タイトル:【極北】虹の手紙マスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 25 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/02/28 21:37

●オープニング本文


 スチムソンへのインタビューの結果、バグアによって改造された強化人間は元の姿に戻せるという『希望』が生まれた。それに必要な知識は、チューレのバグア基地に在るであろう、とも。
 しかし、それは新たな不和の種ともなっている。軍も、そして世論の多くも強化人間を敵の一部としてしか認識していないのだ。1人の強化人間を救命するのに必要なエミタは、自家用車1台で使っているSES用のエミタと大差が無いのかもしれない。あるいはその10倍だったとしても、世界の総量の中では微々たる物では在るのだが。
 ‥‥しかし、その救命の為に、チューレを破壊ではなく制圧するとなれば、流れる血の量が異なる。既にUPCはチューレ基地への全面攻撃を念頭に、ユニヴァースナイトシリーズ各艦を召集していた。

 強化人間救済の可能性はLHにも新たな動きを作りつつあった。
 まだその手段が確立したわけではない。だがもしも救えるのなら、争わずに済むのなら‥‥そう考える者も少なくない。
 これまで強力な敵として立ち塞がって来た強化人間を救う――。それは技術的な問題を差し引いても簡単な事ではない。
 軍も、そして傭兵も彼らに苦汁を舐める日々を強いられてきた。どんな形をしていてもそれは敵で、敵である以上は倒さねばならなかった。
 人の形をした敵を殺す。人に近い意識を持った敵を殺す。それは戦争で、それは闘争で、敵対である限りは仕方の無い事だ。
 だが、それが救えるかもしれないと。戦わずに済む方法があるかもしれないと。希望の光をちらつかされれば様々な思いが脳裏を過ぎるだろう。
 分かり合う事が出来るかもしれなかった。出来れば殺したくなかった。望まぬ戦いの苦悩、涙、痛みを最も深く知るのは彼らを倒した傭兵達なのだ。
「チューレ基地を制圧し、強化人間救済を求める陳情にご協力お願いしまーす」
 LHのとある広場、数名の能力者がビラを配りながら道行く人々に声をかけていた。
 風に飛ばされ足元に落ち着いたビラを手に取り、ヒイロ・オオガミは首を傾げる。
「あのー、何をやってるですか?」
「ん? ああ‥‥言ってるだろ? 強化人間救済を求める陳情に協力を求めてるんだよ。詳しくはそいつを見ろ」
 青年の言葉にヒイロはビラに視線を落とす。そこには幾つかの記入欄があり、ヒイロはそれを読み上げる。
「あなたは、強化人間救済についてどう思いますか‥‥?」
「お前、傭兵か? 強化人間と戦った事は?」
 顔を上げ、少女は思い返す。お世辞にも幸福とは呼べない、辛くて悲しい記憶だ。
「今思った事をそのまま書いてくれればそれでいい。あとはこっちで回収して、UPCに送りつける。簡単だろ?」
「思った事ですか?」
「救済に好意的じゃない意見でも構わん。俺も正直、強化人間を救うのには余りいい気がしない」
「じゃあどうしてビラ配ってるですか?」
 青年は腕を組み、僅かに考え込む。それからあっけらかんと言った。
「わからん」
「ほっ?」
「俺も心の底では救済を求めているのかもしれない。誰だって好き好んで人殺しなんかしたくないさ」
 救済の可能性があったとしても敵は敵。『助けるなんて馬鹿らしい』という意見は、非常に理に叶っているのだ。
 敵なら殺してしまえというのが最も簡単で最も単純で、恐らく限りなく正解に近い。敵を救うというのは、戦場において馬鹿げた行いだ。
「だが俺達は人間で、心ってもんがある。一人一人気持ちや意見があって、過去がある。だから俺は意見を集めてるのさ」
「‥‥沢山の気持ちを集めて、それでどうするですか?」
「それは俺が決める事じゃない。調書を取って意見を纏めて、それを受け取ったUPCが判断する事だ」
 しかし少なくとも今のままではチューレ基地は破壊され、救済と言う可能性すら、その迷いの余地さえ奪われてしまうだろう。
