●リプレイ本文
●灰色の森
敵地故、そこには長年人が寄り付かなかった。
灰色の世界‥‥崩れた建造物と木々は人の侵入を拒むかのように退廃的な空気に沈んでいる。
「‥‥キメラが居ますね。どうやらここで間違いないようです」
物陰に隠れながら呟くカシェル。廃墟群の所々には黒い人形のキメラの姿があり、ここに敵が居る事を示している。
「大丈夫なのか、メル‥‥。もう随分エミタのメンテを受けてない筈だ」
不安げに拳を握り締め、崔 南斗(
ga4407)が呟く。メリーベルがLHに戻らなくなってから既に時間は経過し過ぎている。能力者という存在の不安定さを考えれば、それは十分に危険な状況であると言えた。
「‥‥デューイもだな。益々搦め手で来るかもしれん」
「前回はしてやられたって感じだからね。悔しかったけど、今回は対策もバッチリだ。印度の山奥で修行をしてきたあたしは一味違う!」
愛らしい瞳に闘志を燃やす月読井草(
gc4439)。印度のくだりはちょっと良くわからないが、ある意味いつもの調子である。
「お風呂上りにはやっぱりフルーツ牛乳だよね。カシェル君も飲む?」
と、何故かここでフルーツ牛乳を差し出す雨宮 ひまり(
gc5274)。ほんわかした笑顔に冷や汗が止まらないカシェルを見てひまりは更に続ける。
「え‥‥あっ! もしかしてコーヒー牛乳派だった? ちゃんと用意してきたから大丈夫だよ、はいっ!」
「‥‥ありがとう。ひまりちゃん、お風呂入って来たの‥‥?」
前髪を気にしているひまりを横目にカシェルはコーヒー牛乳を一気に呷る。井草も含めいつも通り過ぎる光景だが、お陰で少しカシェルの表情から固さが取れた。
「さて‥‥まずは探索と敵戦力の割り出しだな」
「少なくともどこに居るのかの目処は立つわね」
須佐 武流(
ga1461)の言葉に双眼鏡を覗き込んでいた愛梨(
gb5765)が答える。
全てが見えているわけではないが、廃墟群の向こうにはビッグフィッシュの姿が確認出来る。キメラの布陣から見ても、人形師はその近くにいるに違いない。
「ずっと隠れていても仕方ない‥‥そろそろ行くぞ」
調子を確かめるかのように何度か手を握り締め、カシェルを見やる武流。
「無理すんなよ」
ぶっきらぼうな男の声に少年は笑顔で頷き返す。
「分ってますよ。生きて帰って来る事こそが勝利――ですよね?」
男は背を向け小さく鼻を鳴らした。こうして傭兵達は敵の目を避け、廃墟群の中へと進軍を開始した。
●再会
「コンサートホール‥‥?」
必要最低限の敵だけを暗殺し、傭兵達が辿り着いたのは半壊したコンサートホールであった。
BFにも近く巨大なその施設からは何故か今もくぐもった音で音楽が聞こえてくる。警備の人形はまるで音楽に合わせて歌うかのように口を開け閉めしていた。
「‥‥悪趣味ですわ」
口元に手をやり思わず眉を潜めるロジー・ビィ(
ga1031)。この廃墟も、敵も、このシチュエーションにも全て嫌悪感を覚える。
「――これはこれは。我が主の趣向はお気に召さなかったようだね、お嬢さん」
背後からの声に振り返るとそこには白い人形の姿があった。横倒しになったビルの残骸の上に立ち、帽子を胸に当て深々と頭を下げてみせる。
「ようこそ、我らが仮の舞台へ‥‥。歓迎しよう。美味しいお茶とお菓子は如何かね?」
「敵には見つかってない筈だが‥‥」
「流石に全ての警備は掻い潜れまい。それに私は連中を統括していてね。一体でも反応が消えれば直ぐに分る」
舌打ちしつつ構える武流にジョン・ドゥは肩を竦めて答える。次々にキメラが集まり傭兵達を取り囲む中六堂源治(
ga8154)は太刀を鞘から抜く。
「何、見つからずに済むなんて甘くは考えちゃいねえッスよ」
刃を振るい、光を弾くそれを両手で構え直す。敵の数は多いが、源治はジョン・ドゥを真っ直ぐに見据える。
