●リプレイ本文
●裏切り
「――知らない仲でも無いだろ? 『どこの傭兵』って、その言葉は酷ぇな」
雨雲は雫と共に世界に影を落とす。闇と闇の狭間、六堂源治(
ga8154)は刀を鞘から解き放ち、デューイの前に立ち塞がる。
「君か、『人形狩り』。最も多くのドールズを斬った剣士‥‥出来れば会いたくなかったよ」
余裕の笑みを崩さぬデューイの前、隠れていた傭兵達が次々に姿を現す。睨み合いにより緊張感が高まる最中、唐突にカシェルの傍にあった木箱が動いた。
「話は全て聞かせてもらった!」
蓋を手に声を上げる月読井草(
gc4439)。が、箱の中に居て何とも締まらない。
「ちょっと待ってね今出るから」
うんしょうんしょと箱から出ようとする井草。そこへデューイは徐に銃を向け連続で発砲した。
「ヤクイ!? こら、待てって言ったろ!」
「いや普通待たないだろ‥‥」
呆れ顔のデューイの前、慌てて傭兵達の方に移動する井草。こうして再び場はシリアスな雰囲気に。
「甘ったれるな。絶望している暇なんぞない、その暇に食われるぞ」
膝を着いたカシェルを庇うように傍らに立つ月城 紗夜(
gb6417)。続けて沖田 護(
gc0208)がカシェルに手を伸ばす。
「久しぶり、と言いたいけど‥‥まずは目の前の事を片付けよう」
「月城さん‥‥沖田さん」
その手を取り立ち上がるカシェル。哀しい眼差しの先、裏切り者は片手をポケットに入れたままゆっくりと歩いてくる。
「カシェル‥‥良く声を掛けてくれた。お前は一人じゃない、決してな」
背後の少年に語りかけ、そしてデューイへ向き合う崔 南斗(
ga4407)。その手には銃が握られている。
「元気そうだなデューイ。その様子なら俺が何発撃ち込もうと平気だな?」
「落ち着けよ。何怒ってんだ、お前らは? 話があるのはカシェルでな、お前らはお呼びじゃないんだよ」
肩を竦めるデューイ。しかし傭兵達は彼の話に耳を傾けず、カシェルを守るように武器を構えた。
「メリーベルの居場所、人形師の事、知ってる事は全部話して貰うッスよ」
「嫌だと言ったら?」
「話して貰う。力ずくでもなッ!」
強く踏み込むと同時に刃を繰り出す源治。後退するデューイを切っ先から放たれた衝撃波が襲うが彼は身を引いて攻撃を回避にかかる。
そうしてデューイが回避行動を取った先、既に回りこんだ須佐 武流(
ga1461)の姿があった。武流の蹴りと源治の二発目の衝撃波に挟撃され、デューイの身体は無様に地を跳ねた。
「お前、さっき生きる意味を与えたとか言ったな?」
雨に打たれながら立ち上がるデューイを見下ろし、武流は怒りを湛えた鋭い眼差しで告げる。
「だったらお前には俺から死ぬ理由を与えてやる。簡単だ。お前は、俺を怒らせた‥‥それだけだ!」
「短絡的、だな‥‥」
口元の血を拭い、自らの傷を癒すデューイ。南斗は銃を向けたまま声を投げかける。
「いつからだ。天枢も貴様が売ったのか? 洋館を特定した通報、あれはお前か?」
「ああ、そうだ。両方俺だよ」
「‥‥メリーベルはどうしてる」
「さあな。運が良けりゃ、まだ『人間』かもな」
男が笑ったその時である。
闇を切り裂き、彼に迫る一つの影があった。息を潜め、敵の注意が逸れた瞬間を見計らいラナ・ヴェクサー(
gc1748)はデューイの背中に刃を繰り出した。
確かな手応えがあった。完全な背後からの奇襲である。いくらデューイが優れた警戒能力を持っていたとしても容易に見抜ける物ではない。そんな一撃は――。
「――何‥‥!?」