 ヒイロはビラを手に過去に想いを馳せる。大切な人を強化人間に奪われた辛い記憶だ。
 恨みがないと言えば嘘になる。悲しみも苦しみも、簡単に消せるものではない。
 救済の手段があったとしても戦わねばならない強化人間はいるだろう。争いの種をこの世界から無くす事は夢のまた夢、それでも――。
「ヒイロもビラ配り、手伝っていいですか?」
 男はビラの束を手に目を丸くする。
「本当に怖いのは、可能性が潰える事です。世界中の人間がそれを望まなかったとしても‥‥迷う事の余地を、消しちゃいけないと思うから」
「世界中の人間が、消す事を願ったらどうする?」
「その時は、それが世界の声なんだよ」
 真っ直ぐな瞳で自分を見つめる少女。青年は肩を竦め、少女にビラの束を手渡すのであった。

●参加者一覧

/ 綿貫 衛司(ga0056) / 井筒 珠美(ga0090) / メアリー・エッセンバル(ga0194) / ドクター・ウェスト(ga0241) / 黒川丈一朗(ga0776) / UNKNOWN(ga4276) / 鐘依 透(ga6282) / 六堂源治(ga8154) / 音影 一葉(ga9077) / まひる(ga9244) / ラウラ・ブレイク(gb1395) / 小笠原 恋(gb4844) / 緑間 徹(gb7712) / 楽(gb8064) / 沖田 護(gc0208) / 湊 獅子鷹(gc0233) / ソウマ(gc0505) / 春夏秋冬 立花(gc3009) / 和泉 恭也(gc3978) / ヘイル(gc4085) / 天野 天魔(gc4365) / 月読井草(gc4439) / 籠島 慎一郎(gc4768) / イスネグ・サエレ(gc4810) / 茅ヶ崎 ニア(gc6296

●リプレイ本文

●声を求めて
「こんにちはヒイロ先輩。寒いのにがんばってるね」
「随分変わった事をしていますね。良ければ自分もお手伝い致しますよ?」
 ビラ配りの盛んな広場の噴水前、イスネグ・サエレ(gc4810)と和泉 恭也(gc3978)の二人はヒイロの姿を見つけ声をかけていた。
 振り返るヒイロに手を伸ばし、イスネグも『手伝います』と微笑む。ヒイロは頷き、二人にビラの半分を手渡した。
 三人は広場のボランティアに混ざり、行き交う人々にビラを配り声をかけ続ける。
 暫くそうしていると同じくビラ配りに参加していたのか、春夏秋冬 立花(gc3009)が近づいて来た。
「あら? ヒイロちゃんも来てたの?」
 立花は三人にペットボトルのお茶を差し出す。四人は噴水の前に並び、行き交う人々を眺めた。
「ヒイロちゃんは強化人間さんを助けるの賛成派? 反対派?」
 立花の問いにヒイロは沈黙で応じる。答えのまだ出ないヒイロへ立花は続ける。
「私は賛成派かな? 何かを助けるのに理由なんて考えたことないしね。ほら、目の前で転びそうな人を見つけたらつい助けようと手を伸ばすでしょ? あれと一緒」
「ヒイロもそう思うですよ。でもそれだけじゃ済まない、とも思うのです」
「個人的には助けられるものなら助けたい。でも味方を犠牲にしてまでとは思いませんね」
 ヒイロに続けイスネグが口を開く。彼の中の優先順位において強化人間はあくまでも味方より下なのだ。
「まぁ誰を守って誰のために戦うかを考えればそうなるよね」
 イスネグの言葉に立花は空を仰ぐ。彼女の目標はバグアとの共存であり、助けたいという気持ちは純粋で当たり前な物だ。
 勿論否定派の気持ちがわからないわけではない。しかし手を差し伸べたいと思う気持ちは本物なのだ。
「‥‥みんな仲良くできるといいのにね」
「その為にヒイロたちはビラを配るのですよ。『みんな』の中に自分と違う意見の人も入れなきゃ意味がないのです」
 声に頷く立花。このアンケートは意見を知り、対策を練る事に通じる。知らぬを知るという事はとても重要な事だ。
 僅かな休憩を挟みビラ配りを再開する四人。そんな彼らの耳に月読井草(gc4439)のマイクを通した声が響いた。
「皆は強化人間についてどう思ってる? 怖い敵? 人間兵器? そうだねその通りだ、あたしもそう思ってた」
 持ち込んだ演説台の上、井草はマイクを片手に語りかける。対象は特定していない。ただ誰かに届けばそれでいい。
