽く跳躍して回避された挙句蹴り飛ばされてしまう。
「生憎と負けるつもりはないんでねぇ」
　続けレインウォーカーが仕掛ける。迫る攻撃を空中の刀を軸に逆立ちするように回避、そのままリップスの頭に踵を叩き付ける。
「嗤え」
　同時に刃が二度煌き、少女の腕を引き裂く。血を流し後退した少女がコートを翻すと何かが次々と転がった。
「缶詰キメラちゃんでーす」
　そしてそれを次々に蹴り飛ばす。すると傭兵達の目の前で断続的に爆発が起こった。
　視界の端を抜けるリップスに刃を振るうレインウォーカーだが、彼の顔に脱ぎ捨てられたコートがへばりつく。
「ちっ、抜かれた！」
　叫ぶ犬彦。施設内に戻ったリップスを無月と涼の銃撃が襲う。
「速い‥‥」
　跳躍し壁を蹴り、一息に急接近するリップス。狙いは奏歌だが、その前に天莉が立ち塞がる。
「そうはさせませんよ！」
　攻撃を受けた天莉の身体が軋む。そこへ涼が駆け寄り、盾を構えて体当たりをぶつける。
　吹き飛んだリップスは壁に激突、そこへ無月の弾丸が命中し更に血を撒きながら転がっていく。
　無月は左右の銃でリロード間隔を調整し息つく間も無く断続的に攻撃を続ける。たまらず物影に逃げ込むリップス。
「てめぇらの狙いはヒイロちゃんだと思ってたがな‥‥どういう風の吹き回しだ？」
「君らこそ何なのさ！　仕事の邪魔しないでよ！」
　涼の質問に飛び出し、奏歌目掛け刃を投擲するリップス。それを浩一が刀で弾いた。
　第三班の時間稼ぎが功を奏し状況は持ち直している。
「ふむ‥‥誰に頼まれた？　こんな面倒な事を」
「依頼人については話さないよ。プロだもん！」
　そこへ無月の銃撃に続き斬子が斧を振り上げ襲い掛かる。片方だけの鋏で斬子の攻撃を受けるリップス。
「今ですわ！」
「‥‥お返しです」
　斬子が後退すると同時に超機械を振るう奏歌。スパークする衝撃に仰け反り小さく悲鳴を上げ、敵は後退。
「‥‥せに」
　それからわなわなと震え何かを呟き出した。
「人間のくせに‥‥人間のくせに、人間のくせに人間のくせに人間のくせにぃいいぃぃいッ！！」
　上手く行かないのが気に召さないのか、地団駄踏み出すリップス。そこへ無月が静かに告げた。
「不運でしたね‥‥。此処には俺が居る‥‥あなたの思い通りにはならない」
「〜〜ッ！！　ばーか！　ばぁーっか！　かっこつけー！　おんなおとこ！」
　幼稚な悪態に妙な空気になる一同。
「ぐすっ！　服が汚れたぁ！　いっぱい血が出たぁ！　プロなのに‥‥ぐすっ！　プロの傭兵なのに‥‥ぐすっ！」
「な、なんですのこいつ‥‥」
　大粒の涙を流すリップス。どん引きの斬子の隣、天莉が声をかける。
「あのー、この工場と繋がってる孤児院、貴女と何か関係有るんですか？」
「びぇええんっ！」
「おぉう‥‥っ」
　驚く天莉。更に三班も合流し傭兵達の守りは完璧になってしまう。
「次は殺してやる‥‥絶対殺してやる！　手足をクビって、首もクビってやる！　ばーか死ねばーか！　あほ！」
　悪態からはまだ余力が感じられるが劣勢だと判断したのだろう、リップスは引いて行く。
「随分愉快な子だったねぇ」
　肩を竦めて笑うレインウォーカー。傭兵達の上にどっと疲れが圧し掛かるのであった。

●その後
　奏歌が仲間の治療をするのを横目に浩一はぼんやりと空を見上げていた。
　今回ばかりは否定しようにもリップスの事を考えているのは明らかだ。そして思考はこの戦いの裏にも巡る。
「他の仲間も出てくるかと思いましたが‥‥どういう事なんでしょうか」
　浩一の隣に立ち眉を潜めるティナ。この一件で余計に訳が分らなくなった気がする。
「まあ、なるようになるさ」
「うー‥‥そうかもしれませんけど」
　唸るティナ。浩一は振り返り斬子と奏歌に目をやる。
　斬子は奏歌の怪我を過度に心配していた。自分の身代わりにした事もそうだが、友達として不安だったのだろう。
　そんな二人を遠巻きに見守る無月。施設の壁に背を預け、静かに目を瞑り微笑む。
　心に秘めたある想い――少なくとも今回は、その誓いに背く事にはならなかった様だ。
　こうして僅かな休憩を挟み、傭兵達は帰還するのであった。
　胸の内に残ったままの、幾つかの疑問と共に‥‥。