タイトル:いつか愛と呼べるまでマスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/03/11 11:34

●オープニング本文


●悪夢
 少女は夢を見る。まだ幼く、無力で、世界を知らなかった頃の夢を。
 物心ついた時、記憶しているのは両親の怒鳴り声だった。痛みと血の色を知った時、自らの不幸を理解した。
 街を歩いて空を見て、世界は悪夢の様な物だと知る。争いの耐えない、夢も希望も救いも無い景色――。
 唯一少女が守ろうと思った物、それは自分と同じ顔をした弟であった。
 理由は無い。或いはそれを守る事で自分を守った気にでもなったのか。
 殴られる事も蹴られる事も辛くは無かった。ただ部屋の隅で泣きじゃくる弟を見るのが悲しかった。
 耐え切れなくなった時、少女は小さな刃物を手に家を飛び出した。これも恐らく理由は無い。単純に我慢の限界だったのだろう。
 家に帰れなくなり、少女は弟と共に暗がりに住み着いた。食べる物を得る事がとても厳しく、それに慣れた時自分の罪深さを知った。
 何かを奪い傷つける事が当たり前になった。全ては弟の為だと、眼前に免罪符をちらつかせた。
 弟は何も知らず、与えられた食事に笑顔を見せた。自分がそれを守っているという全能感は彼女を強く歪ませた。
 盗みがばれて大人数人に袋叩きにされ意識を失った時、暗がりに現れたシスターが言った。私と共に、来ないかと。
 罪を償えると思った。真っ当に生きられると思った。夢を見た。それが夢だったと理解した時、それは理不尽な憎しみへと変わった。
 孤児院の子供達は気が付くと居なくなる。昨日『またね』と手を振った子が、隣の部屋から居なくなる。
 真夜中に抜け出したベッド。少女は友達がどこかへ幾許かの金で売り払われていた事を知った。
 シスターは言う。『お前達に生きる価値など無い』と。
 戦争と言う時世であった。孤児の使い方等幾らでもある。少女は弟を守る為、してはいけない契約を結んでしまった。
 何も知らずに弟は笑顔で過ごしている。居なくなった孤児は、幸せになったのだと思っている。
 少女は笑った。笑顔の裏で数え切れない悪事に手を染めた。時には死にそうにもなった。悪夢の様な日々が始まった。
 何でもした。自分の罪深さに震えが止まらず眠れない夜が続いた。神は居なかった。幸せなど、どこにもなかった。
 時が過ぎ、千人に一人の力が発覚した時、少女は希望の光を感じていた。この力があれば、一人でも生きていける。自由になれるかもしれないと。
 一つ誤算があったとすれば、それは弟も同時にその力に目覚めたという事。彼も戦場へ赴く事になったという事。
 これまで歪んだ愛で守ってきた彼は一人では何も出来ない。だから少女は彼の分も戦わねばならなかった。
 悪行を弟に知られない為に、少女はシスターに口止めの為金を支払い続けた。弟を守って戦い傷つき、金を払い続ける日々。
 何も変わらなかった。結局これまで通りだった。ならいっそと剣を手に振り返る。何も知らない弟は悲しむだろう。なら、どうすればいい――?