「ちょっとだけ見方を変えてほしいんだ。あいつらも元は人間だった、誰かの大切な誰かだったんだよ」
 これまで続いてきたやりきれない事実。井草は辛い想いを胸に声を投げかける。
「バグアはそうやってあたし達が互いを思いやる心に付け込んでるんだ。こんなことを何時までも許していて良いと思う?」
 井草は語る。これは好機なのだと。
 これまではやられるだけだった。だがこの作戦が成功すれば、強化人間という戦術を破れるかもしれない。それは曖昧な未来の話、それでも‥‥。
「あたしはその可能性に賭けるべきだと思う」
 そんな演説を聞き流しながら用紙に記入するドクター・ウェスト(ga0241)。小さく呟く様にしてペンを走らせていく。
「我輩はバグアに家族を殺されている。コノ体に埋め込まれている『エミタ』の中核に使われている、バグアの装備から発見されたエミタ鉱石ですら嫌っているのだ。バグアに対する憎悪は計り知れない」
 ふと、手を止めて前髪を指先に絡めてみる。それは彼にとって消せない痛みの象徴でもある。
 感情論でもバグアの手先など許せる筈もないが、科学者としての彼も救済に対し否定という答えを出さざるを得ない。
 元に戻すという現象自体が不可解であり、捻じ曲げられた物が元通りになる事はない。
 操作された遺伝子の混入を避けることが地球人類を発展させる正しい道であろう‥‥能力者という己の立場を含め、彼はそう考える。
 何より、人を殺した事実は強化人間本人に圧し掛かるのだ。そんな残酷な過去を、彼らは受け入れられるだろうか?
「これらの事を踏まえて、我輩は『強化人間に対する生存的救済』には『反対』とする」
 ペンを置くウェスト。彼が最後にサインした名は『デューク・ウェスト』――。ドクターとしてではなく、ありのままの自分の名であった。
 一方演説を終えた井草はマイクを鐘依 透(ga6282)に渡し、その背を押していた。台の上に立った彼は静かに口を開く。
「僕らは知らな過ぎます。彼らの事を‥‥」
 だから知る為に調べた。救えなかった少女の事、救えた子供達の事。
「僕は知りたいんです、彼らの事を。知れば必ず前進がある筈です。救済の道だけじゃない、対抗する術だって何か得られる筈だと思うんです」
 もし自分が無知でなければ、別の道があっただろうか。この理不尽な現実を変えられただろうか?
「‥‥お願いします。可能性を下さい‥‥」
 悔しさを噛み締め、握り拳をそっと開く。
 『キアラ・シャリーノ』と記された紙切れに誓う。その名を忘れないと。この気持ちを伝え、未来へと繋げて行くと――。
「興味深い劇だが規模が足りんな。少しばかり動くとするか」
 受け取ったビラを手に天野 天魔(gc4365)が呟く。踵を返した彼の背中、様々な声が遠ざかって行った。

●想い交わして
 人は何故、答えの出ない問いに挑むのだろうか――? 議事堂の片隅の部屋、書類を眺めながら籠島 慎一郎(gc4768)は思う。
 彼は先程まで行われていた議事堂での会議の様子を思い返す。恐らく彼にとって予定調和なその様子は退屈な物だったろう。
 議事堂では様々な立場の物が意見交換を行っていた。その記録を手に、彼は回想する。
「人類は生活圏の半分以上を奪われた。理屈で全て動くのならその時点で降伏を選んでいるはずだ。それをせず、今日まで抗い続けて来たのは、私達が感情で動き、不屈の精神で生きてきたからだ」
 卓を囲み、まひる(ga9244)はそう主張する。確かにこれまでの戦いは感情と傭兵の起こした奇跡によって繋がってきたような物だ。
 彼女は強化人間にも人権があると意見する。その存在は被害者であり、そうなる事を望んだとしても人類全体に過失があると言う。
「強化人間に拘る理由、その根底は同族意識でしょう?」
 ラウラ・ブレイク(gb1395)が指摘するのは能力者と非能力者との大きな溝だ。
 能力者と強化人間、それは立場は違えど似通った部分を多く持つ。それが能力者が強化人間に理解を示す理由なのだとしたら。
「強化人間はキメラより恐ろしい。知能を持った虐殺者で人類の裏切り者‥‥。何故同じ人間である親バグア派を散々殺しておいてより恐ろしい強化人間を救おうとするのか」