爪は確かに貫いた。一つおかしな事があるとすれば、貫いたそれは――デューイ・グラジオラスではなかった、という事。
刃を引き抜き飛び退くラナ。闇の中、デューイは瞳を紅く光らせながら振り返る。
「流石にこの人数差は卑怯だろ? なら、俺が道具を用意してるのは当然」
男を囲う様に降り立ち、布陣する三つの影。カソックに身を包み、顔を仮面で覆った子供達。
「『オラトリオ』と言ってな。人形師が作った、賢いキメラだよ」
ポケットの中から鎖で繋がれた宝石を取り出すデューイ。傷を負った顔のない少女はラナを前に十字架を構えた。
感情的になってはいけない‥‥それは分っている。迷ってはいけないと、強く心に言い聞かせている。
それでもラナの瞳に映るその敵は、彼女を庇って笑った少女に、余りにも良く似ていたのだ。
●傭兵
異様な増援の出現に反応したのは護であった。敵が動き出すより早く、その出鼻を挫く為に閃光手榴弾を投げつける。
眩い閃光が一度、薄暗い埠頭を照らし出した。続け――『二度目』の閃光。二度目の意味に理解が追いつかぬ所へキメラの放つ電撃が降り注いだ。
「何が‥‥っ!?」
かすむ目でヘスペリデスを構える護。その正面に素早く近づき、キメラが武器を振り上げたその時――。
後方から飛来した矢がキメラを貫き、その身体を吹き飛ばした。矢を放った雨宮 ひまり(
gc5274)は戦域の後方、コンテナの上で弓を構え直している。
彼女は見ていた。護が閃光手榴弾を使用した時、デューイもタイミングをずらし閃光手榴弾を放っていたのだ。
護は使用前に合図をした。それを聞いて仲間は全員対策を取った。だがその合図と光の後、見計らったようにデューイの手榴弾が効果を発揮したのだ。
「俺も傭兵だからな。当然そういうのは警戒してるさ」
続け、デューイは近くにいた源治と武流へ襲い掛かる。不意打ちで攻撃を受ける二人だが、対処が間に合い大した傷は受けない。
「確かに不意は突かれたが‥‥かすり傷程度か」
軽く腕を振り、鼻で笑う武流。構え直した二人の前、デューイは奇妙な形状のナイフを手に微笑んだ。
閃光手榴弾に続け行動しようとしていた南斗は想定外の事態に一瞬動作が遅れる。が、構えた銃からデューイ目掛けて弾丸を放った。
デューイはそれをナイフで弾いて後退。代わりに素早くキメラが南斗へと接近してくる。
「早い‥‥!」
十字架を振り上げるキメラ。防御しようと構える南斗だが、側面から突っ込んできた井草が体当たりでキメラを吹っ飛ばした。
「こいつぁヤクイぜ‥‥。何だよ、このキャロルもどきは‥‥!」
井草が超機械で、南斗が銃でそれぞれキメラを攻撃。キメラは十字架でそれを受けつつ跳躍し、コンテナの上へ飛び乗った。
コンテナの上を素早く移動するキメラ、その足元をひまりの矢が吹き飛ばした。ひまりはコンテナから飛び降りつつ、転びそうになりながら続けて矢を放つ。
「はう‥‥。早くて、固い‥‥っ」
雫を弾き、ラナは何度も刃を交える。彼女の前にもまたデューイの背中を守る様にキメラが立ち塞がっていた。
爪に続け、連続で蹴りを放つラナ。十字架が火花を散らし、放たれる電撃が雨粒を焦がすのを彼女は目と鼻の先で見送る。
「この動き‥‥まさか」
大振りに繰り出される十字架をかわし、蹴りを放つラナ。先程から攻撃を加えているが、キメラは倒れる気配がない。
ダメージがないわけではないのだ。だが、倒れない――血に塗れ、異形は笑みを浮かべる。
三体目のオラトリオはカシェルへと向かっていた。雷撃を放ちながら駆け寄るキメラを紗夜は盾で受け止める。
「月城さん!」