「‥‥過去の記憶を消すな? それがお前の条件か?」
 手術台に腰掛け、ルクス・ミュラーは頷く。ツギハギは小首を傾げて問う。
「ロクな人生じゃなかったんだろ? 『悪党』になるために奴の提案に乗ったんだろ? なら、覚えていれば辛いだけだ」
「だからよ。もうルクス・ミュラーは死んで良い。でも私は‥‥自分が罪人である記憶から逃げたくないの」
 胸に手を当て少女は目を瞑る。確かに覚えていれば苦しみ続ける。気が触れてしまうかもしれない。だがそれは、きっと罰だ。
「狂ってしまっても、私は私を忘れたくないの。だから‥‥貴方に頼める立場じゃないけど、お願い」
 腕を組み思案するツギハギ。やがて折れたのか、肩を竦めて苦笑する。
「ならせめて、何も分らなくしてやるよ。お前がもう苦しまずに済むように。いや、もっと苦しめるように」
「ありがとう‥‥優しいのね」
「そいつは違う。俺様は、俺様の好きに生きているだけさ。お前にもきっと、その権利はあるはずだからな」
 少女は優しく微笑み、涙を流した。暖かい涙の雫、それはきっと彼女が落とした最期の人間らしさだった。

●嘘
「残念ながら、私が着いた時には既に手遅れだったよ」
 洋館の客間、メリーベルと対峙したジョン・ドゥは肩を竦める。
 雨音が静寂を演出する中、メリーベルは窓辺に立って無言を貫いていた。そこへ人形は歩み寄る。
「お嬢さん。ああ、お嬢さん。そう悲しい顔をせずに。折角のドレスが台無しだ」
「私は着せ替え人形じゃないの。いつまで待たせるつもり? 早く人形師に会わせて」
 可愛らしい純白のドレスに着替えたメリーベルだが、目つきの鋭さは変わらない。人形は人差し指を振りながら笑う。
「我々には我々のドレスコードという物がある。急く事は無い、彼もルクスの対処が終わったら顔を見せるさ」
「ルクスは助かるの? 随分酷い怪我だったけど」
「勿論。きっと今頃夢でも見ているのでは? 懐かしい、子供の頃の夢でもね」
 小さく溜息を漏らすメリーベル。人形師とは一度戦っただけの間柄だが、その力ならきっとルクスを救えるだろうと思う。
 ペリドットが逝った――それは予想していた事だ。少年はこの合流地点の情報を自分に託し、ルクスを救うように頼んだ。
 彼は塵芥ほどしかない仲間の生存の可能性に賭け、命を落とした。その最期だけが気懸かりだが、全ては承知の上だ。
「絶対に助けなさい。あの子を生かす事が、ペリドットとの約束を果たす事になる」
「お嬢さん。ああ、お嬢さん、ご安心を。きっと大丈夫。君の願いは、きっと叶うのだから」
 部屋を後にするジョン・ドゥ。客間から出ると、廊下にはレイ・トゥーの姿があった。
「ボスからの伝言。ルクスの再強化が完了したから、ここから引き上げるそうアル」
「それはそれは。我が造物主ながら実に手際良い」
 シルクハットを指先で回すジョン。レイは腕を組んだまま不機嫌そうにその横顔を睨む。
「‥‥何もかもが嘘アルな。あの人間、真実を知ったらどう思うか」
「『ドールズ』という名に毒されたかい、レイ? ツギハギを筆頭に彼らは我侭が過ぎた。造物主に反逆する人形があってはならないよ」
「だから殺したのか。ツギハギも、キャロルも、ペリドットも‥‥」
「下らん仲間意識を持つなよレイ。君だってこれまでそうしてきたじゃないか」
 壁に背を預け俯いたままのレイ。ジョンはその場でくるりとターンし、後ろ向きに歩いていく。
「嘘が真実より優しいのなら、それはきっと彼女にとって幸福だよ。ルクスも夢を見たまま死ねるのなら、きっと本望さ」
 遠ざかっていく笑い声にレイは目を瞑る。涙は流れない。自分は人間を理解出来ない、ただの人形だと知っているのだから――。

●参加者一覧

崔 南斗(ga4407
36歳・♂・JG
六堂源治(ga8154
30歳・♂・AA
ナンナ・オンスロート(gb5838
21歳・♀・HD
加賀・忍(gb7519
18歳・♀・AA
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN
月読井草(gc4439
16歳・♀・AA
籠島 慎一郎(gc4768
20歳・♂・ST
雨宮 ひまり(gc5274
15歳・♀・JG

●リプレイ本文

●違和感
「おじゃましまーす」
 洋館の扉を開き、月読井草(gc4439)が小さく呟いた。
 彼らの想定は初手から大きく現実と食い違った。扉は普通に開いたし、吹き抜けのエントランスには敵の姿も見当たらない。