 ラウラと同じく反対派として発言する緑間 徹(gb7712)。彼は強化人間を救うという思想にバグアと似通った物を感じている。
「それは人間である事が素晴らしいという同化政策だろう」
 更に強化人間は被害者である、という考えにも異論がある。強化人間以上に、その家族だった者達への迫害の方が危機感を覚える。
「考えた事があるのか? UPCが積極的な救済を行っているという話は聞かない。当然だな、俺たちは余力を持っているわけじゃない」
 中指で眼鏡を押し上げ徹は顔を上げる。
 敵を救えばその敵を救った責任を負う事になる。一人救って多くの反感を得るなら、それは戦争中の行動として相応しくないと。
「自分のスタンスは『バグアと過度に馴れ合うつもりも必要もない。但しお互い倒れるまで殴り合い続けるのは如何なものか』です」
 落ち着いた様子で語るのは綿貫 衛司(ga0056)。彼は先日言葉を交わした強化人間の事を思い返していた。
 もし戦争が終わったら何をしたいか‥‥そんな問いにも少女は答えられなかった。
「遊んだり学業に勤しんでるであろう年代が、歳相応の人生の楽しみ方も知らないままに末端の消耗品として使い捨てされるのは、いい歳した大人として気分の良いものではないのです」
 感情論である自覚はある。全て受け入れるには殺し殺され過ぎた。それでも彼は少女の戸惑いが忘れられなかった。
「皆さん、自分の親や友人や恋人がバグアに拉致されて強化人間とされた時の事を想像してみてください。そうなった時でもまだ強化人間を救う術など不要だと言えますか?」
 救いたい人が居る‥‥だから救いたい。希望を捨てたくない。小笠原 恋(gb4844)は懸命に語る。
「今までは強化人間が大切な人だとしても泣く泣く殺すしかなかったはずです。でも治療法があれば、そんな人達を元に戻せるんですよ。愛する人を救えるんですよ」
 仮に救済にエミタが必要だとしても、それを捻出する手段は幾らでもある――恋はそう語る。
 彼女もまた強化人間を殺した経験を持つ。それは辛く悲しい記憶だ。それが打開出来るなら、どんな努力も惜しんだりはしない。
「エミタ鉱石が稀少だからという理由で強化人間の治療をしぶるのなら、まず現在のエミタ鉱石の使い方の見直しから始めるべきだと思います」
「命を奪うってのはキメラも強化人間も一般人も一緒だろうに、強化人間は人の形をしてるから救おうってのはおかしく無いか?」
 湊 獅子鷹(gc0233)は強化人間の救済に賛成だ。だがその理由は感情的な物ではない。
「生態標本としての回収そのものは賛成だが、共に戦う仲間よりも確実にこちらを殺そうとしてくる連中を先に救おうなんて滅茶苦茶だろ。救済なんてエゴのために軍人を何人殺すんだ? 連中は駒じゃないぞ」
 強化人間とは力だ。それが得られれば、人はより強くなれるかもしれない。チューレ基地確保は必要である。ただそれは敵を救う為ではない。
「助けたいと思う奴がいるなら好きにすればいいさ」
 椅子に腰掛けたまま、井筒 珠美(ga0090)は静かに語る。
「私は敵が敵でいる内は‥‥少なくとも相手が単なる洗脳された強化人間なのか、強化人間を装ったヨロシロなのか分らん内から情けをかけるつもりはない」
 だからといって他の意見を全否定する気はない。地域による多少の差異はあっても言論の自由は認められているのだから
「私は誰彼構わず敵意と殺意を向ける程に分別が無い訳でもないし、兵を無駄死にさせる指揮官でもなければ味方を背後から撃つ趣味もない」
 しかし目の前に無力化されてない敵がいるなら躊躇い無く引き金を引く――それは傭兵として、兵士として、とても当たり前の事だと思う。
 敵だった者を許し受け入れるにはこの戦いは過酷であり、多くの物を失いすぎた。全員が敵に笑顔を向けられる訳ではない。それは自分も同じだと珠美は語る。
「チューレ占領が現実的であればいい。けれど何万人も犠牲にする戦いになるのであれば、それ上回る数を救済できる見込みは無いわよね?」
「だからと言って見捨てる事は出来ない。今回の作戦は数ない機会なんだ」