「動くな。盾を構えてじっとしていろ。敵の狙いは‥‥貴公だ!」
刃を振るい、キメラを押し返す紗夜。敵は獣染みた動きで構えを取り、威嚇する様に叫び声を上げている。
醜い敵だ。先の話を聞けば、それが『何だった』のかは推測がつく。
個人的な嫌悪感等無かった。どれもこれも、この時代に有り触れた悲劇の一つに過ぎない。だが――。
「‥‥戴けんな」
超機械に持ち替え、離れた敵を攻撃する紗夜。ふと、気付けばカシェルも銃に持ち替えそんな紗夜の攻撃を援護している。
「無理はしません、足も引っ張りません。僕にも戦わせて下さい」
苦悩に苛まれながらも少年は力強く願い出る。続け、その隣に護が並び、杖を振るいながら頷いた。
「‥‥任務を失敗する訳には行かんのでな。無理だけはしてくれるな」
呟き構え直す紗夜。そうしてキメラを追い払った彼女が見たのは――何故かデューイの前に膝を着いている源治と武流の姿であった。
「ど、どうしてあの二人が‥‥」
戸惑いを隠せないカシェル。当然の事だ。実力的に見ればデューイはあの二人に劣っているはず。
「腕が思うように上がらねぇ‥‥。麻痺毒、か‥‥!」
刃を支えに立ち上がる源治が睨んでいるのはデューイの持つ奇妙なナイフ。思い当たる原因はそれしかない。
「いいだろ? ツギハギの護身用装備だ。俺もあいつと同じでよわっちいからな。卑怯なのは許せよ」
笑いながら襲い掛かるデューイ。それを刃を握った片手で受け、源治は後退する。
「君ら回復するの早すぎだよ。ほんと頑丈だな」
刃を数回交え、源治は状況の回復に努める為防御に専念。武流も蹴りを放つが、うっかりまた毒を貰う訳にも行かず、攻めはやや消極的になる。
デューイはそうして隙を見て自身を回復――。陰りの中、男は銃を構える。
「二人共、一度下がれ! 月読さん、二人の治療を!」
「合点承知ー!」
制圧射撃でデューイを牽制し、南斗が叫ぶ。井草は逃げるデューイに攻撃しつつ、二人に駆け寄り治療を施した。
「すまねぇ‥‥。麻痺は自力で何とか‥‥!」
「こっちもそろそろ動けるな。野郎‥‥!」
麻痺状態から回復し、傷も癒えた源治と武流。立ち上がった二人の足元、コンテナの影から何かが転がってきた。
「閃光手榴弾です!」
護の声を聞き、慌てて目を塞ぐ。次の瞬間、コンテナの上から落ちてきたデューイが井草の脇腹にナイフを突き立てて居た。
傭兵の攻撃から逃れつつ、男は続けて煙幕弾を使用。白い煙の中に姿を消し、再び傭兵達は見失ってしまう。
「いかに本人の望みとはいえ、あなたならルクスが道を踏み外すのを止められたはず。それなのに何故!」
白煙の中で声を上げる護。どこからとも無く、答えは戦場にこだまする。
「道を踏み外す‥‥か。逆に聞くが、道ってのは何だ? 正しく歩けば正義、踏み外すのは罪なのか?」
「あなたの罪は、能力者の力を悪用した事。人の命を侮辱した事‥‥」
少年は振り返り、杖を振るう。問答の中でデューイの位置を特定したのだ。
「それと、僕の友達を傷つけた事ッ!」
攻撃は命中したように思えた。しかしデューイはまたすぐに姿を消してしまう。
「貴方の目的は? ジョン・ドゥとは本当に強化人間なのですか? 人形師とは一体何者‥‥?」
戦っていたキメラをも見失い、ラナは白い闇に問う。答えは彼女のすぐ後ろから聞こえてきた。
背後から羽交い絞めにされ、首筋にナイフが押し当てられる。男はラナの耳元で囁く。
「俺は確かめたいのさ‥‥何が正しく、何が間違いなのか‥‥」
「‥‥馬鹿らしい」
「ジョンは強いぞ、あいつはツギハギではなく人形師が作ったからな。君を惑わせた少女の様には行かんよ」