「どうなってんだ? 罠っぽいものも何もないよ」
「まさか何の妨害も無く無傷で辿り着けるとはな‥‥」
 周囲を警戒しつつ崔 南斗(ga4407)が呟く。そう、彼らは全員無傷であった。
 胡散臭い情報を罠としか思えないのは当然、警戒を万全にしてきた傭兵達。無防備としか言い様のない状況に肩透かしを食らうのは当然だろう。
「まだ罠の可能性は捨て切れません。慎重にメリーベルさんを探しましょう」
 ナンナ・オンスロート(gb5838)の言葉と共に傭兵達は洋館内の探索を開始した。部屋を一つ一つ調べていくが、キメラがいる気配も感じられない。
 傭兵達の足音だけの静寂の中、彼らはそれぞれの想いを噛み締めていた。それは様々だが、この戦いに臨む覚悟は固い。
 そんな傭兵達に続き、籠島 慎一郎(gc4768)は口元にうっすらと笑みを浮かべる。この戦場は彼にとってはまるで宝石箱のようだ。
 方向性に違いはあれど、複雑な想いが交錯している。苦悩と覚悟、見届けるに値する全てがここには揃っている。
「メリーベル、ここにいたのか!」
 そうして二階の部屋、いくつか扉を開いた所で崔 南斗(ga4407)が声を上げる。部屋の中ではドレス姿のメリーベルが目を丸くしていた。
「南斗‥‥? ど、どうしてここに?」
「助けに来たに決まってるだろ。怪我はないか?」
 駆け寄りメリーベルのドレスを確認する南斗。メリーベルは首を横に振る。
「私は平気。人形師に会いたくて自分で来たの」
「なぜ一人で『人形師』に会おうと思ったんだ。危険すぎる」
「そ、それは‥‥」
 二人のやり取りを眺め、慎一郎は思案する。メリーベルの言う通り、どうも捕まっているという様子には見えない。
「メリーベル様大丈夫ですか? 一応こちらを持っていて下さい」
 すっとメリーベルに身を寄せ通信機を手渡す慎一郎。ドレスの少女は混乱しているのか、首を傾げた。
「待って、貴方達どうしてここに? ペリドットが喋ったの?」
 その名前に六堂源治(ga8154)は苦い表情を浮かべる。沈黙の中、南斗が口を開いた。
「俺がぺリドットの体内爆弾に注意していれば‥‥。すまない‥‥助けられなかった」
「体内爆弾? 何の話‥‥?」
「そんな事よりメリーベル、ここに姉さんはいるのか?」
 二人の会話を遮るカシェル。メリーベルは眉を潜め、小さく頷く。
「それが分れば十分だ。メリーベルは早く脱出を」
 呟き引き返すカシェル。それに続き、雨宮 ひまり(gc5274)が部屋を出て行く。二人を追う形で全員が部屋を後にし、一階への階段を下ろうとしたその時だ。
「おやおや。来客を持て成す事もせず実に申し訳ない」
「ジョン・ドゥ‥‥!」
 敵を見下ろし、鋭い眼光を向ける源治。人形は帽子を胸に当て、小さく礼。
「覚えて頂けたとは感激だ。しかし何故ここへ? 誰も招待した覚えは無いのだがね」
 傭兵の存在に戸惑いを隠せないジョン・ドゥ。それは傭兵側も同じ事である。
 ずさんと言うよりは敵を想定しない警備。当たり前に放置されたメリーベル。罠と警戒して来てみれば、まるで奇襲に成功したかのようだ。
 その時、唐突にメリーベルが走り出した。傍に南斗が立っていたが、メリーベルに突き飛ばされてよろけた慎一郎が邪魔で足踏みしてしまう。
「彼らに乱暴しないで。私達がここを去ればいいだけの話でしょ?」
 階段を降り、ドレスの少女はジョンの隣に立つ。傭兵達はそれを追い、一階のエントランスで対峙する事に。
「ごめんなさい、私はまだ帰れない。人形師は私が何とかするから、皆はもう帰って」
「君の友人なら手荒には扱わないさ。行きたまえ、レイが待っている」
 『約束よ』と呟き、メリーベルは洋館を飛び出していく。南斗は呼び止めようと声をかけるが、彼女は振り返らない。
「ふむ、こうなりましたか」
 頷く慎一郎。その隣、井草がジョンを指差し声を上げる。
「やいやい、このぬっぺら坊! キャロルとペリドットを殺ったのはあんたか!?」
「ならどうする?」
「絶対に殺す‥‥!」
 強い敵意を隠そうともせずラナ・ヴェクサー(gc1748)が井草に代わり答える。ジョンは一笑、指を軽く振る。
「手出ししない約束ですが、降りかかる火の粉は払わねば」
「安心しろ、こっちもただで帰すつもりはねぇ」
 刃を手に源治が鋭く告げる。応じるようにジョンは片手を掲げ、指を鳴らした。
 二階から降りてきた影は大剣を手に傭兵の前に立ち塞がる。その姿に思わずナンナは息を呑んだ。
「ルクス・ミュラー‥‥」
 それをそう呼んで良いのだろうか?