これまでの戦いが因縁ならばこの対峙もまた一つの因縁。彼にとって最も倒さねばならぬ相手との遭遇は望む所である。
「人形師がホールにいるなら、ここで足止めを食らっている場合じゃ‥‥!」
歯がゆそうに武器を構えるカシェル。そこにすっと腕を翳し、武流は顔だけで振り返る。
「ここは引き受ける。お前達はコンサートホールに行け」
「行かせると思うかね?」
ジョンが指を弾くと黒い人形のキメラが一斉に動き出した。しかし同時に立ち塞がるように前後に飛び出した源治と武流が睨みを利かせる。
次々と近寄るキメラに対し刃を繰り出す源治。背後から迫る固体を振り返りつつ蹴り飛ばし、吹き飛んだ人形に斬撃を飛ばす。
同時に武流もキメラの攻撃を交わし、連続で蹴りを放った後、拳を繰り出す。人形の胴体に命中した拳は超機械を起動、スパークと共に敵を弾き飛ばした。
「やらせると思うッスか?」
「行け! 誰が相手でも相手のペースに乗るなよ!」
「‥‥はいっ!」
武流の声に返事を一つ、カシェルは走り出した。続け傭兵達がコンサートホールへ向かうと、残った二人は背中合わせに構えを取る。
「そういえば前にもこんな事があったッスね」
「‥‥ふん」
ビルの上から飛び降り、空中で回転し着地するジョン。異形は肩を竦める。
「やれやれ‥‥。本当にたった二人で私をどうにか出来るとでも?」
ダメージを負った人形も立ち上がり、フラフラとまた近寄ってくる。このキメラは謂わば量産型のジョン・ドゥ‥‥頑丈さはこれまでの敵の比ではない。
「思い上がりを正してあげよう。断っておくが、私は男性には手加減しない」
「悪いがこっちも手加減するつもりはねえ」
「来い‥‥お前の相手は、この俺だッ!」
人形に囲まれた二人が戦いを開始するのを背景に残りの傭兵達はコンサートホールへと走る。
「人形遣い‥‥ね。名前通り録でもない奴みたいだけど、顔くらい見とくかな」
立ち塞がるキメラを擦れ違い様に斬り払いながら赤崎羽矢子(
gb2140)が呟く。走りながら周囲を確認し、退路の事まで考えつつ進軍を続ける。
「ねえ、あれメリーベルじゃない?」
走りながら愛梨が指差す先、コンサートホールの階段を上った先の入り口手前に確かに武装した彼女の姿を確認出来る。
「崔さん!」
追撃してくる敵へ銃を放ちながら走る南斗にカシェルは叫ぶ。
「彼女をお願いします! きっと僕より‥‥貴方の言葉の方が届くと思うから‥‥!」
「カシェル‥‥」
頷くカシェルの横顔に誓うように頷く南斗。そしてメリーベルへ目を向け、答えた。
「最初からそのつもりだ。お前も気をつけろよ」
メリーベルは階段を駆け下り、跳躍して正面から槍を繰り出してくる。それをかわし、カシェルは更にホールの中へと走っていく。
「カシェルのサポートはあたしに任せて! そっち宜しくー!」
「はう‥‥お、お気をつけて」
手を振りウインクする井草とぺこりと頭を下げるひまり。続け、ロジーも目配せしてコンサートホールへ。
立ち止まったのは南斗、羽矢子、愛梨の三名だ。メリーベルはアスファルトに刺さった槍を抜き両手でくるりと回し、構え直す。
「南斗‥‥どうして!」
「放って置ける訳ないだろう! 理由位聞かせろ、この鉄砲玉娘!」
歯軋りし、メリーベルは南斗へと襲い掛かる。間に割り込んだ愛梨は薙刀でその一撃を受け、二人は同時に得物を回すようにして数度ぶつけ合う。
衝撃と火花の最中、愛梨は南斗とは別の思惑に心を委ねていた。
メリーベルとは親しいわけではない。南斗のメリーベルを『救出』したいという言葉に『違和感』を覚えるのは、それが理由なのだろうか? 否、それだけではない。
再びの衝撃――瞬きにも似た光。その攻防の合間には確かにメリーベルの意志を感じる。彼女は嫌々戦っているのではないのだ。
距離を取り、対峙する二人。愛梨が複雑な表情を浮かべている理由、それは‥‥。