「味方の命を代償にして敵を救う。見えない犠牲を見ないままに自らの手を汚すのを嫌って‥‥それは正しいの?」
「生き残っている私たちは、人類代表であり、その責任がある。人間性とその矜持を示さなくてはいけない」
 向かい合うラウラとまひる。その間、咳払いをして茅ヶ崎 ニア(gc6296)が挙手。
「私はチューレ基地を破壊せずに制圧することに賛成です。でもそれは強化人間を救うことが目的ではありません」
 強化人間関連の技術を得れば、人類の士気や戦力を上げるかもしれない。目的はあくまで技術の奪取であり、救済はその結果に過ぎない。
「もちろん犠牲は出ます。でもそれは今の戦い方を続けたとしても同じことです」
 確かに人類はボリビア、北京と続けバグアに一矢報いる事に成功した。だがそれを続けていればいつか勝利出来るのか? ニアは首を横に振る。
「このままでは人類はジリ貧になっていずれ負けます。主導権は未だ敵側に有るのです。私は戦局打開の為にチューレ基地制圧による技術奪取を提案します」
 何よりも、最後に勝つ為に――。
 賛成派反対派と一括りにしてもその想いは様々。それらは相容れない事もあるだろう。だが――。
「妥協点があるとすれば、強化人間の投降は許すという所だろう」
 バグアのメンテナンスがなければ、彼らは死に至る。なら救済の一つとして、人間化の選択はあっていい‥‥徹はそう口にする。
「メリットもデメリットもあるが、軍事的なメリットを積極的に伝え回収の必要性をアピールしないとな」
「捕虜の取扱基準を設ける時期が来たのではないか、とも思いますがね。戦争にも最低限のルールはあるべきなのです」
 獅子鷹に続け、衛司が語る。意見を交換すれば様々な方向性が見え、必要とされる事もはっきりしてくる。
「敵の命を救う代償に数多くの味方の命を賭ける意味‥‥それを考えてくれる事を願うわ」
 語り合えば様々な視点を得る事が出来る。それはきっと見えなかった何かを人に見せてくれる筈だ。
「それでも私たちは‥‥能力者や軍人、敵味方である前に人間であるべきだよ」
 俯きながら悲しげに呟くまひる。明確な答えが出る筈も無い会議は、まだまだこれからも続いていく。

●言葉束ねて
「んー。皆熱いねぃ。仲間思いなもんさー☆」
 一度休憩を挟んだ会議。そのこれまでの議事録を眺め楽(gb8064)が上げる声でふと慎一郎は回想を中断する。
 部屋の中ではヘイル(gc4085)が議事録を纏めている他、音影 一葉(ga9077)が陳述書を作成している。
「もっと大規模に公的な場で、能力者非能力者、階級、賛成反対問わず議論ができる場があればいいんだが‥‥」
 ペンを片手にヘイルは息を吐く。彼にとって設けられたこの場は小さく、そして物足りない物だった。
 より広く、より多くの人にこの動きを知ってもらう為、ラジオのCM等で告知もしてもらった。効果はあったと思うが、それでもLH中に届いたかは微妙な所だ。
「やはり人とは興味深い。実に不思議で不可解で、ね」
 手にした議事録を机に置き、慎一郎は笑みを浮かべる。
「結局平行線で、どちらも満足出来ない所に落ち着いて、それがいつかの諍いを生むと自覚していながら、何かを掴もうと懸命に足掻く‥‥」
「俺は意見をぶつけ合う場が必要だったと思う」
 ヘイルは窓の向こうを眺め、そう呟く。
「助けた後の様々な困難も、取り返しのつかない傷跡が残る事も想像できる範囲内では分かっているつもりだ。それでも俺は‥‥」
 戦火の中で救われた自分。強化人間を救いたいという気持ちは、即ち今の自分の肯定でもある。
 あの日自分は助けられた。同じ様に自分がここにいて、そこに助けるべき者がいるなら、我侭だとしても救いたい‥‥それが素直な気持ちだった。
 そんなヘイルの様子を背後から見つめ、楽は目を瞑る。彼にとって強化人間の件は、言ってしまえばどちらでもいい事だった。
 『救う』という言葉は果たして相応しいのだろうか。何かを救おうとする事で、本当は自分達が救われたいだけなのかもしれない。
 それを悪いとは言わない。だがそれは能力者の考え、一般人には関係のない事だ。
 救われた者はどうなる? 誰が責任を負う? 強化人間の力を手に入れて、誰がなる?