 片腕と片足は異形となり、傷ついた顔半分も鱗に覆われ。目に光は無く、笑みを浮かべだらしなく口元から涎を垂らしたその姿を。
「私も忙しいので、後はその使い捨てで我慢してください」
 ジョンは一礼しその場を後にする。剣を引き摺りルクスは傭兵に近づいてくる。
「なんだよこれ‥‥なんなんだよぉおおっ!」
 絶叫するカシェル。紅い剣が振り上げられ、それが戦いの始まりを告げた。

●死闘
 真っ先にルクスに斬りかかったのは加賀・忍(gb7519)であった。改造された部位は全く刃が通らず、鈍い手応えに忍は笑みを浮かべる。
 彼女にとってこれまでの流れは前座、特に興味を引かれる物ではない。この戦いこそが胸を高鳴らせる物であり、彼女を満たす物なのだ。
 忍がルクスに攻撃を仕掛ける中、その脇を抜けラナは洋館を飛び出していく。少々迷った後、井草もそれに続く。
「すまない、俺はメリーベルを追う‥‥!」
「ジョン・ドゥを逃がすわけには行かねぇ‥‥!」
 更に南斗と源治も外へ。慎一郎は思案した後残る事にする。理由は単純だ。
「カシェル君‥‥」
 呆然と立ち尽くすカシェルにひまりが呟く。襲い掛かるルクス、その前にナンナが立ち塞がる。
 攻防の中、掛ける言葉を探した。ルクスも自分も、最善を選び行動して来たと信じている。
 分っている。戦うしかないと言う事、それが自分達に出来る唯一だと。
 分っている。それでも冷静で居られない、この敵に執着する自分も。
「恨み言なら今のうちにどうぞ。私に出来るのは貴方を記録に残すことぐらいです」
 呟いた言葉にルクスは声にならない声で返す。
「‥‥言葉さえ、もう」
 ルクスの剣は速く、重い。必死の攻防を続ける二人の背後、駆け寄った忍が刃を繰り出す。更にひまりが矢を放ち攻撃するが、まるで怯む気配はない。
 異形の手で忍を払い、刃から焔を放つルクス。ナンナとひまりに迫る斬撃、それをカシェルが盾を構えて庇っていた。
「一緒に戦わせて下さい。もう足は引っ張りません」
 決意を秘めた瞳にナンナは微笑む。幕を引かなければならない。この戦いに。
「覚悟しなさい、ルクス・ミュラー。過程はどうあれ、外道の結末は一つしかありません」
 洋館で戦いが繰り広げられる頃、森の中でジョンと戦う傭兵達の姿があった。
 薄暗闇の中幾度と無く煌く刃と火花、木を薙ぎ払い繰り出される源治の攻撃をジョンは身軽にかわし、受け流す。
 左右に放たれた腕はラナと井草を狙っている。井草は腕に殴り飛ばされ、回避に成功したラナは腕にナイフを刺そうとするが固くて刃は通らない。
 更に伸ばした腕に捕まれ引き寄せられると同時に勢い良く木へ叩き付けられる。軋む身体と意識の中、ラナは一人の少女を想う。
 感情を殺し戦ってきた。それが間違いだとは思わない。
 しかし何故だろう、今になって自分に似ていると笑った少女の事が頭を離れない。こんな死闘の中でさえ――。
「これはキャロルの分! これはペリドットの分! そしてこれがあたしのハートの叫びだー!」
 超機械を装備した拳を繰り出す井草。しかしその悉くが回避され、反撃の蹴りが小柄な体躯に減り込む。
「乙女を傷つけたくないのでね」