「やめろメル! 今なら間に合う! 帰って来い!」
「‥‥乗れない相談よ。私はそんな事望んじゃいない」
「‥‥師匠の人形を作って貰いたいのか? それとも、あの時斃れた天枢は‥‥」
南斗は以前彼女と対峙した森での出来事を思い返す。
彼女は自分の命まで奪おうとはしていなかった。『人形師は自分がどうにかする』と、そう言い残して姿を消した。
この状況に意味があるのなら。彼女に人形師をどうにかしなければならない理由があるのなら。それこそがきっと、彼女を縛る正体だろう。
「何するつもりか知らないけど、一人でうまくいくと思ってる訳?」
刃を下ろし、諭すように穏やかな口調で語りかける羽矢子。
「思い詰めたのが一人で背負い込んで何かしても、大抵は失敗するもんだよ。これだけ心配してる人が居るんだから、周りを頼ればいいじゃない」
「‥‥そうね。きっと貴女の言う通りよ」
メリーベルは小さく呟き、自嘲気味に笑ってみせる。槍先を下ろし、空を見上げて目を閉じた。
「でもね‥‥駄目なんだ。何かを信じるのも、誰かと一緒にいるのも‥‥もう疲れちゃった」
目を開いた時、彼女の表情からは敵意しか感じられなくなっていた。少女は黒衣を揺らし、槍を手に語る。
「私は独りで生まれ、独りで消えるのがお似合い‥‥。私は、私だけを信じ続ける」
「馬鹿野郎!」
「‥‥知ってるわ」
寂しげに笑い、再び動き出すメリーベル。仕方なく応戦の為、南斗も銃を向けるのであった。
コンサートホールの中に足を踏み入れると、遠く聞こえていた音楽が近づいてくるのが分る。
「‥‥全く、本当に悪趣味ですわ」
足元に散らばっているコンサートのチラシを踏みつけロジーは正面を見据える。ホールへと続く通路には複数の人型キメラ、そしてデューイが待ち構えていた。
「ようデューイ、また会ったなー」
「よう、お嬢ちゃん。元気そうで何よりだ。カシェルとひまりちゃんもな」
「‥‥デューイ先輩」
男は片手を翳し笑顔で挨拶してくるが、カシェルの表情は硬い。
「ジョンもメリーベルも使えないアルな。それとも守る気がないのか」
今度は背後から声が聞こえ、出入り口の扉が閉ざされる。扉を背に立ったレイ・トゥーは両手を丸ごと包み込む大きなナックルを握り、拳を突き出す。
「悪いアルね、今日は本気でやらせてもらう。一人も生かして帰さねぇ」
前後から傭兵達を挟み込み、ゆっくりと歩み寄るレイとデューイ。ひまりはカシェルの隣に立ち、背伸びして耳打ちした。
「‥‥カシェル君、ここはお願い出来る?」
驚いた様子で目を向けるカシェル。二の句を許さずひまりは続ける。
「廃墟を探しても手掛かりは得られないと思うの。だから直接会わないと情報は得られないと思う‥‥」
人形師はこれまでその姿をずっと隠し続けてきた。戦いは配下に任せ、自分は常に目の届かぬ所にいたのだ。
「手をこまねいていたら何も前に進まないよ。だから‥‥行きたいの。あの扉の向こうへ」
デューイとキメラが塞ぐ道の向こう、ホールへ続く扉を見据えひまりは頷く。まだ迷っているカシェルの肩を叩き、レイから視線を外さずにロジーは微笑んだ。
「あたしはレイ・トゥーのお相手を仕ります。カシェルはデューイに用があるのでしょう?」
複雑な表情でひまりを見つめるカシェル。少年は少女の肩を叩き、決心したように頷いた。
「‥‥分った。危険だと判断したら直ぐに引き返すんだ。デューイ先輩は僕と月読さんで何とかする」
「何ごちゃごちゃ言ってるアルか!」
背後から駆け寄りレイが叫ぶ。跳躍から繰り出された拳は文字通り床を砕き、それに急かされるように傭兵達は前へ。
「さて‥‥貴女のお相手はあたしですわ」
二刀の小太刀を手に砕けた床から立ち上る土煙を潜り、レイへと攻撃を放つロジー。レイはそれを寸前でかわし、カウンターで拳を繰り出す。
二人の女はどちらも一見すると華奢に見える。しかし打ち合わせた得物が震える所へ込められた力は尋常ではない。