 その矛先はいつだって能力者ではなく一般人なのだ。彼らを化物にして戦場に送り込む力は、きっと理不尽に絶望を裏打ちする。
 口元に笑みを浮かべる慎一郎の隣、一葉はペンを置きながら様々な意見を思い返していた。
 彼女が作成する陳情書はチューレ基地を完全な状態で入手する案の要望である。
 人類側の技術がバグアに遅れているのは周知の事実だ。しかし技術力は以前と比べ格段に上昇している。
 手っ取り早く技術躍進する為に、得られないのなら奪うまで‥‥それは人類の歴史において当たり前の事だ。
 それに傭兵は必ず軍令に従う物でもない。彼らの士気を上げれば、軍にとっても悪い話ではないはずなのだ。
 しかし、それよりも――と、一葉は慎一郎の横顔を見やる。彼女の本音は、もしかしたら彼に近いのかもしれない。
 得られた技術がどうなるのかは今後の世論次第。助けたい者が助け、殺したい者は殺すという『選択』のある世界は興味深い。
「今回のこの議論、将来的に危険因子となり得る方を把握する事にも役立ちそうですよねぇ?」
 笑顔でそう耳打ちする慎一郎に一葉は曖昧な笑みを返す。机の上に広がる幾つかの陳情書、その中には沖田 護(gc0208)の物も紛れていた。
 陳情書提出後、議事堂の入り口前で行き交う人々の話を聞いていた護。彼の前には今ソウマ(gc0505)が腕を組んで立って居る。
「強化人間の救済の関しては、消極的賛成です」
 彼は特に強化人間に対する思い入れを持たない。それは良くも悪くも第三者視点を保てるという事でもある。
 自分は関係ないからと無関心を決め込むつもりもない。彼なりに考え至ったのがその答えだった。
「強化人間を救済した後のシステム作りが要課題ですね‥‥。正直、感情では救いたいとは思うんですけど」
 技術やデメリットもあるが、ソウマは治療の結果自体がまず信用出来なかった。
 治療した結果、洗脳を解除出来るのか? 無条件で殺害するのもどうかと思うが、それは保護する場合も同じ事だ。
「そちらはどうなんですか?」
 肩を竦めて問うソウマ。護は口元に手を当て僅かに思案する。
 彼もソウマとある意味同じ、家族がバグアの犠牲になったわけではなく、自分の大切な人を奪われたわけでもない。
「戦場で戦う強化人間やキメラは、これまでためらわず討ち取ってきました」
 それしか手段がなかった、というのもあるだろう。この問題の結末がどうあれ、殺戮を放置する事は許せない。
 自分が奪われた訳では無くとも、苦しむ友の姿や涙を流す後輩の姿を思えばこの問題から逃げるわけには行かない。護は空を見上げる。
「まだ答えは出ません。僕ら能力者もそうですが、強化人間が人間社会で生きていくのにどれだけの困難があるのか‥‥」
 風に吹かれ、護は微笑む。答えは出ない。だからこそ――。
「僕らは何をするべきか。そして、彼ら自身が世界を生き抜けるのか。僕らは、ずっと考えていくんです」
 その言葉を聞き遂げソウマはその場を後にする。護は足を止めず、また新たな声を求めて歩いていく――。

●届かなくとも
 日はゆっくりと傾き、やがて青を朱に染めるだろう。その様子を眺めながら黒川丈一朗(ga0776)は小さく息を吐く。
 彼が今日向かった先は議事堂でも広場でもなく、所謂『被害者』の集まる場所であった。
 強化人間の被害にあった人々から意見を聴取する事は最も重要であり、同時に最も残酷な役割だ。
 一人一人に会う為に足を運び、様々な言葉で恨まれ、憎まれ、怒鳴られた。それは彼が受け止めなければならない想いではない。そうだとしても。
 確かめたかった。何の為に戦っていたのか。死んでいった兵士達は、何を望んでいたのか‥‥。それを知る事は自分にとっても必要だと感じていた。
 沢山の犠牲は肩を並べて戦った結果なのか、それとも能力者が無力だったのか。想う事はただ、家に帰してやりたかったという事‥‥。