ラナを突き飛ばし、デューイはまた身を隠す。まるで嘲笑うかのような影にラナの放った刃は空振りした。
「生きると言う事は、誰かが死ぬ事だ。聞くが、グラジオラス‥‥貴様は『人形師』の崇拝者か?」
「人形師は何者‥‥人形師を崇拝、か」
雨に宥められるように散っていく煙幕の中、デューイの笑い声が響く。
「あいつはそんな大した物じゃない。ただの風変わりな化物さ」
現れたデューイに弓を向けるひまり。だがそれより早くデューイの投げたナイフが少女の腕に突き刺さった。
「俺はな‥‥! お前みたいな、全部分かったつもりになって命を弄ぶヤツが、一番嫌いなんだよ!」
デューイへと駆け寄り、斬撃を放つ源治。続け跳躍した武流がデューイの顔を蹴り飛ばした。
二人の強烈な一撃を受け、デューイはダウン。倒してしまえば実にあっけない相手であった。だが――。
「‥‥はは、お迎えだ」
空中から飛来する影。それは紗夜と刃を交え、二人は振り返りながら互いを見やる。
「チャイナ、ガール‥‥」
「見事に麻痺ってるアルな、猫ガール。それにそっちのお前、前にもこんな事があったっけな」
紗夜に笑いかけるレイ・トゥー。彼女に遅れ、空中から怪鳥が飛来しデューイを掴んで舞い上がる。
「逃がさん‥‥デューイ!」
怪鳥へ銃を向ける南斗。だがひまりと井草は麻痺毒で身動きが取れず、攻撃には参加出来ない。
「あの煙幕も、仲間を呼ぶ伏線‥‥」
源治と武流の間を素早く抜け、コンテナを経由して怪鳥に飛び乗るレイ。当然追撃を試みる傭兵達だが、それをキメラが足止めする。
「邪魔を‥‥!」
「退けぇええ――!」
ラナが爪でキメラの胸を穿ち、源治が同時に別のキメラを両断する。
護、月城、カシェル、南斗の四名は空中を遠距離武器で追撃。武流はレイに倣いコンテナから空へ跳躍するが、その手は一歩届かない。
「邪魔したアルね。決着はまた今度って事で」
着地した武流に遅れ、護がゆっくりと杖を降ろす。こうなってはもう追いかける手段はない。
「デューイ・グラジオラス‥‥あんたは何が欲しかったんだ?」
コンテナに背を預け、井草は最早見えぬ影に問う。
「あんたにも有ったんだろ‥‥やりたかった事がさ‥‥」
動かなくなったキメラの血が雨に混じってアスファルトを伝う。静けさの中、こうして戦闘は終了した。
●次へ
雨は直に上がった。雲の切れ間から、今は僅かに光も差し込んでいる。
麻痺毒の影響でぷるぷるしていたひまりと井草も漸く動けるまでに回復したのだが、二人とも別の意味でまだぷるぷるしていた。
ふと、南斗はデューイの過去について纏めた書類を取り出し再びそれに目を通した。
彼の読み通り、デューイに纏わる情報は不穏な物も多かった。ルクスだけではない。恐らくは不慮の死や失踪の内、幾つかにあの男が絡んでいる。
腕に巻かれた首輪に触れ、空を見上げる南斗。様々な戦いを経て、今何かが一つに繋がろうとしている‥‥そんな気がした。
「お疲れ様」
ひまりと井草の様子をみていたカシェルに板チョコを差し出すラナ。
「食べて下さい。貴方‥‥やつれてます」
「‥‥駄目ですね、心配ばかりかけて」
苦笑しつつそれを受け取り、齧るカシェル。戦闘中とは異なる優しい瞳でそれを見つめ、それから彼女は振り返った。
雨が上がったそこには、まるで打ち上げられた魚のように異形の死体が転がっている。
壊れた十字架を見つめる彼女の背中は何を思っていたのか。
心に引っ掛かる何かは理解出来ずとも、強く握り締めた彼女のその手が、きっと全ての想いを語り尽くしていた――。