「‥‥ったく、顔に似合わず力自慢アルか?」
「あら、ありがとう。でもそれは貴女も同じね」
拮抗から互いの攻撃は反れ、それぞれ壁と床を凪ぐ。暴力に粉砕された地形を横目に服に着いた埃を叩くロジー。
「焦らないで。ダンスは始まったばかりなのだから」
不敵な笑みを浮かべるロジーと不機嫌を隠そうともしないレイ。二人の攻防を背景にカシェル、井草、ひまりの三人は通路を直進する。
立ち塞がるオラトリオと呼ばれるキメラへ、ひまりは同時に矢を放つ。光の軌跡は三体のキメラを同時に貫き、それを蹴散らしながら井草はデューイへ。
「今日はこの間みたいにはいかないぞ!」
拳を繰り出すと同時に超機械を起動する井草。デューイが怯んだ隙にカシェルは振り返り、腰を落として盾を構える。
ひまりが盾の上に飛び乗ると、二人は同時に息を合わせ動く。勢いをつけデューイの頭上を飛び越えたひまりは転びそうになりつつも扉へと到達する。
「お? 考えたなカシェル」
「デューイ先輩――ッ!」
そのまま井草と入れ替わりに踏み込み剣を繰り出すカシェル。デューイはナイフでその一撃を受け、余裕の笑みを浮かべた。
●因縁
刃が鋼を打つかのような甲高い音は時の経過と共に激しさを増していく――。
ジョン・ドゥと対峙する源治と武流。時折周囲から襲ってくるキメラに対処しつつ、ジョンの苛烈な攻撃に食らいついていた。
繰り出される異形の腕は鋼を貫く威力を持つ。全身が鈍器とも言えるジョンだが、その動きは軽快でつかみどころが無い。
連続で繰り出される突きを刀で捌き、反撃の糸口を探す源治。ジョンは速い‥‥それは分っている事だ。故に攻撃の成否を決めるのは一瞬。
「良くこれだけの攻撃に耐える物だ。勝算に値するが、それだけでは勝てんよ」
空を穿つ掌が源治の髪先を削ぐ。同時に刃を返し、彼は反撃に打って出た。
繰り出された刃を当然の如く身を引いて交わすジョン。しかし切っ先からは続けて衝撃波が放たれ、ジョンの身体を打ち付ける。
「まだまだぁああ!」
ジョンの身体を衝撃が突きぬけ動きが固まった刹那、連続で蹴りを放つ源治。最後の一撃をジョンが受け止めると、背後に回りこんだ武流が拳を繰り出す。
振り返るジョンの顔を掴み、電磁波を炸裂させる武流。続け源治に向けて蹴り飛ばすと、刃を上段に構えた源治が全力の一撃を繰り出した。
一閃――。刃の煌きと同時に重い衝撃が迸る。地をも裂く一撃はジョンに袈裟に命中。肩から胴までの装甲を引き裂く事に成功した。
「‥‥成程。伊達や酔狂で私に向かって来るわけではないという事か」
「チッ、今ので倒れないのか‥‥」
背後から近づく人形に裏拳をかましつつ舌打ちする武流。攻撃は効いている。ジョンの体には遂に傷がつき、血も流れている。
しかし敵は臆するどころか楽しげに、勢いを増して迫る。駆け寄りながら同時に放たれた左右の腕で捕まれた二人へ吸い寄せられるようにジョンは強襲。
「不思議だな、私は今充実している!」
二人に同時に左右の足で蹴り飛ばし、着地すると同時に体ごと回転。ワイヤーで繋がれた腕で掴んだ二人を投げ飛ばし、廃墟へと叩き付ける。
「痛みを感じぬこの身に初めて高揚を覚える‥‥! これが生きるという事か!」
「‥‥何言い出してんだあの野郎は」
瓦礫から復帰し、毒吐く武流。同じく復帰した源治は目を瞑り、小さく息を吐いた。
「‥‥そうだ、生きてたんスよ。お前はその戦いさえ奪ったんだ」
一人の少年の事を思い出す。あるはずだった決闘を。嘆きの涙の中、息絶えた命を。
「――許すわけには行かねえ。『筋』だけは、通させてもらう‥‥!」
「是非も無いッ!」
猛然と駆け寄るジョン。その動きは以前とは見違える程素早く、力強い。
「我が胸の空虚を埋め給え! 君達はその為の生贄となるのだ!」
「どいつもこいつもテメェの勝手な理屈ばかり‥‥! ふざけやがって!」