 夕日を眺め項垂れる丈一朗の傍、もう一つ影が落ちる。メアリー・エッセンバル(ga0194)は疲れた笑みを浮かべ、彼の隣に並んだ。
 既知の仲である二人は何と無く無言のまま、何と無く太陽を眺める。お互いの心情は、察するに余りある。
 メアリーもまた、議事堂に向かわずLHに移住した人々の意見を集めていた。丈一朗と違う事は、彼らが強化人間に好意的か否か、である。
 しかしそれもまた一つの残酷な結末を彼女に突きつける。強化人間に好意的であると言う事は、決して今の世には受け入れられないのだ。
 彼らが受ける迫害、糾弾‥‥。一歩間違えれば親バグアにもなりかねない上、そうではなかったとしてもそう断定される可能性もある。
 かつて自分が救った人々は、本当に幸せだったのだろうか‥‥? 迷いを抱きながらも、彼女はただ調書を取り続けるしかなかった。
「出来れば皆とも意見調整したかったけど‥‥万が一の事態になった時、一番被害を受ける人達の意見が一番大事だと思うし、ね」
「誰かにとって大事な人間が強化人間にされたなら、バグアから救い出すため必要な技術だし、そうしたい。技術自体どうしても必要だ」
 メアリーの隣、空を見上げて丈一朗は呟く。
「誰かにとって仇である強化人間を捕らえろと命令されるかもしれない。それに背いて、俺はその頭を撃ちぬくかもしれない‥‥」
 人間である以上感情がある。それは誰もが同じ事だ。
 目を瞑る丈一朗の脳裏、消し去る事の出来ない想い出が過ぎる。子供を守り、自分の背中で死んでいった兵士の記憶だ。
「協力を願う事は出来ない。出来るはずがないさ‥‥」

「まぁまぁ、とりあえず落ち着いてください。皆の意見が出揃って、其れを聞いてもなお納得が出来ないようでしたらその時はまた必ず聞きに参りますので」
 その頃広場では恭也が陳情活動に反対すると抗議し始めた傭兵を宥めていた。
 正直この活動自体が気に入らない者も居るし、これが正しい等とは誰にも言えないのだ。
「‥‥悲しいですね」
「そうだね。とっても悲しい事だね」
 呟く立花の隣、ヒイロは散らかされたアンケート用紙等を拾い集めながら頷く。
「皆争いたいわけじゃないのに。皆同じ人間で、同じ様に大切な人が居て、同じに生きてるのに‥‥同じ気持ちで傷つけ合ってしまう」
 朱色の風を受け、ヒイロの髪を揺らす。やがて騒ぎが収まると戻ってきた恭也も加え、今日のアンケートの結果を纏める事になった。
「とりあえずメリットとデメリットを分かりやすく箇条書きにでもしようか。なるべくなら、メリットが上回って欲しいけどね」
 票を取りまとめるイスネグ。その様子を眺めながら立花は不安げに呟く。
「やっぱり、普通の人は反対派が多いのかな?」
「うーん‥‥。自分も敵を助けるようなことはしたくないのですけどね」
 腕を組み、苦笑を浮かべる恭也。それから僅かに思案し、言葉を紡ぐ。
「でも、助けたい友達がいますので。そうそう、強化人間を元に戻せると発表すれば、親バグア派に属する勢力への牽制、あるいは戦力の減衰が見込めると思いますよ」
「なるほど、それも加えましょうか」
 集計を続けるイスネグと恭也。立花はその様子をじっと見つめていた。
「さてさて、やることは決まっている以上、交渉材料を考えるしかないですか」
「そうだね。ほら、立花ちゃんも一緒に!」
 ヒイロに手を取られ頷く立花。ざっとアンケートを集計する四人、そこへ大量の書類を抱え、天魔がやってくる。
「ほら。それと勝手だが俺の方でも独自に集計を取ったのでこれも頼む」
「ほへ? こんなに沢山、どうしたですか?」
 小首を傾げるヒイロの前、天魔は腕を組む。彼は一人で様々な立場の人間に片っ端から連絡を取り、調書を取っていたのだ。
 内容はそれぞれの立場の衝突を誘発するような物もあったが、その結果がどうなれど天魔はそれはそれで構わないと考えていた。