 続け掌が強く顎を打ち、倒れる井草。ラナは己の迷いを否定しつつ必死に攻撃を繰り出すが、深手を与えるには値しない。
「見事な速さだが」
 ラナの蹴りに自らの足を合わせる人形。続け爪を受け、肘打ちを返す。気が遠くなり膝を着くラナを置いて人形は走り去る。
「待て‥‥私は‥‥間違って、な‥‥っ」
 血を吐き倒れるラナ。源治はその脇を通り、人形に刃を放つ。
「この悪趣味な人形劇を終わらせるぞ。なぁ、ペリドット‥‥!」
 強烈な斬撃を繰り出す源治。人形はそれをかわしながら首を傾げる。
「何故怒る? あれは君の敵の筈」
「正々堂々の真剣勝負だった。それを手前は‥‥!」
「理解に苦しむよ、全く」
 激しい金属音と共に闇に光がちらつく。その攻防を背後に南斗はメリーベルに追いつこうとしていた。
「どうして追って来るの!」
「約束したからだ! お前を必ず助けると!」
 足を止め振り返るメリーベル。少女はドレスをはためかせ、槍を南斗に向ける。
「迷惑よ‥‥帰って」
「本気なのか――!?」
 答えの代わりと言わんばかりに少女は槍を繰り出す。戸惑いの中、南斗も止む無く銃を手にするのであった。

●幕
 壁際を走る忍。それを追い繰り出されたルクスの剣は壁を破壊しながら忍へと迫る。
 反応も膂力もルクスは強化されている。館を燃やし、崩し、戦うというより暴れるという表現が相応しい。
 スキルを発動し引き金を引くナンナ。銃弾が身体を貫いても気にも留めずルクスは突っ込んで来る。
 背後から斬りかかる忍。ルクスは身体を捻り反撃に剣を放つが、カシェルがそれを受け止めた。
「攻撃を続けて下さい‥‥守りは僕が!」
 慎一郎の治療を受けつつカシェルは何とか攻撃を堪えていた。これを壁に傭兵達は攻勢に出る。
「この戦いを終わらせる力を‥‥!」
 ひまりは弓を構え、光を帯びた矢を放つ。同時に放たれた四矢はルクスの四肢を射抜く。
 尚も前進するルクス。その身体をナンナの銃弾が貫き、忍の刃が引き裂いた。異形は剣を零し、それでも前へ。
 止めを刺そうと武器を構えるナンナと忍。そこへひまりが声をあげた。
「駄目だよ!」
 一瞬の沈黙。ひまりは胸に手を当て言葉を続ける。
「最後の最後はカシェル君じゃなきゃ駄目だよ。上手く言葉にできませんけど、二人は家族なんです、他人任せじゃいけないんです‥‥」
 潤む視線の先、カシェルは姉の前に立ち、両手で剣を構える。
「カシェル‥‥」
 その時、怪物が掠れた声で言った。
「もう、あたしがいなくても‥‥だいじょう、ぶ?」
 優しい笑み。少年は目を見開き、頷いた。
 振り下ろされた刃が異形の首を刎ねる。暖かい血を浴び少年はその亡骸を抱き締めた。
「大丈夫だよ姉さん。もう、大丈夫‥‥大丈夫だから」
 抱き合う姉妹の様子に忍は小さく息を吐いた。人と、というよりはキメラと戦ったような感触だった。これは忍の望んだ戦いだったのか。
「誰かを救おうと正義の味方を目指してみたらこのザマです。私は誰も救えない。自分を守る事ばかりに精一杯です」
 疲れと共に呟くナンナの声をひまりは俯いたまま聞いていた。
 ルクスを倒せば皆が喜ぶと思った。それが人の役に立つ事で、嬉しい事だと思っていた。