笑いながら繰り出された怪物の拳に自らの拳を合わせる武流。紫電と共に衝撃が走り、二人は高速で拳をぶつけ合う‥‥。
一方ホール前ではメリーベルと戦う傭兵達の姿があった。槍を手に駆け寄るメリーベルへ南斗は二丁拳銃を連射する。
「っつ!? これは‥‥」
槍を回して銃弾を弾くメリーベルだが、弾は裂けて塗料が撒き散らされる。
「ペイント弾‥‥!?」
怯んだところへ駆け寄り、武器を手放し体当たり気味にメリーベルに飛びつく南斗。倒れこむようにして南斗はメリーベルを組み伏せる事に成功する。
「は、放して!」
「渡して堪るか‥‥もう放さん」
腕力的にも体格的にもメリーベルが南斗を退けるのは難しい。縄で縛り付ける南斗の傍に立ち、愛梨はメリーベルを見下す。
「何が正しいのか、それは自分が決める事‥‥。あんたの正義をあたしは否定しない。互いの信じる物の為、守りたい物の為に戦うだけよ。それはあんたもあたしも、、みんなも同じ事」
南斗へ目を向け、愛梨は小さく息を吐く。
「人類を裏切ってまで成し遂げたかった事と、今のあんた‥‥よく天秤にかけて、自分で決めなさい」
そうしてコンサートホールへと走る愛梨。続け、羽矢子も別のルートから敵を避けるように進入する。
「‥‥メル、話してくれ。何がお前をそうさせるんだ」
二人きりになった階段で縛られた少女は俯く。そうして迷ったまま、搾り出すように答えた。
「‥‥人形師は、私が倒さなきゃならない。そして人形師は、今はまだ倒されちゃ困るのよ」
「どういう意味だ?」
「南斗は見たでしょ、人型キメラの村を。まだそれがいくつもあって‥‥人形師が居なくなったら、それが全て崩壊するとしたら」
南斗は思い出す。人形師に関する戦いの始まりであった、ドールズのシスターが作ったキメラの世界を。
「私には出来ない。人類を裏切ってまで大切な人を取り戻した人達からまたそれを奪うなんて‥‥」
目を瞑り、悔しげに歯を食いしばるメリーベル。
「でもあれは生きていれば沢山の人を不幸にする。そしてそれを育ててしまったのは‥‥デューイと、天枢だから‥‥!」
人型のキメラが繰り出す十字架が井草を狙い、それを割り込んだカシェルが全て盾で受け止める。井草は連続して電磁波を放ち、キメラの一体を撃破した。
「おいデューイ、あんたがやりたかった事って何だ? ほら、カシェルも何か言ってやれって」
「え、うん。デューイ先輩、貴方の行動は人形師の味方と言うだけでは辻褄が合わない事が多すぎる。何か理由が‥‥」
「お前らバカか?」
言葉を遮りデューイは呆れ顔で息を吐く。
「逆に聞くけどよ、理由があれば許せんのか? 俺の理由を聞いて、それを背負えんのか? 違うだろ」
二丁拳銃を構え、二人目掛けて連射するデューイ。カシェルは盾を構え、井草を守る。
「理由に価値なんぞねえんだよ。想いに意味なんかねえ。戦場に立てば全て等しくクソ以下に成り下がる」
「まだ人生悟るような歳でもないだろ! 伝えたい事があるんじゃないの!?」
「無いね。俺の理由も想いも、俺だけの物だ!」
「あんたはそんなだから!」
近寄るキメラを押しのけデューイへと迫る二人。そこへ入り口の扉を突き破り愛梨が駆けつける。
「こいつがもう一人の裏切り者ね」
近寄るキメラを薙刀で打ち付け、カシェルと井草の元へと愛梨は向かう。
「人形師はこの先?」
「倒さないと通れません!」
「じゃ、退いてもらうしかないわね」
続け、接近する残りのキメラをカシェルと共に引き裂く。三人は改めてデューイと対峙する構えとなった。
その頃コンサートホールの壁を破り、外に飛び出す二つの陰があった。レイと戦うロジーである。
レイの高速移動を防ぐ為壁を背に戦っていたのだが、避けたレイの拳が壁を粉砕し、二人とも外へと雪崩れ込んでいく事に。
お互い得物は左右の手に。繰り出される攻撃とカウンターの応酬はどちらも決定打に至らず、踊るように縺れながら二人は攻防を続ける。