「どうしたかはどうでもいいだろう? 結果人類が二つに割れるとしても、今は人類全てで話し合うべきだ。参考にしてくれ」
 それに割れたら割れたで面白い劇になりそうだしな‥‥と、呟きながら天魔は背を向ける。彼の最後の言葉はヒイロ達には聞こえなかったようだ。

●歩み寄る為に
「議事堂には、行かないのかね?」
 広場からも議事堂からも遠い埠頭にて六堂源治(ga8154)は夕日を眺めていた。その背中にUNKNOWN(ga4276)は声を投げかける。
「‥‥俺はこう思うんスよ。『最初の一人を救おうとしなかった時点で、俺は人殺しである』と」
 振り返らずに呟く源治。彼の手が掴んだ、その想いを連ねた調書を見つめ、UNKNOWNはゆっくりと歩み寄る。
 源治はこれまで少なくない数の強化人間を殺してきた。
 望む望まないは関係なく、救う手段も手掛かりも無かった時代、ただ殺す事しか無かった時の事だ。
 救いたいという気持ちはある。投降の意志がある者、無抵抗の者を斬る事は出来ないし、仲間が救いたい命があれば、それは手伝ってやりたい。
 それを綺麗事だと思う自分が居て、命を奪ってきた責任を問う自分がいる。苦笑を浮かべ、源治は目を瞑る。
「助けたい‥‥それは私も思う。だが、それは茨の道でもある。それは人としての試練だ‥‥そう思う」
 風に吹かれて揺れるコート。帽子を片手で押さえ、男は紫煙の行方に想いを馳せる。
 強化人間を助け様として、結果として大勢の命を亡くし、傭兵と軍の間に溝を作ってしまった‥‥そう悔やむ戦いがあった。
 それは罪、しかしその代償が同じ命であっては意味がない。助けたい。だが、軍を犠牲にするのは間違っている。
「誰かが悪いというわけでも、ない。時代がそういう流れに、だったのだよ」
 全てに罪があり、全てに間違いがある。絶対的な正義も正解もないのなら、この時代こそが真に想うに値するのかもしれない。
 望んで強化人間になった者、望まなかった者、それを恨む者‥‥助けようとする声すら、全てが犠牲者なのだろう。
 潮風に髪を靡かせる二人。源治はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「強化人間を救うという意志を貫く事によって生じる被害に、心が揺れる部分もあるんスよ。誰かの命を犠牲にする事は出来ない」
 彼もまた、家族や大切な人達をこの戦争で亡くした。その気持ちは痛い程にわかるのだ。
「人の命を秤にかける‥‥俺はやっぱり、単なる人斬りなのかも知れない。想いに反する者を斬っているだけなのだから‥‥」
 苦悩を噛み締める源治の隣、UNKNOWNは静かに微笑む。
「人に戻すと言う事は。人類への試練だろう。長い時間が掛る」
 茜色の海に過去の想いを映す。バグアや強化人間に恨み等無い。バグアであれども、驚嘆に値する者は確かに存在する。
「生きている‥‥と言う事が好きなのだよ」
 その言葉に源治は思う。自分はきっとこのまま悩み続けるのだろうと。悩んで、迷って、決断して‥‥そうやって戦っていく。それこそきっと、『生きている』という事なのだろう。
「今の俺には、こいつを渡しに行く資格はないのかもしれない」
「――では。その役割は。私が引き受けよう」
 黒衣の男は僅かに笑みを作り、そっと手を差し伸べる。
 源治はそれに向き合い、思いの丈を綴った調書を手渡すのであった。



 それぞれの想い、それぞれの主張、それぞれの過去、それぞれの願い――。
 その全てに貴賎は無く。その全てが肯定されるべきであり。その全てが否定されて然るべきだ。
 たった一つしか答えが無いというのなら、その一つになれなかった願いは何処へと消えるのだろうか?
 そうではないのだ。生きている限り。迷い考え言葉を交わし、意思を交わし‥‥そう、生きている限り。それは、前へと進む事である。
 戦いが始まる。意思と価値を賭けた戦いが。
 願わくば全ての戦士の全ての意思に、安らかな奇跡と変革を――。