 だが今カシェルは泣いている。ひまりは弓を抱き、その最期に目を伏せた。
「カシェル様、一人で立てず助けられてばかりの自分は如何です? 純粋な若者に当り散らして変わろうとして何も掴めない。それどころか零れ落ちていくばかりの現状は?」
 世界は優しくありませんねぇ、と付け足し笑う慎一郎。カシェルは亡骸を横たわらせ、血塗れの姿で振り返る。
「‥‥ありがとうございました」
 深々と傭兵に頭を下げるカシェル。それから徐に慎一郎に近づき、拳を振り上げる。
「おや、殴らないんですか?」
「‥‥そうしても、あんたを喜ばせるだけだろ」
 力なく通り過ぎるカシェル。その背中に慎一郎は肩を竦める。
「これで二度目ですねぇ。全く、つまらない‥‥」
 ルクスとの決着がついた頃、南斗はメリーベルの前に膝を着いていた。
 本気で戦えない南斗を相手にメリーベルは容赦しなかった。槍で貫かれた肩の傷をおさえ、メリーベルを見上げる。
「これで分ったでしょう? もう私の事はほっといて」
「何故だ‥‥一人で何をするつもりなんだ?」
 問いに答えない少女。そこへジョンと源治が戦いながら縺れ込んで来る。二人はそれぞれメリーベルと南斗の傍につけ、構え直した。
「怖い怖い‥‥全くしつこいな」
「南斗‥‥大丈夫ッスか?」
「ああ、だが‥‥」
 槍を手にしたメリーベルを目に状況を理解する源治。そこへジョンの背後から駆け寄る影が一つ。
「遅いと思ったら、まだ戦ってたアルか」
 肩を並べるレイとジョン。その二人を制するようにメリーベルが腕を伸ばす。
「やめて。もう行きましょう」
「逃がすと思うッスか?」
「源治が強いのは知ってるけど、三人相手に勝てると思う? 負傷した南斗を庇いながら‥‥」
 メリーベルの言葉に歯軋りする源治。納得行かないのはジョンも同じようだ。
「潰せる内に潰さねば厄介だと思うが」
「‥‥手出ししないって約束でしょ」
 少女に睨まれ、肩を竦める。ジョンとレイは引き返し、それに続きメリーベルも姿を消した。
 源治の手を借り立ち上がる南斗。幸い傷は大した事はないが、二人ともこの結果には納得出来なかった。
 帰り際ラナと井草を救助したが、二人とも気絶しているだけで深手は負っていなかった。それはジョンの力を考えれば不自然な事だ。
 洋館にて合流した傭兵達は傷を癒し動けるようになるまで休息を取った。洋館に敵の姿は無く、皮肉にも休むにはうってつけの場所だ。
 ルクスは倒したが、それぞれの個人的な目的を果たせたかと言うと恐らく首は縦に振れないだろう。言葉にならない悔しさは沈黙となり場を包む。
「ありがとうございました、皆さん。これでやっと姉さんは楽になれる‥‥」
 沈黙を破り、改めてカシェルが感謝を口にする。しかし場の空気が晴れるはずも無く、重苦しい空気のままこの戦いは幕を下ろす事となった。



「‥‥さて、どうしたものですかねぇ?」
 疲れた様子の傭兵達から少し離れた所で慎一郎は腕を組んで思案する。実はメリーベルに渡した通信機には事前に発信機が仕掛けてあった。
 これなら或いは追跡が可能かもしれないのだが‥‥打ちひしがれる傭兵達を眺め、慎一郎は笑う。とりあえずこの事実は、もう少しだけ黙っておく事にした――。