「随分頑張ったアルが、もう見切ったアルよ」
そんな呟きの後、レイの左右の腕が異常な速度で連射される。余りにも速すぎる打撃は見切る事が出来ず、連続でロジーの身体を打ち付ける。
回転蹴りが側頭部を打ち、吹っ飛ぶロジー。レイは小さな声で謝り、眉を潜める。
「もしかして顔はNGだったアルか?」
口の端から流れる血を拭いつつ、立ち上がるロジー。ゆっくりと近づくレイを横目にコンサートホールを見やる。
レイは強い。そのレイが今引き返せば仲間達は劣勢に追いやられるだろう。今彼女を止められるのはロジーだけなのだ。
「安心するアル。ボスはレイよりずっと強い。辿り着いたところで、何も出来やしねえアル」
だから、と。チャイナ服の女は続ける。
「一人でレイと当たった事を恨みながら、死ね」
エネルギーガンに持ち替え遠距離から攻撃を試みるロジー。視界を奪うつもりで放った閃光は空しく目標を素通りし、レイは気付けば後ろに立って居る。
振り返りつつ刃を振るうロジー。続けもう片方の刃で衝撃波を放つが、それを貫いてレイの拳がロジーの胸を打つのであった。
●ミストレス
いくつかの扉を開け放ちひまりが辿り着いたホールには大音量の音楽が響き渡っていた。
舞台上では無数の人形が淡々と楽器を演奏している。その中心、指揮棒を手にしたドレス姿の背中が一つ。
やがて演奏が終了すると、人形達は停止する。指揮者は赤いマントを翻し、観客が一人しかいない観客席へと振り返った。
「――ようこそ、我が舞台へ。人間のお嬢さん」
「あなたが‥‥人形師?」
「その呼び名は正確じゃないね。親しい者は俺をウルカと呼ぶ。人形師ウルカヌス、とね」
澄んだ声は女性の物だ。黒いドレスも、しなやかな躯体も、全てがそれを女性だと物語っている。深紅の髪の合間、優しい目で人形師は問う。
「君の名前は?」
「あ、雨宮 ひまりです‥‥」
「良い名前だね」
今度は少年の様に無邪気に笑う。柔らかな雰囲気に戸惑うひまり、それとは別にこの舞台を見つめる者の姿があった。
敵を避け、舞台裏からこの場所へ回り込んだ羽矢子だ。ひまりにやや遅れ到着、人形師の素顔を撮影する事に成功する。
人形師は舞台から降りるとゆっくりとひまりに歩み寄る。ある程度近づくと笑みを浮かべ、呟いた。
「可愛いね、君」
「へ?」
瞬きする間に人形師は急接近し、何かを放った。ひまりの身体を締め付けたそれは刃を繋げた鞭の様な武器。肉に食い込み、骨を砕く。
身動きの取れないひまりに歩み寄り、笑う人形師。身体を引き裂かれるような痛みに声も上げられないひまりへ腕が伸びようとした、その時――。
人形師の隣に高速移動して来た羽矢子が刃を振るう。目にも留まらぬ速さの一撃をかわし、人形師はひまりを開放。しなる刃を振るう。
風を斬る音の直後、観客席の一部が吹き飛んだ。連続して繰り出される驚異的な攻撃を、羽矢子は同じく驚異的な動きで回避する。
「良いね。良い動きだ」
状況についていけないひまりの頭を抑え、低く屈ませる羽矢子。二人の頭上を刃の波が打ち、無残に吹き飛ばしていく。
己の周囲を取り巻く様に刃を振るう人形師。次に繰り出されたのは突き、離れた距離から一瞬で連なる刃が羽矢子を襲う。
紙一重でそれをかわし、エナジーガンを連射する。が、人形師は片手でそれを弾き、笑顔のまま近づいてくる。
「‥‥この状況じゃ手に負えないわね」
呆然としたひまりを引き寄せ、抱える羽矢子。それが二人とも生き残れる最も高い可能性だった。
背を向けず、人形師の動きから目を離さないで後方へ跳ぶ羽矢子。意志を持つかのようにうねる刃の蛇がそれを追撃する。
「うお、何だ!?」
扉を突き破り、傷だらけの羽矢子がひまりを抱えたまま吹っ飛んでくると、戦闘中のデューイが驚いたように道を開ける。
「赤崎さんにひまりちゃん‥‥!?」
「何で吹っ飛んできたんだ?」
きょとんとするカシェルと井草。と、次の瞬間通路の奥から刃が飛来し井草を庇ったカシェルの身体を貫いた。大量の血が零れ、カシェルは膝を着く。
「撤収急いで! 殿はあたしがやる!」
愛梨に傷ついたひまりを任せ、二撃目をハミングバードで逸らす羽矢子。深手を負ったカシェルに手を貸し、井草も混乱したまま撤退を開始する。
「おいカシェル、しっかりしろ! こいつはヤクい‥‥!」
「バッカ、ウルカてめー俺まで殺す気か!」
傭兵達に続きデューイまで逃げ出していく。通路を猛然と直進してくる人形師はキメラを、建造物を引き裂きながら羽矢子に迫る。
剣の乱舞――それを羽矢子は単身掻い潜り、エナジーガンを連射する。これでは決定打にならないと分っているのだが、迂闊に近づく事も難しい。
「すごいね。君が居なかったら皆死んでたかもしれない。君は偉いよ」
笑う怪物に羽矢子は滅多に見せない嫌悪感を露にしていた。
こいつは遊んでいるのだ。命を、この状況を、全てを弄んでいる。こんなに無邪気な、あどけない笑顔で――。
「全員生きて帰れるだけ時間を稼げたら君の勝ち。出来なかったら――死んでしまうね、君」
次々と降り注ぐ致死の刃を羽矢子が掻い潜る頃、ホールを脱出した傭兵達は南斗と合流する。
「カシェル! 何があった!?」
「良く分んないけど、多分人形師にやられた‥‥! カシェルの血が止まらないんだよ!」
カシェルに肩を貸し、血塗れになりながら治療を施す井草。しかし傷が良くなる気配すらない。
「立ち話してる場合じゃないわ! ひまりも気絶してるし、早くしないと追ってくる! 羽矢子が一人で食い止めてるんだから!」
と、話している間にも戦闘の音が響いてくる。南斗が頷き、メリーベルを連れて行こうと振り返った時だ。
「タイムアップ。つれてくならこっちにするアル」
いつの間にか近づいていたレイが気を失っているロジーを南斗へと放り投げる。慌てて抱き留める南斗の目の前でレイがメリーベルを開放してしまった。
「メリーベル!」
「‥‥ありがとう、南斗。でも‥‥ごめん」
コンサートホールが内側から破壊され、羽矢子が人形師に追われ飛び出してくる。南斗は最後まで声を上げたが、それが届く事は無かった。
「‥‥何だ?」
コンサートホールから引き返してくる仲間達を捉え、武流が首を擡げる。傷つき動けぬ仲間が居る事を確認すると、潮時なのだと嫌でも分ってしまう。
「くそ‥‥あと少しだって言うのによ‥‥!」
「‥‥主自ら出張ってくるとはな。あんなに楽しそうな姿を見るのは久しぶりだ」
後一歩の所まで追い詰めたジョン・ドゥは傷だらけの身体を引き摺り、源治を見つめる。
「行きたまえ。傷ついたその身では、主に蹂躙されてしまう。行き、生きて、また会おう‥‥」
「――くそっ!」
悔しさを噛み締め後退する源治と武流。そこに羽矢子が合流し、三人を最後尾に傭兵達は撤退を開始する。人形師はその様子をホールの前に腰掛け、姿が見えなくなるまで見送っていた。
「‥‥ボス、追わなくていいアルか?」
「ああ、彼らは良くやったよ。賞賛に値する。殺してしまうには勿体無いと感じる程にね」
マントを翻し人形師はレイの傍らを通り抜け、ビッグフィッシュへと向かう。それに続きジョン、レイ、デューイ、そしてメリーベルも引き上げていく。
「良かったのか?」
歩きながらメリーベルに問いかけるデューイ。少女は男を睨み、諦めたように呟いた。
「‥‥良かったのよ、これで」
こうして双方が引き上げるという形で依頼は終了する事となった。
傭兵達が傷と引き換えに得た情報。人形師の素顔、そしてその力‥‥それは人形師を追い詰める重要な手掛かりとなるであろう。
「‥‥楽しみだね、本当に」
最後に廃墟を振り返り人形師は笑う。その瞳には穏やかに、遠ざかった愛しい敵の姿が映りこんでいた――。